2016年

5月

31日

【経済は物理でわかる】経済学の歴史 万有引力が古典派を触発 2016年5月31日号

◇物理学と離れる現主流派

 

荒川章義

(立教大学経済学部教授)

 

『諸国民の富』を記した古典派経済学の大家、アダム ・スミスが、 同時代の18世紀に活躍したアイザック・ニュートンによる万有引力の発見を「最も重要で最も崇高な諸真理の広大な鎖の発見」と激賞したことは有名である。スミスをはじめとする古典派経済学者たちが、「地球上の物体の動きも宇宙空間に浮かぶ天体の動きも、全く同じ原理で説明できる」という万有引力の法則に、大いにインスパイア(触発)されたことは間違いない。

 古典派経済学者は、ニュートンが発見したのと同様の法則性を経済社会の中に発見しようとした。例えばスミスは、「商業社会では、利己心を持つという点で互いに同感し合う個人が、私的利益を追求することで、結果的に公的利益を達成することになる」という有名な「見えざる手」の法則が貫徹することを見いだした。
「比較優位」を19世紀に唱えたデビッド・リカードは、(1)人口が増えると、労働者の賃金は生存可能なぎりぎりの水準まで下がる、(2)資本家の利潤は、食物価格の上昇に伴う地代の上昇によって低下する、(3)対して不労所得階級である地主の所得は、何もしていないのに上昇してしまう──という法則性を見いだした。リカードが、外国からの穀物輸入に高率の関税をかける英国の穀物法に反対したのは、このような事実を見いだしていたからである。
 そしてカール・マルクスが19世紀に唱えた唯物史観というのは、まさしく、人間社会にも自然と同様の客観的な法則性が存在しており、生産力の発展に応じて、無階級社会から階級社会へ、階級社会から無階級社会へと変化していく、と考える歴史観のことにほかならない。
 このように、古典派の経済学者たちが、ニュートン物理学に大いに啓発されたことは確かである。とはいえ、古典派の経済学者は、あくまでインスパイアされただけであり、ニュートン物理学をそのまま経済学に移し替えることをしたわけではない。……

(『週刊エコノミスト』2016年5月31日号<5月23日発売>79~81ページより転載)