2015年

11月

10日

特集:緩和中毒 2015年11月10日号

イエレンFRB議長 
イエレンFRB議長(Bloomberg)

 

 ◇世界4極の果てしなき緩和
 ◇リーマン・ショックの再来も

 

菊池 真

(ミョウジョウ・アセット・マネジメント代表取締役)


 

 経済の低成長にあえぐ日米欧に、成長の減速に直面する中国を加えた世界4極が、「金融緩和」という隘路に深く入り込み、抜け出せなくなっている。

 足元で緩和加速の姿勢を見せたのは欧州だ。ドラギ欧州中央銀行(ECB)総裁は10月22日、「金融緩和の程度を見直す必要がある」と述べ、12月にも量的緩和(QE)の期限延長・規模拡大などの追加緩和に踏み切る可能性を示唆した。

 ECBが追加緩和への地ならしに動いたことで株価も反応、欧州主要株価指数のストックス600は同日、大幅反発し約2カ月ぶりの高値を付けた。さらにNYダウが大幅高となり、日経平均株価も23日に急反発。世界は同時株高の様相を呈した。

 ドラギ総裁の緩和示唆の背景には、ユーロ圏成長見通しの下振れリスクに対する根強い警戒感がある。インフレ率の失速が鮮明になる中、ECBとしては「何もしないわけではない」と言わざるを得なかった。


 ◇緩和による株高は幻想


 金融緩和によって景気のテコ入れを図ろうとする姿勢は、米国、日本、中国も変わらない。米連邦準備制度理事会(FRB)は10月28日の米連邦公開市場委員会(FOMC)でも利上げを見送り、2008年から続くゼロ金利政策に今回も終止符は打たなかった。一方日本は、日本銀行による量的緩和の再追加に踏み切ろうとしている。中国は同23日、7~9月期の国内総生産(GDP)成長率が目標とする7%を下回ったことを受け、中銀の中国人民銀行が昨年11月以降6度目となる利下げに動き、貸し出しと預金の基準金利を0・25%ずつ引き下げた。

 世界4極の中銀が金融緩和に頼るのは、経済成長率の伸び悩みに対し抜本的な対策が見いだせないことがある。日米欧の場合、国債の大量買い入れと政策金利をゼロ近傍またはマイナスに設定することで景気を刺激し、最終的にインフレにつなげる狙いがある。中国は度重なる利下げで成長率を維持しようと躍起だ。

 しかし、緩和期待による景気浮揚、株価の下支え効果には限界が見え始めた。ECBの緩和示唆と中国人民銀行の利下げがあった翌週の10月26日、ストックス600はエネルギー・素材関連銘柄が重しとなって反落に転じ、4週連続で値上がりしていたNYダウも一服した。日経平均も同日、一時2カ月ぶりとなる1万9000円台の大台に乗ったが、終値ではキープできなかった。

 このことは、ドラギ発言直後の株高が、8~9月の株価低迷時からある程度値を戻していた状況で、緩和示唆をきっかけとして残っていたショート(売り持ち)ポジションに一気にカバー(買い戻し)が入ったからに過ぎないことを意味する。これが世界的に起きたことで同時株高につながった。緩和示唆によって世界経済が新たな局面に入ったということはあり得ない。

 その証拠に、欧州も日本も「量的緩和→需要喚起→景気浮揚→物価上昇」を引き起こす「ディマンド・プル(需要牽引)型」のインフレは、今に至るまで起きていない。

 大量の国債買いという量的緩和によって日米欧では、発行済み国債残高に対する中銀が保有する割合が急増している。特に日本は、国債発行残高に占める日銀保有分の比率が30%近くに達し、飛び抜けて高い水準にある(図2)。「緩和中毒」の度合いは最も深刻だ。

 それでも金融緩和からは、なかなか抜け出せない。米国は12月のFOMCでの利上げもありうるが、あくまで株価が堅調であることが条件。利上げへの地ならしをしても、夏場の中国株暴落のような市場の混乱があれば、9月のFOMCと同様、先送りになる可能性が高い。

 欧州は、ドイツが財政黒字となるなど財政状況が悪くないため、量的緩和を終了することは可能だ。しかし、今春のギリシャ危機に象徴される南欧諸国の債務不履行リスクを、ECBがユーロ建て国債を買い入れることで押さえ込んでいる中、金融引き締めに舵を切ることは難しい。

 そして日本は、「2%のインフレ目標」が遠い中、「異次元緩和」という振り上げた拳を下ろせない。

 量的緩和によって好循環を生み出すためには、銀行の融資残高の増加が条件。企業が銀行にお金を借り、設備投資などに回すことが必要だ。

 しかし、緩和によって中央銀行が供給する通貨量の総量であるマネタリーベースは急増したが、市中に出回る通貨の総量であるマネーストック(M3)の増加ペースは変わらない。なぜなら企業に資金需要が発生せず、銀行に供給された通貨は日銀当座預金に積まれているだけだからだ。好循環は異次元緩和から2年以上たった今も起きていない。

 結局、量的緩和を拡大しても景気浮揚効果は得られず、通貨安により輸入物価が上がる「コスト・プッシュ型」インフレというシナリオしか描けない状況にある。率直に言えば、金融緩和を行っても実体経済には何の効果も及ぼさない。もはや金融政策で問題が解決する段階は過ぎており、日米欧それぞれで問題を切り出しても解決しないのである。


 ◇根本問題は供給過多


 世界的に資金需要が発生しない根本的な原因は、経済活動の需給バランスが供給過多に陥っているからだ。需要を増やす必要があるが、中国をはじめとする新興国の経済成長速度が減速する中、あらゆるモノに対する需要が減衰している。供給が需要に見合っていないために、コモディティー(商品)の価格が著しく下落している。ニューヨークWTI原油は昨年6月に1バレル=107㌦の高値をつけた後に暴落し、足元では50㌦を下回っている。

 需給バランスの回復には、「供給の減少」、つまり原油、石炭、ガス、金属といった資源の減産が不可欠となる。それには資源メジャー各社が連携し、そろって大幅な減産に踏み切るか、さもなければ供給過多の中で価格競争を続けるしかない。

 典型的な例がスイスの資源商社大手グレンコアだ。同社は、資源価格が下がったことで、近年の総資産拡大が災いし財務が大幅に悪化、株価も急落した。9月に資産売却を中心とする総額100億㌦(約1・2兆円)の財務改善策を打ち出した。

 また、実際に生産を手がけている企業では、油田開発などの莫大な初期費用を調達するため大規模ファイナンスを行っている。前提となる商品価格が相場変動で下落すると、プロジェクト自体が立ち行かなくなる恐れがある。実際、住友商事は米国でのシェールオイル開発で投資回収が見込めなくなり、15年3月期に3250億円の巨額減損を計上した。

 このまま資源企業の泥仕合が激化すれば、いずれ倒産企業が続出することは避けられない。仮にブラジルの石油大手ペトロブラスのような半国営企業が破綻すれば、国も共倒れとなりかねない。

 注意を要するのは、今の状況がリーマン・ショック(08年9月)の前年の07年と酷似していることだ。07年度も企業業績は増益で、08年4~6月期に業績はピークを迎えた。しかし、株式市場は07年7月末から8月半ばにかけて高値圏から急落した後、反動で10月に値を戻した。この時、株式市場が織り込んだのは、米サブプライムローン(低所得者向け住宅ローン)問題だ。この問題では大手投資銀行ベア・スターンズが08年3月に破綻。株式市場は9カ月ほど早く反応していたことになる。

 今回、サブプライム問題に相当するのは、中国はじめ新興国の需要減速による商品市況の大暴落だ。8月の中国株急落による世界株安から、ここに来て反発した動きは、07年と非常によく似ている。

 07年は11月に安値を更新した後、下げ止まらず、翌年のリーマン・ショックまで突き進んだ。今回は、資源企業を中心とする大型倒産から世界金融危機へ至る道筋が、水面下で醸成されている可能性が高い。(了)

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