2016年

3月

08日

第27回 福島後の未来をつくる:近藤洋介 衆議院議員 2016年3月8日特大号

 ◇こんどう・ようすけ

 1965年米国生まれ。慶応義塾大学法学部卒業。日本経済新聞記者を経て2003年から衆議院議員(5期目)。経済産業大臣政務官、経済産業副大臣、民主党役員室長を歴任し、16年1月から民主党政策調査会長代理・ネクスト経済産業大臣を務める。

 ◇先送りされたままの賠償制度再構築と非常事故対応

 

東日本大震災と東京電力福島第1原子力発電所事故(福島原発事故)から、まもなく5年を迎えようとしている。原発が再稼働する中で、安倍晋三首相官邸と政府のエネルギー関係者が、あえて無視しようとしている現実がある。それは、原発に安全神話は成り立たない、という教訓だ。「事故を前提とした体制の整備」はいまだ不十分である。原発の再稼働が現実化した今、体制立て直しに向けた政治の責任は重い。

「想定外」とされた福島原発事故により、日本は原発政策の全面的な見直しを迫られた。原発の安全神話は崩壊し、国内にあるすべての原発が停止。経済産業省の傘下にあった原子力安全・保安院は解体し、原子力規制委員会による新たな安全基準が定められた。厳格な審査に合格した原発のみが再稼働を認められる仕組みに変わった。


 しかし、福島原発事故に対する損害賠償制度の見直しは先送りされたままだ。テロなど最悪の事態を想定した、国の緊急事態体制も確立されていない。原子力事業の在り方の見直し、国と民間の責任範囲の明確化といった本質的な再構築を急ぐべきだ。

 

 ◇政治は真摯に向き合っていない

 

 私は再稼働について、専門的見地から客観的に下した原子力規制委員会の判断を支持する。しかし、巨大な防潮堤を築き、巨額な耐震工事を施しても、原発に絶対安全は「絶対にない」。想定を超える地震や津波といった自然災害だけでなく、テロやミサイル攻撃による被害が「ない」とは誰も言い切れないからだ。

 大震災で得た教訓は、今後もどこかで原発事故が起こり得るという現実だ。政治家として必要なのは、万が一事故が起きてしまった場合、どのような対応、備えが必要かということを絶えず検討し、準備することだ。民主党から自民党・公明党へと政権の担い手が移行した5年間、果たして日本の政治は原発事故と向き合い、本格的な危機対応体制を整えてきただろうか。答えは否である。

 最優先課題は、原発事故の損害賠償制度の再構築だ。事故の際の被害者への補償、廃炉といった巨額な資金繰り問題の道筋が、先送りされたままになっている。万が一の事故の際、誰が責任を負うのかを定めている原子力賠償責任法(原賠法)では、原発の賠償責任について原子力発電事業者への無過失・無限責任の原則を定めている(原賠法3条)。つまり、事故に故意または過失がなく、被害者がそれを立証できないとしても、被害者は損害賠償を受けることができる。一般の損害賠償制度を定めた民法709条の特例だ。

 米国やフランスなど各国では事業者の賠償金に上限を定める有限責任を採用し、上限を超える部分は国家補償としているのに比べ、日本では発電事業者に厳しい責任が負わされている。日本と同じく無限責任を採用するドイツでは、民間事業者と同額の国家補償を定めることで、国の責任を明確化している。国の責任が不明確な点で、日本は突出しているのだ。

 実はこの無限責任には制定当初から専門家からは疑問視する意見が出ていた。原賠法が検討された1958年当時、我妻栄東京大学教授ら民法学者は「最終的な賠償責任はすべて国が持つべき」との意見書を政府に提出、補償について国=政府の明確な関与を求めた。これに対し、財政負担を嫌う当時の大蔵省(現財務省)が反発。結局、法文では、国の関与を定めた同法16条では、国は義務となる「補償」という文言でなく、「必要な援助を行う」という極めて曖昧な形で決着した経緯がある。

 この日本特有の曖昧さの矛盾が一気に表面化したのが、東電への支援・補償スキームを巡る対立だった。福島原発事故は当初から、損害額は数兆円規模と予想された。東京電力の支払い能力を超え、債務超過に陥る金額だ。事業者の無過失・無限責任を定めた原賠法3条には、後段部分に、「その損害が異常に巨大な天変地異または社会的動乱によって生じたものであるときは、この限りでない」とある。東電だけでなく、巨額の融資を行っている金融機関も免責条項の適用を強く主張した。しかし、損害賠償の総額が見えない中で、当事者たる東電の責任回避を認めることに当時の官邸と財務省が強く反発。結局、賠償責任を東電に集中する代わりに、政府が資金援助を行うことで東電の債務超過を回避するスキームが採用された。原賠法16条による「国の援助」の拡大解釈での対応だ。

 民主党政権は震災から3カ月後の11年6月、原子力損害賠償支援機構法案を閣議決定し、国会に提出。同法案は同年8月に修正を経て成立した。国が交付国債を発行する形で、機構から9兆円を東電に資金援助し、このうち5兆円が損害賠償、2・5兆円が除染費用に使われている。

 ◇誰がメルトダウンを救うのか

 

「巨大企業東電の破綻回避は、日本発の金融危機の回避でもあった」(大手金融機関幹部)。事故後3カ月で支援スキームの骨格を決め、法案を成立させた与野党、政府関係者の努力に対し、私は心から敬意を表したい。だからこそ、現行スキームの欠陥を正す必要がある。それは、あくまでも福島第1原発のみに対応した、将来の原発事故への対応を想定外にしているという、構造的な欠陥だ。

 例えば賠償金の手当てだ。表向き電力各社の負担金は将来の事故への備えという建前になっているが、実際には福島原発事故で使い切ることが明らかになっている。不測の新事態へは無保険状態なのだ。電力自由化による発電、送電の会社分離が進む中で、電力各社にとって新たな負担は重い。原発リスクの明確化が不十分なままで、被災者の保護を図ることができるのか。こうした課題が先送りされたままだ。

 現行の法体系では、損害賠償の適用される範囲も曖昧なままだ。いわゆる風評被害のどの範囲まで対象となるのか。法律用語で言う「相当因果関係」について、今回の福島原発事故の経験を生かし、範囲・類型を具体的に示すべきだ。

 11年の国会の議論を経た修正協議で原賠法、機構法ともに、「早期に見直す」との見直し条項を盛り込んでいる。民主・自民・公明各党が賛成した付帯決議では「1年以内に見直すこと」と明記した。安倍政権が発足して3年半。残念ながら、具体的な検討作業が進んでいない。

 万が一の備えで、さらに重要なのは、原発事故でメルトダウン(炉心溶融)が始まった場合、誰が最後の収束作業に当たるのか明確になっていないことだ。福島原発事故の際には、故・吉田昌郎福島第1原発所長をはじめ東電の現場職員が命懸けの決死の覚悟で作業に従事した。しかし、電力自由化の嵐の中で今後も、そうした民間事業者の対応が可能だろうか。米国では、原発事故が起きた際には、米原子力規制委員会(NRC)と軍による共同チームがプラント運転に最後まで従事する部隊として派遣される。シビアアクシデント(想定を超える過酷事故)の最終対応は民間ではなく官の業務と明確に線引きされているのだ。

 一方の日本。船橋洋一氏著の『カウントダウン・メルトダウン』では、福島原発事故の原発関係者で最初に職場放棄したのは原子力安全・保安院の職員であった「恥ずべき事実」(経産省幹部)が明らかにされている。規制委の下に運転要員も含めた非常事態チームを常時設置するなど具体的な対策を急ぐべきだ。

 30年代までに原発稼働ゼロを目指して、あらゆる政策資源を投入する。これは民主党の原子力に対する基本姿勢だ。原発停止中に関わらず、プラント内に冷却中の燃料棒がある限り、原発事故は起こり得る。政治の責任として不作為の罪は許されない。国民的な議論の中で、あるべき道を示したい。(了)

『週刊エコノミスト』2016年3月8日特大号(2月29日発売)78~79ページより転載

この記事の掲載号

定価:670円(税込み)

発売日:2016年2月29日

週刊エコノミスト 2016年3月8日特大号

 

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