2016年

11月

08日

欧州ネットメディア スマホ時代を先取りする北欧 英大手紙はウェブ転換に活路=田部康喜

デジタル化でニュースルームも変貌(筆者撮影)
デジタル化でニュースルームも変貌(筆者撮影)

欧州で今、インターネットを軸とする新しい形態のニュースメディアが次々と生まれシェアを伸ばしている。メディアのネットへの移行スピードは米国や日本を上回る。

 

背景には、人々がスマートフォン、タブレットPCなどの複数のモバイル端末を使いこなす「マルチ・デバイス」時代の到来がある。特にスマホの高い普及率を追い風にデジタル化で先頭を走る北欧メディアのビジネスモデルは、業界の潮流になる可能性がある。また、新聞社など既存のメディアもニュースのネット配信に大きくかじを切っている。中でも大手紙が相次いでウェブへと移行した英国は、業界を先取りしている。

 

◇速さと量でユーザー開拓

 

英オックスフォード大学のロイター・ジャーナリズム研究所は今年6月、メディア業界の先行きを予想する上で重要な調査結果を公表した。

 

第一に、世界的に見て人々が主に使用するデジタル・デバイスの伸び率を見ると、スマートフォンとタブレットPCが増加、パソコンを逆転した(図1)。

(注)世界26カ国が対象
(注)世界26カ国が対象

第二に、ニュース閲覧の手段として、メディア企業が提供するスマホのニュース専用アプリケーションで見る人が各国で増加している。このことは、「ニュースはスマホで読む」という人が一般化していることを意味する。

 

そして第三に、日本を含む先進26カ国のスマホの普及率を見ると、上位7カ国中、北欧が4カ国(1位スウェーデン、3位ノルウェー、5位デンマーク、7位フィンランド)を占めた(図2)。一方、米国、英国、ドイツ、フランス、日本の先進5カ国は、それぞれ40~50%の間にあり、数年後には60%台に達すると見られる。その意味で、北欧諸国は、現在の主要5カ国の「未来の姿」と言える。

ちなみに北欧諸国は新聞など旧来メディアの落ち込みという点でも先行している。新聞発行部数は、スウェーデンが202万部、ノルウェーが154万部で、いずれも10年前の6割程度まで落ち込んだ。スウェーデンでは昨年、創刊100年を超える老舗の新聞が部数減少を受けて廃刊になるなど凋落(ちょうらく)が著しい。

 

こうした流れを受け、ロイター・ジャーナリズム研究所は、モバイル化・デジタル化で先を行く北欧諸国、特に普及率の高いスウェーデン、ノルウェーが、ネット時代のメディア業界の先例を生み出していると見て注目しているようだ。

 

◇北欧の新興メディア「オムニ」

 

実際、この2カ国では、すでにニュース配信最大手が、旧来の新聞社からネットを主体とする新興メディアに取って代わっている。そのメディアとは、スウェーデンとノルウェーを中心にスマホ向けのニュース配信を手掛けるベンチャー企業「OMNI」(オムニ)だ。オムニのユーザーは、スウェーデンの人口、約1000万人のうち600万人にも及んでいる。アクティブユーザーの多さから、スマホ向けのニュース配信サービスとしては、世界的にも最も成功した事例として注目されている。

 

オムニの事例は、いまだ新聞中心の日本のニュース産業の未来を予測する意味でも重要だ。筆者は9月、オムニを訪れた。スウェーデンの首都ストックホルムの中央駅を眼下に望む大型ビルにオムニはある。

 

オムニは自前の記者を持たないメディアで、契約している新聞社や通信社のニュースを編集・配信する「キュレーション・メディア」だ。オムニのビジネスモデルはオンライン広告で、アプリ自体は無料だ。日本ならヤフーニュースなどのニュースサイトが比較的近い存在だ。

 

オムニが同国最大のニュースメディアになった要因について、創業者のマークス・グスタフソン氏は、同社の三つの目標にあると分析する。

 

目標の第一は、ある程度の教養を持った利用者層に向けて配信すること。第二は、ニュースの動向に常に注意を払っている人を対象にすること。第三は、編集者が常に新しいニュースを更新していくスピードを持つことだ。

 

◇読者の求めるニュースを配信

 

オムニのニュースルーム(ニュースの編集・配信を行う部屋)は、その目標達成のために適した体制を整えているという。六つ並んだ机の上には2台のパソコンとモニターが置かれている。編集者から見て、右側の画面には国内外のニュース配信会社のニュースが刻々と流れている。左側はオムニが配信しているニュースとその閲覧数がリアルタイムで分かるほか、ツイッターなどソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)上の反応も確認する。

 

 

ニュース編集者はシフト制による24時間配信体制を敷いている。互いにチャットを使って、どのニュースを選ぶか話し合う。配信のスピードに加え、オムニが重視するのはユーザー一人ひとりの嗜好(しこう)にあった配信だ。オムニのアプリは政治、経済、スポーツなどの分野ごとに、興味の強弱を設定することができる。

 

ネットによるニュース配信の欠点は、新聞のように紙幅に限りがないために、情報過多になり読者にとって有益な情報が的確に届かない点だ。オムニは、アプリに独自の編集機能を持たせ、スピードと量を維持しながら、読者が求めるニュースを配信する仕組みを作り上げた。

 

◇デジタル化見据え協業

 

オムニは現在、ノルウェーの首都オスロを本拠とするSchibsted(シブステッド)社の傘下にある。同社は、スウェーデンを含めた複数の新聞・出版業の企業を傘下に収めているトップ企業である。

 

シブステッドは、2000年代初めからモバイル端末のニュース・アプリによる記事と広告配信にかじを切った。モバイルでニュースを読む読者のうち、50~75%はアプリ経由で、ブラウザ経由を逆転している。オムニを含むシブステッドのオンライン広告の売上高は、15年に前年比で約50%増の56億4000万ノルウェークローネ(約714億5000万円)となっている。

 

シブステッドは、スウェーデンで『アフトンブラデット・プラス』、ノルウェーで『バーデンガング・プラス』という大手タブロイド紙も傘下に収めている。これに、デンマークの『エクストラ』を加えた北欧を代表するタブロイド紙が今夏、協業する方針を明らかにした。北欧とはいえ3カ国は言語が異なる。国境と言語を超えた新聞社の提携に、欧州新聞業界は「ノルディック・サプライズ」と驚きを表明した。

 

この提携劇は、ニュース配信のデジタル化を見据えたものだ。いずれは、各紙のニュースルームの統合や、さらに資本統合も視野に入れている。総人口の少ない北欧では、メディアが生き残るためには、デジタル分野への移行は必須で、そのためにも人的・技術的・資本的に協業が欠かせないとの経営判断があったようだ。

 

メディアのスタートアップ(新興企業を起こすこと)は、かつてに比べて、敷居が格段に低くなっている。新聞の印刷に必要な設備投資はもちろんない。ブログ用に公開された無料ソフト「ワードプレス」は、いまでは写真、映像の添付機能も拡充されている。SNSと組み合わせれば、無料でシステムの構築も可能である。オムニやシブステッドは、スマホ時代に適したニュース配信の仕組みと言える。

 

◇ウェブ転換で先駆ける英大手紙

 

旧メディアを代表する新聞もマルチ・デバイス化に動いている。特に英国の大手紙は、モバイル人口の増加を受け、読者獲得のため、世界に先駆けてウェブにかじを切った。

 

ウェブ版の有料課金で数少ない成功例とされている英『フィナンシャル・タイムズ』は、従来のウェブ版を「旧式」として、今秋サイトを大幅にリニューアルし、PC・タブレット・スマホで同期できるマルチ・デバイス対応とした。ウェブ版は紙を含めた売上高の7割に上っている。

 

最大手の大衆紙『サン』は9月中旬、新聞のサブ・エディター(日本の新聞社のデスクに相当する)20人を、オンライン部門に配置転換する方針を明らかにした。同社のウェブサイトは今夏、全面リニューアルを行い、読みやすさを向上させた結果、1日当たりのサイトの延べ訪問者数は8月に300万人を突破、昨年比で28%増加した。この成功は、スマホ向けのアプリ「サン・モバイル」を刷新して写真と記事を見やすく組み合わせ、更新回数を増やしたことにある。

 

サンの親会社である米ニューズコーポレーションは、傘下に米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』や英紙『タイムズ』も持つが、紙とデジタルを含むニュース・情報部門の16年4~6月期の売上高は1%の微減となった。紙のみの売上高は開示していないが、デジタルの収益は前年比19%増で、ニュース・情報部門の23%を占めた。デジタルは紙の落ち込みを相殺するまでには至らなかったが、サイト訪問者増とアプリ刷新で、7~9月期は紙の部数減を補えると見られている。

 

英高級紙『ガーディアン』もウェブ戦略の勝ち組の一つだ。16年の売上高が15年に比べて微減だったが、デジタル部門の売上高は全体の4割近くを占めるなど安定している。

 

◇ラジオの延長線上に新メディア

 

大手紙がネットに活路を見いだす中、新しい形態のニュースメディアも育っている。スタートアップの「audioBoom」(オーディオブーム)は、ラジオのサービスの延長線上に生まれたメディア「ポッドキャスト」(ネット上で公開する音声や動画のデータファイル)でニュースを配信する。英国の公共放送「チャンネル4」で働いていたスタッフが5年前に起業した。

 

ニュースルームの編集部員は約20人。編集しているのは音声である。ニュースはビジネス、ニュースと政治、スポーツ、音楽評論、文化、エンターテインメントなどに分類され配信、スマホで視聴できる。同社の15年の売上高は前年比約4倍の19万2000ポンド(約2500万円)と業績を順調に伸ばしている。

 

アップされた音声は、BBCをはじめとするメディアやそれに所属するジャーナリストが引用の形で利用している。利用料30%が音声をアップした人に支払われる。ユーザーは現在、約50万人に上る。共同創業者のルース・フィツサイモン氏によれば、今後はカナダやインドなど英語圏諸国に拠点を広げていく計画だ。

 

◇乗り遅れる日本メディア

 

記者はスマホによって、音声や映像を含むニュースを送ることができる時代になった。ニュースルームに専門記者を呼び込んで、映像による解説をする新聞社も出始めた。新聞制作のニュースルームを、マルチ・デバイス、あるいは音声や映像を含めた配信に対応したものにすることは、ここ数年、世界の新聞社が取り組んでいる課題である。

 

こうした動きに日本のメディアが乗り遅れているように見えるのは、組織や人事の継続性に問題がある。ウェブ戦略の経験のない者がトップに就くたび計画が白紙に戻るケースが多く見られる。今後さらに加速するスマホを軸にしたマルチ・デバイス化の流れを捉えられるかが、メディア企業の死活問題になる。

 

(田部康喜・東日本国際大学客員教授)

この記事の掲載号

定価:620円(税込み)

発売日:2016年10月31日