2015年

10月

20日

第8回 福島後の未来をつくる:吉岡斉 九州大学教授 2015年10月20日特大号

 ◇よしおか・ひとし  1953年富山県生まれ。76年東京大学理学部物理学科卒業。94年九州大学大学院比較社会文化研究科教授(2000年より研究院教授)。11年から12年にかけて政府の東京電力福島原発における事故調査・検証委員会(政府事故調)委員を務める。
 ◇よしおか・ひとし  1953年富山県生まれ。76年東京大学理学部物理学科卒業。94年九州大学大学院比較社会文化研究科教授(2000年より研究院教授)。11年から12年にかけて政府の東京電力福島原発における事故調査・検証委員会(政府事故調)委員を務める。

 

◇原子力発電は「介護」から「終息」

◇地域産業転換に向けた交付金創設を



吉岡斉(九州大学教授)


「ターミナルケア政策」とは、今まで進めてきた事業など社会活動を、重大な社会的損失を与えずに終息させる政策である。「ターミナルケア」は、もともと「終末期医療」という意味の介護業界の言葉だ。原子力発電においては回復の望みのない事業に対して、損失を最小限に抑えながら終息させるため、重点的な支援を行うことである。

 

 

 

 ◇原発廃止への軟着陸に必須 


 国際社会や日本社会は絶えず変化しており、新しく台頭する事業もあれば、滅びゆく事業もある。事業廃止の際には、事業者・関係者に損失が発生する。事業廃止の原因が事業者の自己責任に帰せられる場合は自業自得である。

 だが公共政策が原因で損失が発生した場合は、その度合いに応じて政府も補償責任を負う。

 日本の原子炉等規制法では、原子炉の法定運転年数は40年とされているので、それに満たない年数で政策的に廃止させる場合は、遺失利益についての早期廃止補償を、電力会社が要求してくる可能性があり、政府と電力会社との協議により補償の有無や、補償を行う場合の金額について合意する必要がある。なおドイツでは2002年、当時のシュレーダー政権下で政府と業界の合意により原子力法に平均32年の運転制限が導入されたが、早期廃止補償は盛り込まれなかった。メルケル現政権は当初、原子炉の運転制限期間を延長しようとしたが、福島原発事故を受けて政策転換し、02年合意をさらに具体化させた脱原発ロードマップを決めたという経緯がある。

 また公共政策の影響のいかんにかかわらず、ある事業が没落しそうなとき、それを放置すれば多大な社会的混乱がもたらされる場合、政府が事業廃止の影響を緩和するための社会政策を講じることは公共利益にかなっている。滅びゆく事業を上手に管理し、事業者・関係者の損失が破局的なものとなるのを防ぐ上で、政府のターミナルケア政策は有効性を発揮しうる。

 過去の重要な事例として、原油輸入自由化にともなう国内石炭産業の衰退に対処するための、産炭地域振興臨時措置法(産炭法、1961年)による企業や地域社会への支援政策が挙げられる。これは出発時点においては、優良炭鉱の維持拡大と不良炭鉱の廃止の双方を支援する政策だったが、時代が下るにつれて次第にターミナルケア政策の性格が強まっていった。

 個々の民間会社の工場閉鎖による地域経済への影響について、政府による特段の緩和策は不要である。原子力発電所についても特別扱いする理由はない。しかし国家政策にもとづき全国で、いっせいに多くの原子力発電所が廃止されていくような場合には、社会政策として、後述する産炭法を参考にした影響緩和策を講ずるかどうか検討する必要がある。

「シャッター通り」が目立つ(福島第1原発事故で多くの住民が避難した川内村の中心部)
「シャッター通り」が目立つ(福島第1原発事故で多くの住民が避難した川内村の中心部)


 ◇高率で起きる過酷事故災害


 11年3月11日に始まる福島原発事故は、発生から4年半が過ぎたのにいまだ収束していない。福島原発事故による損害額は、現時点ですでに11兆円、将来分も合わせれば数十兆円に上ることが確実である。避難者数は今年8月現在で10万6700人に達する。福島原発事故によって原子力発電が、他の技術とは異次元の、時間的にも空間的にも並外れて巨大な災害をもたらすリスクを抱えていることが、改めて明らかになった。

 この過酷事故災害の異次元なまでの巨大さこそが、原子力発電を廃止すべき基本的理由である。しかも過酷事故を起こした原子炉は過去半世紀余りで5基に達する。世界の原子炉設計者は、過酷事故を100万炉年(1炉年とは原子炉1基を1年稼働すること)に1度に抑えることを目標値に設定している。しかし、15年春までの原発の運転実績は約1万6000炉年だから、約3000炉年に1度という驚くべき高率である。また原子力発電は社会経済にとって不可欠ではなく、他の発電手段(火力発電、水力発電、再生可能エネルギー発電等)で代替できる。さらに原子力発電はそうした競争相手と比較して優れていない。その点についていわゆる「3E」(エネルギー安定供給、環境保全、経済性)の観点から一瞥(いちべつ)しておく。

 まず安定供給性についてみると、ウラン資源輸入に関する阻害要因が石油・天然ガスと比べて少ないものの、事故・災害・事件などが起きれば原発は多数の原子炉が一度にダウンし、運転再開までに長時間を要する。福島原発事故以後の日本の長期にわたる電力需給逼迫(ひっぱく)傾向が格好の例である。次に環境保全性の観点から見た原子力発電の利点は、有害化学物質(日本では厳しい排出管理が実現されている)や温室効果ガスの排出量が、火力発電よりも格段に少ないことである。その一方で原子力発電は、事故による核物質の環境への大量放出のリスクを抱え、また各種の危険な核物質を生み出す。まず核物質リスクを減らし、次いで温室効果ガス削減に全力を挙げるのが、物事の正しい順序である。


 ◇自家撞着に陥った電源三法


 原子力発電が発電手段の中で経済的に最も優位に立つという試算が、今まで政府によって数年ごとに発表されてきたが、その信頼性はない。歴史的実績にもとづく原子力発電のデータを示さなければ意味がない。電力会社による詳細なデータ公開が必須である。

 また政府は原子力発電の経済性が優れているので国策として拡大すべきと主張し、それを主要根拠のひとつとして原子力発電のコストとリスクを政府が肩代わりする手厚い「原子力発電介護政策」(電源三法による立地支援、研究開発支援、損害賠償支援、福島事故処理支援、核燃料サイクルコストの電気料金への転嫁などの政策)を推進してきた。これは論理的な自家撞着(どうちゃく)に陥っている。本当に原子力発電の経済性が優れているならば手厚い「介護政策」など一切不要のはずである。それでも電力会社はそれを手放そうとしない。

 ここから浮き彫りになるのは原子力発電の経済的コスト・リスクが実際には高いという事実である。手厚い「介護政策」なしには、電力会社は決して原子力発電に深入りすることはなかっただろう。今でも電力会社は好きで原子力発電を維持しようとしているのではない。「原子力発電介護政策」を大幅に拡充することを条件に国策協力を続けてもよいという姿勢である。国策協力に消極的な電力会社があるのかもしれないが、電力業界が一体となって行動する「原子力村」の掟(おきて)に背くことは容易ではなかろう。

 もちろん原子力発電のコスト・リスクを政府が肩代わりすることは、国民負担によって肩代わりすることを意味する。福島原発事故は東京電力による人災の性格が濃厚であるが、なぜそれによる損失を国民が負担せねばならないのか疑問に思う読者も多いのではないか。

 参考までに筆者は、『世界』05年10月号に「原子力介護プラン─策定進む政策大綱の問題点」と題する小論を寄稿し、原子力委員会の原子力政策大綱が実質的に「原子力介護プラン」となっていることを指摘し、「介護費用を負担させられる国民は『果たして原子力は介護に値するのか』という観点から、原子力政策に批判的に対峙(たいじ)することが期待される」と結んでいる。今もこの結論を変える必要は全くない。

 11年3月から4月にかけて東京電力管内で「計画停電」が強行されたが、それ以降今日まで電力危機が生じたことはない。その要因は幾つかあるが、特筆すべきは日本の電力消費のベースラインがリーマン・ショックを境に大きく落ち込んでいたことである。日本の発電電力量(自家発電を含む)は、07年に史上最大の1兆1950億キロワット時を記録したが、13年には1兆905億キロワット時と8・8%の減少となった。

 今後は人口減少や製造業の地盤沈下などにより、電力消費は短期的変動をはさみつつ「自然減」傾向をたどるだろう。これに省エネの強力な推進と、再生可能エネルギーの最大限の拡大を重ね合わせれば比較的容易に、原子炉を最大限再稼働可能な20基前後からゼロへと着実に接近させつつ火力発電も毎年減少させていく状態を実現できるだろう。30年ごろまでに全ての原発を廃止しても、エネルギー需給の観点からは特段の困難が生ずるとは思えない。火力発電のたき増しコストは現在、原発停止による核燃料コストの節約分を差し引くと年間1兆円にも満たない。

太平洋炭礦(北海道釧路市、1952年)
太平洋炭礦(北海道釧路市、1952年)


 ◇石炭教訓に電源開発補助廃止


 原子力発電の介護政策を続けるべきではなく、ターミナルケア政策を進めるべきである。ターミナルケア政策は、現在の介護政策を前提とすべきではなく、いったんそれを廃止してから導入すべきである。原子力発電の維持拡大という従来の政策は、国民の公共利益に反していたという結論を政府は明確に下すべきであり、それを受けて原子力発電推進にともなう交付金・補助金等の優遇措置は単に廃止すればよく、その代替となる優遇措置を講ずる必要はない。

 既得権の喪失に対する配慮は不要である。ただし政府の示す原子力発電廃止計画が、原子炉の早期廃止など電力会社に損失をもたらす場合は、その補償に関する協議が必要となる。また立地地域自治体の財政破綻や地域経済への深刻な打撃がもたらされる懸念がある場合は、その緩和のための社会政策の検討が必要となる。

 その際に反面教師とすべきは、前述の国内石炭産業のターミナルケア政策である。『日本石炭産業の衰退─戦後北海道における企業と地域』(杉山伸也・牛島利明著、慶応義塾大学出版会、12年)に書かれているように、日本の石炭政策は80年代まで基本的にスクラップ・アンド・ビルド支援政策であり、86年の第8次石炭政策において初めて石炭産業終息の方向性が明確となった。

 02年1月の太平洋炭礦閉山により日本の石炭産業は滅亡した。政府支援は融資・保証・補助金だけでも55年から00年までに3兆3514億円を費やした(同書18ページ)。しかしその大半は、石炭企業の経営支援に使われ、地域社会の産業転換には一部しか使われず、しかもその多くは失敗した。ただ、高度経済成長のおかげで、57年に31万人を数えた炭鉱労働者の労働力を他産業に受け入れる余地は十分あったことは幸いだった。

 原子力発電のターミナルケア政策は、そうした反面教師から教訓をくみ取り、地域産業転換を主眼としたものにするのが賢明と思われる。たとえば、発電所など電源の開発を促進するための「電源三法交付金」を廃止する代わりに「地域産業転換交付金(仮称)」を創設し、手厚い財政支援を行うのはどうだろうか。この交付金は、原発など「商業核施設」の廃止を進める都道府県および市町村のみに交付するもので、当該地域への事業所の立地・誘致を促進し、地域の雇用を拡大することを目的とする。なお電源三法交付金で建設され無用となった公共施設の整理のための補助金も用意する必要がある。

 それを効果的に進めるには自治体としての再開発計画が必要である。市町村レベルでの企画立案は容易ではないので、道県レベルで進めるのが適切である。福井県・青森県には複数施設があるので、全ての関係市町村の脱原発への同意を得る必要がある。

 石炭産業崩壊に際しては多くの地域で重化学工業の工業団地の誘致が試みられたが失敗した。産業転換構想は、そうした過去の教訓に学んで企画立案する必要がある。

福島後の未来をつくる