2015年

11月

10日

ワシントンDC 2015年11月10日号

Bloomberg
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 ◇米軍のアフガニスタン撤退延期

 迷走するオバマ氏の対テロ戦略


及川 正也

(毎日新聞北米総局長)


 オバマ米大統領は、2001年の米同時多発テロを受けた対テロ戦争の主戦場のアフガニスタンに駐留する米軍を、退任後の17年以降も残留させると発表した。これはイラクとアフガンの「二つの戦争」を任期中に終結させるという公約を断念したということで、出口戦略も後継大統領に丸投げした。オバマ氏の対テロ戦略は迷走を極めている。

「アフガン軍は十分に強くなったとは言えない。治安は不安定で一部では悪化している。駐留継続で状況を変えることができる」。オバマ氏は10月15日、①16年中も現在の9800人規模を駐留させる、②17年初頭までにこれを5500人に削減し、アフガン軍訓練やテロ掃討作戦を継続する──と発表した。退任する17年1月までに約1000人の米大使館警備要員を除いて米軍を完全撤退させ、「戦争終結の立役者」という「レガシー(遺産)」を残して政権を去る計画だったが、もろくも崩れた。

 09年1月の就任時、約3万人だった駐留米軍は、オバマ政権の増派などで一時10万人規模に到達。11年には、同時多発テロの首謀者で国際テロ組織アルカイダを率いたウサマ・ビンラディン容疑者の殺害、アフガン駐留米軍の削減方針の提示、イラク駐留米軍の完全撤退と出口戦略への布石を次々と打ち、14年末にはアフガンでの戦闘作戦終了にあたり、「米国史で最も長い戦争が終わる」と高らかにうたっていた。


 ◇イスラム国対策で失敗


 それから1年。開戦から15年目の「誤算」はなぜ起きたのか。理由の一つは、米軍が訓練を担ったアフガン軍の練度が向上しなかったことだ。オバマ氏は昨年春、①軍事介入は米国の安全保障に直結する場合のみ、②大規模地上戦を排し、空爆や米国が支援する国や勢力の軍の訓練に限定する──という米軍の海外派兵原則を決定した。アフガン軍の訓練や、シリア・イラク国境に勢力を張る過激派組織「イスラム国」(IS)に対抗する反政府勢力の訓練は、「オバマ原則」のテストケースだった。

 米軍は約35万人のアフガン軍・治安部隊を育成してきたが、9月にアフガン北部クンドゥズを旧支配勢力タリバンが制圧。アフガン軍のもろさを露呈し、奪還には米軍の空爆と地上特殊部隊の応援が不可欠となった。国際医療支援団体「国境なき医師団」運営の病院を米軍が誤爆して多数の民間人死傷者を出した事件は、こうした中で起きた。

 また、アルカイダや系列組織の掃討が道半ばだったことも、オバマ氏の「誤算」の要因だ。米残留軍は、首都カブールと北郊のバグラム空軍基地、東郊のジャララバードや南部カンダハルの基地に配置される。いずれも米国のテロ掃討作戦の拠点だ。米国のテロ対策担当のモナコ大統領補佐官は、アルカイダ掃討作戦の継続に加え、タリバンの内部対立

を利用して、不満分子を米国側に引き入れようとしている。「ISの動向を注視するため」としており、米軍のカバー範囲は広がっている。

 オバマ氏がアフガンからの撤退延期を決断した背景には、イラクからの米軍撤退後の「力の空白」を突いてISが増勢し、再びイラクへの軍事介入を強いられた苦い教訓もあった。そのIS対策では、「オバマ原則」に基づくシリアの反政府勢力の訓練作戦が失敗し、武器の直接供与に戦略を転換した。オバマ政権の対テロ戦略は総崩れの様相だ。

 クラウゼヴィッツの『戦争論』には、刻々と変化する戦況にいかに対応するかが指導者の要諦と記されている。撤退期限ありきのオバマ戦略の危うさは政権内外から指摘されていたが、その危惧は不幸にも的中してしまったようだ。(了)

 

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