2016年

6月

07日

第36回 福島後の未来をつくる:トーマス・コーベリエル 自然エネルギー財団理事長 2016年6月7日特大号

 ◇トーマス・コーベリエル

 1961年スウェーデン生まれ。スウェーデン・チャルマース工科大学教授。2008年から11年までスウェーデン・エネルギー庁長官を務めた。任期半ばで、自然エネルギー財団理事長就任のため退職。

 ◇自然エネの産業自立に必要な送電網の中立運用と監視

 

 東京電力福島第1原子力発電所事故(福島原発事故)から5年がたち、世界のすべての国で電力分野に急速な変革が起きている。日本は自然エネルギーによる電気の固定価格買い取り制度(FIT)により、まず太陽光発電の導入が先行して進んだ。残念ながら風力発電や地熱発電などの自然エネルギー分野の導入は進んでいない。なかでも日本は地熱発電の導入ポテンシャルが世界3位と膨大な地熱資源量を誇る有数の国であるにもかかわらず活用できていない。

 ただ、FITの買い取り価格は2016年度になっても、欧米、アジア諸国と比べても優遇された価格となっていることから、風力発電や地熱発電などの導入が今後加速していくことを期待している。


 そこで注意すべきなのは、FITはあくまで期間限定的な政策支援であることだ。FITを経てからの自立的な自然エネ普及こそが重要なのだ。自立的に自然エネを普及させるのに、政策立案の立場で心がけなければならないのは、新たな技術を開発しやすくする環境と、高コスト構造を変えていくことだ。日本の自然エネ発電のコストは他国と比べるとまだまだ高く、化石燃料を利用する発電より高コスト構造に陥っている。他国で自然エネは低コスト電源になっているのに、日本は取り残されている状況だ。

 

 ◇卸価格を下げる秘策

 

 自然エネの発電コストを下げるには、卸電力取引市場の活性化や新規投資の環境整備が重要だ。自然エネの低コスト化を実現できている国のほとんどは独立した組織・機関が送電系統網を運用している。送電系統網を中立公平に運用すれば、さまざまな種類の発電所を1キロワット時だけ増加させたときの増加費用の安い順に並べた「メリットオーダー」による発電ができる。実際のメリットオーダーの並びをみると、設置してしまえばその後はまったく燃料費のかからない水力発電や風力・太陽光・地熱発電が最初に置かれる。メリットオーダーができれば、卸電力取引市場の平均価格は安くなっていく。

 しかし現状の日本では、老朽化した火力発電所を数多く所有している電力会社が送電系統網を運用しているために、このメリットオーダーができていない。電力会社自前の効率の悪い火力発電所の電気を優先して送電系統網へ供給している。そして設置後の発電コストがかからない太陽光発電や風力発電の電気を送電系統網へ受け入れることを恣意(しい)的に妨げることができる。割高な電気を優先しているかぎり日本の電気料金は安くならないだろう。

 実際に欧州では自然エネ、なかでも風力の発電コストが、初期投資を含めても火力発電や原発よりも下がってきている。欧米の風力発電コストは1キロワット時当たり4~5円程度まで下がっている。日本はまだ22円で買われている状況だ。さらに日射量の多い国々では太陽光発電も同様に、価格競争力のある低コスト電源になってきている。

 自然エネルギー財団は16年4月に自然エネを中心とした日本の電力システム改革に関する提言をまとめた。日本でこれから自然エネの導入が自立的に加速して、電力システム改革が成功するには数ある提言のなかでも、20年に実施する予定の電力会社の発送電分離がカギをにぎっている。前述のように既存電力会社は古い発電所を所有していることから、送電系統網へのメリットオーダーが進まないために、電気料金の低価格化が進んでこなかった。発送電分離が完全に実施されれば、メリットオーダーを実現できる。

 私は約20年前、スウェーデンの電力自由化の諮問委員会の委員だった。スウェーデンは電力小売り全面自由化による完全競争と発送電分離を1996年1月から実施。スウェーデンの消費者は95年12月末まで、送電系統を所有している電力会社からしか電気を購入することができなかった。しかし、自由化によりスウェーデン国民は年が明けた96年1月1日から、どの小売り電気事業者からでも買えるようになった。

 ◇北欧とドイツの成功例

 

 スウェーデンは全面小売り自由化、発送電分離と一気に改革を推し進めたのだ。また北欧ではノルウェー、フィンランド、デンマークなどと一体となって自由化を進めてきた点も特徴的だ。発送電分離が機能的に実施されている欧州の国では、もっとも市場競争力をもつ効率のよい発電所の電気が優先的に取引され、有能な経営者が利益をあげている。そして旧態依然の電力会社は淘汰(とうた)されている。

 それに比べて、日本政府の電力システム改革のアプローチは、3段階だ。3段階とは広域的運営推進機関の設立と、小売りの全面自由化、発送電分離に分かれた漸進的な改革なので、さまざまな妨害にあって修正を余儀なくされる可能性がある。

 また発送電分離の成功には、市場を監視する機関の役目も見逃せない。スウェーデンでは送電系統などの監視機関が機能している。監視機関は、規制対象の独占事業体となっている系統運用会社について、発電企業や小売企業などの系統利用者から過剰料金を徴収していないかを厳しくチェックしている。

 さらに北欧の系統運用会社は運用の透明性を確保するために、リアルタイムの運用状況をインターネット上で公開している(写真)。そして系統運用会社のホームページでは給電管理室の状況や、デンマーク、フィンランドなどと送電系統を運用している北欧の他国の電気料金を一目で把握できる。

 またドイツの発送電分離の例をみると、ドイツでは民間の大手電力会社が送電系統網を保有していたことから、当初は日本と同様に送電部門を登記上別会社とする法的分離の形態で実施した。大手電力会社は送電部門を子会社化して分離したのだ。東京電力が16年4月から持ち株会社化して、送電部門の子会社として東京電力パワーグリッドを設立したことに似ている。ただドイツの場合、連邦ネットワーク庁が法的分離した後に行為規制を徹底したことで、発送電分離が成功した。行為規制とは、取締役兼任の禁止、情報の独立性の確保、親会社の意向に子会社の運営が左右されないなど、送電事業の中立性を十分に保つ規制だ。行為規制の徹底により、電力会社にとって送電子会社を所有し続けるメリットがなくなり、結果として各電力会社は送電子会社を売却していき、資本的に完全に独立した所有権分離につながった。これからの日本でも十分可能な方法だ。

 原子力政策を考える場合、日本は地震大国という現実を直視しなければならない。このことは長年議論されてきたが、福島原発事故で決定的となった。地震大国の日本では、いくら原発の工学技術開発に注力しても安全性を克服できないだろう。しかもウランは輸入燃料である。一方、日本には風力やバイオマスなど自然エネのポテンシャルは豊富だ。世界全体でみても原発の発電コストは自然エネに劣っている。先進国で、既存原発は次々と閉鎖されている事実を受け入れるべきだ。(了)