2016年

9月

27日

【特集:ぶらり日本経済】昭和の激動をくぐり抜けた三業地=金山隆一

◇「置屋」「料理屋」「待合」

◇昭和の激動をくぐり抜けた三業地

 

金山隆一(編集部)

 

「田中角栄や大鵬、後楽園でナイターがあった日には王や長嶋、柴田が来ていました。昭和30年代まで芸者さんは200人はいたなあ」

 JR大塚駅(東京・豊島区)の南口を下りて線路沿いに駒込方面に向かうと「大塚三業通り」と書かれた小さな看板のある通りがある。ここでミニ割烹を経営する店主は大塚が三業地としてにぎわっていた時代を振り返り、こうつぶやいた。

 三業とは、芸妓を抱える「置屋」、調理を担う「料理屋」、料理を取り寄せ、芸妓を呼んで宴席を開く「待合(貸席)」のこと。一般には「花街」と言った方が通りがいいだろう。昭和期の東京にはこの三業地が46カ所もあった(地図)。

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