2016年

10月

11日

ワシントンDC 2016年10月11日特大号

ポーランドのグダニスク造船所で働く北朝鮮の溶接工 (2006年11月26日)
ポーランドのグダニスク造船所で働く北朝鮮の溶接工 (2006年11月26日)

◇北朝鮮の外貨獲得手段

◇労働者海外派遣の今後は

 

会川晴之(毎日新聞北米総局長)

 

 北朝鮮が9月9日、1月に続いて今年2度目の核実験を強行した。日米韓3カ国は、国連安全保障理事会でさらなる制裁措置を北朝鮮に科す方向で精力的に調整を進める。本稿執筆時点では、決議案採択の日程や内容は見通せないが、相次ぐ核実験や弾道ミサイル打ち上げを抑制する効果的な手段を打ち出せるかどうかは、きわめて難しい状態にある。

 オバマ米大統領は、北朝鮮の核実験を受けて安倍晋三首相や韓国の朴槿恵(パククネ)大統領と電話協議。核実験を非難するとともに、改めて米国の「核の傘」で日韓両国の安全保障を支えると確約した。だが、次の一手については何も打ち出せていない。

 安保理は3月、対北朝鮮制裁決議を採択した。北朝鮮向けの貿易を事実上禁止する「史上最強」(米ホワイトハウス高官)という触れ込みで、核兵器やミサイル開発用の物資調達を断ち切るとともに、北朝鮮の経済を締め上げることを狙った。だが、民生用は適用外のため、中国は北朝鮮産の石炭や鉄鉱石の輸入を続けた。制裁は「尻抜け」となっている。

 

◇総額推計3億ドル

 

 手詰まり状況が続く中、筆者は海外で働く北朝鮮労働者からの本国向け送金を断ち切ろうという新たな制裁を模索する動きが出始めていることに注目している。北朝鮮は、労働者を海外に派遣し、稼いだカネを本国に送る国家ビジネスを強化している。中国を除く諸国との交易が細る中、少しでも外貨を稼ぐのが狙いだ。この5年でその数は2倍に増えて5万人となり、送金総額は3億ドル(約300億円)との推定もある。

 米国務省が8月末に議会に提出した北朝鮮に関する人権報告書によると、派遣先は北朝鮮と親しい中国のほか、東欧など旧社会主義国や中東産油国、モンゴルなどのアジア諸国、セネガルなどのアフリカ諸国まで23カ国に及ぶ。職種も、医師や造船技師などの技術職から単純労働者に至るまでさまざまだ。米国務省は、北朝鮮政府がこうした労働者の賃金を不当に搾取していると非難する。

 そうした中、ポーランド政府は今年6月、核実験への制裁措置として北朝鮮労働者への査証発行を中止した。1980年代初頭に、ワレサ議長が率いるポーランド自主管理労組「連帯」の発祥の地となった北部の都市グダニスク(旧レーニン)造船所には、昨年段階で156人が派遣されていたが、査証を更新しないことを決めた。

 筆者は06年、この造船所で北朝鮮労働者を取材したことがある。いずれも溶接工などの造船技師で、28人が卓球台などの娯楽施設もある郊外の一軒家に住んでいた。造船所の副所長は「腕のたつ職人ばかりだ」と高く評価、増員する意向を示していた。

 同僚から「ツバメ」と呼ばれるリーダー役(45)に話を聞くことができた。精悍(せいかん)な顔つきの彼は、流ちょうなポーランド語で「腹いっぱい食べられるしビールも飲める。毎日、誕生パーティーを開いているようだ」と話した。筆者が「キムチをお土産に持ってくればよかった」と告げると、「月に2度、ワルシャワの大使館員が届けてくれる」と顔をほころばしたのが印象に残る。

 北朝鮮労働者の派遣を仲介した地元業者によると、平均給与は当時で約16万円。労働者には5万円ほどが支払われ、残りは北朝鮮の国営会社の口座に直接振り込まれる。公務員の月給が10ドル(約1000円)未満と言われる北朝鮮労働者にとって、異国での生活は「悪くはない」。そんな海外労働者の運命はどう変わるのか。なぜだか目が離せない。

 

『週刊エコノミスト』2016年10月11日特大号<10月3日発売>70ページより転載