経営者:編集長インタビュー

2018年

3月

27日

「薬が効く」原点は「患者さんの悩みを聞く」 杉浦広一 スギホールディングス会長

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── スギ薬局の特徴は。

 

 

杉浦 42年前、26歳で創業したときの「地域の医療に関わる」という強い理念に基づき、どう貢献するかを重視しています。今で言う地域包括ケア(医療や介護、生活支援など地域で総合的に支援)、在宅医療に携わりたいという思いは変わっていません。

── 具体的なこだわりは。

 

杉浦 調剤設備を全店に備えているのはこだわりそのものです。食品の売り上げが高いドラッグストアがありますが、当社は「ヘルスアンドビューティー」が軸です。患者様の話をよく聞き、「大丈夫。良くなりますよ。食養生(体調に合わせ栄養を考えた食事をとること)も大事にして、この薬を飲んで」と安心する言葉をかけると、薬はよく効くものです。

 

── 薬剤師は不可欠ですね。

 

杉浦 薬剤師を3人配置すると、薬剤師の人件費だけで月給30万円として約100万円かかります。調剤室の面積は約20坪(66平方メートル)ですが、これを商品の売り場にしたら、1坪当たりの月間売り上げが10万円として、売り上げが200万円増えます。調剤室を設置するとその分、売り上げは減るし、人件費が上がります。それでも処方箋調剤や患者様に薬剤師が応対することにこだわっています。

 

── なぜですか。

 

杉浦 薬剤師も医療を通じて人のために働きたいからです。お客様や患者様にいつでも相談してもらい、薬局での治療が困難なら病院を紹介する。私たちは人のために尽くしたい。その思想、理念は変わりません。

 

 関東、中部、関西でスギ薬局を展開するスギホールディングス。妻の昭子副社長と1976年に始めた16坪の薬局が出発点だ。2017年末現在、1093店に成長したが、2店舗目の開業は12年後、20年目までは約20店舗だった。急成長は最近20年ほどのことだ

 

── 2店舗目までの12年はどんなことに心血を注ぎましたか。

 

杉浦 年中無休で朝7時から夜11時まで薬局を開け、お客様一人一人の名前や渡した薬などを記憶し、次に来られた際は「いらっしゃいませ」ではなく、「症状は良くなりましたか」などと声をかける。親切丁寧に応対し、ファンになってもらうよう努めました。お客様との関わり方を身体に染み込ませました。

 

── 商売になりましたか。

 

杉浦 長いときは1人に1時間かけて接客したため、長時間待ってもらうこともありました。それでも来ていただき、20坪ほどの店でも薬や化粧品だけで1日数百万円売れました。

 

 2店舗目も3店舗目も、店長がこの姿勢を続けてくれて「病院よりよく効く」と言われるようになった。薬剤師が悩みを「聞く」ことは、薬が「効く」につながります。1000店舗に拡大すると私の管理は難しくなるが、「イズム」(考え方)はできています。

 

── 1000店へ飛躍の契機は。

 

杉浦 創業当初から「将来は1000店で4500億円」とは考えていませんでした。一人一人のお客様や患者様に対し、親切丁寧に応対してきた結果だと実感しています。

 

── 店舗が増えると社員教育が一層大事になりますね。

 

杉浦 社員教育はうちの神髄です。手を抜いたらあっという間にだめになります。店舗数が急に増えれば、経営の質や接客レベル、社員の質を保つのが難しくなる。その葛藤です。

 

 ◇病気予防のアドバイスも

 

── 国の社会保障費の削減は大きな課題です。

 

杉浦 約20年前から薬剤師が患者様の自宅に訪問する在宅医療に取り組んでいます。病気になって医療や介護のお世話になるのは大変です。そのためには病気にかからないように、健やかに過ごせることが大切です。最近では食生活を支援する管理栄養士の採用を増やして教育しています。来店のお客様に、管理栄養士が糖分や塩分、脂質の抑制など食生活についてアドバイスしています。

 

── 食生活への注意で十分ですか。

 

杉浦 運動も大事です。当社と行政などとが、共同でウオーキングなどのイベントを開いています。特に高齢者は筋力の低下を防止することが大切です。歩けなくなることは、いろいろな病気の元になる。自宅で簡単なスクワットやウオーキングを行うとともに、併せてサプリメントをはじめ栄養補助食品などの摂取をお勧めします。

 

── 集客にはつながりますか。

 

杉浦 すぐに売り上げにはつながりませんが、「スギさんで運動を教えられた」「元気になった」と喜ばれており信頼につながります。固定客やファンが増え、結果として売り上げが増えます。

 

── 他にどんな事業に取り組んでいますか。

 

杉浦 訪問看護にも取り組んでいます。珍しいと思いますが、薬局がやるべき仕事です。病院は患者さんがたくさんいて、手が回りません。薬局の出番だと思います。

 

── 今後の抱負は。

 

杉浦 売上高8000億円を目指し、主に関東、中部、関西で年間約100店舗を出店していきたい。もちろん、理念の合う企業とのM&A(企業の合併・買収)も考えています。

 

(構成=米江貴史・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃は

 

A 創業間もない頃で、年中無休、盆正月なしでひたすら働いていました。

 

Q 「感銘を受けた本」は

 

A 中村天風の著書からは人生の生き方を学び、ピーター・ドラッカーからは経営を教わりました。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 今でも年中無休ですが、最近は年2回休みを取って、妻と海外旅行に出かけています。

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 ■人物略歴

 ◇すぎうら・ひろかず

 1950年、愛知県西尾市生まれ。県立西尾高校、岐阜薬科大学薬学部製造薬学科卒業。薬局勤務を経て76年スギ薬局(現スギホールディングス)創業。2009年5月から現職。67歳。

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事業内容:ドラッグストア「スギ薬局」の経営管理

本社所在地:愛知県大府市

創業:197612

資本金:1543400万円

従業員数:連結4927人(20172月末現在)

業績(172月期・連結)

 売上高:43079500万円

 

 営業利益:2283200万円

2018年

2月

20日

幅広い部品群でクルマの激変を好機に 森谷弘史 カルソニックカンセイ社長

 

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

 写真撮影 蘆田剛

 

 

 

── 主力の自動車部品は。

 

 

 

森谷 カルソニックとカンセイという大きな部品メーカーが合併してできたため、非常に幅広い製品群を持っているのが強みです。最大の柱はコックピットモジュールなど内装事業で全体の3割強を占めます。

 

 

 

 次いでラジエーターなど熱交換器とエアコンなど空調器をまとめたサーマル(熱)関連が3割弱、速度メーターなどの計器類を含めたエレクトロニクス(電子部品)関連が2割、さらにマフラーなど排気関連が2割という構成です。今後は電気自動車(EV)化の流れもあり電子部品が増えていくでしょう。

 

 

 カルソニックカンセイは、日本ラジエーター製造(1938年創業)として始まったカルソニックと、関東精器(56年創業)として始まったカンセイという、日産自動車を顧客とする2大手部品メーカーが2000年に合併して誕生した。05年には日産の連結子会社となるが、17年に日産が米投資ファンド、コールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)傘下のCKホールディングス(HD)が実施した株式公開買い付けに応じたことで同社の完全子会社となる。

 

 

 

── 2大部品メーカーの合併は大変でしたか。

 

 

 

森谷 当時、日産の買い付け部門にいた私は、非常に近い立場で合併を見ていました。ちょうど自動車業界にも「モジュール化」、つまり、パソコンなど電子機器のように、標準化されたモジュール部品を組み合わせて製品を設計するという新しい流れが起きていました。相乗効果が出るまでは時間がかかるとの見方もありましたが、スムーズに一つの組織としてまとまりました。日産がモジュール化で他社に先行できたのは合併の効果だと思います。

 

 

 

── 具体的な効果とは。

 

 

 

森谷 当社の強みは製品群の広さのほかに、コックピットモジュールなど通常は完成車メーカーが内製する製品の開発をリードしていることです。これは他社にはない特長で、クルマの開発の全工程を理解しているからできることです。

 

 

 

 クルマは自動運転化や電動化、インターネットとつながるコネクテッド化など複数の領域で技術革新が進んでいて、完成車メーカーは開発のための人材や技術が不足しています。重要パーツの開発を任せられる当社のような部品メーカーとのつながりは、完成車メーカーにも大きなメリットだと思います。

 

 

 

── 日産傘下を離れた理由は。

 

 

 

森谷 コックピットモジュールのように設計から生産までできる部品メーカーは少ないです。この強みを生かして、日産以外の完成車メーカーにも部品をOEM(受託生産)供給していくためにCKHDの傘下に入りました。現在は日産向けの比率が80%です。中期経営計画では21年までに日産以外のシェアを20%から30%に増やすことが目標です。

 

 

 

── EV、自動運転で激変する環境にどう対応しますか。

 

 

 

森谷 EVの「日産リーフ」は、当社製のインバーターとバッテリーのモニタリングシステムを採用しています。今後、これらの需要が高まれば、他メーカーに供給する機会も増え、モーターやバッテリーを手がける部品メーカーと連携するなどビジネスの幅が広がると見ています。

 

 

 

 また、EVになってもコックピット回りの部品やエアコンは必要です。EVの場合、エアコンをつけると燃費が低下するので高効率の製品が求められます。また、EVへの過渡期の技術として期待される、発電のためにエンジンを回す「レンジエクステンダー」には排気マフラーが必要です。EV化は幅広い部品を持つ当社には追い風です。

 

 

 

 ◇サイバー対策で先行

 

 

 

── M&A(企業の合併・買収)の計画はどうですか。

 

 

 

森谷 中期経営計画では21年に売上高25%増を目標にしていますが、これは自社だけで達成する計画です。しかし、M&Aに興味はあります。そこで強みになるのがM&Aの専門家集団のKKRの存在です。実際、M&Aを行ったらどのような成長シナリオが描けるか議論しています。

 

 

 

── 海外展開は。

 

 

 

森谷 現在、世界15カ国に79拠点を構えますが、創業80周年の今年、ルーマニアに80カ所目の拠点としてメーター関連の電子部品工場を設けます。これまで欧州には電子部品の工場がありませんでしたが、近年は需要が拡大しています。そこで人件費が比較的安い東欧に注目しました。

 

 

 

── 新規事業は。

 

 

 

森谷 自動車業界で今までになかった試みとして、クルマのサイバーセキュリティー技術を開発する新会社ホワイトモーションを、フランスのIT企業クォークスラブと合弁で17年に設立しました。次世代車と目されるコネクテッドカーの課題は、サイバー攻撃によって突然ハンドルが利かなくなるといった危険があることです。クルマの場合、人命に関わるためハッキングを防ぐソフトウエアの需要が増えると見ています。ソフトの更新需要が常にあるため利幅も期待できます。

 

 自動車業界は1回売り切りの低利なビジネスが多いですが、セキュリティー分野をきっかけに高収益のビジネスを確立することも可能です。

 

(構成=大堀達也・編集部)

 

 

 

 ◇横顔

 

 

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

 

 

A 日産で部品調達を担当していました。製造拠点のあったメキシコやスペインに赴任し、異文化

 

の中で仕事とプライベートを充実したものにできたことが今につながっていると思います。

 

 

 

Q 「私を変えた本」は

 

 

 

A 大の読書好きですが、小学生のときに読んだ『少年少女世界文学全集』で本が好きになりました。読書は人間の成長に欠かせない投資だと思います。

 

 

 

Q 休日の過ごし方

 

 

 

A 平日と同じ4時半に起床し、静かな数時間を読書や映画鑑賞に充てています。これは至福の時間です。

 

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 ■人物略歴

 

 ◇もりや・ひろし

 

 1957年生まれ。山形県出身。宮城県立仙台第二高校、山形大学人文学部卒業後、1980年日産自動車入社。2006年CVP執行役員、07年カルソニックカンセイに入社し常務執行役員に就任。12年副社長を経て、13年4月から現職。60歳。

 

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事業内容:自動車部品の開発・製造

 

本社所在地:さいたま市

 

創立:1938

 

資本金:16億円(20181月末時点)

 

従業員数:22424人(連結)

 

業績(173月期・連結)

 

売上高:1126億円

 

2018年

2月

13日

木の恵みを人の暮らしのそばへ 市川晃 住友林業社長

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 住友林業の特徴は。

 

市川 1691年、別子銅山(愛媛県)の採掘に必要な備林を整備したことから歴史が始まりました。明治に入り、銅の精錬による煙や伐採により、山が荒廃してしまった。見かねた別子鉱業所支配人の伊庭貞剛が1894年に大造林計画を立て、多い時には年間200万本以上を植えました。当時では世界でも例のない大規模な造林事業です。

 

 それ以来、サステナビリティー(持続可能性)を強く意識してきました。「保続林業」という考え方です。CSR(企業の社会的責任)や「環境」なんて、言葉すらなかった時代から、社会貢献として植林を続けてきました。「国土報恩」の精神です。

 

 

── 持続可能性のある林業とは。

 

市川 木を資源として見直し、供給側の構図を変えていきたい。1975年に参入した住宅事業は、売り上げの4割以上を占める大きな柱です。「安心して暮らすため、木造住宅を近代化することが林業に携わる企業の使命」との信念です。

 

── 地震の多い日本で、木造は不安です。

 

市川 戦後の住宅不足を受け、木造住宅が粗製乱造されました。当然、質の差は激しく「木造は弱い」というステレオタイプを日本に植え付けてしまいました。

 

 しかし、世界最古の木造建築である法隆寺を例に挙げるまでもなく、建築物の強さを決めるのは素材ではなく建て方です。当社は高層ビルに用いられる柱と梁(はり)で強固に枠をつくる「ラーメン構造」を、木造住宅で初めて実現しました。耐震性に優れており、東日本大震災、熊本地震で、住宅の倒壊は一棟もありません。

 

── 住友林業の住宅のよさは。

 

市川 伝統的な住宅でみられる「通し柱」は、土地の制限や生活様式の変化とともに、日本の住宅に合わなくなっています。梁で支えるラーメン構造の「ビッグフレーム構法」は、柱や壁の制約を受けにくく、空間と敷地を有効活用できます。

 

 林業に携わる若者の比率は増えている。国勢調査によると、90年に6・3%だった35歳未満の割合は2015年には171%だ。

 

── 日本の林業は若年層比率が高まり、成長産業と呼べる状況です。

 

市川 都道府県が設ける林業の職業知識を教える学校が、ここ数年で11校新設され、全国に17校あります。林業系学部や森林を持つ大学も27校あり、若者が増えているのは確かです。しかし産業としては課題が多い。「3K」と言われた環境は改善されてきているものの、裾野を広げるには、さらに近代化を進める必要があります。加工技術の向上、ロボットによる作業の効率化です。

 

── 林業をさらに育てるために、必要なことは。

 

市川 木の用途を広げることが欠かせません。住宅以外の中・大規模建築物での木造や、木の質感を生かした建物を普及させるため、11年から担当部署を設けて「木化事業」を強化しています。17年には東京都国分寺市で、上部が木造、下部が鉄筋コンクリートの「ハイブリッド」で7階建てのオフィスビル、大阪府箕面市で木造の大規模リハビリテーション施設を竣工しました。

 

── 1711月にゼネコンの熊谷組と業務・資本提携を結んだ狙いは。

 

市川 大規模な木造建築事業に向けて、施工能力強化のためです。熊谷組も間もなく創業120年と、歴史を持つ企業同士のシナジー(相乗)効果もある。お互いの事業領域を広げることができ、売上高で1500億円程度の効果を見込んでいます。

 

── 足元の業績は。

 

市川 1618年度の中期経営計画で、19年3月期に連結で、売上高1兆1700億円、経常利益550億円、ROE(株主資本利益率)10%を掲げました。18年3月期は売上高1兆2200億円、経常利益535億円の見込みで、目標を1年前倒しでほぼ達成します。来期は目標を上回ることが至上命令です。

 

 ◇木を「時間財」に

 

 主力事業のうち、国内の住宅事業は厳しい環境です。14年4月の消費税率8%への引き上げによる反動減以降、低調な状況が続いています。受注件数ベースでは、17年度上期は前年同期比03%増となり、ようやく回復傾向がみられますが、1910月に10%への増税もあり、楽観はできません。

 

── 海外事業は好調です。

 

市川 17年3月期の実績で、経常利益の3割を海外事業で上げました。海外で住宅事業に参入するため、00年代から積極的にM&A(合併・買収)に取り組んできました。年間受注件数は、国内8000棟に対し、米国6000棟、豪州3000棟です。

 

── 林業の将来は。

 

市川 日本では古くから、暮らしと木が密接に結びついていました。神の宿る山を保護し、里山で実を拾い、植林で育てた木で家を建て、文化を育んできたのです。木の家は、人にやすらぎを与えてくれます。無垢(む く)材を使った床では、子どもは自然に寝そべり、足をどんどんとさせて木の感触を味わおうとします。

 

 木は人が植え、しっかり管理することで永遠に持続できる唯一の資源。木を切ることを「自然破壊」と批判するのは、守るべき森林と管理する森林を区別できていない議論です。木はサステナビリティーのある社会に欠かせませんが、育つのに時間がかかります。300年以上、木を軸にした事業を続けてきた当社は、木を「時間財」にする使命を果たしていきます。

 

(構成=酒井雅浩・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 32歳で大阪からシアトルに転勤し、木材の買い付けを担当しました。アラスカ州、オレゴン州、ワシントン州の森林を走り回っていました。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 物の見方を変えてくれる本です。司馬遼太郎の歴史小説や、マイケル・サンデルの『これからの「正義」の話をしよう』には考えさせられました。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 妻と街歩きをして、最近のトレンドを見て回ります。

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 ■人物略歴

 ◇いちかわ・あきら

 1954年生まれ。兵庫県出身。兵庫県立尼崎北高校、関西学院大学経済学部卒業。78年住友林業入社。2002年営業本部国際事業部長、05年住宅本部住宅管理部長、08年取締役常務執行役員などを経て、10年から現職。63歳。

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事業内容:木材建材事業、住宅事業など

本社所在地:東京都千代田区

設立:19482

資本金:326億円

従業員数:18379人(2017930日現在・連結)

業績(173月期・連結)

 売上高:11133億円

 

 営業利益:539億円

2018年

2月

06日

戸建て住宅でも1位を目指す 芳井敬一 大和ハウス工業社長

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 2017年11月、社長に就任しました。

 

芳井 昨年9月に突然、打診されました。樋口武男会長に「ここまで来たら逃げるなよ」と言われて、考える余裕はありませんでした。ただ、事業を進めていく上で自分が障害になってはならないという思いはありました。

 

 

 

 国内ハウスメーカー最大手。18年3月期は売上高3兆7500億円、営業利益3250億円、純利益2160億円で2期連続の最高益更新を見込む。

 

── 好業績の要因は。

 

芳井 商業施設、賃貸住宅、物流などの事業用施設の三つの主力事業が圧倒的に引っ張っています。意外なところでは戸建て住宅の数字が良いです。14年発売の「ジーヴォ・シグマ」は、天井高を272センチとれることで人気です。従来の「ジーヴォ」の特徴である外張り断熱は、玄人には受けるけれど、一般の方は理解しにくかった。一方、天井高はわかりやすい。東京エリアのお客様の決定要因を見ると、一番は設計が良い、コーディネーターが良いですが、二番目に天井高が入っています。

 

── コア3事業の拡充策は。

 

芳井 商業施設は都市部に増やしていきます。1棟当たりの単価もかつては1億円程度でしたが、今は3倍になっています。

 

 物流施設は供給が増えて飽和状態にあると言われていますが、実は日本にある物流施設の7割が古い形式のものです。

 

 また米国の統計では小売業に占めるeコマースの割合は8%で、日本は5・4%程度。eコマースの需要はまだまだ増える余地があります。施設の場所も東京や大阪など都市部の近郊が増えるでしょう。

 

 賃貸住宅は、金融庁がアパートローンの貸し出しに対して監督を強化したこともあり、ローンがつかずに着工を待つ案件が発生するなど、難しい場面もありました。ただ、当社の管理物件は高い入居率を維持しており、市場が落ち着けばおのずと選ばれると思っていました。すでに昨年の12月の受注はもとの水準に戻っています。

 

── 国内戸建て住宅事業の強化を掲げています。

 

芳井 戸建て住宅でトップではない要因はいろいろあります。ただ、これまでは人材を増やすなど、首位を取りに行く戦略を積極的にとってきませんでした。そこを見直していきます。

 

 すでに東京では住宅展示場を急速に増やしており、この5年間で8カ所から14カ所に拡大しました。欲しいのは銅メダルじゃない。上位に追いついていくことは非常に大事です。

 

 当面は消費税の増税が気がかりです。駆け込み需要があるとして、その後の反動減をどう乗り切るか。過去2回の消費税増税の時と同じような道をたどらないようにしなければなりません。

 

 ◇海外は新しいステージへ

 

── 19年度からの中期経営計画ではどのように芳井色を出しますか。

 

芳井 当社は創業100周年を迎える55年度に売上高10兆円を目指しています。どんな道をたどり、10兆円になった時にどんな会社になっているか。今年4月に入社する新入社員が20年、30年先を見えるようなロードマップを用意したいです。

 

── 海外事業の今後は。

 

芳井 10兆円という数字を追いかける上で、海外事業の拡大は避けて通れません。

 

 私が海外事業部長に就いた11年当時、海外事業の売り上げは100億円強の規模でした。しかし18年3月期は為替が大きく動かない限り2000億円になる見通しで、来期は2500億円が見えています。展開する国も中国1カ国だったものが現在は17カ国に広がりました。

 

 これだけの規模になると、100億円の頃には見えなかった景色が見えてきますし、実際に事業につながるような前向きな情報が入ってくるようになります。チャンスが広がっている手ごたえがあります。

 

── 拡大に当たり、M&A(合併・買収)も選択肢に入りますか。

 

芳井 これまでに米国の戸建て住宅会社のスタンレー・マーチン社や、フロントドア社の戸建て住宅事業を取得しましたが、M&Aありきで考えているわけではありません。重要なのは、当社のDNAに合うかどうか。時間をかけてゆっくり話し合う必要があります。

 

── 正月に住宅展示場を休業するなど働き方改革でも芳井色を打ち出しています。

 

芳井 自宅でお正月を味わったことのない営業スタッフが、お正月をゆっくり過ごせる住宅を提案をするのはばかげています。展示場は1227日に閉めて、正月を味わう。その代わり12月も1月も数字を確保しろと言っています。実際、三が日の営業休止は東京では5年目ですが、1月の住宅契約数は過去4年間、まったく落ちていません。

 

── 人材育成は。

 

芳井 大和ハウスのDNAをいかにつないでいくかが課題です。樋口会長は、「オーナー(石橋信夫氏)はこうだった」と繰り返し話しています。「またか」と思う人もいるかもしれませんが、社員の間に「凡事徹底」「10兆円」という言葉は刷り込まれています。そしてその方向に人は導かれる。これをしっかり伝えていけばいいと思っています。

(構成=花谷美枝・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 神戸製鋼所でラグビーをしていましたが、交通事故で8カ月入院して、何もかも失いかけました。32歳で大和ハウスに転職。上司・後輩に恵まれました。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 創業者の石橋信夫がまとめた『わが社の行き方』(非売品)。その時の気持ちで捉え方が変わるので、日付と感想を書き込んだ付箋を貼っています。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 絵画鑑賞と観劇。俳優の古田新太さんのファンで、劇団☆新感線の『髑髏(どくろ)城の七人』は花鳥風月、全部観ました。

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 ■人物略歴

 ◇よしい・けいいち

 大阪府出身。大阪府立大和川高校(現・大阪府教育センター附属高校)、中央大学卒業。神戸製鋼所を経て1990年大和ハウス工業入社。2013年東京本店長、16年取締役専務執行役員、1711月から現職。59歳。

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事業内容:戸建て・賃貸住宅、商業・事業施設の建築など

本社所在地:大阪市

設立:19554

資本金:16169920万円

従業員数:15725人(20174月現在)

業績(173月期、連結)

 売上高:35129億円

 

 営業利益:3100億円

2018年

1月

30日

日本一暮らしやすい路線に 星野晃司 小田急電鉄社長

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 小田急電鉄の特色は。

 

 

星野 120・5キロの路線距離に、東には世界最大のターミナルである新宿、西には日本有数の観光地である箱根、江ノ島を抱え、ビジネスと観光のターミナルを持っています。平日は新宿へ向かうビジネス客、休日は箱根や江ノ島に向かう観光のお客様がいます。そこをブランドでもある特急専用のロマンスカーでつないでいるのが一つの特徴です。

 

── 強みは。

 

星野 乗降客10万人超の駅が11駅あります。起点の新宿や代々木上原、30キロ地点には町田、40キロ地点には本厚木があり、この規模の駅が点在している私鉄は珍しいです。小田急は新宿と箱根のターミナルだけでなく、他の駅間を行き交う人にも支えられています。背景には大学や企業といった集客施設が沿線に点在している強みがあります。

 

 通勤・通学と観光路線の顔を持つ小田急。ラッシュ時の混雑は首都圏屈指で、代々木上原駅(東京都渋谷区)─登戸駅(川崎市多摩区)11・7キロの複々線化を進めてきた。残っていた代々木上原駅─梅ケ丘駅(東京都世田谷区)2・2キロの工事が終わり、3月17日にフル活用するダイヤが始まる。

 

── 複々線完成に要した年数は。

 

星野 構想から半世紀、着工から30年かかりました。工事区間は路線全体の1割にも満たないですが、住宅が密集している地域で、高架化や地下化により踏切廃止の工事も進みました。踏切廃止など立体交差は東京都の事業で、線路を2本から4本にした小田急の工費は約3200億円です。50年先を見据え、輸送を改善して質を高めるという思いを持って大工事を決めた先輩たちは、大きな決断をしたと思います。

 

── 複々線完成の効果は。

 

星野 朝ラッシュのピーク1時間(下北沢着午前7時半~8時半)の運行本数は27本が限界でしたが、線路が倍になることで36本に増やせ、輸送力は約4割増強できます。列車がスムーズに走れるようになり、町田から新宿の所要時間は12分短縮して37分になります。また混雑率は192%で首都圏ワースト3でしたが、平均150%程度に緩和します。混雑緩和で乗降時間の短縮も期待でき、定時性の確保も期待できます。

 

── 代々木上原から先の対策は。

 

星野 乗り入れている東京メトロ千代田線への直通電車を増やし、流れを新宿方面と分散します。千代田線はビジネス拠点が多く、代々木上原からの千代田線利用者は増えており、朝の新宿方面との比率は約5545です。

 

「小田急は混んでいて遅い」と敬遠されていましたが、東急線やJR南武線などから切り替える利用客が、年間3~4%、約3000万人増えると期待しています。

 

── 他に期待できるメリットは。

 

星野 複々線の完成で便利になることにより、沿線の魅力を抜本的に高められます。併せて主要駅の自治体や大学、企業と連携して使いやすい駅や周辺開発を進めています。小田急が「日本一暮らしやすい沿線になる」アプローチです。

 

 ◇インバウンドも大きな柱

 

── インバウンド(訪日外国人)数は伸びていますか。

 

星野 箱根や江ノ島などの観光地だけでなく、新宿も人気があります。1999年に鉄道で初めて、新宿に外国人利用客の案内所を作りました。新宿と小田原の2カ所の利用者は2012年度が9万人でしたが、16年度は28万人でした。17年度は三十数万人と見込んでいます。東南アジア中心に、中国や韓国に加え、最近は欧米が増えています。

 両拠点を持つ我々にとってインバウンドは大きな柱として育てたいですね。20年度までの関連収益230億円を目標としています。

 

── まだ伸びそうですね。

 

星野 昨年12月にはインバウンド専用周遊券「箱根鎌倉パス」の発売を始めました。3日間有効でグループ各社の交通機関が使える箱根や鎌倉の周遊券サービスに加え、小田急線内も自由に乗り降りできます。

 

 一方、インバウンド関連ベンチャーを支援する事業も始めています。取得したビルに貸しオフィスやイベントスペースなどがあります。イベントの提供や商品の企画に向けて、アイデアを出してもらう狙いです。

 

 16年9月にはPRを図り、バンコクに駐在員を配置しました。現地での発信力は高まり、新宿・小田原の旅行案内所の利用者は17年度上期は前年度同期比で27%増加しました。国は20年東京五輪を控え、欧米などからの長期滞在型観光客を見据えています。当社は今年2月にパリにも駐在員を置きます。現地に駐在員がいると、情報量は収集も発信も格段に違います。

 

── 今後の方針は。

 

星野 20年を見据えた長期ビジョンでは、複々線の効果最大化、沿線外のホテル進出などを盛り込んでいます。百貨店をはじめ流通は苦戦しています。4月からの3カ年計画では、百貨店とショッピングセンターの融合を図ります。藤沢で始めており、内装の変更などを進めています。町田や新宿でも展開する方針です。

 

 駅の機能は変わっていくでしょう。これまでは主に「住む」「買い物する」という機能でしたが、サテライトオフィスや、子どもの学びや遊びのスペースといった多様な機能を持つ拠点に作り替えていきたいと思っています。

(構成=米江貴史・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A ほとんどをグループ事業部で過ごしました。20代で関わった人事から、商売中心になりました。不動産や建設を担当し、人間関係や事業の視野が広がり、グループ全体あっての小田急だという考え方になりました。

 

Q 「私の好きな本」は

 

A 時代小説をよく読みます。佐伯泰英、上田秀人、辻堂魁が好きです。勧善懲悪な話はスッキリします。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 趣味はゴルフですが、それ以外は家族と過ごしています。妻や子どもと一緒に買い物や食事、映画に出かけたりします。家では天ぷらなどの料理もします。

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 ■人物略歴

 ◇ほしの・こうじ

 1955年生まれ。神奈川県出身。県立厚木高校、早稲田大学政治経済学部卒業後、78年4月小田急電鉄入社。専務取締役交通サービス事業本部長などを経て2017年4月から現職。62歳。

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事業内容:鉄道、百貨店などの流通、不動産など各事業の運営

本社所在地:東京都新宿区

設立:1923年5月(前身の小田原急行鉄道)

資本金:6035900万円

従業員数:単体3637人(20178月)

業績(173月期、連結)

 売上高:52303100万円

 

 営業利益:4994600万円

2018年

1月

23日

「モーターと制御」を主力に産業ロボも展開 小笠原浩 安川電機社長

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 主力のサーボモーターはどのようなものですか。

 

小笠原 サーボモーターは、モーターの回転を決められた位置に正確に「止める」ことが得意です。当社のサーボモーターは、35キロメートル以上ある山手線1周に例えると、誤差2センチ内の位置に止める精度を持ちます。競合はいますが、当社のサーボモーターは精度・品質が高いことから世界シェアトップです。

 

 

── どのようなものに使われますか。

 

小笠原 正確な位置決めが求められるあらゆる産業機械に使われています。需要先のひとつとして産業用ロボットの関節があります。産業用ロボットが、モノをつかみ正確な位置に運ぶのに役立ちます。電子部品を、基板上の決められた位置に正確に素早く置くチップマウンターにも多く使われます。

 

── 事業のポートフォリオは。

 

小笠原 売上高ベースで、サーボモーターやインバーターなど、モノの動きを制御する機器であるモーションコントロールが48%、ロボットが35%、システムエンジニアリングが12%です。

 

── 産業用ロボットメーカーのイメージも強く、ファナック、ABB(スイス)、KUKA(独)と共に世界4大メーカーと言われます。

 

小笠原 世界トップ4の中で、サーボモーターを含む電気部品を製造しているのは当社とファナックだけです。あとの2社は、電気部品については外部から調達しています。だから当社は、サーボモーターなどの電気部品とのすり合わせをして、柔軟にロボットを開発・製造できるのです。

 

── ロボットはどのような用途に使われますか。

 

小笠原 主には自動車産業向けです。特に、放電を利用して金属同士をすき間なく溶接する「アーク溶接」で強みを発揮します。他には、さまざまなモノを運ぶ用途や、半導体・電子部品の製造工程でも多く使われます。

 

── サーボモーターと産業用ロボット双方を製造する狙いは。

 

小笠原 当社は「モーターとその制御」をコアとする会社です。歴史的に見れば、当社は元々、九州の炭鉱で、石炭搬送用の巻き上げモーター製造からスタートしました。その後、サーボモーターを世界で初めて開発し、その応用として産業用ロボットの関節に使っているという経緯があります。ロボットは一つの製品に過ぎず、ロボット専業のメーカーではないのです。

 

── ロボット専業メーカーとの差別化ポイントは。

 

小笠原 モーターとその制御をなりわいとすることで、裾野を広く持てるということです。ロボットを大量に製造して、顧客の要望もあまり聞かずに「これは当社のこんな技術を詰め込んだ、当社の標準的なロボットです」と持っていくだけでは顧客は満足しません。「こんな製造工程が欲しい」という顧客の声に耳を傾けて、ロボットだけではなく、FA(ファクトリーオートメーション)機器も含めたシステムとして提案できる、裾野の広さが大事と考えます。

 

── モーターから事業が広がってきたのですね。

 

小笠原 はい、引き続き、モーターからの広がりという路線で事業をやっていこうと思います。しかし、モーターが不要になる時代がいつか到来する可能性はあります。また、産業用ロボットが別のモノに置き換わる可能性だってあります。そうした市場の変化には、先に手を打てるよう敏感でいなければなりません。

 

── 足元の受注状況は。

 

小笠原 中国を中心として需要は旺盛で、前年同期比3割増の過去最高レベルで推移しています。この結果、18年2月期(決算期を今年度から変更)連結決算は売上高・最終利益ともに上方修正して、過去最高を更新する計画です。

 

── 国内需要はどうでしょうか。

 

小笠原 国内需要も右肩上がりですが、伸びが著しい中国にはかないません。

 

 ◇対中国製でも価格競争力

 

── そんなに中国の需要が強いのですか。

 

小笠原 中国では、スマートフォンなど最先端の製品を製造する工場は、中古の機械設備は絶対に使いません。常に最先端の機械設備を求めており、2年で新たな設備に替えます。中国では今後も、スマートフォンや電子部品そして半導体全般、また見落としがちな分野としてはLED(照明)でも需要の伸びが大きく見込まれます。

 

── 中国にもサーボモーターや産業用ロボットを製造する現地メーカーがあるのでは。

 

小笠原 当社のサーボモーターは性能や品質が良く、故障が少ない。しかしそれだけではありません。部品調達や生産の現地化を徹底的に進めていることで、中国製品と比べても安く製造でき、コスト競争力があるのです。16年度、当社は世界で250万台のサーボモーターとアンプを製造しましたが、うち半分は中国の瀋陽で製造しています。

 

── それは意外ですね。

 

小笠原 当社のロボットも中国の常州工場で、材料調達から一貫して現地で生産をする地産地消体制を敷き、開発チームも現地に置いています。顧客のニーズをすぐに吸い上げ、反映できるのも強みです。

 

── とはいえ、中国工場で働く日本人の人件費は高いのでは。

 

小笠原 中国の現地メーカーで働く中国人の人件費は年々上がっています。そのことは、当社のコスト競争力を強める追い風になっています。

(構成=種市房子・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A ソフトを開発する部門で、猛烈に働いていました。気の遠くなるような作業も多いのですが、「物事は必ず終わる」ということを学びました。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 弘兼憲史さんの「島耕作」シリーズです。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 妻と買い物です。

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 ■人物略歴

 ◇おがさわら・ひろし

 愛媛県出身。松山南高校、九州工業大情報工学科卒業。1979年安川電機入社、主にソフトウエア開発畑を歩み、2006年取締役、15年代表取締役・専務執行役員。16年3月から現職。62歳。

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事業内容:産業機械、ロボット製造

本社所在地:北九州市

設立:19157

資本金:306億円

従業員数:14632人(連結)

業績(20173月期、連結)

 売上高:3948億円

 

 営業利益:304億円

2018年

1月

16日

ニーズに合わせて革新的な生命保険を提供 中里克己 東京海上日動あんしん生命社長

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 東京海上日動あんしん生命はどんな会社ですか。

 

中里 1996年の保険自由化によって損害保険、生命保険が相互に参入できるようになり、東京海上グループとして生命保険をスタートしました。創業時には「おかしいな、人間が生命保険に合わせている」というメッセージを掲げ、お客さま本位の生命保険のあり方を追求するコンセプトを打ち出しました。もう一つ、革新的な商品・サービスを提供することも創業の精神として取り組んでいます。

 

 

── 大手生保との違いをどう打ち出していますか。

 

中里 グループとして生損保一体なのが独自の強みです。その象徴的な商品が、業界唯一といっていい「超保険」。火災保険や地震保険、傷害保険とばらばらだったものを一つにまとめ、さらに生命保険も提供しています。お客さまの生涯にわたるリスクを一覧化し、コンサルティングしながら生損保両面から守っていくのがコンセプト。2002年に発売以来、多くのご支持をいただいています。

 

 1610月には、超保険で生命保険の保険料を割り引く「生保まとめて割引」も導入しました。こうした発想をできることが生損保一体で取り組むメリットと考えています。

 

 まさにゼロからスタートした東京海上日動あんしん生命。0310月の東京海上あんしん生命と日動生命の合併を経て、17年6月末には保有契約件数が557万件を突破し、右肩上がりで成長を続けてきた。国内損保事業、国内生保事業、海外保険事業、金融・一般事業の四つの分野を展開する東京海上グループの中で、生保事業は成長のけん引役に位置づけられている。

 

── 他にもユニークな商品が多いですね。

 

中里 1711月から契約者の方々が歩くと保険料の一部が返ってくる「あるく保険」の一般販売を始めました。お客さまにウエアラブル端末を貸与して装着してもらい、1日平均8000歩を歩くと保険料の一部を2年後にキャッシュバックする業界初の商品です。健康増進の取り組みをサポートすることで、できるだけ(医療の)出費がかからないようにしようというコンセプトですね。

 

── 従来の医療保険や死亡保険ではカバーしきれないリスクが増えています。

 

中里 当社では12年から「生存保障革命」と題して、そうした空白領域を保障する商品を開発してきました。最近では、長期の入院などで働けなくなるリスクを保障する「家計保障定期保険NEO 就業不能保障プラン」を1611月に発売し、17年度上期(4~9月)の加入件数は前年同期比1・5倍と伸びています。1711月からは「生存保障革命Nextage」という取り組みを始め、「あるく保険」を一歩として「未病・予防」といった領域へと(商品開発を)広げていきたいと考えています。

 

── 低金利の環境が長く続き、一時払い終身保険は販売休止が相次ぎました。

 

中里 それでも、老後の生活資金への不安は根強くあります。そこで、保険商品として何かできないかと、17年8月に発売したのが変額保険「マーケットリンク」です。これは、保険料を回払い(月払いまたは年払い)でお支払いいただき、運用実績によって将来の満期保険金の上昇が期待できる商品です。資産運用にはリスクが伴いますが、「マーケットリンク」は長期にわたって積み立て、投資対象を分散することで、そうした運用リスクを軽減できます。

 

── 運用先は選べるのですか?

 

中里 国内株式型や外国債券型、国内外の株式・債券に投資するバランス型など8種類から選べます。こうした回払い変額保険も他社はあまりやっていません。お客さまのニーズに合わせて、一歩先を行く商品を提供していきたいと思っています。

 

 ◇運用を多様化・高度化

 

── 保険料の運用環境も厳しくなっています。

 

中里 健全性を維持することが大前提ですが、資産運用の多様化・高度化を進めています。資産運用能力の高さで定評のある米デルファイ社が12年、東京海上グループの傘下となりましたが、16年度から当社の運用資産の一部を委託し始め、17年度からその規模を大きくしています。グローバルな保険グループならではのシナジー(相乗効果)を発揮していきたいですね。

 

── 今後の目標は。

 

中里 17年度は現在の3カ年の中期経営計画の最終年度です。生命保険会社の売上高に相当する新契約年換算保険料は、長期貯蓄性商品を除いたベースで年平均成長率10%を目標としており、17年度末にはクリアする見込みです。また、現中計では生保の事業利益の増加額で1000億円到達を目標に掲げています。今後の金利水準次第となりますが、17年9月末時点の業績予想ではこちらも17年度末で達成できる見通しです。今年度は次の中計に向けた布石を打つ重要な一年でもあります。

 

 より長期のビジョンとしては「日本を代表する生命保険会社」になることを掲げています。規模だけでなく成長性や健全性、収益性などあらゆる面で高いレベルを目指し、お客さまをはじめステークホルダー(利害関係者)から評価されることで、従業員もやりがいや誇りを持てるようにしたいですね。

(構成=桐山友一・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 入社以来の営業部門から本社に異動し、営業推進をつかさどる「営業開発部門」にいました。さまざまな仕組みを変革していかなければならず、「戦略の大切さ」を学びました。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 童門冬二の『上杉鷹山の経営学』です。変革にチャレンジする、一本筋の通った経営姿勢に共感しました。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 下町の散策と食べ歩きです。家族や気の置けない仲間との食事の時間を楽しみにしています。

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 ■人物略歴

 ◇なかざと・かつみ

 1963年生まれ。埼玉県出身。埼玉県立春日部高校、一橋大学経済学部卒業後、85年東京海上火災入社。東京海上日動火災理事東東京支店長、東京海上日動あんしん生命執行役員営業企画部長、常務取締役兼営業企画部長などを経て、2017年4月から現職。54歳。

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事業内容:生命保険事業

本社所在地:東京都千代田区

設立:199686

資本金:550億円

従業員数:2588人(20173月末現在、単体)

業績(173月期、単体)

 経常収益:156700万円

 

 経常利益:1747700万円

2018年

1月

09日

鉄道、流通、不動産で九州を元気に 青柳俊彦 JR九州社長

── 国鉄民営化から30年がたちました。

 

青柳 本州の3社と比べ、JR九州は鉄道事業が赤字の会社だったため、いかに効率よく運営し、鉄道に乗っていただくか、どういうふうに利用していただくかが課題でした。一番需要が高かった福岡─熊本間という本来ならドル箱路線が当時は高速道路に負けていた。鉄道事業本来のあるべき姿に戻らないといけない、というのが30年前のスタートでした。

 

 

── どんな取り組みを進めてきましたか。

 

青柳 国鉄時代の延長線上で鉄道事業に取り組めば即つぶれてしまう。乗っていただくための戦略、そしてリピーターになってもらうサービスは何かを常に考えてきました。その一つが車両のデザインです。

 

── 大人が見てもかっこいいと思う車両が多いです。

 

青柳 工業デザイナーの水戸岡鋭治さんに最初にデザインしてもらったのが1988年、福岡県内を走る香椎線のアクアエクスプレスのデザインでした。

 走っている写真を見てお子さんが乗ってみたいと思うきっかけになるデザイン、かっこいいから乗ったら「便利でサービスもいい」と思ってもらう。それが我々の原点で、今も忘れていません。

 

── 水戸岡氏との出会いは大きかった。

 

青柳 92年に運輸部に着任する前年、水戸岡さんが「鉄道大航海時代」という大論文を書かれ、初代社長の石井幸孝に見せました。彼は動くホテルをイメージした車両を考案し、「これからは鉄道の大航海時代が始まる」と言っていました。これを受け水戸岡さんに頼んだのが92年に運行を始めた特急つばめでした。

 時速130キロの在来線高速化や列車本数の頻度アップなどの改革は理性に訴える戦略、乗り心地やデザインは感性に訴える戦略という認識で進めてきました。

 

 アクアエクスプレスは、大きな前面窓や、海が見えやすいように座席を窓に向けて配置、つばめはホテルのような空間を車内に持ち込むなど、従来の鉄道車両にない斬新なデザインが話題を呼び、ここ数年巻き起こっている観光列車ブームに先鞭(せんべん)をつけた。

 

── 水戸岡氏がデザインした周遊型の豪華寝台列車「ななつ星in九州」も人気です。

 

青柳 2013年10月から運行を始めました。週2回の運行で1回の運行は最大30人、3泊4日で1人67万5000円からと決して安くないですが、18年2月までの運行分の応募倍率は平均16倍です。

 

 熊本地震と九州北部豪雨、台風の影響で、長崎と鹿児島を往復するルートに限定していましたが、地元の方々が地場の産品を差し入れてくれたり、民間芸能を催してくれたり、家族のような地元の方々のおもてなしのおかげで、ななつ星の価値は下がりませんでした。17年12月に日豊本線が運転再開し、大分や宮崎を通るルートで運行しています。

 

 ◇意識した投資家目線

 

── 不動産と流通にも力を入れています。

 

青柳 民営化スタート時、1万5000人の社員のうち、鉄道事業だけなら1万2000人で列車を動かせる。残る3000人分の食い扶持(ぶち)をどうするかが課題でした。なんでもやろうと取り組んだのが不動産です。

 

 最初は熊本県の美咲野で2000戸の大団地を開発しましたが失敗し、減損もしました。そこで我々の強みである「街中で機能の高いものを提供しよう」とぶれずにやってきたのがいまの成功につながりました。15、16年には九州最大戸数の分譲マンションを発売し、現在も毎年500~600戸を売り出しています。

 

── ファクトシート(決算の補足資料)には最初にEBITDA(税引き前・償却前・利払い前営業利益)が出てきます。

 

青柳 投資家向けに何を伝えるべきか勉強しました。EBITDAで見ると鉄道で4割、残り6割は駅ビル(流通)と不動産、建設で稼いでいます。鉄道を基盤に不動産と流通が一緒になって伸びていく、という気持ちがあった方がいい。それが九州の元気の源になる事業ならチャンスを生かしてやっていきたい、という考えです。

 

── 16年10月の東証1部上場から1年がたちました。

 

青柳 18年度が最終の中期経営計画で、経営安定基金も固定資産税の減免措置もなくなり、完全な民営会社になります。

 

 鉄道を運行する仕事は上場しても変わりませんが、意識は生まれ変わる方向にシフトしないといけない。外部の人と話して「会社は変わった」と思われるよう新しいステージを目指そう、と社員には訴えていきます。

 

── 今後力を入れていく開発は。

青柳 21年春に熊本駅ビルを開業する予定で、長崎本線連続立体交差事業に伴い、長崎の駅ビルも再開発していきます。

 

 福岡市内では、天神の大名小学校跡地の開発に名乗りを上げ、青果市場跡やウオーターフロント構想も視野に入れています。

 

── 海外展開は。

 

青柳 5年前に中国の上海にレストランをオープンし、現在は4店で営業。タイにも17年に事務所を開き、日本の駐在員向けのサービス・アパートメントの運営を行いたい。

 

Interviewer 金山隆一・本誌編集長

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 前半は科学技術庁(現・文部科学省)の日本原子力研究所に出向。民営化前の4カ月はJR準備室、JR九州となってからは総合企画本部で在来線の時速130キロ化、その後、鉄道の仕事すべての基幹業務システム化、九州各地の列車運行を一元管理する総合指令化──の三つに取り組みました。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 司馬遼太郎『竜馬がゆく』など。本の虫ではないですが、何でも読みます。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 家でぼうっとしています。

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 ■人物略歴

 ◇あおやぎ・としひこ

 1953年生まれ。福岡県出身。ラ・サール高校(鹿児島県)、東京大学工学部卒業。1977年国鉄入社、87年国鉄民営化に伴い、JR九州総合企画本部経営管理室副長、2005年取締役鹿児島支社長、12年専務取締役を経て、14年から現職。64歳。

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事業内容:運輸、建設、不動産、流通・外食

本社所在地:福岡市博多区

設立:1987年

資本金:160億円

従業員数:1万6922人(2017年3月末現在、連結)

業績(17年3月期、連結)

 売上高:3829億円

 営業利益:587億円

2017年

12月

26日

物流システム「マテハン」で世界トップ 北條正樹 ダイフク社長

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── マテリアルハンドリングという聞き慣れない事業を展開しています。

 

 

北條 マテリアルハンドリング、略してマテハンという言葉を定義付ける前に、どんな産業に使われているかを紹介します。まず、私たちがマテハン事業を始めたのが、自動車の搬送システムです。完成車メーカーの工場で、生産ラインの各工程で生産中の自動車を運ぶものです。次に手がけたのが自動倉庫です。

 

── 今日、電子商取引(EC)の拡大で普及していますね。

 

北條 自動倉庫はネット通販業者の他に食品卸、医薬品卸など幅広い顧客がいます。当社は、倉庫というハードに、プラスアルファでコンピューター制御機能を付けて、在庫や入荷・出荷管理をします。要は、マテハンとは物流システムをハード・ソフト双方で総合的に提供することです。納めるシステムは、顧客1社1社で違います。私たちは物流システムのハードを作るメーカーでありながら、システム・インテグレーター(最適なものを選んで組み合わせる会社)としての性格も持っています。最近では、物流のコンサルタントのビジネスも増えています。

 

── コンサルタントの仕事とは。

 

北條 マテハンは、人手不足・自動化が追い風になっています。では、自動倉庫で荷物を拾い上げて仕分けするロボットを全面的に導入すればいいのでしょうか。荷物は大きさも形状も多様で、ロボットが苦手とします。また、1カ月に数回しか注文が来ない商品のピッキングにも、ロボットを導入するべきでしょうか。何でも自動化をすればよい、というものではありません。当社は、顧客の求めるもの、費用対効果を踏まえて、自動化をどこまで進めればいいのかを提案します。

 

── 顧客層は。

 

北條 自動車、半導体、ディスプレー、食品、ネット通販業者、空港運営者とさまざまです。当社はマテハン世界シェア、ナンバーワンです。それは、顧客の裾野が広いからです。ポートフォリオが広いと、ある産業の需要が落ちても、他の産業でカバーできます。

 

── 堅実な経営ですね。

 

北條 当社は1970年代、マテハンの知見を生かしてボウリングのピンをセットするマシンを製造していました。ブームに乗って、72年度にはボウリングマシンの売上高は全体の72%に達しました。会社の財務は向上しましたが、ブームが去れば全く売れない。発売当初から覚悟はしていたことなのですが。それ以来、「一気にもうかる商売は長続きしない」を教訓にして、地道に顧客を開拓し、一歩一歩信頼を獲得する路線を身上にしています。

 

── どのように信頼を獲得してきたのでしょうか。

 

北條 何ごとにも逃げないことを心がけてきました。これは、顧客の求める納期内に、必要な機能を入れて、求められるコスト内で工事を終わらせることを意味します。かつて、欧米の大手自動車会社にシステムを納入した際「Not Escaping Company(逃げない会社)」と褒められたことがあります。ビジネスライクな欧米の企業がコストが跳ね上がったことを理由に納入価格をつり上げることは珍しくありません。当社は時には採算よりも納期を守ることに注力してきました。

 

── 他の強みは。

 

北條 顧客のニーズから新商品を作り出す能力は随一です。当社社員が工場や倉庫など現場に行って、切羽詰まった納期内に顧客と新たなシステムを作ろうとする。一つ現場を仕上げると、社員には自信になります。顧客とイノベーションを生み出しているとも言えます。社員を育てているのは当社ではなく、顧客です。

 

 ◇ハイテク産業向け好調

 

── 国ごとのポートフォリオは。

 

北條 売上高ベースで、日本33%、北米24%、アジア36%です。日本は特にEC需要が伸びています。アジアの中では中国でディスプレー工場向けが伸びています。北米ではEC向けを伸ばせていないのが課題です。一方で、自動車工場や空港向け搬送システムが伸びています。空港向け搬送システムとは、手荷物を安全・安心な環境下で到着空港まで届けるシステムです。北米は、空港も多いうえ、設備更新需要も旺盛です。

 

── 足元の業況は。

 

北條 半導体・ディスプレー関連が好調です。これらはクリーンルームという特殊な環境で製造しています。そこでは、ウエハーやガラス基板を非接触で給電しながら搬送する技術や、ウエハーの加工面が腐食するのを防ぐため、一時保管中に窒素を充填(じゅうてん)する技術が不可欠です。当社は、従来の技術を高度化してこれらのビジネスを手がけており、今大きなウエートを占める事業分野になっています。

 

── 特殊な技術が求められるのですね。

 

北條 工場は稼働率を上げるために24時間操業が求められます。マテハンの品質は、最終製品の歩留まり率にも大きく関与します。当社は、工場の運転状況をモニターで見える化して、どこでトラブルが発生したかを監視し、稼働率を極限まで上げることを目指します。これらの技術が受け入れられて、世界の半導体大手の工場に採用されています。半導体はこれまでパソコンなどが主流で、需給動向に波がありました。その結果、設備投資にも波がありました。しかし、今後はデータセンターや車載半導体という新たな市場が拡大して、しばらくは好調が続きそうです。

(構成=種市房子・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A ホンダの二輪・四輪工場が米国やカナダに進出するお手伝いをしました。上司にものお

じせず、英語もよく分からない中、なんとかなるさと体当たりでした。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 社会人になって司馬遼太郎や宮城谷昌光を読むようになりました。『街道をゆく』は今でも寝る前によく読みます。

 

Q 休日の過ごし方

 

A ゆっくりワインを飲みます。

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 ■人物略歴

 ◇ほうじょう・まさき

 富山県立福野高校(現・南砺福野高校)、早稲田大学第一商学部卒業後、1971年大福機工(現・ダイフク)入社。主に自動車設備畑を歩み、98年取締役。海外統轄担当取締役や米国やカナダ現地法人社長を経て、2006年副社長。08年4月から現職。富山県出身、69歳。

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事業内容:物流システムの設計・製造・据え付け等

本社所在地:大阪市

設立:19375

資本金:150億円

従業員数:8689人(グループ計、20173月末現在)

業績(173月期)

 売上高:3208億円

 

 営業利益:230億円

2017年

12月

19日

高い品質と営業力で特許切れ克服 眞鍋淳 第一三共社長兼最高執行責任者(COO)

  Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

 2017年3月期通期に国内医療用医薬品売上高で、競合他社を抑え初の首位を達成した第一三共。一方、連結売上高は前年同期比3・2%減の9551億円となり、今後は特許切れとなった主力の高血圧症治療剤「オルメサルタン」に続く収益の柱の育成が急務だ。

 

── 国内医療用医薬品は何が好調ですか。

 

眞鍋 血液を固まりにくくして血栓の生成を予防する抗凝固剤「エドキサバン」が好調に売り上げを伸ばしています。直接経口抗凝固薬(DOAC)市場におけるエドキサバンの国内売り上げシェアは、17年9月末時点で23・5%を獲得しました。特に、主なターゲットとしている新規患者の処方箋数シェアではトップの同38・6%まで拡大しています。

 

── 好調の理由は。

 

眞鍋 当社のエドキサバンが高品質であることに加え、医薬情報担当者(MR)の高い評価と営業力の強さがあります。現在日本では、代表的な抗凝固剤として「ワーファリン」が圧倒的な処方箋数シェアを占めていますが、ワーファリンは納豆が食べられないなど食べ物に制限があるほか、投与量の調整も必要です。

 

 一方、エドキサバンは食事制限がほとんどなく、服用も1日1回でよい。臨床試験でもワーファリン以上の安全性と同等の有効性が立証されており、当社製品の高い品質と利便性が選ばれている理由だと思います。

 

── 営業力の強さとは。

 

眞鍋 当社の国内約2200人のMRは、医療機関による信頼性評価で5年連続1位をいただいており、信頼を土台とした営業力の強さが新規患者の獲得につながっています。

 

 他の製薬企業からも、当社の営業力を活用して日本で製剤を展開したいとのお話をいただくことが多く、他社製品の販売が収益に大きく貢献しています。実績を残すことで別の製薬会社とも提携でき、他社製品が充実すれば当社の営業力も更に増すという好循環が生まれています。

 

── オルメサルタンの特許切れによる減収をどう補いますか。

 

眞鍋 まずはエドキサバンの世界シェアを伸ばします。現状では、18年3月期のオルメサルタンは840億円(前年同期比38・5%減)の減収見込みに対し、エドキサバンは277億円(同74・1%増)の増収で、減収を補うには至っていません。

 

 しかし、世界のDOACの市場規模は17年6月末時点で約1兆7000億円と大きく、今後も拡大が予想されます。当社の高品質な製品と営業力を武器に着実にシェアを獲得していけば、20年のエドキサバンの売上高目標1200億円は達成できるとみています。

 

 ◇独自のがん治療薬を開発

 

── 米国事業はどうですか。

 

眞鍋 鎮痛剤と貧血治療剤の主に二つの事業がありますが、鎮痛剤事業は厳しい状況です。米国で麻薬性鎮痛剤「オピオイド」の乱用が問題となったことを受け、14年に米チャールストンから取得した制吐剤配合の麻薬性鎮痛剤「CL─108」の開発・販売権を返還しました。これに伴い、17年7~9月期に約278億円の減損を計上し、18年3月期の連結営業利益見通しも1000億円から750億円に下方修正しました。

 

── どう挽回しますか。

 

眞鍋 鎮痛剤事業の他の3製品を強化します。オピオイドの副作用である便秘の治療薬「モバンティック」と、乱用防止特性を持った麻薬性鎮痛剤「モルファボンド」と「ロキシボンド」です。この3製品は、コミットメントを強めながら慎重、確実に販売を伸ばしていきます。

 

 また、貧血治療剤事業では、子会社のルイトポルドが販売する鉄欠乏性貧血治療薬「ヴェノファー」と「インジェクタファー」が好調です。この2製品の合計で、現在米鉄注射剤市場で7割以上のシェアを占めており、今後も予想以上の伸びが期待できるとみています。

 

── がん事業にも注力しています。

 

眞鍋 現在、乳がんなどに多く発現する遺伝子「HER2」を標的とした抗体薬物複合体(ADC)「DS─8201」の開発を最優先で行っています。ADCとは、抗体と制がん剤をリンカー(抗体と薬物をつなぐもの)で結合させたものです。リンカーと結合した抗体ががん細胞に正確に届き、細胞に取り込まれると制がん剤を放出する仕組みになっているため、正常な細胞には負荷をかけずに高い治療効果が見込めます。

 

 従来のリンカーは最大でも四つの薬物しか付けられず、がん細胞に到達する途中で抗体から外れてしまうなどの難点がありましたが、当社が独自に開発したリンカーは八つの薬物を付けることができ、安定性にも優れているため、より高い治療効果が期待できます。

 

── 現在の進捗(しんちょく)は。

 

眞鍋 臨床試験はフェーズ2(申請用試験)に入り、20年度に米食品医薬品局(FDA)に承認申請を行う計画ですが、既にFDAから16年にファストトラック(優先承認審査)指定、17年に画期的治療薬指定をいただいており、早期承認申請に向け開発を進めているところです。

 

 16年に開始した5カ年中期経営計画では、20年時点で25年度までに売上高1000億円以上を期待できる中核製品を三~五つ保有する目標を掲げていますが、DS─8201はその候補として期待しています。

(構成=荒木宏香・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 当社の安全性研究所や米オハイオ州立大学で、肝臓に有害な「肝毒性」の発現メカニズムなどを研究していました。帰国後も研究一筋の30代でした。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 柳田邦男氏の『ガン回廊の朝(あした)(上)・(下)』です。いかに患者に貢献できるかが一番大切だと気付くきっかけとなった本です。

 

Q 休日の過ごし方

 

A ジムに毎週通い体を動かしています。お付き合いのゴルフも増えました。

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 ■人物略歴

 ◇まなべ・すなお

 1954年生まれ。香川県出身。香川県大手前高校(現大手前丸亀高校)、東京大学農学部卒業後、78年三共(現第一三共)入社。2009年第一三共執行役員、16年同社副社長を経て、174月から現職。63歳。

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事業内容:医薬品の研究開発、製造、販売

本社所在地:東京都中央区

設立:20059

資本金:500億円

従業員数:14791人(179月末時点、連結)

業績(173月期、連結)

 売上高:9551億円

 

 営業利益:889億円

2017年

12月

12日

「M&Aは成功するもの」を根付かせる 三宅卓 日本M&Aセンター社長

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 社名にM&A(企業の合併・買収)とありますが、どんな業務に取り組む会社ですか。

 

三宅 中堅・中小企業のM&Aの仲介を手がけていますが、経営者の意識が変わりました。10年前は譲渡側の社長にとって、会社の譲渡は抵抗感があり、敗北者のイメージでした。しかし現在は「会社の存続のため相乗効果がある会社に渡した」と評価されるようになりました。我々が譲渡を勧めても抵抗がなく「どんなところに譲渡したら社員が幸せになれるか」と質問されます。

 

── 何が意識を変えましたか。

 

三宅 二つあります。一つ目はM&Aが一般化しました。二つ目は後継者不足が深刻になった点です。団塊の世代(1947~49年生まれ)が70歳を迎えています。民間信用調査機関の調査では、日本の中小企業約420万社の66・2%には後継者がいません。切実な問題です。

 

── 重視していることは。

 

三宅 当社の理念はM&Aを通じた中堅・中小企業の存続と発展です。中小企業は廃業に追い込まれると、従業員とその家族の生活が一変します。一方、買い手も閉塞(へいそく)感のある会社が多く、買収で相乗効果が出たり、新しいビジネスモデルが作れたりして発展に結びつきます。

 

── 強みは何ですか。

 

三宅 全国の地方銀行や信金、会計事務所などと提携したネットワークがあります。地方で困っている会社の情報が上がってきますので、規模や分野に関係なくやっています。

 調剤薬局や病院、介護施設、IT、食品、運送や建設ではM&Aが繰り返され、業界再編が相当な勢いで進んでいます。そういった業種が得意分野になっています。専門担当者を置いて集中的に進めています。

 

── 創業以来、黒字だそうですね。

 

三宅 90年代はM&Aに抵抗があって情報は少なく、会計事務所などとのネットワークを通じて情報をもらえました。しかし2006年の上場後は局面が変わりました。

 

── 変化の背景は。

 

三宅 二つあります。一つは「三つの階層」で当社の経営を進めるようになりました。経営陣が明確なビジョンを作り、部長など中間管理職として強烈な実現力のある人間を育てる。一般社員にはビジョンのベクトルをそろえます。

 

 そのために一般社員とは「合宿」でコミュニケーションを取っています。合宿とは、社員約5人を1組としてホテルに泊まり込み、終業後の午後6時から3時間ずつ区切り、現場の問題点や改善案などを討論するもので、昨年は45回開きました。後半はお酒を飲みながらで、違ったものになります。私は会議などで各月の方針を伝えていますが、合宿では聞き役に徹し、良いものは翌日実行します。また中期計画ごとに目標達成すれば行使できるストックオプション(新株購入権)を出しています。

 

── もう一つの背景は。

 

三宅 M&Aのビッグウエーブは今後40年続くことです。団塊の世代が70歳を迎えて事業継承対策のM&Aの波がピークです。10年続きます。

 次の波は業界再編です。現実的な就業人口を2064歳とすると、00年に8000万人でしたが、25年には6500万人、60年には4000万人に減ります。会社の数は半分ということになります。現在、日本の企業は400万社で、200万社になる過程でM&Aによる業界再編が起き、あらゆる業界が4~5強になる。1015年続くでしょう。

 

── 日本を揺るがす問題ですね。

 

三宅 さらに日本では作る人も買う人も半減するので、中堅企業も海外でモノを作ったり売ったりします。そのときに進出先などの会社を買収する第3の波が来ます。波が全て終わるまで3040年かかると思いますので、どんどん採用しています。

 

── 足元の業績は。

 

三宅 昨年度の成立件数は524件です。今年は半期で約380件で年間700件の可能性があります。

 

 ◇成約式で心を一つに

 

── M&A仲介で何を心がけていますか。

 

三宅 満足できるM&Aを実現するため、「成約から成功へ」を標語にしています。本当に喜んでもらう「成功」を目指し、M&A後の融和などにより円滑に統合を進める「ポスト・マージャー・インテグレーション」(PMI)を重視しています。そのためにコンサルティングも積極的に進めています。

 

── 具体的な工夫は。

 

三宅 成約式を超一流ホテルの結婚式レベルで行っています。譲渡側の企業の社長夫人に手紙を読んでもらいます。創業以来の苦労を見ているのでずっしり来ます。買い手企業の社長はそうした重みを聞いているので、引き受ける会社を「人生かけて成長させる」と言う。その光景を撮影した映像を役員にも見てもらうことで一丸となり、協力的にもなってくれます。

 

── M&A成功に必要なものは。

 

三宅 買い手は買収の目的、譲渡企業は任せようと思った理由をきちんと語り合わなければなりません。相乗効果と成長の実現のためには何をすべきか、という戦略と経営指標を決めてやっていくべきです。達成の成否で経営陣への報酬や交代なども話し合うべきです。成約後も統合が円滑に進むには、最初の100日が大切です。日本人はPMIが世界一下手だと思います。「自分の気持ちが分かるだろう」と相手に任せ、方向性がずれる。PMIの考え方が浸透しないと、M&Aは失敗してしまいます。

(構成=米江貴史・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 社長業とは何でしょうか

 

A ビジョンを作り、確実に実現していくこと。同時に顧客と社員を幸せにすることです。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A マグナム・フォト(国際的写真家グループ)の写真集です。状況を把握して、真実をどう探し出し、どう表現して伝えるかを学びました。仕事でも、その視点は、状況分析や問題解決する上で役立っています。

 

Q 休日の過ごし方

 

A レコードが約6000枚あり、聴きながら会社や社員のことを考えて過ごしています。ほとんどがジャズですが、ビートルズのコレクターでもあります。

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 ■人物略歴

 ◇みやけ・すぐる

 1952年神戸市生まれ。京都府立東舞鶴高校、大阪工業大学経営工学部卒業。77年日本オリベッティ(現NTTデータジェトロニクス)に入社し、営業を担当。91年日本M&Aセンター設立に参画。2008年より現職。65歳。

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事業内容:企業の合併・買収(MA)仲介など

本社所在地:東京都千代田区

設立:19914

資本金:13億円

従業員数:308人(20179月末)

業績(173月期)

 売上高:190億円

 

 営業利益:90億円

2017年

12月

05日

ロボットですしを大衆化し、コメ消費量を増やす 小根田育冶 鈴茂器工会長

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

 すしロボットをはじめとした米飯加工機の製造・販売大手。すしブーム、海外の和食ブームを背景に2017年3月期の最終利益は8億2100万円で2期連続で最高益を更新した。

 

── 米飯加工機が好調です。

 

小根田 人手不足で機械のニーズが拡大していることが大きいです。単体売上高の5割を占める主力のすしロボットだけでなく、ご飯を盛り付けるシャリ弁ロボもスーパーや外食産業向けによく売れています。

 

── ロボットがどうやってすしを握るのでしょうか。

 

小根田 基本的な工程は、シャリ(コメ)をほぐし、左右に並んだ車輪の間を通しながら1カン単位に計量し、シャリの形に握る型に落とすという流れです。ポイントの一つはシャリをほぐす工程です。昔は機械で攪拌(かくはん)していたのでコメを練ってしまい、食味が落ちてしまいました。現在は改良の結果、羽根で攪拌することでフワリとシャリをほぐすことができます。科学的にも、人間が握ったシャリよりも多くの空気を含んでいることがわかっています。

 

── 機械のすしは思っていた以上に口当たりが柔らかいです。

 

小根田 コメとコメの間に空気を含んでいるので、口の中でやさしくほぐれるんです。これは握るプロセスにも秘密があります。以前は上部と左右の3方向からギュッと押していましたが、現在はすし型の容器に落として、シリコン素材の部材で上下からやさしく形成しています。

 

── 普通の握り以外もロボットで対応できるのでしょうか。

 

小根田 のり巻き、稲荷ずし、おにぎりにも対応します。

 

── 職人顔負けですね。

 

小根田 すしロボットは、人間の職人よりも握るスピードが速く、仕上がりも勝るとも劣らないところまで来ています。ロボットが1時間当たりに握る個数は、1号機の頃は1200個でしたが、最新バージョンは4800個に向上しています。ただ、人間の仕事の全てをロボットが代替できるわけではありません。ロボットは味を吟味することはできないんです。おいしさを追求するのは人間の仕事です。

 

 ◇和食ブームが後押し

 

── すしロボットを事業化したきっかけは。

 

小根田 創業当時は仙台銘菓「萩の月」をはじめとした菓子製造機械を作っていました。1970年に始まった減反政策を受けて、「コメ消費を拡大させることが、減反政策に歯止めをかけることになる」と、76年に創業者の鈴木喜作が米飯加工機械の開発に乗り出したのが、すしロボットを始めたきっかけです。

 

 当時、外食産業の中でもすしは高根の花でした。そこでロボットを開発してすしの価格を下げれば、すしの消費量が拡大し、ひいてはコメの消費量も増えると見込んだのです。改良を重ねて81年にすしロボット1号機の完成にこぎつけました。

 

── すしは職人の世界です。ロボットの普及は難しかったのでは。

 

小根田 すし職人からは「仕事を奪う」と猛反発にあいました。一般の人に認知してもらうのも最初は苦労しました。83年に日本橋三越本店の催事場ですしロボットで作ったすしをふるまうイベントを開催したのですが、ロボットが握ったすしに対する反応は悪く、2日目までは反応なし。3日目にようやく一人のお客に「おいしい」と言ってもらえたのをきっかけに、多くの来場者が試食をするようになりました。その後は、全国のすし職人の組合ですしロボットの勉強会を開くなどの活動を通じて、職人の理解を得ていきました。ちょうど回転ずしが普及する時期だったこともあり、市場が広がっていきました。

 

── 回転ずしは現在、約3000店まで拡大しています。

 

小根田 機械化によってコストを削減することで、100円台のすしが実現しました。回転ずしやスーパーで販売されているすしなど、すしの大衆化によっていつでも食べられるようになったことは大きいと思います。

 

── 和食ブームによって、海外にもすし店が増えています。

 

小根田 現在、約70カ国にすしロボットを輸出しており、早期に100カ国を目指します。海外売上高の比率は現在は22~23%ですが、5年後には30%まで持っていきたいです。

 

 とはいえ、海外の市場開拓は簡単ではありません。海外のすしブームを受けて米国に飛びましたが、まずさに落胆しました。本物のすしを普及させなければブームは続かないので、ロボットを売り込むだけではなく、すしの作り方の指導などを組み合わせています。

 

── いまだにコメの消費量は下げ止まっていません。

 

小根田 国内は人口減と食生活の欧米化でコメの消費量は減り続けています。また当社は海外のレストランでも日本のコメを使うよう働きかけていますが、価格の高さがネックになっています。早期に農業の合理化などで生産コストを下げ、日本のコメを世界に供給する体制を作るべきです。

 

── 今後の課題は。

 

小根田 弁当や丼物にご飯を盛り付けるシャリ弁ロボの改良です。現在、牛丼チェーンやカレーチェーンなどで採用されていますが、さらに多くの用途に対応できるように進化させます。工場での大量生産に対応できるロボットの開発にも取り組みたいですし、高齢者が使えるように、簡単に操作できるロボットも考えています。

(構成=花谷美枝・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A もなかやハチミツの製造機械の営業を担当しました。砂糖を酵素分解してハチミツに似た糖分を作る機械をメーカーに提案するために全国を回りました。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 武田信玄に関する小説が好きでよく読みます。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 健康維持のためにゴルフをします。

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 ヤフーニュースに動画付きの記事「『調理ロボ』は飲食店の人手不足を救うか」を掲載しています

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 ■人物略歴

 ◇おねだ・いくや

 山梨県立北杜高校出身。1966年宮園オート入社、71年鈴茂器工入社。営業本部長を経て93年に取締役就任。2004年6月代表取締役社長就任、17年6月から現職。74歳。

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事業内容:米飯加工機械の製造販売など

本社所在地:東京都練馬区

設立:1961年1月

資本金:6億1400万円

従業員数:329人(2017年3月末現在)

業績(17年3月期)

 売上高:94億円

 営業利益:14億円

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2017年

11月

28日

健康データで医療費削減目指す 谷田千里 タニタ社長

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 創業当初から体重計を作っていたのですか。

 

谷田 1923年にできた前身の会社は健康とは全く逆の商品、たばこのケースを作っていました。その後44年に祖父(故・五八士・元会長)がOEM(相手先ブランドによる受託生産)でトースターなどを作り、59年に体重計の製造を始めました。「ヘルスメーター」と銘打って売り始めたのは当社が最初です。祖父は体重計の普及を図り、商標は取らなかったようです。体脂肪計などでも同じように商標は登録していません。

 

── 体脂肪計の開発の経緯は。

 

谷田 日本初のデジタル表示式ヘルスメーターを作ったことが体脂肪計の開発につながりました。父(大輔・前会長)が社長だった92年に世界初の「乗るだけで測れる」体脂肪計として発売し、爆発的にヒットしました。その後、筋肉量など体の中身を測れる世界初の業務用「体組成計」へと発展し、現在は売上高の約5割を占めるメインとなっています。

 

── 競合も多いですが、強みは。

 

谷田 原点のものづくりに力を入れていることでしょうか。秋田と中国・東莞の自社工場で作っています。体脂肪計を開発した後も「もっとうまくできる方法を」と探っていました。その間に計測の技術が発達して体の水分量や内臓脂肪、推定骨量など体の構成が分かるようになりました。そこで「もう一つ上のものが出せる」として生まれたのが、世界初の体組成計です。重量センサーなどの考え方が生かせる血圧計、どの程度体を動かしたかの消費カロリーを計測する「活動量計」、アルコール度数計などを作っています。

 

── 常に技術革新を考えるDNAが流れている。

 

谷田 父が社長だった時代は「世界初を目指そう」という目標を理念に掲げていました。2008年に私が社長に就任してからは掲げていませんが、「面白いものを作ろう」という社風は今でも流れています。

 

 ◇レシピ本は542万部

 

── レシピ本『体脂肪計タニタの社員食堂』は「カロリー控えめながらも食事が楽しめる」と評判を呼び、一世を風靡(ふうび)しました。

 

谷田 09年に本社の社員食堂がテレビ番組で紹介されたのがきっかけです。売れるとは思っていませんでしたが、10年に1作目を発行し、シリーズ4冊で累計542万部です。30万部で大ヒットといわれる中で、今までとは比較にならないほどブランドが広がりました。

 

── レストランも展開しています。

 

谷田 タニタ食堂の屋号を付けているのは10店舗。メニューを出しているものを含めると約30店舗です。

 

── まさに特需ですね。

 

谷田 社内ではレシピ本のロイヤルティーの比率を上げようという声もありましたが、変えませんでした。当時は体脂肪計のブームが終わり、売り上げが落ちてきた時期で、改革を進めていました。基盤を作らなければならない時期に一時的な「バブル」で会社が踊らされるのを防ぎたかった。ロイヤルティーを上げて赤字の補填(ほてん)に使っていたら、ダメになっていたかもしれません。その分、出版元は工夫して宣伝してくれたのでうまくいったと思います。

 

── 今、力を入れていることは。

 

谷田 個人の体重などをチェックし、これを基に健康指導などを行う「タニタ健康プログラム」を展開しています。企業や自治体などを対象に、機器やデータ、健康指導のノウハウなどを含めた仕組みを買ってもらうビジネスです。具体的には従業員や住民には活動量計を配り、体重や血圧を測る計測スポットなどで個人のデータをオンラインで結びます。データは個人で確認できるほか、指導にも役立てます。

 

── 企業も行政も医療費の負担に頭を悩ませています。

 

谷田 父は体組成計や血圧計などで得たデータの活用を先読みして、個人向けの健康データを管理する子会社を作っていましたが、業績は芳しくありませんでした。そこで09年、この会社を活用し、対象を企業や自治体向けに変えて使いやすいものを作ろうと、開発を始めました。本社の社員約200人を対象に歩数計や体組成計などから得た個人の健康データを管理して「見える化」を進めるとともに、データを基に専門スタッフが改善指導などをする仕組みを作りました。

 

 取り組みの結果、適正な体重の社員が約5%増加し、社内での医療費が導入前より1割弱減りました。

 

── 1割とはすごいです。

 

谷田 プロジェクトの成功を基に健康プログラムとして改良し、毎年改定を重ねています。約100の企業や自治体で導入されています。

 

 国も健康経営を政策として進めており、厚生労働白書にも、メタボリック症候群の解消事例や、健康寿命延伸の取り組みとして2度取り上げられました。

 

 ◇実績持って世界へ

 

── この先、どんな会社にしたいですか。

 

谷田 社員食堂のおかげで「健康についてはタニタに相談すればいい」というイメージが広がりました。このイメージを維持しつつ、健康データを活用した医療費の削減をはじめ、日本の社会保障費の適切化、健康を図りたい。そのためにもプログラムを全国に導入してもらえたら、と思います。そして実績を持って世界に攻めていきたいですね。

(構成=米江貴史・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 米国の販売会社にいました。それまでは正しい理論を盾に仕事をしていましたが、人心掌握が大切だと気づかされました。正しいことばかりを言っていても人は聞いてくれない。コミュニケーションをとり、自分の立場を理解してもらった方が仕事はしやすいと思います。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 『金持ち父さん貧乏父さん』(ロバート・キヨサキ著)です。家や車などを持つことが大切だと思っていましたが、価値概念が全てなくなりました。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 会社と自宅の掃除をしています。

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 ■人物略歴

 ◇たにだ・せんり

 1972年生まれ。大阪府出身。立教高校(埼玉県)、佐賀大学理工学部卒業。船井総合研究所を経て、2001年にタニタ入社。05年米国販売会社のタニタアメリカINC取締役、07年タニタ取締役を経て、08年から現職。45歳。

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事業内容:家庭用・業務用計量器などの製造・販売

本社所在地:東京都板橋区

設立:1944年

資本金:5100万円

従業員数:グループ1200人(2017年3月末)

業績(17年3月期、連結)

 売上高:158億円

 営業利益:非公表

2017年

11月

21日

ケーブル網やデータセンターに回帰 庄司哲也 NTTコミュニケーションズ社長

Interviewer 金山 隆一(本誌編集長)

 

── 現在の経営環境は。

 

庄司 1999年に当社がNTTの子会社として誕生してから18年がたち、通信業界を巡る競争関係は変わっています。当社を含めた通信企業が展開するネットワークの上で、グーグルやアマゾンなどのIT(情報技術)サービスが展開されており、米国のシリコンバレーを中心に急成長するIT企業が増えています。

 こうしたなかで、我々は原点に戻って、ネットワーク網やデータセンターなど物理的なインフラを持つ強みを生かしています。

── 御社が持つインフラとは

 

庄司 我々は、190以上の国や地域に通信ネットワークのサービスを展開しています。それを支えるのが海底や大陸を横断する通信ケーブルです。日米間の太平洋、ロシア経由、インド経由などケーブルの長さは28万キロメートル、地球7周分に及びます。

 

 2011年3月の東日本大震災の時には、4本ある日米間の海底ケーブルが3本切れてしまいました。最終的な復旧には半年以上かかりました。この教訓を生かして、当社が運用する船舶としては4隻目となる新しい海底ケーブル敷設船を今年3月に竣工させました。名前は社内で公募し、「きずな」に決まりました。我々の「つなぐことへの使命感」をイメージできる名前になりました。

 

── そのネットワーク網は世界にも通用しますか。

 

庄司 当社は「通信の運び屋」として、世界のトップ3に入っています。例えば、データセンターは、世界で140カ所以上展開しています。保有するサーバーの面積では、自社で使う面積も含めると世界一です。企業にデータセンターを貸し出すことを専門とする2社を含めると世界3位になるかもしれません。

 

 このインフラを、例えば、インターネット上のセキュリティーやクラウドサービスなどに生かしながら、「ICT(通信情報技術)業界における総合商社」のような存在になっていきたいです。

 

 ◇HFT、陰の立役者

 

 NTTコミュニケーションズの設立時を振り返ると、都道府県を超えて行われる長距離通信事業や、国際通信事業などを担う会社として誕生した。当時は黎明(れいめい)期だったインターネット通信も含め、グローバル市場でも自由に事業を伸ばすことができた背景がある。

 

── NTTコミュニケーションズが持つインフラは、どのように使われているのですか。

 

庄司 当社の海底ケーブルは、通信の速さにも競争力があります。日米間をつなぐ「PC─1」という海底ケーブルは通信速度が一番速いと思います。米国のHFT業者(株式などを1000分の1秒単位で売買する高頻度取引業者)から見ると、日米間の通信は我々のケーブルが、一番速く取引を成立させられます。

 

 また、当社はシンガポールや香港などアジアでも競争力のある通信ケーブルを持っています。特に、香港やシンガポールでは、証券取引所の近くにつながっていますので、こちらの通信速度も速いです。いずれのネットワークもいっぱいいっぱいの状況で、増設・増量をしないといけないくらいです。同じケーブルの中で情報を圧縮して送る「多重化」技術で対応していきます。

 

 ◇クラウドは集約へ

 

── 人工知能(AI)やIoT(モノのインターネット化)の取り組みはどうですか。

 

庄司 例えば、今は言語解析AI「COTOHA(コトハ)」への問い合わせが多くなっています。ユーザーが質問すると、回答することもできます。これをコールセンターやチャットによる顧客対応サービスに使うことができます。

 

── M&A(企業の合併・買収)については。

 

庄司 それぞれの市場から「仲間」を見つけています。欧州・中近東、米国、アジア太平洋地域の3地域に分けて、「足らざるピース」を補完する形でM&Aをしてきました。

 直近では、15年にドイツのデータセンター事業者「イーシェルター」、16年にスペインのクラウド業者「アトラス」も仲間に入りました。現在では、グループ従業員のうち、約5割が海外で働いています。

 

── NTTグループのなかで重複する事業もあります。

 

庄司 持ち株会社のNTTと協議しているのは、まず、クラウドサービスは我々のサービスに集約していこうという議論が出ています。

 

 例えば、グループ会社のなかに、(NTTが10年に買収した南アフリカ企業)「ディメンションデータ」があります。彼らのクラウドサービスを我々のサービスに統合する作業を今年度中に終えます。来年度からは一つのブランドでクラウドを提供できるようになると思います。

 

「OCNモバイル」ブランドの格安スマートフォン事業は、携帯電話大手3社が出す高品質のサービスと、我々のサービスではかなりの違いがあります。また、格安スマホ事業の延長には、将来的にSIMカードを使ったIoTに関する新事業にも生かしていけるものがあると考えています。

 

── 中期的な目標はありますか。

 

庄司 16年度の売上高は1兆2830億円、営業利益は1325億円でした。これを、20年度に売上高1兆5000億円を目指します。そのうち、海外比率は15年度の27%(3500億円)から、40%の6000億円にしていく目標です。

(構成=谷口健・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 日本電信電話の民営化のプロジェクトチームに入っていました。政府や各省庁に、「民営化でこんなによくなる」というシナリオを見せに行っていました。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 司馬遼太郎の『坂の上の雲』です。

 

Q 休日の過ごし方

 

A クルマが好きなので、録画したカーレースのビデオを見ます。

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 ◇しょうじ・てつや

 都立青山高等学校、東京大学経済学部卒業後、1977年、日本電信電話公社(現・NTT)に入社。NTT西日本で人事部長、NTTで総務部門長。2012年、NTTコミュニケーションズ副社長(営業担当)を経て、15年6月に社長就任。63歳。

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事業内容:電気通信事業など

本社所在地:東京都千代田区

設立:1999年7月

資本金:2117億円

従業員数:グループ2万1900人、単体6400人

業績(2016年度)

 売上高:1兆2830億円

 営業利益:1325億円

2017年

11月

14日

野菜の国産化と厨房の自動化を追求 米浜和英 リンガーハット会長兼CEO

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 2017年2月期決算では最終(当期)利益が3年連続で過去最高と業績が好調です。

 

米浜 健康志向や安全・安心という意識が高まる中で、国産野菜を使って手ごろな価格で長崎ちゃんぽんを提供していることが受けているのではないかと思っています。

 

 05年に日本マクドナルド出身の八木康行氏を社長に据えて会長に退いたが、業績が低迷し、08年にトップとして復帰した。

 

── 外部から社長を呼んだ理由は。

米浜 生え抜きの社員が社長をするのはまだ早いと思っていました。社員は私しか経営者を見ていないので、外部の経営者が来れば勉強になると思いました。

── 経営が厳しくなった要因は。

 

米浜 外資系の会社は自分で工場を持たずに外注することが多いですが、そのやり方が当社ではうまくいかなかったのだと思います。また、業績が悪くても社員に同じようにボーナスを出したり、役員の人数を増やしたり、売り上げを確保するためにクーポンを発行して値引きするなどしましたが、それでは利益がなかなか出ません。赤字の店を閉めると、特別損失が出て会計上の見かけが悪くなるため、利益が出ない店が増える状況でした。

 

── 経営トップに戻ってきた時の決意は。

 

米浜 このままでは会社がだめになると思い、08年に復帰しました。もともとモヤシやキャベツは国産でしたが、とにかくおいしいものを提供しようと思い、ニンジンやタマネギ、コーンなど全ての野菜を国産化しました。ただ、コストは上がりました。当初は年間13億円増えるという試算が出ました。

 そこで、それまで外注していた野菜の加工をやめ、土がついたままの野菜を自社の工場に持ってきて、自分たちで洗ってカットするなどで効率化を図りました。それでも年間10億円のコストアップです。値引きをやめる、不採算店舗を閉める、自社工場を生かすという三つを徹底しました。

 

── すぐに効果はありましたか。

 

米浜 10億円も材料費が上がるわけですから、価格に転嫁せざるを得ませんでした。最初はお客さんも簡単には受け入れてくれませんでしたが、テレビ番組で国産野菜にこだわる取り組みなどが紹介されたこともあり、徐々に売り上げは増えました。

 

── 社員への対応は変えたのでしょうか。

 

米浜 ボーナスは業績連動型にしました。まだ達成できていませんが、社員1人当たり売上高1億円を目標にしています。ただし、経営の効率化を進めても、社員の教育費だけは減らしませんでした。マニュアルも大事ですが、マニュアルを執行するための根本的な精神を、しっかり教育する必要があると考えました。

 

 ◇フードコートに出店

 

── 効率化で重点的に取り組んでいることは。

 

米浜 1994年からトヨタ生産方式を勉強して、厨房(ちゅうぼう)の自動化を進めています。

 

当時は「あそこの店はおいしいけど、ここの店はおいしくない」「30分間待たされた」といったクレームが多く、店によって味や量にバラつきがあって短時間に提供できないという問題がありました。中華鍋で4人前をまとめて作っていたので、どうしても味や量にバラつきが出て、混雑時は提供も遅れてしまっていました。さまざまな業種の企業が入会しているトヨタ生産方式の研究会では「1個づくりをしないとだめだ」と指摘されました。1個ずつ作れば味も量も安定するということです。

 

── 自動化の進捗(しんちょく)状況は。

 

米浜 02年ごろから、一定時間でIHヒーター上を鍋が自動で移動していく「自動鍋送り機」や「自動野菜炒(いた)め機」を導入し、リンガーハットの約650店舗全てで自動化しています。作業環境は飛躍的によくなりました。ラーメン屋やうどん屋の厨房は、麺をゆでるので夏は40度くらいになり、湿度も高い。今の形になってからは、厨房と客席の温度の違いは1~2度になりました。1個ずつ作るので味と量も一定になり、素早い提供も可能になりました。

 

 このため、ショッピングセンターのフードコートにも出店しやすくなり、今では約350店舗あります。昔は、中華鍋で作れるようになるには最低でも2~3週間はかかりましたが、今はマニュアルを覚えれば、すぐに作れるようになります。従業員の教育時間も短くなり、パートやアルバイトの人材募集もしやすくなりました。

 

── 価格の戦略は。

 

米浜 西日本では8月にちゃんぽんを520円から540円に値上げしましたが、販売量への影響はほとんどありません。麺の増量が無料なことなどを考えると、500円台で食べられるのはまだまだ安いということだと思います。食材や物流費などが上がる中で、どこかでコストを吸収する必要があります。まずは西日本でテストをして、東日本でも上げるか判断します。

 

── 今後の目標は。

 

米浜 売上高経常利益率10%、国内1000店舗、海外で半分稼ぐ体質にすることを目標に掲げています。日本は人口が減少していくので、ハワイやタイなどに15店舗ある海外事業を拡大する必要もあります。常に先を見て、もっといい品質のもの、もっとお客さんに喜ばれるものを追求していこうと考えています。

 

(構成=松本惇・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 創業時から社長をしていた兄が急死して32歳で社長になりました。1、2年は大変でしたが、株式上場を目指して経営するようになりました。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 『NPSの奇跡』(篠原勲著、東洋経済新報社)と、『モノづくりの経営思想』(木下幹彌編著、同)です。この本でトヨタ生産方式を学び、経営効率化に役立てました。

 

Q 休日の過ごし方

A ゴルフをすることが多いです。ウオーキングは休日を含めて毎日しています。

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 ◇よねはま・かずひで

 1943年生まれ。鳥取県出身。鳥取県立鳥取西高校卒業後、前身である株式会社「浜かつ」設立時(64年)から参加。65年に取締役、76年に社長、2005年に会長。06年に代表権のない会長に退き、日本フードサービス協会会長を務めた後、08年に代表権のある会長に復帰。一時社長も兼任し、13年から現職。73歳。

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事業内容:長崎ちゃんぽんなどの専門店を運営

本社所在地:東京都品川区

設立:1964年3月7日

資本金:90億200万円

従業員数:541人(2017年9月現在・連結)

業績(17年2月期・連結)

 売上高:438億4400万円

 営業利益:32億8400万円

2017年

11月

07日

防災設備を通じ人命と財産を守る 山形明夫 ホーチキ社長

Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 社名から製品が想像できますね。

 

山形 防災を通じて「人命と財産を守る」という経営理念を掲げ、火災報知機のほか、消火設備を作っています。1918年4月2日に設立し、来年100周年を迎えます。火災報知機は住宅用警報器の設置義務化が2006年に始まり、テレビコマーシャルも流しましたので、知名度はあります。

 

── 野球場でよく看板を見ます。

 

山形 知られていませんが、ドーム球場の消火設備「大規模放水銃システム」を開発しました。火災を感知したら燃えているところを目がけて放水するもので、第1号は東京ドームです。他に名古屋、大阪の各ドーム球場、東京ビッグサイトや幕張メッセといった国際展示場などに設置しています。情報通信分野ではセキュリティーシステムも手がけています。

 

── センサーの仕組みは。

 

山形 主に煙、熱、一酸化炭素(CO)を感知します。米国は全てを一体化したものを求められることがありますが、日本は規格上、それぞれの機能を分けています。例えば厨房(ちゅうぼう)で煙が出やすいところは、COと熱を感知するものにします。

 

── 何台ぐらい出ていますか。

 

山形 一般用、住宅用感知器の台数は国内が232万個、海外が175万個でした。今年は海外の方が多くなるかもしれません。

 

── 情報通信はどんなことをしていますか。

 

山形 一番多いのがセキュリティー分野です。防犯カメラの売り上げ構成が多いです。他の企業にはない事業で、売り上げの約2割を占めています。

 

── 売上高の構成は。

 

山形 売上高(17年3月期)は連結731億円のうち、火災報知設備が69・2%、消火設備12・9%で、防災事業で82・1%を占めます。火災報知設備はビルなど大規模建築物の新築工事で、ゼネコンなど取引先に供給することが多いです。市場は私どもを含めた4社で93%を占めています。

 民間調査機関の調査では、シェアは大規模建築物向けではトップで、住宅用など中小規模の建築物向けでは2位です。

 

 ◇早い海外展開強みに

 

── 生産拠点は。

 

山形 工場は国内が町田(東京)、宮城、茨城で、海外では米カリフォルニア州、英ケント州にあります。

 

── 海外展開はいつからですか。

 

山形 61年にタイへ火災報知機を輸出したのが始まりです。米国へは71年、英国へは86年にそれぞれ進出しました。2012年には英国の受信設備機器メーカーを買収しました。

 海外事業の強化に拍車がかかったのはここ15年ほどです。寡占状態の国内市場で1%の利益を上げるのは大変ですが、海外には伸びしろがあります。

 

── 現地の生産状況は。

 

山形 米、英両国でセンサーを、英国では火災情報の受信機器設備も作っています。英国で買収したメーカーでは、受信機器設備の部品を外注せず、一貫生産しています。人手はかかっていますが、不良品は出さない取り組みをしています。

 

── 他社にない強みは。

 

山形 歴史が長いこともありますが、海外事業の展開を早めに進めたことです。感知器の規格は米国規格と欧州の規格、日本の消防法の規格しかありません。海外事業は現地の規格に合わせて早期に対応することが大切です。私たちは3種類の規格の最も厳しい基準をクリアできる基準を設定しています。海外工場にも適用しているので各国の要望に応えられ、高品質も維持しています。

 

── 売上高に占める海外比率は。

 

山形 海外比率は他社より高く、現在は売上高の14%を占めています。これを20%に引き上げることを目指しています。海外製の低価格の製品はありますが、少々高くても高品質の製品を供給しています。

 

 ◇更新とメンテナンス強化

 

── 他に力を入れていることは。

 

山形 需要がある更新工事に力を入れ始めました。一般機器は大体25年、住宅用は10年サイクルです。これまでは新築工事で競争してきましたが、12年から業績が回復して4年連続増収増益となったのはここが強くなったからです。

 メンテナンスにも力を入れています。今や全体の売り上げの19%を占めるようになりました。メンテナンスによって、安心安全を提供し続けられ、更新の需要にもつながります。製品の開発・販売・工事・メンテナンスと、長期のサイクルに対応して、一度仕事をもらうと、ずっと続けられます。安定した経営基盤になりつつあります。

 

── 未来の防災設備は。

 

山形 海外では避難や弱者に対する考え方が先んじています。日本は非常灯があるぐらいですが、避難指示まで出る報知機のほか、火災発生を感知するだけでなく、さまざまな情報を得られるセンサーも出るかもしれません。

 

── この先どんな会社にしていきたいですか。

 

山形 火災による犠牲者ゼロを目指した世の中づくりに貢献したい。火災で人が亡くなったというニュースを聞くと、痛みを感じます。業務提携やM&A(合併・買収)も考えていきたいですね。

(構成=米江貴史・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 38歳のときに出先の営業所長になりました。人の少ないところでいかに成果を上げるか、という部署経営を経験しました。転換期だったと思います。それがなければ、今の立場にはいなかったかもしれません。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 酒巻久さんの『ドラッカーの教えどおり、経営してきました』です。1冊でドラッカーの良いところが手軽に読めて感銘を受けました。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 1日はプライベートでのゴルフです。もう1日は家族に料理を作ります。酒のさかなになるものが多いです。

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 ■人物略歴

 ◇やまがた・あきお

 1950年生まれ。宮城県出身。県立石巻高校、東北学院大学工学部卒業後、73年ホーチキ入社。宇都宮営業所長、人事部長、取締役管理本部長、専務取締役海外本部長などを経て2017年6月に社長就任。67歳。

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事業内容:火災報知、消火、防犯など各設備の製造、販売、施工や保守管理

本社所在地:東京都品川区

設立:1918年4月

資本金:37億9800万円

従業員数:単体1306人(2017年3月末)

業績(17年3月期・連結)

 売上高:731億1800万円

 営業利益:54億1700万円

 

 

2017年

10月

31日

次世代車市場の「台風の目」になる=小谷進・パイオニア社長

Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── オーディオのイメージが強いパイオニアですが今の事業領域は。

 

小谷 1938年にホームオーディオ向けのスピーカー事業で創業してから、2018年1月で80周年を迎えますが、現在は車載機器事業に経営資源を集中しています。

 

 主力商品は「カーオーディオ」と「カーナビ」で、比率は金額ベースで6対4です。この二つで全事業の8割を占めます。それぞれアフターマーケット(市販)と自動車メーカーのブランドで生産するOEM(受託生産)があります。残りの2割はCDやDVDなど「光ディスクドライブ」や、クルマ部品の「ファクトリーオートメーション」(自動製造ライン)などを手がけています。

── 車載機器の市場シェアは。

 

小谷 アフターマーケットはオーディオが世界販売約720万台、ナビが約57万台で、ともに世界シェアは3割に上ります(16年度)。

 一方、OEMはトヨタ自動車をはじめ国内大手自動車メーカーと取引があります。欧米でも自動車大手が主要な顧客です。車載搭載機器は陳腐化が早いので、クルマの開発期間を考え、3~4年後に必要となる技術を提案できることが評価されています。市販とOEMを合わせた販売台数は年間約1000万台超です。

 

 ◇自動運転の中核技術を開発

 

── 自動運転化の流れの中、どんな手を打っていますか。

 

小谷 自動運転に必須の技術を持っている当社には、ビジネスチャンスが訪れています。

 例えば光ディスクの技術を生かし、光を使って障害物を検知する「LiDAR(ライダー)」と呼ばれるセンサーの実用化を目指しています。完全自動運転はライダーなしでは実現しないと言われています。

 ただ、自動運転の実験車両などで使われている既存品はサイズが大きく、1個数百万円と高価なため市販車への搭載には向きません。そこで、実用的なライダーを開発しました。

 

── その特長は。

 

小谷 カメラやレーダーと比べて悪天候や夜間に強いライダーは、クルマ向けに各社が開発を競っています。当社のライダーはクルマのヘッドランプの中などに組み込めるように小型・軽量化を目指しています。

 価格は1万円以下での提供が目標です。クルマ1台当たり4~5個ライダーが必要ですが、それでも4万~5万円で済みます。国内自動車メーカーなどにサンプル品を提供し、来年の改良版の評価を見て、19年後半に量産準備に入ります。

 ただ、ハードの販売だけでは価格競争に陥ります。そこでライダーを使った自動運転向けの高精度地図サービスも考えています。

 

── 高精度地図とは。

 

小谷 現在のカーナビの地図は道路が「行き」「帰り」の2車線しか表示されません。複数車線などさらに細かい情報が反映されたものを高精度地図といい、これも自動運転に不可欠な技術です。その基盤づくりを手がけるダイナミックマップ基盤(DMP)には当社の地図子会社インクリメントPも出資しています。DMPがつくる基盤の上に、地図各社は独自に多様な情報を付加して高精度地図を提供する形です。

 ナビの地図は道路の変化に合わせ定期的な更新が必要ですが、これは従来、人海戦術の作業でした。しかし、カメラやライダーを搭載したクルマであれば、走行するだけで自動的に道路のデータを収集できます。搭載車が増えれば膨大なデータを集めることができ、高精度地図に必要な情報を吸い上げます。「データエコシステム」という地図更新システムの構築が最終目標です。

 

── 9月に欧州の地図大手ヒアと業務・資本提携で合意した狙いは。

 

小谷 世界的な地図サービスの提供です。その一つが、インクリメントPとヒアが進める地図の仕様の共通化です。現在、ナビの地図は地域ごとに仕様が異なります。そこで、自動車メーカーがどの地域でも一貫性のある地図の供給を受けられるようなサービスを提供します。

 フォルクスワーゲン、ダイムラー、アウディの独3社を親会社とするヒアは、欧米のナビ市場で80%という圧倒的なシェアを持っています。ヒアのパートナーと国内シェア30%の当社が協力すれば全世界をカバーすることも可能です。

 収益は、自動車メーカーへの販売収入と地図更新時の使用料収入です。現在、定期的な更新サービスはナビ1台当たり数万円の売り上げなので、大きなビジネスです。世界で走っているクルマは約10億台。その更新需要の取り込みを狙います。

 

── 新規分野の開拓は。

 

小谷 一つは有機ELの照明(写真)です。フィルムタイプは曲げることができるので、クルマのデザインを重視する欧州自動車メーカーを中心に、テールランプや車内照明に使いたいというニーズがあります。今年6月にはフィルムタイプに強みを持つコニカミノルタと合弁会社を設立しました。

 もう一つは、これまで培った光や音の解析、画像処理の技術を駆使した医療・健康機器です。第1号製品として、光の技術を使った小型血流計を、透析機器大手JMSと共同開発しました。

 

── 今後の戦略は。

 

小谷 技術革新が早い車載機器業界で必要となる開発スピードと、ヒアのような強いパートナーを確保することで、自動運転の世界標準作りの一翼を担いたいです。

(構成=大堀達也・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 通算20年の海外駐在の最初が33歳の時のロンドンです。6年半の間にオーディオの仕入れから、ビデオデッキなどの新商品の企画まで、さまざまな経験が大きな財産になりました。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 息抜きでよく読むのが佐伯泰英さんの時代小説『居眠り磐音 江戸双紙』。人間としてこうありたい、と思わせる登場人物が魅力です。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 週末に仕事やプライベートでのゴルフをしたり、孫の面倒を見たりしています。

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 ◇こたに・すすむ

 1950年生まれ。独協高校、明治学院大学卒業後、75年パイオニア入社。2000年パイオニアエレクトロニクス(USA)社長、03年パイオニア執行役員、07年常務執行役員などを経て08年11月から現職。67歳。

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事業内容:車載機器などの製造・販売

本社所在地:東京都文京区

創業:1938年

資本金:928億8148万円(連結)

従業員数:1万6763人(連結)

業績(17年3月期・連結)

 売上高:3866億8200万円

 営業利益:41億6700万円

 

2017年

10月

24日

良い薬を安く作り、医療財政を救う パトリック・リード ペプチドリーム社長 

Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

 世界の製薬大手が次世代の創薬技術として注目する「特殊ペプチド」。体内に投与しても酵素で分解されにくく、狙ったターゲットに強く結合する特性がある。従来の創薬技術では開発が困難だった病気の治療薬を作れる技術と期待されている。

 

── どんな会社ですか。

 

リード 菅裕明・東京大学教授(同社取締役)が開発した技術を実用化するために2006年に設立した東大発のバイオベンチャーです。最初の10年で創薬技術「PDPS(ペプチド・ディスカバリー・プラットフォーム・システム)」を確立して製薬会社と契約を結びました。これからの10年は実際に薬を作る段階に入ります。そういうタイミングで、研究開発部門の責任者である私が社長に就任しました。

── PDPSとは。

 

リード 「特殊ペプチド」という物質を用いた創薬技術です。PDPSの強みは、薬のもとになるシーズ(候補物質)を、たくさんの候補の中から、効率よく、短時間で絞り込めることです。

 製薬会社が持つ「ライブラリー」と呼ばれる薬の候補物質は大手でも200万~300万個といわれていますが、当社はアミノ酸の組み合わせでさまざまなペプチドを作ることができるので、1兆個の候補物質からシーズを探すことができます。

 

 また候補物質の絞り込みには通常1~3年かかりますが、PDPSならば3~6カ月で見つかります。特殊ペプチドは狙ったターゲットに強く結合する候補物質が最初から複数見つかるため、成功確率が高くなります。

 

── 開発コストも抑えられる。

 

リード そうです。新薬開発はターゲット物質を見つけて効果を評価するプロセスに時間がかかり、成功確率が低いことも相まって、コストが膨らんでしまいます。特殊ペプチドでより効率的に薬を作れるようになれば、良い薬を、より価格を抑えて提供できるようになります。薬剤費が医療財政を圧迫する問題の解決策の一つになるでしょう。また抗体医薬より副作用を抑えられる点も期待されています。

 

 ◇薬を輸出産業に

 

 低分子薬は、分子量が小さいため飲み薬にしやすく、また価格も抑えられる。だが、特定のたんぱく質を狙って作用させるのが難しい。

 一方、新薬の開発が相次ぐ抗体医薬などの高分子薬は、特定のたんぱく質に効く半面、分子量が大きいため飲み薬に適さず、注射や点滴による投与になるので患者の負担が大きい。開発・製造コストも高めだ。特殊ペプチドは中間の中分子に位置づけられ、抗体医薬と同様の効果がある薬をより安く作ることができると考えられている。

 

── ビジネスモデルは。

 

リード 三つあります。一つは製薬大手との共同研究で、17社と60プロジェクトが進行中です。製薬会社が病気の原因を研究し、この物質を阻害すれば病気が治ると考えられるターゲットを見つけます。そして当社がそのターゲットに結合する薬のシーズを見つけます。

 

 二つ目は当社がPDPSの技術を提供して、各社が研究開発を進める技術移管。現在契約しているのは、米ブリストル・マイヤーズ・スクイブ(BMS)、スイスのノバルティス、米イーライリリー、米ジェネンテック、塩野義製薬の5社です。この二つのビジネスモデルで、世界の売上高トップ10の製薬会社のうち7社と契約しています。

 

── 製薬大手との取引が中心ですか。

 

リード バイオベンチャーとの取り組みも進めています。三つ目のビジネスモデルの、互いに技術を持ち寄って研究する戦略的提携です。JCRファーマ(兵庫県芦屋市)と脳に薬を運ぶ研究を、そーせいグループ(東京都千代田区)傘下の英ヘプタレスと病気に関与するたんぱく質の研究を進めています。

 未上場企業では、特殊ペプチドから低分子薬を作る研究をモジュラス(東京都千代田区)と、がんの免疫に関する治療薬を米クリオと研究しています。

 

── 17年6月期は、4期連続最高益を更新しました。

 

リード 開発途中ながらも黒字を確保できているのは、共同研究先企業から契約時に一時金を受け取るほか、プロジェクトごとに研究開発支援金が入るためです。契約金の金額は年々上昇しています。特に技術移管先企業からの一時金は大きく、10億円を超えるようになってきました。将来的には、薬の発売後も、売り上げの一部を受け取ります。

 

── 塩野義製薬、積水化学工業と新会社を設立しました。

 

リード 特殊ペプチドを使った原薬をより安く、安定的に、しかも国内で作るために、共同出資で製造受託会社「ペプチスター」を立ち上げました。日本の医薬品は輸入超過ですが、国内で作れるようになれば、輸出産業に育てる道が開けます。

 

── 今後の課題は。

 

リード BMSはがん免疫療法薬の第1相臨床試験を開始していますし、ノバルティス、第一三共も今後、臨床試験に入る見通しです。22年6月までには薬を世に出すことができると思います。最初の薬はがん治療薬になるでしょう。

(構成=花谷美枝・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 東京大学で動脈硬化症、がん、糖尿病の研究をしていました。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A ありません。研究以外の本を読んだことがないので。仕事が大好きなので、暇さえあれば論文を読んでいます。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 海が大好きなので、泳いだり、スキューバダイビングを楽しんだりします。今は自宅のそばに海がないので残念です。

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 ■人物略歴

 ◇Patrick・Reid

 1975年生まれ。米バーモント州出身。米ダートマス医科大学院修了。生化学博士。2004年東京大学先端科学技術研究センター特任助教授、07年ペプチドリーム入社。17年9月から現職。42歳。

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事業内容:独自の開発プラットフォームPDPSによる創薬技術の提供および新薬開発

本社所在地:神奈川県川崎市

設立:2006年7月

資本金:約38億7000万円

従業員数:約60人

業績(17年6月期)

 売上高:48億9500万円

 営業利益:24億9000万円

2017年

10月

17日

「在庫持つ」経営で石油ファンヒーター日本一 吉井久夫 ダイニチ工業社長

Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 家庭用石油ファンヒーターで国内トップです。

 

吉井 自慢するつもりは毛頭ないのですが、国内主要家電量販店の販売台数が10年連続1位で、シェアは50%を超えています。現在、年間約100万台を生産しています。ただ、1位を狙ったのではなく、より良くしていった結果だと考えています。

 

── コロナやパナソニックなどがひしめく市場でどう戦うのですか。

 

吉井 お客様にとっての品質や価格、補償はもちろん、当社が卸す流通業者にとっての商品価値も高めています。

── どういう意味ですか。

 

吉井 いくら良い製品で安く提供しても、流通業者にとっては、商品が余ったり、足りない時は問題となります。当社は、市場動向や流行に合わせて、その増減に対応できる生産体制を整えています。流通業者から見ると品切れがないので、「ハイドーゾ(はいどうぞ)生産方式」と呼んでいます。そうした総合力で1位になっているのだと思います。

 

── 「ハイドーゾ生産方式」で生産の増減をどう調整するのですか。

 

吉井 まず生産は国内(新潟県)です。そして、1月から9月までは、同じペースで生産を続ける「平準化生産」をしています。

 当社の売上高の8割を占める石油ファンヒーターなどの暖房機器は、販売のピークが10月、11月、12月に集中します。販売時期はその3カ月しかありませんので、当社はシーズンが到来する前の時点で約9カ月分の在庫を持つわけです。

 

── 在庫リスクは御社が抱える?

 

吉井 そうです。1~9月ごろまでの生産で計画の7~8割を作りますが、残りの2~3割は、売れる機種や売れない色など市場の動向を注視しながら変えます。12月末には在庫をなるべくゼロにする考えなので、100台、500台、赤、白など、10月からは機種や色に合わせてばらばらに生産するので大変です。

 機種によって、プラスマイナス約20%の違いが出ますが、10~12月の対応力をいかにスムーズにするかがカギです。10月から3カ月間の情報収集をしっかりすればできます。

 

── 2003年に参入した加湿器でも国内トップです。

 

吉井 おかげさまで、台数と金額でトップを獲得しています。当社は後発の参入でしたが、とにかく静かな加湿器を目指しました。送風による気化式とヒーターのハイブリッド式の加湿器で、「赤ちゃんが寝ていても使える加湿器」とアピールしたのが利きました。

 当社のコア技術は、鉄板加工、プラスチック成形、その組み立て、自社でプログラミングしているマイコンなどの制御技術です。その技術で、熱、風、ポンプを正確に制御できます。現在、その延長線上にある新製品も開発しています。

 

 ◇ほぼ全員が正社員

 

 ダイニチ工業は、生産だけでなく働き方もユニークだ。512人いる社員はほぼ全員が正社員で、非正規社員はわずか3人にとどまる。また、残業を極力減らし、17時半に退社する。社員からは「毎日18時のニュースを家で見られる」との声があるほどだ。

 

── 期間工(期間従業員)は雇わないのですか。

 

吉井 しません。こうすることで、未熟練の社員でも、時間がたてばほぼベテランに近いレベルまで熟練度が増すからです。(派遣労働者や期間工などに頼って)毎日代わられると、いつも素人の人が生産するということになってしまいます。

 当社は500人規模の会社ですが、十数社の協力会社がいて、すべて合わせると当社と同じ人員規模で、生産台数も同じ規模です。生産の浮き沈みも同じにして、信頼関係の構築につなげています。

 

── 協力会社にリスクを取らせる企業が多いです。

 

吉井 私は1999年に社長になりましたが、その前年に在庫を大量に出しました。それがきっかけで、協力工場と当社がお互いにメリットがある体制を作り上げてきました。

 当社の生産が減る時に、協力工場の生産を取り上げると、当社の稼働率は保てますが、協力工場の仕事は減ります。それが恒常化すると、協力工場は当社に割り増しの工賃を要求せざるを得ません。だから、この体制は、ある意味で必要性もあるわけです。また、協力工場と年3回行う交流会は欠かせません。

 

 ◇地域で仕事する価値

 

── なぜ国産にこだわる?

 

吉井 以前は考えていなかったのですが、結局「我々が何のために仕事しているのか」を考えると、「この地域でこの仕事をしている価値がある」からだと考えます。当社には500人規模の社員がいて、協力工場も含めると1000人前後が当社の製品で仕事をしています。その家族も含めると数千人になります。この地域に工場があるだけで、数千人の人が生活できるわけです。それってすごく価値があることです。

 

── 逆転の発想です。

 

吉井 例えば、工場を持たない経営にして、外国で作ったものを安く仕入れて、高く売ることもできます。それで利益が上がれば、いかにも「能力のある経営者」に見えます。しかし、「ここで仕事をして生活をする」というのが、単に個人がもうける話ではなくて、みんながその価値を共有する喜びがあると思います。

(構成=谷口健・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 開発や資材部門から営業に行き、東京の営業所を立ち上げました。その後は、経理・総務に移って経営に携わりました。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A ピーター・ドラッカーや松下幸之助、稲盛和夫氏の経営本です。「真面目であれ」「悪いことをするな」など、結局同じことを言っていることが分かってきました。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 家でしっかり休養を取ります。

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 ■人物略歴

 ◇よしい・ひさお

 1947年生まれ。大阪府布施市(現・東大阪市)出身。新潟県立三条高校、芝浦工業大学卒業後、1969年、吉井電器店に入社。73年、ダイニチ工業に入社。常務、専務を経て、99年に社長就任。70歳。

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事業内容:家庭用石油ファンヒーター、加湿器、コーヒーメーカーなどの製造・販売

本社所在地:新潟県新潟市

設立:1964年4月

従業員数:512人

業績(2016年度)

 売上高:182億円

 営業利益:7億円

 

2017年

10月

10日

「社員の多様性が武器 果敢に事業変革」石黒成直 TDK社長

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 会社のルーツは。

 

石黒 当社は82年前、東京工業大学の2人の博士が開発した磁性材料「フェライト」を、創業者が「日本人の開発品。何とか製品化できないか」と取り組んだのが始まりです。いわば大学発ベンチャー企業です。フェライトは磁性を帯びた電子材料で、今なお進化を続ける古くて新しい材料です。研究を進める中、電磁気に応用できる材料として、戦前はラジオ・通信機器のアンテナ、戦後はコンピューターや家電に使われるようになりました。フェライトを作るには酸化鉄を焼いて形成する「焼成」技術が必要です。当社のビジネスは、フェライトを作る磁性材料技術と、それを使ったプロセス技術、生産技術を根に、さまざまな技術・製品が木の枝を伸ばした構図です。

 

── 1980年代の記憶がある世代には、TDKと言えばカセットテープというイメージがあります。

 

石黒 カセットテープも磁性技術の延長で、酸化鉄を粉にして、塗料に混ぜて、テープ上に塗布するものです。カセットテープやビデオテープなどのメディア事業はピーク時の80年代後半には全社の売り上げの約4割を占めました。しかし、この事業からは完全撤退しました。それ以来、消費者向けビジネスはほとんど手がけていません。むしろ当社は最初から法人向けビジネスが基本路線です。今は、スマートフォン、自動車、産業機械など、あらゆるメーカーに電子部品やセンサーを納入しています。最終製品の見えない部分に入る基板上の製品が大半ですが、身の回りの多くの製品で使われています。

 

── 具体的には。

 

石黒 スマートフォンのリチウムイオン電池や各種の電子部品・センサーのほか、パソコンやレコーダーに使われるハードディスクドライブ(HDD)の部品などです。自動車も電化が進むと、モーターが多く使われ、その分磁石も使われます。パワーステアリングも磁気センサーが角度を制御しています。

 

◇センサーは成長領域

 

── 製品別のポートフォリオは。

 

石黒 売り上げベースでは(1)電気を放出・蓄積するコンデンサーなど受動部品(電流制御などの能動操作をしない部品)が約40%(2)センサー応用製品が約6%(3)HDD用磁気ヘッドなど磁気応用製品が約25%(4)リチウムイオン電池などのフィルム応用製品が約25%です。センサーは今後の成長領域だと期待しています。

 

── そのセンサー事業をどう育ててきたのですか。

 

石黒 当社は、磁気信号を使って、HDDの記録を書き換える磁気ヘッドで世界屈指のシェアを持ちます。しかし、HDDの出荷数は00年代後半から減少傾向が続きます。磁気ヘッドの統括を務めていた当時「どうやって既存技術を生かして次の枝を作れるか」を模索し始めました。部署内での議論の結果出てきたのは、磁気ヘッドの材料である「TMR素子」を使った高精度センサーでした。微弱な磁気信号をキャッチする特性をセンサーに生かしたのです。技術者3人が細々と1~2年かけて試作品を完成させ、大手自動車関連メーカーに飛び込み営業をかけて「使い道はありませんか」と持ちかけました。その後、自動車関連メーカーとの共同開発も進み、今や40件以上の引き合いがあります。今後、大きく伸ばしていく製品と位置付けています。

 

── センサー事業では最近2年間で立て続けに他企業を買収しました。

 

石黒 理由は二つあります。一つ目はセンサー技術の引き出しをできるだけ確保したかったからです。センサーは単に製品を売るというビジネスではなく、製品とソリューション(課題解決策)をお客様に提供するビジネスになります。元々当社には、磁気センサーや温度、圧力センサーの技術はありましたが、それ以外の技術は不足していました。そこで、TDKが持たない別種類の磁気センサーを扱う独ミクロナスや、微細・集積化するためのMEMS(メムス)技術を使ったセンサーの知見を持つ米インベンセンスや仏トロニクスマイクロシステムズを買収しました。

 

── もう一つの狙いは。

 

石黒 技術をそろえて多様なデータを採取しても、処理する頭脳の役割がなければ無意味です。そこで今年3月、IC(集積回路)設計能力を持つベルギーのICセンスの買収を決めました。また、商品企画力も強化する必要があります。インベンセンスはこの能力にも優れているとみて、グループに入ってもらいました。

 

── カセットテープ、HDD事業、そして足元のセンサーへと、果敢に事業を変化させて成功してきた秘訣(ひけつ)は。

 

石黒 創業時にベンチャー企業だっただけに「おもしろいことには挑戦してみたら」という企業文化があったことです。また、人材の多様性も作用したと思います。まだ、転職が珍しかった80年代から、当社は中途採用が多く、新卒採用とは異なる発想で活躍しています。今でもかなり中途入社の社員を採用しています。また、86年に香港の磁気ヘッドメーカー「SAEマグネティックス」を買収して以降、M&A(企業の合併・買収)を重ねてきました。その結果、今や全従業員10万人のうち9万人が外国人です。執行役員18人のうち6人は外国人で、経営会議も英語です。日本内外の力を合わせていろんなことをやっていこうという社風が醸成されています。

(構成=種市房子・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 33歳でルクセンブルクのカセットテープ工場設立のために渡欧し、14年間駐在しました。30代前

半は工場操業、後半は欧州全体の供給体制構築で、苦労の連続でさまざまなことを体験しました。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 吉村昭の『高熱隧道』。吉村作品の魅力は、事実を徹底的に調べ、根源にある人間の本質を探る筆致です。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 料理を作ってゆっくり過ごします。つまみを作って気の置けない仲間を家に呼ぶのも好きです。

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◇いしぐろ・しげなお

 1957年生まれ、東京都出身。都立府中高卒業、北海道大中退。82年東京電気化学工業(TDK)入社。カセットテープや磁気ヘッド部門などを担当し、2014年執行役員。16年から現職。欧州、香港の駐在経験が長く、海外駐在は通算36年に及ぶ。59歳。

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事業内容:電子部品・電子材料

本社所在地:東京都港区

創業:1935年

資本金:326億円

従業員数:9万9693人(2017年3月末現在)

業績(17年3月期・連結)

 売上高:1兆1782億円

 営業利益:2086億円

2017年

10月

02日

国内シェア50%の燃料油基盤に世界へ 内田幸雄 JXTGホールディングス社長

内田幸雄 JXTGホールディングス社長
内田幸雄 JXTGホールディングス社長

◇Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── JXTGホールディングス(HD)はどんな会社ですか。

 

内田 JXHDと、東燃ゼネラル石油が今年4月に経営統合しました。石油業界の地殻変動に対応しようと模索を続けて実現した統合です。

 

 原油を輸入して精製し、ガソリンや軽油などの製品を販売する石油元売り会社は、1970年代には15社ほどありました。2度の石油危機や、規制緩和による競争激化、燃料油が90年代半ばから後半をピークに国内の需要が落ち始めたことなど、たびたび再編の圧力が高まりました。

 

 大きな転機となったのは、99年のエクソンとモービルの合併です。メジャーの2社の合併は誰も予想しませんでしたが、そのくらいの出来事が石油業界には起きていました。2000年代にも1バレル=100ドル台が続いた原油価格の高騰、エクソンモービルなどメジャーの撤退と、次々に経営に直結する問題が起き、各社は対応に追われてきました。石油元売り会社は集約され、現在は4グループになっています。

 

 JXHDは、日本石油、三菱石油、日本鉱業、共同石油の4社が前身。東燃ゼネラル石油は、東燃、ゼネラル石油、モービル石油、エッソ石油が前身だ。

 

 今回、元売りトップのJXHDと、3位の東燃ゼネラル石油の統合で、国内の燃料油販売シェア50%になりました。(メジャーが本拠を置く)EU(欧州連合)で、主要2カ国をどのように組み合わせても、日本の総需要より大きくはなりません。計算上は、英国全体を当社が扱っているようなものです。私の口から「最終形態」とは言いにくいですが、これ以上の統合は難しいのではないでしょうか。

 

── 力を入れている事業は。

 

内田 中核事業3社体制です。主力はJXTGエネルギーで、石油製品を精製し、燃料油から、ペットボトルや合成繊維の原料となるパラキシレン、プロピレンといった石油化学製品の製造、販売まで、幅広く手がけています。今後、燃やさずに石油をどう使うかがますます重要になります。新興国の生活水準が上がればプラスチックなどの需要が増えることになるため、石油化学は確実に伸ばしていかなければならない分野です。

 

 JX石油開発は、石油、天然ガスの探鉱を行っています。地球の資源に付加価値を生み出す事業です。ポートフォリオではなく、事業としている会社では国内三指に入ります。

 

 JX金属は、銅を中心とした非鉄金属のサプライチェーン全体を手掛けています。チリのカセロネス鉱山は、日本企業の100%出資です。精錬から電材加工まで手がけ、みなさんが使っている電子部品には、ほぼ当社の製品が入っていると思います。IoT(モノのインターネット化)は大きなビジネスチャンスですが、今は生産能力を目いっぱい使っても、需要に応えきれていません。まずは生産体制を整えることが喫緊の課題です。

 

 統合で「エッソ」「モービル」「ゼネラル」を含めて四つになったガソリンスタンドのブランドを、19年度中を目標に「ENEOS(エネオス)」に統一することを発表した。

 

── ブランド戦略をどう考えていますか。

 

内田 四つのブランドのガソリンスタンドは全国に計約1万4000店あります。消費者とつながる大切な存在で、一つの会社として認知してもらえるようにすることが重要です。

 

── 統合による具体的な目標は。

 

内田 「アジア有数の総合エネルギー・資源・素材企業グループ」です。そのためには、収益力をどう上げるかに懸かっています。エネルギーは国内で圧倒的な地位になりましたから、それを生かして海外に進出できる経営基盤を作るのが私の役割です。

 17~19年度の中期経営計画で、20年3月期に連結営業利益5000億円を掲げました。製造業で国内を主戦場にしている企業で、5000億円の利益を上げられる会社はなかなかありません。当社はその潜在能力があると思っています。

 

 ◇EV普及はチャンス

 

── 世界で電気自動車(EV)へのシフトが急速に進んでいます。

 

内田 現在、国内に自動車は9000万台登録されています。電気、水素など石油以外を動力にしているのは20万台ほどです。EVがどの程度普及するか、予測はできません。エネルギー業界は社会のインフラで、最初に大きな投資をしますが、企業としては回収しなければならない。どのタイミングで投資するのが適切か、見極めなければいけません。

 いずれにしてもEVが増えるのは間違いない。「増える電気需要をどうまかなうか」ということになり、総合エネルギー企業としての腕の見せどころです。これまで石油業界は、経済規模の発展に伴って成長してきました。今後は技術や社会の変革に合った発展を目指さなければいけません。

 

── 野球部、バスケットボール部を持っています。企業スポーツの意義をどう考えていますか。

 

内田 従業員の一体感の醸成です。いずれも強豪で、活躍は特約店でも話題になり、多くの関係者の融和に大きく貢献してくれています。

 ルールを守って勝つのがスポーツです。企業も法令順守意識を持って、業績で勝ちたい。最終的には利益を上げることが、統合会社の融和にとっても最も重要で、私の大きな使命です。

(構成=酒井雅浩・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 入社は石油危機の1973年。30代は80年代と重なります。規制緩和、湾岸危機と荒波の中で原油の調達を担当し、原油ほどコストと価格の乖離(かいり)が激しいものはないと痛感しました。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A パラダイムシフトが起きていることを実感できる本です。大栗博司氏の宇宙論が好きです。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 10分でも、会社のことを何も考えないことでストレス解消をしています。桂枝雀の落語は、突き抜けたばかばかしさが気分転換にもってこいです。

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 ◇うちだ・ゆきお

 1951年生まれ。福井県出身。福井県立高志高校、京都大学法学部卒業。73年日本鉱業入社。2010年JX日鉱日石エネルギー取締役、15年JXホールディングス社長などを経て、17年4月のJXTGホールディングス発足に伴い社長。66歳。

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事業内容:エネルギー事業、石油・天然ガス開発事業、金属事業など

本社所在地:東京都千代田区

設立:2010年4月

資本金:1000億円

従業員数:2万6247人(17年3月31日現在・連結)

業績(17年3月期・連結)

 売上高:8兆1360億円

 営業利益:2984億円

 (注)従業員数、業績は旧JXホールディングスの数字

 

2017年

9月

25日

日本の中小企業を強くする 佐々木大輔 freee(フリー)社長

Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 設立5年で従業員が約350人と急成長中です。そもそもフリーはどんな会社ですか。

 

佐々木 中小企業のバックオフィス(間接部門)業務を、クラウド(インターネット上)で自動化するソフトウエアを提供しています。特に、経理と人事労務の二つに注力しています。経理の業務は、5分の1から50分の1に軽減できます。

 

── どう軽減するのですか。

 

佐々木 当社が提供するクラウド会計ソフトは、クレジットカードの利用明細やインターネット銀行の明細などから必要事項を抽出して、人工知能(AI)を使って自動で会計帳簿を作ることができます。例えば、明細に「ソフトバンク」とあれば「通信費」に、居酒屋の名前なら「交際費」などに自動で分類できます。他にも、飲食店であれば自社の売り上げデータを連携させることもできます。

 請求書の管理もできます。発行だけでなく、入金まで追って管理ができたり、受け取った請求書の入金について期日までに自動で支払うこともできます。

 使う企業にとっては、気がついたら帳簿ができている仕組みで、いつでも経営が見える化ができます。

 

── 顧客は何社ありますか。

 

佐々木 個人事業主を含めて80万事業者が使っています。料金は、個人事業主向けの確定申告を簡単にするサービスは月980円(税抜き)から、会社向けの会計ソフトは月1980円(税抜き)からなどのプランがあります。500~1000人規模の企業でも使えるようにしています。

 

── なぜ急拡大できたのですか。

 

佐々木 口コミが大きかったです。最初は、個人事業主や小規模法人を中心に広がりました。インターネットで当社のサービスを見つけてくれ、拡大の原動力となりました。

 我々がクラウド会計ソフトを開発した当初の会計業界は、新規参入者はおらず約30年間変わっていない業界でした。ですが、クラウド会計ソフトを実際に作ってみると、世の中の人に受け入れられました。これが僕たちの原点になっています。

 

 ◇グーグルで学んだこと

 

── なぜ会計業界で起業したのですか。

 

佐々木 以前ベンチャー企業でCFO(最高財務責任者)を経験して、手入力が必要なことが多く、すごく非効率でした。それを問題意識として持っていて、その解決方法もイメージしていました。このサービスで従来の経理業務が50分の1にできるのを自分自身で感じていました。

 経理はあらゆるビジネスで必要な部門です。これをインターネットで誰でも簡単にできるという時代を作れると思いました。

 

── グーグル日本法人での経験はどう生きていますか。

 

佐々木 28歳でグーグルに転職し、中小企業にインターネット広告を広げる活動をしていました。ある会合で、グーグル本社の幹部が「会社は運動(ムーブメント)だ」と言っていたことには、とても感銘を受けました。それまでの日本企業の価値観にありそうでなかった考え方で、これを実践する企業を日本でも作れたらと思いました。そうした感覚を覚えられたのが大きかったです。

 

 フリーは未上場の企業だが、ベンチャーキャピタルの米DCM、リクルートホールディングス、未来創生ファンド(トヨタ自動車と三井住友銀行が出資)などが出資する。投資家が評価する時価総額は、すでに400億円を超えるとも言われる。一方、クラウド会計ソフト市場を見ると、フリーは40%近いシェアを持つ。それを「弥生会計」の弥生や、9月29日に上場予定のベンチャー企業・マネーフォワードが追い、競争は激しい。

 

 ◇銀行融資を簡単に

 

── 銀行や信用組合などと業務提携を進めています。狙いは。

 

佐々木 合計20の金融機関と提携しています。いずれは当社のサービスのなかで融資を完結できるような世界を目指しています。

 当社のユーザー(顧客)にとっては、より良い条件で融資を受けられ、提出する書類も減らすことができます。その一方で、金融機関にとっては審査にかける時間が減り、融資先の経営に関わる助言にもっと時間をかけることができます。

 

── 銀行の審査部が必要ない時代が来るのでしょうか。

 

佐々木 そういう時代が来るかもしれません。企業の資金繰りは、過去の経営データを基にするので、自動化されるのではないでしょうか。

 

── 今後、フリーが目指す世界は。

 

佐々木 日本の中小企業を世界的に見ても競争力のあるものにしていかなくてはいけません。従業員全員が英語を話すという意味ではなく、ビジネスの仕方や生産性の面で世界のレベルについていくということです。中小企業の方が、よりスマートで、強い会社になれる仕組みを提供し、そうした中小企業のプラットフォーム(土台)になっていきます。

 

── 上場の予定は。

 

佐々木 今年から手続きを始めましたが、いつかは言えません。ただ、当社は米国系のベンチャーキャピタルからも出資を受けているため、早期の上場は必要ありません。

 未上場の期間をうまく利用して、盤石なビジネス基盤を作っていかないといけないと思っています。良い例になって道を広げて、自分で流れを変えていきたいです。

(構成=谷口健・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 20代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 広告代理店、投資ファンド、ベンチャー企業と転職していました。28歳でグーグル日本法人に入りました。

 

Q 「私を変えた本」は

A 米国人作家のパトリック・レンシオーニ氏の『あなたのチームは、機能してますか?』(翔泳社)です。読みやすく書かれた本で、社内での課題図書にしています。

 

Q 休日の過ごし方

A 走ったり、子供と遊んだりしています。

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 ◇ささき・だいすけ

 1980年生まれ。開成高校、一橋大学商学部卒。博報堂や投資ファンドを経て、IT企業のALBERTで執行役員兼CFO(最高財務責任者)。その後、グーグル日本法人で中小企業向けマーケティングに従事。2012年7月、フリーを設立。37歳。

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事業内容:クラウド会計ソフト、クラウド給与管理ソフトなどの開発・運営

本社所在地:東京都品川区

設立:2012年7月

資本金:96億円(資本準備金含む)

従業員数:約350人

業績

 売上高:非公表

2017年

9月

19日

顧客とともに栄え、イノベーションを起こす 此本臣吾 野村総合研究所社長

Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── どんな会社ですか。

 

此本 名前の由来からシンクタンクのイメージが強いですが、実態としては連結売上高の9割をITサービスが占めています。2017年3月期の売上高営業利益率は14%で、同業他社に比べると非常に利益率が高いのが特徴です。コンサルタント業務を行っていた旧野村総合研究所とITシステム会社の野村コンピュータシステムが1988年に合併し誕生しました。ITサービスの上流に位置するコンサル業務に強みを持っているのが同業他社との大きな違いです。

 

── 強みは。

 

此本 かつて、ITは企業のバックオフィスを支える存在でした。当社でも、コンサル部門は経営層、ITサービス部門は情報システム部門とそれぞれ対象の顧客が違い、一緒に連携して仕事をすることはあまりありませんでした。しかし、今では、ITが企業のビジネスモデルそのものを変える時代になりました。CEO(最高経営責任者)自身がITに関心を持ち、事業部門でもITを使ってビジネスを変えたいという話が出ています。二つの機能を持ち、融合する当社の強みはこれから生きます。

 

── 直近の業績は。

 

此本 17年3月期の連結決算は売上高4245億円、営業利益585億円でした。従業員数は単体で約6000人、連結では約1万1000人です。規模やコストで競争せず、価値提供で当社にしかできないサービスを目指しています。仕事を通じて知的好奇心をかき立てる組織であり、人材が集まっている会社です。就活学生の人気が高いのは、当社のカルチャーに交われば、自分たちも成長できるという期待が学生の間であるからではと思います。

 

── 企業理念は。

 

此本 「未来創発」です。将来を俯瞰(ふかん)し、新しい社会のパラダイムを洞察し、実現を担う。顧客のためにイノベーションを起こし、顧客とともに栄える。この企業理念が当社の存在そのものを象徴しています。まず、「新しい社会のパラダイムを洞察」するのがコンサルの役割です。「その実現を担う」のがITサービスです。シェアリング・エコノミーやブロックチェーンも、それを実現するために、我々はITという武器を持っています。

 

 ◇「ストーリーを語る」

 

── 同業他社との違いは。

 

此本 イノベーションを強く意識する会社は、テクノロジーを中心に、顧客に「あれもできます、これも可能です」と提案しがちです。でも、顧客を分析する能力がなければ、顧客は「それによって我々の抱えている問題をどのように解決してくれるのか」と不満を持つことになります。我々はコンサル部門でそれを徹底的に分析することが可能です。その上で、顧客が解決したいことを実現するには何が必要か、そのためにはどんなサービスを提供しなければならないか、ストーリーを語ることができます。コンサル部門を持っていることがすごい力になります。

 

── サッポログループの働き方改革で、AI導入をサポートしました。

 

此本 同グループの社内業務の問い合わせに、当社のAIシステムを活用しました。その結果、問い合わせの45%がAIで回答できました。今は経済産業省とAIを使った国会答弁の作成業務の自動化で実証実験をしています。

 

── コンサルとIT部門の人事交流はあるのですか。

 

此本 最近、ビッグデータの「アナリティクス」という分野が注目を集めています。例えば、ある消費財メーカーで、これまで中心顧客だった高齢の富裕層の購買力が落ち始めたので、若い女性層のマーケティングをしたいとします。こういう層にどのように効率的にアプローチするかを、データを基に分析し、会社にマーケティングの提案までをするのが、アナリティクスです。

 

 このようにアナリティクスでは、データ分析だけでなく、ビジネスも理解している必要があります。当社はコンサルとITサービスの両方の部門を持っているので、コンサルで育った人がIT側に異動して、さまざまな分析ツールへの理解を深めたり、逆にIT側で採用された分析のプロが、コンサルに異動し、ビジネスの勉強をすることができます。

 

 アナリティクスは消費財だけでなく、金融などの他業界でもますます必要になります。そのため、両方の能力を持った人をどれだけ育てるかが、当社の競争力の鍵になります。

 

── 長期経営ビジョンで23年3月期に営業利益1000億円を目指しています。

 

此本 当社はコストや規模ではなく、提供する「価値」で競争します。利益は価値を定量化したものです。そこにこだわりを持ちながら経営していきたい。他社のように、海外の大きな会社を買収するようなやり方はしません。海外で買収をするにしても、その会社しか持っていない知的財産やノウハウが、我々の方向性に欠けているピースであれば、買っていきます。会社の大小は関係ありません。

 

 例えば、15年に米国のデジタルマーケティング会社「ブライリー・アンド・パートナーズ」を買収しました。小さな会社ですが、非常に強力な知的財産を保有しています。社会がどのように変わるのか俯瞰しながら、他社より一歩先に布石を打っていきたいと思います。

(構成=稲留正英・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 台湾に駐在し、一から支店を開設して大きくしていきました。帰国するときには40人の会社になっていました。非常にやりがいがありました。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 石川光男氏の『東洋的生命観と学問』(1983年)です。コンサルは社会科学であり、自然科学のように解析的に分析することの限界をこの本から学びました。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 子供が大きくなったので、妻と二人で小旅行に出かけています。最近は秋田県男鹿半島のジオパ

ークに出かけ、1000万年前の貝の化石を拾いました。

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 ■人物略歴

 ◇このもと・しんご

 1960年生まれ。東京都出身。都立西高校、東京大学工学部、同大学院工学研究科修了。85年野村総合研究所入社。94年台北事務所長、2004年執行役員、15年専務執行役員を経て、16年4月から現職。57歳。

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事業内容:コンサルティング、ITサービス

本社所在地:東京都千代田区

設立:1965年4月

資本金:186億円

従業員数:6003人(2017年3月現在)

業績(17年3月期・連結)

 売上高:4245億円

 営業利益:585億円

2017年

9月

12日

「新規路線で国際線を成長ドライバーに」 片野坂真哉 ANAホールディングス社長

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── ANAの社風は。

 

片野坂 新しいことに挑戦して成長してきた会社です。例えば、昔はタブーだった羽田空港の国際化を、20年以上前から言い続けてきました。歴代の社長も、国際線が赤字の頃も、やめろと言った人は一人もいませんでした。

 

── どういった事業に力を入れていきますか。

 

片野坂 柱の航空事業では、国際線で成長するという戦略を確固たるものにしたいですね。2020年の東京五輪・パラリンピックという一大イベントに向けて、羽田も成田も発着枠が増えるビジネスチャンスです。日本企業も海外にどんどん出ており、国際線を成長ドライバーとした成長戦略を描いています。ただ、今年と来年は発着枠は増えません。昨年はシステムダウンや、保安検査場でお客様を誤誘導するなどのトラブルも多かったので、「今年は安全と品質の総点検」と社員に宣言しており、しっかりと内部固めも大事な2年間と思っています。

 

── 路線拡大にリスクはありませんか。

 

片野坂 私は新規路線論者です。発着枠が増える時を逃さず、ネットワークを広げておく必要があります。この3年間、ヒューストン、クアラルンプール、ブリュッセル、プノンペン、武漢、メキシコなどに新規路線を就航させました。新規路線は需要が少ないのではないかと言われますが、やってみると最初から乗っていただける。ということはマーケットはまだまだあるということです。この2年間、増収増益で最高益を更新し、増配もできているので、決算もついてきています。

 

── 既存路線強化の目玉はありますか。

 

片野坂 19年にハワイ・ホノルル線に500席を超えるエアバスの大型機「A380」3機を投入します。ハワイ路線は利用率が9割程度で年間を通して安定しています。座席数が増える分、マーケットシェアが高まると見ています。今まではビジネス重視でネットワーク展開をしてきましたが、これからはレジャーやリゾートをグループの戦略として大事にしたい。それをまずはハワイでやろうと思っています。

 

── 国内線の経営方針は。

 

片野坂 15年3月の北陸新幹線の開業で100億円程度の減収になりましたが、その影響も一巡しました。人口が減少している国内では、地方が元気になって観光客が増えないと、航空会社のネットワークの維持はどこかで限界がきます。訪日外国人に利用してもらうのがこれからの鍵になるでしょう。

 

── 傘下の格安航空会社(LCC)についてはどう考えますか。

 

片野坂 4月にピーチ・アビエーションを連結子会社化しました。LCCのもう一つの子会社であるバニラ・エアと統合させないのかとよく聞かれますが、今は全くの白紙です。ピーチは関西空港ベース、バニラは成田空港ベースですみ分けができており、文化も全然違うので簡単に混ぜることは難しいです。今はできる限り自主性を尊重して、二つの会社が共に成長していけるようにしたいですね。

 

── LCCの戦略は。

 

片野坂 20年度までに中距離路線を強化します。バニラもピーチも、中距離と言えるバンコクやホーチミンには、沖縄や台湾を経由して飛んでいます。小型機を使って、乗り継ぐ形でアジアの中距離に既に入り始めており、現地でも知名度を上げています。いずれは、中型機を使った直行便を入れていきたいですね。

 

── 日本航空への対抗策は。

 

片野坂 8・10ペーパー(新規投資や路線開設が原則自由にできないと定めた国土交通省の指針の通称)がなくなり、成田─豪メルボルン線と成田─ハワイ・コナ線を新規就航するのはさすがだなと思っています。財務体質が良いので脅威ですね。こちらとしては新規路線で特徴を出していくことが重要だと思います。あとは、サービスと品質で負けないようにしていくことに尽きますね。

 

 ◇ノンエア事業も強化

 

── MRJ(三菱リージョナルジェット)の納入が遅れています。

 

片野坂 納入時期は20年半ばの予定ですが、親会社の三菱重工業などからは、少しでも前倒しできるようにしたいとも連絡を受けているので、信頼していくしかありません。我々のパイロットや整備士、客室乗務員が機器の設置位置や荷物棚の形状などについてアドバイスするなど、良い品質の飛行機にするために知恵を出しています。そういう意味では一心同体。ボーイング787の時もそうでしたが、開発のリスクをかぶるローンチカスタマー(世界で初めて導入する航空会社)の難しさは感じています。

 

── 航空事業以外の取り組みは。

 

片野坂 航空事業が苦しい時に支えるノンエア事業もしっかり育てたいです。「ANAビジネスソリューション」という会社では、企業の研修で客室乗務員が接客の基本を教えています。昨年設立した「ANA X」はマーケティングの会社で、搭乗データやマイレージクラブなどの顧客情報を分析した事業開発に取り組みます。例えば、保険や旅行の販売に生かすこともできます。まだまだこれからですが、飛行機に乗るだけのお客様に別の形でアプローチしたいですね。新しいイノベーティブな事業として、宇宙など将来の成長に向けた可能性もつくっておきたいです。

(構成=松本惇・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 30歳になった頃にANAが国際線に進出することになり、日米航空交渉などを担当しました。ANAがグローバルになるのを実感でき、面白い時代でした。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 山岡荘八の『徳川家康』です。すべての登場人物が生き生きと描かれていて、人生のヒントがあります。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 下手なゴルフが時々と、ガーデニングです。剪定(せんてい)すると芽が出て強くなるのは面白いですね。

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 ■人物略歴

 ◇かたのざか・しんや

 1955年生まれ。鹿児島県出身。ラ・サール高校、東京大学卒業後、79年4月に全日本空輸入社。人事部長などを歴任し、2013年4月のANAホールディングス発足時に副社長、15年から現職。62歳。

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事業内容:航空運送事業など

本社所在地:東京都港区

設立:1952年12月27日

資本金:3187億円

従業員数:3万9243人

(2017年3月31日現在、連結)

業績(17年3月期、連結)

 売上高:1兆7652億円

 営業利益:1455億円

2017年

9月

05日

「自分たちの生活から不満を発見し、商品開発」大山健太郎 アイリスオーヤマ社長

Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── どんな会社ですか。

 

大山 生活用品の製造販売をしています。メーカーでありながら問屋の機能を兼ね備え、量販店に自社商品を直接納入している「メーカーベンダー」は当社ぐらいでしょう。

 当社は需要創造型企業です。マーケットインではなく、ユーザーイン、つまり自分が欲しいと思うものは皆が欲しいと思い、開発します。市場調査はほとんどやりません。我々自身の生活をしっかりと見ます。

 生活の不便を快適に変える商品で奥様方から高評価をいただいてきましたが、ここ3年で家電が売り上げの半分を占めるようになりました。主力は炊飯器や布団乾燥機です。

 

── 会社の成り立ちは。

 

大山 父が東大阪で創業した従業員5人のプラスチック工場を19歳で継ぎ、零細下請けを脱皮したいと養殖用のブイ(浮き)や苗箱など1次産業の資材を手がけました。2000年代にペット用品、園芸用品を売り出しました。09年のLED(発光ダイオード)電球を皮切りに家電に参入しました。

 

── 最大の転機は。

 

大山 1970年代のオイルショックです。会社は破竹の勢いで拡大し、宮城県にも工場を構えていましたが、倒産寸前となりました。オイルショックで前倒しになった需要が止まり、供給過剰で値崩れが起きたのです。

 不況でも利益を出せる会社を作ろうと思いました。値崩れを引き起こす競争のないビジネスをするため、潜在需要を顕在化させることを考えました。園芸用品でガーデニングブームを作り、ペット用品で家畜をファミリーに変えてきました。

 

── LED電球のきっかけは。

 

大山 当初、夜も庭を楽しむために消耗しにくいLED電球を作りました。09年、鳩山由紀夫首相(当時)の二酸化炭素25%削減宣言で、照明がLED電球に切り替わるとみて生産を開始し、11年の東日本大震災後の節電を機に拡大しました。

 

── 家電に参入した理由は。

 

大山 大阪は家電の町、大阪人にとって家電メーカーは憧れの存在でした。それがグローバルの競争に負けてしまった。リストラで技術者があぶれているのはもったいないと思い、受け皿として、13年に大阪R&D(研究開発)センターを作り、採用を進めてきました。

 

── 日本の家電メーカーが崩壊するなかで成長できた理由は。

 

大山 日本の家電メーカーが負けた理由は二つあります。

 一つは、日本のものづくり産業が下請けの多層構造であることです。総合家電メーカーは設計し、部品を組み立てます。便利な構造ですが、各下請けが利益を乗せるので、海外と競争すると勝てないのです。

 もう一つは、創業者からサラリーマン社長に代替わりするとリスクを取らなくなります。商品開発の提案がとがっていても、何層も会議を経て他社の競合製品と比べる中で横並びになります。

 当社は、家電の内製比率が高いことがコスト競争力とイノベーションを生んでいます。そして、私が退いた後も機能するような仕組み作りに力を入れてきました。例えば、週初めに丸一日かけて商品開発のプレゼンテーション会議を行っています。私はじめ30人ほどが参加し、情報を共有しています。

 

 ◇常識の非常識

 

── ヒット家電を生んでいます。

 

大山 1~2人世帯が6割を占めるようになったのに、既存の家電メーカーは横並びで4人家族をベースにした製品を作り続けています。でも、1~2人世帯にとって便利な製品を考えれば、いろいろと出てきます。

 

── 生活の変化という簡単なことに皆が気づかないんですね。

 

大山 大きい製品の方が高く売れるからです。量販店も同じです。生活者を忘れています。でも、あっという間に携帯電話がスマートフォンに変わったように、今日と明日は違うんです。

 世の中には常識の非常識がけっこうあります。我々はお客様が気づいていない不足・不満を自分の生活の中から発見し、変えています。

 

── 今年4月にエアコンを発売し、大型白物家電に参入しました。

 

大山 家電のゴールです。まずエアコンを手がけたのは、省エネ効果が大きいからです。

 家電のシェアは今は単価が低いので数%です。マーケットは大きいですから、1割、3割へ伸ばしていきます。中国と国内で工場をどんどん増やしています。できるだけ内製します。

 

── 設備を抱えることにはリスクもあります。

 

大山 リスクを取ってシェアを取れば、設備の稼働率が上がります。

 ロングセラー商品にあぐらをかくなと言っています。年間1000アイテムを新たに発売しています。メーカーベンダーですから新商品を店頭に並べられます。過去3年間に発売した商品の売上比率が6割を超えています。

 

── 経営目標は。

 

大山 売り上げに対して1割の営業利益と過去3年の新商品比率5割以上です。売り上げ目標は立てません。

 

── 上場はしないのですか。

 

大山 必要がありません。無借金ですし。経常利益の5割程度を償却を含めた設備投資に充て、営業利益の5%を幹部社員に還元しています。

 会社にとって一番大事なのは、社員です。働く社員にとって良い会社を目指しています。

(構成=黒崎亜弓・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

A オイルショックを経て、会社の業態転換のため必死で試行錯誤していました。

 

Q 「私を変えた本」は

A 本はあまり読みません。過去のことですから。今、起こっていることをウオッチし、本質を見極めるようにしています。

 

Q 休日の過ごし方

A クラシック音楽を1日5、6時間聴いています。毎朝3キロウオーキングし、週に1度は水泳をやる健康オタクです。

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 ■人物略歴

 ◇おおやま・けんたろう

 大阪府出身。大阪府立布施高校(東大阪市)卒業。1964年、大山ブロー工業代表者に就任。91年、アイリスオーヤマに社名変更。アイリスグループ会長。72歳。

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事業内容:生活用品の企画、製造、販売

本社所在地:仙台市青葉区

設立:1971年4月

資本金:1億円

従業員数:3013人(2017年1月現在)

業績(16年12月期・単体)

 売上高:1220億円

 経常利益:110億円

2017年

8月

29日

客室数日本一 中核の支配人は97%が女性 黒田麻衣子 東横イン社長

Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 全国各地にある東横イン。私も出張で度々利用しています。

 

黒田 7月現在の店舗数は268で、客室数は5万4111室で、客室数は日本一です。2016年度の稼働率は83・6%でした。

 

 

── 名前の由来は。

 

黒田 1号店の蒲田が東京と横浜の間にあることから

 

です。蒲田近辺には建設会社や不動産会社で東横と名の付く会社が結構存在します。

 

── 特徴を一言で言うと。

 

黒田 創業当時からビジネスマンが対象です。創業者の父は、ホテルマンでも、接客業に従事していたわけでもなく、利用客の目線で常に明るく清潔でリーズナブル(お手ごろ価格)というホテルを作ってきました。ただ、2000年代半ばごろから家族連れの利用も増えてきました。かつては土日や夏休みシーズンの8月の稼働率は最も低かったのですが、今はむしろ高くなりました。

 

── こだわりは。

 

黒田 どこに行っても客室とサービス内容が同じです。固定客確保も図っています。入会金1500円で会員になれば宿泊料は5%割引し、10回泊まると1回無料となる特典があります。今では会員の宿泊率は7割弱です。

 

── 独特の経営スタイルとか。

 

黒田 物件を持たず、運営に専念しています。1986年に開業した蒲田の1軒目がたまたまそうだったのかもしれませんが、創業者の父が友人から相談を受けてホテル経営を勧めたところ、その友人が難色を示したため、建築を前提に父が運営を引き受けたところから始まりました。

 その後もホテル業には専念せず、不動産デベロップメントが本業でした。しかしバブルが崩壊して不動産は全て手放さざるを得なくなりました。創業10年後の96年、父がホテル業への専念を決め、そこから伸び始めました。お金がない状態で「建てていただいて運営させてもらう」スタイルが本格的に始まりました。

 

── なぜ物件を持たないのですか。

 

黒田 資産の負担が少なく、初期投資が少なくても続けられることが大きいです。副産物的には、土地と建物のオーナーは地元の名士なので顔が広く、地元経済界に紹介してもらえたり、お客様を呼んでくれたりするメリットもあると思います。

 

 ◇「就任30年で50万室」に

 

── 職場の特徴は。

 

黒田 圧倒的に女性が多いです。支配人は97%、フロントは80%が女性です。支配人は1号店の開業時から女性ですが、実は偶然です。父が行きつけの飲食店の接客に優れた女性に依頼したのが発端です。2号店の支配人は男性でしたが、1号店との稼働率の差がみるみるうちに出てきました。調べてみると女性支配人の1号店は常にきれいで明るいのに対し2号店はたばこ臭くて暗い。以来「目が行き届く女性向きの仕事」として支配人はずっと女性です。

 

── 支配人はどんな方々ですか。

 

黒田 40代が最も多く、職歴はキャビンアテンダントや教師、専業主婦などさまざまです。ただ、小学校以下のお子さんがいる方には厳しい仕事だと話しています。ホテルは24時間365日開いているので、何かあれば夜中でも駆けつけなければなりません。また月1回は全国10エリアごとの支配人会議があるので出張も多いです。

 一方で晩婚化が進み、30代後半から40代半ばは、お子さんが小さいケースが増えています。支配人も平均年齢は48歳と上がっています。何らかの子育てサポートの手立てを考えなければならないと思っています。

 

── その他の職種は。

 

黒田 フロント正社員の働き方は独特です。午前10時半から翌日午前11時半まで、計4時間の休憩を含んだ勤務です。勤務を終えた翌日と翌々日は休みです。出勤日の晩は、お子さんを家族に見てもらう必要がありますが、勤務を終えてからは一緒に過ごせる時間は長くなります。この勤務体系を支持する人も多いです。4日に一晩だけ何とかできれば、もっと子育て世代の味方になる職場になるのではないかな、と思うのですが。

 

── 初めから後を継ぐつもりでしたか。

 

黒田 教員を目指していました。ただ大学院生時代に母校の非常勤講師を務め「向いていない」と感じました。02年に入社して新規出店に関わった後、結婚と出産を経て05年に退社して専業主婦になりました。復帰するとは思っていませんでした。

 

── 戻るきっかけは。

 

黒田 08年に起こした廃棄物処理法違反事件です。グループの工事部門に対し、父が店舗の地下を建築資材置き場として容認したところ、雨水が入り込んで硫化水素を発生させてしまい、父は経営者から降りました。私は「戻らなきゃ」と思ったのです。当時2人の娘は幼稚園でしたが、子育てをどうしようと考える間もなく、突然湧いた思いでした。

 

── どんな会社にしたいですか。

 

黒田 戻ったときは会社の不祥事の後で、リーマン・ショックの影響でホテルの稼働率も前代未聞の低さで支配人に元気がありませんでした。「支配人の笑顔を取り戻し、日本一女性が働きたい職場を作りたい」と思いました。それには成長し続けることが必要で、「30年で50万室」という目標を立てました。業績が悪ければ客室数は増やせませんし、成長する会社に身を置いてこそ意気に感じて仕事ができると思います。二度と世間を騒がせてはならない。社会から尊敬される会社にしたいと思っています。

(構成=米江貴史・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 2008年末に戻ってきて、どちらかというと、仕事を覚えることで必死でした。今より何事も新鮮に受け止められていた気がします。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 変えたとまでは思いませんが、すごく良いなと思ったのは『海賊とよばれた男』(百田尚樹著)です。こんな社長になりたいと思いました。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 家事です。洗濯物や片付けに追われています。娘たちに必要なものを買いにも行きます。睡眠も取っています。

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 ■人物略歴

 ◇くろだ・まいこ

 1976年生まれ。東京都出身。成城学園高校、聖心女子大文学部を経て2002年、立教大大学院文学研究科博士課程前期修了後、東横イン入社。出産・育児のため05年退社後、08年に副社長として復帰。12年6月から現職。41歳。

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事業内容:ホテル運営

本社所在地:東京都大田区

設立:1986年

資本金:5000万円

従業員数:1万895人(パート従業員含む)

業績(2017年3月期単体)

 売上高:819億7000万円

 営業利益:172億1300万円

2017年

8月

22日

全自動衣類折り畳み機で世界を席巻 阪根信一 セブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズ社長

Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

 さまざまな衣類に対応した世界初の全自動折り畳み機「ランドロイド」を開発した。大きさは高さ220センチ、幅87センチ、奥行き63センチ。1回で約30枚の衣類が投入でき、所要時間は1枚約5~12分。想定価格は185万円程度で来春までの納品を目指す。

 

── ランドロイドが話題ですね。

 

阪根 一部で予約を受け付けており、数百人の購入希望者がいます。

 

── どのような仕組みですか。

 

阪根 目で見て、頭でどのような衣類かを判断しなくてはならないので、カメラによる画像認識機能と、人工知能(AI)を搭載しています。手で畳む機能を実現しているのはロボットアームです。

 

── 衣類の折り畳みに着目したのはなぜですか。

 

阪根 世の中にないもの、人々の生活を豊かにするもの、技術的ハードルが高いものという三つの条件を満たすテーマを探しましたが、思いつくものは特許が取られていたりして、誰かが既に取り組んでいました。ある時、技術系の会社は男性社会なので、男の自分が考えても見つからないと思い、妻に聞いてみたところ、「洗濯物の自動折り畳み機が欲しい」と言われました。関連する特許も出ていなかったので、開発に着手することにしました。

 

── 苦労はありましたか。

 

阪根 2005年から開発を始めて、3年くらいで畳む技術はある程度実現できました。ただ、衣類がぐちゃぐちゃの状態からはなかなかきれいに畳めません。当時、住友電工の技術者から脱サラして起業した父の会社で開発を進めていましたが、リーマン・ショック(08年)が起き、他の事業は縮小している中で、こんな訳のわからないことをなぜ続けているのかという社内の目もありました。それでも11年ごろに技術的なブレークスルーが起き、手応えを感じました。

 

── 注目を浴びるきっかけは。

 

阪根 15年10月に国内最大の家電見本市「CEATEC(シーテック)」で発表してから反響がありました。

 

── 今後の改善点は。

 

阪根 3年間は新しいモデルをつくりません。購入後もAIは機械学習で随時更新してより精度を高めていくので、最初に買っても、3年後に買っても性能は変わらないようになります。10年後にはより普及できるような価格に抑えたいですね。まずは折り畳み専用機を世界中に普及させてから、将来的には洗濯・乾燥機能も備えたものをつくりたいです。

 

 ◇医療機器やゴルフ用品も

 

── 経営者を志したきっかけは。

 

阪根 化学の研究者になるために大学卒業後に留学した米国の大学院ではある程度成果を出せたのですが、上に行けば行くほど、これは勝てないという研究者が大勢いました。でも、技術とコミュニケーションが必要なビジネスなら、勝負になるのではないかと思いました。父の会社はOA機器用の部材の製造など技術系の企業だったので、そこに就職し、社長になりました。

 

── なぜ起業したのですか。

 

阪根 父に外部資本を入れることに賛同してもらえなかったからです。父の会社はBtoB(企業間取引)ビジネスでしたが、将来的にはBtoC(消費者向け)ビジネスで勝負したいと思っていました。そのためには外部資本を入れて会社を大きくする必要があります。祖父が経営していた上場企業が、ホテルニュージャパンの社長だった横井英樹さんに敵対的買収で乗っ取られたため、自分の会社に外部資本は入れないとの思いを父は持っていたようです。

 

── ランドロイド以外にはどのような事業をしていますか。

 

阪根 いびきや睡眠時の無呼吸を治療する機器「ナステント」を14年に発売しました。これまで約6万人に100万本以上が売れました。重症無呼吸患者だった私はCPAP(シーパップ、睡眠中に鼻に掛けたマスクから、圧力を加えた空気を送り込み、気道が閉塞(へいそく)しないようにする装置)で快適に眠れましたが、出張などの際の持ち運びが大変だったので、使い捨てコンタクトレンズのようなものを開発したいと思いました。ナステントはシリコーン製の使い捨てチューブで、睡眠時に鼻の穴に差し込んで利用します。1箱は7本入り(1週間分)で3220円(税抜き)です。

 

── 事業が多彩ですね。

 

阪根 人工衛星にも使われる特殊なカーボン製のゴルフシャフトもつくっています。独自に開発した、スイング中のシャフトのしなりとねじれを測る機械を使い、1本1本オーダーメードでつくります。価格は1本12万~1200万円(税抜き)。尾崎3兄弟らプロゴルファーにも愛用されています。

 

── 関連性のない複数の事業をやっているのはなぜですか。

 

阪根 イノベーションを起こすためには、ニーズからテーマを探す必要があると思いました。持っている知見を生かして何かをやろうとしてもイノベーションを起こすためのテーマは見つからないと気付き、世の中のニーズを優先した結果、バラバラのテーマになりました。

 

── 社名の由来は。

 

阪根 世界中に七つの開発拠点をつくりたいとの思いを込めています。

 

── 今後の目標は。

 

阪根 四つ目、五つ目の商品開発も進めており、特許も申請しています。早ければ1年後くらいに発表できるかもしれません。日本で生まれた技術で世界を席巻したいですね。

(構成=松本惇・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 父が起業した会社の社長に就任しました。会社を成長させるため、組織のマネジメントと対外交渉力を学びました。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 松下幸之助さんの本は全て良かったのですが、特に印象に残っているのは『素直な心になるために』や『商売心得帖』です。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 半分は仕事ですが、残りの半分は子供と遊んでいることが多いですね。

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 ■人物略歴

 ◇さかね・しんいち

 1971年生まれ。高槻高校、甲南大学卒業後、米デラウェア大学化学・生物化学科博士課程修了。父が起業したI・S・Tに2000年に入社し、08年に社長就任。11年のセブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズ創業時から現職。46歳。

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事業内容:ゴルフ用品、医療機器、家電などの製造・販売

本社所在地:東京都港区

設立:2014年7月18日(11年2月創業)

資本金:77億円(資本準備金含む)

従業員数:117人(17年6月30日現在)

業績 非公開

 

2017年

8月

08日

再生から新たな攻めのステージへ 河野雅明 オリエントコーポレーション社長

Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── どんな会社ですか。

 

河野 広島県が発祥の信販会社で、消費者向けファイナンスの分野で大きく成長してきました。事業の柱は大きく四つ。オートローン(自動車購入の際の分割払い)やショッピングクレジットなどの「個品割賦」、クレジットカードやカード融資などの「カード・融資」、金融機関と提携して個人向け融資を保証する「銀行保証」、そして家賃保証や売掛金決済保証などの「決済・保証」です。こうしたサービスの加盟店は全国で79万店。当社は47都道府県に営業拠点があるのが強みです。

 

── オートローンは業界トップシェアですね。

 

河野 特に中古車市場では、日本中古自動車販売協会連合会と二人三脚で市場を作ってきました。ただ、その歴史的背景があるからとおごっていてはダメで、常にお客さまの視点に立って新しいサービスを作っていかなくてはなりません。月々の支払い金額や支払い回数をお客さまが自由に設定できる「ニューバジェットローン」を開発し、浸透してきたのがその例です。また、(モノを持たずに貸し借りする)シェアリング・エコノミーが広がっていく中で、(個人向けに車をリースする)オートリース事業も伸びています。

 

── クレジットカードはどうですか。

 

河野 家電量販店などとの提携カードを中心に発展してきましたが、現在力を入れているのは当社独自のカード「オリコカード ザ ポイント」です。高還元率(1%)で、ポストペイ(後払い)型の電子マネーも搭載するなど、商品性は高いと自負しています。今年1月からは、みずほ銀行の会員向け特典サービス「みずほマイレージクラブ」も受けられるカードを、みずほ銀行の窓口でも販売してもらえるようになりました。

 

── 銀行保証や決済・保証事業の特徴は。

 

河野 銀行保証の残高は1兆4000億円くらいあり、これも国内でトップ。全国の地方銀行や信用金庫、信用組合などとまんべんなく取引があります。地域金融機関との対話を重視しながら関係を築いてきた結果です。決済保証は比較的新しい業務で、特に伸びているのが家賃保証。高齢者を含め単身世帯が増え、(個人の連帯保証人が付けにくくなる)民法改正もあって、我々のような保証会社を付ける流れです。

 

 貸金業法(当時は貸金業規制法)改正の影響で、2007年3月期連結決算が4613億円の最終(当期)赤字となったオリエントコーポレーション(オリコ)。債務者が払いすぎた過払い金利息の返還請求に備え、引当金繰入額を特別損失として計上したことなどが理由だったが、17年3月期連結決算は営業収益が2136億円、最終利益が286億円と2期連続の増収増益に。11期ぶりに普通配当2円も実現した。

 

── 復配も実現しましたね。

 

河野 大幅な赤字決算からちょうど10年。緻密な収益管理やコスト構造改革を進め、安定的な収益体質になってきました。復配は株主に喜んでもらえたと思っています。これまでは再生のステージでしたが、これから新しい攻めのステージに移っていきます。

 

 ◇フィンテック情報収集

 

── 日本は現金志向が強い社会と言われ、クレジットカードが使えない店舗も少なくありませんでした。

 

河野 店舗側の意識はだいぶ変わりつつあります。通販などインターネット決済も急激に広がっており、いまやカードが使えないとビジネスができません。政府の「未来投資戦略2017」でもキャッシュレス化の推進が盛り込まれました。20年の東京五輪・パラリンピックもあり、外国人観光客のさらなる増加に向け、カードが使えるインフラを整えるのは国家戦略です。

 

── セキュリティーはどうですか。

 

河野 キャッシュレス化に向けては、データを読み取られるんじゃないかという利用者の不安を解消することが大事。我々はスマートフォンを使った非接触型の決済にはそれなりの技術を持っていると自負しています。さらには、フィンテック(ITと金融の融合)の時代ですから、新しい発想が必要です。昨年12月には米ベンチャーキャピタルと、新規事業開発を目的とするパートナーシップ契約を結ぶなど、情報収集や研究も進めています。

 

── 過払い金の返還の状況と、13年に発覚した暴力団融資問題の再発防止の取り組みは。

 

河野 過払い金の返還は予想よりも減り方が鈍いですが、利息制限法を超える利息の融資残高は10年6月にゼロになり、かなり時間が経過しています。今後は減っていくのは間違いありません。また、暴力団融資問題に対しては、コンプライアンス(法令順守)の強化を含め力を入れて再発防止の取り組みをしています。これには自信があります。

 

── 社長就任2年目です。これからどんな会社にしたいですか。

 

河野 これまで厳しい時代を過ごしてきましたが、これからは社会から評価されて株価もさらに上げていかなければなりません。「お客さまの豊かな人生の実現を通じて社会に貢献する」という企業理念を目指し、さらにお客さまの利便性を追求していきたいと思っています。

(構成=桐山友一・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 1990年代、銀行で人事と企画を担当していました。バブル崩壊から金融危機の足音が聞こえていた時代です。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A トム・ピーターズ、ロバート・ウォータマン『エクセレント・カンパニー』です。20代で最初に触れて以降、私の会社人としての原点です。時代は変われど、普遍的な真理が語られていると思います。

 

Q 休日の過ごし方

 

A ジョギングとジムで体をいじめています。52歳が初マラソンで、これまでフルマラソンを16回完走しました。

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 ■人物略歴

 ◇こうの・まさあき

 1957年生まれ。広島県出身。広島大学付属高校、東京大学経済学部卒業。79年第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。みずほ銀行副頭取、みずほコーポレート銀行副頭取、みずほフィナンシャルグループ副社長などを経て、2016年6月から現職。60歳。

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事業内容:個品割賦、カード・融資、銀行保証

本社所在地:東京都千代田区

創業:1954年

資本金:1500億円

従業員数:3658人(2017年3月現在、単体)

業績(17年3月期、連結)

 営業収益:2136億円

 営業利益:335億円

2017年

7月

25日

難題に挑戦し技術に磨き 金川千尋 信越化学工業会長

◇難題に挑戦し技術に磨き 塩ビで世界トップ

 

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 会社を代表する製品は何でしょうか。

 

金川 塩化ビニール(塩ビ)です。使われる量が最も多いのはインフラです。窓枠や建物外壁などの建材や上下水道のパイプに使われ、生活や社会を支えています。私たちの身の回りでも、電線の被覆、車シートやソファのカバーなどに使われます。

 

── 塩ビの世界シェア1位とうかがっています。

 

金川 当社は1992年から塩ビでシェア世界一です。

 

── 塩ビはどこで製造しているのですか。

 

金川 米国の子会社「シンテック」が塩ビ事業の中心で、同国内に三つの製造拠点があります。同社は年間295万トンを生産する世界最大の塩ビメーカーです。これは、日本全体の需要の約3倍に匹敵します。シンテックに加えて、日本、オランダ、ポルトガルでも製造しています。

 

── 米国に重点を置く理由は。

 

金川 塩ビの大きな需要があり、かつ需要が安定していることが理由です。また、塩ビの主要原料は塩素とエチレンですが、米国では両方とも自国内で調達できます。電気代もシンテックの工場があるルイジアナ州では日本の半分以下であり、コスト競争力のある製品を作ることができます。日本で製造しようとするとすべての原料を輸入しなければならず、運送コストもかかります。

 

 ◇米でエチレン製造へ

 

── 原料の調達で大きなプロジェクトを進めているそうですね。

 

金川 現在、米国のルイジアナ州でエチレンの製造工場を建設中です。塩ビの主原料の一つであるエチレンの安定調達のための投資で、2018年半ばの完成を見込んでいます。日本の企業が米国でエチレン工場を建設するのは初めてです。

 

── エチレンの安定調達とは。

 

金川 現在、当社はエチレンをすべて外部から調達しています。これでは、エチレンメーカーや物流網のトラブルで供給が滞ったり、価格の上昇の影響を大きく受けるリスクがあります。自社で必要なエチレンの約半分を製造することで、リスクを減らせます。

 

── 半導体メーカーにシリコンウエハーを供給しています。

 

金川 シリコンウエハーも世界シェア30%で1位です。半導体業界は活況なので需要は旺盛です。

 

── ウエハーは10年ほど前から供給過剰の状態が続いていましたが、現在は需給が逼迫(ひっぱく)しています。価格政策を聞かせてください。

 

金川 ようやく需要が供給を上回り、今年の初めより一部「値戻し」を実現できています。今後の需要増に対応するためにも、更なる価格是正は必要と思います。

 

── 世界シェア1位の商品が複数あるのですね。

 

金川 五輪で金メダルを獲得するのは大変ですが、2大会連続で金メダルを取るのはさらに難しいことです。事業も同じです。重要なのは技術力です。現在の塩ビの生産性を大幅に伸ばすことができたのは、当社の技術者の努力のたまものです。「モノは売っても技術は売らない」というのが、私の信念です。

 

── 技術力が売り物なのですね。

 

金川 シンテックは、工場を建設する際には技術者と、グループのエンジニアリング会社が設計から建設工事の監督まで行っています。化学工場を建設し、安全に立ち上げるのは容易ではありません。しかし、難題に挑戦することで、当社の技術者は経験を積み、自信を持つようになります。この積み重ねが今日の強みである技術力を磨き上げてきました。

 

── 化学工場の設備投資額は莫大(ばくだい)です。投資の判断はどのようにしてきたのですか。

 

金川 設備投資の基本は「販売先行」です。製造したモノを売れる自信がなければ設備投資に踏み込めません。塩ビの設備は大きな投資が必要になりますから、慎重な判断が必要です。シンテックの工場が稼働を始めたのは1974年です。シンテックは私が企画、立案して生まれた会社です。私は「塩ビはすぐれた素材であり、確実に需要が増える」という確信があり、その確信は今日まで変わりません。

 

── それでも社内で議論があったのでは。

 

金川 確かに社内で異論もありましたが、当時の小田切新太郎社長が私を信じてご承認いただき、シンテックの事業を任せてくださいました。小田切さんのご決断のおかげで今日のシンテックがあります。心から感謝しています。

 

── 社長就任から27年、経営者として人材育成をどのように進めてきましたか。

 

金川 社員に「常在戦場」の心構えが大切と言っています。当社の製品の多くが市況の影響を受けます。市況の良い時ほど、悪化した時のことを考えていなければなりません。また、私が尊敬する山本五十六連合艦隊司令長官は「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、褒めてやらねば、人は動かじ」と語ったそうです。人を動かし育てる要諦は、まず自分でやってみせることに尽きます。

 

── 社長就任後も苦労は絶えなかったのでは。

 

金川 市況の波に直面しても日々やるべきことを実行して、一つ一つ乗り越えてきました。毎日欠かさず、数々のデータを分析して、課題に対処すべく考え続けることが大切です。

(構成=種市房子・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

A 極東物産で合金鉄の営業などをしていました。モノ作りに魅力を感じて35歳で信越化学へ転職しました。市場開拓のために世界を飛び回りました。

 

Q 「私を変えた本」は

A 『山本五十六』(阿川弘之著)です。山本長官は米国の国力を冷静にみきわめて、右翼に命を狙われながらも最後まで開戦に反対されました。山本長官の先見性と人柄に尊敬の念を抱くようになりました。

 

Q 休日の過ごし方

A 自宅の庭を訪れる鳥や、庭の花をながめて、くつろいでいます。体を休めて英気を養っています。

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 ■人物略歴

 ◇かながわ・ちひろ

 朝鮮・大邱(テグ)出身。旧制第六高校を経て1950年、東京大学法学部卒、極東物産(現三井物産)入社。62年信越化学工業入社、78年米子会社「シンテック」社長。90年、シンテック社長と兼務で信越化学工業社長に就任。2010年から現職。91歳。

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事業内容:総合化学

本社所在地:東京都千代田区

設立:1926年

資本金:1194億円

従業員数:1万9206人(2017年4月現在、連結)

業績(17年3月期連結)

 売上高:1兆2374億円

 営業利益:2386億円

2017年

7月

18日

半歩先の新技術で企業を支援する 根元浩幸 クレスコ社長

Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── サービスの柱は何ですか。

 

根元 BtoB(企業向け)のビジネス系ソフトウエアと組み込みソフトです。比率はビジネス系が8に対し、組み込みが2です。ビジネス系ソフトの半分は銀行や保険会社など金融向けが占めます。残り半分は、物流、旅行、人材、サービス、公共事業など多様な業種が顧客です。一方、組み込みソフトはスマートフォン、デジタルカメラ向けが多いです。

 

 クレスコは顧客ごとに最適なIT(情報技術)システムを構築し提供する「システムインテグレーター」だ。創業は1988年、朝日ビジネスコンサルタント(現・富士ソフト)から独立したベンチャー2社が合併して誕生。当時は汎用(はんよう)コンピューター上で動くミドルソフトウエア(制御系ソフト)やカーオーディオなどへの組み込みソフトから出発したが、IT市場拡大の波に乗り事業規模を広げた。現在はIoT(モノのインターネット)や人工知能(AI)など新技術も得意としている。社名はラテン語で「成長する」の意。

 

── 足元の業績は。

 

根元 ここ数年は増収増益傾向です。日本企業のIT投資は増えています。製造業も「金型よりもソフト」と意識が変わりました。「RPA(ロボットによる業務自動化)」関係のソフトの需要も増えています。

 

── 会社の強みは。

 

根元 新しい技術分野に飛び込める文化があることです。チャレンジ精神とも言えます。AI、IoT、クラウドといった新しい技術に、同業他社より1、2年先に取り組んできました。ここ数年は先端技術研究・開発活動の支援と促進を目指した「技術研究所」を社内に設置し、その成果を実際のビジネスへ導入・運用するための「先端技術事業部」を発足させました。

 

── AIの導入事例は。

 

根元 人材派遣会社フォーラムエンジニアリング向けに、IBMのAI「Watson(ワトソン)」を活用した人材マッチングシステムを構築しました。

 人材業界では雇用のミスマッチ解消が課題です。そこで、企業の求人情報と求職者のさまざまなデータをAIに学習させ、最適な組み合わせを探す仕組みを作りました。このシステムは、ワトソンの活用事例のうち、世界で十指に入る成功例としてIBMから認定されました。

 

── 新技術で先行できる理由は。

 

根元 顧客のビジネスの知識を持つことと、新技術に強い企業や研究機関との連携が重要です。例えば、当社はフォーラムエンジニアリングと10年以上の取引実績があり、同社の業務を熟知しています。それがなければAIの使い道も見いだせません。さらにIBMの営業担当も連れて行って顧客が必要とするシステムをトータルで提供しました。ビジネスの仕掛けづくりは、システムインテグレーターが活躍できる領域です。

 

 最近はオープンソース(無償)のAIを使い、目の病気を早期発見するための画像診断システムを、名古屋市立大と共同開発しました。網膜には目の病気の兆候が表れます。熟練の医師でないと診断が難しいのですが、同システムは網膜の中心を撮影した大量の画像をAIに学習させることで病気の兆候を高い確率で見つけ、眼科医の診断を補助します。今後は制度的な課題をクリアし、早期の商用化を目指します。

 

 ◇トップの顔を見せる

 

── IT分野で信頼を得るには。

 

根元 新技術と既存の古い技術、両面で確実に仕事をやり遂げることです。例えば金融系や航空系のシステムは品質問題が起きると社会的な影響が大きいので、古くても安定したシステムで動かします。これらのビジネスは地味ですが重要です。

 また、私は特別な用事がなくても顧客を訪れ、当社の考え方を自分の口から直接伝えるようにしています。トップの顔を見せると大きな仕事も安心して任せてもらえます。

 もう一つは、年間約800プロジェクトの月次業務報告書に目を通し、現場の状況把握に努めています。報告書は、問題の原因や顧客の課題を知る有用な情報ソースです。

 

── M&A(合併・買収)は。

 

根元 IT企業に限定して行っています。2016年9月にJAグループ傘下の農協観光のシステム子会社「エヌシステム」を買収しました。旅行業界向けのIT市場はパイが大きいとは言えませんが、同社を買収したことで専門性が高まりました。

 M&Aを行った後は、シナジー(相乗効果)を高めグループ全体の価値を上げる必要があります。例えば、現在10社ある子会社から、「AIで何かやりたい」といった声が上がることもあります。そこでグループ事業推進本部の下で横断的に研究・開発する仕組みを整えました。

 

── 人材確保はどうですか。

 

根元 人手不足で人材の採用は苦戦しています。そこで海外にも目を向け、数年前からベトナムの企業に仕事を出しています。これが定着してきたので4月に駐在員事務所を設置しました。うまくいけば支店や現地法人をつくることも可能です。

 

── 今後の成長に向けた施策は。

 

根元 顧客が注目している分野で、多様なサービスを出し続けることです。これは新規顧客の開拓につながります。大手企業の多くは発注するIT企業が決まっています。そこに参戦するには、他社ができないものを提供しなければなりません。そのために地道な努力を重ね、常に半歩進んだITサービスを提供したいです。

(構成=大堀達也・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

A ソフト開発のプロジェクトマネジャーでした。いわゆる「モーレツ社員」で、家に帰らず仮眠室に寝泊まりしたことも度々でした。現場の苦労はよく分かります。

 

Q 「私を変えた本」は

A よく読むのは司馬遼太郎です。『翔ぶが如く』や『峠』で描かれた人間模様に引かれます。

 

Q 休日の過ごし方

A 顧客とのゴルフや、ウオーキングを楽しんでいます。

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 ■人物略歴

 ◇ねもと・ひろゆき

 1960年生まれ。北海道立苫小牧東高校、北海道大学大学院卒業後、84年朝日ビジネスコンサルタント(現・富士ソフト)入社。87年メディアリサーチ入社。88年クレスコ入社、2006年取締役。常務取締役などを経て14年4月社長就任。57歳。

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事業内容:ソフトウエア開発

本社所在地:東京都港区

設立:1988年

資本金:25億1487万円(連結)

従業員数:1904人(連結)

業績(2017年3月期・連結)

 売上高:308億9300万円

 営業利益:27億700万円

2017年

7月

11日

技術者を正社員雇用して派遣し急成長 若山陽一 UTグループ社長

Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── どんな事業をしているのですか。

 

若山 当社が正社員として雇用した技術社員を半導体を中心に、電機、自動車、建設などの工場や現場に派遣する事業です。常時1万6000人を派遣しており、7割が正社員です。残り3割は、勤務場所などの関係でその地位を選んだ非正規社員です。派遣先の中核は半導体産業です。

 

── 正社員派遣とは珍しいビジネスモデルですね。

 

若山 派遣に対する世間一般のイメージは「不安定」「有期雇用」などでしょう。当社は違いますが、大多数は、派遣期間は3カ月で、契約更新時に次の契約の給料を決めるというモデルです。一般には派遣社員の給料は、派遣先と派遣会社の間の契約に合わせて決まる。職歴の連続性など加味されていません。これでは、派遣社員は常に3カ月先のことなど考えられない状態です。派遣という働き方が増えていく中で、派遣される技術社員に安心・つながり・成長を提供する会社でありたいと考えました。安心の一つの形として正社員として雇用しています。

 

── 正社員派遣によって、派遣社員にはどのようなメリットがあるのですか。

 

若山 給料が、派遣先と派遣会社の契約に左右されるのではなく、当社の賃金体系によって社員が持っている技術を評価して給与を決めることです。当社の理念は「派遣社員がお客様」です。技術社員に当社を活用してキャリアを形成してもらい、可能性を広げるのに資することに存在意義があると思っています。

 

 ◇半導体への派遣が中核

 

── なぜ半導体への派遣を中核としているのですか。

 

若山 1995年に創業して以来売り上げが伸びていましたが、2001年にITバブル崩壊の影響もあり、初めて減収となりました。競合の大きな派遣会社と同じことをしていては、生き残れないと感じました。当時『ビジョナリーカンパニー2』(ジム・コリンズ)を読み、この会社の使命をきちんと決めようと決意しました。未来永劫(えいごう)社員が納得して働ける会社を作ろうと、当時の社員36人と1年間議論したのです。その議論の中で「チーム派遣の需要があり、高い技術力が求められる分野が、当社の事業戦略にかなう」という結論になりました。その分野にあてはまる事業が半導体だったのです。

 

── どのように半導体派遣事業を立ち上げたのですか。

 

若山 当時は米国系半導体メーカーのリストラがあり、30人を採用しました。彼らに半導体に必要な営業資料や教育資料を作成してもらい、会社の仕組みを変えました。それが今日の当社の中核となっています。

 

── その経験が現在に生かされているのですね。

 

若山 あの危機は、ビジネスや会社の根幹を考えるいい機会になりました。自分たちの価値観を発見したことで、一気に会社が動き出しました。その2年後にはJASDAQに上場し、現在は東証1部上場を目指しています。大きな変化は、絶対的なビジネスチャンスと言えます。

 

── いつごろから正社員派遣モデルを描いていたのですか。

 

若山 大学時代からインターンで派遣会社に勤め、24歳で起業し機械設計の技術者派遣を始めました。ただ、当時から正社員派遣を思い描いていたのではありません。さまざまな派遣社員とかかわる中、派遣社員の生活基盤を良くする会社でありたいという思いが積み上がった結果です。

 

── 正社員派遣は人件費がかかるのでは。

 

若山 当社は働きがいを通じて離職率の低さを実現しています。また、1人ではなく、平均で30人単位、多いと500人、1000人規模のチームで社員を派遣する「チーム派遣」の形を取っており、生産性は高いです。これらの付加価値を提供しているコストを、お客様が必要とされているので、経営の圧迫要因にはなりません。

 

── チーム派遣とは珍しいですね。

 

若山 プロフェッショナルが1人で派遣されて「絶対にこの仕事を遂行する」という欧米型モデルの派遣は日本人に合っていません。また、もの作りはチームで仕事をするものです。チームの力で学び教え合い、生産性を向上してきたのが日本なのです。また、1人で派遣されると、現場で誰が上司なのか同僚なのか分からない中、不安定な気持ちで働くことになるからです。体系だったチームで派遣することで、このような問題に対処できます。派遣先のお客様にも、労務管理が効率よくなるというメリットがあります。

 

── 国内で人手不足が深刻化しています。派遣社員確保に影響は。

 

若山 当社では月間300人の純増を達成しています。ポイントは、派遣先のお客様が良い条件を示してくれる仕事を確保することです。その条件とは、契約期間が長くて、派遣社員の受け入れ数が多く、派遣単価が高いという三つです。当社の希望条件を理解してくれて、職場環境も整備されている派遣先というと、自然に大企業になるのです。当社の顧客に日本を代表する企業が多いのもこのような理由からです。

 

── 具体的な派遣先は。

 

若山 日立製作所グループやトヨタ自動車、東京エレクトロンなどです。売り上げベースで、半分が半導体・電子部品、25%が電池・環境エネルギー、自動車関連が16%です。

(構成=種市房子・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 32歳で上場しました。24歳での起業以来、社員・顧客と直接顔を合わせる人と仕事をしてきましたが、直接顔を合わせない株主の方々に対して客観性と一貫性をもって会社の説明をできるように意識が変わりました。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 絵本の『スイミー』(レオ・レオニ)です。チーム派遣にも通ずるものがあり、2000~3000冊買っていろいろな人に配りました。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 昨年生まれた息子を風呂に入れたり、一緒に遊んでいます。

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 ■人物略歴

 ◇わかやま・よういち

 1971年生まれ、愛媛県出身。日本大学を中退後、人材派遣会社に勤務。1995年に前身のエイムシーアイシーを設立。2007年、ユナイテッド・テクノロジー・ホールディングスとしてグループ持ち株会社設立。15年に現在の社名に変更。46歳。

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事業内容:製造、設計開発、建設分野などの正社員派遣事業

本社所在地:東京都品川区

設立:2007年

資本金:5億円

従業員数:1万6118人(17年3月現在)

業績(17年3月期)

 売上高:575億8800万円

 営業利益:34億1300万円

2017年

7月

04日

自販機網を生活者のインフラに変える 高松富也 ダイドーグループホールディングス社長

Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── ダイドーと言えば缶コーヒーで有名です。

 

高松 当社は、祖父の高松富男が、戦後すぐに奈良県で置き薬の販売を始めたことが創業のきっかけです。1956年に大同薬品(現大同薬品工業)を設立後、医薬品の製造・販売を行ってきましたが、70年代に入って新規事業として飲料事業を開始、これが現在のダイドードリンコです。当時缶コーヒーが世の中に出始めた頃で、当社も初の缶コーヒー「ダイドーブレンド」を発売しました。現在まで続くロングセラー商品となっています。その後自販機で飲料の販売を開始して以降、自販機を中心に販路を広げてきました。

 

── ロングセラーの秘訣(ひけつ)は。

 

高松 ダイドーブレンドを開発した当時から、香料を使わず多種多様な豆を多く使用して、いかに本物の味わいを再現するかにこだわり続けてきました。常に焙煎(ばいせん)メーカーから情報を収集し、世界中から良い豆を買い付けています。

 

── 費用もかさむのでは。

 

高松 当社の強みとして、製造工場を持たないファブレス(外部の協力企業に委託)方式で長く運営していることがあります。設備投資に莫大(ばくだい)なコストをかけることがないため、製品開発と自販機の展開に経営資源を集中できるのです。

 

── 事業の柱を教えてください。

 

高松 当社の事業ポートフォリオは、売上高で国内飲料事業が75%、海外飲料事業が10%、医薬品の受託製造を行う大同薬品工業が5%、食品関連事業のたらみが10%となっており、国内飲料事業では約8割が自販機の売り上げです。

 足元では、当社の主力商品のボトル缶コーヒー「世界一のバリスタ」や、当社初の機能性表示食品「大人のカロリミット はとむぎブレンド茶」の売れ行きが好調で、2017年2~4月期の連結決算の売上高は、前年同期比1・9%増の389億円と堅調に推移しています。

 

── 海外展開は。

 

高松 海外飲料事業は、現在トルコ、マレーシア、ロシア、中国に展開しています。特に売り上げに貢献しているのは、昨年トルコの食品大手ユルドゥズ・ホールディングス(HD)から買収した飲料事業です。現状は、ユルドゥズHDの商品を基本に展開していますが、既に現地で販売する缶コーヒー開発も進めており、いずれは新商品を発売する予定です。

 

── 他の地域では。

 

高松 ロシアでも、日本から輸入した自販機を約600台展開していますが、現地での評判は良く、引き合いも強い。今後は、これらの海外事業を、いかにスピード感を持って拡大していけるかが勝負です。いずれは、海外飲料事業の比率を国内と同規模に引き上げていきたいです。

 

── 医薬品事業の状況は。

 

高松 大同薬品工業は、ドリンク剤の受託製造市場で6割のシェアを占める収益性の高い事業です。足元では、主に中国を中心としたアジア市場での美容ドリンクの受注が好調です。ドリンク剤市場は全体的に縮小傾向にありますが、今後もアジア市場での需要は底堅いことや、受注元の製薬メーカーは、基本的に製造部門を外部に委託する傾向が高いことから、現在稼働している奈良工場に加えて、新たに群馬県に新工場を建設することを決定しました。

 

 ◇IoT自販機を本格展開

 

── 昨年、キリンビバレッジと自販機事業で提携しました。狙いは。

 

高松 両社の主力商品をお互いの自販機網で相互販売し、販路を広げることでお客様との接点を増やし、自販機の収益向上や商品のブランド力を強化する狙いがあります。当社からは、「世界一のバリスタ」シリーズの2品を採用いただきました。

 また、自販機の設置に関しては、当社は地方に強いのですが、キリンさんは都市部が強い。その点を補う意味でも、キリンさんとは良い補完関係を構築できたと思います。

 

── 競争が激しい飲料業界で、今後どんな戦略がありますか。

 

高松 現在、国内に設置している約28万台の全国的な自販機網は、当社の最大の強みです。これを活用し、人々の生活インフラとなれるIoT(モノとモノのインターネット)自販機の展開を計画しています。

 

── 具体的には。

 

高松 例えば、自販機に通信機器を搭載し、個人のスマートフォン(スマホ)とつながることで、付近のお店の情報を受け取ったり、高齢者の見守りサービスなど自治体のお手伝いをすることもできます。既に、商品を購入した方のスマホにポイントを付与するサービスも開始しており、こうしたサービスが広がれば、自販機の価値向上につながり、当社独自の事業展開ができるはずです。現在は2万台程度ですが、将来的には15万台のIoT自販機を本格展開する予定です。

 

── 14年度に開始した5カ年の中期経営計画は今年で4年目です。進展は。

 

高松 中計では、四つのチャレンジを掲げました。(1)既存事業の成長(2)商品力強化(3)海外展開による市場拡大(4)新たな事業基盤の確立です。18年度までに売上高2000億円を目標としていますが、17年度の通期売上高の見通しは1755億円。目標達成には、M&Aによる新たな収益の柱の確立が不可欠です。

 イメージとしては、医薬品事業において、製品の製造に強みを持つ企業や、予防医薬の市場が拡大しているので、サプリメントなどの医薬品と食品の間の領域でも検討しています。

(構成=荒木宏香・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

A 30代前半は、自販機の開拓営業で現場を学び、30代後半で副社長に就任し、経営を見るようになりました。大阪と東京を週に2~3回往復する生活でしたが、仕事は楽しく、30代を通して良い経験ができました。

 

Q 「私を変えた本」は

A ビジネス書の『ビジョナリーカンパニー 2 飛躍の法則』(ジム・コリンズ著)です。折に触れて読み返す、指針のような本です。

 

Q 休日の過ごし方

A 2~3年前からランニングを始めました。週2回、1日10キロほど走ります。

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 ■人物略歴

 ◇たかまつ・とみや

 1976年奈良県生まれ。大阪星光学院高校、京都大学経済学部卒業。2001年、三洋電機入社。04年ダイドードリンコ入社。08年取締役、12年副社長を経て、14年から現職。

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事業内容:清涼飲料等の製造・販売

本社所在地:大阪市北区

設立:1975年1月

資本金:19億2400万円

従業員数:3602人(2017年1月時点、連結)

業績(16年度連結)

 売上高:1714億円

 営業利益:38億円

 

2017年

6月

20日

「生活を下支えする便利な存在に」 竹増貞信 ローソン社長 2017年6月20日号

◇生活を下支えする便利な存在に

 

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── コンビニエンスストアは年々進化しています。

 

竹増 かつてコンビニは「しょうゆが切れた」「マヨネーズがない」という場合の緊急購買の場でした。お客様も「少し高いけど、緊急だから仕方がないか」という気持ちがあったのでは。今は、毎日足を運んでくれるお客様も多く、夕方や夜間の来店も増えています。ローソンは日常で使っていただける店を目指し、卵や牛乳などの食品、調味料、日用品等の約90品目を、スーパーマーケットやドラッグストア等の市場動向に合わせて、価格を見直しています。

 

── 目指すべきコンビニの姿は。

 

竹増 コンビニでは、物販以外にも、公共料金支払いや、ATM(現金自動受払機)などを通じてとても大きな額のマネーが通過します。これは、金融を介してさまざまなサービスを提供できることを意味します。金融に限ったことではありません。ローソンでは、一部の地方自治体の住民票交付も手がけています。金融や行政も合わせることで「ローソンは便利だね、効率的だね」「ローソンにさえ寄れば何でもできる」と言われる店を目指します。そうすることで、生活を全て下支えするような存在になれるのではないでしょうか。

 

── 2017年度(18年2月期)の経営計画は。

 

竹増 連結営業利益は前年比52億円減の685億円と計画しています。前の期まで14年連続増益でしたが、減益計画となっています。これは、本業のコンビニエンス事業では60億円の増収を見込む一方で、(1)POS(販売時点情報管理)などのシステム更新(2)金融やヘルスケアなどの新規事業(3)業務提携先のセーブオン・スリーエフからの看板替え、などの成長分野への投資を積み増すからです。本業の商売力は弱めずに、将来の投資をしっかりする足場固めの期間と位置づけます。

 

── 新規事業のうち金融事業の進捗(しんちょく)は。

 

竹増 現在は銀行免許は持たずに、共同ATMを管理・運営しています。次のチャンレンジは、この基盤をベースに銀行免許を持った金融ビジネスに参入することです。現在、ローソンバンク設立準備株式会社を設置して、関係当局の許認可等を前提に、銀行の設立準備を進めています。

 

── 日販(1店当たりの1日当たり売上高)はセブン─イレブン65万円に対して、54万円にとどまります。

 

竹増 留意しなければいけないのは、都心のど真ん中にある店舗は、日販が高いが、家賃も高いことです。ただ、セブンさんの粗利益率は高い。見習わないといけません。

 

── 店舗数では「セブン─イレブン」「ユニー・ファミリーマート」に次いで3位です。17年度の出店計画は。

 

竹増 出店1400店、閉店500店を見込みます。出店1400店の内訳は、提携先の「スリーエフ」「セーブオン」店舗の看板替え400店▽通常出店1000店です。

 

── ずいぶん多いですね。

 

竹増 16年度の出店実績は1055店でしたから前年比増です。かつて、大量出店を試みてうまくいかなかったことがあります。しかし、今回は「前始末(まえしまつ)」をきちんとしており、過去の失敗とは違うという感触があります。加盟店やオーナーには本部から「スーパーバイザー」が派遣されて、在庫管理や接客などの経営指導に当たります。このスーパーバイザーを、数年前の採用段階からある程度の人数を採用して育ててきました。

 

 ◇商事と生産性を向上

 

── 今年2月に、三菱商事がローソンを完全子会社化しました。

 

竹増 完全子会社化のメリットを出すも出さないも僕らローソン次第です。消費の最前線に立つ僕らが「今の市場はこう動いています」と確信を持って、新たなビジネス提案をしなければなりません。その時点で初めて、いかに三菱商事グループの力を活用するかという段階になります。逆に三菱商事から「こんな原料、食品があるぞ」と言われても、ローソンの感性と合わないと、原料調達から製品出荷に至るまでの「サプライチェーン」は機能しないでしょう。僕が三菱商事に入社した頃の、出資先に対する果実の取り方とは違ってきています。

 

── それ以外でのメリットは?

 

竹増 黎明(れいめい)期のコンビニは、1店舗1オーナーが基本路線でした。しかし、今のローソンは1人で複数店を担う多店舗経営型を進めています。また、物流面の効率化も課題となっています。こうした経営面や物流面での問題に対して、三菱商事と共に無駄を排除して、店の生産性を高める対策を一緒になってやっていきたいです。

 

── 5月には玉塚元一・会長兼CEOが退任しました。

 

竹増 玉塚さんは退任を明らかにした会見で「(竹増社長に権限を集中する)1頭体制の方がスピード感があっていい」と言っていました。玉塚さんはある兆しを感じていたのではないでしょうか。それは「この案件は玉塚会長に報告しようか」「この案件は竹増社長に報告するか」「いや、この案件は二人共に報告しないと」という大企業的な2頭体制への兆しです。実際にはこのような状態には陥っていませんが、玉塚さんが感じていたのはその兆しではないでしょうか。玉塚さんは別の業界に行きましたが(IT会社「ハーツユナイテッド」社長に就任予定)、これからもローソンの兄貴分だと思い続けます。

(構成=種市房子・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

A 3年間、三菱商事から米国の豚肉処理・加工品製造会社へCEO(最高経営責任者)補佐として出向して日本や米国向けの豚肉の生産・販売を担当しました。また、「経営とは何か?」を学びました。食肉にも詳しいですよ。

 

Q 「私を変えた本」は

A 司馬遼太郎さんの『坂の上の雲』です。

 

Q 休日の過ごし方

A 趣味の釣りをして、釣った魚を刺し身やイタリアンで調理して、家族に振る舞うのが楽しみです。

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 ■人物略歴

 ◇たけます・さだのぶ

 大阪府出身。大阪教育大附属高池田校舎、大阪大経済学部卒業。1993年、三菱商事入社。グループの米国豚肉処理・加工品製造会社や三菱商事社長秘書を経て、2014年ローソン副社長。16年6月から現職。47歳。

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事業内容:コンビニエンスストア

本社所在地:東京都品川区

設立:1975年4月

資本金:585億円(2017年2月時点)

従業員数:9403人(17年2月時点、連結)

業績(16年度連結)

 経常利益:730億円

 当期利益:364億円

 

2017年

6月

13日

経営者:編集長インタビュー 小澤二郎 かどや製油社長 2017年6月13日号

◇全社でごまのスペシャリストを目指す

 

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── かどや製油はどんな会社ですか。

 

小澤 江戸時代の安政5(1858)年に小豆島で創業して以来、ごま一筋でやってきました。小豆島ではそうめん作りが盛んですが、そうめんをなめらかにし、栄養価を高め保存しやすくするためにごま油が用いられてきたのです。当社ではごま油をはじめとして多様なごま製品を手がけており、本社は東京にありますが、製造や開発は今も小豆島工場で一貫して行っています

 

── 独特の容器と豊かな風味で強いブランド力があります。

 

小澤 「純正ごま油」は今年、販売から50周年を迎えます。当時の社長だった私の義父が米国に出張した際、家庭用のクッキングオイルが小瓶に詰められスーパーで販売されているのを見て、「これだ!」と製品化のヒントを得ました。しかし、日本でごま油は天ぷら用など高級品のイメージが強く、当社も業務用の製造・販売が中心でしたので、まずは「家庭用ごま油」という分野をゼロから開拓しなくてはいけませんでした。

 

── ごま油は家庭でなじみが薄かったのですか。

 

小澤 販売当初は、全社員が全国の酒屋や乾物屋などを回り、当社の製品の紹介とともに、ごま油自体を家庭料理で使ってもらうことに努力しました。天ぷらの店頭実演や風味を生かしたレシピの紹介など、まずは食卓や家庭への浸透を図ったのです。発売から3年ほど経て、当時のダイエーに製品が認められて全国の店舗に置いてもらうようになると、一気に人気が広がっていきました。今年は発売50周年ということで、同じく50周年目を迎えたタカラトミー社の「リカちゃん」人形とのコラボレーション事業など記念事業を展開していく方針です。

 

── 他社の製品との違いは。

 

小澤 当社の純正ごま油は原料がごま100%です。「ごま油」と一くくりにされがちですが、大豆や菜種などの食用油とミックスした「調合ごま油」もあります。製法技術へのこだわりでは煎り方や貯蔵方法で色や風味が変わってくることを生かし、定番の「金印」、十分に煎った風味の強い黒ごまから搾った「黒ごま油」、風味を抑えた生搾りの「純白ごま油」の3種類をラインアップして、料理の用途や好みで使い分けていただき好評です。

 

── 他にどんな製品に注力されていますか。

 

小澤 ごまの健康機能に重点を置いたカプセル製品が好調です。ごまはたんぱく質やカルシウム、ビタミン、ミネラルなどを豊富に含んでいて昔から体によい食べ物とされていました。30年ほど前、当社でもごまの成分を生かしたカプセル製品を開発し売り出したことがあったのですが、当時は浸透しませんでした。近年、大手メーカーの参入でごまに含まれている成分「セサミン」が注目されるようになり、私たちも改めて独自製法で事業化しました。お客様の健康に密接に関わる分野ですから、きめ細かい製品説明や販売を心がけていまして、専用の通販部門を新たに立ち上げました。

 

── 世代を超えてごま全体に人気が出ています。

 

小澤 いろいろなごまの楽しみ方を提案するため、当社は、ごまの風味を生かした「ラー油」やペースト状にした「ねりごま」などを販売しています。営業面でも新たな市場開拓を進めており、昨年度は純白ごま油に焦点を絞り、クッキングオイル市場で浸透させるため初めて交通広告など各種メディアを用いたPR活動を行いました。当社ウェブサイト上での純白ごま油を使った料理のレシピ紹介の充実などを図った結果好評で、今期の伸びにもつながると期待しています。

 

 ◇ごまへのこだわりを大切に

 

── 足元の業績はいかがですか。

 

小澤 ごま油は家庭用、業務用ともに好調で、2017年3月期の決算では売上高、販売数量ともに前期を上回りました。外食産業向けの売り上げが伸びており、特に600グラム製品の容器を丸型ペットボトルにリニューアルして好評です。ごま食品事業も、特に業務用が好調です。

 

── 業務用ではどんな製品がありますか。

 

小澤 風味づけや薬味としてインスタントラーメンからドレッシングまで食品メーカーの活用が幅広く、主にねりごま製品が人気です。食品ごま自体にも、例えばハンバーガーの丸パン(バンズ)や菓子パン向けなどでニーズがあります。

 

── 今後の事業展開は。

 

小澤 海外での需要の高まりに注目しています。これまで米国市場が好調で、最近は中国などアジア圏からの需要が高まっています。世界的な「ごま人気」は期待できる半面、経営の視点では課題があります。ごまの需要拡大に合わせ、競合企業の増加や原料確保競争が懸念されます。ごまは日本国内でほとんど生産されておらず、輸入が頼りですが、高品質な素材をいかに確保していくか、また為替の影響などの回避もトップとしての責任です。

 

── かどや製油の将来像は。

 

小澤 実直に、お客様への感謝を忘れない姿勢が大切です。長年のファンが多く親子2代でご愛用の声も頂きます。

 全社でこれからも大切にしたいことは、ごまへの徹底したこだわりです。小豆島の製造工場を中心に社員一人一人が「ごまのスペシャリストとしてトップ企業になること」を認識してもらいたい。

(構成=河井貴之・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

A 大学卒業後は三菱電機の名古屋にある製作所で勤務していましたが、30代で当時のかどや製油の親会社に入って石油販売を担当。休日返上で働いていました。

 

Q 「私を変えた本」は

A 『きけ わだつみのこえ』。学生時代に初めて読んだとき、中身のすごさにショックを受けました。

 

Q 休日の過ごし方

A ゴルフです。同年代の仲間がどんどん減っていき、最近は若い世代の人とプレーすることが増えましたが楽しいです。

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 ■人物略歴

 ◇おざわ・じろう

 1937年生まれ。灘高等学校、慶応義塾大学経済学部卒業。三菱電機での勤務を経て、小澤商店(現小澤物産)に入社。80年6月かどや製油取締役に就任、2003年に代表取締役社長。79歳。

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事業内容:ごま油、食品用ごま製品の製造・販売

本社所在地:東京都品川区

創業:1858年

資本金:21億6000万円

従業員数:284人(2017年3月31日現在)

業績(17年3月期)

 売上高:285億円

 営業利益:35億8200万円

2017年

6月

06日

「社会に貢献する価値を創り続ける」楢原誠慈 東洋紡社長

◇社会に貢献する価値を創り続ける

 

 ◇Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 東洋紡はどんな会社ですか。

 

楢原 「世の中に必要なものを何とか自分たちで創って役立てていこう」との思いを持って渋沢栄一が1882年に創設した紡績会社です。絹、綿、ウール、レーヨン、合成繊維を扱う中で培ってきた技術を応用して、現在はフィルムや機能樹脂、ヘルスケア分野の製品など多様な事業を展開しています。

 

── どのような技術を活用したのでしょうか。

 

楢原 合成繊維の加工技術は奥が深く、元々の「糸」や「繊維」を、薄く広げると「フィルム」になり、ストロー状に加工すれば「膜」になります。さらに樹脂自体の改質を進めて強度や耐熱性を強化したエンジニアリング・プラスチック製品も手がけています。

 

── フィルムはどのように使われているのですか。

 

楢原 食品包装用のフィルムで、当社は日本のトップシェアを有しています。菓子やインスタントラーメンの包装、ペットボトルのラベルが主力です。最近は生鮮野菜用の鮮度を保ちつつ水分で曇らない包装フィルムも需要が高まっています。「食品用」と一くくりにすると汎用(はんよう)的に見えますが、食品や商品の特徴や用途に応じて強度や耐久性、印字性などフィルムに求められる性質や機能はさまざまです。

 

── 高機能性が強みですね。

 

楢原 異なる分野ですが、高機能性という点では、液晶画面を見やすくするための偏光板用の保護フィルム製品も急成長中です。液晶テレビの中には何枚もフィルムが入っていて光源に近い部分には「TACフィルム」という高額で特殊なものが使われてきましたが、当社はポリエステルなど汎用的な素材を使いリーズナブルな価格と高機能化を両立した製品を開発・販売しています。ユーザーからも「素材革命だ」と高く評価され、2017年3月期の売り上げは前年比で2・2倍増でした。

 

── 膜技術ではどのような製品がありますか。

 

楢原 人工透析機で用いられる医療用の膜製品が世界でシェアを伸ばしています。また、当社独自に海水淡水化装置用の膜製品を手がけています。サウジアラビアを中心に中東地域でプラント向けに事業を展開しており、640万人分の淡水製造に貢献しています。現地製造の準備を進め、新技術の実証試験にも積極的に取り組んでいます。

 

── 紡績からの事業転換にはいつ頃から取り組んできたのですか。

 

楢原 紡績業の黄金期だった1950年に、当社は売上高で日本一を記録したこともありますが、その後は海外との競争が激しくなりました。そこで、60年代から紡績技術を活用した、新しい事業分野の研究開発や市場開拓を進めてきました。95年ぐらいまでは売上高の7割を衣料繊維が占め、その他の分野が3割という事業ポートフォリオでしたが、現在はフィルムや膜などの非繊維事業分野が7割、衣料繊維が3割程度と、逆転しています。

 

── 東洋紡といえば衣料繊維で日本を代表する大手メーカーというイメージがあります。

 

楢原 ポートフォリオに占める割合は下がりましたが、国内外で高付加価値化を進めて高い評価を得ています。例えばサウジアラビアでは、男性が全身にまとう真っ白な民族衣装「カンドゥーラ」用の高級トーブ布地のトップブランドメーカーとして当社の知名度は高く、製品も人気があります。

 

── 事業転換を成し遂げたポイントは何でしょうか。

 

楢原 創業の理念である「世の中にいかに役立つか」とは、逆に言えば「お役立ち競争」に勝てない製品や事業は成り立たないということです。時代的に変わらざるをえなかったという面もありますが、意図的に変わっていこうという我々自身の意志が一番重要だと思います。

 

 ◇エアバッグ繊維で世界展開

 

── 中期計画の進展はどうですか。

 

楢原 現計画は17年度が最終年度で、海外展開の加速と新分野の開拓を2本柱にしています。特に自動車のエアバッグに使う頑丈で特殊な織物や原糸の事業展開に注力しており、海外子会社の原糸メーカー「PHPファイバーズ」の生産力も生かして、17年度下期からはグローバルな拡販体制を強化します。

 

── 将来の成長分野は。

 

楢原 環境やヘルスケア分野の事業化に重点を置いており、海外市場からの注目も高いです。具体的な製品では、神経の再生を誘導する微細なチューブ素材「ナーブリッジ」の海外展開を18年から本格化する予定で、FDA(米食品医薬品局)の承認も取得しました。当社が独自に開発した酵素を応用した血糖値の診断薬も、海外市場での拡大が期待されています。もともとは、レーヨン工場の廃液のクリーン化のために開発した酵素を、全く異なる分野で活用しました。ほかにも、衣類に組み込んで心拍数など生体情報を計測できるフィルム状の素材などを実証実験中です。

 

── どんな会社を目指しますか。

 

楢原 経営の常道としては、高品質・高機能・リーズナブルなコストのバランスがとれた製品の提供を追求していきます。トップとしては従業員のやる気を正しい方向に発揮させなくてはいけないと思います。

 渋沢栄一が掲げた経営の理想は「論語とそろばんの両立」です。社会的な責任を果たしつつ持続的な成長も遂げていくという精神を、東洋紡のDNAとして大切にしていきます。

(構成=河井貴之・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

A 向こう見ずでへそ曲がりな社員でしたが、会社はそれ以上に柔軟で面白かったです。経理部門で消費税導入や会計ビッグバンに追われました。

 

Q 「私を変えた本」は

A 山岡荘八の『徳川家康』。全26巻を5回以上読んでいます。

 

Q 休日の過ごし方

A ウオーキングやゴルフ。妻との買い物で、自分で運転するのも楽しみです。

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 ■人物略歴

 ◇ならはら・せいじ

 1956年生まれ。福岡県出身。ラサール高校、東京大学法学部卒業後、九州電力を経て88年東洋紡績(現東洋紡)入社。グループ経営管理部長、財務経理部長、取締役などを経て2014年4月に社長就任。16年6月に日本紡績協会会長就任。60歳。

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事業内容:フィルム・機能樹脂、産業マテリアル、ヘルスケア、衣料繊維分野などの製造・加工・販売

本社所在地:大阪市北区

創立:1882年5月3日

資本金:517億円

従業員数:連結9827人 単体3029人(2016年9月現在)

業績(17年3月期)

 売上高:3295億円

 営業利益:233億円

2017年

5月

30日

経営者:編集長インタビュー 新田信行 第一勧業信用組合理事長

◇「人物中心」の融資で創業と地方を支援

 

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── どんな信用組合ですか。

 

新田 東京23区内に22の支店と四つの出張所があります。預金が3300億円に対して、貸金は2400億円で、預貸率は75%と高い水準です。地域に密着した金融機関です。年間300の地域のお祭りや盆踊りに私も含めて参加しています。そのため、土日の予定が全て埋まっています。お祭りに参加するため、ポップコーン製造機や綿あめ製造機を所有しています。「お祭り組合」と言ってよいかもしれません。

 

── 強い地域は。

 

新田 世田谷、練馬、杉並以外は全てカバーしています。対象エリアは飲食街や商店街などです。顧客は小規模事業主、個人事業主、業態は料亭、居酒屋、飲食店が結構あります。

 

── どのような事業をしているのですか。

 

新田 当組合の三つの基本方針の一つに、「人とコミュニティの金融」を掲げています。融資には三つのやり方があります。一つ目は決算書から財務分析をして格付けをする。二つ目は、ノンバンクや質屋のように担保を取る。三つ目が人を見て貸す、です。私たちは信用供与の源泉が格付けでもなく、担保でもなく、フェイストゥフェイスの人間関係がベースになっています。

 

── 何で評価しますか。

 

新田 人と事業を徹底的に見ます。他の金融機関からは、「格付けもせず、担保も取らずによく融資をしますね」と言われますが、私からすると、「社長に会わず、工場も見ないでどうやってお金を貸すのですか」ということです。信用組合のお金は組合員のものですからリスクは取れません。ひたすら汗をかいて、社長や工場や製品・サービスを見るしかありません。

 

── 融資例を教えてください。

 

新田 コミュニティローンが280くらいあります。例えば東京23区内にある六つの花街向けの「芸者さんローン」があります。また、「亀有商店街ローン」や「巣鴨町内会ローン」などもあります。特徴はそれぞれのローンに必ず固有名詞が付くことです。それぞれの商店街や町内会の組合長や会長が、当組合の出資者の代表である総代をしています。ある意味、会員制のクラブです。会員の紹介が無いと当組合には入れません。

 

── 不良債権になる恐れはありませんか。

 

新田 格付けは過去の決算書に基づきます。しかし、私たちが知りたいのは未来の業績です。だから、当組合と他の金融機関では与信判断が変わります。私が就任時に67%だった預貸率が75%まで上昇しているのは、他の金融機関で否決された貸し出しを実行しているためです。しかし、人をよく見ていますから、この4年間、当組合では不良債権がほとんど発生していません。芸者さんローンであれば、6人の芸者組合のトップが全部自分の配下の芸者のことを知っているわけです。

 

 ◇創業加速で支援

 

── 創業向けの融資は。

 

新田 背景には、日本の資金循環が非常に悪いことに対する危機感があります。お金を持っているのはシニアですが、お金を使いたいのは若者です。創業者ローンではまだ決算書も担保もない創業者に融資します。昨年1年間で150件、残高で10億円を実行しました。この件数は日本の金融機関でトップです。当組合の融資に並行して日本政策金融公庫も同額の融資を実行します。また、創業期は赤字になりますから、創業ファンドで出資もします。

 

── 資金面以外の支援は。

 

新田 創業者はアイデアは良くても、法律家、税理士、販売先などの事業ツールは持っていません。そこで、当組合がメンターとなりスポーツジムの「ライザップ」のように短期間で立ち上げを指導します。そのために昨年「東京アクセレータープログラム」を開催し、113件の応募に対して、最終的に9件を支援しました。

 その中の一つにお祭りで日本を元気にするベンチャーの「オマツリジャパン」があります。代表の加藤優子さんには私のネットワークでお祭りをしている町内会長を紹介して、1カ月で全てを回るようにアドバイスしました。

 

── 地方連携の取り組みは。

 

新田 「量から質」の金融を目指します。質とは付加価値のことですが、これは未来志向の連携の中でしか生まれません。だから、志を同じくする人には連携を呼び掛けています。東京税理士会や東京行政書士会、東京理科大学などです。地方は、北海道から岡山まで18の信用組合と連携しており、まもなく19に増えます。一生懸命地域を良くしよう、中小企業を支え、若者や女性を応援しようという志です。秋田県信用組合はドジョウの養殖やニンニクの栽培をするベンチャーを支援しましたが、これを手掛けているのは地元の若い建設業者です。地方創生と創業支援は切っても切れない関係にあります。

 

── 人材育成は。

 

新田 若手職員向けに相談員制度を創設しました。六つの分野で専門性を磨きます。制度導入から3年で、融資の目利きができる事業金融相談員は40人ほどとなりました。

 

── 足元の業績は。

 

新田 私が理事長に就任する前は経常利益は1億円台でしたが、平成27年度は12億円を超えました。不良債権の比率もこの4年間で10%から5%まで低下しました。

(構成=稲留正英・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

A 1985年のプラザ合意後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)で海運業界を担当していたので、不良債権の処理で大変でした。

Q 「私を変えた本」は

A デール・カーネギーの『道は開ける』です。不良債権処理で追い込まれたときに読み、頑張ろうという気になりました。

Q 休日の過ごし方

A 仕事です。お祭りや花見で人に会い続けています。

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 ■人物略歴

 ◇にった・のぶゆき

 1956年生まれ。千葉県出身。千葉高校、一橋大学法学部卒業。1981年第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。2011年みずほ銀行常務執行役員、13年第一勧業信用組合理事長に就任。60歳。

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事業内容:金融業

本店所在地:東京都新宿区

設立:1965年5月

出資金:113億円

役職員数:364人(2015年度末)

業績(2015年度)

 経常収益:67億円

 純利益:15億円

2017年

5月

23日

ライフプランナーが保険の「出口」までお付き合い 一谷昇一郎 プルデンシャル生命保険社長

◇ライフプランナーが保険の「出口」までお付き合い

 

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── どんな生命保険会社ですか。

一谷 生命保険は目に見えないサービスを顧客に買ってもらうものです。私たちは、(1)どのような商品が良いのか顧客に基準をきちんと理解してもらい、(2)何が必要かを一緒に考え、(3)自らの意思で購入してもらっています。「入り口」である保険加入時はこの三つが一番大事です。

 また、保険が実際にサービスを提供するのは「出口」である支払時です。万が一、何かあった時に、保険金の受け取り手続きから、何千万円もの保険金が入った場合、そのお金をどう残りの生活に生かしていくのか、税金をどうやって払うのか。この出口の部分も含めてサービスを提供する必要があります。この入り口から出口までを担当するのが「ライフプランナー」です。

 

── ライフプランナーの役割について詳しく教えてください。

一谷 保険は長い期間にわたる高い買い物なので、自分の掛けたコストが、実際のリスクに見合っているのか。顧客は内容をよく理解しないで高い買い物をしていると、「対価として何をくれるのか」という気持ちになります。入り口と出口の間には「保全」活動があります。保険加入時から契約者とは長い付き合いができるので、顧客のさまざまな環境変化に応じて、提案ができます。

 例えば、20代、30代の若い時は高額の死亡保障、50代になれば介護保険に加入したり、あるいは死亡保障を少し減らして積み立てに回すなど。顧客の皆さんは、頭で理解できても、なかなか実行に移すことができません。それをライフプランナーが「見える化」します。顧客の生涯を通じて、ずっとサービスできる。それが我々の一番の強みです。

 

── ライフプランナーはどれくらいいるのですか。

一谷 3800人います。平均年齢は40歳を少し超えたくらいです。30歳前後で転職してくる人が多く、今50歳前後の人は当社で17~18年働いています。体を壊すなどのよほどの理由がない限り、あまり辞める人はいません。だから、顧客とともに年齢を重ねていくことができます。

 

── 現在、保険契約数は。

一谷 直近で349万件です。実際に加入している被保険者数は200万人を少し超えたところです。

 

── 契約者のアフターフォローは具体的にどのようにしているのですか。

一谷 契約者に1年から1年半の間隔で定期的に連絡をします。家族の状況や勤め先、収入などが変わっていないかを確認します。それによって、今の契約が十分に生活ニーズを満たしているのか、足りないようなら新たな提案をします。保険は時々見直した方がよいのです。このコミュニケーションが大事です。

 

 ◇採用にじっくり時間

 

── 実績を教えてください。

一谷 MDRT(Million Dollar Round Table)と呼ばれる国際的な保険営業の自己研さん組織があります。ここには卓越した専門家が加盟しています。当社は、1998年から19年連続で、国内生保の中で一番多く会員がいます。米市場調査会社のJDパワーの調査では、保険金請求の対応の満足度で2年連続1位です。保有保険件数は27期連続で増加しました。口コミも非常に大きい要素です。一人の担当から一家の担当、一家の担当から一族の担当になれると理想です。

 

── どのような採用と教育をしているのですか。

一谷 1年に600人近く採用します。当社は全国に営業所長が470人、支社長が120人います。総勢約600人のマネジャーで600人の指導や教育をしています。知識だけでなく、どのように顧客に信頼してもらい、自分をサービスの一環として受け入れてもらえるのか、というようなことです。

 

── 採用の際の基準は。

一谷 リクルート活動は会社の肝です。会社の価値観に合った人、基礎能力の高い人、人として間違いがない人をどれだけ社員として採用できるかが重要です。まだ前の会社に在籍している時点で、1回2時間を3回、計6時間掛けて、当社が何を目指しているのか、当社に来るとどんな可能性が広がるのか、講習をしています。この仕事を理解してもらい、その上でアプローチしてきた人を面接しています。この採用のプロセスが2カ月間あります。

 

── このマイナス金利時代にどのような運用をしているのですか。

一谷 終身保険をはじめとする長いお金を預かっています。だから、負債に資産をマッチさせた運用をしています。20~30年の国債や社債で運用しています。予定利率を下回らないようにしています。外貨建ての商品は米国の親会社の資産運用のノウハウを活用して、再保険に出しています。広告宣伝費は、ほとんど使っていません。

 

── 最近力を入れている商品やサービスは。

一谷 2015年の秋から生命保険信託を開始しました。両親が亡くなった場合、お子さんへの保険金を大切に預かるためです。過去には預かった保険金を親戚が借金の返済に使ってしまうケースがありました。そこで、亡くなった方の意思に沿った形で保険金が安全に使われる方法を考えたのです。この1年間で200件くらい新規で預かりました。一番多かったのは母子家庭の母親が自分に万が一があった場合を考えて、契約するケースです。

(構成=稲留正英・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

A まさに、営業所長としてリクルーター、トレーナーの毎日を過ごしていました。会社のビジネスモデルを熱く語り、来る日も来る日も良い人を探していました。

 

Q 「私を変えた本」は

A 歴史小説が好きです。小村寿太郎を主人公にした吉村昭さんの『ポーツマスの旗』です。

 

Q 休日の過ごし方

A 朝ご飯に自分で作ったみそ汁を飲みながら、好きなジャズを聴いています。

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 ■人物略歴

 ◇いちたに・しょういちろう

 1958年生まれ。兵庫県出身。大阪教育大学付属高校、関西学院大学経済学部卒業。91年プルデンシャル生命保険入社。2008年執行役員、12年取締役執行役員専務、13年から現職。58歳。

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事業内容:生命保険業

本社所在地:東京都千代田区

設立:1987年10月

資本金:290億円

従業員数:5197人(2015年度末)

業績(2015年度)

 経常収益:8920億円

 当期純利益:107億円

2017年

5月

16日

経営者:編集長インタビュー 糸井重里 ほぼ日社長

◇「ほぼ街(まち)」を作りたい

 

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

 コピーライターの糸井重里氏率いる「ほぼ日(にち)」が3月16日、東京証券取引所ジャスダック市場に上場した。コラムなどを集めたウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」を運営する同社の売上高は約38億円。サイトでの物販が好調で、1日1ページ、24時間枠で予定を書き込める「ほぼ日手帳」は毎年60万部以上を売り上げる。

 

── ほぼ日はどんな会社ですか。

 

糸井 「場」が作りたくてできた会社です。「ほぼ日刊イトイ新聞」のサイトを立ち上げた頃から、「ほぼ街(まち)」を作ろうと思っていました。RPG(ロールプレイングゲーム)の街のように、建物に入ったらお茶を飲める場所があるとか、そういう街です。

 

── 株式の上場も街を目指す通過点ですか。

 

糸井 上場によってオーソライズ(公認)されたと言えるかもしれません。マンションの住人のおばあさんが「上場おめでとうございます」「株買うわよ」とか声をかけてくれるんです。そういう会話は今までなかった。「ほぼ日は有名なのに、なんで上場したんですか」と言われるのですが、有名だけど有名じゃなかったんですよね。

 

 ◇ライバルはディズニー

 

── 何で稼いでいるのですか。

 

糸井 ほぼ日手帳の売り上げが7割です。「手帳で食っている会社」と言う人もいますが、その切り口で見てくださっても構わないと思います。自分たちが使いたいものを作ってきました。生意気な言い方をすれば、「いいに決まっているもの」を出しているのがよかったんだと思います。

 

── 売り上げの残り3割は。

 

糸井 モノの形をしたコンテンツ、例えばタオル、腹巻き、衣料などの販売です。これからは手帳以外の事業が伸びて、手帳の割合が相対的に下がってほしいと思っています。

「場」を作る仕事と言っても、場代を取っているわけではないので、小売業の分類に収まっています。でも、今後はどうなるかわかりません。

 

── 伸ばしたい事業は。

 

糸井 犬や猫の写真を投稿するアプリ「ドコノコ」を始めたり、地球儀を開発したりしています。

 3月24~26日には六本木ヒルズで「生活のたのしみ展」を開催しました。いいものを作ってるなという人たちのコンテンツを集めてお店にしたイベントです。イベントでありブランドでもあるというのは一種の発明だと思うので、どう伸びていくのか楽しみです。

 

── 最近は糸井さん自身の引退について言及しています。

 

糸井 先輩たちを見ていると、上手にリタイアした人もいるし、リーダーがいなくなってつまらなくなった会社もあります。僕らが若い頃に憧れだった広告の製作プロダクションは、今は代理店の下請けです。だから、自分たちがイニシアチブを持って仕事をしていくことが本当に大事だと思ってほぼ日を始めました。

 

── 上場する規模に会社が育った。

 

糸井 チームが育ち、応援してくれるサポーターも育ってきてくれました。これ、僕がいなくなった時になくなっちゃったらつまらないですよね。もっと面白くなってほしい。「ライバルはディズニー」と言っているのですが、ウォルト・ディズニーがいなくなってもディズニーとして機能している。そういうことがあり得るんじゃないかと思って、少しずつ準備をしています。

 

── 糸井さんがいなくなった後のほぼ日は。

 

糸井 ぜんぜん同じではないことはわかっています。ただ、僕がいなくなってもできる仕事をどんどん増やしていくのも僕の仕事です。この2年くらい一生懸命しているのは、僕をいなくさせるための仕事。それが僕の作品です。

 

── 上場で得た資金の使い道は。

 

糸井 人を雇うことに使います。内部の人が育つのにも必要です。イノベーションを生み出す人、無理かもしれないことを実行できるように工夫する人、そういう人が圧倒的に足りない。工場を建てるのと同じくらいの予算組みをして、人を取らなければいけない時代が来ていると思います。

 

── 投資家とどう向き合いますか。

 

糸井 僕らがどれだけできるか見ようじゃないかと、好意的にも、悪意を持っても言われます。もっと利益を上げて、株価を上げなさいと言う人もいます。でも、そんなに簡単な話じゃないと思う。

 僕がよく泊まる旅館のおばあちゃんは、「戦後に買った任天堂株を持っているから安泰だ」と言うんです。義理で買った花札メーカーの株が、今の任天堂の株になった。すごいことです。任天堂は「ラブテスター」(男女の相性を測る玩具)とか、タクシー会社とか、ダメだった時期も含めて、山あり谷ありで今みたいな会社になった。こういうやり方をすればうまくいくというのはないんです。

 

── 成功の方程式はない。

 

糸井 上場後は、事業の質や規模について、これまで以上に問われるようになりました。僕みたいなことを言っている人がダメになったら、後の人も寂しいでしょう。弱っちい動物なりに生き延びたとか、体が大きくなったとか、そういうことを多少は見せないと、つまんないですよね。

 

── 株価は気になりますか。

 

糸井 流れの中でどういう場所にいるのかは把握していますが、あまりとらわれないようにしています。僕が引退する時に株価が下がったら、僕の仕事が足りていなかったということでしょうね。

(構成=花谷美枝・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどうでしたか

 

A 一生懸命いい気になってました。いい気にさせてくれる人たちが現れる時期だったので。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 大学を中退した頃に出会った吉本隆明さんの『最後の親鸞』。ほぼ日で吉本さんの183講演の音源を無料公開したことは、僕の人生の年表に入れてほしい。今なら、株主総会でどう説明するか考えないといけない(笑)。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 指圧や床屋に行きます。

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 ■人物略歴

 ◇いとい・しげさと

 群馬県出身。群馬県立前橋高校出身、法政大学文学部中退。コピーライター、作詞家、タレント、エッセイストとして活躍。1998年に「ほぼ日刊イトイ新聞」を開設した。68歳。

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事業内容:ウェブサイト『ほぼ日刊イトイ新聞』の運営、商品の販売

本社所在地:東京都港区

創業:1979年12月

資本金:3億4705万円

従業員数:69人(2017年3月1日現在、契約社員含む)

業績(16年8月期)

 売上高:37億6750万円

 営業利益:4億9954万円

2017年

5月

09日

経営者:編集長インタビュー 炭井孝志 ケンコーマヨネーズ社長

◇業務用に特化 サラダ市場を創造、拡大

 

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 社名からは、マヨネーズ専門のメーカーを想起させます。

炭井 確かに当社は、町のお総菜屋さんにマヨネーズを供給したことに始まります。しかし、創業直後からマヨネーズを販売するだけではなく、マヨネーズを使ったメニュー提案をしていました。そして時代の流れとともに、新たな素材を見つけて商品を開発し、今は商品数3100超の業務用食品メーカーとなりました。 

 

── 売り上げの内訳は。

炭井 商品別ではサラダ・総菜類が4割、タマゴ類(卵焼き、タマゴサラダなど)が3割、マヨネーズ・ドレッシング類が2割です。

 

── どう商品群を広げたのですか。

炭井 マヨネーズの供給先からサラダ・総菜に関する相談を受ける中、自社で製品を開発するようになりました。たとえば、1970年代には、大手製パンメーカーから「総菜パンにはさむ具材として、長持ちするサラダが欲しい」と要請され、タマゴサラダやツナサラダを開発しました。また、大手ハンバーガーチェーン「マクドナルド」のハンバーガー用ソースも当社が製造しています。

 

── 他にはどんな商品がありますか。

炭井 最近では、コンビニエンスストアの弁当やスーパーの総菜用に、各種サラダやひじきや野菜の煮物、卵焼きなど幅広い食品を供給しています。今でこそ普及したゴボウサラダやパンプキンサラダは、当社が開発したものです。サラダを切り口にして、新たな素材を投入し新たな市場を創っていきます。

 

── 供給先はどこが多いのですか。

炭井 売上高ベースではコンビニが3割、外食産業が3割、スーパーなどの量販店が2割、製パンメーカー・町のパン屋と給食向けで2割です。

 

── なぜ業務用に専念するのですか。

炭井 小売店向けに家庭用商品を供給するのはもうからないからです。家庭用向けは、キユーピーや味の素など一大ブランドがあり、価格競争も激しいです。80~90年代、家庭用を手がけていた時期もありました。その時期は、会社を挙げて小売店に営業しました。そもそも、業務用と家庭用の販売方法は異なるにもかかわらず、 家庭用の売り方を知らないので、収益は真っ赤っか。しかも、人的資源を家庭用の営業に回したので、業務用への営業もおろそかになりました。私はずっと「会社の強みを生かせるのは業務用の世界だ」と思っていましたので、私が社長になった後の2003年に家庭用はやめました。私が社長を続ける限り、家庭用向けはしません。

 

── 供給先の要望も厳しいのでは。

炭井 供給先には鍛えられました。世界的なハンバーガーチェーン、日本を代表する製パンメーカー、最近ではコンビニなど常に厳しい品質、値段を求められてきました。おかげで、常に食品市場のトレンドを感じられるポジションにいられました。供給先の求めることを先読みした結果、当社の強みと言える多品種少量生産ができるライン運用を確立しました。

 

── 強みを持つ商品は。

炭井 タマゴ類です。タマゴの総菜メーカーは通常、養鶏場で割ったタマゴの「液卵」を調達します。液卵はコストが低いのですが、一度熱殺菌が必要なので風味が落ちます。これに対して当社の静岡県の工場では、殻付きタマゴを調達して工場で割って24時間以内に加工します。卵焼きの供給先にも「液卵より格段においしい」と評価されます。殻付きタマゴの調達費は高いのですが、熱殺菌を経ずに割ってすぐに調理できるラインを作り上げたことで、トータルコストは下げられます。

 

── 食品メーカーは、国内の人口減にあえいでいます。

炭井 日本人の胃袋は減っています。しかし、働く人が増えて中食(なかしょく)需要は増えています。また、ゴボウサラダのように今までにない素材の商品を提案することもできます。日本市場全体のパイは広がりませんが、自分たちの市場を広げることはできます。

 

 ◇工場も夕方退社目指す

 

── 3カ年の中期経営計画は今年度が最終年度です。

炭井 18年3月期の連結売上高750億円に向けて順調に推移しています。17年3月期も過去最高益を見込みますが、製品の需要に生産設備が足りていません。目標到達のためには、現在進めている工場の新増設がカギとなります。

 

── 工場の新増設とは?

炭井 19年3月までに総額150億円強を投じて、北海道と神奈川県にサラダ類・総菜類工場を新設し、静岡県の卵焼き工場と京都府のサラダ類工場を増設します。工場新増設には長時間労働を是正する狙いもあります。現在ほぼ24時間フル稼働ですが、長期的には、午前8時~午後5時の稼働でも需要に応えられる体制にしたいです。

 

── 製造業で午前8時~午後5時稼働は成り立つのですか?

炭井 周囲には「その稼働時間ではもうからない」と言われます。しかし、人手不足の時代にあっては工場の労働環境も変えなければなりません。私も法人向けの営業時代、午前8時に出社して、午後5時には退勤していました。朝一番から力の限り働く人が、夕方以降も働けるわけがないのは経験で分かります。今、工場だけではなく、事務部門や間接部門も含めた社内全体で、この時間内で効率よく働ける方法を模索しています。

(構成=種市房子・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

A 法人向けの営業担当でした。誰よりも早く書類を確認して、電話対応をし、外勤に出ており、それで十分でした。

 

Q 「私を変えた言葉」は

A 山本五十六の「男の修行」です。

 

Q 休日の過ごし方

A ウオーキングか、仕事がらみのゴルフです。昨年から四国八十八カ所巡りも始めました。逆ルートで香川県からスタートして、愛媛県まで到達しました。

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 ■人物略歴

 ◇すみい・たかし

 1953年生まれ。香川県出身。県立高松高校卒業。1978年東京水産大(現・東京海洋大)卒業後、ケンコーマヨネーズ入社。営業畑を皮切りに購買、生産部門を歩み、98年に管理部門部門長、99年に取締役。2000年から現職。

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事業内容:業務用食品

本店所在地:神戸市灘区

東京本社:東京都杉並区

設立:1958年3月

資本金:21億円

従業員数:2957人(連結)(2016年3月現在)

業績(16年3月期・連結)

 売上高:669億円

 営業利益:34億円

2017年

4月

25日

経営者:編集長インタビュー 木村博紀 朝日生命保険社長

◇医療・介護保険でお客さまの「生きる」をサポート

 

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 朝日生命はどんな会社ですか。

木村 前身の帝国生命の創業が1888(明治21)年で、来年3月に創業130周年を迎える歴史のある会社です。現在は『一人ひとりの“生きる”を支える~「お客様大好き」企業。朝日生命~』を企業ビジョンに、今後の日本市場を想定して「シニア(高齢者)」「女性」「企業経営者」を三つの戦略マーケットと位置づけ、お客さまが生きていくためのサポートをする商品やサービスを提供しています。

 

── 他社にない強みや特徴は。

木村 成長市場の医療保険や介護保険など(生命保険、損害保険のどちらにも属さない)「第3分野」と呼ばれる保険商品に、同業他社に先駆けて取り組んできました。第3分野を本格展開したのは2003年です。同業他社と比べると、万一の時に備える「保障性商品」のウエートが高く、資産形成効果がある「貯蓄性商品」のウエートは低くなっています。その保障性商品の中でも、第3分野のウエートが高いのが特徴です。

 

── 三つの戦略マーケットを位置づけたのはなぜですか。

木村 日本の将来を想定すると、少子高齢化が進んでシニアのお客さまが増えます。また、働く女性も増えていくと考えたからです。実際にそういう時代になってきています。死亡保障という市場もお客さまにとって大切ではありますが、さまざまなリスクへの備えが非常に重要になるだろうと考え、第3分野に力を入れてきました。

 

── 現在の業績は。

木村 保障性商品の保有契約高(年換算保険料)は長年減少傾向でしたが、14年度に底打ちして反転しています。特に、主力の営業職員を通じた販売チャネルでは、介護保険やがん保険の新契約が好調で、目標としていた営業職員チャネルでの保有契約高反転目標を1年前倒しで16年3月に達成しました。

 

── それは好調ですね。

木村 約1万2000人の営業職員は、保険金の支払いに至るまでアフターフォローもしっかりできるのが強みで、有力な販売チャネルという認識は今も昔も変わりません。東日本大震災でも対面型の営業職員の存在が改めて評価されました。また、保険ショップなどの代理店チャネルも好調に推移しています。ここ数年は、超低金利下で基礎利益(保険関係の収支と運用関係の収支を足したもの)は横ばい基調ですが、保有契約高の純増のペースを上げ、基礎利益が反転するようなシナリオを描きたいと考えています。

 

 ◇認知症保険も発売

 

── どのような商品性が評価されたと考えますか。

木村 お客さまのニーズに沿った商品開発を進めてきたことでしょう。12年4月に介護保険「あんしん介護」を発売しましたが、商品の分かりやすさで業界では異例の「グッドデザイン賞」を受賞しました。保険金の支払い要件を公的介護保険の要介護認定と完全連動させたことで、商品の説明も簡素になりお客さまの理解も得やすくなったのです。昨年4月には認知症に特化した「あんしん介護 認知症保険」も発売しました。家族が認知症になって苦労される人も増えており、こちらも好評をいただいています。

 

── 02年には経営危機に直面しました。

木村 当時は01年の米同時多発テロで株価が下落し、保有する株式の評価損が増加してしまいました。そこで、株式など価格が変動しやすい資産の残高を圧縮し、市場環境の悪化に対する耐久力を付けること、第3分野を中心に保有契約高を増やし地道に収益力を高めることに取り組みました。これが現在の成果につながったと思っています。

 昨年8月には基金(株式会社の資本金に相当)の償却(返済)繰り延べも解消し、資本政策の柔軟性が向上します。今年1月には米ドル建ての永久劣後債を3・5億ドル(約400億円)発行しました。

 

── 運用部門の経験が長いですが、現在の金融環境にどう対処しますか。

木村 運用面では非常に厳しい状況です。ここ数年の日銀の金融緩和の結果、長期金利が非常に低い水準で推移しており、利回りの低い円建て債券を積極的に組み入れることは適当ではありません。為替ヘッジした外貨建て債券のほか、投資信託やヘッジファンドなど「オルタナティブ投資」を組み入れたりして、運用の高度化を進めています。リスクを取りすぎていないかは当然、チェックしています。超低金利が当分、続くことを前提に経営を考えていく必要がありますね。

 

── 他の生保では海外のM&A(企業の合併・買収)や業界再編も起きています。

木村 日本は総人口は減少しますが、シニアや働く女性、単身者は増えていくので、お客さまのニーズにはまだ拡大余地があり、自分たちで国内市場を開拓できると思っています。一方、海外市場は長期的な視点で考え、調査・研究をしていこうという段階です。再編はまったく考えていません。

 

── 4月に新社長に就任しました。

木村 創業130周年という節目の年に社長となります。将来にわたってお客さまに信頼され、社会に貢献できる会社、また従業員が明るく伸び伸びと仕事ができる会社を目指して経営していきたいですね。

(構成=桐山友一・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

A 1996年の保険業法の全面改正の前後に企画課に在籍していました。生・損保の相互参入など制度が大きく変わり、非常に勉強になりました。

 

Q 「私を変えた本」は

A 童門冬二さんの『小説 上杉鷹山』です。粘り強く改革を進めるところなどが、ビジネスマンとして参考になります。

 

Q 休日の過ごし方

A スポーツジムに週1回以上、通い続けています。もう10年以上になりますね。多少疲れていても汗を流すと、疲れが取れたりリフレッシュできます。

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 ■人物略歴

 ◇きむら・ひろき

 1962年生まれ。和歌山県出身。和歌山県立桐蔭高校、慶応義塾大学経済学部卒業後、84年朝日生命保険入社。取締役執行役員資産運用部門長、取締役常務執行役員経営企画部主計部担当などを経て、2017年4月から現職。55歳。

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事業内容:生命保険業

本社所在地:東京都千代田区

設立:1947年7月

基金総額:2460億円(2016年3月末)

従業員数:1万6461人(2016年3月末)

業績(2016年3月期・単体)

 経常収益:6527億円

 経常利益:148億円 

2017年

4月

18日

経営者:編集長インタビュー 瀬戸健 RIZAPグループ社長

◇「人は変われる」を証明したい

 

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── どんな会社ですか。

瀬戸 「人は変われる」という理念を信じてひた走っています。ジムのトレーナーひとりひとりに情熱が宿っている会社です。

── 前身の「健康コーポレーション」を設立して以来の歩みは。

瀬戸 豆乳クッキーで起業し、せっけんや美顔器に広げ、今の主力はパーソナルトレーニングジムです。変遷しているように見えるかもしれませんが、すべてがつながっています。

 原点にあるのは高校3年の時のことです。体重70キロ超の彼女と付き合い始め、一緒にがんばってやせよう、と走ったり、励ましたりしました。彼女は3カ月で25キロやせたのですが、どんどんきれいになり、内向的だったのが外向的に、散らかっていた部屋も整理整頓するようになりました。きれいになりすぎて浮気されて振られてしまったのですが(笑)、人って本当に変わるというインパクトが強烈でした。

 

── その経験が、どのように事業につながったのですか。

瀬戸 豆乳クッキーは、彼女がお菓子も食べず苦しそうにダイエットしていたことが念頭にありました。無理なくダイエットできる食品を作ろうと考えました。おからは水を含みやすいので少量で満腹になります。

 豆乳クッキーがヒットした後、美顔器の会社を買収すると、なぜ?と言われました。それは、手段を見ているからです。消費者の目的は美しくなって自分に自信を持つこと。クッキーや美顔器が欲しいわけではありません。

 ただ、一人でやるダイエットは挫折する人が多い。どうやったらやせられるかについては情報が氾濫していますが、分かっているのと、やり切れるかどうかは別です。やり切るために愛情を持って寄り添うサービスとして、パーソナルトレーニングジムのライザップが生まれました。

 

── テレビCMが印象的でした。

瀬戸 我々が何を提供する会社なのかを徹底的に追求しました。15秒のCMはライザップに通う前と後の姿のみ。トレーナーも、店舗も出てきません。結果を重視することを伝えました。

「結果が出なかったら全額返金」は我々が緊張感を持つためでもあります。トレーナーはお客様が通わなくなったり食べすぎたりした時に本気で向き合います。するとお客様が本当に変わり、“卒業”を迎える日にとてつもない感動があるから、次のお客様にまた「結果を出します」と言えるのです。

 

 ◇三日坊主市場は広い

 

── 海外展開は。

瀬戸 既に台湾、シンガポール、香港、上海にライザップの店舗を展開しています。

「三日坊主市場」は世界共通ですが、そこに解決策を提示する企業はほとんどありません。国内ではゴルフと英会話の事業を既に始めていて、好調です。ゴルフもスコアにコミットします。

 

── アパレルやインテリアなど、さまざまな業種を買収する意図は。

瀬戸 事業領域は「自己実現」です。経済が成熟し、欲求の段階が上がりました。なくても困らないけれど、自分に自信を持つために人はお金を投じます。あらゆる業種で商品やサービスの目的が変わってきています。かつて服は身を隠し、寒さをしのぐためのものでしたが、今は自分の存在を高めてくれるものです。

 ライザップで10キロ以上やせると過去の服が着られず、自分の外見に興味がなかった男性が服にお金を使うようになります。オーダーメードスーツが好調です。

 

── ジーンズメイトなど買収先は赤字企業ばかりで、「負ののれん」が利益をかさ上げしているとも指摘されています。

瀬戸 いいものを持っていながら、すべての力を発揮できず低迷している会社がたくさんあります。人が変われるように、会社も変われます。

「負ののれん」は会計基準に沿ったもので、すべてオープンにしています。M&A(合併・買収)による利益を除いた本業の利益も伸びています。負ののれんには、赤字がついてきます。黒字に転換できるかどうかが勝負です。

 

── 経営目標は。

瀬戸 事業を通じて世の中に影響を与えたいと思っています。「人が変われる」ことを証明して社会にインパクトをもたらすのは兆円単位の話。2021年3月期に売上高3000億円、営業利益350億円の目標はプロセスとして当たり前のことです。

 今、当社のCMを見て、ライザップに通うのではなく、自分でジムに通う人も増えている。CMはきっかけの提案でもあります。我々は低糖質食を勧めていますが、将来的には摂取カロリーに占める栄養素の割合が変わるでしょう。

 

── 人々が健康になれば、国の医療費も削減できそうです。

瀬戸 我々は会員7万人のデータをもとに、どうすればやせて健康的になれるのかを検証しています。ライザップはマンツーマンでフルスペックですが、コストを抑えた形でサービスを提供することもできます。

 その例として、静岡県牧之原市と提携し、高齢者向けの健康増進プログラムを始めました。プログラム前後の変化を分析します。今後、全国の自治体と進めていきます。我々は結果にコミットしますから、一般的な単価報酬ではなく、健康数値が改善したかなど結果に連動する成功報酬型を考えています。

(構成=黒崎亜弓・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

A 今も30代ですが、30代前半は人が遊んでいる時にも自己投資していました。本を猛烈に読みました。書かれたことに一つ、二つでもチャレンジすると、失敗を含めてフィードバックがあり、記憶が定着します。

 

Q 「私を変えた本」は

A 『自助論』(サミュエル・スマイルズ)です。すべてを自分の責任として受けとめることを説いています。人のせいにした瞬間に成長のチャンスがなくなります。自分次第で変わると思った方がお得です。

 

Q 休日の過ごし方

A スキーなど社員のレジャーに参加したりしています。

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 ■人物略歴

 ◇せと・たけし

 福岡県出身。福岡県立北筑高校卒業、明治大学商学部中退。2003年に健康コーポレーション株式会社を設立、06年に札幌証券取引所アンビシャスに株式上場。16年に商号変更。38歳。

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事業内容:美容・健康、アパレル、住関連、エンターテインメント等

本社所在地:東京都新宿区

設立:2003年4月

資本金:14億円

従業員数:約4000人(連結、2017年3月)

業績(16年3月期・連結)

 売上高:554億円

 営業利益:50億円

 

2017年

4月

11日

経営者:編集長インタビュー 小堀秀毅 旭化成社長

◇化学技術で多様な社会課題を解決

 

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 旭化成とはどのような会社ですか。

小堀 創業以来、産業構造の変化に立ち向かい、新事業に果敢に挑戦してきた企業です。現在の事業領域は、素材を扱うマテリアル、住宅、ヘルスケアの3分野です。この3分野を持つ化学会社は世界にも類がなく、ユニークな点と言えます。事業領域は広いですが、化学技術を基礎にしている点では共通しています。環境や健康などの社会課題を、化学技術で克服するという理念で事業を展開しています。

 

── 3事業の内容は。

小堀 マテリアル事業は大きく二つの領域に分けられます。一つはリチウムイオン電池材料のセパレーターや、自動車軽量化に役立つ部品用樹脂など、環境エネルギー関連素材です。もう一つはサランラップや繊維など生活関連です。住宅事業は、「へーベル」ブランドの戸建て住宅と集合住宅建築、それに断熱に優れた建材販売を手がけています。ヘルスケア分野は医薬品・医療機器双方を持つ珍しい業態です。医薬品では骨粗しょう症の薬で高いシェアを占めており、医療機器では心臓除細動器で高い成長率を遂げています。

 

── 祖業の繊維は世界的にも競争が激しいのでは。

小堀 当社の繊維事業は2000年代に選択と集中を進め、キャッシュフローを生み出せて、かつ独自性のある製品に絞りました。インドのサリーなどに使われるベンベルグ、紙おむつや美容パックに使われる不織布、エアバッグに使われるレオナ、機能性下着などに使われるスパンデックスの四つです。事業を絞り込み、用途を見つけたことで利益が伸びました。その結果、繊維事業の営業利益率は10%です。四つの製品とも元気な事業で、どこから増設しようかと悩むぐらいです。

 

── 電池用セパレーター事業も好調ですね。

小堀 セパレーターは世界トップのシェアを持ちます。当社は膜技術に強く、人工腎臓用の中空糸膜や水のろ過用膜も製造しています。その膜技術をセパレーターで展開し、スマートフォン市場の成長に伴い、供給能力も増強してきました。この結果、スマホやパソコンなど民生用電池では、圧倒的なシェアを取りました。これからは、電気自動車(EV)などのエコカー電池向けに取り組みます。2018年以降に世界的な自動車燃費規制が強化されるため、エコカー需要が増えることが予想され、手応えを感じています。

 

── 足元では、住宅事業が不調に見えます。

小堀 住宅事業の16年4~12月期の営業利益は前年度比12%減少しました。15年の横浜のマンションのくい打ち問題では関係者の皆様にご迷惑をお掛けしました。問題発覚直後に宣伝広告を自粛したため、集合住宅の受注は落ち込みました。しかし、昨年4月に宣伝広告を復活したところ、昨秋以降に受注も持ち直しました。「へーベル」ブランドの毀損(きそん)はなかったと考えています。

 

 ◇今後は自動車へ注力

 

── 社長就任と共に開始した中期経営計画の進捗(しんちょく)は。

小堀 中計では25年度のあるべき姿を描き、16~18年を実現のベース作りとなる3カ年に位置づけています。経営指標では、18年度の売上高を2兆2000億円、営業利益を1800億円としています。スタート時は、円高や中国経済減速など厳しい局面が予想されました。しかし、予想より円安方向に恵まれた。また、見立てが厳しかったからこそ、各事業部門が踏ん張り、販売数量増やコスト削減に取り組みました。この結果、1年目としては順調に進捗しています。

 

── 中計では、組織再編にも言及しています。狙いは。

小堀 当社での多角的な事業、多様な人材を結合して、新たな成長を遂げようと掲げています。たとえば、昨年4月、オートモーティブ事業推進室を発足させました。当社の自動車関連製品は、部品用プラスチック、タイヤ用ゴム、人工皮革をはじめとした成長の見込める製品が多くあります。従来、これらの製品を扱う部署は独立して顧客に接していました。しかし、今後はこれらの部門から社員を推進室に集めて、部門横断的にマーケティング戦略を立てていこうという狙いです。

 

── なぜ、自動車に注目するのですか。

小堀 自動車は、安全性、快適性、省エネの向上が求められており、今後も車体・内装とも変化が予想されます。それはビジネスチャンスを意味します。また、需要も安定しています。

 

── 事業領域が広い企業トップとして、気を付けている点は。

小堀 自分の事業さえ成績が良ければいいという人間の集まりでは、グループの総合力は発揮できません。個別事業にとって最適な戦略ではなく、全体にとって最適な戦略を取るという考えを組織内で共有しなければなりません。そのためには事業部門間のコミュニケーションが重要です。コミュニケーションも含めて、私は三つの「C」を大切にするよう社内に伝えています。

 

── 三つの「C」とは。

小堀 まずは法令順守(コンプライアンス)です。くい打ち問題でも厳しく問われました。次にコミュニケーション、そして挑戦(チャレンジ)です。挑戦とは、無理な目標をやみくもに掲げることではなく、変化へのチャレンジを意味します。これこそが旭化成の価値と言えます。

(構成=種市房子・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

A 化学部門から新規事業の半導体部門へ異動になりました。専門知識を高め、事業を軌道に乗せるためにもがき苦しみましたが、変化への対応の仕方を学びました。

 

Q 「私を変えた本」は

A 会社の先輩から薦められたデール・カーネギー『人を動かす』。人を冷静に見ることを学び、その後ビジネス書を読むきっかけにもなりました。

 

Q 休日の過ごし方

A 気分転換と体力維持を兼ねてのジョギングです。

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 ■人物略歴

 ◇こぼり・ひでき

 1955年生まれ。石川県出身。同県立金沢二水高校、神戸大学経営学部卒業後、78年旭化成工業(現旭化成)入社。電子部品部材などを扱うエレクトロニクス部門を主に歩み、2014年、代表取締役専務執行役員。16年4月から現職。62歳。

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事業内容:総合化学メーカー

本社所在地:東京都千代田区

設立:1931年5月21日

資本金:1033億円

従業員数:3万2821人(連結、2016年3月現在)

業績(16年3月期・連結)

 売上高:1兆9409億円

 営業利益:1652億円

2017年

4月

04日

経営者:編集長インタビュー 森川桂造 コスモエネルギーホールディングス社長

◇上流・下流のバランスで競争力強化

 

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

 石油元売り業界の再編が進む中、2月21日にキグナス石油(東京都中央区)の株式2割を取得する資本業務提携契約の締結を発表した。2020年ごろからキグナスの給油所約500カ所にガソリンなどを供給する。

 

2017年

3月

28日

経営者:編集長インタビュー 楠雄治 楽天証券社長

◇iDeCo(イデコ)とラップ口座を投資の入り口に

 

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── どのような顧客層が多いですか。

楠 口座数は220万を突破しています。そのうち数万人がデイトレーダー(ほぼ毎日取引する利用者)で、大半は週に数回などたまに取引をする層です。預かり資産は4兆円を超え、国内インターネット専業の証券会社のなかでは2位です。

 

── 楽天証券の強みは。

楠 当社の利益基盤となっているデイトレーダー向けだけでなく、積み立てなど長期的に資産構築したい人向けも含め、ほぼ全ての顧客層にサービスを提供していることです。

 最近は、スマートフォン向けアプリで取引する利用者が増えています。FX(外国為替証拠金取引)では約71%、先物・オプション取引では約60%、日本株は約41%にまで上昇しています。FXのスマホ率が高いのは、比較的若い人が多く、株式の取引は年齢層が少し高いためです。

 

 ネット証券業界は、楽天証券の他、業界1位のSBI証券、松井証券、カブドットコム証券、マネックス証券が主要5社だ。業界2位の楽天証券は、1999年創業のDLJディレクトSFG証券が前身。その後、楽天が2003年に子会社化。04年に名称を楽天証券に変えた。

 

── 楽天市場や楽天トラベルなどの「楽天会員」をどう生かしますか。

楠 楽天証券の口座数は現在220万ある一方で、楽天会員は1億1000万人を超えています。例えば、節税効果も高い個人年金である個人型確定拠出年金「iDeCo(イデコ)」は、投資を積極的に行っていない一般層の開拓に役立つと考えています。60歳まで毎月5000~2万3000円まで(会社員の場合)積み立てられる制度なので、特に30代、40代を中心に働きかけていきます。

 また、16年7月に、おまかせの資産運用サービス(ラップ口座)「楽ラップ」を始めています。投資金額は10万円からで手数料は年間1%未満、利用者数はすでに1万人を超えています。楽ラップの特徴は、世界最大級の運用助言機関の米マーサー社のサービスを使っている点です。アルゴリズム(機械)で運用せず、世の中の動きを見ながら先読みをして投資判断をしています。例えば、トランプ大統領誕生後、債券にウエートを置いていた一般的なラップ口座サービスは悪影響を受けましたが、楽ラップは株式にウエートを置いていたため好影響を受けました。

 

── 楽天銀行との連携は。

楠 楽天グループの各サービスのお客様にも新規の口座開設を呼びかけていますが、楽天銀行から流れてくる人が一番多いです。楽天銀行は現在、577万の口座、約1・8兆円の預金残高を持っています。銀行と証券の口座をシームレス(つなぎ目なし)に連携することで、銀行口座に入金すれば、そのまま投資資金になるような口座間の連携サービスを提供しています。

 例えば、楽天証券はATMカードを発行していません。ただ、楽天銀行の口座を持つ人がコンビニで楽天銀行の口座におカネを入れれば、投資で必要な時にこれを使えるようにするサービスも提供しています。反対に、楽天証券の口座に現金ができれば、そのまま自動的に楽天銀行に移動できるサービスもあります。

 

── その他の利用者開拓は。

楠 約600人の独立系ファイナンシャルアドバイザー(IFA)と契約しています。当社と契約するIFAには元証券営業マンも多く、中には自分の顧客を抱えている人もいます。彼らには当社のサービスを紹介してもらうので、私どもの販売代理店のような位置付けです。

 IFA経由で獲得した口座数は1万6000まで伸び、その預かり資産は2000億円を超えました。彼らは独立系なので、所属する証券会社の都合で営業しないことが差別化要因です。

 

 ◇香港とマレーシアへ

 

── 「フィンテック(金融と技術の融合)」分野の取り組みは。

楠 楽天グループとしては、フィンテック技術を持つ欧米企業などに対して15年11月から100億円規模の投資をしているところです。私もこのファンドの投資判断をする委員なので、フィンテックの最新情報は入ってきます。楽天証券のサービスをいかに充実させるか、競争力のあるものにするか、便利にするかを念頭に、自社で開発できるものはするし、ベンチャー企業などから取り込むこともしていきます。

 フィンテックを実際に活用することも意識しています。16年8月には、分散型台帳を実現する画期的な技術として注目される「ブロックチェーン」を使った本人確認システムを、ソラミツ(東京・港区)というベンチャー企業と共同開発を開始しました。高いセキュリティーのシステムを構築していきます。

 

── 海外戦略はどうですか。

楠 FXでは香港と豪州シドニーに拠点を置いています。香港が中国本土の顧客の窓口となり、豪州で口座を開設するためです。豪州ではレバレッジ(少ない資金でも大きな取引ができる仕組み)の規制がないため、例えば、100倍とか200倍のレバレッジも可能です。これで中国市場の開拓を狙います。

 また、マレーシアにも進出します。現地の証券大手ケナンガと、5対5の出資比率でネット証券会社「楽天トレード」を作りました。この合弁会社を作るために、政府との交渉など2年かかりました。まもなくサービスを開始します。

(構成=谷口健・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

A 31歳で米国に留学し、帰国後はコンサルティング会社に入りました。36歳で前身のネット証券立ち上げに参画しました。

 

Q 「私を変えた本」は

A もともとはシステムエンジニアでしたので、チャールズ・ワイズマンの『戦略的情報システム』には影響を受けました。

 

Q 休日の過ごし方

A 海外出張も多いですが、フィットネスクラブで汗を流したり、月に1回はゴルフもします。

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 ■人物略歴

 ◇くすのき・ゆうじ

 広島市立基町高校、広島大学卒業。1996年、米国でMBA取得後、ATカーニー入社。99年、DLJディレクトSFG証券(現・楽天証券)入社。2006年4月に楽天証券COO、同年10月に社長就任。54歳。

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事業内容:インターネット専業の証券会社

本社所在地:東京都世田谷区

設立:1999年3月

資本金:75億円

従業員数:340人(2016年9月)

業績(16年3月期)

 売上高:550億円

 営業利益:246億円

2017年

3月

21日

経営者:編集長インタビュー 江尻義久 ハニーズホールディングス社長

◇「価値あるものを安く」日中両国で婦人服店展開

 

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── どんな会社ですか。

江尻 カジュアル着からお出かけ着まで婦人服を10~50代の幅広い層を対象に展開しています。製造から小売りまで一貫して手がける「製造小売り(SPA)」と呼ぶ手法を用いていますので、トレンドを素早く捉え、顧客のニーズにタイムリーに応えることができる点が強みです。

 

── 3月1日に持ち株会社制に移行しました。

江尻 国内市場の縮小が見込まれ、価格競争が激しくなるなど将来の不確実性が高まっています。また当社の事業分野も広がりました。

 そこで、持ち株会社の傘下にそれぞれの事業に特化した子会社を置くことで、各子会社が担当事業に専念できるようにしました。グループ全体の経営効率化が狙いです。

 

── 足元の販売状況は。

江尻 衣服に対する消費者の優先順位が下がり、アパレル業界全体が苦戦しています。その逆風の下でも、当社は16年4月から17年2月まで11カ月連続で顧客数が増えました。

 ネットを通じた販売も好調です。すでに展開するアマゾンのほか、スタートトゥデイが運営するファッション通販サイト「ゾゾタウン」でも3月から展開を始めました。ただ、ネット通販の売り上げの伸びは大きいものの、当社の売上高全体の2~3%にすぎません。業界では一般的に、ネット通販の割合は7%程度と言われますので、まだまだです。

 

 ハニーズの2017年第2四半期(16年6~11月)の売上高は前年同期比7・6%減の269億6200万円だった一方、当期純利益は同15・4%増の4億円だった。

 

── 1978年に前身の有限会社エジリを設立したきっかけは。

江尻 もともと家業の帽子専門店がいずれ立ち行かなくなると考え、より需要の見込める婦人服を手がけることに決めました。

 当初は80年代に全盛だった「DCブランド」の一つ、「ハニーハウス」のフランチャイズチェーン店として、仙台市などいわき市外に展開先を広げていきました。おしゃれと評判でしたが少々値段が高かったため、思うように売れない時期もありました。品ぞろえを徐々に広げるなどした結果、販売も軌道に乗り、92年には設立時に掲げた「設立15年後に100店舗」を達成しました。

 

── 順調ですね。

江尻 ところが翌93年にバブル崩壊の影響に襲われました。個人消費が伸び悩み、当社の売れ行きも落ちました。そこで展開先を広げ、商品価格を下げると同時に、従来の駅前中心から郊外店に重点を移しました。93~2000年の7年で当時130店のうち主に駅前店など110店を閉店する一方、郊外を中心に120店を開店したほどです。

 

── 商品価格をどう引き下げたのですか。

江尻 98年に一大ブームになった1900円で買えるユニクロのフリースを見て、生産体制を中国にシフトすることに決めました。本格的に生産を始めたのは01年からです。

 中国は生産だけでなく、市場の大きさも魅力です。そこで06年に上海に1号店をオープンしました。

 ただ、中国店はいまだに収益モデルを確立できていません。足元では日本と同様、郊外型店舗への移行期にあります。加えて、不動産価格が高騰し、店舗運営コストが高どまりしています。今17年5月期は50店を出店すると同時に、不採算店舗を70店撤退する予定です。中国の直営店舗は16年11月末時点で461店です。様子見の状態です。

 生産面でも、人件費が当初の2倍超の1人当たり月額7万円に上がりました。中国から日本への輸入には関税も10%上乗せされます。そこで東南アジア諸国連合(ASEAN)の比重を徐々に高めています。

 

 ◇進出決断の日

 

── ASEANの生産体制は。

江尻 ミャンマーで12年に現地子会社を設立し、工場を稼働しました。すでに二つの工場を運営し、計約4000人が勤務しています。生産量は年600万着に上りますが、日本の販売量の2割程度にすぎません。

 ASEANではこのほか、バングラデシュやベトナム、インドネシアなど現地企業への委託生産も行っており、生産量が当社全体の生産量の3分の2を占めるまでになりました。

 

── ミャンマーの民政移管は11年3月でしたから、早い段階での進出ですね。

江尻 実は、ミャンマーの工業団地側と工場設置の調印を交わした翌日の11年3月11日に東日本大震災が起きました。現地側からも社内からも進出の見送りムードが高まりましたが、進出に必要な2億5000万円の送金をすぐに決めました。震災によって当社の物流機能も止まり、生活物資が不足するなど、大変でした。しかし、ミャンマー進出は5年、10年の長期的な視点に立って決めたこと。実行するべきだと決断しました。

 

── 決断は正しかったですか。

江尻 生産体制の構築には時間がかかりましたが、現在は1着当たりの平均販売価格が日本国内で生地の生産や縫製を行っていた80年代当時の約4900円から、約1400円まで下がりました。にもかかわらず、当時に比べ顧客数が増えましたので、粗利率は58%に上ります。当社は「価値あるものを安く」がモットーです。強さを再び取り戻すための準備がようやく整ったと思っています。

(構成=池田正史・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

A 20代に遊んだ分、30代は一心不乱に仕事をしました。休んだのは元日だけ、ということもあるほど仕事一筋でした。

 

Q 「私を変えた本」は

A 『商業経営の精神と技術』をはじめ、流通専門誌『商業界』が主催する故・渥美俊一先生の勉強会で読んだ本が今でも血肉になっています。「利益は顧客のためにある」という言葉が印象に残っています。

 

Q 休日の過ごし方

A 土曜日はゴルフ、日曜日は囲碁をして過ごします。ゴルフはシングルで、囲碁は5段です。

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 ■人物略歴

 ◇えじり・よしひさ

 1946年生まれ。福島県出身。福島県立磐城高校卒業。69年早稲田大学卒業後、家業のエジリ帽子店入社。78年に有限会社エジリ(現・ハニーズホールディングス)を設立し、専務に就任。86年のハニーズへの社名変更と同時に現職。70歳。

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事業内容:衣料・服飾雑貨事業

本社所在地:福島県いわき市

設立:1978年6月1日

資本金:35億6600万円

従業員数:連結7103人(2016年11月末現在)

業績(16年5月期・連結)

 売上高:582億2500万円

 営業利益:28億2100万円

2017年

3月

14日

経営者:編集長インタビュー 新芝宏之 岡三証券グループ社長

◇「対面」「ネット」「地域」で強い証券会社に

 

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 会社の強みは。

新芝 2023年に創業100周年を迎える「伝統」と、ネット証券で創業10年の岡三オンライン証券という「革新」的な部分を併せ持っていることです。岡三証券グループは、対面販売を行う証券会社としては国内大手5社に次いで6番目、ネット証券としても7番目の規模です。対面とネットの両方で上位に名を連ねているのは、当社だけです。

 

── 市場環境をどう見ますか。

新芝 現在は「インセキュア」、つまり非常に不安定な時代に入っています。各国で格差が問題になり、資本主義の存在意義も問われています。背景にはデジタルプラットフォームなどIT(情報技術)の進展によるグローバリゼーションの大きな波があるでしょう。つまり、企業や個人が国を超えて活動する時代になり、これまで経験したことのない変化が起きているのです。

 そうした不安定で先の読めない時代なので、社員には「投資アドバイスのプロになれ」と言っています。

 

 持ち株会社の岡三証券グループの下に、対面販売とコンサルティングビジネスの中核企業の岡三証券、ネット専業の岡三オンライン証券のほか、岡三にいがた証券、三晃証券、三縁証券などの地域証券、海外拠点の岡三国際、資産運用に特化した岡三アセットマネジメントなど10社を擁する。さらに業務資本提携先の証券ジャパン、丸国証券も合わせた多角的なビジネス展開は、日本の証券業界の中でも独自の存在だ。

 

── 4月から新しい中期経営計画が始まります。

新芝 持ち株会社の岡三証券グループとしては、より長期的な目標として、グループ全体でROE(株主資本利益率)10%を安定的に達成できる体制を目指します。

 また、現在のグループ全体の顧客口座数は68万口座、預かり資産は4・5兆円ですが、創業100周年に向けて23年4月までに「100万口座」「預かり資産10兆円」を目標に掲げています。ただ、数字を追うのではなく、あくまで顧客本位の結果として数字を達成することが理想です。「目的」と「手段」を逆転させないよう、社員に心がけさせています。

 

── 今年、岡三オンライン証券を子会社化した狙いは。

新芝 ネット証券は1990年末ごろに各社がいっせいに創業したのに対し、2006年創業の岡三オンライン証券は最も後発の方でした。しかしながらプロの個人投資家に評価され、売買高でネット証券の上位に食い込みました。半面、一般消費者をうまくとりこめず、規模感が出ないことが課題でした。裾野を広げるためには、資金的・人的に経営資源を投入した経営強化が必要と判断し、この改革を進めるために完全子会社化しました。また、株取引をネットで行う人が年々増え続ける中、岡三証券グループが100年を超えて生き残るためには、ネット証券というパーツは不可欠になります。

 

 ◇iDeCoに期待

 

── 対面販売はどうですか。

新芝 対面にはネットにない強みがあります。ネット証券は本屋に例えればネット通販サイトのようなものです。欲しい商品はすぐに買える半面、派生商品や関連ジャンルの広がりを知ることに限界もあります。その点、対面は街の本屋さんのようなもので、欲しい商品以外も目に飛び込んできます。販売員が幅広く商品を説明してくれるので、自分に合った商品選びが可能です。中核の岡三証券や地域証券では、対面の強みを生かした販売を行っていきます。

 

── 個人型確定拠出年金(iDeCo)にも力を入れていますね。

新芝 対面証券では運営管理手数料を業界最安に設定しています。iDeCoは国が普及を後押ししており、優遇税制もあって加入者の増加が期待できます。ここでも対面販売が生きます。まだiDeCoを知らない顧客に、来店時に紹介すれば、「セレンディピティ」、つまり「予想外の発見」を与えることもできます。

 

── 海外戦略は。

新芝 香港に拠点を置く子会社の岡三国際のほか、海外の証券会社7社と提携しています。また、ロンドン、ニューヨーク、上海の3カ所にリサーチセンターも設けています。各拠点のネットワークにより海外マーケットの最新情報を随時収集します。

 

── 今後の経営戦略は。

新芝 「多様性」を重視した戦略を取っていきます。「バイオダイバーシティー(生物多様性)」という言葉があります。一本の木よりも林、林よりも森の方が生命力が強く自然に繁殖していきます。つまり、多様な形態を抱えていた方が強いのです。

 これは証券業界にも当てはまります。証券業務に加え資産運用や市場調査を行う会社があれば相乗効果が出ます。この点、当社グループでは、子会社の岡三アセットマネジメントに約170人の資産運用部隊がいます。岡三証券内には市場調査部隊のアナリスト約80人、商品設計部隊が約150人いて、傘下の地域証券会社が個別に対応できない業務を補っています。一方で各地域証券は、中央部隊の成果を、それぞれが特化している地域で生かします。

 これからの証券業界は中央集権と地方分権の両方の強みを生かすことが生き残りのカギになると見ています。そのためにも多様性を確保することが重要だと考えます。

(構成=大堀達也・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

A 米国への留学を終え、業界アナリストとして復帰しました。その後、経営改革プロジェクトに携わりました。1998年に当社の加藤精一元会長が日本証券業協会会長に就いた時、秘書として出向しました。山一証券破綻など激動の時代に業界全体を見る仕事ができたことが大きな経験になりました。

 

Q 「私を変えた本」は

A 「バリュー投資の父」ベンジャミン・グレアムとその弟子デビッド・ドッドの共著『証券分析』です。

 

Q 休日の過ごし方

A ジョギングを楽しんでいます。

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 ■人物略歴

 ◇しんしば・ひろゆき

 1958年生まれ。東京都立小松川高校、早稲田大学商学部卒業後、81年岡三証券グループ入社。98年日本証券業協会に出向し会長秘書。2001年取締役。常務執行役員、専務執行役員などを経て、14年4月社長就任。岡三オンライン証券会長も兼務。

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事業内容:証券ビジネスを中核とした投資・金融サービス業

本社所在地:東京都中央区

創業:1923年

資本金:185億8900万円(連結、2016年3月)

従業員数:3536人(連結、16年9月)

業績(16年3月期・連結)

 営業収益:829億2700万円

 経常利益:173億9600万円

2017年

3月

07日

経営者:編集長インタビュー 尾賀真城 サッポロホールディングス社長

◇もう一度、ビール回帰へ

 

 ◇Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 貴社の強みは。

尾賀 サッポロラガービールのラベルには、「JAPAN'S OLDEST BRAND(日本で一番歴史あるブランド)」とあります。作り方から追求し、原材料の麦やホップを独自に品種改良して作るなど、創業時からこだわりと責任を持ち続けています。

 2003年に持ち株会社体制となり、酒類、食品・飲料、外食、不動産の4本柱で事業を展開してきました。「黒ラベル」「エビス」や、老舗ビアホールを運営する「サッポロライオン」、グループで運営する商業施設「恵比寿ガーデンプレイス」(東京・渋谷)などがわれわれの財産です。

 

 1876年に政府の開拓使が北海道札幌市に前身である日本初のビール醸造所「開拓使麦酒醸造所」を設立した。そこで作られた「札幌ビール」が社名の由来だ。ビールのラベルに描かれている星マークは、北海道開拓使の記章でもある北極星を表す。

 

── 業績は。

尾賀 16年12月期の連結決算は、売上高が前期比1・5%増の5418億円、純利益が同55%増の94億円でした。17年12月期も増収増益の見通しです。苦しい時代もありましたが、いろいろとやってきた成果が表れつつあると思います。祖業のビールは、黒ラベルやエビスなどの販売が伸びています。ここ2年ほど、ビールに焦点を当ててやってきたことが成果に結びつきました。

 新たに投資してチャレンジしてきた事業も少しずつ育っています。11年にポッカコーポレーション、16年にみそを製造・販売する宮坂醸造を買収しました。06年のカナダのスリーマンビール買収は一つの転機になりました。スリーマン社はこの10年で販売高1・5倍、営業利益2・8倍と順調に推移しています。

 また、焼酎や洋酒の分野に参入しました。ラムブランド「バカルディ」などを有するバカルディジャパンと提携することで、扱う洋酒の種類が増えました。お客様に総合的にお酒を提供することができるようになったことが大きいです。

 

── 業績寄与の不動産事業は。

尾賀 札幌、恵比寿、銀座など立地のよいところに賃貸オフィスや商業施設を保有しており、賃料収入など安定した収益が上げられる事業なので、きちんとやっていきたいです。

 

── そのほかの海外事業は。

尾賀 サッポロUSAの販売量も伸びています。米国ではサッポロがアジアのビールメーカーで最も売れています。アジアでは、べトナムに工場を作って5年が経過しました。需要が高い業務用ビールに注力し、黒字化することが一つの課題です。

 

── 力を入れている食の分野は。

尾賀 ポッカの代名詞でもあるレモンは飲料のフレーバーとして使われることが多いです。「レモンでできることはポッカが全部やる」ということを追求していきたいと思います。例えば、産地の違いがどう製品に表れるかなど、掘り下げることができていない部分もあると思います。

 

── M&A(合併・買収)戦略は。

尾賀 分野に限らず、互いに価値を高められる相手ならば、可能性はいろいろあります。これからの時代はあらゆる角度から事業を考えていかなければなりません。

 

 ◇支持される商品を

 

── ビールに回帰する理由は。

尾賀 発泡酒、新ジャンルを初めて作ったのはサッポロです。開発した1990年代半ばから00年代前半はデフレで、物の低価格化が進んでおり、なるべく手に取ってもらえるように、いろいろな商品を作りました。

 その結果、他社を含めて競争となり、本来われわれが持っているブランド価値が希薄になったと感じました。お客様が求めることを考えた時、もう一度、ビールだと思いました。

 

── 消費者のニーズをどう分析していますか。

尾賀 酒類が多様化する中で、お客様にとってビールの位置づけが変わってきました。30年前は「どこに行ってもビール」でしたが、今では乾杯後の2杯目からは他のお酒、多くても3杯は飲まないのが現状です。

 ですから、提供の仕方や商品開発を工夫する必要があります。例えば、ゆっくり嗜(たしな)むビールなど、2杯目に飲んでもらえるようなビールを開発しなければなりません。シーンに合わせた選択肢が増えるとビールの幅も広がっていくと思います。

 

── ビール系飲料で4位のシェアをどのように伸ばしていきますか。

尾賀 シェアを高めればすぐに利益に結びつくとは限りません。今よりも当然上を目指しますが、シェアはお客様に選ばれた結果だと思っています。現場が絶対に負けないという意識を持ち、お客様の嗜好(しこう)を捉えていかなければなりません。

 

── 今後の目標は。

尾賀 20年に売上高6400億円、営業利益340億円という目標を掲げています。営業利益は300億円を上回ったことがないので、達成すれば初となります。ビール、飲料、食品などでそれぞれ何をするか考え、数字につなげていきたいです。

 サッポログループは「個性輝くブランドカンパニー」を目指しています。各事業が輝き、ビール会社なので基本的に楽しい、味のある会社にしたいといった思いがあります。

 それにはどうしていけばよいか。例えば、プレミアムビールといえばエビスしかない、北海道に行ったら絶対に「サッポロクラシック」だというように、圧倒的に支持され、「いいね」と言ってもらえるものを作る会社にしていきたいと思います。

(構成=丸山仁見・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

A バブル絶頂期で池袋エリアを担当していました。毎日、深夜に帰宅するくらい営業に奔走していました。

 

Q 「私を変えた本」は

A 司馬遼太郎の『坂の上の雲』『竜馬がゆく』です。明治時代の群像劇をわくわくしながら読みました。

 

Q 休日の過ごし方

A 時間があれば妻と旅行に出かけています。

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 ■人物略歴

 ◇おが・まさき

 1958年生まれ。東京都出身。国学院久我山高校卒業。82年慶応義塾大学卒業後、サッポロビール(現サッポロホールディングス〈HD〉)入社。主に営業・マーケティング部門を歩む。2009年サッポロビール執行役員、13年同社社長、HD取締役兼グループ執行役員などを経て、17年1月HD社長に就任。58歳。

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事業内容:酒類、食品・飲料、外食、不動産

本社所在地:東京都渋谷区

設立:1949年9月1日(1876年9月創業)

資本金:538億8600万円

従業員数:連結7858人(2016年12月末現在)

業績(16年12月期・連結)

 売上高:5418億4700万円

 営業利益:202億6700万円

2017年

2月

28日

経営者:編集長インタビュー 丸山寿 日立化成社長

◇高機能材料ベースに1兆円企業へ

 

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 日立化成はどんな会社ですか。

丸山 1912年に日立製作所がモーター用の絶縁ワニス(電気の流れを遮る樹脂)を作ったのが当社の始まりで、62年に分離独立しました。一言で言えば、樹脂を混ぜたり、貼ったり、塗ったり、ひっぱったりして材料を作っている会社です。

 

── どんな製品がありますか。

丸山 例えば、当社が世界シェア約5割を持つ「ディスプレー用回路接続フィルム」という製品があります。絶縁性の樹脂の中に電気を通す粒が入ったセロハンテープのような材料で、スマートフォンで使われています。粒を通じて縦方向に電気を通し、横には逃がさない特性があるため、複数の電極を一括して取り付けることができます。

 そういった材料を、その時々の成長市場に提供してきました。現在の主力は半導体や液晶などの機能材料と、自動車部品や電池などの先端部品・システムで、利益率が高いのは前者、売り上げが安定しているのが後者です。

 

 日立化成は1月25日発表の第3四半期決算で通期の業績見通しを上方修正し、最終利益の見通しを従来の前年同期比9・1%減の350億円から、同2・6%増の395億円に引き上げた。2年連続の最高益更新が視野に入る。

 

 ◇電池が業績押し上げ

 

── 業績好調の原動力は。

丸山 スマホ向け材料と電池部門の成長、原価低減の推進です。中国のスマートフォン、中でも高級スマホ向けの利益率が高い材料の売り上げが順調に伸びています。

 

── 電池市場は。

丸山 電池事業は大きく二つ。一つはリチウムイオン電池用の負極材です。世界トップのシェアを持っています。リチウムイオン電池の需要拡大により調子がいいです。もう一つは自動車用と定置用の蓄電池です。

 

── 蓄電池はどう伸ばしますか。

丸山 業務用定置型蓄電池に強い新神戸電機を完全子会社化・吸収合併し、海外展開に強い台湾神戸電池を完全子会社化しました。この2社はもともと当社のグループ会社です。自主独立の方針で別会社として事業展開してきましたが、現在はニーズが多岐にわたり、事業展開のスピードも加速しています。一緒になり、総合力を発揮しようという方向にこの10年くらいで変わってきました。

 また2017年2月にイタリアの自動車部品メーカー、フィアム社から自動車・産業用の鉛蓄電池事業を買収しました。

 

── 半導体市場での取り組みは。

丸山 半導体製造の後工程でIC(集積回路)チップと回路基板を接着させる「ダイボンディングフィルム」で世界シェア4割を押さえています。半導体はIoT(モノのインターネット)の進展で需要がさらに伸びると期待しています。

 ただし、半導体の世界は非常に動きが速いです。これまでは当社が直接商品を納めるお客様の要望に素早く応えることを重視してきました。しかし、そのお客様が業界の負け組になれば、当社も一緒に沈みます。力を持っている企業を見極め、直接そこに聞きにいく。どんな機能を求めているのか、半導体部品メーカーなど直接のお客様だけでなくその先のお客様と一緒に考えていかなければ生き残れません。

 

── トランプ新大統領の誕生で世界経済の先行きは不透明感を増しています。

丸山 当社もメキシコに工場があるので、気にならないといえばウソになります。しかし、最終的にユーザーにとってどんな価値があるかを見逃さないことが大切です。

 当社は欧州に製造・開発の拠点がありませんでした。伊フィアム社の電池事業の買収は、悲願だった欧州進出の足がかりになるものです。フィアム社を橋頭堡(きょうとうほ)に、自動車や半導体材料につなげていきたいです。

 

 ◇営業利益率2桁へ

 

── 中期経営計画は。

丸山 25年度に売上高1兆円、営業利益率14%超の企業になるという将来像をまず描きました。そして18年度までの3年で営業利益率11%を目指します。野心的な数字ですが、材料技術を基盤に、付加価値の高い製品を持つ当社ならば、十分に達成できると考えています。

 ただし、戦い方は変えなければなりません。成長市場が少なくなる中ではシェアを取っていくしかありません。自前主義を捨てて、他社の技術を使う、M&A(合併・買収)で外部の力を取り込むなどのオープンイノベーションにも取り組んでいます。茨城県つくば市の「オープン・ラボ」という当社の施設に、半導体製造の後工程の機械をそろえ、お客様が材料を持ち寄り装置メーカーなどと一緒に試行錯誤する場として活用していただいています。

 

── 今後の注力分野は。

丸山 ライフサイエンス分野です。再生医療用細胞の開発・受託製造施設を横浜に新設します。米PCT社から導入した技術を使ってがん治療のための細胞培養の受託事業を18年度に始めます。早期に黒字化する見通しです。情報通信、環境・エネルギー、自動車に次ぐ四つ目の柱にするには10年かかると思いますが、やっていきます。

(構成=花谷美枝・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

A 法務部門にいました。私は契約書を書いていれば幸せな人間。要望を聞きながら契約書を作成するのは本当に面白いです。

 

Q 「私を変えた本」は

A ビジネスではクレイトン・クリステンセンの『イノベーションのジレンマ』。小説ならば北杜夫の『楡家の人びと』。

 

Q 休日の過ごし方

A 泳いで、走って、本を読んでいます。

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 ■人物略歴

 ◇まるやま・ひさし

 1961年生まれ。長野県立飯田高校、一橋大学法学部卒業後、83年日立化成入社。社長室広報・IR担当部長、自動車部品事業部副事業部長、執行役常務などを経て、2016年4月社長就任。55歳。

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事業内容:機能材料、先端部品・システムの製造販売

本社所在地:東京都千代田区

設立:1962年10月10日

資本金:155億円

従業員数:連結1万9117人、単体6209人(2016年3月現在)

業績(16年3月期・連結)

 売上高:5465億円

 営業利益:530億円

 

2017年

2月

21日

経営者:編集長インタビュー 宮下直人 総合車両製作所社長

◇ステンレス車両の先駆けとして進化させる

 

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 会社の成り立ちから教えてください。

宮下 当社は、2012年にJR東日本が東急車輛製造を買い取って設立し、14年JR東日本新津車両製作所の車両事業を経営統合、新津事業所(新潟県)としました。JR東日本は鉄道の国内需要が人口減少で縮小するなかグローバルな展開を目指し、車両製造を第4の柱に位置づけました。

 鉄道事業が背景にあるので、例えば海外に進出する時、メンテナンスや運行、駅ナカまでパッケージとして展開することができます。その意味で社名に「総合」とつけています。

 

 ◇車両のシステム端末化

 

── 強みは何ですか。

 

宮下 東急車輛は日本で初めてステンレス製車両を製造した会社です。約60年前に、当時の社長がブラジルでアメリカ製のステンレス車両をみて、「これだ」と製造を指示しました。ステンレスはさびないので清掃が楽になり、塗り替えも不要です。美観性にすぐれ、重さも今はアルミ車両並みになっています。JR東日本は通勤車両をステンレスに替えてきました。

 いま一番力を入れているのが、オールステンレスの通勤車両「サスティナ」です。ブランディングすると同時に共通プラットフォームにより製造コストを下げています。

 鉄道車両は顧客の鉄道会社のニーズに合わせてカスタマイズするため、少量生産でコストがかかります。一方で安さも求められ、収益が出にくいのがジレンマでした。ボディーの部品や電装品はこれまで顧客ごとにバラバラのため発注単位が小さかったのですが、どこまで共通して仕入れ規模を大きくできるか取り組んでいます。

 

── 鉄道会社傘下である利点は何ですか。

 

宮下 鉄道会社にとって保守のコストダウンは必須です。線路や架線の画像を走りながら撮る車両を開発しました。山手線に投入されているE235系です。車両のトラブルを把握して地上に送ることもできます。

 従来は例えば月に1度線路を点検し、限度値を超えていれば取り換えていましたが、日々撮影するビッグデータを分析すれば、取り換え頻度を下げることができます。

 鉄道車両はシステムの端末になりつつあります。地上の管理システムと車両との連携は、事業者とともに開発した方がかゆいところに手が届く機能になります。

 

 ◇輸出の勉強代

 

── この5年間のチャレンジは、何ですか。

 

宮下 東急車輛時代に赤字のため中断した新幹線の製造を再開しました。それが北陸新幹線E7系です。72両を納入しました。高速車両は技術力を維持するために必要です。採算はまだ厳しいですが、新幹線は社員にとって特有の求心力があります。

 輸出も円高で採算が見合わず04年に中断していましたが、再開しました。第1号が昨年8月に開業したタイの都市鉄道パープルラインです。海外向け「サスティナ」を63両納入しました。

 

── 輸出の手応えは。

 

宮下 途中で何度もくじけそうになりましたが、完成にこぎつけたことは自信につながりました。欧州基準に合わせるため、設計を何度もやり直しました。

 一番大変だったのは計5万ページに及ぶ文書作成です。設計思想から細かく書かなければなりません。日本流では何から何まで文書に書かなくても良い製品はできると考えます。設計費が通常の倍かかりました。高い勉強代を払いました。

 

── 高くついた勉強代をどう生かしますか。

 

宮下 いい案件を探しています。東南アジアが一番のマーケットでしょう。欧州も広いですから、大メーカーの手が回らないニッチな案件を狙います。

 ただし、日本のやり方を認知させていかなければなりません。欧州規格に合わせるのではなく、日本の規格を打ち出すべきです。

 

 ◇ハイブリッド世界一

 

── 技術面で新たな取り組みは、ありますか。

 

宮下 サスティナのハイブリッド車両ですね。海外で特に注目を浴びています。ディーゼル発電機と蓄電池を積んで非電化区間を走ります。ハイブリッド車両は環境に優しく、初期の設備投資や保守のコストが下がります。

 既に29両が営業運転しています。当社が世界で一番多くハイブリッド車両を作っているメーカーではないでしょうか。蓄電池を積み、架線のあるところではパンタグラフから電気をとるタイプの車両もあります。

 

── 今後の経営目標はどんなものですか。

 

宮下 13年に、10年後は売上高1000億円という目標を掲げました。16年3月期は430億円で目標はまだ高いところにあります。海外比率を4割まで高めていきます。

 社内の課題としては、製造や設計など部門の壁を越えて、一体感をどう作るかです。ただ、モノ作りは、自分たちの仕事が目に見える形となり、社員のプライドやモチベーションにつながるのがいいところですね。

(構成=黒崎亜弓・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

A JR東日本で車両の故障や事故を担当していたら、「事故対応が得意だから」と広報に。非常に鍛えられました。上司には「軸足をJR内部ではなく、外に置け」と教えられました。JR以外の民鉄がお客様である今に生きています。

 

Q 「私を変えた本」は

A 『失敗学のすすめ』(畑村洋太郎著)です。日本人はメンツを守るために失敗を水に流そうとするので同じ轍(てつ)を踏みがちです。失敗を分析し、繰り返さないことが大事だと教えてくれました。

 

Q 休日の過ごし方

A ゴルフですね。

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 ■人物略歴

 ◇みやした・なおと

 東京都出身。都立西高校卒業、東京大学大学院機械工学専攻修了。1979年国鉄入社。JR東日本安全対策部長、常務取締役を経て、2012年4月より現職。63歳。

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事業内容:鉄道車両製造

本社所在地:横浜市金沢区

設立:2012年4月

資本金:31億円

従業員数:1112人(2016年4月現在)

業績(2016年3月期)

 売上高:430億円

 営業利益:マイナス11.9億円

2017年

2月

14日

経営者:編集長インタビュー 辻庸介 マネーフォワード社長

◇家計と企業のおカネをダイエット

 

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 金融とIT(情報技術)の融合である「フィンテック」を使ったベンチャー企業として注目されています。現在の事業は。

辻 主に二つあります。一つは、個人がスマートフォンで使う自動家計簿・資産管理アプリ「マネーフォワード」で、登録ユーザー数は1月に450万人を超えました。

 もう一つが、中小企業や個人事業主向けの「MFクラウド」で、会計や確定申告、経費などをインターネット上で管理するサービスです。この利用者数は、50万ユーザー(法人や個人事業主)を突破しています。

 

 

── 家計簿アプリの強みは。

辻 約2600社の金融機関やクレジットカード会社の情報と連携して、「電気代」や「交際費」など自動でデータを仕分けし、家計の見える化をします。レシートなどをスマホのカメラで撮って、支出内容を自動認識する機能もあります。家計簿を自動で作れるので、支出しすぎている項目や、1年前と比べて資産がどう推移したかなどを楽に確認できるようになります。

 このアプリを使って、月1万1000円以上の収益改善(節約)効果があったという調査もあります。体重を毎日記録するダイエット法「レコーディングダイエット」にも似ていて、おカネを意識することで、おカネの使い方が変わってきます。

 

── どこで収益化しますか。

辻 家計簿アプリでは、三つあります。一つ目が有料版です。月額500円払うと、1年以上前のデータを見られたり、11件以上の口座と連携したりできます。月間平均2万円以上の収支改善につながったというアンケート結果も出ています。

 二つ目は広告モデルで、アプリ内に出る広告を主に金融機関から出していただいています。三つ目は、「マネフォワード・フォー・○○銀行」という形で、銀行と連携した家計簿アプリを提供し、提携企業から利用料をいただいています。今は、住信SBIネット銀行、静岡銀行など8行と提携しています。

 

── 法人向けの「MFクラウド」の料金体系は。

辻 例えば、会計事務所や中小企業、個人事業主など向けに提供する会計サービスは、月額1980円からです。個人事業主向けの確定申告サービスは月額800円、経費サービスは、従業員1人当たり月額500円というようなイメージです。

 

── 最終的に目指す姿は。

辻 おカネのモヤモヤを取っ払って、おカネについて悩まない世界を追求したいです。今は使ったおカネの把握を自動化するところまでは来たので、将来は、投資や保険、子供の養育資金をどうするかなど、現状把握から将来のおカネに関するサービスへと発展させていきたいです。

 

 ◇ロボアドや融資にも

 

 設立は2012年5月。辻社長がソニーやマネックス証券時代に働いた元同僚や友人6人が集まった。いずれも「金融とITが好きなメンバー」(辻社長)。今は、ジャフコやマネックスベンチャーズなど企業の出資を集め、社員数は230人まで拡大している。

 

── 起業当時から家計簿アプリを出していたのですか。

辻 いえ、当初は構想だけで、アプリを出したのは設立から半年後の12年12月です。ビジネスモデルも考えずに始めましたが、13年7月に有料版を開始したところ、契約者が出てきて「このサービスは将来性がありそうだ」となりました。そして、13年11月には、法人向けの「MFクラウド」を開始し、キャッシュフローが出てきたのが15年ごろからです。

 

── 家計簿アプリはなぜ成功したのでしょうか。

辻 よく働いたこともあると思います(笑)。それは半分冗談ですが、当時はスマホが普及するなかで、スマホに特化した家計簿サービスはありませんでした。それと、成功させる“必殺技”はなくて、利用者の話をひたすら聞いて、新機能や使い勝手などすぐに対応しました。

 それが口コミで広がり、アプリ配信サイトでのレビュー(評価)が良くなりました。14~16年まで3年連続でグーグルの「グーグルプレイ・ベストアプリ」にも選ばれ、ユーザー数もまた増えていきました。開発陣を社内で抱えているので、開発スピードはかなり速いと思います。

 

── 銀行などの口座情報をスマホのアプリに出すことが心配な利用者もいます。

辻 当社の信頼の要はセキュリティーです。金融機関出身者が経営陣に多いので、お預かりしたデータは暗号化して厳重に保管して、金融機関並みのセキュリティーをしています。許諾なしに外部に出すことはありえない。そういうことをすると、我々のサービスが終わってしまいます。当社は行動指針を作っていて、「利用者視点」「技術主導」「公平」の三つを掲げています。

 

── 今後の展開は。

辻 当社は15年12月に、投資を自動で指南するロボットアドバイザー(ロボアド)を展開する「お金のデザイン」(東京都港区)に出資しました。資産運用などでどう連携するかも考えています。

 また、融資の新しい与信モデルも構築しています。すでに、法人や個人事業主向けの融資審査をGMOペイメントゲートウェイと始めています。今は9行と話しており、融資でも新しいおカネの流れを作っていきたいです。そして、海外にもアジア諸国から積極的に展開していきます。

(構成=谷口健・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

A 2009~11年に米国へ留学しましたが、英語が苦手だったのでかなり苦労しました。帰国後、36歳で起業しました。

 

Q 「私を変えた本」は

A インテル元CEOのアンドリュー・グローブさんの『HIGH OUTPUT MANAGEMENT』。柳井正さんの『経営者になるためのノート』。あとは、藤田田さんの本も好きです。

 

Q 休日の過ごし方

A 休みが取れる日は、テニスをしたり、本を読んだり、子供と遊んだりしています。

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 ■人物略歴

 ◇つじ・ようすけ

 1976年大阪府生まれ。甲陽学院高校(兵庫県)卒、京都大学農学部卒。2011年米ペンシルベニア大学ウォートン校MBA修了。ソニー、マネックス証券を経て、12年マネーフォワード設立。40歳。

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事業内容:家計簿アプリ、会計ソフトなどのITサービス運営

本社所在地:東京都港区

設立:2012年5月

資本金:22億9000万円

累計資金調達額:約48億円

従業員数:230人

 

業績 売上高:非公開