2015年

10月

27日

特集:インドびっくり経済 2015年10月27日号

 ◇人口ボーナスが育む成長力

 ◇中間層拡大で巨大消費市場へ


二階堂有子(武蔵大学経済学部准教授) /

佐藤隆広 (神戸大学経済経営研究所教授) /

編集部


 インド経済が世界の関心を集めている。国際通貨基金(IMF)は3月、インドの中期的な潜在成長率を6・75 %と推計した。国内規制などのボトルネックがあってなお、日本の10倍、米国の2倍以上と驚くべき高水準だ。インドの経済成長は長期的に続き、1人当たり国内総生産(GDP)の米国に対する比率は現在の1割未満から2050年には3割に達する見通しだ。資源の輸出機会拡大を狙うオーストラリア政府も注目する。

 世界銀行は10月公表の南アジア経済見通しで、インドの経済成長率を14年7・3%から15年は7・5%になり、16年7・8%、17年7・9%へと上昇すると示した。中国は14年7・3%、15年は6・9%に減速すると予測しており、21世紀に初めてインドが中国の経済成長率を上回る可能性が出てきた。

 成長力の大きな源泉は人口だ。国連推計によれば、22年にはインドが中国を追い越し世界最大になり、さらに30年には約15億人を超えると予測されている。

 さらに驚くのは総人口に占める15歳から64歳までの生産年齢人口比率が45年ごろまで上昇し続ける「人口ボーナス」の恩恵を受けることだ。その結果、魅力的な消費市場の創出にとどまらず、豊富な労働力人口を頼りに外資製造業の設備投資と現地生産を促す。雇用の場が広がり、高まる所得がさらなる消費を生み出し、経済成長を加速させる好循環が望める。高齢化が加速し、人口ボーナスを使い切った中国に対し、優位性が高い。

 「インドの潜在的な成長率は10%近辺」と見る専門家もいる。米格付け会社ムーディのアナリストは、成長を阻害する要因を取り除けば従来予想を上回る成長軌道に乗ると指摘する。そのカギを握るのが外国資本の進出による製造業の振興だ。

 モディ首相は14年5月の就任直後から、「メーク・イン・インディア」を旗印に外国直接投資を誘致するトップセールス外交で製造業振興に血道をあげてきた。


 ◇「日本詣で」活発化


 世界最強ともいえる潜在成長力が魅力のインドは外資誘致で日本に期待を寄せる。関係が良好で製造業の発達した日本企業を呼び込もうと、州単位で誘致合戦を繰り広げる。

 9月末、中部マディヤプラデシュ州(地図)は都内で企業向けセミナーを開いた。モディ政権発足以降、州高官の来日はこれで8州目となる。同州は農業中心で日本企業の進

出は少ないが、セミナーは約100人が参加する盛況ぶりだった。本誌編集部の取材に対して同州シブラジ・シン・チョウハン首相は、「工業団地の整備や税制面の優遇措置を用意している。ぜひ進出してほしい」と熱烈に訴えた。

 日本企業にとっても、インド市場の重要性は高まっている。国際協力銀行が14年に日本の製造業企業を対象に行ったアンケートでは、中期的(今後3年程度)に有望視する投資先として、インドがインドネシアや中国の得票率を上回り、1989年の調査開始以降初めて首位に立った。

 「多くの企業にとって、インドは無視できない市場になっている」(ジェトロ海外調査部アジア大洋州課の西澤知史氏)ことから、今後さらに進出企業数が増えると見られている。

 日本企業のインド進出は、マルチ・スズキをはじめ自動車産業が先行してきたが、近年は裾野が広がりつつある。生理用品や紙おむつ大手のユニ・チャームは2009年に紙おむつを本格的に販売開始。1枚入りの商品で単価を抑えるなどして、25%超の市場シェアを獲得した。16年には単年度での黒字化を目指す。

 ベンチャー企業も参入している。電動バイクの製造・販売を行うテラモーターズ(東京都渋谷区)は三輪の電気自動車(EV)タクシーを7月に発売した。ベトナム、フィリピンで二輪EVを販売してきた経験から「東南アジアよりも価格競争は厳しい。だが人気車種から20%以内の価格に抑えれば勝てる」(テラモーターズの徳重徹社長)と1台約30万円に設定した。デリーに近い北部ハリヤナ州グルガオンで製造し、国内5カ所のディーラーで販売している。三輪EVは昨年インド政府が合法化したことで、新たに生まれた市場だ。


 ◇工業に伸びしろ


 ただ、製造業振興の課題は多い。国内総生産(GDP)の産業別比率は、農業18・4%、工業33・1%、サービス48・5%で、就業者比率では農業47・5%、工業24・6%、サービス27・9%となる。就業人口の半数は生産性の低い農業部門で所得水準も劣位にあり、工業部門は潜在力に反して十分な雇用の受け皿になっていない。

 1991年の経済自由化以降、高い技術水準と低い開発コストが評価されてソフトウエア産業が伸長した。製造業では、80年代の部分的自由化の下で先行して規制緩和が行われた自動車産業や、後発薬輸出で高い国際競争力を持つ製薬産業の成長が目覚ましい。だが、製造業全体では、インフラやさまざまな規制などのボトルネックもあり、豊富に存在する労働力を十分に活用できていない。

 他の産業と比較して雇用吸収力がある製造業の相対的生産性(1・39)は高い。農業の就業者比率が20ポイント減少し、同じだけ製造業で就業者比率が高まった場合、経済全体の生産性(1人当たりGDP)は20%上昇する。こうした労働の産業間移動による生産性の上昇は、これまで農業部門で貧しい生活を送ってきた階層の消費需要を高めることにもつながり、市場の懐を深いものにするだろう。

 「メーク・イン・インディア」の狙いは外国企業の進出によるハイテク技術の移転だけではなく、生産性の高い製造業における雇用創出にもある。外国投資を呼び込むには、外資企業にとって参入の障壁となっている電力・交通網などのインフラ整備の遅れ、複雑な税制・法制度、非効率な行政手続きなどを改革する必要がある。インドが人口ボーナスを享受するには政治主導の経済改革が欠かせない。


 ◇中間層が拡大


 経済成長の加速は中間層の拡大を促し消費市場としてのインドの魅力を高める。日本の経済産業省が推計した所得階層別の推移では、中間層を世帯の年間可処分所得が5000㌦を超える「下位中間層」と1万5000㌦を超える「上位中間層」の二つに分類している。下位中間層は、新しい衣服を購入し、テレビや冷蔵庫、携帯電話など必要な家電製品を買い求め始める。乗用車の購入が目安となる上位中間層になると、さまざまな家電製品を購入するほか、医療や教育、レジャーなどサービス支出も増加させる。この推計によれば、上位と下位の中間層の合計は06年の20・1%から10年には46・7%へ増大した。世銀の1人当たり所得と国連の人口予測に沿って成長を続けるならば、20年に中間層は世帯の77・8%に達する見通しだ。

 1991年以降の経済自由化、とりわけ2000年代以降の経済成長は、絶対的貧困の減少に寄与してきた。15歳以上の識字率も91年の48・2%から11年には69・3%へと大きく改善した。ただし、長年にわたって重化学工業や軍事産業を担う理工系の高等教育に重きを置いてきたことが基礎教育の普及を遅らせたツケは大きく、中国(95・1%)やタイ(96・4%)と比べれば依然としてインドの識字率は低い。中等教育を修了し、製造現場で活躍できる産業人材が依然不十分なままだ。

 成長の「重荷」といわれてきた巨大な人口を成長の原動力に転換できれば、インドは爆発的な成長を実現できるだろう。