2016年

9月

13日

ワシントンDC 2016年9月13日号

有権者の範囲を巡ってもひと悶着? (前回2012年の大統領選) Bloomberg
有権者の範囲を巡ってもひと悶着? (前回2012年の大統領選) Bloomberg

トランプ氏の発言攻撃

今度は有権者登録へ矛先

 

堂ノ脇伸

(米州住友商事会社ワシントン事務所長)

 

 共和党全国大会を経て正式な大統領候補に選出されたにもかかわらず、あらゆるものを攻撃対象としたドナルド・トランプ氏の過激な発言は鳴りを潜めることなく、引き続き各所で物議を醸している。

8月上旬には「大統領選の投票では(自身に不利となるような)不正操作が行われるかもしれない。極めて緩い有権者ID法(有権者の身分確認方法を定める 法)により、例えば同じ人物が10回も投票する可能性は無視できない。もし自分が負けるとすれば、それは不正によるものだ」と発言して、有権者ID法を巡 る連邦高裁の判決をやり玉に挙げた。
 移民の国米国では戸籍や住民票といった概念はなく、有権者たる米国市民はあらかじめ各州の有権者ID法が定める身分証明書等の提示によって自ら有権者登録を行わなければならない。必要とされる身分証明書の規定は州によってさまざまだ。
  トランプ氏の上述の発言の数日前である7月29日、連邦高裁はノースカロライナ州の定めた有権者ID法について無効判決を下している。連邦高裁は、同法が 幾つかの点で投票と有権者登録を制限するものであり、特にアフリカ系アメリカ人の投票権獲得に過度に影響を及ぼしていると指摘した。2013年に共和党の マクローリー知事によって署名・発効された同法は、身分証明のために写真付きID(パスポートや運転免許証など)の提示を求めている。写真付きIDを保持 していない人々は、同州では民主党支持者のアフリカ系アメリカ人に多く、故にこのような人たちの投票機会を著しく制限させる差別的な意図があるとして無効 の判決が下されたのだ。

 ◇吉と出るのか

 前回12年の大統領選以降、公的機関発行の写真付き身分証明書の提示など、よ り厳格な有権者ID法を導入した州は少なくとも15に上り、その多くは共和党勢力が優位にある州といわれる。不正を減らすという大義名分の下に導入された ルールではある。一方で写真付きIDを持たない有権者、特に学生などの若年層や低所得者、マイノリティーなど一般に民主党支持層による投票行動に制限を及 ぼしているとの非難も多く聞かれる。このため、各地で訴訟に至ったり、身分確認のルールの見直し、簡素化等が図られている。
 冒頭のトランプ氏の 発言はこのような動きに対する不満だろう。同時に、民主党全国大会直前に同党大会幹部がヒラリー・クリントン氏に肩入れをして対立候補のバーニー・サン ダース氏が不利になるよう予備選を仕向けたとの疑惑を有権者に想起させる狙いもある。これによって、本選でも(民主党主導により)不正が行われる可能性を 示唆して同党への不信感を増長できるからだ。かつ、予備選の結果に不満を持つサンダース氏支持層をも取り込もうという戦略的な意図もみて取れる。一方で発 言自体が選挙制度そのものに対する不信感を増長させ、全体的な投票率の低下を招きかねないとして眉をひそめる向きも多い。
 発言に対しオバマ大統 領は「どこから答えればよいか分からない。そもそも各地で行われる選挙は州や地方が規則を定めて運営・管理をしており、そこに政府や第三者の意図的な介 在・介入はありえない。(トランプ氏の言い分は)スポーツに例えるなら得点を入れる前から負け試合を想定して難癖をつけているようなものだ」と述べてい る。
 選挙年には必ず議論が巻き起こる有権者ID法であるが、トランプ氏の発言が今後有権者の投票行動にどのような影響を与えるか、また彼自身にとって吉と出るか凶と出るかは全くの未知数だ。