2015年

10月

20日

ワシントンDC 2015年10月20日特大号

ベイナー下院議長 ロイター=共同
ベイナー下院議長 ロイター=共同

◇ベイナー下院議長の退任が示す共和党の混迷


今村卓

(丸紅米国会社ワシントン事務所長)


 米国のベイナー下院議長が9月25日、10月末で退任し、下院議員も辞職すると表明した。共和党指導部でさえ同日に退任表明を伝えられて驚いたほどの、意外なベイナー氏の決断だった。ベイナー議長は認めていないが、退任表明に10月1日からの政府閉鎖を回避する狙いが込められていたことは間違いない。

 議会では、9月末が迫っても暫定予算案が通らず、政府閉鎖が迫っていた。共和党指導部は、民主党も賛成する無条件の暫定予算案を成立させようとしていた。だが、共和党内の保守強硬派が、非営利団体PP(全米家族計画連盟)への政府補助金廃止を暫定予算案への賛成の条件に掲げ、それに民主党が反発。審議が暗礁に乗り上げていた。同派がPPへの補助金打ち切りを求めた理由は、PP職員による、中絶された胎児の臓器売買疑惑だが、PPは疑惑を反中絶団体の捏造(ねつぞう)と否定した。

 しかも世論調査では、有権者の6割強がPPへの補助金打ち切りに反対している。PPは女性の健康に関わるサービスを幅広く提供する団体で、傘下の700近くの医療機関は中低所得層の女性の頼れる存在だ。さらに、妊娠中絶はPPの医療サービスの3%に過ぎない。そもそも補助金の中絶での使用は禁止されている。それなのにPPへの補助金を打ち切れば、批判は共和党に集中する。

 保守強硬派は政府閉鎖を「人質」にPPへの補助金打ち切りを認めさせるという瀬戸際戦術も進めていた。政府が閉鎖しても、世論の非難を浴びるのは民主党だと同派は信じていた。だが、この戦術と政府閉鎖を支持する有権者は全体のわずか9%。共和党指導部が瀬戸際戦術を採用して政府閉鎖となれば、同党の支持率は大幅に下がり、来年の大統領選と議会選に深刻な打撃を与える。ベイナー議長もそのリスクの大きさを認識していたからこそ、退任表明で保守強硬派を封じ込めたのだろう。上下両院は9月30日、12月11日までの無条件の暫定予算案を、共和党穏健派と民主党の賛成で成立させ、当面の政府閉鎖は回避された。


◇党内影響力強める保守強硬派


 ベイナー議長の退任後の共和党は一層混乱する可能性が高い。ベイナー議長を突き上げた保守強硬派が、共和党の支持基盤に浸透し始めているためだ。攻勢が目立った保守強硬派も、現在の下院共和党議員247人の中の約40人に過ぎず、下院の新指導部に起用されそうな有力議員もいない。それなのに現指導部は、同派の瀬戸際戦術を無視できず、同派がちらつかせたベイナー議長への不信任決議案の採決要求に動揺した。予想外に多くの共和党支持者が保守強硬派の主張を支持したためだ。

 これにより、今後、下院で保守強硬派の意向が通りやすくなり、現指導部が避けてきた瀬戸際戦術が選ばれる可能性が高まる。反対に、それに危機感を強める穏健派が反発して党内の亀裂が拡大する恐れもある。

 こうしたリスクを認識済みのベイナー議長は最近、マコネル上院院内総務とともに、オバマ大統領との2年度分の予算協議を始めた。保守強硬派の影響力が強まった新指導部

に、11月初めが期限の債務上限引き上げ交渉や12月以降の予算協議を任せれば、政府閉鎖や米国債のデフォルト(債務不履行)などのリスクが大きくなり過ぎると考えたためだ。残りの任期中の混乱を避けたいオバマ大統領も同調した模様である。

 だが、保守強硬派は、この三者の予算協議に強く反発している。同派に突き上げられる下院の新指導部が対応に苦慮する可能性もある。さらに、共和党の支持基盤の変化は、同党の大統領候補の指名レースにも影響を及ぼすかもしれない。