2015年

12月

08日

特集:そうだったのか! TPP 2015年12月8日号

 ◇期待外れの政治ショー

 ◇経済へのメリットは薄い

 

花谷美枝/池田正史/藤沢壮(編集部)


 環太平洋パートナーシップ協定(TPP)が10月5日、大筋合意に達した。自由貿易の推進は安倍晋三政権が進める成長戦略の柱の一つ。政府は「総合的なTPP関連政策大綱」を11月25日に発表し、2020年に農産物・食品の輸出を14年の6117億円から1兆円にすること、インフラ輸出で30兆円受注することなどを目標に掲げた。今後、国会での承認、批准に向けた手続きに入る。だがTPPに参加することで日本はどのようなメリットを得られるのか、肝心な点については判然としない。

 新たに生まれる巨大貿易圏、TPPへの参加は、日本経済にどれほどの効果をもたらすのか。政府は交渉参加を表明した13年に、TPP参加の経済効果は3・2兆円と見積もった。安い輸入品の流入による国内産品への影響(マイナス2・9兆円)を、消費の拡大(3兆円)と投資(0・5兆円)そして関税撤廃による輸出増(2・6兆円)で補う構造だ。 しかし、TPPに対する産業界の反応は驚くほどに薄い。大筋合意後の中間決算発表では、TPPの影響に対して「どのくらいの利益になるのかわからない」(トヨタ自動車)、関税撤廃の恩恵があるとされる食品関連でも、「(しょうゆ、ワインの関税が撤廃されるが)もともと関税率は高くない。基本的に現地生産・販売を進めているから、大きな影響はない」(キッコーマンの堀切功章社長)と説明した。ある大手家電メーカーの社長は「いまさら関税が下がっても関係ない。政治のおもちゃにすぎない」と手厳しい。

 

 ◇すでに海外生産進む

 主力の輸出産業である自動車でみてみよう。日本の自動車輸出額は11兆1906億円(14年度)で、日本の総輸出の15%を占める。最大の輸出国である対米国では3兆8206億円に上る。しかしTPPでは、米国向け乗用車の関税は現行の2・5%が当面続く。協定発効15年後から段階的な削減が始まり、撤廃は25年後になる。乗用車で関税が即時撤廃になるのは、ニュージーランドやペルーなど、自動車輸出台数に占める割合が1%以下の市場だけだ。東京大学大学院の鈴木宣弘教授の試算では、TPPで日本の自動車生産額は4000億円減る、との結果すら出ている。日本メーカーは、タイなどTPP域外で生産される部品を多く使っており、関税撤廃の条件を満たさない場合は、不利になるからだ。

 日本が強みを持つ自動車産業には厳しい内容となったことに、落胆する専門家は多い。キヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹は「農産物の一部で関税撤廃の例外を要求したことで、日本が強みを持つ米国向け自動車の関税引き下げで譲歩することになった」と批判する。

 一方で、米国向けの自動車部品については8割以上の品目で関税を即時撤廃する。日本の部品メーカーにとっては追い風といわれている。ただ、自動車部品メーカーからは「現在は現地生産がベース。自動車メーカーの生産拠点に近いところに工場を置いており、TPPの影響は少ない」(デンソー)という声もある。米テスラ・モーターズにEV(電気自動車)用リチウムイオン電池を供給するパナソニックも、製造拠点を大阪・住之江工場と貝塚工場から、16年中に新設される米ネバダ州のテスラ・モーターズの新工場に移すとみられている。

 日本企業の海外移転は年々進んでいる。国際協力銀行の調べによると、日本企業の海外生産比率は14年度(実績見込み)が自動車44・8%、全業種36・5%で、05年比でそれぞれ15・2ポイント、7・4ポイント上昇している。海外移転が進むほど、関税撤廃の影響は小さくなる。企業のTPPに対する関心が薄い理由はここにある。

 では輸入についてはどうか。農産物は2328品目中、1885品目で関税が撤廃される。安い農産物が入ってくることで、農家への影響が懸念されている。その一方、食品の輸入が増えることは消費者や原材料を輸入する企業にはメリットになる。例えば、インスタントコーヒーの関税は8・8%、炒ったコーヒーには12%(ベトナムからは10%)だが、即時撤廃となる。TPP参加国の中ではベトナムがインスタントコーヒーの輸入先として第3位。関税撤廃は業者にはメリットになる可能性が高い。

 TPPで企業の海外進出が進むとの期待もある。ベトナムやマレーシアで、金融や流通業の外資出資比率が引き上げられる。また公共工事などに外国企業も入札できることも約束された。ベトナムやマレーシアは今後インフラ整備が進むと期待され、インフラ輸出に弾みがつくとみられている。


 ◇「平成の不平等条約」 


 日本企業にとってのメリットは海外進出の促進が中心で、国内産業の成長や雇用拡大の効果はさほど期待できない。この点で、「TPPは外国企業を日本に導き入れるだけ。平成の不平等条約だ」と慶応大学の金子勝教授は批判する。

 確かに日本が不利になり得る内容が大筋合意後にわかってきた。政府がTPP協定案の英語版全文を公開した11月5日、協定発効7年後に関税率など再協議に応じる規定が含まれていることが明らかになった。日本は農産物の市場開放を追加で迫られる可能性がある。協定は秘密交渉で練り上げられた。日本語で公表されているのはTPPの全章概要のみで、国民がその全容を把握するにはまだ時間がかかる。

 外国企業が不平等な扱いについて国を訴えられるISDS(紛争処理)条項や、著作権の侵害について、権利者の訴えがなくても起訴できる非親告罪化などでも、米国型の基準や社会の制度が日本に持ち込まれることになると予想される。東京大学の松原隆一郎教授は「日本は伝統的に守ってきた価値観や制度を、選択肢なく失うことになる」と懸念する。

 地方経済への影響を危惧する声もある。京都大学の岡田知弘教授は、自国企業からの部品調達の義務付け(ローカルコンテント要求)の禁止やISDS条項の導入は、約180の地方自治体が制定する「中小企業振興基本条例」とぶつかると指摘する。「日本の主権にかかわる問題。見直しを求めて今からでも交渉すべきだ」(岡田教授)。

 TPP参加12カ国は世界経済の4割を占める。世界貿易が11年以降頭打ちとなり、既存の枠組みではこれ以上の貿易拡大が困難になるなか、新たな貿易先、投資先を求めて各国が自由貿易協定の締結を急いでいる(図)。TPPに対しても、すでに韓国、台湾、フィリピン、タイ、インドネシアが参加に意欲を示している。

 自由貿易は恩恵と痛みの両方を伴う。政府は痛みについて補助金などで対応する方針だが、それは財政負担の拡大を意味する。そうしたデメリットを上回る恩恵を享受できるか、「利益なき開国」とならないよう注視していく必要がある。(了)

この記事の掲載号

週刊エコノミスト 2015年12月8日号 表紙 TPP

週刊エコノミスト 2015年12月8日号


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