2016年

11月

01日

ワシントンDC 2016年11月1日号

 ◇米テロ支援者制裁法が成立

 ◇軍人・外交官に訴訟リスク

 

安井真紀

(国際協力銀行ワシントン首席駐在員)

 

 9月末、連邦議会でテロ支援者制裁法(JASTA)が成立した。この法案は5月に上院、9月9日に下院を通過したが、9月23日にオバマ大統領が拒否権を発動。法案が戻された議会は10月1日から1カ月半休会する。それまでに上下両院で3分の2以上の多数で可決しなければ廃案となる状況下、この法案は党派を超えて議員の支持を集め、9月28日、上院は賛成97、反対1、下院は賛成348、反対77の圧倒的多数で大統領拒否権を覆した。議会が大統領拒否権を覆したのは、オバマ政権で初めてだ。

 新法により、米国内で発生したテロで人的・物的被害をこうむった米国民は、当該テロ活動を直接的・間接的に支援したと疑われる個人、団体、国を相手取り、米国の裁判所に民事訴訟を起こすことができるようになった。2001年9月11日の同時多発テロでは、ハイジャック犯19人のうち15人がサウジアラビア国籍だった。新法がサウジアラビアを念頭に置いているのは明らかだ。ただ、サウジアラビア当局は、同時多発テロへの関与を否定しており、FBI等の調査でもサウジアラビア政府が組織的に関与した証拠は見つかっていない。

 テロ支援者制裁法の成立は、米国内でも衝撃をもって報じられた。懸念点は主に3点だ。

 1点目は、主権国家は外国の裁判権に服さないという、国際法における主権免除原則を切り崩す点である。米国の政府関係者が外国で訴えられる事態を免れているのは、米国が外国政府に対して同様の権利を与えているからだ。新法成立により、反対に、他国が米国を当該国の裁判所で裁く対応を取れば、海外に駐留する米国の軍、諜報機関、外交関係者を訴訟リスクにさらす。

 2点目は、米国とサウジアラビアとの関係悪化のおそれである。イスラム過激派やテロとの戦いは長期に及び、中東における戦略的パートナーであるサウジアラビアとの協調は欠かせない。一方、イラン核合意後の経済制裁解除を契機に、足元では、中東の覇権を巡りサウジアラビアとイランの緊張が高まっている。こうした中、今回の法律成立がどのような影響をもたらすか、一部議員やシンクタンクから不安視する声が上がっている。

 3点目は、公開を原則とする裁判で、外交・安全保障関連文書が取り上げられる危険性である。司法手続きのディスカバリー(証拠開示)の際に 、機密はどこまで守られるだろうか。相手国側から当該国以外の情報が漏れる可能性もあり、米国と他の同盟国との外交・安全保障関係をも脅かすおそれがある。

 

 ◇選挙後の修正も

 

 今回の法案採決では、大統領選挙と同時に行われる上下両院議員選挙を直前に控え、テロの犠牲者遺族に反対する行動が取れなかった議員も多いと言われている。共和党のマコネル上院院内総務やライアン下院議長は、選挙後に始まる議会で、テロ支援者制裁法を再び取り上げ、適用範囲を同時多発テロの犠牲者に限定する等の修正を試みることをにおわせている。ただ、修正内容や再投票の時期は未定だ。

 また、この法律は、判決の執行に関するメカニズムを定めていない。米国に存在する相手国の資産を実際に差し押さえられるのか、実効性にも課題が残る。

 テロの真実を希求するための新法が、例えば司法の場での情報開示を狙った、新たなテロを誘発しないとも限らない。テロにもっともらしい口実を与えてはならない。同時多発テロから15年、テロとの戦いは続いている。(了

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定価:620円(税込み)

発売日:2016年10月24日