2015年

9月

29日

特集:歴史に学ぶ通貨と為替 2015年9月29日号

 ◇再び円高になる可能性はある? 米利上げ先送りが引き金に


秋本裕子

(編集部)


 外国為替相場が変調をきたしている。ドル・円レートは8月24 日、1㌦=119円近辺で推移していた相場が突然、一時116円台まで円高が進行。8月半ばの124円台からは8円も急騰したことになり、2008年のリーマン・ショック時に匹敵するほどのジェットコースター相場だった。

 ◇メインシナリオは円安


 今回、円急伸劇の引き金になったのは中国ショックだ。中国経済の減速を通じて市場の不安が一気に吹き出し、原油など商品価格急落や世界同時株安を招いた。

 8月24日には、米ダウ工業株30種平均が一時、前週末終値比1089・42㌦安まで売られたのをはじめ、欧州株も急落。日経平均株価も同895円安となった。世界的な株価急落が市場のリスク回避につながり、相対的に安全資産とされる円が買われたというわけだ。株価が大きく下がれば同時に円買い注文を大量に出すという高速取引が、その振幅を大きくしたと見られている。

 実際、市場のリスク許容度を示す「VIX指数(恐怖指数)」は同日、10年のギリシャ・ショックと肩を並べる40まで高まっていた(図)。VIX指数は依然、25前後と、リスクが意識されていない時(12~15程度)と比べて高水準が続いているため、足元では1㌦=119円台から120円台で推移し、ドル・円相場の戻りは鈍いまま。日経平均も1万7965円(9月14日終値)まで落ち込んでいる。

 それでは、8月24日のようなドル・円相場の急激な変動が近いうちに再び起きる可能性はあるのか。また、今後、円高が進む可能性はあるのだろうか。

 最大のポイントは、年内に米国が利上げに踏み切るか否かだ。UBS証券ウェルス・マネジメント本部の中窪文男チーフ・インベストメント・オフィサーは、「8月24日の変動は、長期的なドル上昇トレンドの中の一時的な調整に過ぎず、ドル高・円安の基本路線には大きな変化はない」と話す。その理由は、「米国が遠くない将来(年内)に利上げに向かう可能性が高い」(中窪氏)との見方があるためだ。

 市場が近々利上げがあると考えている限り、投資家が積極的に円買い・ドル売りを仕掛けるのは難しい。利上げ観測が高まるにつれて緩やかな円安・ドル高になる、というシナリオである。また、9月16・17日のFOMC(米連邦公開市場委員会)で1回目の利上げを決めた場合でも、その後の利上げペースが緩やかである限り、急激な円高になることは見込みにくい。

 UBSウェルス・マネジメントは15年末のドル・円レートを127円(9月15日時点)と予測している。市場では、同様に「米連邦準備制度理事会(FRB)は年内に1回目の利上げをする」との見立てから、今後のドル高・円安トレンドを予測する見方が多い。


 ◇従来より円高リスク高く

 

 一方で、ニッセイ基礎研究所経済研究部の上野剛志シニアエコノミストは、「一時的に大きく円高方向に振れるリスクは、従来に比べて高くなった」と指摘する。市場が予測するドル高・円安シナリオには、「米国が遠くない将来に利上げに踏み切れば」という前提条件がつく。「その前提が成り立たなくなれば話は別」というわけだ。

 さらに、みずほ銀行国際為替部の唐鎌大輔チーフマーケット・エコノミストは「年内に利上げできないシナリオになれば、15年10~12月期に円高反転する可能性がある」と見る。唐鎌氏は「従来から、16年は円高方向に進むと予想していたが、今回の中国発の市場混乱で予想の確度はより高まった。円高反転に向かうタイミングは今年10~12月期に前倒しされる可能性もある」と話す。

 みずほ銀行は今後のドル・円相場について、15年10~12月期の1㌦=117~126円から、16年1~3月期は116~125円、同4~6月期は115~124円と、次第に円高が進む見通しを立てている。

 米国ではこのところ、賃金、雇用、個人消費などの経済指標は回復傾向にある。国内だけを見れば、9月に利上げに踏み切る可能性もゼロではない。



 だが、FRBには苦い経験がある。1929年に世界恐慌の引き金になった「暗黒の木曜日」が発生した後、ニューディール政策や金融緩和などの政策を打ち出した結果、景気回復が軌道に乗ったと判断したFRBが37年、金融政策を引き締め(利上げ)へと転じた。この判断が性急だったことで、完全に回復していなかった経済が再び不況へと逆戻りしてしまったのだ。

 日本でも、日銀が福井俊彦総裁時代の00年、ゼロ金利政策解除を実施したことで、景気後退に入ってしまった経験がある。世界経済が不安定な中、無理に利上げを強行すれば、歴史的失敗の二の舞いになる可能性もある。それだけに、イエレンFRB議長は苦しい判断を迫られる。

 

 ◇利上げ先送りの場合は……

 

 米国が利上げできなくなる可能性としては、「中国経済の悪化が世界経済危機にまで波及すること」が考えられる。そうした事態になれば、米国も世界経済、自国経済へのさらなる悪影響を懸念し、利上げのタイミングを逸してしまう。資源などを通じて中国との取引が多い新興国を中心に資金流出が起きれば、その連鎖から世界経済全体を攪乱するリスクが高まる。

 実際、ブラジルでは15年1~3月期、4~6月期と2四半期連続でマイナス成長になり、格付け会社ムーディーズやスタンダード・アンド・プアーズが相次いでブラジル国債を格下げした。さらに危機が世界経済全体に及び、市場が既に織り込んでいる利上げ期待が剥落すれば、円高・ドル安が進むという見方だ。

 目下、市場の最大の懸念である中国不安解消のためには、中国経済に下げ止まりの兆しが出ることが重要になるが、当面は期待しにくい。そのため、「中国経済指標の下振れなどを材料として、円急騰が再び起きる可能性はある」(上野氏)との見方も出ている。

 このように、為替相場で今後、注目すべきテーマは中国経済の動向であり、それに影響される米国の利上げだ。その行方に、円相場も左右される。当面、その行方を注視する必要がありそうだ。