2015年

12月

15日

ワシントンDC 2015年12月15日号

◇広がるシリア難民排斥の動き

◇選挙にらみのパフォーマンス


及川 正也

(毎日新聞北米総局長)


「狂犬病の犬を近づけるな」「日系人強制収容所を思い出す」「イスラム教徒は登録を」。オバマ米政権のシリア難民政策を巡る議論で、過激な言葉が飛び交っている。パリ同時多発テロをきっかけに始まった「難民排斥」とも言える動きは、多様性を美徳とし、人道支援に熱心な米国の有りようとも絡んで、物議を醸している。

 端緒は、パリ同時多発テロの自爆犯の遺体の近くからシリア難民のパスポートが見つかったことだった。これを機に、オバマ大統領の今後1万人のシリア難民受け入れ計画への不満が噴出した。

 素早く反応したのは、移民政策に厳しい共和党だ。2016年大統領選の指名争いに出馬している元神経外科医のカーソン氏は、シリア難民について「近所に狂犬病の犬がいれば、子供を遠ざけたいと思うはずだ」と発言。不動産王のトランプ氏は、難民の強制送還を訴え、イスラム教礼拝所(モスク)の監視やイスラム教徒の登録制を提唱。ブッシュ元フロリダ州知事やクルーズ上院議員は、キリスト教の難民を優先させるべきだと主張した。

 共和党主導の米下院も動いた。11月19日には、米下院が大統領の方針を事実上、凍結する法案を可決した。全米の30州以上がシリア難民受け入れを拒否し、難民政策に寛容な民主党からも、バージニア州ロアノーク市のバワーズ市長が太平洋戦争時の日系人強制収容所を例に排斥を訴えた。これに対しオバマ大統領は、宗教による難民差別を「恥知らず」と批判。難民拒否は「米国のあるべき姿ではない」と受け入れ継続を表明、対立は先鋭化している。


◇全米180カ所で受け入れ


 米国務省によると、米国はベトナム戦争後の1970年半ば以降、300万人の難民を受け入れている。最近のシリア難民の多くは欧州に向かっているが、米国もシリア内戦が始まった11年以降、約2000人を受け入れている。政府高官によると、面接を通じて応答内容と事実関係を照合する作業を繰り返し実施している。反米の暴力過激主義者やシリア北部で勢力を維持する過激派組織「イスラム国」(IS)の戦闘員の流入を阻止するためだという。

 現段階でのシリア難民の受け入れ率は50%強。半分が子供、4分の1が高齢者で戦闘ができる年齢の独り身の男性は2%という。ボランティア機関9団体を通じ、全米180カ所に難民受け入れ地域があり、役所、学校、病院、警察などと連携して受け入れ態勢を整えている。

 難民排斥の動きは、第二次世界大戦前夜の1939年にもあった。ドイツ・ナチスに迫害されたユダヤ難民の子供1万人を受け入れるルーズベルト政権の方針に反発が拡大。当時の米ギャラップ社の調査では、受け入れ「反対」が67%と、「賛成」の26%を大きく上回った。米世論は大戦への参戦拒否が強く、宗教的な懸念もあったとされる。

 ただ、今回のシリア難民に関する米紙『ワシントン・ポスト』などの世論調査によると、「反対」は54%。「支持」の43%を上回るものの大きな差とは言えず、「難民を認める場合は宗教差別すべきではない」が78%に達する。

 共和党や議会の難民拒否の動きは、選挙にらみの政治的パフォーマンスとの見方が強い。パリ同時多発テロの自爆犯のパスポートは偽造との疑いもあり、バワーズ市長は後に

謝罪している。パニックめいた米国内の状況について、知人の大学教授は「パラノイア(妄想症)」と批判。「過剰反応」だとして、これまでの対応への反動も強まっている。(了)

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