2016年

9月

13日

特集:中国 ゾンビと政争 2016年9月13日号

◇構造改革は絵に描いた餅

◇「新過剰」候補の10分野

 

松本惇/藤沢壮(編集部)

 

 中国・上海市で、日本企業の駐在員が高級賃貸マンションを追い出される事態が相次いでいる。

 ある大手金融機関の40代の男性駐在員は浦東地区の最高級賃貸マンション「東桜花苑」に家族4人で住んでいた。赴任した2012年当時、広さ約100平方メートルの2LDKで家賃は月額約4万元(60万円)。日本人学校や日系スーパー、オフィス街も近く、日本人には大人気だった。
 その後、マンション価格が高騰し、今年に入ってオーナーだった米国人投資家が中国企業に売却。新オーナーの意向で賃貸から分譲に切り替えることになり、賃貸契約の更新ができなくなった。日本人の多い虹橋地区のマンションでも同様の動きがあり、家族での駐在をあきらめて、単身でオフィス近くの狭いマンションに転居した駐在員もいる。
 男性は「賃貸契約の更新ができたマンションでも、オーナー側が強気で家賃をつり上げようとする」と、ため息を漏らす。

 

◇「マンション難民」

 

 2001年にWTO(世界貿易機関)に加盟した中国は、政府主導の固定資産投資をけん引役にGDP(国内総生産)成長率が年率10%前後の高度成長期に突入。生産能力に過剰感が出始めていた08年に、リーマン・ショックが襲い、直後に実施した4兆元(約60兆円)の景気対策が致命的な過剰設備問題を生み出す結果となった。
 景気対策効果が剥落し、6%台へとGDP成長率が失速した今、供給が需要を大きく上回る過剰の解消が待ったなしの課題である。中国政府は鉄鋼や石灰など実質的に破綻しているにもかかわらず延命されている「ゾンビ企業」の整理を打ち出す一方で、金融緩和で構造改革の痛みを和らげようと腐心するが、思惑通りには進んでいない。
 中国人民銀行(中央銀行)が潤沢に資金を供給しても、デフレ傾向を強めて債務負担が大きい企業は借入金の返済を優先して投資には回らないからだ。7月のマネーサプライ(貨幣供給量)の伸び率は、現金などの手元資金であるM1が前年同期比約25%に増えたのに対し、預金も含めるM2は同約10%に低下。実体経済に資金が回っていないことがうかがえる。
 行き場を失ったお金は、不動産市場などの投機的な動きにつながっている。上海市などの一線級都市では不動産価格が高騰。賃貸料として複数年にわたって回収するよりも、売却した方がリターンが大きいと判断するオーナーが増えた結果、冒頭の上海の日本人駐在員が契約更新できず、「マンション難民」と化す珍現象が起きているのである。

 ◇過剰転がし

 中国には生産設備や債務が過剰に陥りやすい素地が備わっている。世界トップの約14億人という莫大(ばくだい)な人口を抱えている上、共産党の一党独裁体制が可能にする政策のスピーディーな徹底により、政府の掛け声に大企業から中小零細企業までが素早く応じてしまう。
 つまり、政府が有望とする分野にプレーヤーが殺到するために、すぐに過剰となってしまうのだ。ただでさえ供給過剰でデフレ傾向を強める中で、景気失速による需要減退が重なると、日本の「失われた20年」とは比較にならないほどの大きなデフレ圧力がかかり、金融緩和効果は限定的になる。
 中国は15年、製造業の高度化を目指す10年間の計画「中国製造2025」を発表。スマートフォンなどのIT関連産業やロボット、新エネルギー車など10分野を重点産業に指定した(表)。エコカーやスマートフォン市場では過剰生産に陥る動きがすでに出ており、この10分野は「新過剰」となる懸念を抱えていると言える。
 新たな過剰を作りながら、経済を支えていく姿は、日米欧で見られたバブル転がしならぬ「過剰転がし」とも言えるが、その反動は半端ではない。
「中国でデフレスパイラルが発生している」──。元中国人民銀行貨幣政策委員で中国社会科学院の余永定氏は、6月に日本で行った講演でこう指摘し、参加者を驚かせた。余氏が新過剰問題を意識した発言かどうかは定かではないが、少なくともこれまでの過剰問題がデフレスパイラルとして、より大きな問題に発展していると警鐘を鳴らしたと思われる。余氏が指摘した構造は次のようなものだ。
 過剰投資により企業は過度な生産能力と債務を抱え、企業物価は下落。利益が減少するため、銀行からの借入金などで対応しようとするが、過剰生産能力は変わらないことから財務状況は悪化する。不良債権化することを嫌う銀行の貸し渋りを招いてデフォルト(債務不履行)に陥り、多くの企業に波及すれば、最悪の場合は経済のハードランディングや金融危機を招く──(図1)。

 ◇鉄鋼の半分がゾンビ

 こうした構造問題の深刻さを中国政府は、十分に認識している。それでも一斉に改革を進められない背景には、ゾンビ企業の増加が挙げられる。
 中国人民大学国家発展・戦略研究院は7月27日、「中国ゾンビ企業研究報告」を公表。(1)銀行借入金などの債務の支払利息が市場金利よりも低いかどうか、(2)利払い前・税引き前利益(EBIT)が支払利息を下回っているかどうか──の二つの基準でゾンビ企業を認定した。
 報告によると、13年の上場企業2865社(約35%が国有企業)のうちの14・38%(412社)をゾンビ企業と認定。業種別では鉄鋼(51・43%)、不動産(44・53%)の比率が高かった。一定規模以上の工業企業(34万4838社)では7・88%(2万7167社)で、業種別では水道(25・99%)、電力など(19・14%)、化学繊維(18・10%)、鉄鋼など(15%)、石油精製など(14・46%)の順で高比率だった。
 みずほ証券の吉川健治シニアエコノミストは「中国の全体像を表す工業企業のゾンビ企業比率の推移を見ると、12年の5%程度から急増している。その後、景気は悪化しており、現時点では10%を超えている可能性が高い」と指摘。
 その上で、民間企業の固定資産投資の伸び率(前年同月比)が今年6月からマイナスになっていることを挙げ「(市場の資金量が増えても投資に回らず景気が回復しない)流動性の罠(わな)に陥る動きにある。目先の景気を優先してゾンビ企業の整理などの構造改革を先送りすれば、経済のハードランディングを回避できない可能性が高まろう」と警鐘を鳴らす。
 10月の第18期共産党中央委員会第6回総会(六中全会)以降、来年の党大会までは党内の権力抗争が活発化し、経済は停滞する可能性が高い。地方政府の幹部にとって、ゾンビ企業の整理を積極的に進めることで失業者が暴動を起こすと、中央政府から責任を追及されるため、改革の実行は自らの人事評価に不利に働くリスクを負うからだ。
 構造改革は「絵に描いた餅」になりかねない。

 

(『週刊エコノミスト』2016年9月13日号<9月5日発売>18~21ページより転載)