2015年

10月

13日

第7回 福島後の未来をつくる:中上英俊 住環境計画研究所会長 2015年10月13日号


◇秘められた日本の省エネ余力

◇自由化と利用者の意識がカギ


中上英俊(住環境計画研究所会長)


 日本の「省エネルギー法」の正式名称が「エネルギーの使用の合理化等に関する法律」となっていることをご存じだろうか。これほど省エネの本質を表す名称になっているのは世界でも日本だけである。

 省エネの推進とは、エネルギーがどのように使われているかを精査し、非合理的な使われ方を是正していくことに他ならない。

 多くの人は、日本全体のエネルギー使用実態をとらえた統計データが存在したうえで省エネの議論が進められているとお考えではないか。しかし、日本には産業、運輸、民生の各部門別にエネルギー使用の実態を精査した経年的な統計は存在しない。

 

 ◇なかがみ・ひでとし

 1945年岡山県生まれ。73年東京大学大学院工学系研究科建築学専門課程博士課程を修了、博士(工学)。同年、住環境計画研究所を創設、76年所長、2013年から現職。経済産業省総合資源エネルギー調査会臨時委員、環境省中央環境審議会専門委員などを務める。


 ところが最近になってようやく環境省により、家庭部門における炭酸ガス発生量を精査する公式統計の作成に着手することが決まった。

 これに続いて民生部門のもう一つの柱である業務部門(オフィスビル、飲食・小売り、病院、ホテル、学校など)のエネルギー消費実態を明らかにする検討が環境省、経済産業省で開始されつつある。

 


 今後の省エネ政策の最重点分野である民生部門のエネルギー使用実態が明らかにされることで、よりきめ細かい、現場に即した省エネ対策の検討が加速すると期待している。


 ◇野心的な13%


 昨年4月、第4次エネルギー基本計画が策定され、2030年に向けた長期エネルギー需給見通しの骨格が公表された。最も注目されたのは、30年における電源構成(再生可能エネルギー22~24%、原子力発電20~22%など)だが、需給見通し策定にあたって基本となるのは、30年における日本のエネルギー需要である。

 今回はこの需要についての見通しに関する議論が必ずしも十分ではなかった。筆者はこれまでも審議会に出席するたびに日本のエネルギー需要構造の把握が必ずしも十分ではないことを指摘してきた。それが今ようやく動き始めた。

 今回発表されたエネルギー基本計画では、30年に向けた省エネ目標として、原油換算で5030万キロリットル削減という数値が示された(図)。これは省エネを行わずにエネルギーを消費し続けた場合の30年の需要見通しの13%減に匹敵する。13%の省エネとは、ほぼ1週間に1日全くエネルギーを使わない量に相当する。並大抵ではない数値である。それほどの省エネをどう達成するのか。内訳をみると産業部門では鉄鋼、化学、セメント、紙パルプの主要4業種での削減や工場のエネルギー管理などで1042万キロリットルの省エネを見込んだ。

 運輸部門では、次世代自動車の普及や燃費改善、ITを活用した交通量のビッグデータ利用による省エネ対策が大きく組み込まれ、1607万キロリットルの省エネが目標とされた。

 さらに国土交通省による新築住宅の省エネ基準適合義務化が実行に移され、空調や照明などで国が定めた省エネ基準を満たさなければ住宅が建てられなくなる日が来る。

 加えてビルのエネルギー管理システム(BEMS)や住宅のエネルギー管理システム(HEMS)の導入によるエネルギー消費の見える化やエネルギーマネジメントの普及、LED照明の普及などにより、業務・住宅を合わせて2386万キロリットルの省エネを見込んでいる。従来の計画に比較して民生部門の比重が約2分の1に及んでいることが今回の見通しの大きな特徴である。

「この計画は本当に達成可能であろうか?」と考える人も多いはずだが、実はまだ日本には省エネの余地が多く残されている。


 ◇隠れたフロンティア


 そもそも日本の省エネルギーの水準は国際的に評価が高かった。家電などに課せられたトップランナー基準、つまり基準設定時に最も省エネ性能が優れている機器を数年後に全ての機器が上回るようにする制度は世界から高い評価を得てきた。鉄鋼や紙パルプ、セメントなどの製造工程におけるプロセスの効率は間違いなく世界トップである。日本のハイブリッドカーに代表される燃費改善も今や世界標準である。

 しかし、産業部門の中でも中小企業、業務部門では中小ビルや商業施設における省エネへの取り組みが取り残されてきた。こうした業態にはエネルギーの専門家がいないところもある。そこできめ細かい省エネ診断が実行されれば、日本にはまだ大きな省エネ効果が見込める。

 大型ビルでは近年、空調や照明などエネルギー消費の基幹部分に対する省エネ化の進歩が大きく加速しつつあるし、夜間不在時の非使用機材などのエネルギー消費削減はまだまだ可能だ。家庭の「待機時消費電力」もある。工場の製造工程には車のアイドリングに似た「固定エネルギー」と呼ばれる無駄な消費もある。

 これらの「固定エネルギー」消費の省エネの可能性は、エネルギーの専門家に指摘されるまでは一般に知る人が少なく、工場での電力消費の20%近くに及ぶ例もある。

 まさに“ちりも積もれば山となる”省エネの余地がそこかしこにあるわけだ。こうしたポテンシャルを発掘していくためにも、先に指摘したきめ細かい実態調査やエネルギー診断、エネルギー統計データベースの整備が必要なのである。

「原発ゼロか、推進か」といった紋切り型の議論で対立する前に、まず一人ひとりがエネルギーの使い方を再点検し、身の回りにも大きな省エネルギーの可能性があることを知るべきではないだろうか。

 ◇カギは消費者の意識


 当研究所の調査でも、家庭におけるエネルギー消費が居住者の意識の差によって大きく異なっていることが明らかになった。省エネ意識の高い家庭と低い家庭ではエネルギー消費量で実に約30%の差があることが確かめられた。欧州環境局の調査では、消費者の行動を変える政策でエネルギー消費を最大で20%削減できる、との報告書もある。

 米国での調査でも、ライフスタイルに影響を与えない範囲の行動調整で家庭用エネルギー需要の16~20%の省エネができるとの報告もある。どんなに技術的に優れた省エネ機器でも最終使用者である消費者がそれを適切に使わなければ効果は発揮されないのだ。

 日本ではこのように最終消費者がどのような機器の使い方をしているのか、当初期待した効果は得られているのか、といった研究は全く遅れている。当研究所はそもそもそうした問題意識から、消費者行動とエネルギー消費に着目して研究を始めたのだが、米国ではすでに8年前からこうした研究会が活動しており、毎年国際会議も開いている。

 世界的にも消費者行動はこれからの省エネの大きなカギを握るキーワードとなる。省エネは全国民、全産業、全社会活動にかかわる問題である。今後の日本の省エネ推進にあたってのキーパーソンは、我々一人ひとりの消費者なのである。

 もう一つ大きなカギを握るのがエネルギー供給事業者である。来年4月には、日本でも電力やガス事業の自由化が始まる。従来の事業者以外に新しい供給事業者が参入する。そこでのビジネスモデルは今までのような売り上げを至上の目的とするものではなく、いかにして総合的なエネルギーサービスを提供するか、省エネそのものが利用者のメリットとなるような仕組みを提供できるか、が問われる時代になるだろう。

 そういう時代になれば省エネというサービスを提供できない事業者は消費者にとって魅力に欠ける会社になるだろう。省エネの本質がエネルギーの合理的利用にあるとしたら、まさにその合理的利用を提供することこそが新しい時代のエネルギー供給者像であってほしいものである。

福島後の未来をつくる