2015年

9月

01日

第1回 福島後の未来をつくる:泉田 裕彦 新潟県知事 2015年9月1日号


◇いずみだ・ひろひこ

1962年、新潟県加茂市生まれ。京都大学法学部卒、87年通商産業省入省、2004年10月新潟県知事就任、08年10月再選、12年10月3選、現在に至る

◇まず取り組むべきは事故原因の究明

◇複合災害の備えは今も手つか


泉田 裕彦(新潟県知事)


 7月16日で中越沖地震から8年がたちました。中越沖地震では柏崎刈羽原子力発電所が被災して原発構内で地震による火災が発生しました。このとき東京電力の自衛消防隊は柏崎刈羽原発3号機の外に設置された変圧器で起きた火災を消火できませんでした。何が起きていたのかと言いますと地震で地面に1メートルもの段差ができ配管が破断して水が出ませんでした。原発構内で火災が起きているのに、配管が壊れて水が出ないだけで所員みなが退避し周囲に誰もいない、そういう光景が世界にニュース映像として配信されたのです。映像は日本の危機管理がいかに緩いかを世界に知らしめました。

 この事件で新潟県は原発構内の消火体制の強化を国と東京電力に求め、これがきっかけで原発の敷地内に消防車が配備されるようになりました。福島第1原発でも消防注水ができました。もし新潟県が黙っていたら福島原発に消防車があったかどうかは疑わしいと考えています。


 中越沖地震ではもう一つ、県庁と柏崎刈羽原発のホットラインの電話がつながりませんでした。地震で緊急対策室へのドアが歪んで開かずホットラインに原発所員がたどり着けなかったのです。そこで作ったのが柏崎刈羽原発の免震重要棟です。それで同じ東電の施設で柏崎刈羽だけに免震重要棟があるのはおかしいという話になり、建設されたのが福島原発の免震重要棟です。完成したのは東日本大震災の8カ月前です。つまり中越沖地震を踏まえ新潟県が言うべきことを言っていなかったら、今、東京に人が住めたかどうかも疑わしいです。だからこそ東電も政府も福島原発事故の教訓をしっかり生かしてほしいと思います。


 ◇米宇宙開発に学べ


 大勢の人がかかわり、巨大な組織で最先端の技術を扱うものに宇宙開発があります。深刻な事故を起こした後、いかに国民への信頼性を確保するか、という点で宇宙開発は一つの見本となります。米国は1986年、スペースシャトル・チャレンジャー号が打ち上げ直後に爆発し、乗組員が死亡する事故を起こしました。原因の一つは氷点下の打ち上げの中でOリング(密封材)からガスが漏れたことによる引火でした。

 技術的な原因は判明しましたが、事前に低温時のOリングの弾性喪失について警告されていたにもかかわらず、それを無視した組織も問題であるとし、米国政府は事故が起きた原因としてヒューマンエラー(人為的ミス)、技術的問題、組織の問題、責任者を明確にしたうえで、NASA(米航空宇宙局)の人も組織も替えました。そして最後には、「問題を克服し、宇宙開発のチャレンジを続けていこう」と大統領が国民に呼びかけ、宇宙開発を再開するというプロセスを経ました。

 福島原発事故はどうだったのでしょうか。今もって事故の原因究明をしっかりやっていません。本来なら、どこに原因があり、何が問題だったから、ここを直し、今後想定されるリスクにはこう備える、となって初めて議論できる。にもかかわらず、原発の安全規制や事故発生時の対応を一元的に担う原子力規制委員会は、根拠もなく事故後の新規制基準を「世界最高水準」として、国民に対する説明会も実施せず、立地自治体の首長に会うことを拒否しています。まずやるべきことは福島原発事故の本質は何だったのか、国民全体で共有することです。


 ◇冷却失敗が事故の本質


 原因として津波や全電源喪失が言われていますが、それは枝葉末節の話です。事故の本質は冷却に失敗したということです。原発の安全確保の基本は「止める・冷やす・閉じ込める」。福島原発事故は、止めることに成功したものの、冷やすことに失敗しました。そして、原発は冷却に失敗すると自動的に閉じ込めに失敗し、放射性物質をまき散らすことになるということです。

 つまり、津波はきっかけで、電源喪失も引き金に過ぎません。この事故の本質を全国民に真正面から説明すべきです。そうすれば規制委が一生懸命やっている技術基準は本質的問題ではないということが分かります。規制委は、全ての冷却機能喪失は起こりえないという仮定で審査しているのです。それは第二の安全神話になるのではないでしょうか。

 86年に起きた旧ソ連チェルノブイリ原発事故は最後に「石棺」と呼ばれるコンクリートの建造物で原子炉を覆って放射能を閉じ込めました。日本も石棺にするか、原子炉格納容器を水で満たして継続的に冷却する「水棺」にするか、議論されていますが、「全ての冷却機能を喪失した時にどうするか」という想定を規制委が外しているため、多くの疑問に規制委が答えられません。

 県議会では「原発が航空機テロの被害を受けたらどうするのか」という質問が出ています。実は米国は2001年の9・11同時多発テロの後、原子力規制委員会(NRC)が原発事故・核テロに対する減災対策連邦基準・B5bを追加しました。その中に原発が航空機テロによる攻撃を受けた場合でも冷却できる新たな決まりを入れました。日本の原子力安全・保安院(現原子力規制委員会)はこの情報を承知していましたが、電力会社に伝えることも指導もしませんでした。もしB5bが電力会社に伝わり、対策を打っていたら福島も冷却できていたのではないでしょうか。

 そのことが9月に報告されるIAEA(国際原子力機関)のリポートで書かれるのではないか、と言われています。B5bを日本の原発に適用しなかったという背景・意思決定構造を直さない限り、福島の教訓を生かすことにはならないのです。

 そもそも東京電力は15メートルを超える津波が福島第1原発を襲う可能性は想定できていました。しかし対策を取りませんでした。なぜか。そこも議論されていません。規制委が「世界で最も厳しい基準」という幻想に入って本質を見ないとまた同じ過ちを繰り返すでしょう。


 ◇規制委の任務放棄


 原発の事故に対してIAEAは深層防護という考え方をとっています。事故の際にメルトダウン(炉心溶融)を防ぐまでが第1~3層。第4層は過酷事故が起きた時にいかに被害を拡大させないか、第5層は原発の外に影響が及んだ時に被害を最小限にとどめる対策です。しかし規制委は「第5層は所管外として確認しない」とし、第4層も機器の性能確認ばかりで会社組織や運営等を十分に見ていないのです。東電も7月にIAEAの自主確認を受けましたが案の定、「過酷事故時のマニュアルがない」という指摘を受けています。

 そもそも原子力安全・保安院から規制委に移行した時の最大の違いは独立性の高い「三条委員会」となったことです。そのポイントの一つに関係行政機関の長に勧告できる権限があります。しかし田中俊一委員長はこれを行使せず、自らの所掌範囲を狭めています。

 例えば原発事故が起きた場合に甲状腺被ばくを抑える近隣住民へのヨウ素剤の配布です。柏崎刈羽は半径5~30キロ圏内に約44万人がいます。

 福島では事故からわずか8時間半でベント(放射性物質を含む蒸気の放出)の判断をしました。被ばくする可能性があり、屋内退避指示が出ている時、それだけのヨウ素剤の配布を誰に命令するのでしょうか。厚生労働省に制度の見直しを求めるべきです。しかし、そうした勧告を規制委が放棄しているから、諸外国がしている当たり前の対策が日本ではなされていないのです。

 深層防護をしっかり考えて第4、第5層のための制度や仕組みを考え、そのために与えられている勧告権を規制委はしっかり使うべきです。

 そのうえで再稼働に向けた社会的なコンセンサスができるか改めて議論すべきなのです。

 もう一つ重要なことは福島第1原発がメルトダウンしているという事実が2カ月たった5月24日になってやっと公表されたということです。何時間も空だきしていればメルトダウンしていることは、原発の運転にたずさわる人にとっては常識です。しかも事故が起きた11日夜半から12日未明にかけて燃料棒の中のペレットにしか含まれていない物質を東電は検出しています。4月19日の枝野幸男官房長官(当時)の会見でもメルトダウンを認めていません。どこかで情報操作が行われていた可能性があります。これを明確にすべきで、東電はウソをついたことを認めて誰がどう情報操作したかを突きとめ、是正しないといけません。

 通常、工場で爆発事故があれば警察と消防が現場検証し、刑事責任を追及します。福島の場合、原発の構内で爆発事故があったのに現段階まで、強制捜査は行われていません(7月31日、東京第5検察審査会は東電元会長ら旧幹部3人の強制起訴を公表)。それはなぜなのか。そういったことが明らかにされなければ国民の信頼を得るのは困難です。

 事故後に公開された社内テレビ会議の映像には、危機的状況にあった2号機への海水注入という現場からの提案に対し、本社が「もったいない。真水でできないか」というやり取りが残っています。1基5000億円とも言われるプラントを守るか、被害拡大防止に力を入れるか、という判断を会社員である発電所長ができるでしょうか。仮に所長にその権限を与えるとしても、本社が一切口を出さずに所長に任せておけるでしょうか。やはり会社員がそういう判断をできる制度や仕組みも真正面から議論すべきなのです。

 放射性物質の拡散範囲を予測するSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)をどう活用するかという問題もあります。震災への救助・復旧のためのトモダチ作戦で福島県沖に入っていた米空母は、放射性物質を避けるため拡散予測をし、航行位置を決めていました。米軍が使っているのに、なぜ住民の避難に使えないのか。英独仏も緊急時に使うことになっています。これも極めて重要な問題です。

 しかも30キロ圏内のヨウ素剤の配布方法について内閣府と、規制委の言っていることが違います。内閣府は「放射線量が高いところから優先的に配る」、規制委は「予測の公表はかえって被ばくを増やすので使わない。実測値で逃げる範囲、配る範囲を決める」と言います。それではヨウ素剤を被ばくしてから飲めということになり、十分な防護対策になりません。そこに矛盾を感じないのでしょうか。


 ◇司令塔がいない日本


 こうした一連の問題、矛盾がなぜ放置されたままなのか。国も行政も誰も責任を取ろうとしないからです。規制委は技術的な部分と事業者行政だけやって後は知らないという形にしたいとしか考えられません。国民を守る行政を行ってほしいです。

 そもそも地震などの自然災害と原発事故が同時に起きる複合災害が起きた時、日本には総合的な司令塔がありません。これは国民にとっては極めて不幸な話です。その最大の原因は、自然災害に対応する法律と、原子力災害に対応する法律が2本立てになって別々の意思決定をする構造になっているからです。

 新潟県は世界で初めて原発構内での地震による災害を経験した自治体です。だから県民には複合災害のイメージが湧きます。地震と原発事故が同時に起きると何が起きるのか。道が壊れて原発まで緊急車両が簡単にたどり着けません。屋内退避指示が出ている時に誰が救助や復旧作業をするのか。困難な問題も生じます。そうした問題に直面した時に何もできず大混乱して、福島原発事故の二の舞いになってしまうのではないでしょうか。

 法律が整備されていないから、いざという時に警察、消防、自衛隊の誰が行くのかも明確でありません。自衛隊は災害派遣要請があると受動的に出動するのです。そうではなく、やはり事故時の原発収束のための装備を第一義的に対処する部隊に持たすということを意思決定し、複合災害にしっかり対応できるような制度、仕組み、予算、優先順位を作るべきなのです。屋内退避指示が出ている時に道路の補修や避難者の輸送、ヨウ素剤の配布など誰が行くのか。事前に個人の了解をどう取っておくのか。組織としての機能をどう維持するのか。そうしたこと全てについて法整備する必要があります。これはぜひ、規制委にまじめに取り組んでもらいたい課題です。

 結局、福島原発事故の検証と総括ができていなければ、何をやるべきか、社会的コンセンサスを得るための議論すらできません。現状では、特に、事故当事者である東電の再稼働の議論は到底できないのです。