2015年

12月

22日

第17回 福島後の未来をつくる:秋元圭吾 地球環境産業技術研究機構(RITE)主席研究員 2015年12月22日特大号

 ◇あきもと・けいご

1970年富山県生まれ。横浜国立大学工学部卒。同大学院博士課程(後期)修了。地球環境産業技術研究機構システム研究グループリーダー・主席研究員。総合資源エネルギー調査会基本政策分科会、産業構造審議会産業技術環境分科会地球環境小委員会委員などを務める。

 ◇電力自由化の落とし穴

 ◇原発政策を英国から学ぶ

 

秋元圭吾

(公益財団法人地球環境産業技術研究機構<RITE>主席研究員)

 

 政府は、2015年7月に30年の日本のエネルギー需給構造の姿を示す長期エネルギー需給見通しを決定し、それに基づいた30年の温室効果ガス排出削減目標を国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)に提出した。安全性、経済性、エネルギー安定供給・安全保障、環境の「S+3E」のバランスを考慮して決定したものであり、電源構成比率など、よいバランスだと評価している。しかし、経済成長率を毎年1・7%とする見通しにもかかわらず、オフィス、商業施設などの業務部門や家庭部門での省電力は相当大きく見込まれている。電力需要全体でも通常の見通しに比べ17%もの省電力を見込んでいる。温室効果ガス排出削減目標の13年度比26%削減はこの省電力に大きく依拠しており、相当厳しい目標といえる。

 


 長期エネルギー需給見通しでは、電力コストを低減させることを想定し、かつ電力会社の発電事業と送電事業の分離や小売り全面自由化などを実施する電力システム改革の下で、この省電力とそれに基づく排出削減目標を実現しようとしている。安定的かつ低廉な電力はとりわけ製造業においては重要である。ドイツは電気料金が大幅に上昇しているが、製造業は比較的強いまま経済成長しているという指摘がしばしばある。

 しかし、ドイツは、ユーロ圏内において相対的なユーロ安の恩恵を受ける形で、電力コストの上昇をカバーしてきたことを認識しておく必要がある。また、ドイツにおいても経済成長とともに電力消費量が増えるという強い正の相関が見られることも認識しておかなければならない。

 しかも日本は、とりわけコントロールしにくい家庭、業務部門で大きな省電力を実現しようとしている。

 現在、家庭の電気料金は利用量を増やすほど単価が上昇する料金体系となっているが、小売り自由化は消費量の大きな大口顧客の単価を下げる余地が大きいと考えられ、省電力に逆行しかねない。長期エネルギー需給見通しはS+3Eのバランスの追求という点で正しい方向性にあるが、具体的な数値の組み合わせについては、実現できるのか疑問を感じざるを得ない。

 

 ◇革新的サービスに期待

 

 もちろん、電力の自由化は、競争により電気料金の引き下げを期待できるかもしれない。しかし、自由化により価格は需給バランスで決まることとなるため、必ずしも引き下げ方向になるとは限らない。大口など条件が良い顧客は引き下げになりやすいが、小口など条件が悪い顧客には逆に引き上げとなる懸念もある。

 一方、さまざまな業種の電力事業参入によって、電力やガスの供給という枠を超えた新たなサービスの提供が起こる可能性があり、社会の効用を高める効果も期待できる。具体的には、介護、育児、防犯などとエネルギー管理がITを用いて結びついたようなサービスなどを考えられる。革新的なサービスの提供が結果として、副次的に省エネ、CO2排出削減につながるようでなければ、劇的な進展は起こらないだろう。電力システム改革の小売り自由化により、このような期待は持てる。一方で、電力は発電設備や送電系統網などから成り立つインフラ(社会基盤)産業であることに留意しなければならない。

 企業は激しい競争環境におかれると、短期的な利潤を上げようとする傾向になる。つまり、本来であれば電力という商品は数十年後も価値が低下するような商品ではないため、長期の計画をもって安定的に廉価に供給することを目指せばよい。しかし、電力システム改革によって競争環境が進めば、電源を作っても将来作った電力が売れるかどうかが不透明になってくるため、投資判断を比較的短期でするようになる(図)。

 これによりインフラとしての長期的な投資が必要な事業分野において、ミスマッチを起こしやすくなる。長期の経済効率性が重要である電力産業において、市場競争により長期の経済効率性を実現できなくなってしまう可能性がでてくる。しかも、エネルギー政策の不透明感が大きくなれば、企業は一層短期での投資回収を志向するようになる。

 エネルギー供給において重要なエネルギー安定供給・安全保障、CO2排出削減は、なおざりにされやすい。よって、政府の関与が必要である。原子力などの安全性についても同様であり、それについては原子力規制委員会などの規制により政府の関与ができている。一方、長期エネルギー需給見通しは、長期的な経済効率性、エネルギー安定供給・安全保障、CO2排出削減を加味して策定されたものであるため、政府が何らかの形で誘導を行っていく必要がある。もちろん、過度な政府の介入は失敗を生み、効率性を阻害するので、適正なレベルを見極めることが重要だ。

 

 ◇試行錯誤の英国

 

 実際に、電力自由化がいち早く進行してきた英国では、電力市場は当初想定したようにはうまく働かず、多くの方策をとってきている。電気料金は複雑化し、消費者が理解できなくなっていると言われている。一方で、小売事業者は似通った料金メニューを作り、競争も働きにくい形になってきている。そのため、政府は料金メニューを絞るなどの制限を検討してきている。

 また前述で指摘したように、電力自由化の下では短期的な経済効率性が追求されやすいことから、原子力発電のように初期の設備投資額が大きいため短期では経済効率的ではないが、長期では費用が小さくなるような技術への投資が進まない状況になっている。さらにCO2排出削減を踏まえて考えると原子力発電の長期での経済効率性は高いため、英国では、市場の失敗を是正する形で、差金決済型固定価格買い取り制度(FiT-CfD)と呼ばれる制度を導入し、固定価格で長期にわたって原子力発電からの電力を買い取ることで、原子力発電の新設を促そうとしている。

 英国はさらに、将来の供給力を出力ベースで取引する電力容量市場を導入した。これは、再生可能エネルギーの導入が増えてきたこともあって、火力の設備利用率が下がり売電収入で設備投資が回収できにくくなり、設備導入が進まず将来の安定供給に懸念が生じてきていることへの処置である。

 長期での経済効率性が達成できるのであれば価格調整が働き、こういった問題は生じないはずだが、競争環境下の市場では短期の経済効率性が追求されるため、それに対する政策的措置が必要となり、売電がなくても設備があるだけで収入を得られる仕組みが作られた。

 現在、英国は失敗に直面しながら試行錯誤を繰り返している。英国の対応策がすべてよいとは言えないが、日本においても電力システム改革を遂行しながら、エネルギーのS+3Eを達成していく必要があり、参考にすべき点は大いにある。

 エネルギー政策の不確実性は、エネルギーへの投資リスクを増大させ、結果として費用を増大させる。原子力規制を含め、エネルギー政策の不確実性を低減させることも、将来的に安定的で低廉なエネルギー供給のために大変重要である。