2016年

5月

31日

ワシントンDC 2016年5月31日号

共和党指導部との間に火種残すトランプ氏 Bloomberg 週刊エコノミスト
共和党指導部との間に火種残すトランプ氏 Bloomberg

 ◇トランプ氏の指名確定で

 ◇共和党が変貌する可能性

 

今村  卓

(丸紅米国会社ワシントン事務所長)

 

 米大統領選で不動産王ドナルド・トランプ氏が共和党の指名獲得を確実にしたことで、いよいよ共和党の動揺が始まりそうだ。

 トランプ氏は、予備選・党員集会で過半数の代議員獲得の見通しが立たなかった4月半ばまでは、支持拡大のために共和党主流派に接近する構えを見せていた。

 だが、ニューヨーク州など7州で圧勝して、テッド・クルーズ上院議員ら他候補が撤退。トランプ氏の指名獲得が確実になると、同氏の発言は再び主流派の主張から離れ始めた。しかも、従来のように支持基盤の労働者階級など「草の根保守」への迎合にとどまらず、富裕層への増税や最低賃金の引き上げ支持をメディアに語るなど、民主党の候補のような主張にまで踏み込み始めた。

 共和党指導部と主流派は「小さな政府」を志向し経済政策では減税を優先的に訴え続けている。さすがにトランプ氏のこの主張は容認できない。共和党指導部の一人、ポール・ライアン下院議長は5月5日、「現時点ではトランプ氏を支持する準備が整っていない」と態度を保留した。

 その後5月12日に、両氏はワシントンの共和党全国委員会本部で会談し、「大統領選の本選でクリントン氏を破るために、共和党が団結して戦う」という基本合意に至った。指名争いが事実上終わった時点での党分裂という最悪の事態は、回避できたと言えよう。だが、あくまで小康状態だ。政策面で歩み寄れなかったため、会談後もライアン氏はトランプ氏への支持を表明しなかった。共和党指導部とトランプ氏が本選に向けて火種を残していることは否めない。

 

 ◇経済政策はリベラル寄りに

 

 ライアン氏は今後、トランプ氏と対話を続けて、政策面の距離を詰めていく考えだが、現実には難しい。

 根本的な問題は、目先の選挙に勝つためなら手段を選ばないトランプ氏の「柔軟な」姿勢だ。トランプ氏には、共和党の基本である保守派というイデオロギーにこだわりがない。選挙戦では、支持を得たい勢力が求める政策を主張しがちである。

 指名争いでは、党指導部や主流派に怒りを募らせている「草の根保守」グループの支持獲得に狙いを定めた。不法移民の追放やイスラム教徒の一時入国禁止、通商政策での保護主義の強調など、このグループに受ける大衆迎合的な政策を訴えた。

 本選に舞台を移した今は、無党派層や民主党支持の労働者階級に狙いを切り替え、最低賃金の引き上げ支持、インフラ投資の拡大、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)への反対など、リベラル寄りの経済・通商政策を主張し始めている。しかもトランプ氏の主張は一貫性がなく、ひょう変する傾向がある。共和党指導部は、自党の大統領候補の主張と行動が予想不可能という難題も抱えることになる。

 大統領になることが目的のトランプ氏と、保守というイデオロギーに基づいて政策を選び、その実現のために大統領選での勝利を目指す共和党の指導部と主流派。両者が一丸となって戦うことは本質的に難しい。

 今は、トランプ氏と共和党指導部の歩調が合っているように見える。だが今後の選挙戦では、トランプ氏は無党派層や一部の民主党支持層の支持獲得を優先して、共和党指導部と主流派が容認できない政策を突然、訴え始める可能性も大いにある。そのひょう変が、大統領選と同時に進む議会選や州知事選の共和党候補者にダメージを与える恐れもある。

 共和党にとって、トランプ氏という異例の大統領候補の指名は、今後の選挙戦を通じて同党を根本から変える可能性がある。それも共和党の総意ということなのだ。(了)

(『週刊エコノミスト』2016年5月31日号<5月23日発売>60ページより転載)

この記事の掲載号

定価:620円(税込)

発売日:2016年5月23日