2015年

10月

27日

第9回 福島後の未来をつくる:高橋洋 都留文科大学教授 2015年10月27日号

 ◇たかはし ひろし

東京大学法学部卒。米タフツ大学フレッチャー大学院修了。東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。ソニーや富士通総研を経て、2015年4月より現職。学術博士。専門はエネルギー政策論、電力システム改革論。

 ◇激しい競争こそ電力の革命を起こす

 ◇欧米で急成長する新サービス


高橋 洋

(都留文科大学教授)


 アベノミクスは第2ステージに入るとのことだが、第1ステージの時から最も重要な「本丸」は成長戦略だと言われてきた。その鍵は、イノベーションだ。では、イノベーションとは何か? 経済学者のヨーゼフ・シュンペーターによれば、イノベーションとは「生産手段の非連続的な新結合」であるという(『経済発展の理論』)。日本では「技術革新」などと訳され、技術面を中心に語られることが多いが、シュンペーターは新結合として五つの形態を挙げている。すなわち、①新しい財貨、②新しい生産方法、③新しい販路、④新しい供給源、⑤新しい組織──である(表)。本稿で議論したいのは、電力分野においてこのようなイノベーションを起こすためにどうしたらよいかということである。



 世界に目を向ければ、電力分野では1990年代後半から大きなイノベーションが生じ、新たな成長が生み出されてきている。例えば、発電した電気を国が定める価格で一定期間売電できる固定価格買い取り制度(FIT)といった政府の支援策の寄与もあり、風力発電や太陽光発電といった再生可能エネルギー(再エネ)の大量導入が進んでいる(図)。木質バイオマスなどによるコージェネレーション(熱電併給)システムも積極的に活用され、エネルギー効率の向上に寄与している。

 ドイツやスペインでは、これら再エネによる電力の割合が30%前後に達しており、旧来の石炭火力発電や原子力発電に取って代わりつつある。これらは小規模分散型発電システムであり、新規参入者が手がける場合が多く、シュンペーターのイノベーション類型において、②新しい生産方法や、④新しい供給源に該当するだろう。


 ◇新しいサービスと販路


 発電分野だけでなく小売り分野でも90年代からの電力自由化を受けて、需給状況に対応して節電などを促すデマンドレスポンス(DR、需要対応)といった新たなサービスが、米国などで盛り上がりつつある。特にIT(情報技術)の進化により通信機能が付いた次世代電力量計であるスマートメーターが実用化され、消費行動を精緻に把握できるようになったことが大きい。

 サービスとしてのDRは、イノベーション類型の①新しい財貨と呼べるだろうが、これに電気自動車内蔵の蓄電池が組み合わされるようになれば、自動車から売電するなど高度なDRが可能になり、まさに革命は現実のものとなる。

 また欧州では、電力自由化と市場統合を受けてエネルギー企業の海外市場への進出が進んでいる。国境を超えた電力会社の買収やガス会社との合併が当たになっており、英国は大手6社のうち4社が外資系(ドイツ、フランス、スペイン)になっている。これらは、シュンペーターのイノベーション類型の③新しい販路と呼べるだろう。

 これらのイノベーションを起こすのは天才的な発明家や決断力のある企業家の仕事だが、彼らだけでは起こせない場合もある。電力分野でイノベーションが起きた背景には、世界中で長らく独占体制を敷いていた電力産業が、発送電分離などにより構造的に改革されたことがあった。

 欧州では、欧州委員会や各国の規制当局の尽力により、垂直統合されていた電力会社が送電部門を売却する(所有権分離)よう迫られ、中立的な送電会社が誕生した。太陽光や風力のように天候により出力が変動する電源を電力システムに受け入れれば、停電などのトラブルにつながりかねないと20年前には言われていた。しかし現在では、独立した送電会社が精緻な気象予測など技術的な解決策を競い、大量の再エネ電力を受け入れつつも安定供給を維持している。まさに規制改革あってのイノベーションである。

 一方で欧州では、地域に根差した小規模主体がエネルギー事業で存在感を示していることも、特徴的だ。例えば、発電量の3分の1以上を風力発電でまかなっているデンマークでは、陸上風力発電機の8割を個人や協同組合が所有しているという。

 ドイツでは、シュタットベルケと呼ばれる市有・町有の公益事業者が、大手電力会社に対抗して市民・町民の支持を得て、再エネの導入などを優先的に進めている。これらイノベーションを担っているのは、イノベーション類型の⑤新しい組織に該当すると言えよう。

 シュンペーターはイノベーションの主体について、旧来の支配者のなかから現れず、「発展担当者の変更」から生じると指摘した。イノベーションは既存のビジネスモデルを破壊するため、既得権益者がそれを率先して実行することは自己否定につながる。郵便馬車の事業者は、馬車の改良には努力するが、新たな鉄道輸送網を生み出すことは本質的にできない。だからこそ、非連続と呼べるのである。


 ◇日本の改革には不安も


 日本は、電力自由化にも、再エネの導入にも遅れてきた(図)。安定供給のためには法定独占・発送電一貫が必要不可欠と考え、また変動する再エネよりも一定量を安定供給できる原子力を優先してきた。しかし、福島第1原発事故を経て、風向きは大きく変わった。

 政府は電力システム改革を積極的に推進し、イノベーションを起こそうとしているように見える。実際に第1ステージのアベノミクスでは、電力システム改革が成長戦略の先行事例として挙げられた。すでに3度にわたり電気事業法を改正し、2016年4月からは小売り全面自由化が、20年には送電網の法的分離(別会社化)が決まっている。原発事故前の日本の電力業界の常識からすれば画期的な変化と言えよう。

 とはいえ、日本でイノベーションが起きやすい環境になるかはこれからであろう。第一に、今でも既存電力会社は圧倒的な市場支配力があり、競争が本格化するか予断を許さない。例えば日本の卸電力取引所は05年に開設されたが、その流通量は総電力需要の1・5%程度と極めて低い状況にとどまっている。イノベーション類型の④新しい供給源も、③新しい販路も見えてきていない。

 第二に再エネについては、12年にFITが始まって以来、太陽光発電の導入が急増したが、14年以降一転して不透明感が強まっている。送電網への接続の申し込みが殺到したため電力会社が悲鳴を上げ、政府は15年1月に新たな買い取りルールを制定した。これにより、上限を超えた再エネの接続分については、電力会社は安定供給という理由からその発電を抑制しても、一切補償しないで済むようになった。この抑制される量が、再エネの年間発電量の数%で済んでいる欧州と比べれば、異例に厳しい措置である。

 発電事業のリスクが高まった結果、再エネへの投資が冷え込んでおり、新電力の電源調達にも影を落としている。ここでも、イノベーション類型の④新しい供給源を活用できていないのである。

 第三にイノベーション類型の⑤新しい組織についても、顕在化するのはこれからであろう。例えば、送電網の法的分離は5年後の話であり、(16年に先んじて法的分離を実施する)東京電力を除けば送電会社は日本に誕生しない。また、新電力(特定規模電気事業者、PPS)の届け出数は700社を超えているものの、前述の難しい環境下で本格的に市場参入しているところはその10分の1程度にとどまっており、「発展担当者の変更」は見えてこない。

 日本にはさまざまな課題があり、確かに非連続のイノベーションを起こすことは容易ではない。しかし、イノベーションとは本来的にそういうものなのであろう。既存企業も交えた激しい競争のなかで、それでも偶然のきっかけでしか生まれないのが、シュンペーターが定義した非連続のイノベーションなのである。


 ◇逆境こそ絶好機


 前向きに考えれば、実は日本にはさまざまな好条件がそろっている。

例えば太陽光パネルについては、中国メーカーなどの価格競争力に押されているものの日本企業の技術力は世界最高水準を維持しているだろう。さらに発電効率を上げる、耐久性を高める、壁面など多様な設置場所に対応できるようにするなど技術革新の可能性は限りない。これらに成功すればイノベーション類型の①新しい財貨や②新しい生産方法となろう。

 今後ますます重要性を増す蓄電池も、やはり日本企業は高い技術力を誇る。さらに大量のハイブリッド車や電気自動車が既に街中を走っている点も有利であろう。昨年トヨタ自動車が大量生産型の燃料電池車を世界に先駆けて市場投入したこと、エネファームという家庭用燃料電池の実績を積んでいることも、特筆すべき強みである。

 蓄電池や燃料電池をさらに低コスト化・大容量化を進めると共に、DRと効果的に結び付けてサービス化できれば、イノベーション類型の①新しい財貨──の成功例となり、エネルギーの生産・消費を最適化する都市であるスマートシティーなどに発展させることができる。

 原発事故後の日本人は省エネ意識が高まっていること、その時期に小売り全面自由化が実施されることも、追い風になろう。次に考えるべきは、海外展開によるイノベーション類型の③新しい販路である。

 電力市場は17兆円などと言われるが、今後の人口減少などを考えれば国内市場は拡大しない。むしろ消費者が我慢をする必要がないスマートな節電がさらに進み、縮小していくと考えるべきではないか。

 アジアなど成長市場を開拓すべきことは明白であるが、これまで電力会社は海外市場にほとんど目を向けてこなかった。今後は国内で魅力的なサービスを開発しつつ、それらを速やかに海外市場で展開すべきであろう。前述の太陽光パネルや蓄電池といったイノベーション類型の①新しい財貨も、③新しい販路へ向けた有力候補になる。

 そのためにも、国内の異分野企業と、あるいは海外企業との提携や合併がもっとあってよいだろう。これは、イノベーション類型の⑤新しい組織に該当する。確かに近年、電力システム改革の進展を受けて合従連衡の動きが激しくなってきたが、電力会社とガス会社、石油会社といった、元々エネルギー系の業界のなかでの動きが多い。それはそれで評価するが、自動車、小売り、通信、IT、鉄道といった、これまでエネルギー事業とは関係が薄かった企業が関与する案件に期待したい。

 通信分野の非連続のイノベーションであったIT革命の折には、例えばソフトバンクが急きょ市場参入し、駅前でADSLモデムを配るといった旧来の常識では考えられない行動に出て、市場が大いに活性化された。電力分野でも、最近楽天が丸紅と、ソフトバンクが東京電力と提携する話が発表された。イノベーションが非連続になるには、このような異端児が新たな視点から市場をかく乱することが必要なのである。

 そのためにも政府には非常に重要な役割がある。それは、競争政策を徹底し、多様な分野から新規参入を呼び込み、切磋琢磨(せっさたくま)のなかからイノベーションが起きやすい環境を整備することである。卸電力取引を拡大させるべく指導を行う、小売り全面自由化について消費者に周知徹底する、小売り事業者を切り替える手続きを簡単にする、送電網の接続の手続きの公正さを監視するなど、多様な対応が求められる。

 イノベーションを起こすのは、あくまで企業である。その具体的な形として、企業は新たな財貨や新たな生産方法を競う。どれがイノベーションになるかは、本人にも分からない。ましてや、政府がイノベーションを予測することはできない。間違っても政府が個別の業界秩序に介入し、大手エネルギー企業同士の合併を画策したり、特定の分野や商品を過度に支援するべきではない。

福島後の未来をつくる