2015年

12月

01日

特集:保存版 相続増税の新常識 2015年12月1日号

◇「基礎控除引き下げ」が直撃

◇相続増税10カ月問題始まる

 

桐山友一/松本惇(編集部) 

 

「まさか自分に相続税の申告が必要なんて……」

 千葉県に住む50代の女性は今年1月5日、80代の母親を亡くした。昨年末に心筋梗こうそく塞で突然倒れ、集中治療を受けたが、帰らぬ人に。一人暮らしをしていた母親の自宅の登記名義を変更しようと、2月に入って司法書士に相談。司法書士から自宅の評価額を伝えられ、母親名義の預貯金などを加えたところ、相続財産は合計で約6800万円となり、相続税の申告が必要なことが分かった。

 今年1月から相続税の基礎控除額が4割引き下げられ、遺産の額が「3000万円+600万円×法定相続人数」を超える場合には相続税がかかることになった。この女性の場合、相続人は妹と2人のため基礎控除額は4200万円となり、相続財産が上回る。一方、昨年末までの基礎控除額は「5000万円+1000万円×法定相続人数」だった。この女性の相続では、昨年末までなら基礎控除額が7000万円だったため、相続税の申告は不要だった。

 相続税の申告期限は、相続の発生から10カ月。女性は税理士に依頼し、今年10月に相続税の申告・納税を終えた。2人で納めた相続税額は300万円。母親の相続財産のうち、約5割が預貯金だったため、急な納税のための現金の用意には困らなかった。しかし、もし相続財産の大半が、すぐには換金しにくい自宅などの不動産であれば、納税のための現金確保に窮する可能性もある。相続税がかかる可能性のある人にとっては、切実な課題だ。

 

◇財産の大半が不動産

 

 東京23区内の自宅で一人暮らしをしていた80代の男性が昨年末、亡くなった。2年前に介護施設に入居し、空き家となった自宅の売却を進めていた矢先。50代の長男が税理士に相談したところ、自宅の土地・建物の相続税評価額はなんと1億8000万円。預貯金はほとんどなく、相続人は弟と2人。昨年末の相続だったため相続税額は1900万円だったが、今年に入っていれば2700万円になっていた。それでも、2人の手元には1900万円を納税するだけの現金はない。

 母親は既に亡くなり、長男も次男もそれぞれ自宅を持つ。そのため、子と同居していた場合などに、自宅の土地の課税価格を80%減額できる「小規模宅地等の特例」も使えない。父親の死後、長男は不動産会社を通じて父親の自宅の売却を急いだが、なかなか買い手が見つからない。税金を分割納付する「延納」の手続きも視野に入り始めた今年9月、ようやく2億円で売却先が見つかり、事なきを得た。

 この父親の場合、生前に長男か次男のいずれかが父親と同居しているか、または借家に転居していれば、自宅の土地の課税価格が大幅に減額され、納税額も減らせていた可能性があった。また、相続税額をあらかじめ試算したうえで、納税資金用に長男、次男を受取人とした生命保険金を準備する手もあった。生命保険金には「500万円×法定相続人数」までの非課税枠がある。相続税はもはや、一部の富裕層にかかる税ではなくなった。誰しもが今、相続税の制度を熟知して備える必要がある。

 

◇行き過ぎたタワーマンション節税

 

「あんな値段で売れるなんて……」

 東京都中央区のタワーマンションの一室を、今年6月に売却した自営業の女性(50)が驚く。2009年に約9000万円で購入したその部屋に、なんと1億2000万円の値が付いた。売却した部屋は20階にあり、広さは約100平方㍍。築20年超と新しくはないが、東京スカイツリーも見えるなど眺望は抜群だ。購入したのは富裕層で、支払いは全額が現金。女性はマンションの購入時、4000万円のローンを組んでいたが、売却によってローンを完済できたばかりか、はるかに大きな“おつり”が返ってきた。

 富裕層がこぞって東京など大都市部のタワーマンションを購入している。その大きな目的の一つが、相続税の節税効果だ。タワーマンションは敷地面積に対して戸数が多く、1戸当たりの土地の持ち分は極端に小さい。また、建物の相続税評価額の計算上、床面積が同じであれば、階数は違っても評価額は同じになる。しかし、タワーマンションは上層階ほど高値で取引される。そのため、同額の財産を現金など他の財産で持つのに比べ、タワーマンションで所有したほうが大幅に相続税評価額が圧縮でき、納める相続税額も少なくすることができる。富裕層の間で「タワーマンション節税」の呼び名で知られた節税策だ。

 だが、国税庁は時価と相続税評価額とのあまりに大きい乖離(かいり)を問題視。今年9月には、全国の国税局の担当者を集め、時価との乖離が著しいタワーマンションについて、課税を強化するよう指示した。国税庁は昨年末以降、11~13年に提出された20階建て以上のマンション売買に伴う譲渡所得税の申告書からサンプル調査を実施。全国343事例で各マンションの相続税評価額を試算し、売買価格と比べたところ、平均で約3倍、最も大きなケースでは約7倍もの乖離があったという。つまり、時価で相続税を申告した場合に比べ、平均で3分の1も低い評価額で申告されていたことになる。

 

◇通達の見直しを検討

 

 相続税の申告では、相続財産の評価額は「時価」が原則だ。しかし、マンションを含め時価を評価しにくい相続財産は、国税庁が「財産評価基本通達」で評価方法を定めている。タワーマンション節税はこの通達に基づいた節税策だったが、国税庁は相続発生前後に売買されたようなマンションについて、売買価格を評価額とみなして課税を強化する方針だ。国税庁はまた、基本通達のマンションの評価方法自体も見直しを検討しているとみられる。

 11月に入ってこの動きが新聞で報じられると、大手税理士事務所では顧客向けに注意を喚起するファクスを配信するなど、対応に追われた。もし相続税の節税効果がなくなるのであれば、富裕層がタワーマンションを持つ意味もそれだけ薄れる。ある不動産関係者は「タワーマンションは今後、売却が相次いで値崩れするのでは」と懸念する。相続増税が巻き起こした余波は、今後も当分収まりそうにない。

(了)

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この記事の掲載号

週刊エコノミスト 2015年12月1日号


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