2016年

12月

06日

半導体:クアルコム、5兆円で蘭企業買収 車載・IoT向け拡大狙う

Bloomberg
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服部毅(服部コンサルティング・ インターナショナル代表)

 

米半導体大手クアルコムは10月27日、オランダNXPセミコンダクターズを買収することで両社が最終合意したと発表した。クアルコムは、NXPの株式に11%強のプレミアム(上乗せ価格)を付けて、1株当たり110ドルで全株を取得する。この計算に基づく買収額は約380億ドルだが、それにNXPの負債90億ドルを含めると総額470億ドル(日本円で約5兆円)に達する。プレミアムを4割以上上乗せしたことで話題になったソフトバンクグループによる英国ARM買収額(3・3兆円)をはるかに上回る半導体業界史上最高額の買収である。

 

なぜクアルコムは5兆円も出してNXPを買収したのか、その背景を探ってみよう。

 

パソコンやスマートフォン(スマホ)の成長に陰りが見え始め、この用途の半導体の売り上げの伸びが鈍化している。代わって、自動車やIoT(モノのインターネット)向け需要に期待がかかる。半導体企業は、成長の鈍った分野から脱皮し、今後成長の見込める分野へ迅速にシフトするために、あるいは自社の弱い分野を補い、強い分野はシナジー効果を高めるためにも、戦略的企業買収は即効性のある有効な手段である。自社内で技術開発や人材育成していては、急速な時代の変化についていけないからだ。

 

このため、半導体業界では、昨年来、急に大型M&A(企業の合併・買収)が相次ぎ、昨年も今年も年間買収総額が10兆円を超えている。いずれも「つながる自動車(コネクティド・カー)」を含めた本格的なIoT(クアルコムは「コネクティド・ワールド」と呼んでいる)時代を見据えた生き残りをかけた戦略に基づくものである。クアルコムの買収劇も、この戦略に沿ったものと言える。

 

◇スマホは頭打ち

 

クアルコムとはどんな会社だろうか。

 

一言でいえば、携帯電話さらにはスマホ用の半導体集積回路に特化し、世界最大の半導体ファブレス(工場を持たずに製品企画・設計だけを行う企業形態)にのし上がった会社である。

 

以前は携帯電話端末を扱っていたこともあったが、その事業は京セラに売却して、半導体チップや回路特許のライセンス供与に特化して、すべての携帯電話メーカーを顧客にしてきた。アンドロイド(グーグルが開発したスマホ用基本ソフト)を採用した大半のハイエンドスマホの心臓部にクアルコムのSoC(システムオンチップ、機器を動かす機能を集積した半導体チップ)が搭載されている。OSとアプリを円滑に動作させるCPU(中央演算処理装置)▽画像処理を担うGPU(高速画像処理ユニット)▽通信機能を担うワイヤレスモデム(送受信回路)などがすべて詰め込まれた半導体チップだ。

 

米アップル社製iPhone(アイフォーン)には同社独自のCPUが搭載されているので、クアルコムのSoCは採用されていない。しかし、通信用に同社のモデムチップが搭載されている。つまり、本誌読者のスマホのほとんどにクアルコム製の半導体が搭載され、同社はそれで利益を上げているわけだ。

 

しかし、最近、スマホの成長に陰りが見られるようになり、さらに、台湾の新興半導体企業メディアテックの格安品にシェアを奪われ、昨年から売り上げを落とすようになった。そこで目を付けたのが、将来有望なNXPの車載、セキュリティー、IoT向け半導体技術というわけだ。

 

NXPセミコンダクターズは、オランダの名門エレクトロニクス企業・ロイヤルフィリップスの半導体部門が06年に分社化して誕生した半導体企業である。設計から製造・販売まですべてを行っているが、ファブライト(製造の比率を減らし、製造委託する企業形態)化の方向だ。ちなみにNXPという社名は、New Experience(新たな経験)に由来する。

 

◇セキュリティーにも強み

 

クアルコムによるNXP買収が世間を驚かせたのには、買収額の大きさとともに、もう一つの理由があった。

 

同社は15年12月に、米国フリースケール(米国の通信機器メーカー、モトローラから分社した半導体企業)の買収手続きを完了したばかりだったことだ。買収額は、フリースケ―ルの債務49億ドルを含め167億ドル。この買収により、NXPはルネサスエレクトロニクスを抜き去り、車載半導体売上高世界トップの地位についた。魅力のない標準規格半導体部門と、複数国の独占禁止法に触れた高周波パワー半導体部門は、中国の国有投資企業に売却した。その結果、年間100億ドル規模の売り上げを有する半導体企業として「車載」「セキュリティー」「IoT」の三つの分野にフォーカスして新たな道を歩み始めたばかりだった。この3部門はクアルコムが将来をかけようとしていた分野と、ずばり一致していた。

 

NXPは買収したフリースケールとともに車載半導体が強いことはよく知られていたが、NXPはセキュリティー技術でも世界有数の企業である。世界120カ国で電子パスポートが採用されているが、このうち8割の国々でNXP製のセキュリティーチップが採用されていることはあまり知られていない。ちなみに日本は、世界の主流とは異なる方式を採用しているため、NXPチップは採用していない。

 

IoT時代で、モノがインターネットにつながるようになると、セキュリティー確保が大きな問題となっている。クアルコムはスマホ向けの自社SoCに、NXPのこうしたセキュリティー技術を 付加価値として提供できるようになる。近年、FinTechの流れが加速しており、モバイル決済が活用されている。それにより関連セキュリティー技術の需要は増加している。新生クアルコムは、この分野での地位強化も可能になる。

 

クアルコムのモレンコフCEOは、「自動車やIoT分野の技術革新のスピードは驚異的なほど速い一方で、携帯電話機の分野ではそのスピードが既に緩やかになっている。自動車とIoTに向けた今後20年の展開を考えたとき、今こそがNXPを買収する最適な時期だった」と述べている。クアルコムは従来同社が強みを有していたモバイル市場に、NXPが掲げていた車載、セキュリティー、IoTを併せて、それぞれの市場のリーダーを目指すとしている。

 

両社統合には課題もある。企業文化がまるで異なることである。しかも、NXPのフリースケール買収は事務手続きを完了したとはいっても、両者はまだ一体化しているとは言い難い状況だ。NXPとフリースケールの日本法人もやっと11月になって合併しNXPジャパンと名称変更したばかりだ。こんな状況下でクアルコムによる買収が重なり、事業の統合に伴う混乱が続くだろう。

 

ただ、合併による収益基盤の拡大は一目瞭然だ。クアルコムはNXP買収により、売上高が350億ドル規模に達する見込みである。両社が手掛ける分野の市場規模の合計は、今後20年までに4割成長し1380億ドルに達すると見ている。この結果、クアルコムは半導体売上高ランキングでSKハイニックスやブロードコムを引き離して3位の地位を固める。

 

 ◇ルネサスの行方は

 

 今回のクアルコムのNXP買収によって最も影響を受けるのは、ルネサスエレクトロニクスだろう。売上高世界3位の日の丸半導体メーカーの誕生ともてはやされて10年に発足した三菱・日立・NECの半導体事業統合企業であるルネサスは、その後、人材リストラや工場整理を繰り返し、発足当時の売り上げを半減させてしまった。しかし、今年9月、米国の中堅半導体企業インターシルを32億ドルで買収すると発表し、反転攻勢に出ようとした矢先だった。

 

ルネサスは、10年にノキア(フィンランド)のワイヤレスモデム部門を買収し、ルネサスモバイルを設立した。携帯電話向けモデムチップでトップのクアルコムに肩を並べると息巻いていたが、時流に乗れずに赤字を垂れ流してわずか数年で事業破綻してしまった。

 

今度は、期せずして本丸の車載半導体でクアルコムと対決する羽目になった。そもそも、ルネサスはIBM・オラクル出身の遠藤隆雄前社長が、ドイツのインフィニオン(元はシーメンスの半導体部門)との資本提携を模索した経緯がある。遠藤前社長は、国内にルネサスの技術をとどめようとする産業革新機構・経済産業省と対立したと見られ、就任わずか半年で昨年12月辞任を余儀なくされた。ルネサスがさらに巨像化したクアルコムに戦いを挑むには、遠藤案を超えた秘策が必要だろう。

(服部毅、服部コンサルティング・ インターナショナル代表)

*『週刊エコノミスト』2016年12月8日号掲載

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