2015年

10月

06日

特集:これだ! 人工知能 自動運転 2015年10月6日号

 ◇日本のAIが切り開く

 90兆円の巨大市場

 

大堀 達也/谷口 健

(編集部)

 

 人間に代わって知的な労働を行うコンピューターのソフトウエア、「人工知能(AI)」の活用に、日本の産業界が動き始めた。

 トヨタ自動車は9月8日、AI研究の“メッカ”である米スタンフォード大、マサチューセッツ工科大(MIT)とAI研究で連携すると発表した。トヨタが動いた背景には、AIがここ数年で飛躍的に進化し、「自動運転やロボット、新素材など、あらゆる分野を進歩させる可能性がある」(伊勢清貴トヨタ専務)からだ。

 トヨタの意気込みは資金調達に表れている。同社が今年発行した総額5000億円の「AA型種類株」(元本が保証されるが5年間は売買できない株式)の目論見書には、「情報化・高度知能化モビリティ技術開発等の次世代イノベーションのため」と発行の目的が記されている。「高度知能」、つまりAIを集中投資分野一つとしている。種類株の適用は、業績悪化による研究開発費削減の危機があったとしても「将来の“飯の種”として、確実にこの分野を育てるという、株主へのコミット(決意表明)だ」(トヨタ広報)。

 トヨタのほか産業用ロボット大手のファナックなどもAIの活用に舵を切るなど、IT業界のイメージが強かったAIに日本の製造業も注目し出した。さらに三越伊勢丹ホールディングスなどサービス業界もAIを使った販売促進に取り組み始めた。


 ◇トヨタが見込むベンチャー


 トヨタが社運を懸けるAIは、どこまで進んでいるのか。その最先端を行く企業の一つが日本にある。AIの研究・開発を専門とする東京大学発ベンチャーの「プリファード・インフラストラクチャー(PFI)」(東京都文京区)だ。2006年創業のPFIは、コンピューターが環境に応じてどのように行動すればいいかを自力で学習していく「深層学習」(ディープラーニング)と呼ばれる技術で注目されている。同社の子会社で機械学習と深層学習の領域に特化した「プリファード・ネットワークス」(PFN)は14年、トヨタと共同研究に乗り出した。

 コンピューターが自力で学習する、とはどういうことか。PFIが示してくれたのは「自動運転のコンピューター・シミュレーション」だ。そこでは、クルマが道路上を走るようなプログラムは組んでいない。代わりにクルマには道路両脇の壁、白線、他車との距離などが分かる仮想的なセンサーが付いている。

 コンピューター画面上でシミュレーションを始めると、クルマは、いずれも仮想コース上で細かく振動するだけで動かない。コンピューターがクルマをどう動かしたらいいか、知らないからだ。

 ところが、しばらくすると、クルマは壁にぶつかりながらも進行方向に走り出し、そのうち壁にぶつかることもなく、カーブも器用に曲がりながら周回を重ね始めた。

 次に交差点や歩行者の存在する「市街地」に環境を変える。ビルや歩行者に見立てた障害物が突然現れるなど、走行の難易度が高い。この場合、最初は障害物とぶつかりながら走るが、そのうち、互いに他車をよけて走るようになった。これはコンピューターが突然の環境変化にも対応して運転の仕方を「自動的に学習」したことを意味する。なぜ、こんなことができるのか。

 鍵はコンピューターに「報酬」と「罰」というルールを与えることにある。速度を上げると報酬が、壁や他車などにぶつかると罰が与えられるようにする。するとコンピューターは、報酬が最大になるような運転を、自ら学習するようになるというのだ。

 面白いのは、障害物に衝突した際に与えられる罰の度合い(変数)を大きくしてみたところ、前よりも「車間距離」が広がった。罰のリスクを減らそうとして、コンピューターが自ら車間距離を取ったのだ。

 PFIは次に、実物の「実験用ミニカー」で同様の実験を行ったところ、これもわずか1時間で他車や交差点を認識して走れるようになった。さらに実験を重ね、学習を繰り返すほど、運転の精度は上がっていく。これがAIの深層学習の力だ。

 深層学習は2010年代に登場し、AIにブレークスルーをもたらした。以降、世界中の大学や企業が深層学習に取り組み始め、今では、より学習能力の高い深層学習のアルゴリズム(演算手法)の開発を競い合っている。

 PFIにとってトヨタと組むメリットは、トヨタからクルマの特性に関する、さまざまなデータをもらいながら実験ができることだ。一方、トヨタにとっても最新の深層学習の技術を導入できる好機だ。


 ◇モノとAIのすり合わせ


 日本のロボット業界もPFIと組んだ。ファナックは6月、PFNとAIで技術提携すると発表。狙いは「自律的に動く工作機械」だ。深層学習はアーム型ロボットによる部品組み込みなども覚えることができ、全く未知の部品でも試行錯誤しながら、凹凸の部品をぴったり上手に組み込むことが可能になるという。ここでもコンピューターが自力で学習するのだ。

 PFIのもう一つの強みは、深層学習をクルマやロボットなどの「モノ」に実装できることだ。

 一般的に深層学習は、カメラなどセンサーで取り込んだ外部環境データを基に高速で計算しなければならない。AI研究で最も進んでいると言われる米国の巨大IT企業のグーグルなどは、スーパーコンピューターを駆使し、大量のデータ(ビッグデータ)をいったんクラウド(インターネット上のサーバー)に送って処理していると言われる。データを1カ所に集め一気に処理する「中央制御型のAI」だ。ただ、中央制御型は、通信インフラに何らかの障害が発生した場合、使いものにならない可能性がある。

 PFIの西川徹社長は「あらゆるモノがネットとつながるIoT(インターネット・オブ・シングス)の時代、データ処理がクラウドなしにモノの上でできないのは致命的だ」と話す。深層学習をモノの上でも可能にするアルゴリズムが、PFIの競争力だ。「モノとAIのすり合わせ」の力を見込んだパナソニックも6月、PFNとIoT分野で提携すると発表した。西川氏は「IoTによって、さまざまな産業のプラットフォームを提供できる」と自信を見せる。

 日本におけるAI関連の製造分野(自動運転・ロボットを含む)と運輸分野(自動運転トラック輸送など)の市場規模について、新技術動向の調査などを手がけるEY総合研究所は、20年にはそれぞれ3兆円、4兆6000億円に拡大し、30年には12兆円、30兆円に達すると見ている。さらに製造・小売り・建設・金融・広告・医療など含む全分野は、20年に23兆円、30年には87兆円に拡大すると見込む。15年後、現在の国内最大産業である自動車の50兆円を大きく上回り、全製造業出荷額92兆円に匹敵する巨大市場が出現するかもしれない。

 ◇百貨店でも売り上げ増


 実際、各業界でAIの実用化が始まっている。12年創業のABEJA(アベジャ)(東京都港区)は、百貨店大手の三越伊勢丹ホールディングスのほかコンビニエンスストア、家電量販店、ドラッグストアなど数十社の小売業者の販売促進をAIで支援している。

 アベジャと三越伊勢丹は売り場にカメラを設置、来店者の人数やその動きをグラフなどで一目で確認できる「ヒートマップ」と呼ばれる技術を導入した。これを使うと客が頻繁に通る場所は赤、ほとんど通らない場所は青といったように通行の頻度が色で分かる。このデータと「POS」(販売時点情報管理)データなどを組み合わせ、人気商品の棚の配置を変えることで、客が通らないエリアにも誘導できるようにした。この結果、「ある売り場の月間売上高が十数%伸びた」(アベジャの緒方貴紀・最高技術責任者)。

 ネットショッピングならアクセス数やどんな商品を物色しているかを、サイトの閲覧履歴などから簡単に把握できる。これを実店舗で可能にしようというのがアベジャの狙いだ。

 客が何を見ているか、どの棚のどの品を何個手に取ったか、品定めにどのくらい時間をかけたか、実際に購入したか、といった客の行動をデジタルデータ化すれば、ネットと同様にマーケティングができる。店内に取り付けたウェブカメラのデータをクラウドで処理、AIが客の顔から性別と年齢を判定し、例えば昼には20代女性客が多いが、午後3時以降は男性客が増えたといったことも分かる。それらのデータを基に商品配置、在庫数、入荷時期など、今まで人が感覚的・経験的に行っていた需給調整をコンピューターに行わせ、深層学習によって精度を高める。

 技術的な強みは独自開発の「マルチタスクネットワーク」。複数のデータ処理を同時にこなし、コンピューターの負荷を抑え、コストダウンを図る。「ここ数年でクラウドやセンサーの価格が劇的に下がったこともタイミングが良かった」(緒方氏)。導入費用は1店舗当たり汎用品を改造して作ったウェブカメラを含め月々数万円だ。「いくら高度な技術でも、現実的な価格で提供できなくては意味がない」(同)。

 ◇「リアル世界」の最適化


 グーグルがAI研究で世界最先端を走っていることは衆目の一致するところだ。その先端部門「グーグルX(エックス)」では、人間の知的労働を代替するAIにとどまらず、人間と同等の知能を持つAIの研究を始めているとも言われる。しかし、実際に収益を生んでいるビジネス分野は、いまだインターネットの世界にとどまっている。

 その点、PFIやアベジャといった日本のAIの旗手たちは、一足飛びにAIを「リアルなモノ・人」の世界に適用し始めている。アベジャの緒方氏は、自社のビジネスモデルについて、「“リアル世界”のグーグ・アナリティクス」と説明する。グーグル・アナリティクスとは、世界最大の検索エンジンが集めるビッグデータをAIで解析することでネット広告を最適化し、最大の効果を狙う分析手法だ。これに対して、アベジャの目標は「リアル世界の最適化だ」(緒方氏)。それは例えば、現実世界の巨大ショッピングモールに足を踏み入れた客が、最大の満足感を得られる仕組みを作り上げるようなことだという。

 現実世界の経済活動の規模は、ネットの世界とは比較にならないほど巨大だ。新世代のAIベンチャーは、「リアルなモノ・人」の行動が生み出すビッグデータからAIによって価値を生み出そうとしている。(了)

関連記事

この記事の掲載号

 

【特集】これだ!人工知能 自動運転

 トヨタも三越伊勢丹も人口知能/ここまで来た自動運転

 発売日:2015年9月28日 定価:620円

 

目次を見る]

電子書籍版を購入する]

 ■アマゾンKindle / 楽天kobo

 ビューン / MAGASTORE

 GALAPAGOS

ネット書店で雑誌を購入する]

 ■楽天ブックス

 ヨドバシ.com / hontoネットストア

年間定期購読

関連ebooks