2016年

10月

25日

ワシントンDC 2016年10月25日特大号

討論会後は「最悪の1週間」 Bloomberg

 ◇追い込まれるトランプ氏

 ◇「大統領の素養」で馬脚

 

今村卓(丸紅米国会社ワシントン事務所長)

 

 米大統領選は、9月26日の第1回テレビ討論会を境に情勢が大きく変化した。討論前は民主党候補のヒラリー・クリントン前国務長官と共和党候補の不動産王ドナルド・トランプ氏がほぼ互角だった。だが討論会はクリントン氏が圧勝し、その後の選挙戦はクリントン氏が優勢だ。


10月上旬の主要世論調査の平均支持率では、全米でクリントン氏のリードが4ポイント近くに広がり、激戦の15州の大半も同氏が優勢になっている。

 クリントン氏の初回討論の勝因の一つは、「トランプ氏が大統領を任せられる人物かどうか」という、選挙戦終盤の討論としては異例と言える素朴な争点を掲げたことだ。過去の大統領選では、この「大統領の素養」という根本要件を欠く候補は、予備選初期で撤退に追い込まれた。だが、今回の共和党の候補者選びでは、トランプ氏が大統領の素養を問われないまま指名を獲得していた。クリントン陣営と民主党は、この共和党の予備選の機能不全を見逃さず、素養のなさを有権者に訴えた。

 もう一つの勝因は、トランプ氏の過去の発言と行動から、大統領を任せられない人物である根拠をみつけ、それを基に説得力ある主張を組み立てたことだ。実際、討論でクリントン氏が指摘したトランプ氏の不動産事業での人種差別、女性蔑視に当たるミス・ユニバース中傷問題、確定申告書の未公開問題などは、トランプ氏もろくに反論できなかった。

 

 ◇再び暴言と開き直り

 

 トランプ氏にとって、今回の討論敗北のダメージは相当大きい。過去最多の8000万人超が視聴した討論会で、自らが大統領を任せられる人物ではないとの印象を広げてしまったからだ。

 トランプ氏の過去の問題発言を知りながら、これまで同氏を「攻めあぐねてきた」主要メディアも勇気付けてしまった。実際、討論会の直後から、ミス・ユニバース中傷問題の報道に拍車がかかった。その後は、同氏が9億ドル超の巨額損失を1995年に申告し、連邦所得税を最大18年間免れていた可能性が報じられた。加えて同氏は、ニューヨーク州法違反で、慈善団体のトランプ財団が募金停止命令を受けるなど、新たな問題も生じた。

 トランプ陣営からは「討論会以降、最悪の1週間になった」との嘆きの声が上がる。

 討論会でトランプ氏の大統領としての素養のなさを訴えたクリントン陣営の判断は、今後の選挙戦の方向も変えた可能性が高い。

 この判断がなければ、トランプ氏も動揺せずに大統領らしい振る舞いを続け、多くの有権者に意外感を与え、好感を得ていた可能性がある。討論でも防戦一方にならず、クリントン氏の私用メール問題や健康問題で攻勢をかけて追い込めただろう。そうなると今ごろは、支持率でも、予想される獲得代議員数でもクリントン氏を逆転していた可能性はある。

 しかし討論でのトランプ氏は、クリントン氏の攻撃に耐えられず、支持が低迷していた頃のような暴言を連発するようになってしまった。その後は、過去の自らのわいせつ発言も露見。第2回討論会は、その弁明とクリントン氏への非難に終始するなど、大統領らしい振る舞いからはかけ離れていった。トランプ氏は窮地に陥りつつある。

 討論会は、あと1回しか残っていない。率直に言えば、トランプ氏の逆転は非常に難しい。それでも同氏が起死回生を目指すなら、今からでも大統領らしい振る舞いに転じ、それを本気だと裏付ける確定申告書の公開や真摯な説明に乗り出す以外にない。

 

(『週刊エコノミスト』2016年10月25日特大号<10月17日発売>62ページより転載)