2016年

5月

03日

エコノミストリポート:火星への人類移住 破壊と創造の男 世界を変えるイーロン・マスク 2016年5月3・10日合併号

イーロン・マスク Bloomberg
イーロン・マスク Bloomberg

 

◇「いずれ人類は地球以外の惑星に住まなくてはいけなくなる」

(『史上最強のCEO イーロン・マスクの戦い』竹内一正著、PHPビジネス新書29ページ)

 

◇「(ロケット材料は)総コストのたった2%程度でしかなかった」(同書31ページ)

 

竹内一正(オフィス・ケイ代表)

 

 スケールの大きさで自動車王ヘンリー・フォードもスティーブ・ジョブズも超える天才経営者が世界の注目を集めている。イーロン・マスクだ。長身でハンサムな彼は、宇宙ロケットベンチャー「スペースX」を創業し、ロケットコストを100分の1にすると公言。目標は「人類を火星に移住させる」ことだ。

  さらに、電気自動車企業「テスラ・モーターズ」は画期的なEVカー「ロードスター」「モデルS」を世に出した。テスラ車に充電する高速充電ステーションには太陽光パネルが設置され、電力会社のビジネスモデルを破壊する。太陽光パネルはイーロンが会長を務める太陽光発電企業「ソーラーシティー」が設置を担う。

  なぜ、火星を目指すのか? 地球上の人類は既に70億人を超え、早晩に100億人を突破する。だが、二酸化炭素などによる地球温暖化が進み、異常気象や水不足などで劣化する地球にそれだけの人間が住めるのか。「いずれ人類は地球以外の惑星に住まなくてはいけなくなる」とイーロンは断言。地球以外の惑星、つまり、火星への人類移住を本気で考えている。

  だが、今すぐ火星ロケットは作れない。そこで、二酸化炭素による地球劣化を少しでも食い止めるため、排ガスをまき散らすガソリン車を減らし、電気自動車を普及しようと奔走する。

  宇宙ロケット、電気自動車、太陽光発電。どれも至難の大事業にイーロンは果敢に挑戦する。映画「アイアンマン」の大富豪で天才発明家の主人公のモデルこそイーロン・マスクだが、映画の主人公以上にドラマチックな経営者である。

 

◇本の虫だった子供時代

 

  1971年、南アフリカ共和国でイーロンは3人兄弟の長男として生まれた。幼い時から本が大好きで宇宙SF小説などにひかれ、宇宙旅行に憧れた。図書館の本をすべて読んでしまうと、ブリタニカ百科事典まで読破したという。好奇心が旺盛な彼は、思考モードに入ると周りの事が見えず、話しかけても反応もしない。下の2人の兄弟と違って、友人を作りにくい性格だった。

  10歳の時、コンピューターに出会うと、独学でプログラミングを学び、2年もすると自分でゲームソフトを作り上げていた。

  コンピューターに興味を持ちシリコンバレーに憧れた彼の夢をかなえる場所は、可能性に閉ざされた南アフリカ共和国ではなく、米国だと考えるようになったのも当然だった。

  当時の南ア共和国は、18歳で兵役の義務を負った。だが、イーロンは兵役を嫌がりカナダへ、そして憧れの米国へと旅立つ。

  まず、カナダのクイーンズ大学で経営学と物理学を学んだ後、米ペンシルベニア大学に移る。そして95年、米スタンフォード大学の大学院で物理学を学び始めたのだが、彼の好奇心は研究よりも起業に向いた。ネットに未来を感じたイーロンはスタンフォード大学院をたった2日で辞めてウェブソフト会社「Zip2」を立ち上げ、ビジネスの海に船出した。

  創業4年で、コンパックが約3億ドル(約300億円)でZip2を買い取り、約2200万ドル(約22億円)の資金を手にしたイーロンは、Xドットコムを創業。同社はインターネット決済サービスを行う会社で、後にペイパルとなる。

  しばらくしてペイパルの決済システムに目をつけたオークションサイトeBayが買収に乗り出してきた。だが、この頃から彼の興味はネット空間から宇宙空間へ移行していく。

  大学時代の彼は「人類の将来にとってもっとも大きな影響を与える問題は何か?」とたびたび考え、たどり着いた結論は、インターネット、持続可能なエネルギー、そして、宇宙開発だったのだ。

  ペイパルは約15億ドルの高額でeBayが買い取り、イーロンは約1億8000万ドルの大金を手中に収めた。24歳で起業してからわずか7年で大金持ちとなったイーロンは、宇宙ロケットベンチャー「スペースX」を立ち上げ、新たな挑戦を始めた。

 

◇ロケット洋上着陸に成功

 

  2008年、スペースXが開発したファルコン1が打ち上げに成功。創業わずか6年目の快挙であった。

  スペースXは開発のギアをアップさせ、10年にはファルコン1の9倍の推進力を持つファルコン9の打ち上げに成功し、宇宙船「ドラゴン」は地球を周回し太平洋に無事着水。民間企業として初の快挙に世界は驚いた。ファルコン9はその後、国際宇宙ステーションへの物資輸送を何度も成功させている。

  ファルコンロケットの最大の特徴は、コストが格段に安いという点だ。

  イーロンは、ロケットに使われる材料コストを徹底的に分析した。その結果、ロケット総コストのたった2%程度でしかないことを突き止めた。つまり、大幅なコストダウンが可能だということだ。イーロンはロケットの常識を打ち破っていく。

  ファルコン9は、ファルコン1で使用したエンジンを9基束ねてクラスター化した。しかし、この方法は、ロケット開発では邪道だった。これまでのロケットは、巨大な一つのエンジンで機体を打ち上げてきた。小さなエンジンを複数個束ねて使う方法は、パワーバランスが狂うと方向を失う危険性がある。だが、スペースXはそんな常識をはね飛ばした。

  そもそも、イーロンのロケット設計の基本は、パソコン(PC)や自動車で当たり前の「量産化」だ。部品を共通化する。同じ部品を使えば生産設備も共有でき、コストを下げることができる。ファルコンは同じ燃料で打ち上げている。従来のロケット技術が1機ごとの高価なカスタムメードだったのに対し、スペースXは量産手法でコストを10分の1にしてしまったのだ。

 「ロケットには最先端の技術が使われている」と世間は思うが、実際は違っていた。確実に打ち上がることにこだわりすぎ、「NASA(米航空宇宙局)のロケット技術は1960年代から本質的には、進化していなかった」とイーロンは切り捨てた。

  スペースXのロケット作りのイノベーションを見てみよう。

  たとえば、「摩擦撹拌(かくはん)接合」という技術で燃料タンクは作られている。この接合方式は、ひずみが少なく欠陥が発生しにくい。さらに、溶接状態の検査が簡単にでき、製造コストを低減させた。

  宇宙船「ドラゴン」の耐熱材にはPICA─XというスペースXが開発した特殊素材が使われ、コストは従来の10分の1で、しかも「再利用」が可能だ。

 「再利用」こそ、スペースXがロケットコストを100分の1にする切り札である。これまでロケットは「使い捨て」が常識だった。スペースシャトルは再利用を目指したが、基本構造が複雑すぎたため、かえって高くつき、引退に追いやられた。

  一度打ち上げたロケットを再利用できれば、コストは2分の1になる。10回再利用できれば、コストは10分の1だ。当たり前すぎるこのアイデアは、当初、専門家からばかにされるドン・キホーテ的なものだった………

 

この記事の掲載号

定価:720円(税込)
発売日:2016年4月25日

   週刊エコノミスト 2016年5月3・10日合併号

 

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