2016年

2月

23日

特集:暴れる通貨 2016年2月23日特大号

◇史上最安値更新国が急増

世界経済危機の予兆

 

後藤逸郎/大堀達也/花谷美枝

(編集部)

 

 日米欧の中央銀行の金融緩和政策の陰で、新興国通貨が対ドルで史上最安値を相次いで更新している。米利上げ観測が高まった2015年は28カ国が、米連邦準備制度理事会(FRB)の15年12月の利上げ後の16年は1カ月余りで31カ国・地域へと急増した。

 1997年のアジア通貨危機をはるかに上回る規模で、アフリカや南米、中央アジアなどに広がり、世界通貨危機の様相を示している。

 米国が利上げ姿勢を維持する中、新興国の通貨安は歯止めがかからない。欧州中央銀行(ECB)のクーレ理事は2月26、27日に中国・上海で開かれる主要20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議で、新興国通貨の下落継続リスクに対し政策協調を協議する見通しを示した。

 

 ◇G20「上海合意」の夢想

 

 世界の金融市場はリスク回避に急旋回し、世界同時株安を引き起こした。マイナス金利を導入する日本は、日経平均株価が1年3カ月ぶりの水準となる1万5000円台まで急落。一方で10年物国債が史上初めてマイナス金利をつけ、為替相場は1㌦=114円台に急騰した。なすすべを知らない金融市場を代弁するかのように、米大手銀のバンク・オブ・アメリカ・メリルリンチは1月末、「実現可能性は低い」と断りながらも、上海G20で、プラザ合意に匹敵する「上海合意」の必要性を訴えた。

 だが、人民元の先安感に対抗して介入を繰り返し、巨額の外貨準備を減らしている中国が議長国として利害調整を果たす可能性は極めて低い。

 こうした中、世界景気の減速感は強まっている。国際通貨基金(IMF)は1月19日、16年の世界全体の実質経済成長率予測を3・4%に下方修正した。中国経済の減速と資源安、原油安のリスクが新興国の景気停滞を招くとの見立てだ。実際、米利上げを加えたこれらのリスクは共振し、さらにリスクを増大させる負の連鎖を引き起こしている。

 その原因は資源・原油バブルの崩壊にある。中国の経済成長によって、原油は00年代後半に1バレル=100ドル台まで高騰した。ロシアは1バレル= 82㌦で国家予算を組んできたが、原油価格の急落を受け財政が悪化。政府は1バレル=40㌦の緊縮予算を打ち出すが、市況は1バレル=30㌦を割り込み、財政破綻が迫る。アフリカ最大の経済国で、産油国のナイジェリアは世界銀行とアフリカ開発銀行に35億㌦(約4000億円)の緊急融資を要請した。歳入の70%を占めた原油が急落し、財政赤字が膨らんだ。

 産油国のアゼルバイジャンは15年12月、変動相場制に移行を余儀なくされ、世銀とIMFの支援を仰ぐ。原油市況は供給過剰に陥ったままだ。

 中国経済の減速が続く限り、資源・原油が価格を戻す可能性は低く、米利上げが追い打ちを掛ける。新興国通貨の先安感は強まるばかりで、自力で景気回復して財政を立て直すことは難しい。通貨安が引き起こすインフレは景気を冷やし、さらなる投資引き揚げを引き起こす。

 

 ◇外貨準備の防壁が崩れる時

 

 アジア通貨危機よりも同時多発にもかかわらず、まだ破局的な状況になっていないのは、新興国が外貨準備を積んでいたためだ。しかし、頼みの外貨準備が大きく目減りした国は増え続けている。破局的な通貨危機が世界を襲うリスクは高まる。

 新興国の景気低迷は、先進国にも及ぶ。新興国の需要減は自動車や電気製品を直撃する。経営危機の家電大手シャープは、液晶事業の巨額赤字で苦しむ。背景にあるのは、新興国の大型テレビ、スマートフォン需要の低迷に伴う液晶パネルの供給過剰と価格下落だ。ここにきての急激な円高は企業の先行きに影を落とし、業績見通しの下方修正も相次ぐ。円安・株高で景気回復を図ったアベノミクスも、新興国の通貨安と中国減速、資源・原油安、米利上げというリスクの共振に追い込まれた。

 日銀が史上初のマイナス金利導入を決めた後、黒田東彦総裁の元に漢詩「電光影裏斬春風(でんこうようりにしゅんぷうをきる)」を記したメールが日銀OBから届いた。南宋の禅僧である無学祖元が、元の兵士に剣を突きつけられて切られそうになった際、詠じて難を逃れた。度量や決断をたたえる言葉とされる。しかし、世界同時通貨安の奔流は、マイナス金利の緩和効果を吹き飛ばし、円は逆行高となった。暴れる通貨をどうやって落ち着かせるのか。黒田総裁は次の手を決断できるのか。日銀をはじめ、世界の中央銀行の政策対応は可能なのだろうか。