2016年

3月

08日

特集:アメリカ大失速 2016年3月8日特大号

 ◇利上げは失敗なのか

 

 昨年まで、今年は年4回(計1%)の利上げを行うと見通していたFRBには、一部の政治家や市場関係者から強烈なブーイングが浴びせられている。やはり利上げは、米国経済の頭を叩き過ぎることになるという認識が広がってきたのだ。

 その議論を演出したのは日銀だった。「日銀が1月29日にマイナス金利を導入したことで、『外国は緩和方向なのに米国だけが利上げを続けて大丈夫なはずがない』というFRBへの疑念がさらに深まった」(ニューヨーク在住の別のアナリスト)。

 そして、イエレンFRB議長は2月11日、議会証言後の質疑でマイナス金利について問われ、「欧州など他国でのマイナス金利導入の実績を踏まえ、我々は再度検討している」と答えた。3月15~16日のFOMCで「年4回利上げ」の旗を降ろさざるを得ないのは必至だ。

 また、追加利上げはドル高を加速させ、ドルと逆相関関係がある原油価格には、ドル高進行が下落圧力となる。このため、利上げがさらなる原油安の圧力になり、結局、米国内の金融リスクを高めることになる。

 原油安のリスクが顕著に蓄積しているのは、ハイイールド(高利回り)債市場だ。かつては「ジャンク(ごみ)債」とも呼ばれたリスクの高い金融商品。1987年以降の累計発行額は1兆9848億㌦(約224兆円)に達し、償還がまだ終わっていない累計残高は1兆5856億㌦(約180兆円)に上る(ブルームバーグ調べ)。

 

 ハイイールド債の中には、米国で起債されるエネルギー系企業の社債なども含まれている。その多くが償還まで7~10年の時間があるが、その金利と元本の償還の金額は今年から急激に増えていく。エネルギー系のハイイールド債の償還額は、16年に約191億㌦(約2・1兆円)、17年は347億㌦(約3・9兆円)、18年には377億㌦(約4・2兆円)となっている(図2)。

 この中にはブラジル石油最大手のペトロブラス、ベネズエラの国営石油PDVSAなどの社債も含まれている。主な内訳は、16年はPDVSAが20億5000万㌦、17年はペトロブラスが33億5000万㌦、PDVSAが20億5000万㌦、米チェサピークが4億5300万㌦などである。

 その一方で、米エネルギー企業の格下げも続く。米格付け会社ムーディーズ・インベスターズ・サービスは2月18日、アナダルコ・ペトロリアム、コンチネンタル・リソーシズ、ヘスなど、米エネルギー8社の信用格付けを投機適格級から投機的水準まで引き下げた。

 

 米エネルギー業界の不振は、ハイイールド債のリスク要因も含め、金融市場に不安の連鎖を引き起こしかねない。「特に、テキサス州やノースダコタ州などエネルギー産業のウエートの高い地域では、中小金融機関が破綻する可能性が指摘されており、通常の景気後退でも生じる事態だが、金融市場に対して心理的な影響を及ぼす可能性もある」(井上哲也・野村総合研究所金融ITイノベーション研究部長)。

 

 ◇世界経済の頼りは米国だが

 

 米国経済は、原油安、中国減速、利上げという爆弾を抱えている。しかし、一つ一つのリスクは見えていても、それらが重なった場合や想定外のリスクが起きた時にどうなるのか不透明だ。2月第2週はドイツ銀行の信用問題がクローズアップされ、世界市場は一瞬ヒヤリとした。同社の業績悪化はすでに知られていたことだったが、自己資本に充当されている偶発転換社債(CoCo債)は、自己資本比率が一定水準を割り込むと利払いが停止されるため、株価は月初めから一時約2割下落した。JPモルガン、ウェルズ・ファーゴ、シティグループなどの金融株も軟調な展開が続く。

 業績見通しの悪さは、金融だけでなく、IT(情報技術)株にも波及した。頭文字から「FANG」と呼ばれるフェイスブック、アップル、ネットフリックス、グーグル(アルファベット)も調整している。

 市場を揺さぶる根本的な問題解決の道もなかなか見えない。石油輸出国機構(OPEC)は、6月に総会を控えるが、そこで減産協調できる見通しはいまだ立っていない。好転の兆しも見えないうちに、米国の2月、3月の経済統計が悪化すれば、米国の景気後退はさらに現実味を増すこととなる。

 在ニューヨークのエコノミストは警告する。「原油価格が反転せず、各国が財政も打てないなかで、米国が誤った判断で利上げを行ったり、想定外リスクが起きれば、株式などリスク資産の売りが進んで、気づいたら“恐慌状態”に入っていたというシナリオもありうる」。そうなれば、世界経済にも危機的な状況を生むことになる。世界経済はいま、唯一の成長エンジンの米国経済の行方にかかっているが、その足元はおぼつかない。(了)

 

(『週刊エコノミスト』2016年3月8日特大号(2月29日発売)20~23ページより転載)

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この記事の掲載号

定価:670円(税込み)

発売日:2016年2月29日

週刊エコノミスト 2016年3月8日特大号

 

【特集】アメリカ大失速

       ■Part1 経済・金融の綻び

       景気後退はあるか

       ニューヨークで聞いた米国経済の行方

       FRBの悩み

       米国系投信は大丈夫?

       ■Part2 政治・社会の変容

       大統領選に見る米国の格差拡大