エコノミスト賞

■エコノミスト賞とは
 「エコノミスト賞」は毎日新聞社エコノミスト編集部が主催して1960年に創設された賞。日本経済および世界経済の関連について、毎年、その年に発表された著書・論文のなかから、最も実証的・理論的分析に優れた作品に授与される。これまでに多くの有為な人材を世に送り出し、一般に「経済論壇における芥川賞」と評されている。(編集部)

2016年

4月

05日

第56回エコノミスト賞

■第56回(2015年度)エコノミスト賞決定 小巻泰之氏に

受賞作 

◇『経済データと政策決定』 小巻泰之著(日本経済新聞出版社)  

 

 エコノミスト賞選考委員会は、「第56回(2015年度)エコノミスト賞」の受賞作に、小巻泰之著『経済データと政策決定』(日本経済新聞出版社)を選んだ。授賞式は4月20日に開催予定。小巻氏には賞金100万円と賞状、記念品を、出版元の日本経済新聞出版社には賞状を贈る。

 対象作品は15年1~12月に刊行された著書。読者アンケートや主要出版社の推薦作品を踏まえ、選考委員会で審査を行った。候補作は受賞作のほかに、中室牧子著『「学力」の経済学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、三重野文晴著『金融システム改革と東南アジア』(勁草書房)の3作品に絞られた。

 エコノミスト賞は、1960年に創設された。日本経済及び世界経済について、実証的・理論的分析に優れた作品に授与される。歴代受賞者からは多くの有為な人材を送り出し、「経済論壇の芥川賞」と称される。

(編集部)

 

◇エコノミスト賞選考委員(50音順、敬称略)

 

委員長 樋口美雄(慶応義塾大学教授)

委員  井堀利宏(政策研究大学院大学教授)

    深尾京司(一橋大学教授)

    三野和雄(京都大学客員教授)

    福田慎一(東京大学教授)

    金山隆一(『週刊エコノミスト』編集長)

 

 

『経済データと政策決定』

 

◇こまき・やすゆき

 日本大学経済学部教授。1962年生まれ。86年関西学院大学法学部卒、96年筑波大学大学院経営政策科学研究科修士課程修了、2001年同博士課程単位取得退学。86年日本生命入社。ニッセイ投資顧問、ニッセイ基礎研究所主任研究員などを経て、01年から日本大学経済学部助教授、04年から現職。

 専門はマクロ経済の実証分析、経済統計、景気循環論。単著に『入門 経済統計』(日本評論社)、共著に『期待形成の異質性とマクロ経済政策』(東洋経済新報社)など。


■講評

「リアルタイム・データ」を使って政策の意思決定への影響分析 

 

 樋口美雄・選考委員長

 

 2015年度のエコノミスト賞は、色合いの違った力作が多かったため、選考委員会では例年になく白熱した議論が展開された。最後には選考委員全員の投票によって、小巻泰之氏の『経済データと政策決定』に決定した。激戦を勝ち抜いた小巻氏に対し、心よりお祝いを申し上げたい。

 

◇速報値と確定値に乖離 

 

 小巻氏の著書は、副題にあるように、経済統計の「速報値と確定値の間の不確実性を読み解く」ことを目的に、「リアルタイム・データ」を使って人々の意思決定や市場反応、政策の意思決定やその効果に与える影響を分析した研究書である。

 GDPや鉱工業生産指数などの経済データは、まずその即時性が重視され、限られた情報に基づき速報値が発表され、その後、いくつかの情報が追加され確定値に至る。この間、速報値と確定値にしばしば大きな乖離(かいり)が発生することは、日本でもよく知られており、それが誤った政策決定を導いているのではないか、という議論はこれまでにもあった。

 だが、海外ではリアルタイム・データの問題に関する研究蓄積は多いものの、日本では本格的な研究対象として取り上げられることは少なかった。本書は、日本を対象にこの問題を本格的・多角的に分析した最初の試みといえ、大変有意義なオリジナルな研究書である。

 リアルタイム・データによりマクロ経済政策を評価する場合、大きく分けて、統計データの不確実性、政策評価に対するギャップ、ショックの発生を政策当局が認識するまでの「認知ラグ」の3点を考慮する必要がある。

 本書ではまず統計データの不確実性について検討され、人々の意思決定は、より多くの情報に基づく精度の高い確定値ではなく、速報値に基づいて行われていることが実証される。加えて、速報値発表後、GDPや鉱工業生産指数はどの程度、なぜ改定されるかが紹介され、GDPギャップ(日本経済の需要と供給の差)が推計方法などにより、どの程度異なるかが示される。

 さらに、1990年代の財政政策に対する評価が速報値と確定値、あるいは推計方法によってどう異なるかが示される。速報段階では財政出動が確認できても、その後下方修正がなされ、結局は財政支出が減額されていたため、90年代の拡張的財政政策の効果は、実はそれ以前と比較しても低下していなかった。こうした推定結果は予算遂行をきちんと把握する必要性を示唆しており、政策的にも重要な意味を持っている。

 問題の発生から対策効果が発揮されるまでの時間の遅れは、「認知ラグ」のほか、認識から政策が発動されるまでの「実行ラグ」、政策が発動されてから効果が発揮されるまでの「外部ラグ」に分けられる。消費増税を例に取り、各種統計を用いて分析すると、どの時点でのGDPを使うかによって、消費増税に対する評価も影響されるという指摘は、研究者のみならず、政策担当者の関心を集める。

 さらに、ゼロ金利政策の解除と予測における不確実性の高まりが検討され、統計の精度・信頼性の問題が言及され、消費者物価指数の基準改定と予測可能性、さらにはデータ改定において、どこまで計測誤差、予測誤差が推計できるかが検討される。

 緻密かつ丁寧な分析により統計データの積極的開示やリアルタイム・データ整備などが必要であるという提言は、日本経済の実証分析の基本的な環境整備に関わる論点であり、まさにエコノミスト賞の対象にふさわしいと判断され、全選考委員が推薦した。

 ただしその半面、それだけ重要な統計である以上、現在の日本における速報値の作り方の問題点や計測誤差の改善方法について、もっと突っ込んだ分析がなされるべきではないかとの意見もあった。

 

◇教育効果分析と教育政策

 

 次に、結果的には授賞には至らなかったが、最後まで候補に残ったのが、中室牧子氏の『「学力」の経済学』である。海外では個人の行動や所得、能力を何十年にもわたって追跡したミクロ・パネルデータや実験データが作成され、これを使った教育効果分析の結果が教育政策に生かされている。これに対し、日本ではこうした研究はあまり行われていない。

 本書は、人々の関心の高い教育に関する数多くのテーマを取り上げ、直感や個人の体験に基づく判断がいかにいい加減であり、客観的に収集されたデータによる科学的根拠に基づいた判断が重要であることが示される。例えば、子どもは褒美で釣ってはいけないのか、褒めて育てたほうがよいのか、ゲームをすると暴力的になるのか、少人数教育に効果はあるのか、といった多くの人に常識的と思われている疑問が取り上げられ、内外の先行研究から予想に反した答えが紹介される。

 今後の研究の方向性を示した画期的な書物であると高い評価が与えられた一方、著者独自の研究成果が一部にとどまっているとの指摘があった。そのため、今後はそれらをさらに充実させた書物の誕生を期待したいとして、今回の授賞は見送られた。

 

◇東南アジアの構造改革

 

 最終審査に残ったもう一つの候補は、三重野文晴氏の『金融システム改革と東南アジア』であった。本書は東南アジア諸国における工業化過程の固有の展開を見ると、コーポレートガバナンスの強化を狙った金融改革と工業化との間に「乖離」が生じており、形成経路の観点に立ち、もっと資金需要側の視点に立った構造改革が求められていることを、現地調査や集計データ、企業ミクロデータを使って明らかにした骨太の力作である。

 ただ、惜しむらくは、最初に展開された著者自身の独自の視点が、その後の実証分析によって十分論証されたのかどうか疑問であり、書物としての一貫性に欠けるとの指摘を受けた。日本経済との関連について言及があれば、もっと面白くなったのではないか。

 このほか、複数の選考委員が阿部顕三著『貿易自由化の理念と現実』、上村敏之・足立泰美著『税と社会保障負担の経済分析』を候補作として挙げた。

 前者は、貿易自由化の功罪について、オーソドックスな国際貿易論の立場に立って、冷静かつ客観的に論じたバランスの取れた啓蒙書である。現在のような時代でこそ改めてこの問題を考えるのに絶好の書物であるが、独自の視点を示したオリジナルな貢献は限定的であるとされた。

 

 

 これに対し、後者は社会保障と税の一体改革を巡る研究書である。個別の制度の抱える問題について詳細な分析が行われ、最後に負担増、歳出抑制、経済成長のいずれもが必要であると主張されるが、個別専門論文の収集にとどまっているとの感が拭い切れず、政策的含意が細かい一方、全体としてもっと日本財政や日本経済との関連について包括的に議論されるべきだとの指摘があった。

2015年

6月

02日

第55回エコノミスト賞

■第55回(2014年度)エコノミスト賞決定 後藤康雄氏、冨浦英一氏に

受賞作 

◇『中小企業のマクロ・パフォーマンス』 後藤康雄 著(日本経済新聞出版社)
◇『アウトソーシングの国際経済学』 冨浦英一 著(日本評論社)  

 

 エコノミスト賞選考委員会は、「第55回エコノミスト賞」受賞作に、後藤康雄著『中小企業のマクロ・パフォーマンス』(日本経済新聞出版社)と、冨浦英一著『アウトソーシングの国際経済学』(日本評論社)の2作品を選んだ。授賞式は4月23日に東京都内で行う。両氏にはそれぞれ賞金100万円と賞状、記念品を、出版社2社には賞状を贈る。

 選考対象は、14年1~12月に刊行された著書・論文。主要出版社の推薦書などを踏まえ審査した。

 エコノミスト賞は日本経済および世界経済について、実証的・理論的分析に優れた作品に授与される。

 

◇エコノミスト賞選考委員(50音順、敬称略)

 

委員長 奥野正寛(武蔵野大学教授)

委員  井堀利宏(東京大学教授、2015年4月から政策研究大学院大学教授)

    樋口美雄(慶応義塾大学教授)

    福田慎一(東京大学教授)

    三野和雄(京都大学教授)

『中小企業のマクロ・パフォーマンス』

(日本経済新聞出版社)

後藤康雄 著

【ごとう やすお】

 経済産業研究所上席研究員。1964年福岡県北九州市生まれ。88年京都大学経済学部卒業、2011年同大学博士号(経済学)取得。88年日本銀行入行、97年三菱総合研究所入社、同社チーフエコノミストなどを経て、15年4月から現職。

『アウトソーシングの国際経済学』

(日本評論社)

冨浦英一 著

【とみうら えいいち】

 横浜国立大学大学院国際社会科学研究院教授。1961年東京都江戸川区生まれ。84年東京大学経済学部卒業、92年米マサチューセッツ工科大学博士号(経済学)取得。84年通商産業省(現・経済産業省)入省。神戸大学経済経営研究所教授を経て、05年から現職。

■講評

◇例年になく高い水準の好著 性質異なる2冊が受賞  

 

 選考委員長・奥野正寛

 

 2014年度のエコノミスト賞は、例年になく非常に高い水準の好著が複数あり、激戦になった。そのため、エコノミスト賞としては極めて例外的な措置であるが、最終的に性質の異なる、しかしレベル的には甲乙つけがたい2冊に同時に与えられることになった。受賞したのは、後藤康雄氏の『中小企業のマクロ・パフォーマンス』と冨浦英一氏の『アウトソーシングの国際経済学』である。お二人に、心からお祝いの言葉を贈りたい。

 

◇中小企業支援の問題指摘 

 

  後藤氏の書物は、標準的な経済学の立場から、計量分析を駆使して日本の中小企業の内実を明らかにした好著だ。伝統的に中小企業は社会的弱者と捉えられ、中小企業政策もきちんとした検討なしに実行されることが多い。

 本書は、客観的で緻密な検証が行われることが少なかった中小企業という対象に対して、「可視化」「包括性」「実証的」という三つのキーワードをてこに、体系的な分析を行っている。可視化とは、中小企業に対する多岐にわたる概念を整理し、可能な限り数量的に捉えようとする立場である。包括性とは、生産、技術、雇用、資金調達など、さまざまな分野からの分析を包括的に行おうという姿勢である。実証的とは、データに基づいたエビデンス・ベースの分析を行うことである。

 本書はまず、他の先進国と異なって、日本の中小企業就業者の比重の続落が続いている理由を分析する。特に、事業所の参入・退出、他の階層との移動というダイナミクスに分解し、その主因が参入の減退に求められることを明らかにする。相次ぐ中小企業への金融支援をはじめとした、政策による非効率企業の温存がその大きな理由であることを明確にしている。

 総じて、生産性や雇用、資金調達などの側面での分析を含め、安易な中小企業への支援政策に対し、きちんとした実証分析を踏まえ、客観的・中立的な記述に基づきつつ、その問題点を指摘する姿勢には好感が持てる。全体を通じて、中小企業政策による既存企業の保護と新規参入の促進は真っ向から対立する可能性があるという問題意識が鮮烈である。

 とはいえ、中小企業政策を今後どのように進めてゆけばよいかなど、本書の議論を踏まえた政策提言に物足りなさを覚えるという指摘も多かった。また学術書として考えると、そのオリジナリティーという点で見劣りするという指摘も多かった。とはいえ、本全体として調和の取れたまとめ方がされており、一つの書籍として高く評価できるという点で選考委員の意見が一致した。

 

◇企業調達を分析 

 

 冨浦氏の著書は、IT技術やインターネットの発展とグローバル化を背景に、国際的なアウトソーシングが急速に進みつつある現状について、理論仮説を日本のミクロ・データを通じて実証することで、政策的な含意を抽出しようというスタイルが貫かれた良書である。

 情報技術の発展によって、コールセンター業務やプログラミングといった伝統的に非貿易財と考えられてきたサービス業での国際的アウトソーシングが急速に進みつつある。また製造業でも、日本が部品・素材を提供し、東アジアの新興国が組み立てを分担するという国際分業を背景に、日本企業が現地企業や日系企業にアウトソースするという生産・貿易ネットワークが主流になりつつある。このような事実を説明する経済理論として、新・新貿易理論のエッセンスについて要領のよい簡単な解説を与え、企業レベルのアウトソーシングのあり方について理論的な仮説を提示する。

 具体的には、国内と国外、社内と社外からの中間財調達について、生産性あるいは規模の大きさによって、最も大規模な企業ほど、直接投資による国外の自社工場からの調達を、次の規模の企業は外国の社外企業からの調達を、規模の小さい企業は国内調達を行うはずだという理論仮説を得る。日本のデータを基にこの仮説を実証した著者自身の発見が示される。

 また、国境を越えた中間財調達について、外注するか社内子会社に任せるかという問題を取り上げ、不完備契約の理論の結論に基づいて、契約の不完備性が高ければ社内子会社に、低ければ外注が選ばれるという理論仮説を説明する。資本と労働という二大生産要素を考えれば、労働の方が完備な契約を結ぶことが困難だという仮定に基づけば、労働集約度の高い企業ほど外注が選ばれることになるはずで、著者は日本のミクロ・データを用いて、この仮説が事実実証されることを明らかにする。

 このように、仮説を提示し、それを実証し、政策的な含意を抽出しようという姿勢が貫かれ、好感が持てるという評価が多かった。また、元の業績は欧米の研究者に負っているとはいえ、専門論文からの引用数が多い、著者自身の学術的に高い業績を基に叙述が展開されている点も印象的である。

 とはいえ、アウトソーシングといっても、外国の社外からと国内の社外からの調達の区別がはっきりしない点や、書物としての体系的叙述が不十分といった欠点があるというのも、選考委員の一致した意見であった。

 最終選考に最後まで残ったもう一冊は、山崎福寿氏の『日本の都市のなにが問題か』(NTT出版)だった。日本の都市政策、特に都市計画や土地・住宅規制がもたらした問題点を、都市・地域経済学の視点から分析した良質の経済書である。都市と地方の格差、マンション建て替え問題、相続・介護など、都市住民が抱える諸問題に対して、著者は一貫して市場メカニズムの解決の有用性を主張する。望ましい政策提言を多く展開していて、今日的な意義は大きいと評価された。

 ただ、市場の失敗が多い都市の問題に対して、市場メカニズムを過信させるような荒っぽい論理展開が目立ち、もう少し丁寧で、理論的・実証的な裏付けのある議論がほしいという評価が多く、選から漏れることになった。

2014年

4月

04日

第54回エコノミスト賞

■第54回(2013年度)エコノミスト賞 『非伝統的金融政策の経済分析』 竹田陽介氏、矢嶋康次氏に決定

◇『非伝統的金融政策の経済分析』 竹田陽介/矢嶋康次・著(日本経済新聞出版社)

 エコノミスト賞選考委員会は、「第54回エコノミスト賞」受賞作に、竹田陽介、矢嶋康次著『非伝統的金融政策の経済分析』(日本経済新聞出版社)を選んだ。授賞式は4月14日に東京都内で行う。両氏には賞金100万円と賞状、記念品、日本経済新聞出版社に賞状と記念品を贈る。
 選考の対象作品は13年1~12月に刊行された著書・論文。読者アンケートや主要出版社の推薦書などを踏まえ審査した。最終選考には、そのほか、山内麻理著『雇用システムの多様化と国際的収斂』(慶応義塾大学出版会)、加藤弘之著『「曖昧な制度」としての中国型資本主義』(NTT出版)、濱口桂一郎著『若者と労働─「入社」の仕組みから解きほぐす』(中公新書ラクレ)の計4作が残った。
 エコノミスト賞は1960年に創設。日本経済および世界経済について、実証的・理論的分析に優れた作品に授与される。歴代受賞者から多くの有為な人材を送り出している。

 

◇エコノミスト賞選考委員(50音順敬称略)

・委員長 奥野正寛(武蔵野大学教授)

・委 員 浅子和美(一橋大学教授)/井堀利宏(東京大学教授)/樋口美雄(慶応義塾大学教授)/

      福田慎一(東京大学教授)/三野和雄(京都大学教授)

『非伝統的金融政策の経済分析』

(日本経済新聞出版社)

竹田陽介/矢嶋康次 著

【たけだ ようすけ】
 上智大学経済学部教授。1964年生まれ。東京大学経済学部卒業。同大学院経済学研究科博士課程修了。ラトガース大学客員助教授、エール大学客員研究員、上智大学経済学部准教授などを経て、2005年から現職。専門はマクロ経済学。共著書に『マクロ経済学をつかむ』(有斐閣)など。

【やじま やすひで】
 ニッセイ基礎研究所経済研究部チーフエコノミスト。1968年生まれ。東京工業大学工学部無機材料工学科卒業。日本生命保険入社、95年ニッセイ基礎研究所に移り、シニアエコノミスト、主任研究員などを経て12年4月から現職。共著書に『期待形成の異質性とマクロ経済政策』(東洋経済新報社)など。

■講評

◇非伝統的金融政策の効果を理論・計量両面から本格分析

 

選考委員長 奥野 正寛(おくの まさひろ)

 

 2013年度のエコノミスト賞は、竹田陽介氏と矢嶋康次氏の共著『非伝統的金融政策の経済分析:資産価格からみた効果の検証』に決定した。最終選考会で残った候補作4作の中から全員一致で選ばれたお二人に、お祝いを申し上げたい。
 1999年、日銀によってゼロ金利政策が導入されて以来日本で、またリーマン・ショック以来先進各国で、いわゆる「非伝統的金融政策」が導入され継続されている。非伝統的金融政策がどのような効果を持っているのか、またそれは有効なのか、あるいは大きな副作用を伴うのか、その議論には百家争鳴の感がある。
 この間、時間とともに、非伝統的金融政策の経済的効果と影響についての大量のデータが各国、特に日本で蓄積されつつある。それにもかかわらず、統計データの丹念な分析や先行研究との比較を通じて、非伝統的金融政策を体系的かつ学術的に分析した書物はほとんど存在しない。本書は、喫緊の課題である非伝統的金融政策を、「伝統的な政策手段であった短期金利が、ゼロの下限制約に直面した下での金融政策」と定義したうえで、それを理論・計量の両面から本格的に分析したパイオニア的研究であり、非伝統的金融政策の効果を検証し、どんな具体的政策を行うべきかについて、真正面から包括的に研究した成果をまとめている。
 具体的には、金融政策が民間の経済主体の期待形成に働きかける効果を分析し、ゼロ金利下では期待形成が同質化するために、期待形成の罠にはまっている可能性が高いという、興味深い指摘を行う。日銀のゼロ金利へのコミットメント自体が金融市場の効率性を低下させ、資産価格の情報集約機能が働かなくなってしまっているというわけである。また、投資家のリスクテークに働きかけるために、「最後の買い手」としての中央銀行がさまざまな非伝統的金融資産を購入することで、市場流動性を高め、投資家のリスク許容度を引き下げることの効果を検討する。
 その際、どんな金融資産を購入することが望ましいか、そのためにはそもそもどんな資産が提供されるべきかといった検討も示唆に富んでいる。最後に、市場とリスクをシェアするために、中央銀行が今後果たすべき役割とあるべき姿を探る、という野心的な分析で締めくくられる。
 このように本書は、非伝統的政策が期待や投資家のリスクテークに働きかける効果の分析に加えて、そもそもの中央銀行の役割や国債価格維持政策の意義などにも議論が及んでおり、政策的に重要なタイムリーなトピックを扱っている。これまでの通説を大きく覆す大発見こそないものの、相対的に研究蓄積が少ない日本の金融政策を主な対象に、経済学の最近の標準的な分析手法を使って、結論が導かれている点が高く評価されて受賞に至った。
 とはいえ、本書にはいくつかの欠陥がある。学者と実務家の共著であることを反映してか、啓蒙的で理論的な説明と極端に数学的でテクニカルな部分が混在する。また、興味深い問題をあまりにも多く盛り込もうとしたためか、分析全体の焦点が曖昧であるという印象がぬぐえない。その意味で、一般の読者にも専門家にも決して読みやすい書物とはいえず、エコノミスト賞が伝統的に対象としてきた、広い読者層に訴える良書という範囲に入るのかどうか、選考委員会でも疑問の声が上がった。
 各章ごとに問題意識を明確に説明し、それに基づく理論仮説を提示したうえで実証分析の結果を提示して、得られた結論を要約するという、最近、定番になった書物作りをしていれば、より読みやすい書物としてその価値が数段上がったのではないかと惜しまれる。
 その他に候補作として最後まで残ったのは、山内麻理著『雇用システムの多様化と国際的収斂』、加藤弘之著『「曖昧な制度」としての中国型資本主義』、濱口桂一郎著『若者と労働』の3点である。
 山内氏の著書は、日本の雇用システムのあり方が、日系・外資、業種・職種などでどう異なり、多様性が拡大しているのか収斂しているのかを、銀行・証券・生命保険業の事例を中心に検討した野心作である。外資が本国での最善の手法を持ち込むことで多様化が進み、グローバル化が進展し競争が激化する業種では、国際的な収斂が進んでいる、などの点を明らかにした。だが、新鮮な結果がなく、既に別の賞を受賞していることもあって受賞を逸した。
 加藤氏の著書は、現代中国経済の現状を、「曖昧な制度」に基づいた中国型資本主義と位置づけ、その特徴と限界、変容の可能性を検討した好著である。ただ、「曖昧な制度」という概念自体が曖昧であり、伝統経済から市場経済へ、計画経済から市場経済へという「二重の移行」の過程で生まれた過渡的な現象ではないかという疑問に、説得的な答えが与えられていないことが評価を下げた。
 濱口氏の著書は、日本と欧米の雇用の仕組みの違いを論じた良質の啓蒙書である。ただ、本書の主張にはデータの裏付けが少なく、主張にどれだけの根拠があるのか疑問があることが問題とされ、受賞を逸した。

 

 

2013年

9月

12日

第53回エコノミスト賞

■第53回(2012年度)エコノミスト賞 6年ぶりに該当作なし

◇選考経過

 第53回「エコノミスト賞」(2012年度)選考委員会(委員長、奥野正寛流通経済大学教授)は、13年1月から選考作業を行った。その結果、「残念ながら適切な業績を見いだすことができなかった」として、今回は授賞を見送ることとなった。同賞が「該当作なし」となったのは、第47回(06年度)以来、6年ぶりである。

 12年度の選考対象は、12年1月から同12月までに刊行・発表された著書または論文。選考は、まず主な出版社や全国の学識経験者、『エコノミスト』誌読者を対象にアンケートを行い、その結果を参考に、選考委員会が詳細な審査を行うかたちで進められた。最終選考に残ったのは以下の3点だった。

 

▽『家計・企業の金融行動と日本経済―ミクロの構造変化とマクロへの波及』(祝迫得夫著、日本経済新聞出版社)

▽『法と経済で読みとく雇用の世界―働くことの不安と楽しみ』(大内伸哉、川口大司著、有斐閣)

▽『動学的コントロール下の財政政策―社会保障の将来展望』(上田淳二著、岩波書店)

 

 その結果、選考委員会としては「3作品ともに力作ではあるが、100%の自信をもって推すことができない」との結論に達し、12年度は該当作なしと決定した。

 

 第53回の選考委員会は次の通り。(五十音順:敬称略)

・委員長 奥野正寛(流通経済大学教授・慶応義塾大学特任教授)

・委員  浅子和美(一橋大学教授)/井堀利宏(東京大学教授)/福田慎一(東京大学教授)/三野和雄(京都大学教授)

 

■講評

◇アベノミクスの有効性を解く鍵となる3冊が最終選考に

 

選考委員長 奥野正寛(おくの まさひろ)

 (流通経済大学教授、慶応義塾大学特任教授)

 

 2012年度のエコノミスト賞の選考は、2回の選考委員会を通じて、選考委員の間で長時間にわたって熟慮に熟慮を重ねた議論が交わされたが、残念ながら「授賞作なし」という結果に終わった。

 

 民主党から自民党に政権が移行し、首相が安倍晋三氏に代わるとともに、大胆な金融政策、機動的な財政政策と民間投資を喚起する成長戦略を提唱する「アベノミクス」が注目を浴びている。「失われた20年」と称される日本経済の低迷や長期にわたるデフレをアベノミクスの「3本の矢」で本当に克服できるのかどうか、全国民は期待と共に懐疑の念をもって見つめている。

 

 第1に、デフレ不況の背景には、企業部門が内部留保という形で多額の貯蓄を行い、資金的な問題はないのにそれが民間投資に結びつかないという事実がある。それにもかかわらず、本当にリフレ金融政策によってデフレギャップを解消できるのだろうか。

 

 第2に、失われた20年の間にばらまき型の財政出動が繰り返され、膨大な額の政府債務が積み上がった。高額の補正予算を中心とした安倍内閣の財政政策は、政府財政をさらに悪化させないだろうか。そもそも長期的視点から見たとき、政府財政の維持可能性を回復するためにはどの程度の増税や歳出カットが必要なのだろうか。

 

 最後に、規制改革や成長産業を拡大させる産業政策の必要性は誰しもが認めるが、残された成長政策にはそれに抵抗する既得権益やそれを妨害する制度矛盾がまとわりついていて、よほどの政治的リーダーシップがないと実現困難である。その典型が労働市場であり、非正規労働者や失業者の拡大にもかかわらず、前時代的な法制度が改革を阻害していることも否めない。

 

 本年度のエコノミスト賞の選考で、第2回選考委員会まで残ったのは、まさにアベノミクスの3本の矢の有効性を解く鍵となる3冊だった。日本の金融問題を扱った祝迫得夫氏の『家計・企業の金融行動と日本経済』、労働市場を考えさせる大内伸哉氏と川口大司氏の『法と経済で読みとく雇用の世界』、財政の維持可能性を俎上にのせた上田淳二氏の『動学的コントロール下の財政政策』がそれである。

 

◇研究書と啓蒙書が俎上に

 

 選考過程では、祝迫著と大内・川口共著の2冊という対照的な書物が、最後まで検討対象となった。

 

 祝迫氏の著書は、わが国の家計と企業の資産選択行動を、統計データの丹念な分析や国際比較などによって考察した、良質な学術研究書である。

 

 本書の前半では、1990年代以降の日本の家計貯蓄行動の変化を検討し、家計貯蓄率の低下の理由や資産選択行動の背景を丹念な実証分析を背景に明快に分析する。また近年、負債を削減し貯蓄を増やしてきた日本企業の金融行動が雇用の削減と表裏一体の関係にあることを指摘するなど、丁寧な分析を行う。

 

 後半では、膨大なわが国の財政の維持可能性をファイナンス理論の現在価値モデルを使って整理するとともに、米国発の金融危機以降の国際金融市場の動向を分析し金融危機がマクロ経済学の研究に与えたインパクトを検討するなど、タイムリーなトピックを扱っている。全体的に驚くような大発見はないものの、バランスよくまとまった議論が展開されており、個々の主張もおおむね妥当である。

 

 他方、大内氏と川口氏の共著は、労働法の専門家と労働経済学の研究者の共同作業によるユニークな啓蒙書である。

 

 解雇規制、最低賃金、正規・非正規社員の格差、男女間賃金格差、障害者や高齢者の雇用問題など、現下のわが国の労働市場に関わる様々な重要問題を取り上げ、その実態を含めて丁寧にかつ最新の成果を使いつつ、労働法学と経済学の2つの立場からの解説を行っている。

 

 このような対話の必要性を生み出した背景として、経済学の立場からは、情報の経済学の発展によって労働市場における市場の失敗の原因の究明が進み、ゲーム理論の導入によって分析対象を外部労働市場から内部労働市場へと拡張できたこと。法学の立場からは、高度成長期の長期安定雇用の下での正社員中心の日本的労使関係から、非正規労働者や失業問題に目を向けざるを得なくなった時代背景が存在し、グローバル化の進行に伴う企業の国際競争力の強化という時代要請が、労働供給サイドから労働需要サイドへの視点の転換を必要としたこと、などが指摘される。

 

 祝迫著は水準の高い学術書だが、前半と後半を通じた一貫したメッセージが存在しないことが、大内・川口著はすぐれた啓蒙書だが、日本経済を正面切って取り上げておらず独自性のある分析が少ないことが、それぞれ不満や弱点として指摘された。結果として、長時間にわたる熟議の末、残念ながら授賞作なしという結論に至った。将来性の高い経済学研究者として、祝迫氏と川口氏の今後に期待したい。

 

◇財政問題の研究書も

 

 第2回選考委員会では上田氏の著書も検討された。動学的コントロールの考え方から、社会保障における現在の政策とそれを支える税制の問題点を考察し、今後の人口動態の変化を前提に、現在の政策が継続された場合の財政状況を50年後までシミュレーションした研究書である。

 

 日本のデータを使ってある程度制度的な問題にも気を配りながら、本格的な分析を行った初めての書として、本書の貢献には一定の評価が与えられた。しかし、金利などの鍵となる変数が外生的に置かれ、問題が一般均衡として解かれていない点や、世代重複モデルを用いた類似の研究成果も十分に考慮されていない点などが指摘され、最終的に検討対象から外された。

 

 なお第1回選考委員会では、今喜典氏の『中小企業金融と地域振興』も検討された。わが国の地域振興はいかにあるべきかを、中小企業金融という観点から理論・実証両面から分析した研究書である。著者がこれまで地道に重ねてきた実証研究を、中小企業金融による産業支援・地域経済対策という観点から1つの研究書としてまとめている点が評価された。著者の年齢がすでに60歳を超えていることもあって対象から外されたが、地域金融の専門家として長年積み重ねてきた研究成果をまとめた書物として評価すべき書籍である。

2013年

9月

12日

第52回エコノミスト賞

■第52回(2011年度)エコノミスト賞決定 佐藤主光氏に

 エコノミスト賞選考委員会は、「第52回(2011年度)エコノミスト賞」の受賞作に佐藤主光著『地方税改革の経済学』(日本経済新聞出版社)を選んだ。授賞式は4月23日に開催予定。佐藤氏には賞金100万円と賞状、記念品、出版元の日本経済新聞出版社に賞状と記念品を贈る。
 対象作品は11年1〜12月に刊行された著書・論文。有識者・読者アンケートや主要出版社の推薦作品を踏まえ、選考委員会で審査を行った。候補作は受賞作のほかに翁邦雄『ポスト・マネタリズムの金融政策』(日本経済新聞出版社)、櫻井宏二郎『市場の力と日本の労働経済──技術進歩、グローバル化と格差』(東京大学出版会)の3作に絞られた。ハイレベルな選考が展開されるなか、「地方税に焦点を当て、経済学の手法を持ち込んだ新しい分析」(奥野正寛委員長)と、受賞作に各選考委員の高い評価が集まった。
 近年、タレントや元国会議員出身の首長が増え、地方分権論議にスポットが当たることが増えている。本書は、そこで最も不可欠な地方税について、経済学の視点から切り込んだ力作。地方税の複雑な制度をわかりやすく解説している点も魅力だ。 エコノミスト賞は、1960年に創設。日本経済および世界経済について、実証的・理論的分析に優れた作品に授与される。歴代受賞者からは多くの有為な人材を送り出し「経済論壇の芥川賞」と称される。

 

◇エコノミスト賞選考委員(50音順敬称略)

・委員長 奥野正寛(流通経済大学教授)

・委 員 伊藤邦雄(一橋大学教授)/井堀利宏(東京大学教授)/小川一夫(大阪大学教授)/吉野直行(慶応義塾大学教授)

『地方税改革の経済学』

(日本経済新聞出版社)

佐藤主光 著

【さとう もとひろ】

一橋大学大学院経済学研究科・政策大学院教授。1969年生まれ。一橋大学経済学部卒業。同大学経済学研究科修士課程、博士課程修了。クイーンズ大学大学院(カナダ)経済学研究科博士課程修了(Ph.D.取得)。一橋大学経済学研究科講師、助教授、准教授などを歴任。専門は財政学。共著書に『地方財政論入門』(新世社)、『地方交付税の経済学』(有斐閣)、『震災復興』(日本評論社)などがある。

■講評

◇新古典派経済学の視点から切り込んだ啓蒙書

 

選考委員長 奥野 正寛(おくの まさひろ)

 

 2011年度のエコノミスト賞は、佐藤主光氏の『地方税改革の経済学』に決定した。激戦のなか、選考委員の全員一致で選ばれた本書の著者に、心からお祝いを申し上げたい。
 地方の時代といわれて久しい。元国会議員や、多くのタレントが地方の首長になり、地方分権やそのための改革に対する国民的関心を高めてきた。橋下徹・大阪市長の「大阪維新の会」や石原慎太郎・東京都知事を巻き込んだ新党構想など、地方から攻め上がって国政を変革しようと、その激しさは増している。
 しかし振り返ると、なぜ地方分権が必要なのか、何をどこまで地方に任せるべきか、地方と国の棲み分けはどうあるべきか、といった落ち着いた議論は、あまり聞かない。
 経済学や財政学でも地方分権や地方税の議論は、制度派経済学からの地味でわかりにくい分析や、国と地方の利害対立を軸とした政治力学で語られることが多かった。本書はそんな地方税の議論に、新古典派経済学の視点から切り込み、新しいパースペクティブ(展望)を与える。その意味で本書は、すぐれた研究書であるとともに、地方税という複雑な制度の絡まりあった闇を切り開く啓蒙書でもある。
 地方税の分析を、①実態の把握(2、5、7章)、②評価と理論分析(3、4章)、③政策提言(8〜10章)の3つのステップに分けて考える。その中でも、経済学を使って政策問題を論じるイロハを明快に解説した第3章、地方税を考える上で経済学の基本概念を包括的に解説した第4章、現代日本における地方税・交付税改革の具体的提言を行う第8〜10章は出色だ。
 現行地方税制の問題点として、法人2税(法人住民税と法人事業税)への過度の依存、国と地方の間の不明瞭な財政責任を取り上げ、これらの是正を中心とした地方税制の再構築や、財源保障と自治体間の格差是正機能が混在する財政移転制度の見直しが提案される。地方交付税を地方固有の財源と位置づけ、負担の所在を明確にするための交付目的税の創設である。
 地域住民が負担してこそコスト意識が明確に認識され、地方自治体の監視・規律付けが可能になり、住民自治の向上につながることも指摘する。また、低所得者への配慮や社会的に重要な公共サービスの責任は、国が負うべきだと主張する。
 もっとも選考委員会では、本書の提言の大部分がすでに複数の研究者との共同提言として発表されており、独自性が薄いのではないかとの懸念も示された。しかし、本書全体を通じて地方税改革論が多面的・中立的に展開され、理論展開が精緻である一方、論述が平易・丁寧で、専門家以外にも理解しやすいインパクトのある書物であることが高く評価され、受賞に至った。
 受賞作のほかに最後まで残ったのは、翁邦雄『ポスト・マネタリズムの金融政策』、櫻井宏二郎『市場の力と日本の労働経済──技術進歩、グローバル化と格差』である。
 翁氏の著書はマネタリズム以来、インフレ目標政策やテイラー・ルール、さらにはデフレ脱却のためのありうる政策群など、中央銀行の金融政策の変遷と政策課題を、平易かつ明快に解説している。歴史的視点と現代的視点を織り交ぜた記述や、バブルに対処する考え方としてのFedView(後始末戦略)とBIS View
(風に逆らう戦略)の利点と欠点の解説も明快で、現代的意義の大きいバランスの取れた好著と高い評価を受けた。ただ、既存の研究や見解をうまくまとめていることは評価できるものの、筆者自身の独自の分析がどこまであるか、疑問が強かった。また、著者が所属していた日本銀行の見解に引きずられている著述が目立つ点もマイナスとなった。
 櫻井氏の著書は、近年のIT関連の技術進歩(スキル偏向技術進歩)や途上国との貿易拡大に代表されるグローバル化が、先進国において未熟練労働(生産労働)に比べた熟練労働(非生産労働)に対する需要を高め、それが両者の間の急激な経済格差拡大につながったという1980年代以来の研究を、わが国に当てはめて丹念に実証分析した研究書である。現代的な問題意識と手堅い分析手法を背景にした、アカデミックにも高い水準の研究が選考委員から高く評価された。だが、外国での分析手法をそのままわが国のデータに当てはめた研究が多く、独自性が弱い点や、グローバル化の影響に注目しながらも、非熟練労働集約的な工程を低賃金国にアウトソーシングするという、空洞化の分析が欠落している点などが、マイナスとなった。

 この他に選考委員会で話題になったのが、加藤俊彦『技術システムの構造と革新──方法論的視座に基づく経営学の探求』である。本書は、これまでの経営学の研究を方法論的に整理し、「決定論―適応」と「主意主義と革新」という2つの方法論的系譜を対置させながら、最終的に両者を融合する新たな視座を提供した労作である。ただ、エコノミスト賞の性格への適合性が薄いと判断され、選考からはずされた。

2013年

7月

31日

第51回エコノミスト賞

■第51回(2010年度)エコノミスト賞決定

 エコノミスト賞選考委員会は「第51回(2010年度)エコノミスト賞」の受賞作に、太田聰一著『若年者就業の経済学』(日本経済新聞出版社)を選んだ。太田氏に賞金100万円と賞状、記念品、出版元の日本経済新聞出版社に賞状と記念品を贈った。

 

◇エコノミスト賞選考委員(敬称略)

委員長 奥野正寛(東京大学教授)

委員(五十音順)/ 伊藤邦雄(一橋大学教授)/井堀利宏(東京大学教授)/小川一夫(大阪大学教授)/吉野直行(慶応義塾大学教授)

『若年者就業の経済学』

(日本経済新聞出版社)

太田聰一 著

【おおた そういち】

1964 年10 月30 日生まれ。京都大学経済学部卒業。ロンドン大学大学院(LSE)修了。名古屋大学経済学部助手、講師、助教授、教授を経て2005 年に慶應義塾大学経済学部教授(現職)。内閣府経済社会総合研究所客員研究員、京都大学経済研究所客員教授などを歴任。専門は労働経済学。ロンドン大学経済学博士(Ph.D.)。共著書に、「もの造りの技能-自動車産業の職場で」(東洋経済新報社)、「労働経済学入門」(有斐閣)、「マクロ経済学」(有斐閣)がある。

■講評

◇注目の若年者就業問題を 理論・実証両面から丹念に分析


選考委員長 奥野 正寛(おくの まさひろ)

 2010年度のエコノミスト賞は、太田聰一氏の『若年者就業の経済学』に決定した。今年は稀に見る力作ぞろいで、激戦を勝ち抜いた著者に、お祝いの言葉を述べたい。

 厳しさがますます増す新卒・若年者の雇用・就業問題が、大きな社会的注目を浴びている。近年話題を集めていたフリーター・非正規雇用問題に加えて、超就職氷河期といわれる今年は、歴史的低水準に落ち込んだ新卒大学生の就職率が世間の耳目を集めている。このような社会背景を基に近年、若年者就業を扱った著作が多数出版されてきたが、そのほとんどは教育学、社会学あるいは経営学(人的管理システム)などの視点からの著作で、正統的な労働経済学の分析枠組みやきちんとした実証分析を背景にした著作は数少ない。

 本書の特徴はこの若年者就業問題を、適切な問題意識の下、オーソドックスな経済学を使って分析・実証した点にある。

 本書が取り組んだ問題は、「いったん失業し非正規雇用者になると長期的に不利な雇用につながらないか」「なぜ新卒採用が日本でこれほど重視されるのか」「長期不況下でなぜ若年正社員の採用がこれほど停滞したのか」「若年者と中高年は仕事を奪い合っているのか」などである。

 本書の分析の中心は「不況→ミスマッチ→自発的離職→ミスマッチの再発」というフィードバックが生み出す若年雇用問題にある。そもそも日本では、新卒採用時のミスマッチのため、若年就業者の失業率は他世代に比べて高率で、自発的離職も多く、就業状態と失業状態の行き来が激しい。特に就職氷河期といわれるような不況期には、学卒労働市場の需給が悪化し、正規の業務に就けなかった人たちや、不本意な就業しかできなかった人たちが、その後も長期にわたって離退職を繰り返し、低い賃金から抜け出せないという「世代効果」が生まれる。本書は、他国に比べて日本では世代効果が長く続くことを明らかにしている。

 その背景にあるのが、「新卒採用慣行」である。企業特殊性の高い人材を育てる、年齢構成の維持を図る、人材を確保するなどの理由を背景に行われてきた新卒一括採用という仕組みは、それが人的資本に対する投資という側面を持つ。そのため投資抑制に走りがちな不況期には、若年採用が雇用の調整弁になり就職氷河期が生まれる。採用機会から漏れた若年者は「正社員として採用されなかった人」という烙印を押され、情報の非対称性も手伝って、非正規雇用の道を余儀なくされる。

 さらに若年雇用問題を悪化させた要因として、1990年代以降、日本企業が長期的な成長に自信や展望を失い、結果として投資対象としての若年雇用者の採用抑制に結びついたこと。雇用者のなかで高齢者の占める比率が高く、組合組織率の高い大企業などでは、中高年労働者と代替関係にある若年採用が抑制されたことを指摘する。

 このように本書は、時代的・社会的に重要なトピックに正面から立ち向かい、若年雇用の変化、要因、対策を、理論・実証の両面から丹念に分析した好著で、エコノミスト賞にふさわしい力作であることは論を待たない。ただ選考委員から、若年雇用政策の提言がややありきたりではないか、マクロあるいはグローバルな視点があればもっと良かった、などの辛口の評価も出された。

 2回にわたった選考会議で、最後まで受賞作と熾烈な受賞争いをしたのが、翁百合『金融危機とプルーデンス政策│金融システム・企業の再生に向けて』である。

 今回の世界的金融危機が、金融システム構造や金融工学技術の変化を背景としたシステミック・リスクに基づいていたことを説得的に説明する。そのうえで、今後の規制管理政策としてミクロプルーデンスよりマクロプルーデンスが大事になること、具体的にそれがどんな政策になるべきかを詳説している。喫緊の重要問題を取り上げ、政府の関与のあり方を包括的に解説した労作だが、独創的な分析が少なく既存研究の整理にとどまっている、後半の産業再生機構や公的金融改革の分析も面白いが、書物全体としての統一性に欠けるなどの問題点が指摘され、僅差で受賞を逸した。

 3冊目は、内田浩史『金融機能と銀行業の経済分析』である。理論・実証の両面から最近の金融理論や銀行理論に見通しの良い解説を与え、伝統的銀行モデル、リレーション・バンク、市場型間接金融などの違いを要領よく整理していることが評価された。ただ、読みやすい上級教科書にとどまり、著者の主張が見えないと迫力不足が指摘され選に漏れた。

 青島矢一、武石彰、マイケル・クスマノ編著『メイド・イン・ジャパンは終わるのか』も高い評価を得た。80年代の日本企業の「奇跡」の理由はすり合わせ能力が問われる製品プル型産業システムにあったが、競争力の源泉が中間財プッシュ型に移り「終焉」が訪れた。このような視点から、日本の競争力変化の背景を検証している。ただ、研究開始以来10年経ち、時宜を大幅に逸した出版が否定的評価につながった。

エコノミスト 2011年4月5日号

2013年

7月

31日

第50回エコノミスト賞

■第50回(2009年度)エコノミスト賞決定

 エコノミスト賞選考委員会は「第50回(2009年度)エコノミスト賞」の受賞作に、花崎正晴著『企業金融とコーポレート・ガバナンス──情報と制度からのアプローチ』(東京大学出版会)を選んだ。花崎氏に賞金100万円と賞状、記念品、出版元の東京大学出版会に賞状と記念品を贈る。

 

◇エコノミスト賞選考委員(敬称略)

委員長 石弘光(放送大学学長)

委員(五十音順)/ 伊藤邦雄(一橋大学教授)/小川一夫(大阪大学教授)/奥野正寛(東京大学教授)/吉野直行(慶応義塾大学教授)

『企業金融とコーポレート・ガバナンス──情報と制度からのアプローチ』

(東京大学出版会)

花崎正晴 著

【はなざき まさはる】

日本政策投資銀行設備投資研究所長、一橋大学大学院商学研究科客員教授。1957年東京都生まれ。79年早稲田大学政治経済学部経済学科卒業、日本開発銀行(現日本政策投資銀行)入行。同調査部、OECD経済統計局、ブルッキングス研究所などを経る。早稲田大学博士(経済学)。主要著書に『コーポレート・ガバナンスの経済分析─変革期の日本と金融危機後の東アジア─』(共編著、東京大学出版会)、『金融システムの経済学』(同)、『経済制度の生成と設計』(同)など。

■講評

◇独自データによる実証分析 東アジア企業も研究対象に

 

選考委員長 石 弘光(いし ひろみつ)

 

 1960年度に発足したエコノミスト賞は、09年度でめでたく50周年記念を迎えた。伝統的に(1)若手の研究者の研究業績、(2)日本経済分析に新たな貢献を加えた著書の2点を基準に選考を重ねてきた。 

 

 この間、該当作がない年度もあったが受賞作は昨年度までで57点に及び(含む特別賞)、それを執筆した著者の多くはその後、日本を代表する研究者として成長した。本年度から、(2)の基準をより拡張し、研究対象に世界経済も含めることにした。 


 この記念すべき年度に、エコノミスト賞にふさわしい著作を選考できたことをまず委員長として率直に喜びたい。選考のプロセスは、最初に出版社などに対するアンケートによりおよそ30点を選び出した。それを踏まえ、選考委員が第1回の会合で各自2~3点の推薦候補作を持ち寄った。今回は、比較的早い時点で候補作が3点に絞られた。 


 その後、委員各自がこの3点を持ち帰り各々慎重に眼を通し、第2回目の会合でかなり時間を費やし審査した末、最終的に全員一致で花崎氏の著作に決定した。 


 戦後日本経済の発展には、日本独自の制度や政策が寄与してきた。この日本型モデルといわれる仕組みのなかで、銀行中心のメインバンク制度と系列関係が重要な役割を果たしてきたとの通説が、これまで広く支持されてきた。花崎氏は、この通説の検証も含め、日本の金融システムを、コーポレート・ガバナンスの視点から将来展望まで含め広範に論じている。理論に基礎をおき独自のデータを用いた実証分析に見るべきものがあり、興味あるファクト・ファインディングも踏まえ、通説とは異なる主張もいくつか展開している。この点に、他の候補作を凌駕していたといえる。その特徴はおそらく、以下、3点にまとめられよう。 


 第1に、銀行とりわけメインバンクが企業経営を規律付けしてきたという通説を検証し、それが必ずしも成立していないことを示している。企業規模別に設備投資関数の推計でキャッシュフロー制約の影響を計測し、また「エントレンチ(塹壕)銀行」(上位3株主がすべて銀行や保険会社)が、他の銀行のパフォーマンスより劣ることなどを実証している。その結果、日本独自の風土に根ざしたメインバンク制度や系列関係が必ずしも顧客企業にモニタリングを行い、ガバナンス機能を発揮していないという説得的な論証をしている。 


 第2に、日本の法人企業の企業金融とコーポレート・ガバナンスの通説を検証し、それを批判し懐疑的な結論を導いている。日本の銀行は高度成長期にも有効なモニタリング機能を果たしておらず、またグローバル化の下、製造業にとって厳しい海外との市場競争こそが有効な規律付けになったという仮説をたて、パネルデータで検証している。近年、銀行の主要顧客が非製造業や個人・中小企業に移り、海外からの競争圧力が遮断され国内規制により保護され、市場による規律付けが期待できなくなった今日的な課題が示される。いずれにしろ、メインバンクの役割の低下と日本の金融システムの脆弱性が顕在化したとする通説批判の興味ある結論が導かれる。 

 

 第3が、東アジアの家族支配型企業のガバナンス問題を取り扱っている。日本の実態と異なる特定家族が株式を集中的に保有し、実質的な支配権を確保している家族支配型企業のパフォーマンスを東アジアの企業データを用いて実証的に分析している。この結果、支配株主の持株比率が高いほど、また支配権と所有権の乖離が大きいほど、アジア危機発生後の企業の投資環境が悪化したとする。日本以外にも研究対象を広げた今回のエコノミスト賞にふさわしい内容ともいえよう。 

 

 このような研究成果の他にも情報と制度からみた企業金融の現状分析や将来展望に関し優れた貢献が幾つも見られ、全体として選考委員は一致して高い評価を与えた。この点に関しては誰も異存はなかったが、しかし著作の形態に関し、1つ疑問が提示された。それは主要な研究内容のうちかなりの部分が、過去に発表された幾つもの共同論文の成果に負っていることである。つまりこの著作を通して、その成果の100%が必ずしも花崎氏個人の業績のみに帰属しえず、他に何人も存在する共同研究者の貢献も無視できない。 

 

 この点、著者のみの業績を受賞の対象とするエコノミスト賞にふさわしいか否かが、選考委員会でかなりの議論を呼んだ。とはいえ、研究書としての優れた成果はこのような欠点を凌駕する側面をもち、また最近の学界での共同研究の一般的な風潮も考慮に入れ、最終的に花崎氏の著作を本年度のエコノミスト賞に決定した。 

 

 最後までこの受賞作と争ったのは、次の2つであった。(1)畑農鋭矢『財政赤字と財政運営の経済分析』(有斐閣)(2)山田節夫『特許の実証経済分析』(東洋経済新報社) 

 

 あと一歩で今回の受賞を逃したが、若いお2人の次の著作に期待したい。

 

エコノミスト 2010年4月6日号

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