2016年

10月

04日

ワシントンDC 2016年10月4日特大号

女性の賃金は上がるのか=Bloomberg
女性の賃金は上がるのか=Bloomberg

◇男女同一賃金に向け

◇マ州で画期的州法が成立

 

三輪裕範(伊藤忠インターナショナル会社

            ワシントン事務所長)

 

 ヒラリー・クリントンがフィラデルフィアでの民主党全国大会で米国史上初の女性大統領候補に選出された7月26日は米国史における歴史的な日となった。それからまだ1週間もたっていない8月1日も、米国にとって非常に歴史的な日となった。

 今度の場所はマサチューセッツ州のボストン。同州のチャーリー・ベイカー知事がこの日、歴史的な新法に署名したのだ。では、この日マサチューセッツ州でどんな歴史的新法が成立したのかというと、男女同一賃金の実現に向けて、重要な一歩となる新法であった。

 米国でも、改善してきたとはいえいまだ女性の賃金は男性の8割程度にとどまっている。また、職種、産業、経験、学歴など賃金決定の諸要因を調整しても9割程度にとどまるなど、まだまだ女性の賃金は男性に比べて劣位に置かれている。

 男女間の賃金格差を発生させる大きな原因の一つとして、かねてから指摘されてきたのが、雇用者が求職者に対して前職での給与について質問することが許されているということだった。実際、前職での給与を申告してしまえば、よほど寛大な雇用者でないかぎり、それを大幅に上回るような給与を提示することは期待できない。そうなると、前職時からいくら能力アップしていたとしても、それが足かせとなって給与はなかなか増えない。

 もちろん、これは女性に限った話ではなく、男性の求職者にも当てはまることだ。しかし、相対的に女性が強いと言われる米国においても、男性に比べると女性は、新たな雇用者との給与交渉において、どうしても弱気になりがちだ。そのため女性は、雇用者の「言い値」に近い給与で再就職するケースが多い。

 こうした事態を防ぐ目的で作られたのが、今回のマサチューセッツ州の新法である。新法では、男女を問わず、雇用者は求職者に対して、前職でどれだけの給与を得ていたか聞くことができなくなる。これによって求職者(特に女性)は以前よりも強い立場で賃金交渉に臨むことができるようになる。

 もっとも、新法の施行は2018年7月1日なので、まだ2年ほど待たなければならない。また、新法では、求職者が自ら前職の給与を教えることも、雇用者が求職者に対しておおよその希望給与額を聞くことも禁止されていない。

 

◇全米に波及も

 

 このように、今回のマサチューセッツ新法にはまだまだ灰色の部分もある。18年に施行されたからといって、それで一挙に男女の賃金格差がなくなるわけではない。しかし、男女同一賃金に向けたこの新法は全米50州で初の成立となる。今後、これが契機となって同様の法律制定の動きが全米各州で広がっていくことも十分に考えられる。

 連邦議会でも、男女の賃金格差是正を目指す「給与公正法案」が13年に提出された。しかし、その後、企業側からのロビイングを受けた共和党の強い反対があったため、現在においても成立に至っていない。

 前記の通り、マサチューセッツ新法が契機となり、他州でも同様の法律が制定される可能性があるが、そうなると、連邦議会においても、現在審議が頓挫している「給与公正法案」の審議を加速させようとする動きも出てくるだろう。

 米国のメディアは、今回のマサチューセッツ新法について、比較的小さな扱いしかしなかった。しかし、この新法に秘められた潜在的な影響力は大きい。米国で活動する日本企業の雇用政策にもいずれ大きな影響を与えることになろう。

 

(『週刊エコノミスト』2016年10月4日特大号<9月26日発売>72ページより転載) 

 

この記事の掲載号

特別定価:670円(税込)

発売日:2016年9月26日

週刊エコノミスト 2016年10月4日特大号

 

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