2016年

6月

14日

特集:三菱に喝! 2016年6月14日号

三菱自動車の相川哲郎社長
三菱自動車の相川哲郎社長 Bloomberg

◇三菱自動車の隠蔽体質

◇脈々たる「親会社」重工の源流

 

河村靖史

(ジャーナリスト)

 

 三菱自動車で繰り返された不正を探ると、それは三菱グループが持つ体質に行き着く。

絶対の自信と高いプライドは失敗や不可能を許さず、それが改ざん、不正、そして隠蔽へと発展する──。

日本最強の企業集団に喝を入れる。

「2000年以降少しずつ改善してきたが、やはり全社員にコンプライアンス(法令順守)意識を徹底することの難しさを感じている。無念であり、忸怩(じくじ)たる思いだ」(三菱自動車・相川哲郎社長)

 三菱自が燃費を偽装していたことが発覚し、日産自動車との電撃資本提携にまで発展した。その後、スズキも三菱自と同様、燃費データを不正な方法で計測していたことが明らかになったものの、燃費性能自体を改ざんしていた三菱自とは不正の度合いが大きく異なる。しかも、三菱自にとっては00年、04年のリコール(回収・無償修理)隠しに続く3回目の不祥事だ。

 なぜ不正が繰り返されるのか。

 

 ◇タイで走行試験

 

 三菱自が燃費にかかわる不正を行っていたのは3点。▽燃費を良く見せるためのデータ改ざん▽国の法令と異なる測定方法を使用▽データの机上計算──だ。

 自動車の燃費は、自動車メーカーが実車をテストコースで走行させ、空気抵抗とタイヤの摩擦などの転がり抵抗を数値化した「走行抵抗データ」を取得し、このデータを利用して国土交通省所管の交通安全環境研究所が燃費を測定する。三菱自は「eKワゴン」など軽自動車4車種で、燃費を実際より良く見せるため、走行抵抗データに意図的に低い値を選んで偽装していた。

 その結果、燃費性能を最大15%水増しすることに成功した。今回発覚した中で最も悪質な不正だ。

 また、走行抵抗データは「惰行法」と呼ばれるやり方で取得することが法令で定められている。三菱自は大型SUV(スポーツタイプ多目的車)の「アウトランダー」やミニバンの「デリカD:5」をはじめほとんどの車種で、米国のやり方に近い「高速惰行法」で計測していた。

 さらに、SUVの「パジェロ」や「RVR」では、走行抵抗データを取得するための実走行による試験を行わず、机上の計算で算出していた。

 燃費を偽装していた軽自動車は、ライバルを上回って「業界トップ」にするため、会長、社長も出席した社内会議で燃費目標が5回にわたって引き上げられた。幹部から現場には「なんとか目標を達成しろ。やり方はお前が考えろ」と、およそ指示とは呼べない命令が下された。

 燃費目標を達成するための対策は、開発チームで燃費性能のとりまとめを担うべき三菱自の性能実験部から、子会社の「三菱自動車エンジニアリング」(MAE)に丸投げの状態だった。MAE担当者は、国内でいくら走行試験をしても目標をクリアできる走行抵抗データが取れないことから、最後の手段として、温暖なタイで試験することを提案した。

 温暖な地域のほうが環境が安定し、燃費に有利な数値が出る可能性が高い。タイで走行試験をすることは違法ではないものの、日本独自の規格である軽自動車は、顧客が実際に走るのは国内だけだ。企業倫理としてほめられた方法ではない上に、海外での試験には当然、余計なコストがかかる。開発担当者はそれだけ追い込まれていた。

 ところが、タイでも燃費目標をクリアできる走行抵抗データは取れなかった。MAE担当者が三菱自性能実験部の管理職に報告すると、管理職は本来なら複数の計測データの中で「中央値」を取るべきところを、低い値を使うよう指示した。

 今回の燃費を巡る不正の中で、データ改ざんにつながる不正だということを認識しながら具体的な命令、指示をした人物は、この管理職しかいない。中間管理職が、自らの判断で会社の意図を忖度し不正に手を染める。これは、不祥事を繰り返す三菱自社内の雰囲気を象徴している。

 

 ◇上意下達が蔓延

 

 三菱自は開発部門の力が強く、しかも「上の言うことは絶対」と上意下達の空気が蔓延(まんえん)している。役員も出席する社内会議で決定した燃費目標は絶対で「達成できない」と報告することは不可能だ。

 さらに三菱自からの命令を子会社が断れるはずもなく、結果的に燃費データの改ざんをするしか逃げ道はなかった。発売予定が迫り、再計測をする時間も費用もなかったが「時間が足りない」ということすら上に報告できない体制だった。

 実は、燃費データの不正が、三菱自の企業体質によるものだと示す騒動が昨年起こっている。

 三菱自は16年に「RVR」をフルモデルチェンジする予定だったが、突然延期となった。次期RVRの車両軽量化担当者が、目標重量を達成できないことが明らかになっていたにもかかわらず、重要な機関決定の場で「目標を達成できる」と虚偽の報告を行ったためだ。

 結局、開発の最終段階になって発覚し、そのままでは規制をクリアできない国があることから、16年市場投入は中止となった。同時に、軽量化を担当した管理職2人が、15年11月1日付で諭旨退職となった。

 新型車の発売時期が遅れただけで事実上「クビ」という処分は、異例中の異例の措置。役員や上司に「達成できない」とは口が裂けても言えず、虚偽の報告を行った点など、構図が燃費不正と共通する。

 過去2度のリコール隠しは品質保証部門が主導していた。今回の燃費偽装は性能実験部と認証試験部が不正に手を染めていた。3件の深刻な不祥事はいずれも、三菱自の開発部門が深く関わっており、隠蔽(いんぺい)体質が染み付いている。

 三菱自の開発部門は、社内では「閉鎖された特別な組織」だ。本部は愛知県岡崎市にある。人事異動が少なく、他部門との交流が限られることも要因の一つ。特に性能実験部と認証試験部は「自動車販売地域ごとに担当者が固定されており、横との交流がほとんどない」(中尾龍吾副社長)という。

 内を向いて仕事をする構造は「三菱自の成り立ちに関係がある」と指摘する声は少なくない。三菱自は、日本を代表する機械メーカーである三菱重工業の自動車部門が1970年に独立して発足した。現在の筆頭株主は三菱重工で、歴代トップには三菱重工出身者が就任してきた。

 三菱重工は、取引の大部分が官公庁や競争不要の電力会社という「BtoB(企業間取引)」で、顧客との間で問題が発生しても内部で処理しがちだ。「信頼を失ったら終わり」の消費者間取引である「BtoC」とは根本的に体質が異なる。

 消費者の声を重視するために営業部門や企画部門も力を持つ自動車メーカーと違って、三菱重工は社内で「技術屋」が強い権限を持つ。そして、この技術至上主義の精神は、三菱自にも受け継がれている。

 

 ◇「日産の背中が見えた」

 

 三菱自では、三菱重工出身で、89年に社長に就任した中村裕一氏の時代に、この技術至上主義が会社の隅々までいきわたった。開発出身の中村氏は、世界初の直噴ガソリンエンジン「GDI」の開発を主導したことで有名だ。社長として「パジェロ」を大ヒットさせて日本を代表するSUVに育て上げ、業績を大幅に伸ばしたこともあり、開発部門が社内で強い発言力を持つことにつながった。国内販売でシェア2位の日産に迫り「日産の背中が見えてきた」と豪語するほどの勢いだった。

 また、中村氏は部下に対して厳しい。このころから、都合の悪い情報は上に全く上がらなくなった。中村氏は会長になってからも「子飼い」を社長に据えて院政を敷こうと画策を続けた。中村氏が退任した後も、技術部門は社内で隠然たる力を持ち続け、しかも悪い情報は内部で処理するという隠蔽体質は抜けなかった。2度のリコール隠し問題で倒産の危機に追い込まれながらも、体質が改善されることはなかった。

 今回の燃費不正で、三菱自は高速惰行法を91年から25年にもわたって使い続けていたことが発覚した。その理由について「はっきりとは明らかになっていない」(中尾副社長)と説明している。

 三菱自は、トヨタ自動車、ホンダなど、大手と比べて開発資金も人材も限られている。高速惰行法はデータ取得にかかる時間が「惰行法」の半分程度ですむ。短い時間と少ない開発コストでトップレベルの低燃費車を開発するという無理難題に挑んだ三菱自。しかも、上から下りてくる「命令」は絶対だ。実現可能性の低い「燃費目標」の必達を求められ、追い込まれた開発現場が、最後にはデータ改ざんにまで手を出したとの見方は強い。相川社長自身も「目標を達成できそうにない時、困っても上司に相談できないことが問題だった」との認識を示している。

 

 ◇三菱ブランドにこだわり

 

 リコール隠しの際は、「三菱ブランド」を守るため、三菱重工、三菱商事、三菱東京UFJ銀行の三菱グループ「御三家」が支援に乗り出し、経営再建を主導してきた。今回、三菱自は日産と資本提携を結ぶことになり、三菱グループから一歩距離を置くことになった。

 三菱グループは巨大だが、三菱重工、三菱商事に代表されるようにビジネスの多くが「BtoB」だ。消費者の信頼を第一とする自動車メーカーの立て直しが困難なことは肌で感じていただけに、日産の提携申し入れに、もろ手を挙げて賛成した。

 ただ、三菱自は「三菱ブランド」を掲げ続けるだけに、三菱グループの「威光」から完全に離れることは許されない。三菱自は第三者割り当て増資を引き受ける日産が筆頭株主となるものの、御三家は三菱自の保有株式を持ち続けることにこだわったとされる。

 今後、日産の手によって三菱自の経営立て直しが進む。日産元副社長の山下光彦氏が、株主総会のある6月24日付で開発担当副社長に就任することを発表した。消費者よりも内部の目を重視してきた三菱自の技術部門は「解体に近い状態に追いやられる」と見られている。

 燃費不正問題に対する経営責任明確化のため、三菱自の相川社長は株主総会後に退任する一方、益子修会長兼最高経営責任者(CEO)は残留する。生え抜きの社長は去り、三菱商事出身の会長が残る。グループ内の力関係は、不正を経ても如実に示されたままだ。

 

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この記事の掲載号

定価:620円(税込)

発売日:2016年6月6日

週刊エコノミスト 2016年6月14日号

 

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