2015年

10月

20日

特集:日本郵政株 大解剖 2015年10月20日特大号

◇前代未聞の官民総力「上場」
◇失敗許されぬ政府の皮算用

酒井 雅浩

(編集部)


日本郵政グループ3社が11月4日、同時上場する。日本郵政株は「買い」か──。1兆円を超える巨額の売り出しや日本初の親子同時上場、主幹事証券11社、60社を超す引受証券会社など、異例ずくめの新規株式公開(IPO)を大解剖する。

「日本中のみなさん、ちょっとお話が」

 東京証券取引所が日本郵政とその金融子会社のゆうちょ銀行、かんぽ生命の日本郵政グループ3社の上場を承認した翌日の9月11日から、こんなキャッチコピーの広告が、テレビCMや街頭ポスターに躍った。


◇証券会社負担の異例の広告


 縁側に座る祖父を、子どもらが笑顔で囲んでいる。あやされる孫に、お茶を運ぶ祖母。まさに絵に描いたような、一家だんらんの風景だ。舞台は地方の農村。いかにもこれまで株投資とは縁遠いと思われる層でも、日本郵政にとって、親和性の高い地域の親子孫の3世代家族である。こうした世帯を株主として取り込む戦略が透けて見える。

 広告主は、日本郵政グループ3社の株式を取り扱う引受証券会社。つまり、証券各社の持ち出しだ。新聞広告は大型IPOでは珍しくない。しかし、テレビCMや公共交通機関、街頭での広告まで展開するのは、異例中の異例だ。「証券会社負担の広告で株を売る」という前代未聞の販売攻勢も、失敗は許されないという政府からのプレッシャーの表れだろう。

 その広告には証券会社名がずらりと並ぶ。その数は実に61社。IPOで引受業務ができるのは、金融商品取引法に「資本金5億円以上」と定められており、全国に80社程度ある。その大部分が参加していることになる。

 上場に当たって実務を担う主幹事証券会社も通常は「4社でも驚く」(証券アナリスト)。それが今回、11社もあることからも「前代未聞の総力戦」は、決して大げさではない。

 その効果は、確実に現れている。9月18日から10月1日、全国12カ所で個人投資家向けの説明会を証券会社が合同で開いた。そもそも個人投資家向けの説明会自体が珍しいが、これまで投資に縁がなかった個人が参加しやすくするため、証券会社ではなく郵便局や元郵便貯金会館の「メルパルク」で開催するという徹底ぶりだった。どの会場も盛況で、地方ほど熱気があったという。「約150万部用意されたという目論見書も、10月初旬時点で既に在庫が品薄になっている証券会社が少なくない」(大手証券営業担当者)という。大手銀行もグループの証券会社と提携して日本郵政株の販売に乗り出している。ある大手行関係者は「割り当て分は、すでにさばけた」と明かす。

 11月4日に迫った日本郵政グループ3社の上場は、1987年2月のNTTに匹敵する大型IPOだ。

 加えて国民に身近な「郵便局」の株が売り出されることで、「株への関心が高まり、初めて株投資を始める起爆剤になる」と証券業界の期待は高まるばかりだ。NTTから始まった民営化IPOで最大級、しかも政府が郵政株売り出しで手にする資金は東日本大震災の復興財源となる。まさに官民総力の鉄板上場の様相を呈している。

 現在、日本郵政株は100%政府が保有し、ゆうちょ銀、かんぽ生命の株式は親会社の日本郵政がすべて保有している。郵便事業を行う日本郵便は、全国で公的なサービスを維持するため、日本郵政がすべての株を持ち続けると決まっており、上場しない。


◇郵政選挙から10年


 上場までさまざまな紆余曲折があり、「右往左往した」(日本郵政の西室泰三社長)。2005年、小泉純一郎首相(当時)が衆院を解散して始まった郵政民営化は、批判した民主党政権が一度決まった株式売却方針を凍結。東日本大震災の復興財源に充てることで方針転換し、12年末、安倍晋三政権が発足したことで、上場計画はようやく動き出した。

 10月7日に決定した仮条件は、日本郵政株1100~1400円、ゆうちょ銀1250~1450円、かんぽ生命1900~2200円。上限から算出した時価総額は、日本郵政が6兆3000億円、ゆうちょ銀が5兆4367億円、かんぽ生命が1兆3200億円で、計13兆567億円。NTT(上場時18兆6732億円)に次ぐ規模だ。だが、一気に売り出すわけではない。

 個人投資家の投資ブームの火付け役になったといわれるNTT株は、119万7000円の第1次売り出し価格が、2カ月後には3倍近くの318万円まで上昇した。しかし当時はバブル経済期。バブル崩壊後は大きく下落し、痛手を被った個人投資家にとっては「株離れ」の元凶となった。

 政府が懸念するのは「NTTの二の舞い」だ。日本郵政株を売却して政府が得た資金のうち4兆円を復興財源に充てることが決まっており、周到な計画が随所にうかがえる。

 まず、売り出し方法だ。日本郵政の株式を出資比率が3分の1超になるまで3回ほどに分けて売り出す。日本郵政は金融2社の株式を出資比率が50%程度になるまで段階的に売却。初回はそれぞれの発行株式の1割程度にとどめ、3社合計で約1兆4000億円となる見込み。巨額の資金を吸い上げてしまい株式市場の需給バランスを崩すことがないよう、配慮をしている。

 また、「前代未聞の総力戦を生んだのは、国会の付帯決議だ」というのは、市場関係者の一致した見解だ。

 12年4月、参院総務委員会は改正郵政民営化法の審議に当たり、「これらの株式が国民全体の財産であることに鑑み、その処分に当たっては、可能な限り株式が特定の個人・法人へ集中することなく、広く国民が所有できるよう努めること」と決議した。運用に当たって国会が注文を付けた格好だ。法的拘束力はないものの、「上場の前提条件として、この付帯決議が『合言葉』のように使われるようになった」(市場関係者)という。

 10月7日に決まった仮条件を見た市場関係者は、口をそろえた。「驚いた。もっと高くても十分売れるはずなのに……」。


◇NTTを反面教師に


 国民の「公共財産」だけに、高く売るという選択肢もあるはずだが、「広く国民が所有」に重きを置いた結果だった。「緩やかでも、確実に株価が上がっていく価格設定」というのも一致した見解だ。NTTを反面教師にしているのだ。

 だが、用意周到、盤石に映る上場計画にも、問題が隠れている。政府の財政再建と「民業圧迫」の懸念だ。

 ゆうちょ銀の貯金残高は177兆円と、メガバンクの三菱東京UFJ銀行(135兆円)を大きく上回る巨額の資金量を持つ。企業貸し出しや住宅ローンなどの業務が国から許可されておらず、必然的に運用先は国債に偏る。結果的に、それが財政資金を賄うための「政府の財布」となる構図だった。

 現在、国債は日銀が大量に買い取る異次元緩和により、歴史的高値圏にある(金利は低下)。しかし、上場を控え運用強化と国債価格下落(金利上昇)リスク軽減の観点からゆうちょ銀やかんぽ生命は国債残高を減らしている。

 つまり、政府は財政再建策を十分に講じないまま安易な国債発行を続けてきたツケを払わされる局面を迎えようとしているのだ。それは安定消化先がなくなり、売りが売りを呼ぶ国債暴落、金利の急騰の悪夢だ。

 現在議論されているゆうちょ銀の預け入れ限度額を1000万円から大幅に引き上げる自民党提言も、民営化の本来の目的に逆行している。

 他の銀行にない限度額がゆうちょ銀にあるのは、株主が国のため「国がバックにいる以上、つぶれない」との安心感から資金が集中しやすいからだった。国の関与を強く残したまま、ゆうちょ銀の一段の肥大化を招く政策は、特に地方の金融機関の経営を圧迫しかねない。完全民営化の道筋をつけるのが先のはずだが、当初は義務づけられていた「17年までの全株売却」は、12年の法改正で売却期限が外され、売却をどう進めるか曖昧になったままだ。

 証券アナリストは「日本人が投資に目を向ける最後のチャンス。これを逃せば、もう新しい個人投資家が一気に生まれることはない」と指摘する。石橋をたたくかのような上場の環境整備も最終章。株を買った地方の高齢世帯が、上場後も長く笑顔で一家だんらんできるのか──。結果はもう目前だ。

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この記事の掲載号

2015年10月20日特大号

 

【特集】日本郵政株 大解剖

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