2015年

9月

15日

エコノミストリポート:地雷事件で南北朝鮮が緊張 2015年9月15日特大号

金正恩第1書記。日時は不明=朝鮮中央通信・朝鮮通信
金正恩第1書記。日時は不明=朝鮮中央通信・朝鮮通信

◇北朝鮮の本音は南北経済交流

◇核・ミサイル問題の放置は危険


大澤文護

(千葉科学大学教授)


 北朝鮮が設置したと見られる南北軍事境界線付近の地雷で韓国兵2人が負傷した事件をめぐる南北軍事衝突の危機は、8月25日、南北高位級会談の合意で回避された。

 今回の会談を通して明らかになったのは、李明博(イミョンバク)政権(2008~13年)時代に途絶えた南北経済交流を、なんとしても復活させたいという北朝鮮側の強い意志だ。日韓メディアは一連の危機創出と南北合意の背景を「金正恩(キムジョンウン)体制の指導力の強さを国内外に示すため」とか「極端な経済難が体制動揺につながるところまできたから」などと分析している。だが、金正日(キムジョンイル)総書記の死去(2011年12月)以降の北朝鮮動向を分析すると、経済再建のための体制作りが進んでいることが分かる。事態は、経済再建を目指す金正恩第1書記の強い意志に基づいて作られた「シナリオ」通りに進んだと見るべきだろう。

 だが、これで朝鮮半島情勢安定が決定的になったわけではない。金正恩第1書記は、父金正日総書記の死去で最高指導者の地位を継承して以来、「経済発展」「軍事強化」の併進政策を進めてきたからだ。経済再建を目指す一方、「核・ミサイル」開発は急速度で進んでいる。韓国政府は「核・ミサイル」問題を抱えたまま、北朝鮮との本格的な経済交流に踏み切ることができるのか。国際社会、特に米国はどのような反応を示すのか。そして拉致問題未解決の日本は対北柔軟路線に同調できるのか。

 北朝鮮の核問題解決を目指す「6カ国協議」再開のメドがつかない中、日米韓は従来のような「北朝鮮早期崩壊」説に立った拙速な対策ではなく、したたかな金正恩体制を十分研究したうえで、より慎重に朝鮮半島情勢安定策を検討する必要がある。


 ◇北朝鮮が態度を軟化


 韓国メディアは「北朝鮮が今回の南北高位級会談でいくつか、過去とは違う態度を見せた」(『朝鮮日報』8月24日付)との評価を下している。北朝鮮の公式メディアである朝鮮中央通信や『労働新聞』は従来、韓国の呼称として「南朝鮮」「傀儡(かいらい)政権」を使ってきた。

 しかし、今回の会談に関しては「大韓民国」という正式名称をほぼ使用し続けた。また金養建(キムヤンゴン)党書記(統一戦線部長)のカウンターパートに、従来は「(相手は)格下」との理由で拒否してきた、洪容杓(ホンヨンピョ)韓国統一相を受け入れた。板門店の韓国側施設「平和の家」での会談開催に合意し、何度も中断を繰り返しながら、席を立たずに会談を継続した点もこれまでに見られなかった態度だ。

 南北合意文の中で、地雷事件について、韓国が要求した「謝罪」ではなかったが、韓国軍人の負傷に対し「遺憾」を表明した。韓国メディアは「南北合意文で(北朝鮮が)『遺憾』の表現を使ったのは初めて」(聨合ニュース、8月25日)と報じた。

 興味深い研究結果がある。ソウル大学統一平和研究所が2013年に公表した、脱北者(韓国に亡命した元北朝鮮住民)対象の設問調査によると、北朝鮮の体制を「(住民の)過半数が支持している」と答えた回答者は、金正日総書記の生前の2011年には55・7%だったが、金正恩第1書記が本格的な指導を開始して以降の2013年には61・7%に上昇した。

 国連食糧農業機関(FAO)の「朝鮮民主主義人民共和国の作柄および食糧安全保障評価団特別リポート」は、2013/14穀物年度(2013年11月~2014年10月)の穀物生産が前年度比4・5%増の598万トンに達したと公表した。住民全体の必要量には、まだ不足しているが、数十万人から数百万人の餓死者を出したといわれる1990年代半ばの惨状を脱し、年間約100万トンの支援が必要だった2000年代初めと比べると食糧輸入必要量は30万トン台まで減っている。

 韓国銀行の統計によると、2012~14年にかけて北朝鮮は年1%以上の経済成長を見せている。「金正恩第1書記の権力掌握以降、北朝鮮の経済成長率は韓国銀行の公式発表より高い可能性がある」と分析する韓国の専門家もいる。


 ◇国家指導体制の変化


 金正恩体制下で、なぜ支持率と経済状況改善が実現したのか。その背景として北朝鮮の国家指導体制の変化が挙げられる。

 建国者・金日成(キムイルソン)主席(建国当初は首相)は厳格な「個人支配」体制を確立した。1948年に最高指導機関として「最高人民会議」「最高人民会議常任委員会」を設置した。旧ソ連の「ソビエト連邦最高会議」と「最高会議幹部会」を模倣した組織で、立法権、各国家機関の統制、処分の権限のほか、憲法修正権限を持つ唯一の行政機関だった。金日成主席は、行政機関、朝鮮労働党、朝鮮人民軍の三つの権力の上に君臨することで、安定した権力基盤の維持を期待した。

 だが、1972年の憲法改正で「国家主席」職を新設し、最高人民会議常任委員会は廃止された。年1回しか開催されない最高人民会議は形骸化し、国家主席に権力が集中する独裁体制が確立した。建国以来の激しい権力闘争を勝ち抜いた金日成主席には、最高人民会議や常任委員会をバックにした反対派の再勃興を防止したいという思惑があったといわれる。

 金日成主席を継いだ金正日総書記は個人独裁をさらに強化した。1998年の憲法改正で、最高人民会議常任委員会を復活させたが、一方で軍事部門の「国防委員会」の権能を強化し、「国家主権の最高軍事指導機関かつ全般的国防管理機関」であると同時に、国防委員長を「国家の最高職責」と位置づけた。

 軍を背景にした個人独裁体制強化の最大の理由は、80年代後半から90年代初頭にかけて起こったソ連・東欧圏の崩壊だった。エネルギー輸入不足による極端な経済難に、90年代半ばの「未曽有の天災」(豪雨・洪水)による食糧不足が重なった。金正日総書記は体制維持のため、軍事優先の内外政策(「苦難の行軍」)と「核・ミサイル」開発の加速という、強硬政策を採用した。だが、それによって、軍人勢力の必要以上の台頭や、軍中心の政策を快く思わない「反対派」を生み出す危険性が芽生えた。

 2011年末の金正日総書記の死去で権力を継承した金正恩第1書記が、現在までに実施した指導体制変革の目標は、金日成主席が完成を目指した「ソ連型社会主義国家」の実現と思われる。そのために、金正恩第1書記は最高人民会議常任委員会の権能強化を図った。韓国のシンクタンク・世宗研究所統一戦略研究室によると、2011年12月に実施された「外国人投資」に関する各種法令の修正は金正日総書記の死去から、わずか4日後に実施された。これは最高人民会議常任委員会が最高指導者の死去という国家非常事態下でも正常な運営を許される強い権限を持つ証拠だ。

 金正恩第1書記は指導体制を担う「パワーエリート」の顔ぶれも大きく変化させた。多くの北朝鮮ウオッチャーは、金正恩第1書記による粛清・更迭を「権力闘争」と捉え、反作用による権力不安定化の危険性を指摘している。だが金正恩第1書記による「パワーエリート」入れ替えの目的は、(1)金正日時代を担った高齢の側近を金正恩の側近に代える世代交代、(2)金日成主席一族を意味する「白頭山血統」(筆者注:白頭山は金日成主席が抗日闘争の拠点にしたと北朝鮮が主張する場所)とともに抗日パルチザン闘争を戦った「革命エリート」一族の登用──の2点にある。

 金正日時代の軍部優先政策で北朝鮮の民用経済は崩壊した。経済発展には軍が独占する生産設備の民用転換が不可欠だが、高齢の軍幹部では生産設備の有効活用は不可能だ。反発も予想される。金正恩時代の軍首脳部人事の特徴の一つは、党や行政機関で活動してきた「革命エリート」一族を軍幹部に据えた点にある。国家運営の実務に精通したエリートによって軍関連施設の民用転換と活用を図ろうとしたのだ。その代表例が金正恩第1書記の「右腕」と言われる、崔竜海(チェリョンヘ)党書記の登用だった。

 崔書記は1950年生まれで、金日成総合大学政治経済学部卒業後、金日成社会主義青年同盟委員長、黄海北道党責任書記と党機関で活動した。党幹部としての昇進が予想されたが、2010年9月に金正恩第1書記が後継者に確定するとともに党政治局員候補、党書記、党中央軍事委員会委員に就任し、人民軍大将の称号を与えられたことが判明した。2012年4月には、党序列18位から3位に急上昇すると同時に、軍の査察責任者の役割を持つ朝鮮人民軍総政治局長、国防委員会副委員長に就任した。2014年5月、黄炳瑞(ファンビョンソ)次帥の軍総政治局長就任で党内序列は後退したが、同年10月に序列再昇格が確認された。今年2月に再び要職から解任されたが、降格したら再上昇は難しい北朝鮮権力機構の中で、崔書記の処遇は異例だ。崔書記の肩書や序列の変化は更迭や追放ではなく、健康問題が原因と見るべきだろう。

 世宗研究所統一戦略研究室の鄭(チョン)成長(ソンジャン)博士は「北朝鮮では『革命エリート』は特別な存在として優遇される。建国期に人民武力部長(国防相)を務めた崔賢(チェヒョン)の息子である崔書記は、その特別な存在であり、更迭や追放はありえない」と指摘する。金正恩第1書記は、金正日時代に力をつけた軍人や、金正日総書記の妹金(キム)敬姫(ギョンヒ)書記との結婚で権力中枢に入り込み、2013年末に粛清された張(チャン)成沢(ソンテク)元国防委員会副委員長のような新興エリート勢力ではなく、「白頭山血統」への忠誠度が高い「革命エリート」一族を登用して体制安定と経済改善を図り、支持率も向上させている。


 ◇日本も対岸の火事ではない


 金正恩第1書記は、軍だけを基盤にした不安定な個人独裁から、政府・党・軍組織の上に立つ独裁体制への転換と、「革命エリート」一族の登用で体制生き残りを図っている。その成果が経済状況の緩和となって出始めた今、南北交流で経済再建のメドを立てようと、一連の危機創出と南北合意を演出したと考えられる。だが、大きな問題が残る。今も着実に進む北朝鮮の「核・ミサイル」開発だ。

 8月12日、筆者はソウルで開催された学術フォーラム「韓国の国家戦略2030:統一・外交・安保」(世宗研究所主催)に出席した。その会議で、韓国の専門家は「北朝鮮が2020年までに50個(の核兵器)を保有することになれば、2030年までに、その数は何百個になるか想像もできない」との懸念を示した。韓国との対話・交流で北朝鮮の経済再建が進めば、やがて体制の変化につながる、という主張が韓国専門家にある。

 だが北朝鮮が国際社会の管理できない「核保有国」となれば交流を安易に進めることはできない。金正恩第1書記が地雷事件という乱暴な手段で韓国を交渉のテーブルに着かせた点から見れば、北朝鮮指導部内に「力を背景にした交渉で体制維持を図るべき」との考え方は、いまだに残っていると考えられる。

 今回の合意によって実現するはずの南北当局者対話で、韓国政府は「核・ミサイル」問題の解決がなければ、国際社会との本格的な交流はできず、経済再建は不可能なことを十分に伝えるべきだ。

 朝鮮半島情勢の変化で大きな影響を受ける日本にとっても今回の危機は「対岸の火事」ではない。したたかな金正恩体制に「核・ミサイル」問題解決を要求し、民主的な国家体制作りの第一歩を踏み出すよう説得を重ねる必要がある。