2016年

8月

30日

特集:天皇と憲法 2016年8月30日特大号

天皇陛下が心の内を率直に語った。異例の出来事に驚いた国民も多い。国と皇室、憲法のあり方を考える絶好の機会が訪れた。

 

第1部 天皇

 

◇“人間天皇”の重い決断

◇三たび問われる安倍政権

 

 

酒井雅浩/花谷美枝/金井暁子(編集部)

 

 天皇陛下が8月8日、11分、1800字の異例のビデオメッセージを公表した。

 「私はこれまで天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました」

天皇ご一家=御所・応接室で(宮内庁提供)
天皇ご一家=御所・応接室で(宮内庁提供)

法律には「象徴」として何を務めなければいけないかは定められていない。陛下自身が「憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を、日々模索しつつ過ごして来ました」と語る。本来象徴のあり方を考えるべき国民がそれを放棄し、無責任に押し付けてきたというのが実情だろう。
 その陛下が高齢に伴う身体の衰えを考え「全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じて」望んでいるのが「生前退位」による皇位継承であり、気にかけているのが「皇室の将来」であることはメッセージから明らかだ。「象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ」ている。
 この陛下の思いを、政府の代表として受け止めなければならないのが安倍晋三首相である。だが、陛下と安倍首相が皇室の将来について軌を一にしているとはとても思えない。
 7月13日にNHKが初めて生前退位のご意向を報じたとき、「安倍首相は心から驚いたようだった。改憲スケジュールが狂う可能性もある」と、首相と付き合いが長い経済ブレーンは証言する。直前の参院選で、いわゆる「改憲勢力」が3分の2を超える議席を獲得したばかりだったからだ。生前退位の実現には憲法や皇室典範の検討が必要で、短期間で決着できる問題ではない。

戦地での祈りは陛下が大切にする公的行為(パラオで2015年4月9日、代表撮影)
戦地での祈りは陛下が大切にする公的行為(パラオで2015年4月9日、代表撮影)

 そもそも、皇位継承をどうやって安定的に維持するかは長年の課題で、女系天皇と女性宮家が検討されたが、議論は先送りされている。安倍首相は「女系天皇」に反対の立場だ。自民党が野党時代の12年に月刊誌で、旧宮家の子孫(男系男子)の皇籍復帰を主張。「占領体制からの復帰という観点から特別立法の制定で、皇族たるにふさわしい方々に復帰していただく」と提案した。

 05年に小泉純一郎政権が女性・女系天皇を容認する報告書をまとめたが、06年に秋篠宮ご夫妻に悠仁さまが誕生したことで議論は下火になった。このときが第1次安倍政権。また12年には野田佳彦政権で、女性皇族が結婚後も皇室にとどまる「女性宮家」創設を柱とする論点をまとめたものの、12年12月の第2次安倍政権誕生後、議論が立ち消えになっている。

 陛下は今回のおことばを「『憲法違反』と批判される覚悟を持って発した」(宮内庁関係者)とされる。一方、早くも「政府は現在の陛下に限る特例として退位できる特別法の制定を軸に検討を始めた」と報道されるようになっている。だが、皇室典範改正に踏み込まなければ「安定的」とはほど遠い。

 米国の歴史家で、日本人の戦後の歩みを描いてピュリツァー賞を受賞した『敗北を抱きしめて』の著者、ジョン・ダワー氏は、生前退位のご意向について、「私は天皇陛下を尊敬している。生前退位の行く末がどうなるのか、近代になかったことでもあり予想しにくいが、陛下が心配だ」と編集部の取材に答えた。

 陛下は「国民の理解を得られることを、切に願っています」と結んだ。憲法が定める象徴天皇とは何か。主権者である日本国民として真剣に考えなければならない。(了)

 

 (『週刊エコノミスト』2016年8月30日特大号<8月22日発売>18~19ページより転載)

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週刊エコノミスト 2016年8月30日特大号

 

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