2015年

9月

15日

特集:マイナンバーがやって来る! 2015年9月15日特大号

◇生活、仕事は激変

◇前代未聞のプロジェクト


桐山友一/酒井雅浩

(編集部)


 一人ひとりに12ケタの番号を割り振る、前代未聞の一大国家プロジェクト。それが「マイナンバー制度」だ。2016年1月からのスタートを前に、いよいよ今年10月中旬以降、個人へのマイナンバー通知が始まる。しかし、マイナンバーの利用には、情報漏えいのリスクや不正を防ぐコストも付きまとう。いやが応でも降りかかるマイナンバーに、どう対処すればいいのか──。日本全土を巻き込む大騒動は、すでに始まっている。

「パソコンの操作、メール、ウェブアクセスなどのログを記録する仕組みを導入していますか」

「重要情報のやり取りを行う場合、暗号化を実施していますか」──。

 8月中旬、東京・品川のホテルで開かれた、情報システム会社が主催する「マイナンバー対策セミナー」。会場は企業の総務、システム担当者約100人で満席だった。セミナーで配られた社内の「マイナンバー対策チェックシート」は全部で20項目。参加したあるメーカーの総務部門の担当者は、「甘めに見てもチェックシートは半分しか埋まらない。今日ここに来て、初めて大変なことを知った」と青ざめた。

◇神経質になる企業


 ようやく認知度が上がってきたマイナンバー。それは、内閣府が設けるマイナンバーのコールセンターへの問い合わせ件数にも表れている。今年5月には1日平均389件だったが、今年7月には685件へと7割超も増加。8月末には1日で2000件を超えた日もあるという。だが、制度そのものの理解は進んでいないのが現状だ。万が一、情報漏えいした時、どんな被害が及ぶのかも分からない。民間企業もマイナンバーを収集・保管する必要があるため、勢い神経質になるのも無理はない。

 一方のシステム会社は今、“特需”に沸いている。安全性の高い自社のクラウドサービスを売りに、企業からマイナンバーの保管を請け負ったり、マイナンバーの収集そのものを代行したりというものだ。あるIT企業の社長は「マイナンバー制度が始まらなければ、決して生まれなかった需要。これこそアベノミクスの第四の矢だ」と経済効果に期待する。また、損害保険大手の損保ジャパン日本興亜は10月1日から、個人情報が流出した際の被害を補償する法人向けの保険商品で、約款で新たにマイナンバーを個人情報に加えるなど、関連ビジネスも動き出している。

 富士通総研経済研究所の榎並利博・主席研究員は、マイナンバー関連の市場規模を「少なく見積もっても1兆円」とし、システム投資など行政側の支払う費用がその半分以上を占めると見る。行政側にとっては多額の費用をかけた分、徴税の強化による税収増などの効果はあるかもしれない。ただ、現状では少なくとも、民間企業にとってマイナンバーの収集・保管はリスクとコストの負担でしかない。民間企業から今後、マイナンバーとひも付く個人情報の情報漏えいが相次ぐようだと、制度の根幹が揺らぐことになる。


◇全員に「簡易書留」


 政府側の対応も大わらわだ。総務省を中心に今、大詰めを迎えているのは、マイナンバーの通知作業。国内に住民票のある日本人約1億2600万人だけでなく、外国人約200万人にも一人ひとり確実にマイナンバーを通知する必要がある。採用したのは、マイナンバーが記載された「通知カード」を、世帯まとめて簡易書留で送る方法だ。これほどの規模で一斉に簡易書留を郵送するのも、まさに前代未聞のプロジェクトになる。

 マイナンバーは今年10月5日を基準日に、12ケタの番号が割り振られる。一方、マイナンバーの利用は来年1月に始まるため、遅くとも年内には一人ひとりに通知カードが行きわたっていなければならない。しかし、12月は郵便局も年賀状シーズンに突入し、人手を割く余裕がなくなる。そのため、総務省は遅くとも11月いっぱいをメドに、全世帯へ配達するスケジュールを描いている。そこでポイントとなるのが、計1億2800万人分もの通知カードをいかに印刷するかだ。

 通知カードは国立印刷局で印刷するが、印刷能力は限られる。また、マイナンバーは全国1741市町村(東京23区も含む)が決定するが、市町村から短時間で膨大なデータを他の行政機関に送れるシステムは整っていない。データ量が少なく送信可能な人口2万人以下の784自治体を除き、残りの957自治体には順番にDVDへデータを移したうえで、自治体職員に2人1組で直接、運び込んでもらうことにした。運び込む先は外部には「秘密」だ。うっかり置き忘れたりもできないデータだけに、相当に緊張することは想像に難くない。

 それだけでは当然、終わらない。郵便局での保管期限(7日間)を過ぎても受け取られなかった通知カードは、すべて市町村へ送り返されてくる。しかし、民間シンクタンク「行政情報研究所」の諸橋昭夫所長は「1割は戻ってくることを覚悟しなければならない」と指摘する。長期の旅行などで留守にしているだけなのか、それとも何らかの事情で住民票を残したまま、別の場所で生活しているのか──。市町村には通知カードが届かなかった理由を見極める、気の遠くなる作業が待っている。


◇ 社会保険料の徴収強化


 マイナンバー制度を導入する大きな目的の一つは、税や社会保障を巡る「公正な給付と負担の確保」だ。マイナンバーを活用して今後、個人の所得や資産などを正確に捕捉し、徴税の強化が進んでいくことになる。例えば、副業所得や相続税の申告漏れなどの税務調査は、これまでと大きく変わりそうだ。また、マイナンバーと同時に来年1月、法人に対して13ケタの「法人番号」も導入される。これにより、社会保険料の徴収も強化が図られる。

 日本年金機構の年金事務所が今年4月、東京・多摩地区のある建設業者に送付した「厚生年金保険・健康保険制度への加入について」と題する文書。「立ち入り検査を実施した場合は、確認できた範囲で最大2年間遡っての加入となります」「その場合は、24カ月分の保険料が一挙に発生し、まとめてお支払いただくこととなります」──。文章に下線を引き、厳しい調子で加入を促す内容だ。

 社会保険(厚生年金、健康保険)は、すべての法人事業所に加入の義務がある。それでも、年金機構に事業所として届け出ず、従業員や役員の保険料の支払いを免れている事業所は少なくない。年金機構はこれまで、法務省から法人登記の情報提供を受けるなどして、社会保険の未加入事業所をあぶり出そうとしてきた。しかし、登記しているだけの法人も数多く、調査の実効性を上げるのに苦労してきたのも現実だ。

 しかし、法人番号が導入されれば、未加入事業所へのあぶり出しや加入指導も激変することになりそうだ。すでに年金機構は昨年12月以降、国税庁から従業員の所得税を源泉徴収している事業所のデータ提供を受けている。所得税を源泉徴収していながら、年金機構のデータにない事業所なら、社会保険に加入していない可能性が格段に高い。法人番号が国税庁と年金機構のデータにそれぞれひも付けば、未加入事業所のあぶり出し作業はより簡単になる。

 源泉徴収をしている事業所は約250万カ所。一方、年金機構が把握する社会保険の加入事業所は約180万カ所。その差の約70万カ所について、年金機構はすでに重点的な加入指導の対象としている。多摩地区の建設業者に文書が届いたのも、源泉徴収事業所のデータから判明した可能性が高い。実際、ある建設業界関係者は「多摩地区の業者には昨年から、税務調査もかなり頻繁に入るようになっていた」と明かす。

  *   *   *

 マイナンバー法改正案が9月3日、衆院本会議で可決・成立した。これにより、18年から任意で銀行の預金口座にもマイナンバーをひも付けることが決まり、税務当局などが今後、国民の資産・所得をより一層、正確に把握しやすくなる。マイナンバーによって仕事や生活のあり方が大きく変わることは間違いない。

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編集:エコノミスト編集部

発売日:2015年10月17日

配信日:2015年10月17日

ISBN:978-4-620-32343-5

定価:本体800円(税別)

判型:新書サイズ

頁数:144頁


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