2015年

11月

24日

特集:世界を飛べ MRJ 2015年11月24日特大号

 

 ◇初飛行で受注に弾み
 ◇開発の軸足はアメリカへ
 

 谷口健/大堀達也/平野純一(編集部)

 

 国産初の民間ジェット機「MRJ(三菱リージョナルジェット)」がついに大空を飛んだ。2008年の開発本格化から約7年、MRJは11 月11日、名古屋空港での初の飛行試験に成功した。机上の図面で作ってきた“紙飛行機”がようやく本物の飛行機になった瞬間だった。

 MRJは、三菱航空機(三菱重工業の子会社)が製造する約70~90人乗りの小型機だ。最大の売りは、新型エンジンの採用と空力特性の良さを生かした低燃費性。ブラジル・エンブラエルやカナダ・ボンバルディアの現行ライバル機と比べて約20%上回る。客室内の静かさ、スーツケースを頭上に納められるなど広い客室空間も売りにしている。

 すでに全日本空輸(ANA)から25機(オプション契約10機を含む)、日本航空(JAL)から32機の受注を得たほか、米国、ミャンマーの航空会社も含めた計6社が407機の発注を決めた(184機がオプション契約)のは、こうしたメリットを評価したためである。

 

 ◇国内産業への波及

 MRJが日本の航空産業全体を元

気づけるという期待は大きい。

 日本の重工各社はこれまで、米ボーイングや欧州エアバスの機体に使う胴体や翼など、主に「構造部材」を製造してきた。ボーイングのB787の開発では、日本企業のワークシェア(分担比率)は35 %にまで達したといわれるが、実情は「あくまで構造部材の35%であり完成機全体から見ると10%程度に過ぎない」(製造業関係者)。

 一方、MRJでは、三菱航空機が部品の調達、仕様、型式証明まで製造過程のすべてを仕切る。部品を納入するのと、自ら設計して製造するのとでは全く異なる。この点が国産プロペラ機YS―11以来となる「メード・イン・ジャパン民間航空機」の重要性である。

 約100万点の部品からなるMRJは、海外製部品が6~7割あるといわれる。しかし、国内の航空産業への裾野はMRJで大きく広がる。三菱重工業の各工場だけではなく、その周辺の中小企業群にも波及す

るためだ。

 例えば、三重県松阪市の「松阪クラスター」。現在10社が加入する。長年、航空機産業のサプライチェーンを取材する杉山勝彦氏によると、水野鉄工所(岐阜県)、榎本ビーエー(岐阜県)、平和産業(千葉県)など小物から10㍍を超える長尺物までの切削を得意とするメーカーや、金属の表面処理や曲げ加工に使われるショットピーニング技術で世界に誇る東洋精鋼(愛知県)など業界も知られたメーカーがいる。

 MRJが置かれている世界の航空機市場に目を向けると、見通しは明るい。全世界で運航されている60~99席のリージョナル機市場は、14年の1988機から、34年には3761機と1・9倍に拡大する(図1、日本航空機開発協会)。3761機のうち、498機は現在運航中の機体が残り、3263機が今後20年間で、新規に納入される見込みだ。新規参入のMRJにも入り込む余地は十分にある。


 ◇次の関門は型式証明

 もちろん、MRJにとって初飛行は通過点に過ぎない。三菱航空機の森本浩通社長は、11月11日の初飛行後に、「これから数千時間の飛行試験を経て、型式証明の取得、(17年4~6月を目標とする)初号機納入と、まだまだ道のりは続く」と語った。三菱重工業の大宮英明会長も「(初飛行は)山登りで言うと6合目くらい」と例え、「まだたくさんすることが残っており、確実に一つずつ乗り越えていくのが一番大事」と気を引き締めた。

 まず待ち構えているのは、約2500時間に及ぶ飛行試験である。主な試験場は、ワシントン州のモーゼスレイク、シアトル、そして日本では初飛行をした名古屋空港と、海上空港の北九州空港となる。

 計5機ある飛行試験用のMRJは、1~4号機が国内での試験飛行を経て、来年の夏ごろにも米国に向かう。ローンチカスタマー(最初に運航するエアライン)のANAカラーに塗られた5号機が、日本での自動操縦試験に使われる予定だ。飛行試験の軸足は米国西海岸に移ることになる。

 初飛行は、ギア(降着システム)やフラップ(主翼の高揚力装置)は下げたままで、時速280㌔という“低速”での飛行にとどまった。しかし、今後はさらに厳しい試験が待ち構える。

 航空工学が専門の鈴木真二東京大学大学院教授は、今後の試験について「高高度、高温の地、寒冷地など過酷な条件に耐えられるか、空気が薄い高地の空港でも離着陸に問題がないか、水が浮くほど濡れた滑走路でも走行に問題がないかなど、ありとあらゆる条件下で信頼に足る性能を出すことが求められる」と話す。

 12年1月からMRJのチーフエンジニアを務める三菱航空機の岸信夫副社長は、「まず計画されているフライトをこなしていく。そのなかで分析をし、必要なら設計に反映する。まさにこれが課題」と語る。三菱重工業の鯨井洋一副社長も、「機体の価値を証明していくことが必要で、それを通じながら受注に結び付けていく」とする。


 ◇納期に課題

 MRJの生産は、2020年に月産10機を目指す。現在のB787並みの水準だ。そのために、名古屋空港に隣接する小牧南工場を現在建設中で、16年春にも稼働予定だ。

 ただ、量産機の生産は試験機とは大きく異なる。元IHIの航空エンジニアでノンフィクション作家の前間孝則氏は、「これまでの試験機は至れり尽くせりで作られた手作り品で、量産機で同じ作り方はできない」と指摘する。また、量産機の生産では、「部品サプライヤーにとっても利益が出る仕組みを作らないと、サプライヤーの一部がMRJ向けビジネスから撤退という可能性も生じてくる」。実際に、すでに国内のサプライヤーからは、量産機生産に向けての工程が未整備なことを心配する声も出てきている。

  MRJは、初飛行計画を08年のプロジェクト開始から5回延期し、計4年遅れた。一方、当初2年の時間間隔を確保していた初飛行から初号機納入までの期間は、約1年半(20カ月)になっている。経験豊富なボーイングでもB787では初飛行から完成機納入までに1年9カ月(21カ月)かかった。MRJに残された時間は少ない。

 それでも、森本社長は「いまの時点で納期を変えることは考えていない」と強気だ。その挽回策に考えているのが、ヘッドハンティングだ。今後、飛行試験の軸足を米国に移すなか、「モーゼスレイク、シアトルでの飛行試験、名古屋での設計を適正な配分にし、外国人も含めて充足していく」(岸副社長)方針だ。

 親会社の三菱重工業にとっては、納期をこれ以上遅らせられない事情もある。財務上のリスクである。MRJの開発費用は当初、1800億円程度とみられていたが、それより「大きくなる」(三菱重工業の小口正範CFO=最高財務責任者)見込みだ。最も費用がかかる期間は16~17年度を想定しているが、納期が遅れれば売り上げが立たず、20年を目標とする単年度黒字化、24年ごろとするMRJ事業の黒字化も、すべて後ずれしていくことになる。納期が遅れれば遅れるほど、三菱重工業全体の業績に悪影響を及ぼすリスクは高まる。

 MRJのカタログ価格は、1機4730万㌦(約57億円)。通常はカタログ価格で取引されることはなく、受注数などの交渉で決まる。ただ、MRJの受注は、15年1月のJALとの正式契約を最後に止まっている。販売は、三菱航空機の株主でもある商社(三菱商事、住友商事、三井物産)や、政府主導のトップセールスによるところも大きい。北米市場にもまだ販売余地はある。アジア市場については、近いうちに拠点を構え、「すばやく対応できるようにする」(森本社長)考えだ。

 量産初号機の納入までの道のりは険しい。しかし、初飛行を終えて、MRJは世界に飛び立つための新たなフェーズに入っている。(了)

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この記事の掲載号

2015年11月24日特大号

 

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  MRJ徹底解剖

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