2015年

10月

13日

中国大減速 資源国・アジア危機:アジア通貨危機の再来はあるか 2015年10月13日号

◇「血濡れのバーツ」の記憶と対策


西浜徹

(第一生命経済研究所主席エコノミスト)


 米国の利上げを前に、新興国では資金流出による通貨安が進み、1997~98年に発生した「アジア通貨危機」を連想する向きがある。アジア通貨危機とは、97年にタイで通貨バーツが急落したことをきっかけに、アジア新興国が連鎖的に通貨暴落に見舞われ、結果的にタイとインドネシア、韓国が国際通貨基金(IMF)の管理下に入る事態となったことである。

 このように危機的状況に陥った背景には、92年に中国が改革開放路線にかじを切ったことがある。それまで「東アジアの奇跡」などと称され、高成長を享受してきたアジアNIES(新興工業国・地域)や東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国から、人件費などの労働コストがより低い中国に生産拠点を移す動きが、外資企業を中心に強まった。

 NIESやASEAN諸国は、外資企業の生産拠点として生き残るべく、為替リスクを抑えようと、通貨を米ドルにペッグ(固定)させる政策を採った。だが、当時、経常赤字と財政赤字のいわゆる「双子の赤字」に見舞われていた米国は、これらのファンダメンタルズ(基礎的条件)の改善を通じ、結果的に生じるドル高を容認する「強いドル」政策に大きくかじを切った。結果、米ドルとペッグしていた各国通貨もつられて上昇し、実勢に比べ高止まりすることとなった。

 

◇スハルト政権失脚

 

 そうしたなか、欧米のヘッジファンドを中心に、割高なアジア通貨に空売りを仕掛ける動きが強まった。各国通貨は米ドルとペッグしていたため、タイは外貨準備を切り崩すことで通貨バーツの価値を維持したほか、翌日物金利を大幅に引き上げて、投機筋に対抗する姿勢を見せた。しかし最終的には、外貨不足を理由に、固定相場制から変動相場制への移行を余儀なくされ、バーツは暴落した。このように、当局の必死の抵抗にもかかわらず、通貨安定が失敗に終わったことを称して、当時は「血濡れのバーツ」などとも呼ばれた。………