2015年

9月

22日

特集:世界がおびえる中国と利上げ 2015年9月22日特大号

◇チャイナ・ショックの核心 人民元危機と米国債の爆売り


浜條元保/花谷美枝(編集部)


「人民元危機ではないか」

 世界同時株安の基点となった8月11日。中国が突如、実施した人民元切り下げ後の混乱の本質を富国生命株式部の市岡繁男参与はこう予測する。

 11日から3日連続の元切り下げに、「通貨切り下げで輸出を刺激しなければならないほど、実体経済は厳しいということか」と、中国経済に対する不安や不振が世界に伝播し、株式や為替市場に激震を走らせた。

中国政府は、米国の利上げ観測を基にしたそれまでのドル高につられて実態以上に高くなっていた人民元の調整と釈明。売買の「基準値」を前日終値を参考にするといった人民元の自由化の進展と胸を張った。


◇1年余りで外貨準備52兆円減


 しかし、実体は違ったようだ。市岡氏は「人民元安を望むどころか、ドルを売って人民元を買う為替介入で、元安を回避する通貨防衛に中国は腐心している」と指摘する。

 事実、9月8日に発表された8月の外貨準備高は、前月比939億㌦(約11・2兆円)減少し3兆5573億㌦(約426兆円)となった。ピーク時である昨年6月の3兆9932億㌦と比べると、4359億㌦の急減である。日本円にして約52・3兆円が1年余りで消えた格好だ。元買い支えのための介入資金を捻出するために、虎の子の外貨準備を使ったと見られる。

 さらに中国人民銀行(中央銀行)は9月1日、将来に人民元を売ってドルなどの外貨を買う約束をする為替予約に関して、利用者負担を大きくする事実上の新規制で、元売りの防衛策を講じた。いまなぜ、中国は人民元防衛に血眼になっているのか。市岡氏は「推定残高1兆㌦(約120兆円)とも言われるキャリートレードの存在」を挙げる。

 2008年9月のリーマン・ショック後、当時のレートで約60兆円(4兆元)という巨額財政刺激策を中国が断行した。これが世界経済の底割れを回避する一方で、中国は再び成長軌道に乗った。こうした中国に対して、一部の中国企業や投資家が将来の人民元高を当て込んで、低金利の香港ドルを調達して中国本土の不動産などに投資するキャリートレードが急増した。

 この結果、香港の対中融資が急増し、人民元高・香港ドル安をもたらしたのである。

 ところが、昨年2月から流れが変わった。中国経済に陰りが見られると、元安に転じたのである。キャリートレードを行っていた中国企業は元手となった香港ドルの返済が迫る中、元安・香港ドル高に伴う為替差損が生じるようになった。

 このまま元安を放置すれば、キャリートレードを行った中国企業などに巨額の為替差損が発生して、破綻する懸念も拭えない。そうした事態を回避しようと、外貨準備を使って、元を防衛していると推測される。

 しかし、まだ巨額のキャリートレードが残っており、為替差損を拡大させずに取引を解消するには、相当の米国債売却が必要だろう。つまり、中国発の米国債下落(金利上昇)圧力がかかり続けるのだ。利上げが秒読みになった段階で、米国にとって頭痛の種がまた一つ増えた。


◇対外債務の急増の怪

 

 もう一つ、中国国内のマネー変調を示唆する統計がある。国家外貨管理局が四半期ごとに公表している中国の対外債務額の推移だ。

 それによると、今年3月の対外債務額は昨年12月に比べて、7777億㌦増えて1兆6732億㌦(約200兆円)に膨らんだ。短期債務に至っては、同4956億㌦増の1兆1790億㌦と急増している。日本円にして約60兆円にも達する巨額の外貨調達だ。

 第一生命経済研究所の西濵徹主席エコノミストは、「長期債務の大半は、貿易信用(海外から購入した商品代金の支払いのための借り入れ)に伴うものと考えられるが、3カ月で5000億㌦近くの短期債務が膨らんだ理由は、見当がつかない」と困惑する。

 岡三証券上海駐在員事務所の濱崎義徳所長は、「14年からの景気減速を受けて、中国の国内銀行が企業向け融資を控えるようになった。この年は不動産販売が不振で、不良債権の増加を嫌った金融機関は積極的な貸し出しを控えていた。こうした中、比較的優良で債券発行が可能な中国企業は、中国国内より低金利の外貨建てで、海外から資金を調達していた可能性がある」と推測する。


◇「爆買い」の終わり

 

 00年代に入り、中国の経済成長が強力に需要を押し上げ、世界中から原油や銅などの資源ばかりか、穀物などを買いあさるようになった。中国の爆買いが世界の需給バランスを逼迫させ、価格を上昇させた。リーマン・ショック以降は中国が米国と並ぶ世界経済の牽引役となった。

 世界輸入量に占める中国のシェアは鉄鉱石、大豆、銅、石炭で1位、原油は米国に次いで2位だ。鉄鉱石と大豆はともに世界シェアの64%、銅43%、石炭は21%を占める。輸入した資源を基に家電、機械製品を生産・輸出する一大加工貿易国だ。世界貿易機関(WTO)の統計によると、輸出入額を合計した貿易総額は13年に米国を抜いて世界1位の規模になっている。

 ところが、世界の成長エンジンとなった中国の失速が明らかになってきた。その兆候は貿易額に顕著に表れはじめている。8月の輸出が前年同月比5・5%減の1968億㌦、輸入が同13・8%減の1366億㌦となった。とくに鉄鉱石、石炭、銅の輸入減は顕著で、15年4~6月期の輸入数量は石炭が前年同期比33%、銅4%、アルミ29%それぞれ減少した。中国の需要減は、世界の資源価格の低下に直結する。

 資源輸入量の減少は、工業、建設業などの第2次産業の低迷が要因だ。15年16月期の第2次産業の実質成長率は6・1%で、14年通年(7・3%)より1・2ポイント低下した。

 だが、資源輸入の減少は産業構造の転換によるもので、一時的なものではない。人件費の高騰により製造業が東南アジアなど海外に進出しているためだ。「再び資源輸入量が爆発的に伸びるとは考えにくい」と、ニッセイ基礎研究所の三尾幸吉郎上席研究員は指摘する。


◇財政出動に高まる期待


 世界同時株安の震源地となり、景気の変調が明らかになったのを受けて、中国内外で金融・財政出動に対する期待が高まった。

 そうした空気が世界中に蔓延しはじめた9月8日、中国財政部(財務省)は経済成長目標の達成に向けた財政政策を発表。翌9日、日経平均株価は猛反発し、値上がり幅は実に21年ぶりの大きさとなる前日比1343円高、1万8770円に急上昇した。銅価格もロンドン金属取引所(LME)の先物価格が1㌧当たり5434㌦まで急反発し、7月23日以来の5400㌦越えとなるなど、国際商品市況も瞬時に反応した。

 市場は財政部の発表を追加財政政策導入と前のめりに判断したようだが、中国経済に詳しいアナリストは「予算の付け替えなどで建設プロジェクトを進めるなどの内容で、投資家が期待する大型財政出動とは性質が異なる」と市場の反応に首をかしげる。

 みずほ総合研究所の高田創チーフエコノミストは、「中国の元切り下げに象徴されるように『近隣窮乏化不安』を強めた結果、中国発の世界貿易の縮小連鎖が生じるのではないかという不安がある。世界的な金融市場の変動にとどまっていたものが、実体経済にも波及するコンテイジョン(伝播)、悪循環」と指摘する。


◇世界をかく乱する米中


 量的緩和を終え、利上げを目前にしていた米国は、中国の急変の前に「待った」をかけられた格好だ。

 明治安田生命の小玉祐一チーフエコノミストは「最初の利上げを早めに行って、その後の利上げペースは緩やかになると予想したが、中国発の金融市場の混乱で事情は変わった」と指摘する。

「市場のコンセンサスは利上げ先送りに傾いており、9月の利上げが株式市場に大きな負のショックとなる可能性を考慮せざるを得なくなった」(小玉氏)

 年初から年内の利上げはなく、来年以降にずれ込むと予想していたマーケット・アナリストの豊島逸夫氏は「世界を揺らしている中国発の経済不安は、年末まで続くだろう」と語る。中国が抱える問題は景気循環的な悪化ではなく、過剰債務や過剰設備の解消といった中長期的な構造調整を要するからだ。

 世界銀行のカウシック・バス・チーフエコノミストも英『フィナンシャル・タイムズ』紙(9月8日付)のインタビューで、「米国が9月に利上げに踏み切れば、新興国に混乱をもたらす」と警鐘を鳴らす。国際通貨基金のラガルド専務理事も米国に慎重な対応を求めており、「利上げ先送り」を求める声が強まっている。

 9月45日にトルコで開催された20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議では、名指しこそしなかったものの、米中リスクの不安意識を世界が共有した。

 実体経済で存在感を強める中国と、世界のマネーを集めて金融市場を左右する米国──。2大国の先行き不透明感が、世界経済をかく乱する日が続く。