2016年

4月

19日

特集:検証なき日銀 2016年4月19日号

 

 デフレからの脱却を掲げる日本銀行の黒田東彦日銀総裁の異次元金融緩和政策が4年目に突入した。物価目標2%はなぜ達成できないのか。冷徹な検証を踏まえた金融政策が必要だ。

 

 ◇金融緩和でも円高・株安の逆流

 ◇波及経路と成果の検証不可避

 

後藤 逸郎/谷口 健/藤沢 壮 (編集部)

 

「景気は(中略)基調としては緩やかな回復を続けている」

 日本銀行の黒田東彦総裁は4月7日の支店長会議で述べ、11回連続で「緩やかな回復」との景気認識を示した。この3年間、黒田総裁は2013年4月4日に物価目標2%、達成期間2年、マネタリーベース(資金供給残高)2倍を柱とする量的・質的金融緩和を実施。14年10月31日の追加緩和、16年1月29日のマイナス金利導入決定と、3回の金融緩和を断行し、日銀が物価目標達成を約束(コミット)することで消費者や企業の予想(期待)インフレ率を高め、デフレマインドの転換(レジュームチェンジ)によるインフレを目指した(図1)。

 異次元緩和前後で為替は1㌦=92円台から、一時125円台まで円安に。日経平均株価は1万1100円台から、一時2万円台まで上昇(図2)。だが、「2年で2%」の物価上昇は実現せず、日銀は17年度中に達成時期を伸ばした(図3)。これまでの金融政策について、識者の評価は大きく分かれる(表、79~84㌻)。

 異次元緩和の根拠であるリフレ理論は、中央銀行が物価目標を約束し、マネタリーベースを増やすことで、予想インフレ率が上がり、予想実質金利は下がって、通貨安と株などの資産価格上昇を招き、景気の好循環が物価目標を実現するというもの。財政政策に対する金融政策の優越を示す「マンデル・フレミング・モデル」を信奉し、前任の白川方明総裁の金融政策を激しく批判した黒田総裁にとって、異次元緩和後の円安・株高進行はリフレ理論の正しさを証明するデフレ脱却への確かな足取りと映ってもおかしくなかった。

 だが、肝心の物価は目標に達しない。岩田規久男副総裁は16年2月23日の国会で「原油安の大幅下落」を目標未達の原因と説いたが、これは原油価格の下落が物価下落を引き起こすと認めたに等しい。

 

 ◇リフレ理論と食い違う現実

 黒田日銀が依拠するリフレ理論は「原油価格が下落しても、浮いたお金を別の消費に充てるので消費者物価指数(CPI)のような一般物価水準は下がらない」とする。一般物価水準を決めるのは、あくまでマネーの量とする「貨幣数量説」をとる。目の前で起きている事実は、日銀の金融政策の根幹を揺るがすものだ。やはり、「マネタリーベースを2倍にして物価も2倍になるという理論は、現実の話としては整合的ではなかった」(東京大学の柳川範之教授・84㌻)のではないか。

 リフレ理論と現実の食い違いはまだある。異次元緩和を繰り返しても予想インフレ率は上がってこない。消費者の予想インフレ率は既に異次元緩和前の水準に落ちた(図4)。今年3月の企業の予想インフレ率が大きく下がったことを踏まえると、日銀が4月11日に公表する「生活意識に関するアンケート調査」で消費者の予想インフレ率がさらに下がり、日銀は追加緩和を迫られかねない状況だ。

 政策変更の前に、日銀は期待に働きかけるリフレ理論を検証すべきだ。万一、異次元緩和と予想インフレ率上昇の関係が想定より小さいならば、追加緩和の効果と費用を比較する義務がある。

 だが、日銀は市場の予測を裏切ってマイナス金利導入を決め、さらに追加緩和した。貸し出しが増えればよいが、金融機関の収益を圧迫する構造で、貸し出し抑制を招くリスクがある政策だ。日銀が2月16日からマイナス金利導入後、長期国債はマイナス金利をつけるなど、マーケットの価格形成にも影響が大きい(28㌻)。消費者にとっても、預金金利がゼロに近づく一方、住宅ローンの金利が下がるなど、功罪両面がある。マイナス金利の効果を判断するには時期尚早ではあるが、市場を驚かせるような唐突な導入は妥当だろうか。レジュームチェンジにこだわるあまり、「市場との対話が阻害され、市場を不安定化させている」(元日銀審議委員の須田美矢子氏・81㌻)なら問題だ。

 

 ◇日銀株価下落の意味

 また、黒田日銀が異次元緩和後の金融政策である「出口」戦略を示そうとしないのも問題だ。黒田日銀を評価する識者からも、この点についての不満は多い(79~84㌻)。今や300兆円を超える国債を保有し、マイナス金利の国債すら高値で金融機関から買い続けると、日銀の財務を大きく傷める可能性があるからだ。日銀の木内登英審議委員は、17年度に物価目標2%を達成した場合、日銀の損失は7兆円にのぼると試算した。日銀の自己資本を上回り、債務超過になりかねない。「出口の過程で赤字を計上することは自明の理」(日本経済研究センターの岩田一政理事長・80㌻)である。日銀の収益が悪化すれば国庫納付金は減少する。債務超過ともなれば、最終的に国民負担につながる問題にも発展しかねない。

 東証ジャスダックに上場する日銀の株価(政府出資証券)は、黒田総裁の就任前日の13年3月19日に終値9万900円まで急騰したのを最後に、じりじりと値を下げて4月7日終値は半分以下の3万7200円に値を下げた(図5)。株式会社でないとはいえ、市場の評価は何を意味するのか。

 リフレ理論と経済の動きに齟齬(そご)が あるのだから、日銀は政策遂行に注意を払うべきだ。物価上昇を阻むと黒田日銀がみなす原油下落は、日本経済にとってはプラス要因だ。にもかかわらず国内総生産(GDP)は伸び悩んでいるのはなぜなのか(図6)。円安で輸出企業が過去最高益を上げても、賃金はあまり上がらない。いずれもリフレ理論の波及経路の詰まりがないかを検証することはもちろん、潜在成長率が低迷する日本経済の点検を急ぐべきだ(22~23、38~39㌻)。

 

 ◇アベノミクス失敗?

 

安倍晋三首相自らの定義では、アベノミクスは失敗したことになるが(2013年12月19日日本アカデメイア安倍内閣総理大臣スピーチ)http://www.kantei.go.jp/jp/96_abe/statement/2013/1219speech.html 日本アカデメイア提供
安倍晋三首相自らの定義では、アベノミクスは失敗したことになるが(2013年12月19日日本アカデメイア安倍内閣総理大臣スピーチ)http://www.kantei.go.jp/jp/96_abe/statement/2013/1219speech.html 日本アカデメイア提供

 だが、約束が実現していないことに日銀は無頓着な態度を装う。今年2月23日の衆議院財務金融委員会で、金融政策の波及経路を問いただした玉木雄一郎衆院議員(民進党)に対し、黒田総裁はマネタリーベースで物価や予想インフレ率は上がらないと言い切った。玉木議員は「本当に驚いた。自らの政策の根本(図1)を自分で否定した。オーソドックスな政策に戻るべきだ」と話す。

 だが、リフレ理論の根幹を否定した黒田総裁は13日後の3月7日の講演で、中銀の約束と大規模緩和が予想インフレ率を上げる波及経路を再び主張した。場当たりな説明は、日銀の信頼性を大きく損ねた。

 

 実際、異次元緩和は、まだ物価目標を達成できていない。失業率低下にもかかわらず、実質賃金はマイナスから抜け出せない(図7)。今春闘は大企業も3年連続でベースアップながら上昇幅を縮小し、中小企業への波及の勢いは弱まった。これは安倍晋三首相が2013年12月の講演で自ら定義した「アベノミクス失敗」そのものだ。

 

  5月の主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)や7月の参議院選挙を控える安倍首相はそのためか、今年度予算の前倒し執行を指示した。加えて、大規模な経済対策を行い、財政出動による国際協調を主導しようともくろむ。だが、黒田日銀が依拠する「マンデル・フレミング・モデル」によると、財政出動は通貨高を招くとする。円安を指向する黒田日銀は追加緩和で政策協調することになる。デフレ脱却のための必要なコストなのか、それとも財政拡張に従属的な金融政策への一歩なのか。検証なき金融政策は日本経済の将来のリスクとなっている。

 為替市場は4月7日(日本時間)のニューヨーク外国為替市場で、一時1㌦=107円台と、約1年5カ月ぶりの円高水準に。黒田日銀の14年10月31日の追加緩和前の水準に戻した(26~27㌻)。日経平均株価も1万6000円台を割り込み、金融緩和の成果が水泡に帰そうとしている。今こそ、金融政策を検証し、適切な政策対応が求められている。(了)

(『週刊エコノミスト』2016年4月19日号<4月11日発売>18~21ページより転載)

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この記事の掲載号

週刊エコノミスト 2016年4月19日号

定価:620円(税込)

発売日:2016年4月11日

週刊エコノミスト 2016年4月19日号

 

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