2016年

7月

12日

特集:英国 EU離脱の衝撃 2016年7月12日特大号

◇大惨事に向かおうとする英国

◇視界不良におびえる世界

 

桐山友一/種市房子/大堀達也

(編集部)

 

「非常に大きな取引をしようとしていたところだったが、キャンセルした。3000人分の仕事に関係する取引だ」

 航空から金融まで幅広い事業を手がける英ヴァージン・グループの創業者、リチャード・ブランソン会長は6月28日、英テレビ局ITVの番組で、欧州連合(EU)離脱を問う国民投票(23日)で、離脱が多数を占めた結果を受けて大型の買収をあきらめたことを明かした。今年3月にはグループの鉄道会社ヴァージン・トレインズが、日立製作所の納入した高速鉄道車両を公開し、さらなる事業拡大に意欲を示していた矢先。ブランソン会長は英紙に対しても「国民投票の結果でかなり多くの仕事が失われるだろう。我々は大惨事に向かおうとしている」と嘆いた。

 

◇一気にマネー逆流

 

 英通貨ポンドの急落など英経済の先行きが不確実になったことで、英国の企業活動や市民生活にさまざまな影響が出ている。ポンド・ドル相場は日本時間6月24日早朝にかけて一時1ポンド=1・50㌦台へとポンド高が進んでいたのが、離脱多数が濃厚になるにつれ一気に暴落。30日は1ポンド=1・34㌦前後と、直近の高値から約1割もポンド安の水準で推移する。ドル建てで取引する英企業にとって、ポンドの急落は巨額の負担増となってのしかかる。

 ポンドはユーロに対しても急落し、直近の高値1ポンド=1・31ユーロ台から一時1ポンド=1・20 ユーロを割り込んだ。現地の報道などによれば、ロンドンの空港などでは1ポンド=1・00ユーロ台という“法外”なポンド安のレートを提示する外貨両替所もあるという。下落するポンドを一刻も早くドルやユーロに交換したい旅行者などの需要を見越し、ひともうけをもくろむ動きだ。それでも法外なレートが成立するところに、先の見えないポンドの下落に対する恐怖感が現れている。

 予期せぬ国民投票の結果は、世界の金融市場も揺さぶった。世界中で株式などのリスク資産が売られ(図1)、米国債やドイツ国債、日本国債など安全資産とされる債券市場に流入(図2)。ドイツ10年国債の金利(長期金利)は6月30 日にかけて、マイナス0・10%を下回る水準へと過去最低のマイナス幅をさらに深めたほか、日本10年国債も過去最低を更新。米10年国債は過去最低に迫る水準まで一時下落した。

 株価の下落では、仏CAC指数や独DAX指数と並んで日経平均株価の下落幅が大きかった。円高による企業収益の悪化が懸念された可能性が高い。主要通貨の6月24日の変動率をみると、英ポンドなどが軒並み下落する中、日本円は対ドルで3・9%上昇と最も高くなった(図3)。日本から海外へ投資されているマネーが、ショックで一斉に日本へと引き揚げ、日本国債へと流れ込む構図だ。マネーの流れが世界で逆流し、市場に極端な変動をもたらしている。

 

◇下げがきつい銀行株

 

 欧州・英国株の中でも、下げが厳しいのが銀行株だ。欧州・英国にはドイツ銀行や英バークレイズなど世界に名だたる金融グループがひしめく。東海東京調査センターで欧州株を担当する山口信治アナリストは「欧州ではようやく銀行の不良債権処理が進み始めた矢先で、英国のEU離脱に遭遇した。金利がさらに低下して利ざやが縮小し、不良債権処理が滞りかねない」と指摘。欧銀や英銀の信用リスクを反映するCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)は上昇に転じた(図4)。

 加えて、英国の銀行にはEU離脱に伴って、金融街シティーを中心とするロンドンの金融センターの地位が低下するリスクものしかかる。ロンドンは外国為替取引で世界シェアの4割を超し、世界でも圧倒的なトップを誇る。豊富な英語人材や法律・会計の専門家など金融のインフラが整い、アジアと米国の中間にも位置することから、世界の金融大手もこぞってロンドンに拠点を置く。また、英国で銀行業免許を取得すればEU全域で営業できる「欧州金融単一免許(パスポート)制度」もある。

 しかし、英国がEUから離脱すると、パスポートの失効などでEUでの営業に支障が出かねない。米金融大手モルガン・スタンレーのケルハー社長は英国民投票の結果を受け、欧州の拠点をロンドンからダブリン(アイルランド)やフランクフルト(ドイツ)に移す可能性を示唆したほか、英HSBCも従業員1000人をパリに異動することを検討していると報じられた。

 ロンドンに在住するエイジェム・キャピタル・マネージメントの小西丹ダイレクターは「シティーから金融機関が出て行ってしまえば、オフィス賃料の下落によって不動産価格にも影響が出る可能性がある」と懸念する。

 

◇いつ離脱を通告?

 

 世界を何より不安にさせるのが、「今後の離脱手続きがどのように進むのかが、まったく見えていないこと」(みずほ総合研究所の野口雄裕・上席主任エコノミスト)だ。EU残留を訴えてきたキャメロン英首相は6月24日、国民投票の結果を受けて辞意を表明。28日に開かれたEUの首脳会議で、9月に選出する英与党・保守党の新党首が離脱交渉に当たることを説明し、EU側は大筋で受け入れた。

 ただ、離脱に慎重な新党首が選ばれる可能性もあり、どのようなスタンスでいつEU側に離脱を正式に通告するのか、今後の展開は現時点で一切、先が読めない。EU側は離脱通告前の交渉を否定しており、英国が正式に通告しなければ離脱条件の交渉も進まない。

 一方、英下院の請願サイトには、国民投票のやり直しを求める署名が殺到。英下院の請願委員会は6月28日、「2度目の国民投票にはつながらない」との見解を示したが、英国内の混乱も収まりそうにない。

 その間にも、離脱の動きはEUの各地へ波及する。オランダの極右政党「自由党」のウィルダース党首が「EU離脱を問う国民投票をなるべく早く行うべきだ」と述べたほか、反EUを掲げる仏極右政党「国民戦線」のマリーヌ・ルペン党首も「ベルリンの壁崩壊(1989年)以来の重要な瞬間だ」と英国民投票の結果を歓迎する。さらなる分裂の可能性をはらみながら、世界は視界不良の霧の中へと突入した。(了)