2016年

1月

12日

第19回 福島後の未来をつくる:大島堅一 立命館大学教授 2016年1月12日特大号

 ◇おおしま・けんいち

 1967年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科博士課程単位取得。経済学博士。2008年より現職。12年に「原発のコスト─エネルギー転換への視点」(岩波新書)で第12回大佛次郎論壇賞を受賞。京都市地球温暖化対策推進委員会委員などを務める。

 ◇石炭火力は使えなくなる

 ◇「パリ協定」踏まえ戦略立て直し

 

大島堅一

(立命館大学教授)

 

 パリで開催された気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)で、気温上昇幅を2度未満、しかもできるだけ低く抑えることを目標にした「パリ協定」が2015年12月12日に採択された。合意内容には、気温上昇幅を1・5度未満にする努力目標も含まれている。国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書に照らせば、これを実現するには、50年までに世界の温室効果ガスの毎年の純排出量を半減させ、今世紀末には、ほぼゼロないしマイナスにしなければならない(表)。

 温室効果ガスのほとんどは、言うまでもなく化石燃料から排出される二酸化炭素(CO2)である。このCO2排出をゼロにするということは、化石燃料の消費を劇的に減らすことを意味している。そうなると、化石燃料はこれまでのように希少な資源ではなくなる。むしろ、環境容量に比べて多すぎる資源量、ストックとして存在してはいても、ごく一部しか使用できない資源ということになる。

 


 このことは、エネルギー問題の骨組みにも重大な影響を及ぼす。これまでのエネルギー問題の中心課題は、エネルギー安全保障、つまりエネルギー「供給」の安定性だった。だが、これは次第に後景に追いやられ、比較的短期間のうちに炭素排出ゼロが中心課題になるだろう。

 

 ◇革新的な省エネ対策続々

 

 エネルギー関連施設は、長期間にわたり使われるものが多い。例えば、石炭火力発電所は、設置されてしまえば数十年間、運転可能である。だが、炭素排出ゼロに向けて大きく動き出すのであれば、石炭火力は将来、使用できなくなるだろう。

 短期の投資行動を含めて、政府も企業も戦略を立て直さなければならない時に来ている。

 日本国内で炭素排出ゼロを実現するためには、エネルギー消費と経済成長とのつながりを断ち切らなければならない。このことを「デカップリング」という。デカップリングの具体的な方策は二つある。一つは需要面での徹底した省エネ、二つ目は供給面での炭素フリー・エネルギー源への転換である。

 前者の省エネ対策では、機器や製造工程そのものの入れ替えのほか、電力需給に余裕のない時間帯の電気料金を高くするなどして電力消費を抑える「デマンドレスポンス」、企業や家庭が節電した分を発電したと見なして電力会社が買い上げる「ネガワット取引」など、スマートかつ革新的な対策が取られるようになるだろう。省エネは燃料費の節約を伴うので、その節約分を考慮すれば、追加の費用を伴わない対策が数多く存在する。

 後者の炭素フリー・エネルギー源には、再生可能エネルギー(以下、再エネ)と原子力がある。原子力は、電気しか供給できない上に、安全性や放射性廃棄物処分、廃炉、核不拡散など、数多くの課題を抱えている。したがって、たとえ炭素フリーであっても、原子力に強い追い風が吹くとは考えにくい。世界的には、再エネへの投資が一段と活発化すると考えられる。

 折しも、日本では現在、エネルギー政策の大転換が進行中である。この直接のきっかけは、もちろん東京電力福島第1原子力発電所事故である。

 当時、政権を握っていた民主党は12年9月に「革新的エネルギー・環境戦略」の中で、30年代の終わりまでに原発ゼロ社会を目指すことを定めた。民主党の原発ゼロ方針は、後の自民・公明政権の下で見直され、30年にも総発電量に占める原子力の比率を20~22%維持することが定められた。つまり、原子力の位置付けについては、民主党と自公政権の間で大きな断絶がある。

 だが、震災後に民主党政権が開始したエネルギー政策は、原発ゼロ方針だけではない。特に重要なのは、再エネの普及と電力システム改革である。前者は、固定価格買い取り制(FIT)の採用による再エネの大幅な普及であり、後者は発送電分離と電力自由化が柱となっている。民主党政権から自公政権へと代わっても、この二つの政策は引き継がれた。

 再エネ普及と電力システム改革のいずれの政策も、エネルギー政策の大転換と言ってよい。震災前の再エネ普及政策は非常に貧弱で、普及量は停滞していた。電力自由化も、大口需要家向けの小売りや、一部の新電力の市場参入が認められたにすぎず、発電・送電・配電・小売りを垂直統合した地域独占の一般電気事業者が電力のほとんどを供給していた。発送電分離による系統の広域運用、総括原価方式に基づく規制料金の撤廃、小売りの全面自由化は、政策スケジュールに全く入っていなかった。

 

 ◇再エネはコスト予測しやすい

 

 このような状況は震災後一掃され、再エネ拡大と電力自由化は同時進行中である。今、行われているのは、再エネの普及に向けた制度の手直し、系統の広域運用、電力自由化のためのルール設定である。

 再エネ普及目標は、国が「長期エネルギー需給見通し」の中で定めた「30年までに発電量の22~24%まで引き上げる」というものである。

「パリ協定」の内容からすれば、この目標は小さいと言わざるを得ない。とは言え、この水準ですら再エネを基幹電源の一つに成長させるということを意味する。

 戦後、電源の中心を水力から火力に移行させ、さらに原子力開発へと向かい、大規模集中型電源を用いる方向に動いてきたエネルギー政策からすれば、小規模分散型の再エネの普及を進めることは、これまでとは全く違う方向である。

 ときに再エネについては、「不安定かつ高コストである」というステレオタイプ的な情報が流れる場合がある。この多くは不正確であり、このような見方をしていたのでは世界に後れを取るのは間違いない。

 太陽光、風力など、自然条件によって出力が変動する電源は、自然変動性再エネ(VRE:Variable Renewable Energy)と呼ばれる。このVREを大量に導入しつつ、電力システムを安定化させための政策が取られ、また研究も旺盛に進められている。

 コスト面でみても、化石燃料は価格変動が見込まれるし、原子力は安全規制の強化や放射性廃棄物処分など、費用面で不確実性がある。これに対して、再エネの価格は長期的に低下傾向にあり、コスト予測も容易である。

 ドイツなど先進的に再エネを導入してきた国では、再エネのコスト低減が進み、電気料金よりも安く発電することが可能になっている。電気料金よりも安くなることを「グリッドパリティー」と言う。さらに進んで、バッテリーと組み合わせた場合に電気料金よりも安くなれば、需要家にとって太陽光発電ですら昼夜を問わず、経済性を持つようになる。これを「バッテリーパリティー」と言い、ドイツでは数年先にこのような状態になると予測されている。

 そうなると、これまでのエネルギー供給ビジネスは決定的に変わる。再エネが普及すれば、より一層、電力市場に再エネを統合することが重要課題となるだろう。

 現行の国の「エネルギー基本計画」は、「パリ協定」より前に作られ、不十分な内容になっている。着実に省エネと再エネ普及を進めつつも、「パリ協定」を踏まえた新たな政策の具体化も必要になるだろう。エネルギー問題の中心課題が変わった以上、炭素排出ゼロに向けて、より踏み込んだエネルギー政策を構築する必要がある。

この記事の掲載号

週刊エコノミスト 2016年1月12日特大号

 

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