2016年

2月

09日

第23回 福島後の未来をつくる:吉田文和 愛知学院大学教授 2016年2月9日号

 ◇よしだ・ふみかず

1950年兵庫県尼崎市生まれ。京都大学大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士。92年に北海道大学経済学部教授、2000年より同大学大学院経済学研究科教授。15年より現職、北海道大学名誉教授。近著に『ドイツの挑戦』(日本評論社)。

 ◇ドイツが進める脱原発

 ◇きっかけは福島原発事故

 

吉田文和

(愛知学院大学教授)

 

ドイツによる難民受け入れと脱原発の決定は歴史に残る決定であり、ドイツの挑戦である。これらは、政治的指導者であるアンゲラ・メルケル首相の決断によるところが大きいが、そこに至る過程でのドイツ国内における長い経過と世論形成が重要であった。とくに日本との関係では、ドイツの脱原発の最終決定のきっかけは東京電力福島第1原子力発電所事故(福島原発事故)であり、新幹線が3分おきに事故を起こさずに走行する高度に組織されたハイテク国家日本で起きたのだから、ドイツでも原発事故は起こりうる、と考えたのである。

 福島原発事故から5年近くたつなかで、日本の原発ゼロは2年続き、原発なしでも日本の電力が十分賄えることが明らかになった。しかし電気料金の値上げと二酸化炭素(CO2)排出量増加などに対処するという理由で、原発の再稼働が進められている。


 これに対してドイツは、福島原発事故を最終的なきっかけとして2022年までに原発ゼロを目指すとともに、再生可能エネルギーと省エネルギーの徹底による「エネルギー大転換」を進める。ドイツはすでに総電力消費量に占める再エネの割合が30%近くになっている。

 この違いは、いったいどこから来ているのか。日本にはこの見通しはないのか。

 

 ◇ドイツ大転換、三つの理由

 

 ドイツがエネルギー大転換を遂行するには三つの理由がある。第一に、原発を段階的、計画的に停止し、かつ同時に温室効果ガスの排出も減らすために、再エネの本格的な導入と省エネを大きな政策目標に掲げているからである。そのためには同時に送電網の拡充整備が必要となっている。

 第二に、巨大な発電所による集中型のエネルギー供給から、エネルギーの消費者自身が生産者になるという分散型のエネルギー供給が行われるようになってきたからである。これは家庭用の太陽光発電などの事例でも明らかである。

 第三に、これまでのようにエネルギー需要に追従するのではなく、むしろエネルギー需要を管理するデマンドサイド・マネジメント(需要側管理)によって省エネを行うという新しいエネルギー管理への転換を目指すからである。

 このようにして、エネルギー供給の分散化が個人の参加を進め、地域経済の活性化を促すのである。

 発電分野からのCO2削減のみならず、住宅の断熱や交通分野からのCO2削減などを行うとなると、これまでの社会システムと技術の大転換が必要だ。ドイツは、この方向へ長期的に進めば、環境を保全し、温暖化と原子力のリスクを減らし、エネルギーの安定供給を確保できると確信している。さらに経済と技術の競争力を強め、雇用を拡大し経済を活性化できると考えている。

 一方の日本は個別技術において、蓄電池やベアリング(風力発電用)、新幹線などでは優れた成果を生み出しているにもかかわらず、エネルギー分野では風力などの再エネで、国内市場の狭さもあってリーダーシップを取れないでいる。いやむしろ、米国やドイツが展望を持てず放棄した分野である原子力や核燃料再処理にいまだに固執しているのである。

 ◇事実を直視しない日本

 

 日本とドイツで異なる対応の背景と原因は、現代ドイツの五つの特徴にあるようだ。

 第一に事実と論理性の重視である。ドイツは演繹(えんえき)的・論理的に政策目標を決め、体系的に政策手段を整備している。ドイツでも当初、核燃料の再処理方針を掲げたが、技術的困難と地元の反対運動という事実に直面して、最終的には再処理路線を放棄した。再処理方針の放棄は、脱原発の布石となったという意味で、大変重要である。

 これに対して日本は、発電しながら消費した以上の燃料を生成できる高速増殖炉の実用化見通しもなく、再処理施設の運転開始が20回以上も延期されている。にもかかわらず、再処理方針の抜本的見直しに踏み切れていない。再処理の技術的および社会的困難という事実を直視せず、達成できない目標に対し巨額な費用をかけて追求しようとする、「日本的プロジェクト不滅の法則」が働き、非合理が訂正されずに既得権益と方針が温存されているのである。

 第二に長期見通しと戦略性である。ドイツはエネルギー大転換のみならず、生産についても第四の生産革命(インダストリー4・0)を掲げ、長期見通しと戦略性を持って、世界におけるリーダーシップを取るグローバルな戦略が明確である。ドイツが進めるエネルギー大転換は、電力のみならず、熱と燃料の分野を含み、文字通りエネルギーの全分野を視野にいれた転換を目指し、長期的見通しと戦略性を持っていることが要点なのだ。

 第三に公論形成と公論の役割である。新聞をはじめとするマスコミなどにおける多様な議論と論争が、連邦議会や州議会、市議会などにおける議論とともに、大きな役割を果たしている。保守党内にもエネルギー問題や原子力問題は多様な意見が存在し、論争が行われてきた。それに対して日本は、原子力やエネルギー問題についての原理的な議論と論争が議会などで十分に行われず、専門家や行政に任せてきた。

 第四に関係者の参加と透明性の確保である。この合意形成はドイツにおいては、原子力を含めてエネルギー政策の立案と運営にとって、行政側の教訓となっている。この教訓からドイツの放射性廃棄物問題は振り出しに戻り、再出発せざるを得なくなっているのである。

 第五にリスクの捉えかただ。たしかにドイツは「不安の民」といわれるように、原子力を含めてリスクに敏感であるがゆえに、脱原発に進んだといわれてきた。核兵器が東西ドイツに配置され、冷戦の最前線となり、反核兵器運動と原子力反対運動が連合した点が日本などとの大きな違いである。

 そして、脱原発を理論的に位置づけたドイツ倫理委員会報告(11年5月)に指摘されるように「原子力の利用やその終結、ほかのエネルギー生産の形態への切り替えに関する決定は、すべて社会による価値決定に基づくものであって、これは技術的あるいは経済的な観点よりも先行している」という基本的な認識がリスクの捉えかたを象徴している。

 短期的な経済コストによって原子力を評価するという姿勢とは根本的に異なるものである。ドイツと比べ日本は、さらに地震・津波・火山という固有のリスクが伴う。

 ドイツから日本が学ぶべき諸点を五つに分けて指摘してきた。ただ日本はドイツに比べて優れた側面を多く持っていることも事実だ。とくに、公共交通網の整備と運行の正確さは、ドイツ人も認めるところだ。だからこそ高度に組織されたハイテク国家日本で起きた福島原発事故が、ドイツに脱原発を最終的に決定させたことを忘れてはならない。(了) 

この記事の掲載号

週刊エコノミスト 2016年2月9日号 表紙 資産防衛

定価:620円(税込み)

発売日:2016年2月1日

週刊エコノミスト 2016年2月9日号

 

 

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