2016年

4月

05日

特集:世界史に学ぶ金融政策 2016年4月5日特大号

 ◇日米欧で金利「蒸発」危機

 ◇カギ握る米利上げの先行き

 

秋本裕子/池田正史

(編集部)

 

 世界の主要国の国債利回りの「水没」がさらに進んでいる。

 左の表(3月14日現在)を見ると、スイスやドイツなど欧州北部の諸国では、軒並み中長期ゾーンまでマイナス圏内へ突入している。少し前まで債務危機が懸念されていたはずの南欧のイタリアやスペインまでもが、短期はマイナス、7年まではゼロ%台に沈んでいる。

 日本も深刻な状況だ。日銀がマイナス金利政策の導入決定(1月29日)後の2月9日、東京債券市場で10年物国債の利回りが一時マイナス0・005%と、初めてマイナスになって以来、史上最低を何度も更新している。幅広い年限の国債利回りが低下しており、11年物も水面すれすれのところにある。

 一方、主要国でマイナス金利にはなっていない国は米国だ。だが、その米国でさえ、短期ゾーンはゼロ金利の状況。いわば、「国債市場で利回りが蒸発している」(HSBC証券の城田修司マクロ経済戦略部長)危機的状況と言える。

 

 ◇前例がない

 

 現状のように、世界主要各国の長期金利の利回りがこれほど広い範囲でマイナスやゼロに陥ることは有史以来前例がない。歴史的には、長期金利は日本が1997年に初めて2%を割り込み、98年に1%を割るまで、1619年につけたイタリア・ジェノバの1・125%が史上最低の水準だった。

 では、マイナス金利はどうか。資本主義の歴史に詳しい日本大学の水野和夫教授によると、その歴史は1200年代、スペインの覇権時代までさかのぼる。ただ、これは「デフレ克服のため、消費喚起を目的にスペインの支配下にある封建領主たちを対象に、現金にマイナス金利を適用したもの」であり、いわば「地域限定の金融課税のようなもの」(水野氏)。今回、日銀が導入したマイナス金利とは意味合いが違うものと言える。

 では、なぜ今、世界でこれほど金利が低下しているのか。

 大きな理由は世界的なデフレ圧力の高まりだ。

 それに加えて、世界経済の牽引(けんいん)役として景気の回復が期待されていた米国の失速もある。米連邦準備制度理事会(FRB)が昨年12月、7年間続けてきた事実上のゼロ金利政策を解除し、政策金利の誘導目標の0・25%引き上げを実施。それ以来、米国経済指標は悪化が続き、先行きには懸念が生じ始めている。

 つまり、世界経済にとって、「浮き輪」のような存在だった米国の浮力までもが低下。世界の金利を引き上げるだけの力がなくなっているのだ。その中で、欧州中央銀行(ECB)に続いて、日銀もマイナス金利政策を採用したことで、「金利引き下げ競争」の様相を呈してきた。

 ◇大恐慌後に似ている

 

 こうした現状について、みずほ総合研究所の高田創チーフエコノミストは「大恐慌後の状況に近づいている」と指摘する。

 高田氏によると、1930年代の大恐慌後は「通貨競争に先んじた国家が経済の回復を先導し、旧ソ連やドイツのように、国家主導での財政政策を拡張した国の回復が早かった」。そこから考えると、「世界中が通貨戦争に参戦し、ブロック化という保護主義が台頭する不安が生じかねない」(高田氏)状況にある。

 現在はどうか。欧州は欧州連合(EU)という形でブロック化し、中国は新シルクロード計画、米国はTPP(環太平洋パートナーシップ協定)を進めている。

 大恐慌後には世界各国の緊張が軍事衝突を招き、第二次世界大戦という悲惨な結果につながった。今回はそうではない方法で、いかに世界経済の浮力を得ればよいのか。

 

 ◇利上げは今年何回?

 

 現状では、「結局は米国に浮力になってもらうしかない」というのが、多くの市場関係者の共通認識だ。そのためには、米国が利上げを抑制することが一つの選択肢になる。さらに、高田氏は「既に金利が水没している日本と欧州は、金融政策だけでなく、財政も含めた政府と一体の成長戦略で経済を底上げすることが必要だ」と指摘する。

 では、その米国の今年の金融政策はどうなるのか。

 FRBは3月16日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で、追加利上げを見送った。さらに、年内に想定する利上げ回数を、昨年12月時点の4回から2回に引き下げた。

 それに先立ち、野村総合研究所が3月14日に都内で開いたセミナーで、市場関係者など約120人に対し、「16年中にFRBは何回の利上げを行うか」を聞いたところ、「2回」48・5%、「1回」34・0%、「0回」15・5%、「3回以上」2・1%との結果になった。HSBC証券の城田氏は「0・25%の引き上げを6月と12月に2回」と見ており、市場関係者には1~2回の見方が多い。

 世界経済が不安定化する中で、金融政策には何ができるのか。「金融政策の役割は20~30年単位で変わる。金融危機でいったんその議論は棚上げされてしまったが、今改めて問い直す必要が生じている」(井上哲也・野村総研金融ITイノベーション研究部長)。世界の中央銀行は、前例のない未知の領域に直面している。(了)