経営者:編集長インタビュー

2018年

6月

26日

二輪の戦略転換で過去最高益 日高祥博=ヤマハ発動機社長

Interviewer 藤枝 克治(本誌編集長)

 

── バイクとモーターボートの会社というイメージです。


 日高 売上高ベースで一番大きいのは二輪事業で1兆円強、小型船舶用エンジンを中心としたマリン事業が3000億円超です。ただし、産業用ロボットや電動アシスト自転車などそれ以外の事業でも約3000億円の売り上げがあり、2017年12月期の全体の売上高は約1兆6700億円でした。

── 足元の業績は好調ですね。


 日高 17年12月期は営業利益が1497億円と過去最高を更新しました。特に二輪事業の利益率が伸びたことが寄与しました。


── 理由は。


 日高 二輪の売り上げは、東南アジアを中心とした新興国が約8000億円、日本や欧米などの先進国が2500億円です。新興国の中でも、インドネシア、ベトナム、タイ、フィリピンの4カ国で5600億円超に上り、収益の柱です。約5年前に東南アジアでの戦略を思い切って変えた結果、自動二輪全体の営業利益率がかつては5%だったのが、9%近くに向上しました。


── 戦略の転換とは。


 日高 複数モデルで車体を共有化したことです。東南アジアなどの新興国を中心に、エンジンやフレームの数を絞り込んで共通化しました。その上で、外装は各国の好みを取り込んで車種を増やし、他社とは異なるデザインも投入しました。一つのエンジンで何車種も製造でき、部品調達でもスケールメリットが出ました。
── 市場のニーズに対応したと。


 日高 東南アジアは、かつては「他の人と同じ車種を買っておけばよい」という雰囲気でした。しかし、現在は、収入が伸びて消費行動が変わり、人とは違う個性的なデザインを求めるようになっています。当社は、このような顧客を得意とします。少し高いけれどエレガントなバイクづくりを意識しているからです。


── 国内市場は。


 日高 1980年代の国内販売300万台という時代から縮小の一途で、10分の1近くになりましたが、原付きバイクを除いてほぼ下げ止まりました。車検が不要の250CCクラスに、これまでは大型二輪にしか採用しないようなスポーツモデルを投入しました。こうした活性化の努力で購入者が戻ってきています。

 

  ◇船舶エンジンは高収益

 

── マリン事業は。


 日高 プレジャーボートや釣り船、漁船用のエンジンユニットを製造しています。ユニットには、床下に設置する船内機と、船の後端に付ける船外機の2種類があります。世界的に見ればプレジャーボートの保有台数は大きく増えていませんが、船外機の需要が伸びており、しかも1基当たりの馬力を大きくする傾向にあります。また、1隻に設置する船外機の数自体も増えており「4基掛け」という船も出てきています。当社は、馬力のある大型船外機に強みを持ちます。プレジャーボートの主力市場である北米・欧州で、当社は150馬力以上の大型船外機で45%のトップシェアを有しています。トップメーカーゆえ高い信頼を得ており、営業利益率は20%に近い水準で推移しています。


── なぜ船外機の需要が伸びているのですか。


 日高 船外機だとボートの室内空間を広く取れるし、外に付いているので維持管理も楽だからです。さらに、購入コストでも船内機より低く済みます。


── その他事業にはどんなものがありますか。


 日高 産業用機械・産業ロボは利益率が20%超です。まず、電子回路などの所定位置に高速でチップを埋め込む「表面実装機」を製造しています。表面実装機は半導体やスマートフォン需要に支えられ、中国からの注文が大きく伸びています。産業ロボでは、直線的な動きをする直交ロボットや、水平方向の動きを得意とするスカラ型(水平多関節)などを製造しています。バイクやエンジンを作る過程で、自前でロボット製造やラインの自動化に取り組んだのが源流です。産業機械を専門とするメーカーとは異なる視点のアイデアが詰まっています。


── ヤマハ独自のアイデアとは。


 日高 画像を認識するイメージセンサーを自社製造していることです。ロボやラインの作業スピードを上げようとすると、画像認識の能力を上げなければなりません。当社の技術者は10年以上前から「イメージセンサーを内製化しないと、結局は技術の肝を他社に握られるのではないか」と気付いていたのです。


── 電動アシスト自転車も手がけていますね。


 日高 電動アシスト自転車は、当社が世界で初めて開発し、94年に発売しました。モードやギアを変えるコントローラー、動力を補助するモーター、バッテリーを自社製造して、ユニットとして販売しています。当社は、こぐ力を違和感なく伝えるモーター制御を得意としています。


── 開発のきっかけは。


 日高 80年代後半に原付きにヘルメット着用が義務づけられたことです。原付きの需要減が懸念される中、社内で「何か代替できる乗り物はないか」と検討した結果、アイデアが出たのです。しかし、商品にして世に出すまでには、警察当局との話し合いもありました。ある程度のスピードに達したら電動アシストをしない、人の力1に対して1しかアシストをしない、といった制御の固まりのような技術を盛り込みました。市場のニーズを取り込み、作り込んでいく顧客対応力は、当社の強みです。


 (構成=種市房子・編集部)

 

  ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか


A 前半はフランス駐在、後半は二輪事業の企画でした。通貨危機に見舞われて、アジア市場で二輪が売れなくなり、立て直し策を懸命に考えました。当時の上層部が現場のアイデアを聞いてくれた経験は、今、社長として「若い人の提案は受けよう」という心がけにつながっています。


Q 休日の過ごし方


A 下手ですがゴルフです。誘われると断れません。
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 ■人物略歴
  ◇ひだか・よしひろ
 1963年生まれ、愛知県出身。名古屋市立桜台高校、名古屋大学法学部卒業後、87年、ヤマハ発動機入社。主に二輪事業畑を歩み、2014年執行役員、17年1月、企画・財務本部長。17年3月、取締役、上席執行役員。18年1月から現職。54歳。
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事業内容:二輪、小型船舶エンジンなど
本社所在地:静岡県磐田市
 設立:1955年7月
 資本金:857億円
 従業員数:5万3579人(2017年12月末現在、連結)
 業績(17年12月期、連結)
  売上高:1兆6700億円
  営業利益:1497億円

2018年

6月

19日

リアル店舗の強みを磨く 高柳浩二=ユニー・ファミリーマートホールディングス社長

 Interviewer 藤枝 克治(本誌編集長)

 

── 4月に伊藤忠商事が子会社化することを発表しました。


 高柳 伊藤忠グループの中核企業として位置づけられたのは光栄なことです。私の知る限り、社内でネガティブに受け止めている人はいません。私自身も、伊藤忠を使い倒そうという気持ちは変わりません。


── 伊藤忠商事の鈴木善久社長は、ネット通販がコンビニの競合になると指摘していました。


 高柳 米アマゾンが既存事業者に多大な影響をもたらす「アマゾン・エフェクト」は侮れませんが、若干、過剰反応に思えます。日本のeコマース(電子商取引)のシェアは、成長しても流通市場の3割程度が限界で、7割はリアル店舗が握るとの予測もあります。ネットの弱みはリアル店舗を持たないこと。だから買収を検討するわけで、リアル店舗の流通業は自信を持ったほうがいい。コンビニは店舗と消費者の間に残された最後の距離を埋める「ラストワンマイル」の窓口としてとても有効です。

 ◇コンビニでもドンキと協力

 

── ファミリーマートはサークルKサンクスとの店舗統合により、店舗数が業界2位に浮上しました。


 高柳 この1年はサークルKサンクスとの統合に力を注いできました。ファミマに転換した店舗の売り上げは前年比110%になるなど、すでに効果は出ています。不採算店舗の整理なども併せて進め、11月末には店舗統合を終わらせ、商品力やオペレーション、店舗基盤などの面で質の良い約1万7000店舗の体制が整います。統合のシナジーが最も顕著なのは物流、そして商品です。仕入れの見直しなども進めており、100億円規模の効果が出ています。


── 一方、1店舗の1日当たり平均売上高(日販)では3番手です。


 高柳 ブランド統合が終わるこの下期からは言い訳なしで店舗の中身に手を入れる改革を進め、本格的にセブンイレブンやローソンを追いかけます。売り上げを伸ばす上で力を入れるのは中食(なかしょく)、そして日用雑貨など非食品の分野です。日用雑貨は、食品とは異なりプライベートブランドが少ない分野で、提携するドンキホーテホールディングス(HD)とのシナジーを模索していきます。商品やポップの見せ方など売り場の作り方でドンキの知見に期待しています。


── 傘下のユニーが取り組む、ディスカウントストア大手ドンキホーテHDと共同出店する「MEGA(メガ)ドン・キホーテUNY(ユニー)」の反応は。


 高柳 小売業はネット通販との戦いの前に、リアル店舗間の戦いという課題があります。ユニーのGMS(総合スーパー)「アピタ」「ピアゴ」の場合、リアルでの競合相手はディスカウントショップで、ドン・キホーテとの共同出店は、いわば競合自体を取り込んでしまう試みです。6店舗が開店から3カ月程度を迎え、お客の数・売り上げともに前年比2倍超で思った以上の出だしです。


── 共同店舗の内容は「ほぼドンキ」との声もあります。


 高柳 ユニーが苦労してきた2階、3階はドンキ色が強いかもしれませんが、ユニーの得意分野の生鮮食品売り場は既存のドンキとはまったく別の売り場です。ただ、食品でも学ぶべき部分はあります。共同店舗に「ギガ盛弁当」という一つのプレートに2人分の弁当を収めた商品があります。お客からすれば、2人分買うよりもコストを抑えられますし、遊び心もある。ユニーは真面目すぎるなと思うところはあります。

 

  ◇伊藤忠を使い倒す

 

── セブンイレブンに続きローソンも銀行業の免許取得に動いています。ファミリーマートの金融分野での展開が注目されています。


 高柳 金融は伊藤忠を使い倒すという点で最も有効な分野です。キャッシュレス決済、ポイント、電子マネーなど、既存のサービスとどう整理するかを含めた方向性を年内に決める予定です。


  ただ、キャッシュレスの時代になればATMを使うお客は減っていくので、現金を中心に扱う銀行業はあまり考えていません。むしろ、関心があるのは電子マネーをどう使うかです。


── 人手不足にどう対応しますか。


 高柳 スタッフの業務軽減の問題を一遍に解決するのは難しいので、「ちりも積もれば山となる」方式で対応しています。例えば、ファミリーマートでは、届いた商品の数などを確認する検品作業に各店舗平均1日当たり2時間かけています。しかし、検品で見つかるロスは数十円程度。割に合いません。これを店舗に出す前の出荷時点で行う体制に切り替えます。また新しい什器(じゅうき)の導入や掃除の仕方の見直し、一部店舗へのセルフレジの導入など細かな工夫を寄せ集めて何時間分の作業を削減できるかを研究しています。


── リアル店舗の強みをどう生かしますか。


 高柳 お客を呼ぶための対策をいろいろと打っています。そのひとつがトイレです。コンビニのトイレは意外ときれいでしょう? 立ち寄ったついでに買い物する人が多いので、トイレの維持にものすごいエネルギーを費やしています。民泊仲介大手の米エアビーアンドビー(Airbnb)との業務提携も、鍵の受け渡しを通じて来店機会を増やす狙いがあります。コンビニは「よろず便利屋」であるべきで、お客を呼んだものが勝ちます。


 (構成=花谷美枝・編集部)

 

  ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか


A 伊藤忠商事で石油の相場を担当していました。当時は1バレル=10ドルから80ドルまで動いた時代。よく負けていました。


Q 「私を変えた本」は


A 遠藤周作の『沈黙』や阿川弘之の海軍大将シリーズの『井上成美』が好きです。


Q 休日の過ごし方


A ゴルフと日曜大工。床の張り替え程度は朝飯前です。
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 ■人物略歴
  ◇たかやなぎ・こうじ
 1951年生まれ。静岡県立浜松北高校、早稲田大学理工学部卒業。75年、伊藤忠商事入社。原重油部長、生活資材・化学品カンパニープレジデント、取締役副社長執行役員食料カンパニープレジデント、ユニー取締役を経て2017年5月から現職。66歳。
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事業内容:総合小売り事業、コンビニエンスストア事業等の持ち株会社
 本社所在地:東京都豊島区
 設立:1981年9月
 資本金:166億円5900万円
 従業員数:1万7777人(2018年2月末現在)
 業績(18年2月期、連結)

2018年

6月

12日

成長の原動力はIoTや自動運転 谷本秀夫=京セラ社長

Interviewer 藤枝克治(本誌編集長)

 

── 2018年3月期決算は売上高が過去最高を更新し、好調でした。


 谷本 主力の部品事業が市場環境に恵まれ、好運でした。半導体製造装置の需要が増加し、産業・自動車用部品分野では世界市場で過去最高の約6兆円の出荷額となりました。


── 需要増にどう対応しますか。


 谷本 積極的に増産投資を行っています。鹿児島・国分工場の新棟は18年10月に稼働予定で、滋賀・八日市工場の増設も進めている。米国でもワシントン工場、ノースカロライナ工場で増設に取り組みました。売上高で前年比20%以上の成長の継続を目指します。

 

── 半導体関連分野も伸びていますね。


 谷本 IoT(モノのインターネット)関連の電子部品表面実装セラミックパッケージやイメージセンサー用のセラミックパッケージは受注が拡大しています。耐熱性、耐摩耗性、硬度に優れたセラミック化へのニーズが高まっているからです。スマートフォン向けなどは部品はますます小型化が必要となり、京セラのセラミックパッケージの技術に対する引き合いも増えています。20年度の鹿児島・川内工場の生産能力を17年度比で1・25倍にする計画です。


── 自動運転が実用化へ向けて進んでいて、部品需要も旺盛です。


 谷本 先進運転支援システム(ADAS)関連の衝突防止用部品が増加傾向にあります。車載レーダー用アンテナ基板は、回路とアンテナの一体成型技術と、直射日光や雪など過酷な条件下での耐久性など長期信頼性が評価されるなど高い競争力を持っています。すでに高シェアを実現していますが、20年度にはADAS関連の売上高を17年度比で約2倍に引き上げたい。


── IoT関連市場では、今後の成長をどう取り込みますか。


 谷本 (京セラが筆頭株主である)KDDIが低価格、低消費電力で広範囲をカバーする新たなIoT通信の提供を開始したほか、次世代移動通信の「5G」が本格的に立ち上がれば、新しいサービスの実現が加速します。農業では日照時間や温度、湿度などを計測し、植物の育成に最適な環境を管理したり、都市ガスが普及していない地域で家庭のプロパンガスの残量を計測したりと、さまざまな便利なサービスが立ち上がります。京セラのIoT関連部品は7種類のセンサーの搭載が可能で、今後、活躍する場面は増えていきます。
── ソーラー事業を軸とする生活・環境分野は苦戦していますね。


 谷本 ソーラー苦戦の理由は、中国勢が低価格攻勢でシェアを拡大していることと、太陽光発電のような再生可能エネルギーで発電した電気を、国が決めた価格で買い取るよう、電力会社に義務づけた「固定価格買い取り制度」が改正され、新規参入者向けの買い取り価格が引き下げられていることが背景にあります。しかし、国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)を受けて、政府が打ち出した「温室効果ガスを30年度に13年度比で26%削減する」という目標に向け、大手企業が本格的に動き出せば、需要が拡大するのは間違いありません。

 

  ◇M&Aに2500億円

 

── 具体的には、どのようなビジネスを展開するのですか。


 谷本 工場で使う電力を供給するためのメガソーラー事業を考えており、工場が再生可能エネルギー由来の電力を取引できる基盤の構築を目指しているデジタルグリッド(東京都千代田区)や電力会社、新電力などとの提携を検討し、今年度中にはメドを付けたい。こうした仕組みが出来上がれば、かなり大規模な事業になります。


  太陽光発電のモジュールのコスト競争では中国勢に負けているが、コストダウンを実現する工法の開発や、大型発電所の開発、保守運用に加え、電力取引の要となる専用装置の量産や普及などでビジネスチャンスは大きい。


── 21年3月期の売上高2兆円、税引き前利益3000億円を目標に掲げました。


 谷本 目標に到達するには売上高で5000億円の上積みが必要ですが、半分にあたる2500億円程度はM&A(企業の合併・買収)で実現したい。最近2年間は、約1000億円ずつのM&Aを実施しており、このままのペースなら達成できると思います。既存の事業でも部品事業を中心にさらなる成長を期待している。売上高2兆円という数字は簡単ではありませんが、的外れだとも思っていません。


── コスト削減にも力を入れていますね。


 谷本 生産部門では、徹底した原価低減や生産性倍増への取り組みを加速します。17年9月に開設したAI(人工知能)ラボや、17年10月に開設したロボット活用センターは大きな効果が期待できます。製造コストの削減にAIを活用する試みは、私がファインセラミック事業本部長時代に始めました。IBMの協力でデータサイエンティストを置き、ある製品の特定の工程のデータを解析したところ、10年間変化がなかった歩留まり率が6%向上しました。AIを使って莫大(ばくだい)な変動要素を多元解析すると、人間の頭では気が付かなかった要素が、歩留まりの改善に効果があることが分かったのです。「これは使える」と確信しました。


  AIやロボットは、学習しながら精度を高めていきます。テクノロジーの活用で生産計画の精度向上も期待できます。
 (構成=小島清利・編集部)

 

  ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか


A セラミックの製造プロセスを大掛かりに変えるプロジェクトのリーダーをやっていました。苦労しましたが、製造時間の大幅な短縮を実現しました。


Q 「私を変えた本」は


A 影響を受けたのは創業者の稲盛和夫名誉会長の著書です。本から学んだ「利他の心」は、従業員や顧客を大切にする経営の実践に役立っています。


Q 休日の過ごし方


A 会社の仲間たちとゴルフを楽しみます。鹿児島での勤務が長かったので、その頃からゴルフは趣味です。音楽も好きで、ジャズを聴いて過ごします。
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 ■人物略歴
  ◇たにもと・ひでお
 1960年生まれ。長崎市出身。長崎県立長崎西高校、上智大学理工学部卒業。82年京都セラミック(現・京セラ)入社。2014年ファインセラミック事業本部長、15年執行役員、16年取締役を経て、17年4月から現職。58歳。
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事業内容:部品事業、機器・システム事業
 本社所在地:京都市
 設立:1959年4月
 資本金:1157億300万円
グループ従業員数:7万5940人(2018年3月末現在)
 業績(18年3月期、連結)
  売上高:1兆5770億円
  営業利益:955億円

2018年

6月

05日

独自の化学製品で世界と渡り合う 山本学 デンカ社長  

Interviewer 藤枝克治(本誌編集長)

 

 「電気炉により化学製品を製造する」が由来の「電気化学工業」から2015年に「デンカ」へと改称。カーバイド(炭化カルシウム)と石灰窒素肥料の製造を原点に、耐性に優れた合成ゴム「クロロプレンゴム」や電子部品材料、ワクチンなど製品は多岐にわたる。

 

── どんなものを作っていますか。


 山本 1915年に設立され、石灰窒素肥料の生産から始まった会社です。石灰窒素の製造を通じてカーバイドの技術を磨き、誘導品(化学反応により生まれる製品)の製造を始めました。カーバイドを水と反応させるとアセチレンができ、ここからさまざまな製品を作っています。


  一番代表的なのがクロロプレンゴムです。耐熱性や耐油性に優れ、産業機械の動力伝動ベルトなどに用いられる合成ゴムです。日本では当社が初めて製造し、世界シェアは40%でトップです。

◇自前の鉱山と電力

 

── 合成ゴムの強みは。


 山本 カーバイドの原料となる石灰石の鉱山と発電所を所有していることです。工場のある新潟県糸魚川市の近くに鉱山を持っており、資源量は豊富です。電力は自前の水力発電所から供給しています。水力発電所は15カ所あり、工場で使う電力の4割は水力でまかなっています。安価な原料とエネルギーの両方を有していることは大きな強みです。


── コスト競争力は高いですね。


 山本 確かに高いですが、競合他社は石油系のブタジエンからクロロプレンを製造しているので、ブタジエンの価格が下がると我々の競争力が落ちます。そこで2015年に三井物産と共同で米デュポンの米国内の工場を買収し、ブタジエンとカーバイドの両方の製造工程を持ちました。これによってブタジエンの価格によって、日米両工場の稼働率を調整する生産態勢になりました。


── もう一つの主力、電子部品材料はどんなものを作っていますか。


 山本 セラミックス系の材料を作っています。電気自動車(EV)向けに需要が非常に伸びており、収益源の一つになっています。


── 製造技術はどのようにして得たのですか。


 山本 セラミックスの開発には高温制御の技術が必要です。当社は石灰窒素肥料の製造でその技術を持っており、発展させて開発につなげました。代表的な製品は窒化ケイ素です。ファインセラミックスの一種で、耐熱性と強度に優れています。EV駆動用モーターを制御するパワーコントロールユニットの放熱用基板の材料で、伸びていく分野です。生産能力が不足しており、増強を図っています。


── 他に注力しているのは。


 山本 リチウムイオン電池に必須の導電材料、アセチレンブラックです。アセチレンの使用と自社の技術により純度の高い導電材料になります。世界で最も高純度なカーボンブラック(炭素の微粒子)で導電率に優れた製品で、非常に需要が拡大しており、今後も生産能力の増強を積極的に進めます。


── 今後、どのような経営計画を立てていますか。


 山本 5年間でスペシャリティー(独自技術・製品など)化の進展と生産性の向上、働き方の改革を目指します。海外での売上高は4割程度になっていますが、海外の巨大企業と互角に渡り合うにはスペシャリティー化しかありません。化学企業は為替や原料価格などの影響を受けやすく、変化に強い体質にしないと持続的な成長は難しい。常に新たなスペシャリティーを生み出す体制を作っていかなくてはなりません。


  スペシャリティーで営業利益の9割を稼ぐことを目指します。現在は電子部品材料などスペシャリティーが6割を占めており、十分に達成可能だと考えています。


── どのようにして生産性を拡大する方針ですか。


 山本 スペシャリティー事業を伸ばすには積極的な成長投資が必要で、場合によってはM&A(企業の合併・買収)も必要になります。戦略投資は5年間で750億円で、このうち600億円はスペシャリティー事業の成長に使う計画です。


── 具体的なM&Aの考え方は。


 山本 技術的な基盤が充実したり、事業価値の拡大につながったりするなら積極的に進めたい。高収益が期待できるヘルスケアや需要が伸びている電子部品材料の分野が中心だと思いますし、具体的に検討しているものもあります。


── ヘルスケアではどの分野に力を入れますか。


 山本 子会社のデンカ生研は国内の民間企業で唯一、インフルエンザのワクチンを製造・販売しています。また、15年にはドイツのアイコン社を買収しました。ワクチンは通常、鶏の卵で培養しますが、アイコン社は植物細胞を使ってこれまでより安価かつ安全にワクチンを作る製法に取り組んでいます。一方、がん治療の分野ではヘルペスウイルスの遺伝子を改良し、がん細胞だけを攻撃するウイルス製剤を作りました。悪性脳腫瘍など治験を進めています。


── 海外展開の方針は。


 山本 13年には5カ所だった海外の生産・研究開発拠点は、14カ所に増やしました。シンガポールはさらに強化し、アジアを中心に消費地の生産販売拠点の強化を進めます。海外売上高比率は5割程度まで持っていきたいと思います。


 (構成=米江貴史・編集部)

 

  ◇横顔

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか


A 電子材料の開発など新しい事業の担当や、ドイツ駐在などで視野が広がりました。好奇心が強く、外国人を相手に負けてたまるかという気持ちも強かったです。


Q 「私を変えた本」は


A 高校時代に読んだヘルマン・ヘッセ『荒野のおおかみ』です。世の中の大きな流れから少し離れたアウトサイダーでいることの意味や大切さを教えられました。


Q 休日の過ごし方


A 社長は脳が常に緊張状態にありますので、脳をリラックスさせることに集中しています。妻と買い物に出かけたり、料理を作ったりしています。
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 ■人物略歴
  ◇やまもと・まなぶ
 1956年生まれ。東京都出身。神奈川県立相模原高校、早稲田大学政治経済学部卒業。81年4月電気化学工業(現・デンカ)入社。執行役員電子材料事業本部電子材料事業部長、取締役兼専務執行役員経営企画室長などを経て2017年4月に社長就任。62歳。
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事業内容:合成ゴム、電子部品材料など化学製品の製造
 本社所在地:東京都中央区
 設立:1915年5月
 資本金:369億9800万円
 従業員数:5816人(2017年3月末、連結)
 業績(17年度、連結)
  売上高:3956億円
  営業利益:337億円

2018年

5月

29日

派手さはなくとも「お客様目線」貫きたい 川端克宜 アース製薬社長  

Interviewer 藤枝克治(本誌編集長)

 

── アース製薬と言えば、殺虫剤の会社というイメージがあります。


 川端 入社した24年前は殺虫剤の売り上げが8割から9割といっても過言ではありませんでした。今では単体で5割、グループでは3割程度です。

 

  ◇殺虫剤から「虫ケア」へ

 

 殺虫剤「アースジェット」やゴキブリ駆除の「ごきぶりホイホイ」で有名なアース製薬は2017年10月、殺虫剤の呼称を「虫ケア用品」と改めた。

 

── どうして呼び方を変えたのですか。


 川端 虫ケア用品の国内シェアはトップで約58%ですが、ハエやカは間違いなく減っています。カテゴリー全体を伸ばすために調査したところ、2割に近い人たちが殺虫剤という言葉の響きに抵抗を感じたり、体に悪いと思っていました。「殺す」という言葉が入っている言葉の響きや悪いイメージは拭いきれないようです。


  ただ抵抗を感じる2割の人たちに買ってもらえれば、市場が伸びる余地があります。思い切って呼び方を変えました。店舗にも協力をお願いして「虫ケアコーナー」に変えてもらっています。普及すれば業界にとってプラスとなるでしょう。

 

  グループの売り上げ構成(16年)は日用品が5割を占め、虫ケア用品が3割、総合環境衛生(食品工場などの衛生管理)が1割だ。

 

── 日用品の比率を高めた理由は。


 川端 虫ケア用品は、ハエやカが増える夏場の需要が多く、季節によって売り上げが偏ります。季節変動を減らすため、口腔ケア商品「モンダミン」や入浴剤「バスロマン」などの商品を開発しました。


── その中でも比率が高いのは。


 川端 モンダミンですね。日本初の商品です。発売当時(1987年)は口をすすぐ習慣がない時代でしたが、諦めずに続けていたら他社が付いてきました。


  これに続くのが入浴剤です。12年にバスクリンを買収したことが注力のきっかけです。同社はシェアがあるうえ、ノウハウもありました。さらに14年に買収した白元(現・白元アース)は錠剤型入浴剤の技術があり、新商品を共同開発しました。市場シェアは5割を超えています。


── 会社としての強みは。


 川端 営業力と商品開発力が2大看板です。営業は200人以上います。お客様が初めて商品を買うときには、いい場所に並んでいる商品を選びます。それがいい商品なら、次からは名指しで買ってもらえるかもしれません。最初にいい場所に並べてもらえるかは営業力が影響します。


  商品は毎年新たに100点出しています。新商品数にこだわった時期があり、そのDNAが流れています。商品が出せなくなると小売店やお客様の期待が下がってしまうので、数にはこだわりたい。新商品があると商談も求められやすくなります。

 

  掲げるのは「お客様目線」。その象徴がドラッグストアなどの店頭で陳列や販売促進をサポートする「EMAL」(エマール)と呼ばれる女性営業部隊だ。

 

── お客様目線に込めた思いは。


 川端 メーカーの社員も一歩外に出れば一消費者です。社員が買いたくない商品は絶対に売れない。派手さはないかもしれないけれど、関西弁で言う「これええやんか」と、ちょっとしたことでも支持されるのがお客様目線ではないかと思います。


  例えばモンダミンでは「キャップが開けにくい」という声があり、改良しました。ごきぶりホイホイはシートを凸凹にしたり、シートに引っかかりやすいように足ふきマットを付けたり、進化しています。完璧な商品を出したつもりでも、不満点は出てきます。お客様の不満があるなら変えようという姿勢を続けたいですね。


── 女性営業部隊のエマールはどうして生まれたのですか。


 川端 買う人の7割以上は女性です。なのに商品を並べるのは男です。そのことに前社長(大塚達也現会長)が気づき、12年前に導入しました。当時は画期的でした。


── どんな人たちですか。


 川端 主婦に限らず、店のある地元の女性を直接雇用しています。全国に約300人います。アピールしたい商品の良さをポップに書いて店に貼ろうというところから始まりました。「どのように売ればいいか」ということに専念し、売り上げへの影響は検証していますが、ノルマはありません。


── 効果は。


 川端 確実に上がっています。年数とともにお店の側から「エマール担当の店員を付けようか」という声も出てきました。


── 海外展開は。


 川端 私が14年に社長になってから本格的な強化を始めました。他社よりは遅いですが、非常に好調です。中国では、売り上げ1億元突破を1年前倒しで達成しました。中国は虫ケア用品の需要があり、まだまだ伸びます。東南アジアは年中夏で、虫ケア用品が年中商品になります。積極的に展開すべきだと思います。


── 将来的には海外の売上比率も上がる見込みでしょうか。


 川端 今の目標額は150億円ですが、将来的には海外売り上げを3割程度にまで上げたいですね。
 (構成=米江貴史・編集部)

 

  ◇横顔

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか


A 営業で走り回ったり、係長や支店長を経験しました。1分1秒でも多く人と会うことに力を入れていました。首位の商品を逆転したときは喜びひとしおでした。


Q 「私を変えた本」は


A 本はよく読みますが、ずっと読んでいるのは田辺昇一『人間の魅力』です。人と会ってとにかく行動せよ、という人間学のような本です。古本屋で見つけました。


Q 休日の過ごし方


A ゴルフに行くことが多いです。また街の空気を感じに歩くこともあります。ドラッグストアに入って、売れ筋の商品が好調な理由を発見することもあります。
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 ■人物略歴
  ◇かわばた・かつのり
 1971年生まれ。兵庫県立明石西高校、近畿大学商経学部卒業。94年にアース製薬入社、役員待遇営業本部大阪支店長、取締役ガーデニング戦略本部長などを経て2014年から現職。46歳。
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事業内容:医薬品、医薬部外品、医療用具、家庭用品などの製品販売・輸出入
 本社所在地:東京都千代田区
 設立:1925年8月
 資本金:34億3280万円
 従業員数:約4170人(連結)
 業績(2017年12月期、連結)
  売上高:1797億円
  営業利益:44億円

2018年

5月

22日

伝統を大切にしつつ挑戦  迫本淳一 松竹社長  

── 松竹の一番のイメージは「男はつらいよ」などを製作した映画会社です。製作のスタンスは。


 迫本 製作力を強化し、他には作れないものを作ることに基軸を置いています。最近では「8年越しの花嫁」がヒットしました。具体的にはオールファミリーで見られるような、温かい気持ちになれるようなものを作っていけたら、と考えています。

── それには何が大切ですか。


 迫本 人ですね。今のプロデューサーで中心となっているのは10年前に外部から入った人たちですが、基本的には自社で養成していきたい。


── 作品力を強化するための新たな仕組みを作ったのですか。


 迫本 脚本を強くしようと専門部門を作る予定ですが、ハリウッドなど外国の映画から学ぶべき点はまだまだあります。現在はマーケット分析をして「売れる」原作を取り上げ、企画段階から宣伝と一体となった戦略を考えるところまで来ています。さらにスケールが大きなものができる流れができればと思っています。


── 大きな企画を全て立てられるプロデューサーを育てると。


 迫本 いい人材が出てくるのを待つ態勢にはしたつもりです。あとはチャンスを与えて何度も挑戦させる。愚直ですがそれが基本だと思い、高い志を持ち続けたい。いきなり人が育つ特効薬はないと思います。


── そんなふうに考えるようになった転換点がありましたか。


 迫本 かつて映画会社は、映画館と契約を結んで年間を通じて番組を提供する「ブロックブッキング」というシステムがありました。このシステムは、安定的に番組を供給できますが、ヒットしない映画でも一定期間上映しなければならないデメリットもあった。このシステムがなくなり、ヒットしたものは上映期間を延長し、だめだったものは打ち切りできるようになりました。


── このシステム転換が、利益向上につながっているのですか。


 迫本 つながっていると思います。「ロード・オブ・ザ・リング」など買い付けた洋画が非常にヒットしましたし、その結果、映画館からの収入が好調でした。


── 自社製作のリスクは。


 迫本 製作は思った通りにいかなかったり、マーケットの状況が変わるリスクもあります。そのため安定的な収益基盤が必要となります。

 

  松竹の売上高は、映画などの映像部門が約6割を占める一方、歌舞伎を中心とした演劇部門が25%、不動産が10%を占める。歌舞伎は日本唯一の運営会社だ。

 

── 2013年に完成した歌舞伎座(東京・東銀座)やビルなど不動産を所有するのは、収益基盤確保のためですか。


 迫本 そうです。歌舞伎座の再開発では、テナントビルを作りました。過去に大船のシネマワールドなど不動産で失敗があり批判もありましたが、順調に進んでおり、コンテンツを作り続ける収益基盤ができています。


── 歌舞伎座の再開発は成功だったわけですね。


 迫本 昨期まで4期連続最高益を出せたのは再開発効果だと思います。

 

  ◇歌舞伎人気が拡大

 

── 歌舞伎の観客が増えたので

すか。


 迫本 増えました。京都の南座など他の劇場での公演も順調で、日本全体に現在の歌舞伎人気が及んだ結果という成功もあります。


── 成功の秘訣(ひけつ)は。


 迫本 先輩たちが努力して毎月歌舞伎が公演できるようにしました。また海外公演で日本への宣伝効果を狙ったり、襲名などのイベントも積極的に開いたりしました。


── 歌舞伎については、どんな取り組みを進めていますか。


 迫本 15年には漫画「ワンピース」を題材にしたスーパー歌舞伎を公演しました。原作者からお話があり、「ぜひ」と進めました。歌舞伎には子どもが喜べる要素はあったと思いますが、これほどはっきりと焦点が当たったことはなかった。原作の世界観も素晴らしく、歌舞伎の新しい側面を開いてくれました。子どものお客様が増えたことは涙が出るくらいうれしかった。小さいときに歌舞伎に触れた人はコアなファンになってくれます。


── 歌舞伎は世界でも注目されているようですね。


 迫本 3年前に米ラスベガスにあるベラージオの噴水で無料公演を行いました。10万人が押し寄せました。今の(松本)幸四郎君が演じ、パナソニックなどの最新技術と組み合わせて、噴水から飛び出すコイをつかんで投げる場面は拍手喝采でした。


── 松竹に入ったきっかけは。


 迫本 経営状態が良くないときに永山(武臣)会長から強い要請を受け、意気に感じて入りました。私の祖父(城戸四郎元社長)との関係もあったと思います。


── どんな会社にしたいですか。


 迫本 歌舞伎は大衆芸能が発祥で、400年続く芸術です。古典のエキスを薄めるべきではない。亡くなった中村勘三郎も「型があるから型破り」と言っていました。まずは(伝統という)型です。型なしになってはいけない。型を破っていく勢いがあるから、また良い型ができるといいます。


  耐震補強してリニューアルする南座でも、外国のお客様にも見てもらえるような、新たな取り組みを計画しています。いいものを大切にしながら挑戦する会社になりたいと思います。
 (構成=米江貴史・編集部)

 

  ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか


A 司法試験受験生でした。受かった自分しか頭にありませんでした。


Q 「感銘を受けた本」は


A 塩野七生さんの『ローマ人の物語』が好きです。帝国を率いるリーダーの悩みに比べると自分の悩みはたいしたことはない、と感じました。


Q 休日の過ごし方


A 家族と食事に出かけます。またジムにも通って水泳やウエートトレーニングをしています。
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 ■人物略歴
  ◇さこもと・じゅんいち
 1953年、東京都生まれ。慶応義塾高校(神奈川県)、慶応義塾大学経済学部、法学部卒業。不動産会社勤務を経て93年弁護士登録。98年松竹顧問に就任。副社長を経て2004年5月から現職。
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事業内容:映画の製作・配給、歌舞伎の制作・興行など
本社所在地:東京都中央区
 設立:1920年
 資本金:330億円
 従業員数:約540人(単体)
 業績(2018年2月期、連結)
  売上高:928億円
  営業利益:64億円

2018年

5月

15日

デジタル技術で新商品・サービス続々 西沢敬二 損害保険ジャパン日本興亜社長  

──少子高齢化やクルマ離れ、自動運転車の開発の進展などによって、主力の自動車保険市場も変化が予想されます。


西沢 当社の売上高にあたる正味収入保険料約2兆円のうち、約1兆円を自動車保険が占めています。将来的には、現在の半分に減ることを念頭に置いています。


 減少の予想される約5000億円分の売り上げから得られる収益を生み出すだけの事業を今から仕込んでおく必要があります。


 ただし、対応にあたっては時間軸も大事です。今やるべきことと、中長期的にやるべきことは分けて考える必要があります。例えば、完全な自動運転車が開発されて、交通事故がなくなるような世の中が実現するのはまだ先のことです。国内の自動車保有台数は約8000万台前後。自動運転車が開発され、販売台数が年500万台で推移したとしても、自動運転車に完全に入れ替わるには15、16年はかかります。

 

── 自動車保険では、昨年8月に国内で初めて「テレマティクス保険」と呼ぶ商品を発売しました。


西沢 安全に運転すると、保険料を最大20%割り引く商品です。スマホにダウンロードできる運転支援アプリ「ポータブルスマイリングロード」で運転手の運転状況を診断し、割引率を算出します。


── 運転のうまさで保険料が変わるのですね。


西沢 そうです。さらに個人向けには1月から、自動車保険の特約として、運転に不安のある高齢者らを対象に、ドライブレコーダーを使った運転支援・見守りサービス「ドライビング!」を展開しています。ドライブレコーダーには通信機能がついていて、事故発生時に家族などに自動的に通報します。綜合警備保障(ALSOK)と提携して事故現場に駆けつけるサービスもついています。

 

 高齢者の「運転寿命」を延ばしたり、事故対応を拡充したりすることで、差別化を図っています。


── 将来を見据えた取り組みは。


西沢 2016年4月に「デジタル戦略部」を設置しました。人工知能(AI)や、パソコンを使った単純作業を自動化するソフトウエア「ロボティック・プロセス・オートメーション(RPA)」で業務の効率化を図るだけでなく、主にデジタル技術を活用して次世代を見据えた新しいビジネスモデルを探っています。


 昨年10月には、デジタル戦略部で探求した技術を使って、ビジネスモデルを具体化するための「ビジネスデザイン戦略部」を設置しました。


 デジタル戦略部とビジネスデザイン戦略部は本社40階に設けた「SOMPOデジタルラボ」に同居し、席を決めずに自由に座れるフリーアドレス型のデスクや全面ガラス張りの会議室などを使っていつでも議論できる体制を取っています。どうです、保険会社には見えないオフィスでしょう。


── 具体的には、どんなビジネスモデルを考えていますか。


西沢 民泊仲介最大手の米エアビーアンドビーや、フリマアプリのメルカリ、駐車場運営大手のタイムズ24といった成長の期待される企業と連携し、それぞれの分野で特色のある保険商品やサービスを開発できないか、一緒に検討しています。


 将来的には、優れた商品やサービスを持つベンチャー企業や大企業の事業部門と組んで、保険ビジネスとシナジー効果のある周辺のサービス事業そのものにも進出したいです。

 

 ◇変化はチャンス

 

── 技術やビジネスが大きく変化しています。


西沢 産業構造の変化は、保険会社にとっても大きなチャンスです。


 そこで、昨年12月には「ビジネスクリエーション部」を新設しました。生命科学や再生医療、ロボティクスなど五つの分野で「世界初」の技術に着目。大学や研究機関などと一緒に、保険の枠組みにとらわれることなく、新たな事業ができないか研究を始めています。


 3月に提携協定を結んだ慶応大学先端生命科学研究所とは、安心や安全、健康領域について、社会的課題の解決につながる事業にチャレンジしたいと考えています。


── 社長に就任してから丸2年がたちました。就任後、どんな点に力を入れてきましたか。


西沢 就任後にはまず、本当に価値ある商品やサービスとは何かについて、トップの目線から改めて事業や経営を見直しました。変化の激しい時代を生き抜くためには、前例にとらわれないイノベーションが必要です。そのためには大きく変わる必要があります。


── どんな体制が必要ですか。


西沢 まずはシンプルに、顧客や、顧客のことを一番よく知っている現場の声を聞いて、損害保険会社として当たり前のことを正しくやっていく必要があります。そのためには、意思決定のスピードを上げるとともに、自由に物を言い合える風土が必要です。現場に権限を委譲する必要もあります。


── 成果は出ていますか。


西沢 ゼロベースで一つひとつの仕事の進め方や働き方を見直す「仕事の棚おろし」に取り組んだ結果、残業時間だけでも、すべての職種で2割程度減らすことができました。


 また、現場への権限委譲については、17年度末時点で本社が保険を引き受けるかどうかを判断していた年約14万件の契約のうち、今ではその半分にあたる約7万件の判断を現場の判断に任せています。
(構成=池田正史・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか


A 20~30代は営業現場と本社部門を交互に経験しました。集中力と粘り強さを強みに、目標に向かって必死に取り組んでいました。


Q 「私を変えた本」は


A 取り立てて1冊を、というと迷いますが、最近は米テスラ最高経営責任者のイーロン・マスク氏関連の本や記事に関心があります。


Q 休日の過ごし方


A 月に2、3回は取引先とのゴルフです。それ以外は読めずにいる本を読んでいます。
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 ■人物略歴
 ◇にしざわ・けいじ
 1958年生まれ。慶応義塾高校、慶応義塾大学経済学部卒業。80年に安田火災海上保険(現・損保ジャパン日本興亜)入社。2010年6月に損害保険ジャパン常務、13年4月に同専務などを経て16年4月に現職。東京都出身。60歳。
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事業内容:損害保険業
本社所在地:東京都新宿区
創業年月:1888年10月
資本金:700億円
従業員数:2万5822人(2017年4月1日現在)
業績(2017年3月期)
 正味収入保険料:2兆5503億円
 経常利益:2422億円

2018年

5月

08日

業界トップの規模はお客さまの信頼の証し 清水博 日本生命社長   

── 今年4月から保険料率を改定し、多くの商品で保険料を値下げしましたね。


清水 今回、11年ぶりに保険料算定の基準となる予定死亡率を引き下げました。この11年間の傾向とデータをしっかり分析し、確信を持って死亡率を引き下げたので、定期保険や終身保険など保障性商品の保険料を値下げしようと考えました。定期保険では最大20%程度、保険料を引き下げており、平均の値下げ幅は12%程度です。

── 年金保険など貯蓄性の商品や医療保険の保険料は?


清水 貯蓄性の商品に対しては、低金利の中で根強い貯蓄・資産形成ニーズがあります。昨年度に値上げしたこともあり、今回は料率改定の対象外とし、保険料を据え置きました。また、医療保険では治療費が増えがちなため、本来は保険料は値上げ傾向のところを、ほぼ横ばいとしました。配当の形でも死亡率が改善した効果を実感してほしいと考えており、加入した保険の種類や時期によって異なりますが、現在配当をお支払いしている人の約7割が増配となります。増配の規模としては約700万件、金額は約300億円となる予定です。

 

── 今年3月に発表したマスミューチュアル生命買収の狙いは?


清水 生命保険の販売は、営業職員の対面販売のほか代理店や銀行での窓販などへと広がっています。銀行窓販では日本生命と(2015年12月に子会社化した)三井生命で商品をそろえていますが、富裕層向けの、それも銀行窓販に強みを持つマスミューチュアル生命を加えることで、3社体制として銀行窓販市場をより強くすることができます。


── 資産運用会社のM&A(合併・買収)にも積極的ですね。


清水 昨年12月には米運用会社TCWグループへの出資を発表し、今年3月にはドイツの資産運用会社ドイチェ・アセット・マネジメント(DWS)の株式5%を取得しました。TCWは米国の債券運用に強く、DWSは幅広い運用手法を持っています。日本のお客さまには国内の低金利もあり、グローバルな運用によって運用利回りを向上させたい期待があります。TCW、DWSを活用して、お客さまに提供する商品のバリエーションを増やしたいですね。

 

 ◇営業職員をより強く

 

── ネットや保険ショップなどが広がる中でも、約5万人の営業職員はやはり営業の主軸ですか。


清水 ネットでの保険販売は今のところ頭打ちで、成長している保険ショップは対面営業なんです。やはり、営業職員による対面営業をより強くすることが最重要ですね。ネットや保険ショップに行くお客さまは、身近に(保険のことを)相談できる人がいません。昔は職場に出向いた営業職員が相談相手になっていました。最近はセキュリティーの関係で難しくなっていますが、法人営業のつながりを生かしてお昼休みに場所を借りるなどし、相談の機会を増やしています。


── 「インシュアテック」と呼ばれるように、保険分野でもAI(人工知能)などIT活用が進んでいます。


清水 そこは積極的に導入したいですね。すでに、営業職員が持つ情報携帯端末を一新し、基本的に申し込みをペーパーレスにしました。また、情報携帯端末の支援ソフトでは、年齢や家族構成などの情報を入力すると、それに合った商品を提案する簡単なAIを入れています。


── 商品開発への応用は?


清水 今年4月から生活習慣病になるリスクを重点的に保障する商品を発売しました。これに合わせて、糖尿病予備群の人向けに重症化を予防するプログラムの実証実験を、ヘルスケア関連の企業と組んで始めます。腕にパッチのようなものを付けて24時間、血糖値や血圧などの数値をモニタリングし、専門家からのアドバイスを受けられる仕組みです。この実証実験でどこまで数値が改善するのかを確かめ、実験の範囲を広げたうえで、いずれは本格的なサービスとして展開したいと思っています。


── 日本株を保有する機関投資家として生保各社が昨年、株主総会での議決権行使結果を個別開示しましたが、日本生命は開示しませんでした。


清水 我々は株式投資の際、投資先企業との対話を重視しており、議決権行使は対話の末の行動の一つにすぎません。長期にわたって投資する機関投資家として、議決権の行使結果を個別に開示することが、企業との対話を阻害する要因にならないかどうか。また、中長期的な企業価値の向上につながるのか、今後も状況を見ながら(開示を)判断していきます。


── 業界トップであることにこだわりを持っています。


清水 規模の大きさはお客さまからの信頼の証しだと思っています。生命保険会社として一番重要なのは、お客さまから引き受けたリスクを長期間にわたって保障すること。そのためには、自己資本や財務基盤を安定させ、強化しなければなりません。しかし、会社に対する信頼が得られていなければ、契約を得られず、収益を安定させることもできません。これからは、規模だけでなく社会貢献も含めた取り組み全体で、業界をリードしていく会社を目指していきたいですね。
(構成=桐山友一・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか


A 会社の中長期の収支予測や財務を預かる主計部というところに長くいました。残業の毎日でしたが、徹夜したある日の朝、ホテルで食べたエッグベネディクトの味が忘れられません。


Q 「私を変えた本」は


A 『人生で大切なたったひとつのこと』(ジョージ・ソーンダーズ著)です。人生を振り返って、人に優しくすることが欠けていたと書いてあり、私自身も本当にそう思いました。


Q 休日の過ごし方


A プールで定期的に泳いだり、掃除、洗濯など家事に没頭します。仕事をすっかり頭から離すことを心がけています。
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 ■人物略歴
 ◇しみず・ひろし
 1961年生まれ。徳島県出身。徳島県立城南高校、京都大学理学部卒業。83年日本生命入社。執行役員総合企画部長、取締役常務執行役員、取締役専務執行役員(資産運用部門統括、財務企画部担当)などを経て、2018年4月から現職。保険数理人(アクチュアリー)資格を持つ。57歳。
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事業内容:生命保険業
本店所在地:大阪市
設立年月:1889年7月4日
自己資本:5兆2951億円
従業員数:7万651人(2017年3月末現在、単体)
保険料等収入:5兆2360億円(16年度、連結)
基礎利益:6855億円(16年度、連結)

2018年

4月

24日

製造小売業から情報製造小売業へ 柳井正 ファーストリテイリング会長兼社長

Interviewer 藤枝克治(本誌編集長)

 

─ 現在の競合相手はどこか。


柳井 製造小売業(SPA)大手のZARA(ザラ)、H&M、ギャップに加えて、スポーツメーカーのナイキ、アディダス、それからネット通販のアマゾン、ゾゾタウンなどだ。業界の垣根がないシームレスな競争になっている。そもそも消費者がお金を出す財布は一緒だ。スマートフォンを買うか、服を買うか、または他の物を買うかという状況で、魅力ある商品を作ることが一番大事なことではないか。

 

── ユニクロならではの商品とは。


柳井 クラシック、ベーシックな服を、何年も着てほしいという思いで、お客様の期待を超える完成品を作っていきたい。


── ベーシックな服での競合はあるのか。


柳井 いや、ないですね。他社はもうかるという動機付けだろう。しかし、僕らは専門家としてベーシックな服を売っている。本当にいい商品を作ろうと思ったら、素材、縫製、企画、パターン、着心地、他の服とのコーディネート、これらの問題を全部解決しなければならない。そう簡単にできるわけではない。


── ユニクロ愛好者には「キャラクターものが増えており、ベーシックなものが減っている」という意見もある


柳井 僕もさっき社内で文句を言ったばかりだ。大きなキャラクターが入っている商品があったので「お客様の考えとは違う。こんなことに迎合して物を作るのはやめてほしい」と。世界中には、有名キャラクターが入った服があふれている。そんなのはうちで作る物ではない。

 

 ◇服はAIでなく人が選ぶ

 

── 昨年、東京・江東区に有明本部をオープンした。


柳井 従来は、企画と物流のオフィスは離れていた。昨年、物流倉庫も有する有明本部に、港区六本木からユニクロ事業部を1000人規模で移し、企画から物流、販売までの各部署の垣根を無くして意思疎通、情報のやりとりが円滑にいくようにした。物流面も、実店舗とネット販売の区別を無くしてシームレスに管理するようにした。


── ネット通販が増えれば実店舗販売に影響するのでは。


柳井 ネット通販と実店舗は共存しうる。米国でモールが衰退したのは、床面積の異常増加と店の同質化が大きな要因だ。ネット通販のせいにするのは経営者の言い訳だ。


── 有明本部の物流管理では発足当初混乱があったと聞く。


柳井 最初はうまくいかないのは当たり前だ。それは僕がいつも言っていることだ。全てすんなりいったらおもしろくない。原因は、自分たちでやるべきことを外部に全て丸投げしたことだ。だから問題が起きても、どこに問題があるのか分からなかった。今はだいぶ改善している。


── なぜそこまでして移転を。


柳井 製造小売業から「情報製造小売業」へ転換するためだ。今や消費者は、スマホで調べて得た情報を頼りにして自分の行動を決める。商品だけではなく、情報も同時に提供していかなければならない。製造販売に費やす労力よりも、情報発信・取得に費やす労力が重要になってくる。そういう状況に対応できる組織を作っていきたい。


── 発信する情報とは。


柳井 この服のこの着方ならばこういうふうにあなたの生活にプラスになります、ということだ。
── 人工知能(AI)が着こなしを提案するサービスも出現した。


柳井 それは僭越(せんえつ)だと僕は思う。やはり服はお客様に選んでもらうもので、僕らはその判断材料を情報として提供していく。


── 情報という点では、全身の寸法を細かく計測できるボディースーツも出現し、顧客の購買履歴と体形に合わせて、ファッションをオーダーメード方式で提案するサービスも登場した。


柳井 サイズを精密に測るのは重要だとは思う。しかし、消費者の好みがそれだけで分かるのか。やはり、僕らでいろいろな情報を集めて、編集して、ファッションについてこういうふうに考えていますと、判断材料を提供するのが大切だ。雑誌や映画を作るようなものだろう。


── 情報発信に対して、ビッグデータなど情報収集は。


柳井 購買履歴や買った人の性別や年齢も重要だが、当社の商品を買った方がどのように感じているのかが一番大事な情報だ。さらに言えば、当社の商品を買わない人の意見も重視している。


── ネット小売り大手のアマゾンや中国のアリババとの連携は。


柳井 アリババとは中国で提携しているが、他国ではその予定はない。アマゾンは、あらゆるものを独占しようとしている。利用されるだけの会社とは付き合えない。自分たちだけではなく、取引先や下請けなど全員が繁栄するビジネスモデルでないと永続的に成長できないのでは。


── かつて、店舗でのサービス残業が批判された。


柳井 批判は受け止める。批判されたようなことがあれば、ゼロにするような努力をしていかなければならない。無理をして仕事をしても続かない。社内では、サービス残業をしたら会社を潰す、と常々言っている。


── ただ、柳井社長にまで批判が届かないのでは。


柳井 おかしなことがあれば、直接抗議してほしい。僕はいい経営者でありたいし、いい従業員と仕事をしたい。批判的な意見を言う人も、良いコンサルタントだととらえたい。
(構成=種市房子・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか


A ビジネスマンというよりは、地方の零細自営業者として生き残ることに精いっぱいでした。


Q 「私を変えた本」は


A 松下幸之助さんと本田宗一郎さんの本はほとんど読みました。日本の真の意味でのアントレプレナー(起業家)である彼らに影響を受けました。


Q 休日の過ごし方


A ゴルフです。
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 ■人物略歴
 ◇やない・ただし
 1949年生まれ。県立宇部高校、早稲田大学政治経済学部卒業。71年、ジャスコ(現イオン)に就職。72年、父親が設立した小郡商事に就職。84年に「ユニクロ」ブランドを設立して社長に就任、91年、現社名に変更。2002年に会長に退いたが、05年に社長に復帰した。69歳。
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事業内容:服飾を中心とした製造小売業
本社所在地:山口県山口市
設立:1963年5月
資本金:102億円
社員数:4万4424人(2017年8月現在、連結)
業績(17年8月期、連結)
 売上高:1兆8619億円
 営業利益:1764億円

2018年

4月

17日

世界トップシェアになった黒鉛電極 森川宏平 昭和電工社長

Interviewer 金山隆一(本誌前編集長)

 

── 社長就任から1年あまりが過ぎた。環境の変化は。


森川 社長は、やりたいことができる究極のストレス・フリーな立場だ。就任して、何かが変わったという違和感を感じたことはない。もちろん、工場や事業所に行くと、「これだけ多くの社員が働く組織のトップだ」とプレッシャーに思うことはある。ただ、ストレスではない。


── 森川社長にとってストレスとは


森川 自分のやりたいことが何だか分からない、あるいは、自分がやりたいことがあるのにできない、という状態だ。私は30代前半がそうだった。


── その立場で1年目の業績を振り返ると?


森川 2017年12月期の連結営業利益は778億1800万円(前期比85%増)で過去最高を更新した。18年12月期業績予想は、これを更新する1100億円だ。


── 業績が伸びた理由は。


森川 一つは、全ての事業で稼げるようになったことだ。当社には、石油化学、化学品、アルミニウム、無機、エレクトロニクスの五つのセグメントがある。過去は、ハードディスク事業が属するエレクトロニクスに偏っていた。しかし、今は他の事業の収益基盤も分厚くなってきた。その結果、化学業界に追い風が吹いた時に、会社全体に好影響が及ぶようになった。


── 主な増益要因は。


森川 無機セグメントの黒鉛電極事業だ。黒鉛電極は、電炉でのスクラップ鉄の溶解に不可欠な素材だ。黒鉛電極の市況が好転したことや、中国の環境規制で電炉の稼働が進んでいることが増収要因となった。当社は長野県大町市などに製造拠点があるのに加え、同業の独SGL GE社を17年10月に約193億円で買収したことが貢献した。買収によって世界トップシェア(約3割)となった。


── なぜ、買収したのか。


森川 米国の製鋼業では既に6割が電炉を使っており、今後、日本でも中国でも増える。ただ、最大の問題は、一定期間で価格変動があることだ。価格変動の波を緩和するにはどうすればいいかを考えたら、世界トップメーカーになるのが一番効果的だという結論になった。黒鉛電極は、現在、当社の「個性派事業」のうちの一つだ。

 

 ◇「個性派事業」の3要素

 

── 個性派事業とは何か。


森川 成長の源となる事業のことだ。年間利益数十億円、利益率10%以上、市場変動が少ない、の3要素が必要だ。


── なぜその3要素なのか。


森川 化学品業界では、当社も他社も「高付加価値製品」「機能性化学品」など、いろいろな言い方をして、新たな収益源を探してきた。しかし、なかなか成功しない。自分たちの戦う領域をどんどん小さくしたからだ。領域を小さくしきったところで、その範囲ではトップだと言い張れる。居心地はいいだろうが、結果的にほんの少ししか利益が出ていなかった。全社の収益に貢献するには、ある程度の市場規模の中でシェアがあって(年間利益数十億円)、当社に見合った利益率で(利益率10%以上)、有望な市場であること(変動が少ないこと)、が必要だ。これを昭和電工なりに表したのが、3要素だ。


── 現在の個性派事業は。


森川 13の事業のうち3要素を満たすのは、黒鉛電極、電子材料用高純度ガス、ハードディスクの三つだ。ただ2025年には、全事業数の半数以上にすることを目指す。個性派事業候補には、アルミ缶やリチウムイオン電池材料などが含まれる。現場には「3要素全てを満たそうとせず、まずは一つの要素をクリアすることから始めればいい」と言っている。


── 人工知能(AI)やIoT(モノのネット化)の変革にはどう向き合うか。


森川 まず影響を受けるのは、サービス業、次にBtoC(消費者向けビジネス)で、我々のBtoB(法人向けビジネス)はしぶとく生き残る。データセンターの建設加速や電気自動車(EV)の普及によって、使われる半導体も増える。当社は半導体製造時の回路形成やクリーニングで使う(臭化水素などの)高純度ガスを製造している。半導体は微細化が進み、線を彫る距離が長くなっている。また、メモリー半導体では積層化(記憶容量を増やすために基板を重ねること)が進み、工程も増えている。すると、製造時に使われるガスも増える。当社の高純度ガスの売上高はここ数年、年15%成長を続けている。


── 他の事業で成長領域は。


森川 飲料用アルミ缶は14年から海外に出ており、海外事業だけ見ると年9%成長だ。アルミ缶はかさばり輸送費がかかるので、地産地消がいい。では、どこに生産拠点を置くかがポイントになる。当社は14年にベトナム北部の地元アルミメーカー「ハナキャン」社を買収して進出、さらに17年には中部に新工場の建設を決定した。ベトナム北部・中部はアルミ缶の文化が始まったばかりだった。そのさなか、当社のアルミ缶は、印刷が鮮明、プルトップが安易には取れないといった品質が、地元の飲料メーカーに評価された。ベトナムでの実績を見たタイの飲料メーカーからアルミ缶製造販売の合弁事業を持ちかけられ、バンコク近郊で今年10月に新工場が稼働予定だ。
(構成=種市房子/編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか


A 研究ばかりやっていた。やりたいことがあるのに、権限がなく何もできない。そんなことを繰り返してもんもんとしていた。


Q 「私を変えた本」は


A 『銃・病原菌・鉄』(ジャレド・ダイアモンド)。


Q 休日の過ごし方


A 頭の中の知識の整理。「なぜ外国企業は利益率20%が必要だと言うのか」という経営のことから、趣味の野球で「巨人はどうすれば強くなるのか」ということまで、疑問に思ったことを、その週に聞いた名言やニュースと関連づけてぼーっと考えている。すると、突然アイデアが降りてくることがある。
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 ■人物略歴
 ◇もりかわ・こうへい
 1957年、東京都生まれ。麻布高校、東京大学工学部卒。82年昭和電工入社。主に研究開発畑を歩み、2013年執行役員。16年常務執行役員、最高技術責任者(CTO)、17年1月から現職。同社では20年ぶりの技術系、研究開発畑としては初の社長。60歳。
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事業内容:総合化学
本社所在地:東京都港区
設立:1939年6月
資本金:1405億円
従業員数:1万864人(2017年12月現在、連結)
業績(17年12月期連結)
 売上高:7803億円
 営業利益:778億円
 

2018年

4月

10日

創業110周年、刃物製販に一貫 遠藤宏治 貝印グループ社長  

Interviewer  金山隆一(本誌編集長)

 

── 貝印の原点は


遠藤 創業の地は刃物の町で知られる岐阜県の関市。今年創業110周年を迎えます。祖父が遠藤刃物製作所を興しポケットナイフの製造を始めました。これまでカミソリ、包丁、爪切りなど刃物を生業にしてきました。少し年配の方だと「カミソリの会社」のイメージがあるかもしれません。銭湯の番台にあった弊社の「5円カミソリ」を記憶されているかもしれません。現在の生産数は、刃の枚数でいえば年間8億5000万枚ほどになります。


── 売り上げの内訳は。


遠藤 包丁を中心とした家庭用品が最も多く35%です。次いでカミソリが22%、爪切りなどの美粧用品21%となります。業務用の特殊刃物が15%、残りは医療用品のメスなどで7%ほど。弊社は「軽便カミソリ」などのディスポーザブル(使い捨て商品)が強く、とくに女性用は国内市場の43%を占めています。


── 刃物の製造工程は。


遠藤 まず、刃物の製造過程は大きく分けてプレス、焼き入れ(熱処理)、刃付けの三つがあります。カミソリの場合、その後に刃先の表面を処理する第4の工程が重要になります。お客様は深くしっかり剃(そ)れることと同時に、肌がカミソリ負けしないソフトな切れ味も求められます。この相反する要求にいかに応えるか。そのためには焼きがしっかりと入る材料を使わなければならないし、三つの工程を完璧にしないといいカミソリはできません。

 

 ◇77年にアメリカ進出

 

── 海外展開を決めた経緯は。


遠藤 自社で培った3工程であれば、海外メーカーとも戦っていける、素早い対応力を養っていけば海外のお客様にも受け入れられるだろうと思いました。(刃物製造発祥の)関市の企業は海外のOEM(相手先ブランドによる受託生産)を受けている会社も多かったですが、私たちは自社ブランド主体でやりたいと、1977年にアメリカに進出しました。79年にはポケットナイフのアメリカナンバーワンブランドのカーショーナイフを吸収合併しました。


── どのように広げていきましたか。


遠藤 海外の生産拠点を増やしたこと、現地の事情に従ったマーケティングをしてきたことが大きいです。カーショーナイフ以外に海外企業の買収はほとんどありません。自前でやっていくのが私たちのカルチャーです。私が社長に就いた89年の海外の売上比率は2割に満たなかったですが、今では国内と海外の売上比率は半々ぐらいになりました。現在、アメリカの現地法人は約90億円の売り上げがあります。


── 苦労があったのではないですか。


遠藤 いいえ、新しいことに取り組むことはとても楽しいですよ。お客様と話し合って物をつくる。それが実際に受け入れられて売り上げが上がる。私も頻繁に海外に行きました。非常に手応えが感じられて楽しかったです。


── 海外生産拠点の現状は。


遠藤 中国の上海と広東省にある工場はそれぞれ設立して20年になりました。うまく現地化できています。ベトナム工場は昨年に設立10年となり750人が働いています。インドは100人が働いていますが、まだ立ち上がりの段階です。


── これまで成長できた要因は。


遠藤 刃物の種類を多くそろえ国際化し、管理している企業は弊社以外にほとんどないことが強みです。(商品開発では)デザイン、ユニーク、パテント(特許)、ストーリーをキーワードにしています。累計650万丁販売している高級包丁シリーズ「旬(しゅん)」がその良い例です。このヒットで世界中のメーカーが同じような商品を安く出しましたが、「旬」が一つのブランドとして確立しているため、口幅ったい言い方ですが「旬」シリーズは強いです。

 

 ◇医療用メスにも注力

 

── これから注力していく分野は。


遠藤 力を入れているのは白内障や緑内障を治療するための眼科用メス。医療用のメスは用途も広く、治療方法の進化もあり医師からのニーズもあります。


 先端素材などの特殊な工業用部品や高級車の内装の皮シートを切る刃物などの需要もあり、裾野は広いです。我々のカミソリの刃付け技術をより進化させればますますチャンスも広がります。


── 技術蓄積や人材育成はどのように。


遠藤 社員のモチベーションアップのための社内認証規格として「匠(たくみ)マイスター制度」があり、今50人ほどが取得しています。他にも小売店の協力を得てインショップ形式の「kaiショップ」があります。お客様と直接対話して刃物の研ぎ方などを教えたりしています。現場で何が求められているのか情報を見られることも大きいです。


── 今後の目標は。


遠藤 昨年からインドで刃物の販売を始めました。大きなポテンシャルがあり軌道に乗せたい。(社内システムでは)欠品をなくしたり需要予測に役立てるため生産販売統合情報システムを2018年度内に整えたいです。また、私自身は(来年の)創業111年を大きな節目として考えています。今息子が常務に就いていますが、彼を中心に成長戦略をスタートさせます。


(構成=成相裕幸・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか


A 33歳で社長になりました。父からは「3年間はあせってやるな」と言われ、3年後に海外展開をより進めました。30、40代は海外を飛び回っていました。


Q 「私を変えた本」は


A 田坂広志氏の『人間を磨く』です。ここ5年間で一番影響を受けた本です。面接に来た就職活動生に差し上げています。


Q 休日の過ごし方


A ゴルフが好きです。また、ドラッグストアをのぞいたり実際の売り場を見ながらのお店巡りをします。
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 ■人物略歴


 ◇えんどう・こうじ


 1955年、岐阜県関市生まれ。県立岐阜高校、早稲田大学政治経済学部卒業。79年12月、米ロヨラ・メリーマウント大学大学院修了(MBA取得)。80年3月三和刃物(現貝印)入社。86年常務、89年副社長、89年9月から現職。62歳。
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事業内容:家庭・業務・医療用刃物の製造・販売


本社所在地:東京都千代田区


創業:1908年


資本金:4億5000万円(貝印株式会社)


従業員数:3341人(2017年3月期、連結)


業績(17年3月期、連結)


 売上高:465億円

2018年

4月

03日

組合員に必要とされる組織へ改革する 中家徹 全国農業協同組合中央会(JA全中)会長  

Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

── JAとはどんな組織ですか。


中家 農業者の協同組合です。農家が1人では成しえないことを、互いに協同して大きな力にしていこうとする組織です。


 JAの主人公は、1000万人の組合員と650の単位農協です。都道府県、全国段階で事業ごとの組織があります。保険のような共済事業、銀行と同じ信用(金融)事業、肥料農薬の購買や農産物販売の経済事業などです。グループ全体で23万人の職員がいます。グループを代表するのが全国農協中央会(全中)です。


── 政府の農協改革にはどう臨んでいますか。


中家 我々はあくまでも自主的な組織ですから、自己改革案を作成し、現在取り組んでいます。農業者の所得拡大と、農業生産の拡大、地域の活性化の三つが基本目標です。


── JA全中が改革を主導するのですか。


中家 具体的な改革は各地のJAが創意工夫しています。日本の農業はとても多様です。山間地、平場と地理的な違いがあり、コメ、酪農、野菜、果樹と作物も違います。その土地に合わせ、改革のメニューは650通り、単位農協の数だけあります。それぞれ組合員の皆さんの要望を聞きながら改革を進め、「JAは必要な組織だ」という評価をいただきたいと思っています。


── 具体例を教えてください。


中家 例えば、私の地元の和歌山では梅やみかんを生産していますが、JAがドライフルーツの工場を4月に立ち上げます。2級品、3級品を加工することで付加価値を高め、海外需要にも応えていくことで、農家の所得増大につなげます。


── 農家の手取りを増やすには、流通段階の中間マージンを省けばいいのではないでしょうか。


中家 確かに農産物の小売りの末端価格と出荷価格との差は大きい。JAでも直売所やネット販売に力を入れています。ただ、すべて直売にするのは不可能です。中間流通を省けば、決済はじめリスクも負います。


 出荷段階におけるJAの役割は、生産物を均質化し、消費者の皆さんに安全・安心なものを提供することです。みかんならば、選果場でセンサーにより、大きさだけでなく、糖度まで測ります。私の地元では残留農薬の検査も行っています。検査を行うには設備投資が必要です。


── 強い農業に向けて、どう手を打っていきますか。


中家 高付加価値化や輸出はもちろん大事です。ただ、どういう農業が「強い農業」なのでしょうか。大規模であれば強いのでしょうか。


 日本の農業は規模が小さく労働集約的で、その代わり品質のいいものを生産しています。大規模化も大事ですが、大半を占める家族経営が維持継続できる農業を実現しなければなりません。


 農業者の所得増大と同時に、地域を維持することにも取り組まなければなりません。農村をどう守っていくかが我々の使命です。

 

 ◇地域のインフラとして

 

── 農協改革では、農業振興に専念する方向性が示されています。


中家 JAグループは総合農協として、金融、共済、経済、生活を支えるサービスとさまざまな事業を行うことでトータルに組合員対応ができています。世界的にも協同組合の理想的な形として評価が高い総合農協であることを堅持していきます。


── 農業者以外の准組合員の利用規制が検討課題となっています。


中家 私の地元のJAは、山奥の過疎地に移動スーパーの車を走らせています。利用者は農業をリタイアした准組合員が多いです。民間ガソリンスタンドが撤退した後、行政と連携して引き継いで運営しています。


 地域には准組合員が多く、利用規制が入ると、地域のインフラとしての機能を果たせなくなります。


── 金融事業は、世界的な運用環境の悪化で厳しくなるのでは。


中家 我々の組織は、単位農協が集めた預金を金融事業の全国組織である農林中央金庫が運用して還元するという大きな形があります。金融事業が利ザヤをとれないのは本当に厳しい。経済事業の収支改善をはじめ、組織の効率化や合併などさまざまなことを考えなければなりません。


── この冬は野菜が値上がりしました。


中家 天候不順で野菜の価格が高騰するのは、生産基盤が脆弱(ぜいじゃく)になっているからです。農業者の平均年齢は67歳と高齢化し、担い手不足です。これ以上、農業を弱くしてはいけないと思います。人間が生きていくうえで一番大事な食の基ですから。


 いま日本の食料自給率は38%(カロリーベース)と先進国で最低です。世界的に人口増と異常気象で食糧不足が来ると言われています。その時、お金を出せば農産物を調達できる時代がいつまでも保証できるのか。いったん遊休化した農地を元に戻すのはものすごく大変です。どこかで歯止めを掛けなければ日本の食が危ういとの思いがあります。消費者に少々高くても国産の農産物を買うことにご理解いただくため、現状を発信する必要があります。


── 持続可能な農業に向け、JAとしてはどう取り組みますか。


中家 農業者の手取りを1円でも増やすため、いかにコストを下げ販売力を高めるか。農産物の販路拡大や輸出に取り組んでいきます。国内にはまだ潜在需要があると思います。


 農協改革の期限(19年5月)まで、この1年が正念場です。組合員にもう一度、JAに結集しようと認識してもらった時、より強固な基盤を持つ組織として新たな出発を切れると思っています。
(構成=黒崎亜弓・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか


A 和歌山の紀南農協に勤め、青年部の事務局を担当していました。血気盛んでしたね。


Q 「私を変えた本」は


A 松下幸之助さんの本です。


Q 休日の過ごし方


A 趣味は海釣りです。紀伊半島の串本あたりで大海を相手にするのは最高ですが、今は休日がありません。
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 ■人物略歴
 ◇なかや・とおる
 1949年生まれ。和歌山県出身。和歌山県立田辺高校(田辺市)、中央協同組合学園卒業。2004年紀南農業協同組合(JA紀南)代表理事組合長、12年和歌山県農業協同組合中央会(JA和歌山中央会)会長、17年8月より現職。68歳。
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事業内容:JAグループ─信用、共済、経済、営農・生活指導などの事業
     JA全中─JAグループの代表、行政との連携
所在地:東京都千代田区(JA全中)
設立:1954年
JA全中の従業員数:131人(2017年10月1日現在)
JAグループの事業総利益:1兆8561億円(2015年度農林水産省「総合農協統計表」)

2018年

3月

27日

伸び続ける航空需要がチャンス 込山雅弘 JALUX社長

Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── JALUXとはどんな会社ですか?


込山 そもそもは、日本航空(JAL)が飛行機を飛ばすのに必要な付帯的事業をするために設立されました。一番初めにできたのは、機体やJALの従業員向けの保険事業と、社宅や寮などの不動産事業です。そして、JALの飛行機の中に必要な毛布やイヤホンなどの調達や、機内食、空港の店舗運営へと広がっていきました。


── 事業分野が多様ですね。


込山 会社が成長するに従って、機内の通信販売に関連するということで、ワインや農水産物の輸出入も手がけるようになりました。さらには、JAL向けに取引していた経験を生かして、航空機の備品や航空機そのものの売買も独自に始めています。


── 現在の柱の事業は?


込山 まずは航空・空港関連です。航空事業では、主に航空機エンジンの部品を売っています。一部のエンジンは日本のメーカーが整備を請け負っているものがあり、必要な部品を我々がアメリカの拠点から調達してくるのです。中古のエンジンを買ってきて航空会社にリースしたりもします。航空機の需要は今後20年で1・5倍に伸びるといわれ、エンジン整備などの需要も必ず発生します。


── 空港運営も手がけるとか。


込山 ラオスの首都ビエンチャンのワッタイ国際空港で、国際線ターミナルビルを1999年から運営しています。また、2015年からはミャンマー北部のマンダレー国際空港の運営も30年間の契約で始めました。ビエンチャンの空港はターミナルの中のオペレーションですが、マンダレー空港は航空管制以外はすべて運営しています。


── 東南アジアの旅客需要は伸びているのでは?


込山 17年はビエンチャンでは国際線だけで約138万人、マンダレーは国内線も含め約135万人の利用客で、毎年10~15%は増えています。ビエンチャンは19年に契約期限を迎えますが、日本の企業として引き続き空港運営を受託できるよう尽力しています。海外の空港はどこも運営の民営化が進んでいるので、チャンスは追求したいですね。


── 他にはどんな事業が?


込山 水をかけると1時間で固まる道路補修材(アスファルト)の「マイルドパッチ」を扱っています。道路会社の前田道路が開発し、飛行場の滑走路の修理などにも使用しているものです。海外では「アクアパッチ」という名称で販売し、前田道路から海外展開を委託されています。米国ではアスファルト会社と提携し、全土で販売を始めました。アスファルトを温めなくてもいいので利便性が高く環境にもいい。値段が少々張るのですが、少しずつ実績を上げているところです。

 

 ◇JALブランドを生かす

 

── 空港店舗はどんな状況ですか?


込山 現在は空港店舗「BLUE SKY」(ブルースカイ)を、全国27空港84店舗で展開しています。また、空港免税店舗「JAL─DFS」は成田、羽田に13店舗があります。インバウンド(訪日外国人)に加えて国内旅行者も増えており、これからも着実に伸びる見込みです。
── 中国人観光客が家電などを大量に買う“爆買い”は収まりました。


込山 一番大事なのは、お客さまが何を求めているかを常にフォローすることです。現在は化粧品や酒、タバコ、雑貨などへと変わってきており、販売データを有効に生かしながら、店頭に置く商品を変えて対応していきます。


 実は、空港で売るお弁当を「空弁(そらべん)」と言い始めたのはJALUXなんですよ。


── それは知りませんでした。


込山 子会社の「日本エアポートデリカ」がさまざまな種類のお弁当を作っており、羽田のブルースカイではお弁当の7~8割を占めています。一部の機内食も日本エアポートデリカで作り、現在では空港外の東京駅でも販売するようになりました。また、ワインの輸入にも力を入れています。取り扱うワインの65%がアメリカワインで、高級シャンパンも2種類あります。グレードの良いものをお客さまに提供し、ブランド力を保っていく戦略です。


── かつてはJALの子会社でした。


込山 現在の出資構成は、筆頭株主が双日の22%、JALは21・4%、日本空港ビルデングが8%。JALの子会社ではなくグループ会社なので、JALブランドのグループ力を生かしながらも独自の事業を展開したいと考えています。具体的には、まずはやはり航空・空港関連。特にアジアではこれから物流も増え、航空機への需要が高まります。整備事業で築いた日本のメーカーとの関係を生かし、新しいエンジンなどをアジアに向けて販売していきたいですね。理想としては、航空機のMRO(整備・修理・オーバーホール)事業にも培った経験を生かして入っていければと思っています。


── 今後の目標は。


込山 今期は経常利益で46億円を計画しており、20年度に経常利益80億円の達成を中期経営計画で掲げています。既存事業の拡大と新たな挑戦をもって、さらに上のステージを目指していきたいと考えています。販売力や製造力などを付けるために、卸問屋やメーカーとのM&Aや提携の可能性も追求していきます。
(構成=桐山友一・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか


A 日商岩井(現・双日)で石炭の輸入を担当し、顧客ニーズ把握に明け暮れました。当時は石油価格が暴騰し、製造業がエネルギー源を石油から石炭へ再シフトしていました。常に顧客が何を求めているかを知ること、人間関係構築の大切さを学びました。


Q 「私を変えた本」は


A 中学・高校の校長だったグスタフ・フォス神父の『日本の父へ』です。人間として、男として、父親としての生き方を改めて認識させられました。


Q 休日の過ごし方


A 運動不足解消のため早足のウオーキングです。
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 ■人物略歴
 ◇こみやま・まさひろ
 1952年生まれ。神奈川県出身。栄光学園高校、上智大学外国語学部卒業後、75年に日商岩井(現・双日)入社。常務執行役員海外業務担当などを経て2016年6月から現職。65歳。
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事業内容:航空・空港関連、一般商事
本社所在地:東京都港区
設立:1962年3月28日
資本金:25億5855万円
従業員数:2437人(2017年3月末現在、連結)
業績(17年3月期、連結)
 売上高:1432億1700万円
 営業利益:40億5600万円

2018年

3月

20日

アフターサービスに注力 金子靖代 シーボン社長

Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 事業内容は。


金子 今年53年目の化粧品会社です。大きな特徴は化粧品の研究開発から製造販売、アフターケアまで一貫して手がけていること。直営店舗のシーボン・フェイシャリストサロンで90%以上の売り上げを占めます。他社と一番異なるビジネスモデルはアフターサービスに力を入れているところです。化粧品を売って終わりではありません。お客様の肌に最後まで責任をもつために、化粧品を購入していただいたお客様に無料で行っています。


── 商品の特徴は。


金子 売り上げの90%以上はスキンケア商品です。他社は20代、30代と年齢を区切って製品ラインアップを取りそろえることが多いですが、弊社ではお客様の肌をみて最適な製品を提案します。各々のトラブルに応じたラインアップをそろえていますが、50代以上のお客様が多いことからアンチエイジングの商品が充実しています。


── どのように事業を拡大していきましたか。


金子 30年前に大きく事業を転換しました。1986年に訪問販売から直営店舗での営業に大きく切り替えました。それ以前は専業主婦が家の中にいて、在宅率が高く直接訪問スタイルでアプローチできましたが、女性の社会進出などもあり女性たちが外に出るようになりました。そこで場所を決めてお客様に来店していただくビジネスモデルにいち早く切り替えました。


── 事業のどの部分に力を入れていますか。


金子 弊社の主力となるのはスキンケア商品です。例えば化粧水ならば1カ月半から2カ月でなくなるのでリピート購入が発生します。アフターサービスに力を入れることでリピート購入の機会を逃すことがなくなります。化粧品はいわば浮気しやすい商材で、女性はいろいろな化粧品を試しがち。固定客になってもらうには時間がかかりますし、アフターサービスによってお客様とつながりを強くすることが可能になります。


── 社員教育は。


金子 非常に大事です。販売、アフターサービス、そしてお客様のお肌の相談に乗ることもありますので高い社員教育をクリアしなければなりません。川崎の本社には120人が泊まることができる研修棟がありますが、ベテランも年1回、自己流なやり方にならないように技術を更新する必要があります。日本は他国と比べてもサービスレベルが高い国。かなり上質のサービスを提供しないと、お客様が通い続けてくれることは難しくなってきます。


── 女性社員が活躍するための工夫は。


金子 弊社の女性比率は92%。管理職も86%ほどでかなり高い数字です。ショートタイム正社員制度を導入していますが、いくら制度を整えても使える環境がないと機能しません。(時短勤務で業務などの)支えが必要な社員がいれば、むろん彼らを支える社員もいます。お互いが置かれている立場の理解がなければいけません。社内報では、結婚と仕事の両立支援を目的に、結婚した社員のライフスタイルや働き方のロールモデルを紹介しています。このロールモデル紹介は、産休・育休中の社員や介護の体験談、さらに男性の育児参加を啓発することを目的に、女性社員の配偶者の育児協力例まで拡大しました。

 

 ◇定期的に「ファミリーデイ」

 

── 具体的にどのようなことをしていますか。


金子 社員の家族を店舗に招く「ファミリーデイ」も定期的に開いています。準備をするのはフルタイムで働く支える側の人たち。彼らが時短勤務の社員らの家族のやりとりを間近にみることで、家庭をもつ人たちの大変さがわかるんですね。支える側が応援しようという気持ちになります。その後のコミュニケーションが円滑になり、お店の雰囲気が抜群によくなります。時短勤務の社員で店長になった人もいます。支える側と支えられる側のコミュニケーションが一番大事です。


── 海外展開は。


金子 1月に中国浙江省寧波に出店しました。初めての海外店舗です。今、中国ではモノだけでなくコト消費。中国の国自体にサービスレベルを底上げしたいという意識を感じます。弊社はものを売るだけではなく、そこから関係を始めていくスタイル。成功できる見通しがあります。現地には国内から選抜したグローバルフェイシャリスト3人を派遣しています。


── これからのビジョンは。


金子 国内では四国などまだ直営店舗がない地域もあります。まだまだ出店できる可能性がありますが、店舗を増やすことだけをベストなこととは考えていません。一番効率的なのは既存店のボリュームアップ。人が集まるお店をマーケットに合わせて大きくしていくことが一番効率的。昨年は京都店を増床しました。今はイベント集客を主体にしています。その場での簡単な肌チェックや化粧品サンプルを使ってもらい店舗にきてもらう流れです。


── サービスで心がけていることは。


金子 弊社の化粧品は決して安くはありません。その値段で買うのならアフターサービスが充実していたり、気分よく買いたいというお客様の気持ちもあるでしょう。そこでどれだけいいサービスができるか。かゆいところに手が届く、人でなければできないサービスを提供していきます。
(構成=成相裕幸・編集部)

 

 ◇横顔

 

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか
A 製品企画、とくに新商品のことを365日考えていました。


Q 「私を変えた本」は


A 旧約聖書です。ビジネスのいろいろな場面で文章が知らずに浮かんできます。


Q 休日の過ごし方


A 家事、掃除、料理です。家にいることが大好きです。
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 ■人物略歴
 ◇かねこ・やすよ
 1959年生まれ。北海道出身。北海道武蔵女子短期大学卒業。84年シーボン・札幌支社に入社。2000年管理本部長、同年に取締役。02年専務取締役などを経て05年から現職。58歳。
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事業内容:化粧品の製造販売業
本社所在地:川崎市
設立:1966年1月
資本金:4億7492万円
従業員数:1096人(2017年3月31日現在)
業績(17年3月期)
 売上高:124億9330万円
 営業利益:3億2532万円

2018年

3月

13日

建設事業以外でも社会貢献を 今井雅則 戸田建設社長

── 戸田建設の強みは。


今井 慶応義塾図書館や早稲田大学の大隈講堂などに携わってきた歴史があり、学校に強いと言われます。また、病院など医療福祉についてもたくさんの実績があります。


──
 学校や病院に強い理由は。

 


今井 経営方針として「企業活動を通じて社会の発展に貢献する」を掲げています。学校については、大学の実績によって系列の高校などにも広がっていきました。病院も、事務長などの横のつながりがあることで、増えています。施工実績と共に、現場の社員も経験を積んでおり、より使いやすいものを提案できるようになっていることが大きいですね。

 

── 社会貢献に力を入れているのですね。


今井 2016年10月には、建設業界全体の人材育成を狙いにした「戸田みらい基金」を創設しました。基金の規模は約3000万円で、若手技能者の育成などを目指す会社や団体に1件当たり100万円まで助成します。自社のリクルートのことだけを考えていては、業界全体の発展はありません。


──
 スーパーゼネコンとの違いは。


今井 建設の総量で勝負するかどうかだと思います。1990年代前半に80兆円を超えていた日本の総建設投資額は現在、50兆円程度まで減少しています。人口が減る日本では、今後も減少するのは当然の流れです。量が確実に少なくなる中で、量だけで勝負するのは難しい。建設以外の事業も大事になってきます。もちろん、ベースの建設がなくなることはありませんが、その他の強みもつくっていく必要があります。


──
 建設分野で大事なことは。


今井 ドローンやロボット、AI(人工知能)などの技術を利用しながら、社会問題を解決していくというところに私たちの活動エリアがあると考えています。強みにしている病院では建物だけでなく、特に地方では高齢者の見守り機能や遠隔地診療など情報関係の技術が重要になってきます。学校も、学生数が増えない大学では、人生100年時代において、生涯的な付き合いが大事になってきます。そうした新たな時代に対応する施設の提案をしていくのが、私たちの仕事です。いろいろな付加価値をつけて、よりよいものを提供していくことが求められています。


──
 具体的にはどのようなことが考えられますか。


今井 例えば、工場であれば、今後は無人化が進むでしょう。そうなると、今のように窓は不要になるうえ、エネルギーや振動などの問題を考えても、地下の工場が一番安定しているということになります。そういう意味では、工場の地下化の技術は高めていかないといけないでしょう。


──
 社員の意識改革は。


今井 12年3月期と13年3月期の連結最終損益が2年連続で赤字になった時は、量だけを追い求めて個人に負担がかかっていました。会社が強くなるためには、一人一人が強くならないといけません。各個人がどのくらい稼いでいるかを意識化するために、営業利益と人件費を合わせた「付加価値額」を社員数で割った数字を指標の一つにした「生産性ナンバー1」という目標を掲げています。

 日本初の洋上風力発電

──
 建設以外の分野ではどのような事業をしていますか。


今井 16年から、長崎県・五島列島沖で、日本初となる浮体式洋上風力発電の商業運転を行っています。そういうものを広げて社会にも貢献していくことが、生き残るためには必要だと思っています。


──
 洋上風力発電の手応えは。


今井 洋上だと、陸上より風力が安定しています。余剰電力で漁船を動かしたり、離島の交通機関に利用したりするなど、化石燃料を使わない一つの世界をつくり出すことができます。漁業権のしがらみもあり、環境アセスメントを取得するための時間がかかるなどフロントランナーとしては大変な労力を感じましたが、全国に増やしていきたいですね。


──
 再生可能エネルギー事業にはどう取り組みますか。


今井 化石燃料だけではやっていけない時代です。我々は、これまでの技術の延長上で新しいことをやろうとしています。洋上風力発電にしても、コンクリートと鉄の技術を利用して、再生可能エネルギーという日本になくてはならないものに挑戦しているのです。私たちの領域を少しでも広げられるのであれば、M&A(企業の合併・買収)も検討していきたいですね。


──
 現在の海外展開は。


今井 米国やタイ、ベトナムなどに9拠点があります。特に72年に現地法人をつくったブラジルでは、経済の低迷で他の日系企業が撤退する中、歯を食いしばって仕事をしてきた成果が少しずつ表れてきています。仕事は、地場の工場や病院などの建設が半分、日系企業からの発注が半分です。ブラジル経済も持ち直してきたので、良い方向に向かっています。


──
 海外への新たな進出は。


今井 スリランカには15年に再進出し、17年にはJFEエンジニアリングや三井造船との共同企業体で、最大都市コロンボの鋼橋建設を約200億円で受注しました。


──
 海外事業の目標は。


今井 数字的な目標は固定しませんが、国内の需要が縮小する中で、世界で活況のところがあれば、国内からどんどんシフトしていけるようにしたいとは考えています。
(構成=松本惇・編集部)

 横顔

Q
 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか


A
 建設現場で一生懸命働いていました。35歳くらいで作業所長になり、一つのプロジェクトを任されて、どうやっていいものをつくるかを考えて奮闘する毎日でした。


Q
 「私を変えた本」は


A
 『朝日の直刺す国、夕日の日照る国古代の謎・北緯3521分の聖線』(池田潤著、郁朋社)という古代史の空間的研究の本です。著者は戸田建設時代の同僚で、衝撃を受けました。


Q
 休日の過ごし方


A
 ゴルフをすることが多いです。お客さんともやりますが、プライベートのような感覚です。
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 人物略歴
 いまい・まさのり
 1952年生まれ。大阪府出身。大阪府立三国丘高校、大阪大学卒業後、同大学大学院工学研究科前期課程建築専攻修了。78年4月に戸田建設に入社し、大阪支店長、常務、副社長などを歴任。2013年から現職。65歳。
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事業内容:建築、土木、不動産など
本社所在地:東京都中央区
創業:188115
資本金:230億円
従業員数:4872人(20173月末現在・連結)
業績(173月期・連結)
 売上高:42272200万円
 営業利益:2499800万円

 

2018年

3月

06日

ニーズかなえて世界トップシェア 池田和明 ミマキエンジニアリング社長

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── ミマキエンジニアリングの特徴は。

 

池田 業務用インクジェットプリンターで世界トップシェアメーカーです。インクジェットは印刷技術の中で唯一、プリントする対象物と接触しません。ガラスや金属、プラスチックなど素材はもちろん、凹凸のあるものや立体でも印刷ができるという大きなメリットがあります。

 

── 立体でもきれいに印刷できるのですか。

 

池田 対象物とインクヘッドの位置を合わせることが重要です。距離1~2ミリが最もきれいに印刷できますが、立体物で距離を保つのは難しい。またインクの種類によって重さが違い、真っ直ぐにインクを落として、乗せるのにも調整が必要です。当社の技術力で可能にしています。

 

── どんな市場がありますか。

 

池田 屋外広告用のサイングラフィックスが、売上高の45%を占めます。屋外広告の素材は塩化ビニール製のシートがメインです。当社が大きく成長したきっかけは、塩ビへの印刷技術です。以前は水性インクしかなく、印刷前にインクを乗せる特別な処理が必要でした。それを直接、塩ビに印刷できるインクを2003年に発表しました。手前みそですが、これで世の中の看板は、アナログからデジタルに進化しました。

 

── ほかに有力な分野は。

 

池田 工業製品用のインダストリアル・プロダクツが30%です。10%を超えた布地用のテキスタイル・アパレルに今は力を入れています。

 

── アパレルには成長の可能性がありますか。

 

池田 インクジェットが発展することで、業界全体の常識を変えました。これまでは、季節ごとのデザインを半年前に決めていました。ほかの印刷技術の場合、版を作る必要があり、試作から製品化まで逆算すると、そのくらい時間がないと間に合わないためです。ブランド戦略にとってデザインは重要なのに、投入時に流行が変わっていることもあります。

 

── どう変えたのですか。

 

池田 当社製品を150台納入している欧州の大手ファストファッションブランドは、製品化までの期間が2週間です。流行を分析し、求められるデザインをすぐに市場に出す。版が不要なインクジェットでなければそのスピードは不可能です。版が不要なことで、多品種少量生産でも単価が変わらず、すぐに印刷できるため、在庫を抱える必要がないというメリットもあります。誰でも知っている世界的な高級ブランドや、シューズメーカーにも納入しています。

 

 池田社長は39歳で就任。前任の60代から大きく若返り、経歴も技術畑から営業畑と変わった。「真のグローバル企業」を掲げ、年間売上高も現在の倍の1000億円を目標に据える。

 

── 重視することは。

 

池田 ニーズにとことん合った製品開発に取り組みたい。大手メーカーは、企画から開発、市場投入まで、時間と費用がかかります。そのため「どれだけヒットしても数億円」という製品は、要望があることがわかっていても開発できません。当社は、実際に印刷するプリンター部分と、印刷物の搬送系統を別々に開発、販売しています。大きさや印刷する対象によって、組み合わせることで、顧客のどんなニーズにも応えられる。車でいえばボディーとエンジンを別々に、好きなものを選んでもらうやり方です。「プラットフォーム構想」と呼んでいますが、より顧客目線で充実させたいと思っています。

 

 また、私は当社で海外営業をメインに担当してきたので、よりシェア向上や市場開拓を狙いたいですね。

 

── 海外事業の比率は。

 

池田 売上高の75%が海外です。欧州30%、アジア・オセアニア20%、北米15%という比率です。屋外広告用の看板はニッチな市場ですが、まだ普及していない国も多い。積極的に海外展開を進めており、16年にイタリアのテキスタイルプリンターメーカーをM&A(合併・買収)し、17年にはリトアニアにインク製造工場を新設しました。

 

 ◇3Dプリンターが好調

 

── 足元の業績は。

 

池田 18年3月期の売上高は、前年比7・9%増の521億5000万円の見通しです。中長期的に1000億円を掲げていますが、印刷業界のデジタル化によって自然に届く数字です。当社の技術力を生かして、そのさらに先を目指したい。

 

── そのための鍵は。

 

池田 3Dプリンターです。国内で17年11月に販売開始し、1月に米国、2月に欧州でも始めました。1000万色以上のフルカラー造形は世界初です。高精度で豊かな色彩表現ができ、技術でも世界トップだと自負しています。大きさは幅50センチ、奥行き50センチ、高さ30センチの限りがありますが、造形を組み合わせることでどんな大きなものでも作ることができます。年間販売目標は100台で、既に日本だけで10台納入しました。私たちが考えてもみなかった活用方法や、さまざまな業種から問い合わせがあり、目標を上方修正します。

 

── 池田社長らしさをどう出しますか。

 

池田 社長の私も含め、当社は世代交代の時期になっています。若返ることで「新しい製品を開発する」というベンチャー精神を改めて意識したいと思っています。結果的に、売れない製品でもかまわない。失敗を恐れず、挑戦を続けていきます。

 

(構成=酒井雅浩・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 営業でインドを何度も訪れました。交渉がまとまり、内容を詰めに行くと「この値段はおかしい」とまた一から始まる。パワーに圧倒されました。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 行く国々の歴史本を読むようにしており、いろいろと学ぶことがあります。最近では、『物語 バルト三国の歴史』です。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 今年からゴルフを始めました。もう2回、コースを回りました。

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 ■人物略歴

 ◇いけだ・かずあき

 1976年生まれ。長野県出身。長野県上田染谷丘高校、米GTインターナショナルスクール卒業。2006年ミマキエンジニアリング入社。11年グローバル販売推進部長、13年取締役営業本部長などを経て、16年から現職。41歳。

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事業内容:コンピューター周辺機器やソフトウエア開発、製造、販売

本社所在地:長野県東御市

設立:1975年8月

資本金:43億5700万円

従業員数:1623人(2017年9月30日現在・連結)

業績(17年3月期・連結)

 売上高:483億3100万円

 営業利益:20億4900万円

 

2018年

2月

27日

「薬が効く」原点は「患者さんの悩みを聞く」 杉浦広一 スギホールディングス会長

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── スギ薬局の特徴は。

 

 

杉浦 42年前、26歳で創業したときの「地域の医療に関わる」という強い理念に基づき、どう貢献するかを重視しています。今で言う地域包括ケア(医療や介護、生活支援など地域で総合的に支援)、在宅医療に携わりたいという思いは変わっていません。

── 具体的なこだわりは。

 

杉浦 調剤設備を全店に備えているのはこだわりそのものです。食品の売り上げが高いドラッグストアがありますが、当社は「ヘルスアンドビューティー」が軸です。患者様の話をよく聞き、「大丈夫。良くなりますよ。食養生(体調に合わせ栄養を考えた食事をとること)も大事にして、この薬を飲んで」と安心する言葉をかけると、薬はよく効くものです。

 

── 薬剤師は不可欠ですね。

 

杉浦 薬剤師を3人配置すると、薬剤師の人件費だけで月給30万円として約100万円かかります。調剤室の面積は約20坪(66平方メートル)ですが、これを商品の売り場にしたら、1坪当たりの月間売り上げが10万円として、売り上げが200万円増えます。調剤室を設置するとその分、売り上げは減るし、人件費が上がります。それでも処方箋調剤や患者様に薬剤師が応対することにこだわっています。

 

── なぜですか。

 

杉浦 薬剤師も医療を通じて人のために働きたいからです。お客様や患者様にいつでも相談してもらい、薬局での治療が困難なら病院を紹介する。私たちは人のために尽くしたい。その思想、理念は変わりません。

 

 関東、中部、関西でスギ薬局を展開するスギホールディングス。妻の昭子副社長と1976年に始めた16坪の薬局が出発点だ。2017年末現在、1093店に成長したが、2店舗目の開業は12年後、20年目までは約20店舗だった。急成長は最近20年ほどのことだ

 

── 2店舗目までの12年はどんなことに心血を注ぎましたか。

 

杉浦 年中無休で朝7時から夜11時まで薬局を開け、お客様一人一人の名前や渡した薬などを記憶し、次に来られた際は「いらっしゃいませ」ではなく、「症状は良くなりましたか」などと声をかける。親切丁寧に応対し、ファンになってもらうよう努めました。お客様との関わり方を身体に染み込ませました。

 

── 商売になりましたか。

 

杉浦 長いときは1人に1時間かけて接客したため、長時間待ってもらうこともありました。それでも来ていただき、20坪ほどの店でも薬や化粧品だけで1日数百万円売れました。

 

 2店舗目も3店舗目も、店長がこの姿勢を続けてくれて「病院よりよく効く」と言われるようになった。薬剤師が悩みを「聞く」ことは、薬が「効く」につながります。1000店舗に拡大すると私の管理は難しくなるが、「イズム」(考え方)はできています。

 

── 1000店へ飛躍の契機は。

 

杉浦 創業当初から「将来は1000店で4500億円」とは考えていませんでした。一人一人のお客様や患者様に対し、親切丁寧に応対してきた結果だと実感しています。

 

── 店舗が増えると社員教育が一層大事になりますね。

 

杉浦 社員教育はうちの神髄です。手を抜いたらあっという間にだめになります。店舗数が急に増えれば、経営の質や接客レベル、社員の質を保つのが難しくなる。その葛藤です。

 

 ◇病気予防のアドバイスも

 

── 国の社会保障費の削減は大きな課題です。

 

杉浦 約20年前から薬剤師が患者様の自宅に訪問する在宅医療に取り組んでいます。病気になって医療や介護のお世話になるのは大変です。そのためには病気にかからないように、健やかに過ごせることが大切です。最近では食生活を支援する管理栄養士の採用を増やして教育しています。来店のお客様に、管理栄養士が糖分や塩分、脂質の抑制など食生活についてアドバイスしています。

 

── 食生活への注意で十分ですか。

 

杉浦 運動も大事です。当社と行政などとが、共同でウオーキングなどのイベントを開いています。特に高齢者は筋力の低下を防止することが大切です。歩けなくなることは、いろいろな病気の元になる。自宅で簡単なスクワットやウオーキングを行うとともに、併せてサプリメントをはじめ栄養補助食品などの摂取をお勧めします。

 

── 集客にはつながりますか。

 

杉浦 すぐに売り上げにはつながりませんが、「スギさんで運動を教えられた」「元気になった」と喜ばれており信頼につながります。固定客やファンが増え、結果として売り上げが増えます。

 

── 他にどんな事業に取り組んでいますか。

 

杉浦 訪問看護にも取り組んでいます。珍しいと思いますが、薬局がやるべき仕事です。病院は患者さんがたくさんいて、手が回りません。薬局の出番だと思います。

 

── 今後の抱負は。

 

杉浦 売上高8000億円を目指し、主に関東、中部、関西で年間約100店舗を出店していきたい。もちろん、理念の合う企業とのM&A(企業の合併・買収)も考えています。

 

(構成=米江貴史・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃は

 

A 創業間もない頃で、年中無休、盆正月なしでひたすら働いていました。

 

Q 「感銘を受けた本」は

 

A 中村天風の著書からは人生の生き方を学び、ピーター・ドラッカーからは経営を教わりました。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 今でも年中無休ですが、最近は年2回休みを取って、妻と海外旅行に出かけています。

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 ■人物略歴

 ◇すぎうら・ひろかず

 1950年、愛知県西尾市生まれ。県立西尾高校、岐阜薬科大学薬学部製造薬学科卒業。薬局勤務を経て76年スギ薬局(現スギホールディングス)創業。2009年5月から現職。67歳。

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事業内容:ドラッグストア「スギ薬局」の経営管理

本社所在地:愛知県大府市

創業:197612

資本金:1543400万円

従業員数:連結4927人(20172月末現在)

業績(172月期・連結)

 売上高:43079500万円

 

 営業利益:2283200万円

2018年

2月

20日

幅広い部品群でクルマの激変を好機に 森谷弘史 カルソニックカンセイ社長

 

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

 写真撮影 蘆田剛

 

 

 

── 主力の自動車部品は。

 

 

 

森谷 カルソニックとカンセイという大きな部品メーカーが合併してできたため、非常に幅広い製品群を持っているのが強みです。最大の柱はコックピットモジュールなど内装事業で全体の3割強を占めます。

 

 

 

 次いでラジエーターなど熱交換器とエアコンなど空調器をまとめたサーマル(熱)関連が3割弱、速度メーターなどの計器類を含めたエレクトロニクス(電子部品)関連が2割、さらにマフラーなど排気関連が2割という構成です。今後は電気自動車(EV)化の流れもあり電子部品が増えていくでしょう。

 

 

 カルソニックカンセイは、日本ラジエーター製造(1938年創業)として始まったカルソニックと、関東精器(56年創業)として始まったカンセイという、日産自動車を顧客とする2大手部品メーカーが2000年に合併して誕生した。05年には日産の連結子会社となるが、17年に日産が米投資ファンド、コールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)傘下のCKホールディングス(HD)が実施した株式公開買い付けに応じたことで同社の完全子会社となる。

 

 

 

── 2大部品メーカーの合併は大変でしたか。

 

 

 

森谷 当時、日産の買い付け部門にいた私は、非常に近い立場で合併を見ていました。ちょうど自動車業界にも「モジュール化」、つまり、パソコンなど電子機器のように、標準化されたモジュール部品を組み合わせて製品を設計するという新しい流れが起きていました。相乗効果が出るまでは時間がかかるとの見方もありましたが、スムーズに一つの組織としてまとまりました。日産がモジュール化で他社に先行できたのは合併の効果だと思います。

 

 

 

── 具体的な効果とは。

 

 

 

森谷 当社の強みは製品群の広さのほかに、コックピットモジュールなど通常は完成車メーカーが内製する製品の開発をリードしていることです。これは他社にはない特長で、クルマの開発の全工程を理解しているからできることです。

 

 

 

 クルマは自動運転化や電動化、インターネットとつながるコネクテッド化など複数の領域で技術革新が進んでいて、完成車メーカーは開発のための人材や技術が不足しています。重要パーツの開発を任せられる当社のような部品メーカーとのつながりは、完成車メーカーにも大きなメリットだと思います。

 

 

 

── 日産傘下を離れた理由は。

 

 

 

森谷 コックピットモジュールのように設計から生産までできる部品メーカーは少ないです。この強みを生かして、日産以外の完成車メーカーにも部品をOEM(受託生産)供給していくためにCKHDの傘下に入りました。現在は日産向けの比率が80%です。中期経営計画では21年までに日産以外のシェアを20%から30%に増やすことが目標です。

 

 

 

── EV、自動運転で激変する環境にどう対応しますか。

 

 

 

森谷 EVの「日産リーフ」は、当社製のインバーターとバッテリーのモニタリングシステムを採用しています。今後、これらの需要が高まれば、他メーカーに供給する機会も増え、モーターやバッテリーを手がける部品メーカーと連携するなどビジネスの幅が広がると見ています。

 

 

 

 また、EVになってもコックピット回りの部品やエアコンは必要です。EVの場合、エアコンをつけると燃費が低下するので高効率の製品が求められます。また、EVへの過渡期の技術として期待される、発電のためにエンジンを回す「レンジエクステンダー」には排気マフラーが必要です。EV化は幅広い部品を持つ当社には追い風です。

 

 

 

 ◇サイバー対策で先行

 

 

 

── M&A(企業の合併・買収)の計画はどうですか。

 

 

 

森谷 中期経営計画では21年に売上高25%増を目標にしていますが、これは自社だけで達成する計画です。しかし、M&Aに興味はあります。そこで強みになるのがM&Aの専門家集団のKKRの存在です。実際、M&Aを行ったらどのような成長シナリオが描けるか議論しています。

 

 

 

── 海外展開は。

 

 

 

森谷 現在、世界15カ国に79拠点を構えますが、創業80周年の今年、ルーマニアに80カ所目の拠点としてメーター関連の電子部品工場を設けます。これまで欧州には電子部品の工場がありませんでしたが、近年は需要が拡大しています。そこで人件費が比較的安い東欧に注目しました。

 

 

 

── 新規事業は。

 

 

 

森谷 自動車業界で今までになかった試みとして、クルマのサイバーセキュリティー技術を開発する新会社ホワイトモーションを、フランスのIT企業クォークスラブと合弁で17年に設立しました。次世代車と目されるコネクテッドカーの課題は、サイバー攻撃によって突然ハンドルが利かなくなるといった危険があることです。クルマの場合、人命に関わるためハッキングを防ぐソフトウエアの需要が増えると見ています。ソフトの更新需要が常にあるため利幅も期待できます。

 

 自動車業界は1回売り切りの低利なビジネスが多いですが、セキュリティー分野をきっかけに高収益のビジネスを確立することも可能です。

 

(構成=大堀達也・編集部)

 

 

 

 ◇横顔

 

 

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

 

 

A 日産で部品調達を担当していました。製造拠点のあったメキシコやスペインに赴任し、異文化

 

の中で仕事とプライベートを充実したものにできたことが今につながっていると思います。

 

 

 

Q 「私を変えた本」は

 

 

 

A 大の読書好きですが、小学生のときに読んだ『少年少女世界文学全集』で本が好きになりました。読書は人間の成長に欠かせない投資だと思います。

 

 

 

Q 休日の過ごし方

 

 

 

A 平日と同じ4時半に起床し、静かな数時間を読書や映画鑑賞に充てています。これは至福の時間です。

 

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 ■人物略歴

 

 ◇もりや・ひろし

 

 1957年生まれ。山形県出身。宮城県立仙台第二高校、山形大学人文学部卒業後、1980年日産自動車入社。2006年CVP執行役員、07年カルソニックカンセイに入社し常務執行役員に就任。12年副社長を経て、13年4月から現職。60歳。

 

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事業内容:自動車部品の開発・製造

 

本社所在地:さいたま市

 

創立:1938

 

資本金:16億円(20181月末時点)

 

従業員数:22424人(連結)

 

業績(173月期・連結)

 

売上高:1126億円

 

2018年

2月

13日

木の恵みを人の暮らしのそばへ 市川晃 住友林業社長

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 住友林業の特徴は。

 

市川 1691年、別子銅山(愛媛県)の採掘に必要な備林を整備したことから歴史が始まりました。明治に入り、銅の精錬による煙や伐採により、山が荒廃してしまった。見かねた別子鉱業所支配人の伊庭貞剛が1894年に大造林計画を立て、多い時には年間200万本以上を植えました。当時では世界でも例のない大規模な造林事業です。

 

 それ以来、サステナビリティー(持続可能性)を強く意識してきました。「保続林業」という考え方です。CSR(企業の社会的責任)や「環境」なんて、言葉すらなかった時代から、社会貢献として植林を続けてきました。「国土報恩」の精神です。

 

 

── 持続可能性のある林業とは。

 

市川 木を資源として見直し、供給側の構図を変えていきたい。1975年に参入した住宅事業は、売り上げの4割以上を占める大きな柱です。「安心して暮らすため、木造住宅を近代化することが林業に携わる企業の使命」との信念です。

 

── 地震の多い日本で、木造は不安です。

 

市川 戦後の住宅不足を受け、木造住宅が粗製乱造されました。当然、質の差は激しく「木造は弱い」というステレオタイプを日本に植え付けてしまいました。

 

 しかし、世界最古の木造建築である法隆寺を例に挙げるまでもなく、建築物の強さを決めるのは素材ではなく建て方です。当社は高層ビルに用いられる柱と梁(はり)で強固に枠をつくる「ラーメン構造」を、木造住宅で初めて実現しました。耐震性に優れており、東日本大震災、熊本地震で、住宅の倒壊は一棟もありません。

 

── 住友林業の住宅のよさは。

 

市川 伝統的な住宅でみられる「通し柱」は、土地の制限や生活様式の変化とともに、日本の住宅に合わなくなっています。梁で支えるラーメン構造の「ビッグフレーム構法」は、柱や壁の制約を受けにくく、空間と敷地を有効活用できます。

 

 林業に携わる若者の比率は増えている。国勢調査によると、90年に6・3%だった35歳未満の割合は2015年には171%だ。

 

── 日本の林業は若年層比率が高まり、成長産業と呼べる状況です。

 

市川 都道府県が設ける林業の職業知識を教える学校が、ここ数年で11校新設され、全国に17校あります。林業系学部や森林を持つ大学も27校あり、若者が増えているのは確かです。しかし産業としては課題が多い。「3K」と言われた環境は改善されてきているものの、裾野を広げるには、さらに近代化を進める必要があります。加工技術の向上、ロボットによる作業の効率化です。

 

── 林業をさらに育てるために、必要なことは。

 

市川 木の用途を広げることが欠かせません。住宅以外の中・大規模建築物での木造や、木の質感を生かした建物を普及させるため、11年から担当部署を設けて「木化事業」を強化しています。17年には東京都国分寺市で、上部が木造、下部が鉄筋コンクリートの「ハイブリッド」で7階建てのオフィスビル、大阪府箕面市で木造の大規模リハビリテーション施設を竣工しました。

 

── 1711月にゼネコンの熊谷組と業務・資本提携を結んだ狙いは。

 

市川 大規模な木造建築事業に向けて、施工能力強化のためです。熊谷組も間もなく創業120年と、歴史を持つ企業同士のシナジー(相乗)効果もある。お互いの事業領域を広げることができ、売上高で1500億円程度の効果を見込んでいます。

 

── 足元の業績は。

 

市川 1618年度の中期経営計画で、19年3月期に連結で、売上高1兆1700億円、経常利益550億円、ROE(株主資本利益率)10%を掲げました。18年3月期は売上高1兆2200億円、経常利益535億円の見込みで、目標を1年前倒しでほぼ達成します。来期は目標を上回ることが至上命令です。

 

 ◇木を「時間財」に

 

 主力事業のうち、国内の住宅事業は厳しい環境です。14年4月の消費税率8%への引き上げによる反動減以降、低調な状況が続いています。受注件数ベースでは、17年度上期は前年同期比03%増となり、ようやく回復傾向がみられますが、1910月に10%への増税もあり、楽観はできません。

 

── 海外事業は好調です。

 

市川 17年3月期の実績で、経常利益の3割を海外事業で上げました。海外で住宅事業に参入するため、00年代から積極的にM&A(合併・買収)に取り組んできました。年間受注件数は、国内8000棟に対し、米国6000棟、豪州3000棟です。

 

── 林業の将来は。

 

市川 日本では古くから、暮らしと木が密接に結びついていました。神の宿る山を保護し、里山で実を拾い、植林で育てた木で家を建て、文化を育んできたのです。木の家は、人にやすらぎを与えてくれます。無垢(む く)材を使った床では、子どもは自然に寝そべり、足をどんどんとさせて木の感触を味わおうとします。

 

 木は人が植え、しっかり管理することで永遠に持続できる唯一の資源。木を切ることを「自然破壊」と批判するのは、守るべき森林と管理する森林を区別できていない議論です。木はサステナビリティーのある社会に欠かせませんが、育つのに時間がかかります。300年以上、木を軸にした事業を続けてきた当社は、木を「時間財」にする使命を果たしていきます。

 

(構成=酒井雅浩・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 32歳で大阪からシアトルに転勤し、木材の買い付けを担当しました。アラスカ州、オレゴン州、ワシントン州の森林を走り回っていました。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 物の見方を変えてくれる本です。司馬遼太郎の歴史小説や、マイケル・サンデルの『これからの「正義」の話をしよう』には考えさせられました。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 妻と街歩きをして、最近のトレンドを見て回ります。

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 ■人物略歴

 ◇いちかわ・あきら

 1954年生まれ。兵庫県出身。兵庫県立尼崎北高校、関西学院大学経済学部卒業。78年住友林業入社。2002年営業本部国際事業部長、05年住宅本部住宅管理部長、08年取締役常務執行役員などを経て、10年から現職。63歳。

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事業内容:木材建材事業、住宅事業など

本社所在地:東京都千代田区

設立:19482

資本金:326億円

従業員数:18379人(2017930日現在・連結)

業績(173月期・連結)

 売上高:11133億円

 

 営業利益:539億円

2018年

2月

06日

戸建て住宅でも1位を目指す 芳井敬一 大和ハウス工業社長

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 2017年11月、社長に就任しました。

 

芳井 昨年9月に突然、打診されました。樋口武男会長に「ここまで来たら逃げるなよ」と言われて、考える余裕はありませんでした。ただ、事業を進めていく上で自分が障害になってはならないという思いはありました。

 

 

 

 国内ハウスメーカー最大手。18年3月期は売上高3兆7500億円、営業利益3250億円、純利益2160億円で2期連続の最高益更新を見込む。

 

── 好業績の要因は。

 

芳井 商業施設、賃貸住宅、物流などの事業用施設の三つの主力事業が圧倒的に引っ張っています。意外なところでは戸建て住宅の数字が良いです。14年発売の「ジーヴォ・シグマ」は、天井高を272センチとれることで人気です。従来の「ジーヴォ」の特徴である外張り断熱は、玄人には受けるけれど、一般の方は理解しにくかった。一方、天井高はわかりやすい。東京エリアのお客様の決定要因を見ると、一番は設計が良い、コーディネーターが良いですが、二番目に天井高が入っています。

 

── コア3事業の拡充策は。

 

芳井 商業施設は都市部に増やしていきます。1棟当たりの単価もかつては1億円程度でしたが、今は3倍になっています。

 

 物流施設は供給が増えて飽和状態にあると言われていますが、実は日本にある物流施設の7割が古い形式のものです。

 

 また米国の統計では小売業に占めるeコマースの割合は8%で、日本は5・4%程度。eコマースの需要はまだまだ増える余地があります。施設の場所も東京や大阪など都市部の近郊が増えるでしょう。

 

 賃貸住宅は、金融庁がアパートローンの貸し出しに対して監督を強化したこともあり、ローンがつかずに着工を待つ案件が発生するなど、難しい場面もありました。ただ、当社の管理物件は高い入居率を維持しており、市場が落ち着けばおのずと選ばれると思っていました。すでに昨年の12月の受注はもとの水準に戻っています。

 

── 国内戸建て住宅事業の強化を掲げています。

 

芳井 戸建て住宅でトップではない要因はいろいろあります。ただ、これまでは人材を増やすなど、首位を取りに行く戦略を積極的にとってきませんでした。そこを見直していきます。

 

 すでに東京では住宅展示場を急速に増やしており、この5年間で8カ所から14カ所に拡大しました。欲しいのは銅メダルじゃない。上位に追いついていくことは非常に大事です。

 

 当面は消費税の増税が気がかりです。駆け込み需要があるとして、その後の反動減をどう乗り切るか。過去2回の消費税増税の時と同じような道をたどらないようにしなければなりません。

 

 ◇海外は新しいステージへ

 

── 19年度からの中期経営計画ではどのように芳井色を出しますか。

 

芳井 当社は創業100周年を迎える55年度に売上高10兆円を目指しています。どんな道をたどり、10兆円になった時にどんな会社になっているか。今年4月に入社する新入社員が20年、30年先を見えるようなロードマップを用意したいです。

 

── 海外事業の今後は。

 

芳井 10兆円という数字を追いかける上で、海外事業の拡大は避けて通れません。

 

 私が海外事業部長に就いた11年当時、海外事業の売り上げは100億円強の規模でした。しかし18年3月期は為替が大きく動かない限り2000億円になる見通しで、来期は2500億円が見えています。展開する国も中国1カ国だったものが現在は17カ国に広がりました。

 

 これだけの規模になると、100億円の頃には見えなかった景色が見えてきますし、実際に事業につながるような前向きな情報が入ってくるようになります。チャンスが広がっている手ごたえがあります。

 

── 拡大に当たり、M&A(合併・買収)も選択肢に入りますか。

 

芳井 これまでに米国の戸建て住宅会社のスタンレー・マーチン社や、フロントドア社の戸建て住宅事業を取得しましたが、M&Aありきで考えているわけではありません。重要なのは、当社のDNAに合うかどうか。時間をかけてゆっくり話し合う必要があります。

 

── 正月に住宅展示場を休業するなど働き方改革でも芳井色を打ち出しています。

 

芳井 自宅でお正月を味わったことのない営業スタッフが、お正月をゆっくり過ごせる住宅を提案をするのはばかげています。展示場は1227日に閉めて、正月を味わう。その代わり12月も1月も数字を確保しろと言っています。実際、三が日の営業休止は東京では5年目ですが、1月の住宅契約数は過去4年間、まったく落ちていません。

 

── 人材育成は。

 

芳井 大和ハウスのDNAをいかにつないでいくかが課題です。樋口会長は、「オーナー(石橋信夫氏)はこうだった」と繰り返し話しています。「またか」と思う人もいるかもしれませんが、社員の間に「凡事徹底」「10兆円」という言葉は刷り込まれています。そしてその方向に人は導かれる。これをしっかり伝えていけばいいと思っています。

(構成=花谷美枝・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 神戸製鋼所でラグビーをしていましたが、交通事故で8カ月入院して、何もかも失いかけました。32歳で大和ハウスに転職。上司・後輩に恵まれました。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 創業者の石橋信夫がまとめた『わが社の行き方』(非売品)。その時の気持ちで捉え方が変わるので、日付と感想を書き込んだ付箋を貼っています。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 絵画鑑賞と観劇。俳優の古田新太さんのファンで、劇団☆新感線の『髑髏(どくろ)城の七人』は花鳥風月、全部観ました。

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 ■人物略歴

 ◇よしい・けいいち

 大阪府出身。大阪府立大和川高校(現・大阪府教育センター附属高校)、中央大学卒業。神戸製鋼所を経て1990年大和ハウス工業入社。2013年東京本店長、16年取締役専務執行役員、1711月から現職。59歳。

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事業内容:戸建て・賃貸住宅、商業・事業施設の建築など

本社所在地:大阪市

設立:19554

資本金:16169920万円

従業員数:15725人(20174月現在)

業績(173月期、連結)

 売上高:35129億円

 

 営業利益:3100億円

2018年

1月

30日

日本一暮らしやすい路線に 星野晃司 小田急電鉄社長

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 小田急電鉄の特色は。

 

 

星野 120・5キロの路線距離に、東には世界最大のターミナルである新宿、西には日本有数の観光地である箱根、江ノ島を抱え、ビジネスと観光のターミナルを持っています。平日は新宿へ向かうビジネス客、休日は箱根や江ノ島に向かう観光のお客様がいます。そこをブランドでもある特急専用のロマンスカーでつないでいるのが一つの特徴です。

 

── 強みは。

 

星野 乗降客10万人超の駅が11駅あります。起点の新宿や代々木上原、30キロ地点には町田、40キロ地点には本厚木があり、この規模の駅が点在している私鉄は珍しいです。小田急は新宿と箱根のターミナルだけでなく、他の駅間を行き交う人にも支えられています。背景には大学や企業といった集客施設が沿線に点在している強みがあります。

 

 通勤・通学と観光路線の顔を持つ小田急。ラッシュ時の混雑は首都圏屈指で、代々木上原駅(東京都渋谷区)─登戸駅(川崎市多摩区)11・7キロの複々線化を進めてきた。残っていた代々木上原駅─梅ケ丘駅(東京都世田谷区)2・2キロの工事が終わり、3月17日にフル活用するダイヤが始まる。

 

── 複々線完成に要した年数は。

 

星野 構想から半世紀、着工から30年かかりました。工事区間は路線全体の1割にも満たないですが、住宅が密集している地域で、高架化や地下化により踏切廃止の工事も進みました。踏切廃止など立体交差は東京都の事業で、線路を2本から4本にした小田急の工費は約3200億円です。50年先を見据え、輸送を改善して質を高めるという思いを持って大工事を決めた先輩たちは、大きな決断をしたと思います。

 

── 複々線完成の効果は。

 

星野 朝ラッシュのピーク1時間(下北沢着午前7時半~8時半)の運行本数は27本が限界でしたが、線路が倍になることで36本に増やせ、輸送力は約4割増強できます。列車がスムーズに走れるようになり、町田から新宿の所要時間は12分短縮して37分になります。また混雑率は192%で首都圏ワースト3でしたが、平均150%程度に緩和します。混雑緩和で乗降時間の短縮も期待でき、定時性の確保も期待できます。

 

── 代々木上原から先の対策は。

 

星野 乗り入れている東京メトロ千代田線への直通電車を増やし、流れを新宿方面と分散します。千代田線はビジネス拠点が多く、代々木上原からの千代田線利用者は増えており、朝の新宿方面との比率は約5545です。

 

「小田急は混んでいて遅い」と敬遠されていましたが、東急線やJR南武線などから切り替える利用客が、年間3~4%、約3000万人増えると期待しています。

 

── 他に期待できるメリットは。

 

星野 複々線の完成で便利になることにより、沿線の魅力を抜本的に高められます。併せて主要駅の自治体や大学、企業と連携して使いやすい駅や周辺開発を進めています。小田急が「日本一暮らしやすい沿線になる」アプローチです。

 

 ◇インバウンドも大きな柱

 

── インバウンド(訪日外国人)数は伸びていますか。

 

星野 箱根や江ノ島などの観光地だけでなく、新宿も人気があります。1999年に鉄道で初めて、新宿に外国人利用客の案内所を作りました。新宿と小田原の2カ所の利用者は2012年度が9万人でしたが、16年度は28万人でした。17年度は三十数万人と見込んでいます。東南アジア中心に、中国や韓国に加え、最近は欧米が増えています。

 両拠点を持つ我々にとってインバウンドは大きな柱として育てたいですね。20年度までの関連収益230億円を目標としています。

 

── まだ伸びそうですね。

 

星野 昨年12月にはインバウンド専用周遊券「箱根鎌倉パス」の発売を始めました。3日間有効でグループ各社の交通機関が使える箱根や鎌倉の周遊券サービスに加え、小田急線内も自由に乗り降りできます。

 

 一方、インバウンド関連ベンチャーを支援する事業も始めています。取得したビルに貸しオフィスやイベントスペースなどがあります。イベントの提供や商品の企画に向けて、アイデアを出してもらう狙いです。

 

 16年9月にはPRを図り、バンコクに駐在員を配置しました。現地での発信力は高まり、新宿・小田原の旅行案内所の利用者は17年度上期は前年度同期比で27%増加しました。国は20年東京五輪を控え、欧米などからの長期滞在型観光客を見据えています。当社は今年2月にパリにも駐在員を置きます。現地に駐在員がいると、情報量は収集も発信も格段に違います。

 

── 今後の方針は。

 

星野 20年を見据えた長期ビジョンでは、複々線の効果最大化、沿線外のホテル進出などを盛り込んでいます。百貨店をはじめ流通は苦戦しています。4月からの3カ年計画では、百貨店とショッピングセンターの融合を図ります。藤沢で始めており、内装の変更などを進めています。町田や新宿でも展開する方針です。

 

 駅の機能は変わっていくでしょう。これまでは主に「住む」「買い物する」という機能でしたが、サテライトオフィスや、子どもの学びや遊びのスペースといった多様な機能を持つ拠点に作り替えていきたいと思っています。

(構成=米江貴史・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A ほとんどをグループ事業部で過ごしました。20代で関わった人事から、商売中心になりました。不動産や建設を担当し、人間関係や事業の視野が広がり、グループ全体あっての小田急だという考え方になりました。

 

Q 「私の好きな本」は

 

A 時代小説をよく読みます。佐伯泰英、上田秀人、辻堂魁が好きです。勧善懲悪な話はスッキリします。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 趣味はゴルフですが、それ以外は家族と過ごしています。妻や子どもと一緒に買い物や食事、映画に出かけたりします。家では天ぷらなどの料理もします。

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 ■人物略歴

 ◇ほしの・こうじ

 1955年生まれ。神奈川県出身。県立厚木高校、早稲田大学政治経済学部卒業後、78年4月小田急電鉄入社。専務取締役交通サービス事業本部長などを経て2017年4月から現職。62歳。

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事業内容:鉄道、百貨店などの流通、不動産など各事業の運営

本社所在地:東京都新宿区

設立:1923年5月(前身の小田原急行鉄道)

資本金:6035900万円

従業員数:単体3637人(20178月)

業績(173月期、連結)

 売上高:52303100万円

 

 営業利益:4994600万円

2018年

1月

23日

「モーターと制御」を主力に産業ロボも展開 小笠原浩 安川電機社長

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 主力のサーボモーターはどのようなものですか。

 

小笠原 サーボモーターは、モーターの回転を決められた位置に正確に「止める」ことが得意です。当社のサーボモーターは、35キロメートル以上ある山手線1周に例えると、誤差2センチ内の位置に止める精度を持ちます。競合はいますが、当社のサーボモーターは精度・品質が高いことから世界シェアトップです。

 

 

── どのようなものに使われますか。

 

小笠原 正確な位置決めが求められるあらゆる産業機械に使われています。需要先のひとつとして産業用ロボットの関節があります。産業用ロボットが、モノをつかみ正確な位置に運ぶのに役立ちます。電子部品を、基板上の決められた位置に正確に素早く置くチップマウンターにも多く使われます。

 

── 事業のポートフォリオは。

 

小笠原 売上高ベースで、サーボモーターやインバーターなど、モノの動きを制御する機器であるモーションコントロールが48%、ロボットが35%、システムエンジニアリングが12%です。

 

── 産業用ロボットメーカーのイメージも強く、ファナック、ABB(スイス)、KUKA(独)と共に世界4大メーカーと言われます。

 

小笠原 世界トップ4の中で、サーボモーターを含む電気部品を製造しているのは当社とファナックだけです。あとの2社は、電気部品については外部から調達しています。だから当社は、サーボモーターなどの電気部品とのすり合わせをして、柔軟にロボットを開発・製造できるのです。

 

── ロボットはどのような用途に使われますか。

 

小笠原 主には自動車産業向けです。特に、放電を利用して金属同士をすき間なく溶接する「アーク溶接」で強みを発揮します。他には、さまざまなモノを運ぶ用途や、半導体・電子部品の製造工程でも多く使われます。

 

── サーボモーターと産業用ロボット双方を製造する狙いは。

 

小笠原 当社は「モーターとその制御」をコアとする会社です。歴史的に見れば、当社は元々、九州の炭鉱で、石炭搬送用の巻き上げモーター製造からスタートしました。その後、サーボモーターを世界で初めて開発し、その応用として産業用ロボットの関節に使っているという経緯があります。ロボットは一つの製品に過ぎず、ロボット専業のメーカーではないのです。

 

── ロボット専業メーカーとの差別化ポイントは。

 

小笠原 モーターとその制御をなりわいとすることで、裾野を広く持てるということです。ロボットを大量に製造して、顧客の要望もあまり聞かずに「これは当社のこんな技術を詰め込んだ、当社の標準的なロボットです」と持っていくだけでは顧客は満足しません。「こんな製造工程が欲しい」という顧客の声に耳を傾けて、ロボットだけではなく、FA(ファクトリーオートメーション)機器も含めたシステムとして提案できる、裾野の広さが大事と考えます。

 

── モーターから事業が広がってきたのですね。

 

小笠原 はい、引き続き、モーターからの広がりという路線で事業をやっていこうと思います。しかし、モーターが不要になる時代がいつか到来する可能性はあります。また、産業用ロボットが別のモノに置き換わる可能性だってあります。そうした市場の変化には、先に手を打てるよう敏感でいなければなりません。

 

── 足元の受注状況は。

 

小笠原 中国を中心として需要は旺盛で、前年同期比3割増の過去最高レベルで推移しています。この結果、18年2月期(決算期を今年度から変更)連結決算は売上高・最終利益ともに上方修正して、過去最高を更新する計画です。

 

── 国内需要はどうでしょうか。

 

小笠原 国内需要も右肩上がりですが、伸びが著しい中国にはかないません。

 

 ◇対中国製でも価格競争力

 

── そんなに中国の需要が強いのですか。

 

小笠原 中国では、スマートフォンなど最先端の製品を製造する工場は、中古の機械設備は絶対に使いません。常に最先端の機械設備を求めており、2年で新たな設備に替えます。中国では今後も、スマートフォンや電子部品そして半導体全般、また見落としがちな分野としてはLED(照明)でも需要の伸びが大きく見込まれます。

 

── 中国にもサーボモーターや産業用ロボットを製造する現地メーカーがあるのでは。

 

小笠原 当社のサーボモーターは性能や品質が良く、故障が少ない。しかしそれだけではありません。部品調達や生産の現地化を徹底的に進めていることで、中国製品と比べても安く製造でき、コスト競争力があるのです。16年度、当社は世界で250万台のサーボモーターとアンプを製造しましたが、うち半分は中国の瀋陽で製造しています。

 

── それは意外ですね。

 

小笠原 当社のロボットも中国の常州工場で、材料調達から一貫して現地で生産をする地産地消体制を敷き、開発チームも現地に置いています。顧客のニーズをすぐに吸い上げ、反映できるのも強みです。

 

── とはいえ、中国工場で働く日本人の人件費は高いのでは。

 

小笠原 中国の現地メーカーで働く中国人の人件費は年々上がっています。そのことは、当社のコスト競争力を強める追い風になっています。

(構成=種市房子・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A ソフトを開発する部門で、猛烈に働いていました。気の遠くなるような作業も多いのですが、「物事は必ず終わる」ということを学びました。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 弘兼憲史さんの「島耕作」シリーズです。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 妻と買い物です。

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 ■人物略歴

 ◇おがさわら・ひろし

 愛媛県出身。松山南高校、九州工業大情報工学科卒業。1979年安川電機入社、主にソフトウエア開発畑を歩み、2006年取締役、15年代表取締役・専務執行役員。16年3月から現職。62歳。

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事業内容:産業機械、ロボット製造

本社所在地:北九州市

設立:19157

資本金:306億円

従業員数:14632人(連結)

業績(20173月期、連結)

 売上高:3948億円

 

 営業利益:304億円

2018年

1月

16日

ニーズに合わせて革新的な生命保険を提供 中里克己 東京海上日動あんしん生命社長

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 東京海上日動あんしん生命はどんな会社ですか。

 

中里 1996年の保険自由化によって損害保険、生命保険が相互に参入できるようになり、東京海上グループとして生命保険をスタートしました。創業時には「おかしいな、人間が生命保険に合わせている」というメッセージを掲げ、お客さま本位の生命保険のあり方を追求するコンセプトを打ち出しました。もう一つ、革新的な商品・サービスを提供することも創業の精神として取り組んでいます。

 

 

── 大手生保との違いをどう打ち出していますか。

 

中里 グループとして生損保一体なのが独自の強みです。その象徴的な商品が、業界唯一といっていい「超保険」。火災保険や地震保険、傷害保険とばらばらだったものを一つにまとめ、さらに生命保険も提供しています。お客さまの生涯にわたるリスクを一覧化し、コンサルティングしながら生損保両面から守っていくのがコンセプト。2002年に発売以来、多くのご支持をいただいています。

 

 1610月には、超保険で生命保険の保険料を割り引く「生保まとめて割引」も導入しました。こうした発想をできることが生損保一体で取り組むメリットと考えています。

 

 まさにゼロからスタートした東京海上日動あんしん生命。0310月の東京海上あんしん生命と日動生命の合併を経て、17年6月末には保有契約件数が557万件を突破し、右肩上がりで成長を続けてきた。国内損保事業、国内生保事業、海外保険事業、金融・一般事業の四つの分野を展開する東京海上グループの中で、生保事業は成長のけん引役に位置づけられている。

 

── 他にもユニークな商品が多いですね。

 

中里 1711月から契約者の方々が歩くと保険料の一部が返ってくる「あるく保険」の一般販売を始めました。お客さまにウエアラブル端末を貸与して装着してもらい、1日平均8000歩を歩くと保険料の一部を2年後にキャッシュバックする業界初の商品です。健康増進の取り組みをサポートすることで、できるだけ(医療の)出費がかからないようにしようというコンセプトですね。

 

── 従来の医療保険や死亡保険ではカバーしきれないリスクが増えています。

 

中里 当社では12年から「生存保障革命」と題して、そうした空白領域を保障する商品を開発してきました。最近では、長期の入院などで働けなくなるリスクを保障する「家計保障定期保険NEO 就業不能保障プラン」を1611月に発売し、17年度上期(4~9月)の加入件数は前年同期比1・5倍と伸びています。1711月からは「生存保障革命Nextage」という取り組みを始め、「あるく保険」を一歩として「未病・予防」といった領域へと(商品開発を)広げていきたいと考えています。

 

── 低金利の環境が長く続き、一時払い終身保険は販売休止が相次ぎました。

 

中里 それでも、老後の生活資金への不安は根強くあります。そこで、保険商品として何かできないかと、17年8月に発売したのが変額保険「マーケットリンク」です。これは、保険料を回払い(月払いまたは年払い)でお支払いいただき、運用実績によって将来の満期保険金の上昇が期待できる商品です。資産運用にはリスクが伴いますが、「マーケットリンク」は長期にわたって積み立て、投資対象を分散することで、そうした運用リスクを軽減できます。

 

── 運用先は選べるのですか?

 

中里 国内株式型や外国債券型、国内外の株式・債券に投資するバランス型など8種類から選べます。こうした回払い変額保険も他社はあまりやっていません。お客さまのニーズに合わせて、一歩先を行く商品を提供していきたいと思っています。

 

 ◇運用を多様化・高度化

 

── 保険料の運用環境も厳しくなっています。

 

中里 健全性を維持することが大前提ですが、資産運用の多様化・高度化を進めています。資産運用能力の高さで定評のある米デルファイ社が12年、東京海上グループの傘下となりましたが、16年度から当社の運用資産の一部を委託し始め、17年度からその規模を大きくしています。グローバルな保険グループならではのシナジー(相乗効果)を発揮していきたいですね。

 

── 今後の目標は。

 

中里 17年度は現在の3カ年の中期経営計画の最終年度です。生命保険会社の売上高に相当する新契約年換算保険料は、長期貯蓄性商品を除いたベースで年平均成長率10%を目標としており、17年度末にはクリアする見込みです。また、現中計では生保の事業利益の増加額で1000億円到達を目標に掲げています。今後の金利水準次第となりますが、17年9月末時点の業績予想ではこちらも17年度末で達成できる見通しです。今年度は次の中計に向けた布石を打つ重要な一年でもあります。

 

 より長期のビジョンとしては「日本を代表する生命保険会社」になることを掲げています。規模だけでなく成長性や健全性、収益性などあらゆる面で高いレベルを目指し、お客さまをはじめステークホルダー(利害関係者)から評価されることで、従業員もやりがいや誇りを持てるようにしたいですね。

(構成=桐山友一・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 入社以来の営業部門から本社に異動し、営業推進をつかさどる「営業開発部門」にいました。さまざまな仕組みを変革していかなければならず、「戦略の大切さ」を学びました。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 童門冬二の『上杉鷹山の経営学』です。変革にチャレンジする、一本筋の通った経営姿勢に共感しました。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 下町の散策と食べ歩きです。家族や気の置けない仲間との食事の時間を楽しみにしています。

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 ■人物略歴

 ◇なかざと・かつみ

 1963年生まれ。埼玉県出身。埼玉県立春日部高校、一橋大学経済学部卒業後、85年東京海上火災入社。東京海上日動火災理事東東京支店長、東京海上日動あんしん生命執行役員営業企画部長、常務取締役兼営業企画部長などを経て、2017年4月から現職。54歳。

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事業内容:生命保険事業

本社所在地:東京都千代田区

設立:199686

資本金:550億円

従業員数:2588人(20173月末現在、単体)

業績(173月期、単体)

 経常収益:156700万円

 

 経常利益:1747700万円

2018年

1月

09日

鉄道、流通、不動産で九州を元気に 青柳俊彦 JR九州社長

── 国鉄民営化から30年がたちました。

 

青柳 本州の3社と比べ、JR九州は鉄道事業が赤字の会社だったため、いかに効率よく運営し、鉄道に乗っていただくか、どういうふうに利用していただくかが課題でした。一番需要が高かった福岡─熊本間という本来ならドル箱路線が当時は高速道路に負けていた。鉄道事業本来のあるべき姿に戻らないといけない、というのが30年前のスタートでした。

 

 

── どんな取り組みを進めてきましたか。

 

青柳 国鉄時代の延長線上で鉄道事業に取り組めば即つぶれてしまう。乗っていただくための戦略、そしてリピーターになってもらうサービスは何かを常に考えてきました。その一つが車両のデザインです。

 

── 大人が見てもかっこいいと思う車両が多いです。

 

青柳 工業デザイナーの水戸岡鋭治さんに最初にデザインしてもらったのが1988年、福岡県内を走る香椎線のアクアエクスプレスのデザインでした。

 走っている写真を見てお子さんが乗ってみたいと思うきっかけになるデザイン、かっこいいから乗ったら「便利でサービスもいい」と思ってもらう。それが我々の原点で、今も忘れていません。

 

── 水戸岡氏との出会いは大きかった。

 

青柳 92年に運輸部に着任する前年、水戸岡さんが「鉄道大航海時代」という大論文を書かれ、初代社長の石井幸孝に見せました。彼は動くホテルをイメージした車両を考案し、「これからは鉄道の大航海時代が始まる」と言っていました。これを受け水戸岡さんに頼んだのが92年に運行を始めた特急つばめでした。

 時速130キロの在来線高速化や列車本数の頻度アップなどの改革は理性に訴える戦略、乗り心地やデザインは感性に訴える戦略という認識で進めてきました。

 

 アクアエクスプレスは、大きな前面窓や、海が見えやすいように座席を窓に向けて配置、つばめはホテルのような空間を車内に持ち込むなど、従来の鉄道車両にない斬新なデザインが話題を呼び、ここ数年巻き起こっている観光列車ブームに先鞭(せんべん)をつけた。

 

── 水戸岡氏がデザインした周遊型の豪華寝台列車「ななつ星in九州」も人気です。

 

青柳 2013年10月から運行を始めました。週2回の運行で1回の運行は最大30人、3泊4日で1人67万5000円からと決して安くないですが、18年2月までの運行分の応募倍率は平均16倍です。

 

 熊本地震と九州北部豪雨、台風の影響で、長崎と鹿児島を往復するルートに限定していましたが、地元の方々が地場の産品を差し入れてくれたり、民間芸能を催してくれたり、家族のような地元の方々のおもてなしのおかげで、ななつ星の価値は下がりませんでした。17年12月に日豊本線が運転再開し、大分や宮崎を通るルートで運行しています。

 

 ◇意識した投資家目線

 

── 不動産と流通にも力を入れています。

 

青柳 民営化スタート時、1万5000人の社員のうち、鉄道事業だけなら1万2000人で列車を動かせる。残る3000人分の食い扶持(ぶち)をどうするかが課題でした。なんでもやろうと取り組んだのが不動産です。

 

 最初は熊本県の美咲野で2000戸の大団地を開発しましたが失敗し、減損もしました。そこで我々の強みである「街中で機能の高いものを提供しよう」とぶれずにやってきたのがいまの成功につながりました。15、16年には九州最大戸数の分譲マンションを発売し、現在も毎年500~600戸を売り出しています。

 

── ファクトシート(決算の補足資料)には最初にEBITDA(税引き前・償却前・利払い前営業利益)が出てきます。

 

青柳 投資家向けに何を伝えるべきか勉強しました。EBITDAで見ると鉄道で4割、残り6割は駅ビル(流通)と不動産、建設で稼いでいます。鉄道を基盤に不動産と流通が一緒になって伸びていく、という気持ちがあった方がいい。それが九州の元気の源になる事業ならチャンスを生かしてやっていきたい、という考えです。

 

── 16年10月の東証1部上場から1年がたちました。

 

青柳 18年度が最終の中期経営計画で、経営安定基金も固定資産税の減免措置もなくなり、完全な民営会社になります。

 

 鉄道を運行する仕事は上場しても変わりませんが、意識は生まれ変わる方向にシフトしないといけない。外部の人と話して「会社は変わった」と思われるよう新しいステージを目指そう、と社員には訴えていきます。

 

── 今後力を入れていく開発は。

青柳 21年春に熊本駅ビルを開業する予定で、長崎本線連続立体交差事業に伴い、長崎の駅ビルも再開発していきます。

 

 福岡市内では、天神の大名小学校跡地の開発に名乗りを上げ、青果市場跡やウオーターフロント構想も視野に入れています。

 

── 海外展開は。

 

青柳 5年前に中国の上海にレストランをオープンし、現在は4店で営業。タイにも17年に事務所を開き、日本の駐在員向けのサービス・アパートメントの運営を行いたい。

 

Interviewer 金山隆一・本誌編集長

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 前半は科学技術庁(現・文部科学省)の日本原子力研究所に出向。民営化前の4カ月はJR準備室、JR九州となってからは総合企画本部で在来線の時速130キロ化、その後、鉄道の仕事すべての基幹業務システム化、九州各地の列車運行を一元管理する総合指令化──の三つに取り組みました。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 司馬遼太郎『竜馬がゆく』など。本の虫ではないですが、何でも読みます。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 家でぼうっとしています。

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 ■人物略歴

 ◇あおやぎ・としひこ

 1953年生まれ。福岡県出身。ラ・サール高校(鹿児島県)、東京大学工学部卒業。1977年国鉄入社、87年国鉄民営化に伴い、JR九州総合企画本部経営管理室副長、2005年取締役鹿児島支社長、12年専務取締役を経て、14年から現職。64歳。

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事業内容:運輸、建設、不動産、流通・外食

本社所在地:福岡市博多区

設立:1987年

資本金:160億円

従業員数:1万6922人(2017年3月末現在、連結)

業績(17年3月期、連結)

 売上高:3829億円

 営業利益:587億円

2017年

12月

26日

物流システム「マテハン」で世界トップ 北條正樹 ダイフク社長

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── マテリアルハンドリングという聞き慣れない事業を展開しています。

 

 

北條 マテリアルハンドリング、略してマテハンという言葉を定義付ける前に、どんな産業に使われているかを紹介します。まず、私たちがマテハン事業を始めたのが、自動車の搬送システムです。完成車メーカーの工場で、生産ラインの各工程で生産中の自動車を運ぶものです。次に手がけたのが自動倉庫です。

 

── 今日、電子商取引(EC)の拡大で普及していますね。

 

北條 自動倉庫はネット通販業者の他に食品卸、医薬品卸など幅広い顧客がいます。当社は、倉庫というハードに、プラスアルファでコンピューター制御機能を付けて、在庫や入荷・出荷管理をします。要は、マテハンとは物流システムをハード・ソフト双方で総合的に提供することです。納めるシステムは、顧客1社1社で違います。私たちは物流システムのハードを作るメーカーでありながら、システム・インテグレーター(最適なものを選んで組み合わせる会社)としての性格も持っています。最近では、物流のコンサルタントのビジネスも増えています。

 

── コンサルタントの仕事とは。

 

北條 マテハンは、人手不足・自動化が追い風になっています。では、自動倉庫で荷物を拾い上げて仕分けするロボットを全面的に導入すればいいのでしょうか。荷物は大きさも形状も多様で、ロボットが苦手とします。また、1カ月に数回しか注文が来ない商品のピッキングにも、ロボットを導入するべきでしょうか。何でも自動化をすればよい、というものではありません。当社は、顧客の求めるもの、費用対効果を踏まえて、自動化をどこまで進めればいいのかを提案します。

 

── 顧客層は。

 

北條 自動車、半導体、ディスプレー、食品、ネット通販業者、空港運営者とさまざまです。当社はマテハン世界シェア、ナンバーワンです。それは、顧客の裾野が広いからです。ポートフォリオが広いと、ある産業の需要が落ちても、他の産業でカバーできます。

 

── 堅実な経営ですね。

 

北條 当社は1970年代、マテハンの知見を生かしてボウリングのピンをセットするマシンを製造していました。ブームに乗って、72年度にはボウリングマシンの売上高は全体の72%に達しました。会社の財務は向上しましたが、ブームが去れば全く売れない。発売当初から覚悟はしていたことなのですが。それ以来、「一気にもうかる商売は長続きしない」を教訓にして、地道に顧客を開拓し、一歩一歩信頼を獲得する路線を身上にしています。

 

── どのように信頼を獲得してきたのでしょうか。

 

北條 何ごとにも逃げないことを心がけてきました。これは、顧客の求める納期内に、必要な機能を入れて、求められるコスト内で工事を終わらせることを意味します。かつて、欧米の大手自動車会社にシステムを納入した際「Not Escaping Company(逃げない会社)」と褒められたことがあります。ビジネスライクな欧米の企業がコストが跳ね上がったことを理由に納入価格をつり上げることは珍しくありません。当社は時には採算よりも納期を守ることに注力してきました。

 

── 他の強みは。

 

北條 顧客のニーズから新商品を作り出す能力は随一です。当社社員が工場や倉庫など現場に行って、切羽詰まった納期内に顧客と新たなシステムを作ろうとする。一つ現場を仕上げると、社員には自信になります。顧客とイノベーションを生み出しているとも言えます。社員を育てているのは当社ではなく、顧客です。

 

 ◇ハイテク産業向け好調

 

── 国ごとのポートフォリオは。

 

北條 売上高ベースで、日本33%、北米24%、アジア36%です。日本は特にEC需要が伸びています。アジアの中では中国でディスプレー工場向けが伸びています。北米ではEC向けを伸ばせていないのが課題です。一方で、自動車工場や空港向け搬送システムが伸びています。空港向け搬送システムとは、手荷物を安全・安心な環境下で到着空港まで届けるシステムです。北米は、空港も多いうえ、設備更新需要も旺盛です。

 

── 足元の業況は。

 

北條 半導体・ディスプレー関連が好調です。これらはクリーンルームという特殊な環境で製造しています。そこでは、ウエハーやガラス基板を非接触で給電しながら搬送する技術や、ウエハーの加工面が腐食するのを防ぐため、一時保管中に窒素を充填(じゅうてん)する技術が不可欠です。当社は、従来の技術を高度化してこれらのビジネスを手がけており、今大きなウエートを占める事業分野になっています。

 

── 特殊な技術が求められるのですね。

 

北條 工場は稼働率を上げるために24時間操業が求められます。マテハンの品質は、最終製品の歩留まり率にも大きく関与します。当社は、工場の運転状況をモニターで見える化して、どこでトラブルが発生したかを監視し、稼働率を極限まで上げることを目指します。これらの技術が受け入れられて、世界の半導体大手の工場に採用されています。半導体はこれまでパソコンなどが主流で、需給動向に波がありました。その結果、設備投資にも波がありました。しかし、今後はデータセンターや車載半導体という新たな市場が拡大して、しばらくは好調が続きそうです。

(構成=種市房子・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A ホンダの二輪・四輪工場が米国やカナダに進出するお手伝いをしました。上司にものお

じせず、英語もよく分からない中、なんとかなるさと体当たりでした。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 社会人になって司馬遼太郎や宮城谷昌光を読むようになりました。『街道をゆく』は今でも寝る前によく読みます。

 

Q 休日の過ごし方

 

A ゆっくりワインを飲みます。

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 ■人物略歴

 ◇ほうじょう・まさき

 富山県立福野高校(現・南砺福野高校)、早稲田大学第一商学部卒業後、1971年大福機工(現・ダイフク)入社。主に自動車設備畑を歩み、98年取締役。海外統轄担当取締役や米国やカナダ現地法人社長を経て、2006年副社長。08年4月から現職。富山県出身、69歳。

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事業内容:物流システムの設計・製造・据え付け等

本社所在地:大阪市

設立:19375

資本金:150億円

従業員数:8689人(グループ計、20173月末現在)

業績(173月期)

 売上高:3208億円

 

 営業利益:230億円

2017年

12月

19日

高い品質と営業力で特許切れ克服 眞鍋淳 第一三共社長兼最高執行責任者(COO)

  Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

 2017年3月期通期に国内医療用医薬品売上高で、競合他社を抑え初の首位を達成した第一三共。一方、連結売上高は前年同期比3・2%減の9551億円となり、今後は特許切れとなった主力の高血圧症治療剤「オルメサルタン」に続く収益の柱の育成が急務だ。

 

── 国内医療用医薬品は何が好調ですか。

 

眞鍋 血液を固まりにくくして血栓の生成を予防する抗凝固剤「エドキサバン」が好調に売り上げを伸ばしています。直接経口抗凝固薬(DOAC)市場におけるエドキサバンの国内売り上げシェアは、17年9月末時点で23・5%を獲得しました。特に、主なターゲットとしている新規患者の処方箋数シェアではトップの同38・6%まで拡大しています。

 

── 好調の理由は。

 

眞鍋 当社のエドキサバンが高品質であることに加え、医薬情報担当者(MR)の高い評価と営業力の強さがあります。現在日本では、代表的な抗凝固剤として「ワーファリン」が圧倒的な処方箋数シェアを占めていますが、ワーファリンは納豆が食べられないなど食べ物に制限があるほか、投与量の調整も必要です。

 

 一方、エドキサバンは食事制限がほとんどなく、服用も1日1回でよい。臨床試験でもワーファリン以上の安全性と同等の有効性が立証されており、当社製品の高い品質と利便性が選ばれている理由だと思います。

 

── 営業力の強さとは。

 

眞鍋 当社の国内約2200人のMRは、医療機関による信頼性評価で5年連続1位をいただいており、信頼を土台とした営業力の強さが新規患者の獲得につながっています。

 

 他の製薬企業からも、当社の営業力を活用して日本で製剤を展開したいとのお話をいただくことが多く、他社製品の販売が収益に大きく貢献しています。実績を残すことで別の製薬会社とも提携でき、他社製品が充実すれば当社の営業力も更に増すという好循環が生まれています。

 

── オルメサルタンの特許切れによる減収をどう補いますか。

 

眞鍋 まずはエドキサバンの世界シェアを伸ばします。現状では、18年3月期のオルメサルタンは840億円(前年同期比38・5%減)の減収見込みに対し、エドキサバンは277億円(同74・1%増)の増収で、減収を補うには至っていません。

 

 しかし、世界のDOACの市場規模は17年6月末時点で約1兆7000億円と大きく、今後も拡大が予想されます。当社の高品質な製品と営業力を武器に着実にシェアを獲得していけば、20年のエドキサバンの売上高目標1200億円は達成できるとみています。

 

 ◇独自のがん治療薬を開発

 

── 米国事業はどうですか。

 

眞鍋 鎮痛剤と貧血治療剤の主に二つの事業がありますが、鎮痛剤事業は厳しい状況です。米国で麻薬性鎮痛剤「オピオイド」の乱用が問題となったことを受け、14年に米チャールストンから取得した制吐剤配合の麻薬性鎮痛剤「CL─108」の開発・販売権を返還しました。これに伴い、17年7~9月期に約278億円の減損を計上し、18年3月期の連結営業利益見通しも1000億円から750億円に下方修正しました。

 

── どう挽回しますか。

 

眞鍋 鎮痛剤事業の他の3製品を強化します。オピオイドの副作用である便秘の治療薬「モバンティック」と、乱用防止特性を持った麻薬性鎮痛剤「モルファボンド」と「ロキシボンド」です。この3製品は、コミットメントを強めながら慎重、確実に販売を伸ばしていきます。

 

 また、貧血治療剤事業では、子会社のルイトポルドが販売する鉄欠乏性貧血治療薬「ヴェノファー」と「インジェクタファー」が好調です。この2製品の合計で、現在米鉄注射剤市場で7割以上のシェアを占めており、今後も予想以上の伸びが期待できるとみています。

 

── がん事業にも注力しています。

 

眞鍋 現在、乳がんなどに多く発現する遺伝子「HER2」を標的とした抗体薬物複合体(ADC)「DS─8201」の開発を最優先で行っています。ADCとは、抗体と制がん剤をリンカー(抗体と薬物をつなぐもの)で結合させたものです。リンカーと結合した抗体ががん細胞に正確に届き、細胞に取り込まれると制がん剤を放出する仕組みになっているため、正常な細胞には負荷をかけずに高い治療効果が見込めます。

 

 従来のリンカーは最大でも四つの薬物しか付けられず、がん細胞に到達する途中で抗体から外れてしまうなどの難点がありましたが、当社が独自に開発したリンカーは八つの薬物を付けることができ、安定性にも優れているため、より高い治療効果が期待できます。

 

── 現在の進捗(しんちょく)は。

 

眞鍋 臨床試験はフェーズ2(申請用試験)に入り、20年度に米食品医薬品局(FDA)に承認申請を行う計画ですが、既にFDAから16年にファストトラック(優先承認審査)指定、17年に画期的治療薬指定をいただいており、早期承認申請に向け開発を進めているところです。

 

 16年に開始した5カ年中期経営計画では、20年時点で25年度までに売上高1000億円以上を期待できる中核製品を三~五つ保有する目標を掲げていますが、DS─8201はその候補として期待しています。

(構成=荒木宏香・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 当社の安全性研究所や米オハイオ州立大学で、肝臓に有害な「肝毒性」の発現メカニズムなどを研究していました。帰国後も研究一筋の30代でした。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 柳田邦男氏の『ガン回廊の朝(あした)(上)・(下)』です。いかに患者に貢献できるかが一番大切だと気付くきっかけとなった本です。

 

Q 休日の過ごし方

 

A ジムに毎週通い体を動かしています。お付き合いのゴルフも増えました。

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 ■人物略歴

 ◇まなべ・すなお

 1954年生まれ。香川県出身。香川県大手前高校(現大手前丸亀高校)、東京大学農学部卒業後、78年三共(現第一三共)入社。2009年第一三共執行役員、16年同社副社長を経て、174月から現職。63歳。

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事業内容:医薬品の研究開発、製造、販売

本社所在地:東京都中央区

設立:20059

資本金:500億円

従業員数:14791人(179月末時点、連結)

業績(173月期、連結)

 売上高:9551億円

 

 営業利益:889億円

2017年

12月

12日

「M&Aは成功するもの」を根付かせる 三宅卓 日本M&Aセンター社長

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 社名にM&A(企業の合併・買収)とありますが、どんな業務に取り組む会社ですか。

 

三宅 中堅・中小企業のM&Aの仲介を手がけていますが、経営者の意識が変わりました。10年前は譲渡側の社長にとって、会社の譲渡は抵抗感があり、敗北者のイメージでした。しかし現在は「会社の存続のため相乗効果がある会社に渡した」と評価されるようになりました。我々が譲渡を勧めても抵抗がなく「どんなところに譲渡したら社員が幸せになれるか」と質問されます。

 

── 何が意識を変えましたか。

 

三宅 二つあります。一つ目はM&Aが一般化しました。二つ目は後継者不足が深刻になった点です。団塊の世代(1947~49年生まれ)が70歳を迎えています。民間信用調査機関の調査では、日本の中小企業約420万社の66・2%には後継者がいません。切実な問題です。

 

── 重視していることは。

 

三宅 当社の理念はM&Aを通じた中堅・中小企業の存続と発展です。中小企業は廃業に追い込まれると、従業員とその家族の生活が一変します。一方、買い手も閉塞(へいそく)感のある会社が多く、買収で相乗効果が出たり、新しいビジネスモデルが作れたりして発展に結びつきます。

 

── 強みは何ですか。

 

三宅 全国の地方銀行や信金、会計事務所などと提携したネットワークがあります。地方で困っている会社の情報が上がってきますので、規模や分野に関係なくやっています。

 調剤薬局や病院、介護施設、IT、食品、運送や建設ではM&Aが繰り返され、業界再編が相当な勢いで進んでいます。そういった業種が得意分野になっています。専門担当者を置いて集中的に進めています。

 

── 創業以来、黒字だそうですね。

 

三宅 90年代はM&Aに抵抗があって情報は少なく、会計事務所などとのネットワークを通じて情報をもらえました。しかし2006年の上場後は局面が変わりました。

 

── 変化の背景は。

 

三宅 二つあります。一つは「三つの階層」で当社の経営を進めるようになりました。経営陣が明確なビジョンを作り、部長など中間管理職として強烈な実現力のある人間を育てる。一般社員にはビジョンのベクトルをそろえます。

 

 そのために一般社員とは「合宿」でコミュニケーションを取っています。合宿とは、社員約5人を1組としてホテルに泊まり込み、終業後の午後6時から3時間ずつ区切り、現場の問題点や改善案などを討論するもので、昨年は45回開きました。後半はお酒を飲みながらで、違ったものになります。私は会議などで各月の方針を伝えていますが、合宿では聞き役に徹し、良いものは翌日実行します。また中期計画ごとに目標達成すれば行使できるストックオプション(新株購入権)を出しています。

 

── もう一つの背景は。

 

三宅 M&Aのビッグウエーブは今後40年続くことです。団塊の世代が70歳を迎えて事業継承対策のM&Aの波がピークです。10年続きます。

 次の波は業界再編です。現実的な就業人口を2064歳とすると、00年に8000万人でしたが、25年には6500万人、60年には4000万人に減ります。会社の数は半分ということになります。現在、日本の企業は400万社で、200万社になる過程でM&Aによる業界再編が起き、あらゆる業界が4~5強になる。1015年続くでしょう。

 

── 日本を揺るがす問題ですね。

 

三宅 さらに日本では作る人も買う人も半減するので、中堅企業も海外でモノを作ったり売ったりします。そのときに進出先などの会社を買収する第3の波が来ます。波が全て終わるまで3040年かかると思いますので、どんどん採用しています。

 

── 足元の業績は。

 

三宅 昨年度の成立件数は524件です。今年は半期で約380件で年間700件の可能性があります。

 

 ◇成約式で心を一つに

 

── M&A仲介で何を心がけていますか。

 

三宅 満足できるM&Aを実現するため、「成約から成功へ」を標語にしています。本当に喜んでもらう「成功」を目指し、M&A後の融和などにより円滑に統合を進める「ポスト・マージャー・インテグレーション」(PMI)を重視しています。そのためにコンサルティングも積極的に進めています。

 

── 具体的な工夫は。

 

三宅 成約式を超一流ホテルの結婚式レベルで行っています。譲渡側の企業の社長夫人に手紙を読んでもらいます。創業以来の苦労を見ているのでずっしり来ます。買い手企業の社長はそうした重みを聞いているので、引き受ける会社を「人生かけて成長させる」と言う。その光景を撮影した映像を役員にも見てもらうことで一丸となり、協力的にもなってくれます。

 

── M&A成功に必要なものは。

 

三宅 買い手は買収の目的、譲渡企業は任せようと思った理由をきちんと語り合わなければなりません。相乗効果と成長の実現のためには何をすべきか、という戦略と経営指標を決めてやっていくべきです。達成の成否で経営陣への報酬や交代なども話し合うべきです。成約後も統合が円滑に進むには、最初の100日が大切です。日本人はPMIが世界一下手だと思います。「自分の気持ちが分かるだろう」と相手に任せ、方向性がずれる。PMIの考え方が浸透しないと、M&Aは失敗してしまいます。

(構成=米江貴史・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 社長業とは何でしょうか

 

A ビジョンを作り、確実に実現していくこと。同時に顧客と社員を幸せにすることです。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A マグナム・フォト(国際的写真家グループ)の写真集です。状況を把握して、真実をどう探し出し、どう表現して伝えるかを学びました。仕事でも、その視点は、状況分析や問題解決する上で役立っています。

 

Q 休日の過ごし方

 

A レコードが約6000枚あり、聴きながら会社や社員のことを考えて過ごしています。ほとんどがジャズですが、ビートルズのコレクターでもあります。

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 ■人物略歴

 ◇みやけ・すぐる

 1952年神戸市生まれ。京都府立東舞鶴高校、大阪工業大学経営工学部卒業。77年日本オリベッティ(現NTTデータジェトロニクス)に入社し、営業を担当。91年日本M&Aセンター設立に参画。2008年より現職。65歳。

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事業内容:企業の合併・買収(MA)仲介など

本社所在地:東京都千代田区

設立:19914

資本金:13億円

従業員数:308人(20179月末)

業績(173月期)

 売上高:190億円

 

 営業利益:90億円

2017年

12月

05日

ロボットですしを大衆化し、コメ消費量を増やす 小根田育冶 鈴茂器工会長

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

 すしロボットをはじめとした米飯加工機の製造・販売大手。すしブーム、海外の和食ブームを背景に2017年3月期の最終利益は8億2100万円で2期連続で最高益を更新した。

 

── 米飯加工機が好調です。

 

小根田 人手不足で機械のニーズが拡大していることが大きいです。単体売上高の5割を占める主力のすしロボットだけでなく、ご飯を盛り付けるシャリ弁ロボもスーパーや外食産業向けによく売れています。

 

── ロボットがどうやってすしを握るのでしょうか。

 

小根田 基本的な工程は、シャリ(コメ)をほぐし、左右に並んだ車輪の間を通しながら1カン単位に計量し、シャリの形に握る型に落とすという流れです。ポイントの一つはシャリをほぐす工程です。昔は機械で攪拌(かくはん)していたのでコメを練ってしまい、食味が落ちてしまいました。現在は改良の結果、羽根で攪拌することでフワリとシャリをほぐすことができます。科学的にも、人間が握ったシャリよりも多くの空気を含んでいることがわかっています。

 

── 機械のすしは思っていた以上に口当たりが柔らかいです。

 

小根田 コメとコメの間に空気を含んでいるので、口の中でやさしくほぐれるんです。これは握るプロセスにも秘密があります。以前は上部と左右の3方向からギュッと押していましたが、現在はすし型の容器に落として、シリコン素材の部材で上下からやさしく形成しています。

 

── 普通の握り以外もロボットで対応できるのでしょうか。

 

小根田 のり巻き、稲荷ずし、おにぎりにも対応します。

 

── 職人顔負けですね。

 

小根田 すしロボットは、人間の職人よりも握るスピードが速く、仕上がりも勝るとも劣らないところまで来ています。ロボットが1時間当たりに握る個数は、1号機の頃は1200個でしたが、最新バージョンは4800個に向上しています。ただ、人間の仕事の全てをロボットが代替できるわけではありません。ロボットは味を吟味することはできないんです。おいしさを追求するのは人間の仕事です。

 

 ◇和食ブームが後押し

 

── すしロボットを事業化したきっかけは。

 

小根田 創業当時は仙台銘菓「萩の月」をはじめとした菓子製造機械を作っていました。1970年に始まった減反政策を受けて、「コメ消費を拡大させることが、減反政策に歯止めをかけることになる」と、76年に創業者の鈴木喜作が米飯加工機械の開発に乗り出したのが、すしロボットを始めたきっかけです。

 

 当時、外食産業の中でもすしは高根の花でした。そこでロボットを開発してすしの価格を下げれば、すしの消費量が拡大し、ひいてはコメの消費量も増えると見込んだのです。改良を重ねて81年にすしロボット1号機の完成にこぎつけました。

 

── すしは職人の世界です。ロボットの普及は難しかったのでは。

 

小根田 すし職人からは「仕事を奪う」と猛反発にあいました。一般の人に認知してもらうのも最初は苦労しました。83年に日本橋三越本店の催事場ですしロボットで作ったすしをふるまうイベントを開催したのですが、ロボットが握ったすしに対する反応は悪く、2日目までは反応なし。3日目にようやく一人のお客に「おいしい」と言ってもらえたのをきっかけに、多くの来場者が試食をするようになりました。その後は、全国のすし職人の組合ですしロボットの勉強会を開くなどの活動を通じて、職人の理解を得ていきました。ちょうど回転ずしが普及する時期だったこともあり、市場が広がっていきました。

 

── 回転ずしは現在、約3000店まで拡大しています。

 

小根田 機械化によってコストを削減することで、100円台のすしが実現しました。回転ずしやスーパーで販売されているすしなど、すしの大衆化によっていつでも食べられるようになったことは大きいと思います。

 

── 和食ブームによって、海外にもすし店が増えています。

 

小根田 現在、約70カ国にすしロボットを輸出しており、早期に100カ国を目指します。海外売上高の比率は現在は22~23%ですが、5年後には30%まで持っていきたいです。

 

 とはいえ、海外の市場開拓は簡単ではありません。海外のすしブームを受けて米国に飛びましたが、まずさに落胆しました。本物のすしを普及させなければブームは続かないので、ロボットを売り込むだけではなく、すしの作り方の指導などを組み合わせています。

 

── いまだにコメの消費量は下げ止まっていません。

 

小根田 国内は人口減と食生活の欧米化でコメの消費量は減り続けています。また当社は海外のレストランでも日本のコメを使うよう働きかけていますが、価格の高さがネックになっています。早期に農業の合理化などで生産コストを下げ、日本のコメを世界に供給する体制を作るべきです。

 

── 今後の課題は。

 

小根田 弁当や丼物にご飯を盛り付けるシャリ弁ロボの改良です。現在、牛丼チェーンやカレーチェーンなどで採用されていますが、さらに多くの用途に対応できるように進化させます。工場での大量生産に対応できるロボットの開発にも取り組みたいですし、高齢者が使えるように、簡単に操作できるロボットも考えています。

(構成=花谷美枝・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A もなかやハチミツの製造機械の営業を担当しました。砂糖を酵素分解してハチミツに似た糖分を作る機械をメーカーに提案するために全国を回りました。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 武田信玄に関する小説が好きでよく読みます。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 健康維持のためにゴルフをします。

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 ヤフーニュースに動画付きの記事「『調理ロボ』は飲食店の人手不足を救うか」を掲載しています

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 ■人物略歴

 ◇おねだ・いくや

 山梨県立北杜高校出身。1966年宮園オート入社、71年鈴茂器工入社。営業本部長を経て93年に取締役就任。2004年6月代表取締役社長就任、17年6月から現職。74歳。

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事業内容:米飯加工機械の製造販売など

本社所在地:東京都練馬区

設立:1961年1月

資本金:6億1400万円

従業員数:329人(2017年3月末現在)

業績(17年3月期)

 売上高:94億円

 営業利益:14億円

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2017年

11月

28日

健康データで医療費削減目指す 谷田千里 タニタ社長

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 創業当初から体重計を作っていたのですか。

 

谷田 1923年にできた前身の会社は健康とは全く逆の商品、たばこのケースを作っていました。その後44年に祖父(故・五八士・元会長)がOEM(相手先ブランドによる受託生産)でトースターなどを作り、59年に体重計の製造を始めました。「ヘルスメーター」と銘打って売り始めたのは当社が最初です。祖父は体重計の普及を図り、商標は取らなかったようです。体脂肪計などでも同じように商標は登録していません。

 

── 体脂肪計の開発の経緯は。

 

谷田 日本初のデジタル表示式ヘルスメーターを作ったことが体脂肪計の開発につながりました。父(大輔・前会長)が社長だった92年に世界初の「乗るだけで測れる」体脂肪計として発売し、爆発的にヒットしました。その後、筋肉量など体の中身を測れる世界初の業務用「体組成計」へと発展し、現在は売上高の約5割を占めるメインとなっています。

 

── 競合も多いですが、強みは。

 

谷田 原点のものづくりに力を入れていることでしょうか。秋田と中国・東莞の自社工場で作っています。体脂肪計を開発した後も「もっとうまくできる方法を」と探っていました。その間に計測の技術が発達して体の水分量や内臓脂肪、推定骨量など体の構成が分かるようになりました。そこで「もう一つ上のものが出せる」として生まれたのが、世界初の体組成計です。重量センサーなどの考え方が生かせる血圧計、どの程度体を動かしたかの消費カロリーを計測する「活動量計」、アルコール度数計などを作っています。

 

── 常に技術革新を考えるDNAが流れている。

 

谷田 父が社長だった時代は「世界初を目指そう」という目標を理念に掲げていました。2008年に私が社長に就任してからは掲げていませんが、「面白いものを作ろう」という社風は今でも流れています。

 

 ◇レシピ本は542万部

 

── レシピ本『体脂肪計タニタの社員食堂』は「カロリー控えめながらも食事が楽しめる」と評判を呼び、一世を風靡(ふうび)しました。

 

谷田 09年に本社の社員食堂がテレビ番組で紹介されたのがきっかけです。売れるとは思っていませんでしたが、10年に1作目を発行し、シリーズ4冊で累計542万部です。30万部で大ヒットといわれる中で、今までとは比較にならないほどブランドが広がりました。

 

── レストランも展開しています。

 

谷田 タニタ食堂の屋号を付けているのは10店舗。メニューを出しているものを含めると約30店舗です。

 

── まさに特需ですね。

 

谷田 社内ではレシピ本のロイヤルティーの比率を上げようという声もありましたが、変えませんでした。当時は体脂肪計のブームが終わり、売り上げが落ちてきた時期で、改革を進めていました。基盤を作らなければならない時期に一時的な「バブル」で会社が踊らされるのを防ぎたかった。ロイヤルティーを上げて赤字の補填(ほてん)に使っていたら、ダメになっていたかもしれません。その分、出版元は工夫して宣伝してくれたのでうまくいったと思います。

 

── 今、力を入れていることは。

 

谷田 個人の体重などをチェックし、これを基に健康指導などを行う「タニタ健康プログラム」を展開しています。企業や自治体などを対象に、機器やデータ、健康指導のノウハウなどを含めた仕組みを買ってもらうビジネスです。具体的には従業員や住民には活動量計を配り、体重や血圧を測る計測スポットなどで個人のデータをオンラインで結びます。データは個人で確認できるほか、指導にも役立てます。

 

── 企業も行政も医療費の負担に頭を悩ませています。

 

谷田 父は体組成計や血圧計などで得たデータの活用を先読みして、個人向けの健康データを管理する子会社を作っていましたが、業績は芳しくありませんでした。そこで09年、この会社を活用し、対象を企業や自治体向けに変えて使いやすいものを作ろうと、開発を始めました。本社の社員約200人を対象に歩数計や体組成計などから得た個人の健康データを管理して「見える化」を進めるとともに、データを基に専門スタッフが改善指導などをする仕組みを作りました。

 

 取り組みの結果、適正な体重の社員が約5%増加し、社内での医療費が導入前より1割弱減りました。

 

── 1割とはすごいです。

 

谷田 プロジェクトの成功を基に健康プログラムとして改良し、毎年改定を重ねています。約100の企業や自治体で導入されています。

 

 国も健康経営を政策として進めており、厚生労働白書にも、メタボリック症候群の解消事例や、健康寿命延伸の取り組みとして2度取り上げられました。

 

 ◇実績持って世界へ

 

── この先、どんな会社にしたいですか。

 

谷田 社員食堂のおかげで「健康についてはタニタに相談すればいい」というイメージが広がりました。このイメージを維持しつつ、健康データを活用した医療費の削減をはじめ、日本の社会保障費の適切化、健康を図りたい。そのためにもプログラムを全国に導入してもらえたら、と思います。そして実績を持って世界に攻めていきたいですね。

(構成=米江貴史・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 米国の販売会社にいました。それまでは正しい理論を盾に仕事をしていましたが、人心掌握が大切だと気づかされました。正しいことばかりを言っていても人は聞いてくれない。コミュニケーションをとり、自分の立場を理解してもらった方が仕事はしやすいと思います。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 『金持ち父さん貧乏父さん』(ロバート・キヨサキ著)です。家や車などを持つことが大切だと思っていましたが、価値概念が全てなくなりました。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 会社と自宅の掃除をしています。

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 ■人物略歴

 ◇たにだ・せんり

 1972年生まれ。大阪府出身。立教高校(埼玉県)、佐賀大学理工学部卒業。船井総合研究所を経て、2001年にタニタ入社。05年米国販売会社のタニタアメリカINC取締役、07年タニタ取締役を経て、08年から現職。45歳。

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事業内容:家庭用・業務用計量器などの製造・販売

本社所在地:東京都板橋区

設立:1944年

資本金:5100万円

従業員数:グループ1200人(2017年3月末)

業績(17年3月期、連結)

 売上高:158億円

 営業利益:非公表

2017年

11月

21日

ケーブル網やデータセンターに回帰 庄司哲也 NTTコミュニケーションズ社長

Interviewer 金山 隆一(本誌編集長)

 

── 現在の経営環境は。

 

庄司 1999年に当社がNTTの子会社として誕生してから18年がたち、通信業界を巡る競争関係は変わっています。当社を含めた通信企業が展開するネットワークの上で、グーグルやアマゾンなどのIT(情報技術)サービスが展開されており、米国のシリコンバレーを中心に急成長するIT企業が増えています。

 こうしたなかで、我々は原点に戻って、ネットワーク網やデータセンターなど物理的なインフラを持つ強みを生かしています。

── 御社が持つインフラとは

 

庄司 我々は、190以上の国や地域に通信ネットワークのサービスを展開しています。それを支えるのが海底や大陸を横断する通信ケーブルです。日米間の太平洋、ロシア経由、インド経由などケーブルの長さは28万キロメートル、地球7周分に及びます。

 

 2011年3月の東日本大震災の時には、4本ある日米間の海底ケーブルが3本切れてしまいました。最終的な復旧には半年以上かかりました。この教訓を生かして、当社が運用する船舶としては4隻目となる新しい海底ケーブル敷設船を今年3月に竣工させました。名前は社内で公募し、「きずな」に決まりました。我々の「つなぐことへの使命感」をイメージできる名前になりました。

 

── そのネットワーク網は世界にも通用しますか。

 

庄司 当社は「通信の運び屋」として、世界のトップ3に入っています。例えば、データセンターは、世界で140カ所以上展開しています。保有するサーバーの面積では、自社で使う面積も含めると世界一です。企業にデータセンターを貸し出すことを専門とする2社を含めると世界3位になるかもしれません。

 

 このインフラを、例えば、インターネット上のセキュリティーやクラウドサービスなどに生かしながら、「ICT(通信情報技術)業界における総合商社」のような存在になっていきたいです。

 

 ◇HFT、陰の立役者

 

 NTTコミュニケーションズの設立時を振り返ると、都道府県を超えて行われる長距離通信事業や、国際通信事業などを担う会社として誕生した。当時は黎明(れいめい)期だったインターネット通信も含め、グローバル市場でも自由に事業を伸ばすことができた背景がある。

 

── NTTコミュニケーションズが持つインフラは、どのように使われているのですか。

 

庄司 当社の海底ケーブルは、通信の速さにも競争力があります。日米間をつなぐ「PC─1」という海底ケーブルは通信速度が一番速いと思います。米国のHFT業者(株式などを1000分の1秒単位で売買する高頻度取引業者)から見ると、日米間の通信は我々のケーブルが、一番速く取引を成立させられます。

 

 また、当社はシンガポールや香港などアジアでも競争力のある通信ケーブルを持っています。特に、香港やシンガポールでは、証券取引所の近くにつながっていますので、こちらの通信速度も速いです。いずれのネットワークもいっぱいいっぱいの状況で、増設・増量をしないといけないくらいです。同じケーブルの中で情報を圧縮して送る「多重化」技術で対応していきます。

 

 ◇クラウドは集約へ

 

── 人工知能(AI)やIoT(モノのインターネット化)の取り組みはどうですか。

 

庄司 例えば、今は言語解析AI「COTOHA(コトハ)」への問い合わせが多くなっています。ユーザーが質問すると、回答することもできます。これをコールセンターやチャットによる顧客対応サービスに使うことができます。

 

── M&A(企業の合併・買収)については。

 

庄司 それぞれの市場から「仲間」を見つけています。欧州・中近東、米国、アジア太平洋地域の3地域に分けて、「足らざるピース」を補完する形でM&Aをしてきました。

 直近では、15年にドイツのデータセンター事業者「イーシェルター」、16年にスペインのクラウド業者「アトラス」も仲間に入りました。現在では、グループ従業員のうち、約5割が海外で働いています。

 

── NTTグループのなかで重複する事業もあります。

 

庄司 持ち株会社のNTTと協議しているのは、まず、クラウドサービスは我々のサービスに集約していこうという議論が出ています。

 

 例えば、グループ会社のなかに、(NTTが10年に買収した南アフリカ企業)「ディメンションデータ」があります。彼らのクラウドサービスを我々のサービスに統合する作業を今年度中に終えます。来年度からは一つのブランドでクラウドを提供できるようになると思います。

 

「OCNモバイル」ブランドの格安スマートフォン事業は、携帯電話大手3社が出す高品質のサービスと、我々のサービスではかなりの違いがあります。また、格安スマホ事業の延長には、将来的にSIMカードを使ったIoTに関する新事業にも生かしていけるものがあると考えています。

 

── 中期的な目標はありますか。

 

庄司 16年度の売上高は1兆2830億円、営業利益は1325億円でした。これを、20年度に売上高1兆5000億円を目指します。そのうち、海外比率は15年度の27%(3500億円)から、40%の6000億円にしていく目標です。

(構成=谷口健・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 日本電信電話の民営化のプロジェクトチームに入っていました。政府や各省庁に、「民営化でこんなによくなる」というシナリオを見せに行っていました。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 司馬遼太郎の『坂の上の雲』です。

 

Q 休日の過ごし方

 

A クルマが好きなので、録画したカーレースのビデオを見ます。

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 ◇しょうじ・てつや

 都立青山高等学校、東京大学経済学部卒業後、1977年、日本電信電話公社(現・NTT)に入社。NTT西日本で人事部長、NTTで総務部門長。2012年、NTTコミュニケーションズ副社長(営業担当)を経て、15年6月に社長就任。63歳。

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事業内容:電気通信事業など

本社所在地:東京都千代田区

設立:1999年7月

資本金:2117億円

従業員数:グループ2万1900人、単体6400人

業績(2016年度)

 売上高:1兆2830億円

 営業利益:1325億円

2017年

11月

14日

野菜の国産化と厨房の自動化を追求 米浜和英 リンガーハット会長兼CEO

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 2017年2月期決算では最終(当期)利益が3年連続で過去最高と業績が好調です。

 

米浜 健康志向や安全・安心という意識が高まる中で、国産野菜を使って手ごろな価格で長崎ちゃんぽんを提供していることが受けているのではないかと思っています。

 

 05年に日本マクドナルド出身の八木康行氏を社長に据えて会長に退いたが、業績が低迷し、08年にトップとして復帰した。

 

── 外部から社長を呼んだ理由は。

米浜 生え抜きの社員が社長をするのはまだ早いと思っていました。社員は私しか経営者を見ていないので、外部の経営者が来れば勉強になると思いました。

── 経営が厳しくなった要因は。

 

米浜 外資系の会社は自分で工場を持たずに外注することが多いですが、そのやり方が当社ではうまくいかなかったのだと思います。また、業績が悪くても社員に同じようにボーナスを出したり、役員の人数を増やしたり、売り上げを確保するためにクーポンを発行して値引きするなどしましたが、それでは利益がなかなか出ません。赤字の店を閉めると、特別損失が出て会計上の見かけが悪くなるため、利益が出ない店が増える状況でした。

 

── 経営トップに戻ってきた時の決意は。

 

米浜 このままでは会社がだめになると思い、08年に復帰しました。もともとモヤシやキャベツは国産でしたが、とにかくおいしいものを提供しようと思い、ニンジンやタマネギ、コーンなど全ての野菜を国産化しました。ただ、コストは上がりました。当初は年間13億円増えるという試算が出ました。

 そこで、それまで外注していた野菜の加工をやめ、土がついたままの野菜を自社の工場に持ってきて、自分たちで洗ってカットするなどで効率化を図りました。それでも年間10億円のコストアップです。値引きをやめる、不採算店舗を閉める、自社工場を生かすという三つを徹底しました。

 

── すぐに効果はありましたか。

 

米浜 10億円も材料費が上がるわけですから、価格に転嫁せざるを得ませんでした。最初はお客さんも簡単には受け入れてくれませんでしたが、テレビ番組で国産野菜にこだわる取り組みなどが紹介されたこともあり、徐々に売り上げは増えました。

 

── 社員への対応は変えたのでしょうか。

 

米浜 ボーナスは業績連動型にしました。まだ達成できていませんが、社員1人当たり売上高1億円を目標にしています。ただし、経営の効率化を進めても、社員の教育費だけは減らしませんでした。マニュアルも大事ですが、マニュアルを執行するための根本的な精神を、しっかり教育する必要があると考えました。

 

 ◇フードコートに出店

 

── 効率化で重点的に取り組んでいることは。

 

米浜 1994年からトヨタ生産方式を勉強して、厨房(ちゅうぼう)の自動化を進めています。

 

当時は「あそこの店はおいしいけど、ここの店はおいしくない」「30分間待たされた」といったクレームが多く、店によって味や量にバラつきがあって短時間に提供できないという問題がありました。中華鍋で4人前をまとめて作っていたので、どうしても味や量にバラつきが出て、混雑時は提供も遅れてしまっていました。さまざまな業種の企業が入会しているトヨタ生産方式の研究会では「1個づくりをしないとだめだ」と指摘されました。1個ずつ作れば味も量も安定するということです。

 

── 自動化の進捗(しんちょく)状況は。

 

米浜 02年ごろから、一定時間でIHヒーター上を鍋が自動で移動していく「自動鍋送り機」や「自動野菜炒(いた)め機」を導入し、リンガーハットの約650店舗全てで自動化しています。作業環境は飛躍的によくなりました。ラーメン屋やうどん屋の厨房は、麺をゆでるので夏は40度くらいになり、湿度も高い。今の形になってからは、厨房と客席の温度の違いは1~2度になりました。1個ずつ作るので味と量も一定になり、素早い提供も可能になりました。

 

 このため、ショッピングセンターのフードコートにも出店しやすくなり、今では約350店舗あります。昔は、中華鍋で作れるようになるには最低でも2~3週間はかかりましたが、今はマニュアルを覚えれば、すぐに作れるようになります。従業員の教育時間も短くなり、パートやアルバイトの人材募集もしやすくなりました。

 

── 価格の戦略は。

 

米浜 西日本では8月にちゃんぽんを520円から540円に値上げしましたが、販売量への影響はほとんどありません。麺の増量が無料なことなどを考えると、500円台で食べられるのはまだまだ安いということだと思います。食材や物流費などが上がる中で、どこかでコストを吸収する必要があります。まずは西日本でテストをして、東日本でも上げるか判断します。

 

── 今後の目標は。

 

米浜 売上高経常利益率10%、国内1000店舗、海外で半分稼ぐ体質にすることを目標に掲げています。日本は人口が減少していくので、ハワイやタイなどに15店舗ある海外事業を拡大する必要もあります。常に先を見て、もっといい品質のもの、もっとお客さんに喜ばれるものを追求していこうと考えています。

 

(構成=松本惇・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 創業時から社長をしていた兄が急死して32歳で社長になりました。1、2年は大変でしたが、株式上場を目指して経営するようになりました。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 『NPSの奇跡』(篠原勲著、東洋経済新報社)と、『モノづくりの経営思想』(木下幹彌編著、同)です。この本でトヨタ生産方式を学び、経営効率化に役立てました。

 

Q 休日の過ごし方

A ゴルフをすることが多いです。ウオーキングは休日を含めて毎日しています。

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 ◇よねはま・かずひで

 1943年生まれ。鳥取県出身。鳥取県立鳥取西高校卒業後、前身である株式会社「浜かつ」設立時(64年)から参加。65年に取締役、76年に社長、2005年に会長。06年に代表権のない会長に退き、日本フードサービス協会会長を務めた後、08年に代表権のある会長に復帰。一時社長も兼任し、13年から現職。73歳。

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事業内容:長崎ちゃんぽんなどの専門店を運営

本社所在地:東京都品川区

設立:1964年3月7日

資本金:90億200万円

従業員数:541人(2017年9月現在・連結)

業績(17年2月期・連結)

 売上高:438億4400万円

 営業利益:32億8400万円

2017年

11月

07日

防災設備を通じ人命と財産を守る 山形明夫 ホーチキ社長

Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 社名から製品が想像できますね。

 

山形 防災を通じて「人命と財産を守る」という経営理念を掲げ、火災報知機のほか、消火設備を作っています。1918年4月2日に設立し、来年100周年を迎えます。火災報知機は住宅用警報器の設置義務化が2006年に始まり、テレビコマーシャルも流しましたので、知名度はあります。

 

── 野球場でよく看板を見ます。

 

山形 知られていませんが、ドーム球場の消火設備「大規模放水銃システム」を開発しました。火災を感知したら燃えているところを目がけて放水するもので、第1号は東京ドームです。他に名古屋、大阪の各ドーム球場、東京ビッグサイトや幕張メッセといった国際展示場などに設置しています。情報通信分野ではセキュリティーシステムも手がけています。

 

── センサーの仕組みは。

 

山形 主に煙、熱、一酸化炭素(CO)を感知します。米国は全てを一体化したものを求められることがありますが、日本は規格上、それぞれの機能を分けています。例えば厨房(ちゅうぼう)で煙が出やすいところは、COと熱を感知するものにします。

 

── 何台ぐらい出ていますか。

 

山形 一般用、住宅用感知器の台数は国内が232万個、海外が175万個でした。今年は海外の方が多くなるかもしれません。

 

── 情報通信はどんなことをしていますか。

 

山形 一番多いのがセキュリティー分野です。防犯カメラの売り上げ構成が多いです。他の企業にはない事業で、売り上げの約2割を占めています。

 

── 売上高の構成は。

 

山形 売上高(17年3月期)は連結731億円のうち、火災報知設備が69・2%、消火設備12・9%で、防災事業で82・1%を占めます。火災報知設備はビルなど大規模建築物の新築工事で、ゼネコンなど取引先に供給することが多いです。市場は私どもを含めた4社で93%を占めています。

 民間調査機関の調査では、シェアは大規模建築物向けではトップで、住宅用など中小規模の建築物向けでは2位です。

 

 ◇早い海外展開強みに

 

── 生産拠点は。

 

山形 工場は国内が町田(東京)、宮城、茨城で、海外では米カリフォルニア州、英ケント州にあります。

 

── 海外展開はいつからですか。

 

山形 61年にタイへ火災報知機を輸出したのが始まりです。米国へは71年、英国へは86年にそれぞれ進出しました。2012年には英国の受信設備機器メーカーを買収しました。

 海外事業の強化に拍車がかかったのはここ15年ほどです。寡占状態の国内市場で1%の利益を上げるのは大変ですが、海外には伸びしろがあります。

 

── 現地の生産状況は。

 

山形 米、英両国でセンサーを、英国では火災情報の受信機器設備も作っています。英国で買収したメーカーでは、受信機器設備の部品を外注せず、一貫生産しています。人手はかかっていますが、不良品は出さない取り組みをしています。

 

── 他社にない強みは。

 

山形 歴史が長いこともありますが、海外事業の展開を早めに進めたことです。感知器の規格は米国規格と欧州の規格、日本の消防法の規格しかありません。海外事業は現地の規格に合わせて早期に対応することが大切です。私たちは3種類の規格の最も厳しい基準をクリアできる基準を設定しています。海外工場にも適用しているので各国の要望に応えられ、高品質も維持しています。

 

── 売上高に占める海外比率は。

 

山形 海外比率は他社より高く、現在は売上高の14%を占めています。これを20%に引き上げることを目指しています。海外製の低価格の製品はありますが、少々高くても高品質の製品を供給しています。

 

 ◇更新とメンテナンス強化

 

── 他に力を入れていることは。

 

山形 需要がある更新工事に力を入れ始めました。一般機器は大体25年、住宅用は10年サイクルです。これまでは新築工事で競争してきましたが、12年から業績が回復して4年連続増収増益となったのはここが強くなったからです。

 メンテナンスにも力を入れています。今や全体の売り上げの19%を占めるようになりました。メンテナンスによって、安心安全を提供し続けられ、更新の需要にもつながります。製品の開発・販売・工事・メンテナンスと、長期のサイクルに対応して、一度仕事をもらうと、ずっと続けられます。安定した経営基盤になりつつあります。

 

── 未来の防災設備は。

 

山形 海外では避難や弱者に対する考え方が先んじています。日本は非常灯があるぐらいですが、避難指示まで出る報知機のほか、火災発生を感知するだけでなく、さまざまな情報を得られるセンサーも出るかもしれません。

 

── この先どんな会社にしていきたいですか。

 

山形 火災による犠牲者ゼロを目指した世の中づくりに貢献したい。火災で人が亡くなったというニュースを聞くと、痛みを感じます。業務提携やM&A(合併・買収)も考えていきたいですね。

(構成=米江貴史・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 38歳のときに出先の営業所長になりました。人の少ないところでいかに成果を上げるか、という部署経営を経験しました。転換期だったと思います。それがなければ、今の立場にはいなかったかもしれません。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 酒巻久さんの『ドラッカーの教えどおり、経営してきました』です。1冊でドラッカーの良いところが手軽に読めて感銘を受けました。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 1日はプライベートでのゴルフです。もう1日は家族に料理を作ります。酒のさかなになるものが多いです。

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 ■人物略歴

 ◇やまがた・あきお

 1950年生まれ。宮城県出身。県立石巻高校、東北学院大学工学部卒業後、73年ホーチキ入社。宇都宮営業所長、人事部長、取締役管理本部長、専務取締役海外本部長などを経て2017年6月に社長就任。67歳。

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事業内容:火災報知、消火、防犯など各設備の製造、販売、施工や保守管理

本社所在地:東京都品川区

設立:1918年4月

資本金:37億9800万円

従業員数:単体1306人(2017年3月末)

業績(17年3月期・連結)

 売上高:731億1800万円

 営業利益:54億1700万円

 

 

2017年

10月

31日

次世代車市場の「台風の目」になる=小谷進・パイオニア社長

Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── オーディオのイメージが強いパイオニアですが今の事業領域は。

 

小谷 1938年にホームオーディオ向けのスピーカー事業で創業してから、2018年1月で80周年を迎えますが、現在は車載機器事業に経営資源を集中しています。

 

 主力商品は「カーオーディオ」と「カーナビ」で、比率は金額ベースで6対4です。この二つで全事業の8割を占めます。それぞれアフターマーケット(市販)と自動車メーカーのブランドで生産するOEM(受託生産)があります。残りの2割はCDやDVDなど「光ディスクドライブ」や、クルマ部品の「ファクトリーオートメーション」(自動製造ライン)などを手がけています。

── 車載機器の市場シェアは。

 

小谷 アフターマーケットはオーディオが世界販売約720万台、ナビが約57万台で、ともに世界シェアは3割に上ります(16年度)。

 一方、OEMはトヨタ自動車をはじめ国内大手自動車メーカーと取引があります。欧米でも自動車大手が主要な顧客です。車載搭載機器は陳腐化が早いので、クルマの開発期間を考え、3~4年後に必要となる技術を提案できることが評価されています。市販とOEMを合わせた販売台数は年間約1000万台超です。

 

 ◇自動運転の中核技術を開発

 

── 自動運転化の流れの中、どんな手を打っていますか。

 

小谷 自動運転に必須の技術を持っている当社には、ビジネスチャンスが訪れています。

 例えば光ディスクの技術を生かし、光を使って障害物を検知する「LiDAR(ライダー)」と呼ばれるセンサーの実用化を目指しています。完全自動運転はライダーなしでは実現しないと言われています。

 ただ、自動運転の実験車両などで使われている既存品はサイズが大きく、1個数百万円と高価なため市販車への搭載には向きません。そこで、実用的なライダーを開発しました。

 

── その特長は。

 

小谷 カメラやレーダーと比べて悪天候や夜間に強いライダーは、クルマ向けに各社が開発を競っています。当社のライダーはクルマのヘッドランプの中などに組み込めるように小型・軽量化を目指しています。

 価格は1万円以下での提供が目標です。クルマ1台当たり4~5個ライダーが必要ですが、それでも4万~5万円で済みます。国内自動車メーカーなどにサンプル品を提供し、来年の改良版の評価を見て、19年後半に量産準備に入ります。

 ただ、ハードの販売だけでは価格競争に陥ります。そこでライダーを使った自動運転向けの高精度地図サービスも考えています。

 

── 高精度地図とは。

 

小谷 現在のカーナビの地図は道路が「行き」「帰り」の2車線しか表示されません。複数車線などさらに細かい情報が反映されたものを高精度地図といい、これも自動運転に不可欠な技術です。その基盤づくりを手がけるダイナミックマップ基盤(DMP)には当社の地図子会社インクリメントPも出資しています。DMPがつくる基盤の上に、地図各社は独自に多様な情報を付加して高精度地図を提供する形です。

 ナビの地図は道路の変化に合わせ定期的な更新が必要ですが、これは従来、人海戦術の作業でした。しかし、カメラやライダーを搭載したクルマであれば、走行するだけで自動的に道路のデータを収集できます。搭載車が増えれば膨大なデータを集めることができ、高精度地図に必要な情報を吸い上げます。「データエコシステム」という地図更新システムの構築が最終目標です。

 

── 9月に欧州の地図大手ヒアと業務・資本提携で合意した狙いは。

 

小谷 世界的な地図サービスの提供です。その一つが、インクリメントPとヒアが進める地図の仕様の共通化です。現在、ナビの地図は地域ごとに仕様が異なります。そこで、自動車メーカーがどの地域でも一貫性のある地図の供給を受けられるようなサービスを提供します。

 フォルクスワーゲン、ダイムラー、アウディの独3社を親会社とするヒアは、欧米のナビ市場で80%という圧倒的なシェアを持っています。ヒアのパートナーと国内シェア30%の当社が協力すれば全世界をカバーすることも可能です。

 収益は、自動車メーカーへの販売収入と地図更新時の使用料収入です。現在、定期的な更新サービスはナビ1台当たり数万円の売り上げなので、大きなビジネスです。世界で走っているクルマは約10億台。その更新需要の取り込みを狙います。

 

── 新規分野の開拓は。

 

小谷 一つは有機ELの照明(写真)です。フィルムタイプは曲げることができるので、クルマのデザインを重視する欧州自動車メーカーを中心に、テールランプや車内照明に使いたいというニーズがあります。今年6月にはフィルムタイプに強みを持つコニカミノルタと合弁会社を設立しました。

 もう一つは、これまで培った光や音の解析、画像処理の技術を駆使した医療・健康機器です。第1号製品として、光の技術を使った小型血流計を、透析機器大手JMSと共同開発しました。

 

── 今後の戦略は。

 

小谷 技術革新が早い車載機器業界で必要となる開発スピードと、ヒアのような強いパートナーを確保することで、自動運転の世界標準作りの一翼を担いたいです。

(構成=大堀達也・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 通算20年の海外駐在の最初が33歳の時のロンドンです。6年半の間にオーディオの仕入れから、ビデオデッキなどの新商品の企画まで、さまざまな経験が大きな財産になりました。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 息抜きでよく読むのが佐伯泰英さんの時代小説『居眠り磐音 江戸双紙』。人間としてこうありたい、と思わせる登場人物が魅力です。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 週末に仕事やプライベートでのゴルフをしたり、孫の面倒を見たりしています。

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 ◇こたに・すすむ

 1950年生まれ。独協高校、明治学院大学卒業後、75年パイオニア入社。2000年パイオニアエレクトロニクス(USA)社長、03年パイオニア執行役員、07年常務執行役員などを経て08年11月から現職。67歳。

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事業内容:車載機器などの製造・販売

本社所在地:東京都文京区

創業:1938年

資本金:928億8148万円(連結)

従業員数:1万6763人(連結)

業績(17年3月期・連結)

 売上高:3866億8200万円

 営業利益:41億6700万円

 

2017年

10月

24日

良い薬を安く作り、医療財政を救う パトリック・リード ペプチドリーム社長 

Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

 世界の製薬大手が次世代の創薬技術として注目する「特殊ペプチド」。体内に投与しても酵素で分解されにくく、狙ったターゲットに強く結合する特性がある。従来の創薬技術では開発が困難だった病気の治療薬を作れる技術と期待されている。

 

── どんな会社ですか。

 

リード 菅裕明・東京大学教授(同社取締役)が開発した技術を実用化するために2006年に設立した東大発のバイオベンチャーです。最初の10年で創薬技術「PDPS(ペプチド・ディスカバリー・プラットフォーム・システム)」を確立して製薬会社と契約を結びました。これからの10年は実際に薬を作る段階に入ります。そういうタイミングで、研究開発部門の責任者である私が社長に就任しました。

── PDPSとは。

 

リード 「特殊ペプチド」という物質を用いた創薬技術です。PDPSの強みは、薬のもとになるシーズ(候補物質)を、たくさんの候補の中から、効率よく、短時間で絞り込めることです。

 製薬会社が持つ「ライブラリー」と呼ばれる薬の候補物質は大手でも200万~300万個といわれていますが、当社はアミノ酸の組み合わせでさまざまなペプチドを作ることができるので、1兆個の候補物質からシーズを探すことができます。

 

 また候補物質の絞り込みには通常1~3年かかりますが、PDPSならば3~6カ月で見つかります。特殊ペプチドは狙ったターゲットに強く結合する候補物質が最初から複数見つかるため、成功確率が高くなります。

 

── 開発コストも抑えられる。

 

リード そうです。新薬開発はターゲット物質を見つけて効果を評価するプロセスに時間がかかり、成功確率が低いことも相まって、コストが膨らんでしまいます。特殊ペプチドでより効率的に薬を作れるようになれば、良い薬を、より価格を抑えて提供できるようになります。薬剤費が医療財政を圧迫する問題の解決策の一つになるでしょう。また抗体医薬より副作用を抑えられる点も期待されています。

 

 ◇薬を輸出産業に

 

 低分子薬は、分子量が小さいため飲み薬にしやすく、また価格も抑えられる。だが、特定のたんぱく質を狙って作用させるのが難しい。

 一方、新薬の開発が相次ぐ抗体医薬などの高分子薬は、特定のたんぱく質に効く半面、分子量が大きいため飲み薬に適さず、注射や点滴による投与になるので患者の負担が大きい。開発・製造コストも高めだ。特殊ペプチドは中間の中分子に位置づけられ、抗体医薬と同様の効果がある薬をより安く作ることができると考えられている。

 

── ビジネスモデルは。

 

リード 三つあります。一つは製薬大手との共同研究で、17社と60プロジェクトが進行中です。製薬会社が病気の原因を研究し、この物質を阻害すれば病気が治ると考えられるターゲットを見つけます。そして当社がそのターゲットに結合する薬のシーズを見つけます。

 

 二つ目は当社がPDPSの技術を提供して、各社が研究開発を進める技術移管。現在契約しているのは、米ブリストル・マイヤーズ・スクイブ(BMS)、スイスのノバルティス、米イーライリリー、米ジェネンテック、塩野義製薬の5社です。この二つのビジネスモデルで、世界の売上高トップ10の製薬会社のうち7社と契約しています。

 

── 製薬大手との取引が中心ですか。

 

リード バイオベンチャーとの取り組みも進めています。三つ目のビジネスモデルの、互いに技術を持ち寄って研究する戦略的提携です。JCRファーマ(兵庫県芦屋市)と脳に薬を運ぶ研究を、そーせいグループ(東京都千代田区)傘下の英ヘプタレスと病気に関与するたんぱく質の研究を進めています。

 未上場企業では、特殊ペプチドから低分子薬を作る研究をモジュラス(東京都千代田区)と、がんの免疫に関する治療薬を米クリオと研究しています。

 

── 17年6月期は、4期連続最高益を更新しました。

 

リード 開発途中ながらも黒字を確保できているのは、共同研究先企業から契約時に一時金を受け取るほか、プロジェクトごとに研究開発支援金が入るためです。契約金の金額は年々上昇しています。特に技術移管先企業からの一時金は大きく、10億円を超えるようになってきました。将来的には、薬の発売後も、売り上げの一部を受け取ります。

 

── 塩野義製薬、積水化学工業と新会社を設立しました。

 

リード 特殊ペプチドを使った原薬をより安く、安定的に、しかも国内で作るために、共同出資で製造受託会社「ペプチスター」を立ち上げました。日本の医薬品は輸入超過ですが、国内で作れるようになれば、輸出産業に育てる道が開けます。

 

── 今後の課題は。

 

リード BMSはがん免疫療法薬の第1相臨床試験を開始していますし、ノバルティス、第一三共も今後、臨床試験に入る見通しです。22年6月までには薬を世に出すことができると思います。最初の薬はがん治療薬になるでしょう。

(構成=花谷美枝・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 東京大学で動脈硬化症、がん、糖尿病の研究をしていました。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A ありません。研究以外の本を読んだことがないので。仕事が大好きなので、暇さえあれば論文を読んでいます。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 海が大好きなので、泳いだり、スキューバダイビングを楽しんだりします。今は自宅のそばに海がないので残念です。

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 ■人物略歴

 ◇Patrick・Reid

 1975年生まれ。米バーモント州出身。米ダートマス医科大学院修了。生化学博士。2004年東京大学先端科学技術研究センター特任助教授、07年ペプチドリーム入社。17年9月から現職。42歳。

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事業内容:独自の開発プラットフォームPDPSによる創薬技術の提供および新薬開発

本社所在地:神奈川県川崎市

設立:2006年7月

資本金:約38億7000万円

従業員数:約60人

業績(17年6月期)

 売上高:48億9500万円

 営業利益:24億9000万円

2017年

10月

17日

「在庫持つ」経営で石油ファンヒーター日本一 吉井久夫 ダイニチ工業社長

Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 家庭用石油ファンヒーターで国内トップです。

 

吉井 自慢するつもりは毛頭ないのですが、国内主要家電量販店の販売台数が10年連続1位で、シェアは50%を超えています。現在、年間約100万台を生産しています。ただ、1位を狙ったのではなく、より良くしていった結果だと考えています。

 

── コロナやパナソニックなどがひしめく市場でどう戦うのですか。

 

吉井 お客様にとっての品質や価格、補償はもちろん、当社が卸す流通業者にとっての商品価値も高めています。

── どういう意味ですか。

 

吉井 いくら良い製品で安く提供しても、流通業者にとっては、商品が余ったり、足りない時は問題となります。当社は、市場動向や流行に合わせて、その増減に対応できる生産体制を整えています。流通業者から見ると品切れがないので、「ハイドーゾ(はいどうぞ)生産方式」と呼んでいます。そうした総合力で1位になっているのだと思います。

 

── 「ハイドーゾ生産方式」で生産の増減をどう調整するのですか。

 

吉井 まず生産は国内(新潟県)です。そして、1月から9月までは、同じペースで生産を続ける「平準化生産」をしています。

 当社の売上高の8割を占める石油ファンヒーターなどの暖房機器は、販売のピークが10月、11月、12月に集中します。販売時期はその3カ月しかありませんので、当社はシーズンが到来する前の時点で約9カ月分の在庫を持つわけです。

 

── 在庫リスクは御社が抱える?

 

吉井 そうです。1~9月ごろまでの生産で計画の7~8割を作りますが、残りの2~3割は、売れる機種や売れない色など市場の動向を注視しながら変えます。12月末には在庫をなるべくゼロにする考えなので、100台、500台、赤、白など、10月からは機種や色に合わせてばらばらに生産するので大変です。

 機種によって、プラスマイナス約20%の違いが出ますが、10~12月の対応力をいかにスムーズにするかがカギです。10月から3カ月間の情報収集をしっかりすればできます。

 

── 2003年に参入した加湿器でも国内トップです。

 

吉井 おかげさまで、台数と金額でトップを獲得しています。当社は後発の参入でしたが、とにかく静かな加湿器を目指しました。送風による気化式とヒーターのハイブリッド式の加湿器で、「赤ちゃんが寝ていても使える加湿器」とアピールしたのが利きました。

 当社のコア技術は、鉄板加工、プラスチック成形、その組み立て、自社でプログラミングしているマイコンなどの制御技術です。その技術で、熱、風、ポンプを正確に制御できます。現在、その延長線上にある新製品も開発しています。

 

 ◇ほぼ全員が正社員

 

 ダイニチ工業は、生産だけでなく働き方もユニークだ。512人いる社員はほぼ全員が正社員で、非正規社員はわずか3人にとどまる。また、残業を極力減らし、17時半に退社する。社員からは「毎日18時のニュースを家で見られる」との声があるほどだ。

 

── 期間工(期間従業員)は雇わないのですか。

 

吉井 しません。こうすることで、未熟練の社員でも、時間がたてばほぼベテランに近いレベルまで熟練度が増すからです。(派遣労働者や期間工などに頼って)毎日代わられると、いつも素人の人が生産するということになってしまいます。

 当社は500人規模の会社ですが、十数社の協力会社がいて、すべて合わせると当社と同じ人員規模で、生産台数も同じ規模です。生産の浮き沈みも同じにして、信頼関係の構築につなげています。

 

── 協力会社にリスクを取らせる企業が多いです。

 

吉井 私は1999年に社長になりましたが、その前年に在庫を大量に出しました。それがきっかけで、協力工場と当社がお互いにメリットがある体制を作り上げてきました。

 当社の生産が減る時に、協力工場の生産を取り上げると、当社の稼働率は保てますが、協力工場の仕事は減ります。それが恒常化すると、協力工場は当社に割り増しの工賃を要求せざるを得ません。だから、この体制は、ある意味で必要性もあるわけです。また、協力工場と年3回行う交流会は欠かせません。

 

 ◇地域で仕事する価値

 

── なぜ国産にこだわる?

 

吉井 以前は考えていなかったのですが、結局「我々が何のために仕事しているのか」を考えると、「この地域でこの仕事をしている価値がある」からだと考えます。当社には500人規模の社員がいて、協力工場も含めると1000人前後が当社の製品で仕事をしています。その家族も含めると数千人になります。この地域に工場があるだけで、数千人の人が生活できるわけです。それってすごく価値があることです。

 

── 逆転の発想です。

 

吉井 例えば、工場を持たない経営にして、外国で作ったものを安く仕入れて、高く売ることもできます。それで利益が上がれば、いかにも「能力のある経営者」に見えます。しかし、「ここで仕事をして生活をする」というのが、単に個人がもうける話ではなくて、みんながその価値を共有する喜びがあると思います。

(構成=谷口健・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 開発や資材部門から営業に行き、東京の営業所を立ち上げました。その後は、経理・総務に移って経営に携わりました。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A ピーター・ドラッカーや松下幸之助、稲盛和夫氏の経営本です。「真面目であれ」「悪いことをするな」など、結局同じことを言っていることが分かってきました。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 家でしっかり休養を取ります。

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 ■人物略歴

 ◇よしい・ひさお

 1947年生まれ。大阪府布施市(現・東大阪市)出身。新潟県立三条高校、芝浦工業大学卒業後、1969年、吉井電器店に入社。73年、ダイニチ工業に入社。常務、専務を経て、99年に社長就任。70歳。

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事業内容:家庭用石油ファンヒーター、加湿器、コーヒーメーカーなどの製造・販売

本社所在地:新潟県新潟市

設立:1964年4月

従業員数:512人

業績(2016年度)

 売上高:182億円

 営業利益:7億円

 

2017年

10月

10日

「社員の多様性が武器 果敢に事業変革」石黒成直 TDK社長

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 会社のルーツは。

 

石黒 当社は82年前、東京工業大学の2人の博士が開発した磁性材料「フェライト」を、創業者が「日本人の開発品。何とか製品化できないか」と取り組んだのが始まりです。いわば大学発ベンチャー企業です。フェライトは磁性を帯びた電子材料で、今なお進化を続ける古くて新しい材料です。研究を進める中、電磁気に応用できる材料として、戦前はラジオ・通信機器のアンテナ、戦後はコンピューターや家電に使われるようになりました。フェライトを作るには酸化鉄を焼いて形成する「焼成」技術が必要です。当社のビジネスは、フェライトを作る磁性材料技術と、それを使ったプロセス技術、生産技術を根に、さまざまな技術・製品が木の枝を伸ばした構図です。

 

── 1980年代の記憶がある世代には、TDKと言えばカセットテープというイメージがあります。

 

石黒 カセットテープも磁性技術の延長で、酸化鉄を粉にして、塗料に混ぜて、テープ上に塗布するものです。カセットテープやビデオテープなどのメディア事業はピーク時の80年代後半には全社の売り上げの約4割を占めました。しかし、この事業からは完全撤退しました。それ以来、消費者向けビジネスはほとんど手がけていません。むしろ当社は最初から法人向けビジネスが基本路線です。今は、スマートフォン、自動車、産業機械など、あらゆるメーカーに電子部品やセンサーを納入しています。最終製品の見えない部分に入る基板上の製品が大半ですが、身の回りの多くの製品で使われています。

 

── 具体的には。

 

石黒 スマートフォンのリチウムイオン電池や各種の電子部品・センサーのほか、パソコンやレコーダーに使われるハードディスクドライブ(HDD)の部品などです。自動車も電化が進むと、モーターが多く使われ、その分磁石も使われます。パワーステアリングも磁気センサーが角度を制御しています。

 

◇センサーは成長領域

 

── 製品別のポートフォリオは。

 

石黒 売り上げベースでは(1)電気を放出・蓄積するコンデンサーなど受動部品(電流制御などの能動操作をしない部品)が約40%(2)センサー応用製品が約6%(3)HDD用磁気ヘッドなど磁気応用製品が約25%(4)リチウムイオン電池などのフィルム応用製品が約25%です。センサーは今後の成長領域だと期待しています。

 

── そのセンサー事業をどう育ててきたのですか。

 

石黒 当社は、磁気信号を使って、HDDの記録を書き換える磁気ヘッドで世界屈指のシェアを持ちます。しかし、HDDの出荷数は00年代後半から減少傾向が続きます。磁気ヘッドの統括を務めていた当時「どうやって既存技術を生かして次の枝を作れるか」を模索し始めました。部署内での議論の結果出てきたのは、磁気ヘッドの材料である「TMR素子」を使った高精度センサーでした。微弱な磁気信号をキャッチする特性をセンサーに生かしたのです。技術者3人が細々と1~2年かけて試作品を完成させ、大手自動車関連メーカーに飛び込み営業をかけて「使い道はありませんか」と持ちかけました。その後、自動車関連メーカーとの共同開発も進み、今や40件以上の引き合いがあります。今後、大きく伸ばしていく製品と位置付けています。

 

── センサー事業では最近2年間で立て続けに他企業を買収しました。

 

石黒 理由は二つあります。一つ目はセンサー技術の引き出しをできるだけ確保したかったからです。センサーは単に製品を売るというビジネスではなく、製品とソリューション(課題解決策)をお客様に提供するビジネスになります。元々当社には、磁気センサーや温度、圧力センサーの技術はありましたが、それ以外の技術は不足していました。そこで、TDKが持たない別種類の磁気センサーを扱う独ミクロナスや、微細・集積化するためのMEMS(メムス)技術を使ったセンサーの知見を持つ米インベンセンスや仏トロニクスマイクロシステムズを買収しました。

 

── もう一つの狙いは。

 

石黒 技術をそろえて多様なデータを採取しても、処理する頭脳の役割がなければ無意味です。そこで今年3月、IC(集積回路)設計能力を持つベルギーのICセンスの買収を決めました。また、商品企画力も強化する必要があります。インベンセンスはこの能力にも優れているとみて、グループに入ってもらいました。

 

── カセットテープ、HDD事業、そして足元のセンサーへと、果敢に事業を変化させて成功してきた秘訣(ひけつ)は。

 

石黒 創業時にベンチャー企業だっただけに「おもしろいことには挑戦してみたら」という企業文化があったことです。また、人材の多様性も作用したと思います。まだ、転職が珍しかった80年代から、当社は中途採用が多く、新卒採用とは異なる発想で活躍しています。今でもかなり中途入社の社員を採用しています。また、86年に香港の磁気ヘッドメーカー「SAEマグネティックス」を買収して以降、M&A(企業の合併・買収)を重ねてきました。その結果、今や全従業員10万人のうち9万人が外国人です。執行役員18人のうち6人は外国人で、経営会議も英語です。日本内外の力を合わせていろんなことをやっていこうという社風が醸成されています。

(構成=種市房子・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 33歳でルクセンブルクのカセットテープ工場設立のために渡欧し、14年間駐在しました。30代前

半は工場操業、後半は欧州全体の供給体制構築で、苦労の連続でさまざまなことを体験しました。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 吉村昭の『高熱隧道』。吉村作品の魅力は、事実を徹底的に調べ、根源にある人間の本質を探る筆致です。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 料理を作ってゆっくり過ごします。つまみを作って気の置けない仲間を家に呼ぶのも好きです。

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◇いしぐろ・しげなお

 1957年生まれ、東京都出身。都立府中高卒業、北海道大中退。82年東京電気化学工業(TDK)入社。カセットテープや磁気ヘッド部門などを担当し、2014年執行役員。16年から現職。欧州、香港の駐在経験が長く、海外駐在は通算36年に及ぶ。59歳。

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事業内容:電子部品・電子材料

本社所在地:東京都港区

創業:1935年

資本金:326億円

従業員数:9万9693人(2017年3月末現在)

業績(17年3月期・連結)

 売上高:1兆1782億円

 営業利益:2086億円

2017年

10月

02日

国内シェア50%の燃料油基盤に世界へ 内田幸雄 JXTGホールディングス社長

内田幸雄 JXTGホールディングス社長
内田幸雄 JXTGホールディングス社長

◇Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── JXTGホールディングス(HD)はどんな会社ですか。

 

内田 JXHDと、東燃ゼネラル石油が今年4月に経営統合しました。石油業界の地殻変動に対応しようと模索を続けて実現した統合です。

 

 原油を輸入して精製し、ガソリンや軽油などの製品を販売する石油元売り会社は、1970年代には15社ほどありました。2度の石油危機や、規制緩和による競争激化、燃料油が90年代半ばから後半をピークに国内の需要が落ち始めたことなど、たびたび再編の圧力が高まりました。

 

 大きな転機となったのは、99年のエクソンとモービルの合併です。メジャーの2社の合併は誰も予想しませんでしたが、そのくらいの出来事が石油業界には起きていました。2000年代にも1バレル=100ドル台が続いた原油価格の高騰、エクソンモービルなどメジャーの撤退と、次々に経営に直結する問題が起き、各社は対応に追われてきました。石油元売り会社は集約され、現在は4グループになっています。

 

 JXHDは、日本石油、三菱石油、日本鉱業、共同石油の4社が前身。東燃ゼネラル石油は、東燃、ゼネラル石油、モービル石油、エッソ石油が前身だ。

 

 今回、元売りトップのJXHDと、3位の東燃ゼネラル石油の統合で、国内の燃料油販売シェア50%になりました。(メジャーが本拠を置く)EU(欧州連合)で、主要2カ国をどのように組み合わせても、日本の総需要より大きくはなりません。計算上は、英国全体を当社が扱っているようなものです。私の口から「最終形態」とは言いにくいですが、これ以上の統合は難しいのではないでしょうか。

 

── 力を入れている事業は。

 

内田 中核事業3社体制です。主力はJXTGエネルギーで、石油製品を精製し、燃料油から、ペットボトルや合成繊維の原料となるパラキシレン、プロピレンといった石油化学製品の製造、販売まで、幅広く手がけています。今後、燃やさずに石油をどう使うかがますます重要になります。新興国の生活水準が上がればプラスチックなどの需要が増えることになるため、石油化学は確実に伸ばしていかなければならない分野です。

 

 JX石油開発は、石油、天然ガスの探鉱を行っています。地球の資源に付加価値を生み出す事業です。ポートフォリオではなく、事業としている会社では国内三指に入ります。

 

 JX金属は、銅を中心とした非鉄金属のサプライチェーン全体を手掛けています。チリのカセロネス鉱山は、日本企業の100%出資です。精錬から電材加工まで手がけ、みなさんが使っている電子部品には、ほぼ当社の製品が入っていると思います。IoT(モノのインターネット化)は大きなビジネスチャンスですが、今は生産能力を目いっぱい使っても、需要に応えきれていません。まずは生産体制を整えることが喫緊の課題です。

 

 統合で「エッソ」「モービル」「ゼネラル」を含めて四つになったガソリンスタンドのブランドを、19年度中を目標に「ENEOS(エネオス)」に統一することを発表した。

 

── ブランド戦略をどう考えていますか。

 

内田 四つのブランドのガソリンスタンドは全国に計約1万4000店あります。消費者とつながる大切な存在で、一つの会社として認知してもらえるようにすることが重要です。

 

── 統合による具体的な目標は。

 

内田 「アジア有数の総合エネルギー・資源・素材企業グループ」です。そのためには、収益力をどう上げるかに懸かっています。エネルギーは国内で圧倒的な地位になりましたから、それを生かして海外に進出できる経営基盤を作るのが私の役割です。

 17~19年度の中期経営計画で、20年3月期に連結営業利益5000億円を掲げました。製造業で国内を主戦場にしている企業で、5000億円の利益を上げられる会社はなかなかありません。当社はその潜在能力があると思っています。

 

 ◇EV普及はチャンス

 

── 世界で電気自動車(EV)へのシフトが急速に進んでいます。

 

内田 現在、国内に自動車は9000万台登録されています。電気、水素など石油以外を動力にしているのは20万台ほどです。EVがどの程度普及するか、予測はできません。エネルギー業界は社会のインフラで、最初に大きな投資をしますが、企業としては回収しなければならない。どのタイミングで投資するのが適切か、見極めなければいけません。

 いずれにしてもEVが増えるのは間違いない。「増える電気需要をどうまかなうか」ということになり、総合エネルギー企業としての腕の見せどころです。これまで石油業界は、経済規模の発展に伴って成長してきました。今後は技術や社会の変革に合った発展を目指さなければいけません。

 

── 野球部、バスケットボール部を持っています。企業スポーツの意義をどう考えていますか。

 

内田 従業員の一体感の醸成です。いずれも強豪で、活躍は特約店でも話題になり、多くの関係者の融和に大きく貢献してくれています。

 ルールを守って勝つのがスポーツです。企業も法令順守意識を持って、業績で勝ちたい。最終的には利益を上げることが、統合会社の融和にとっても最も重要で、私の大きな使命です。

(構成=酒井雅浩・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 入社は石油危機の1973年。30代は80年代と重なります。規制緩和、湾岸危機と荒波の中で原油の調達を担当し、原油ほどコストと価格の乖離(かいり)が激しいものはないと痛感しました。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A パラダイムシフトが起きていることを実感できる本です。大栗博司氏の宇宙論が好きです。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 10分でも、会社のことを何も考えないことでストレス解消をしています。桂枝雀の落語は、突き抜けたばかばかしさが気分転換にもってこいです。

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 ◇うちだ・ゆきお

 1951年生まれ。福井県出身。福井県立高志高校、京都大学法学部卒業。73年日本鉱業入社。2010年JX日鉱日石エネルギー取締役、15年JXホールディングス社長などを経て、17年4月のJXTGホールディングス発足に伴い社長。66歳。

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事業内容:エネルギー事業、石油・天然ガス開発事業、金属事業など

本社所在地:東京都千代田区

設立:2010年4月

資本金:1000億円

従業員数:2万6247人(17年3月31日現在・連結)

業績(17年3月期・連結)

 売上高:8兆1360億円

 営業利益:2984億円

 (注)従業員数、業績は旧JXホールディングスの数字

 

2017年

9月

25日

日本の中小企業を強くする 佐々木大輔 freee(フリー)社長

Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 設立5年で従業員が約350人と急成長中です。そもそもフリーはどんな会社ですか。

 

佐々木 中小企業のバックオフィス(間接部門)業務を、クラウド(インターネット上)で自動化するソフトウエアを提供しています。特に、経理と人事労務の二つに注力しています。経理の業務は、5分の1から50分の1に軽減できます。

 

── どう軽減するのですか。

 

佐々木 当社が提供するクラウド会計ソフトは、クレジットカードの利用明細やインターネット銀行の明細などから必要事項を抽出して、人工知能(AI)を使って自動で会計帳簿を作ることができます。例えば、明細に「ソフトバンク」とあれば「通信費」に、居酒屋の名前なら「交際費」などに自動で分類できます。他にも、飲食店であれば自社の売り上げデータを連携させることもできます。

 請求書の管理もできます。発行だけでなく、入金まで追って管理ができたり、受け取った請求書の入金について期日までに自動で支払うこともできます。

 使う企業にとっては、気がついたら帳簿ができている仕組みで、いつでも経営が見える化ができます。

 

── 顧客は何社ありますか。

 

佐々木 個人事業主を含めて80万事業者が使っています。料金は、個人事業主向けの確定申告を簡単にするサービスは月980円(税抜き)から、会社向けの会計ソフトは月1980円(税抜き)からなどのプランがあります。500~1000人規模の企業でも使えるようにしています。

 

── なぜ急拡大できたのですか。

 

佐々木 口コミが大きかったです。最初は、個人事業主や小規模法人を中心に広がりました。インターネットで当社のサービスを見つけてくれ、拡大の原動力となりました。

 我々がクラウド会計ソフトを開発した当初の会計業界は、新規参入者はおらず約30年間変わっていない業界でした。ですが、クラウド会計ソフトを実際に作ってみると、世の中の人に受け入れられました。これが僕たちの原点になっています。

 

 ◇グーグルで学んだこと

 

── なぜ会計業界で起業したのですか。

 

佐々木 以前ベンチャー企業でCFO(最高財務責任者)を経験して、手入力が必要なことが多く、すごく非効率でした。それを問題意識として持っていて、その解決方法もイメージしていました。このサービスで従来の経理業務が50分の1にできるのを自分自身で感じていました。

 経理はあらゆるビジネスで必要な部門です。これをインターネットで誰でも簡単にできるという時代を作れると思いました。

 

── グーグル日本法人での経験はどう生きていますか。

 

佐々木 28歳でグーグルに転職し、中小企業にインターネット広告を広げる活動をしていました。ある会合で、グーグル本社の幹部が「会社は運動(ムーブメント)だ」と言っていたことには、とても感銘を受けました。それまでの日本企業の価値観にありそうでなかった考え方で、これを実践する企業を日本でも作れたらと思いました。そうした感覚を覚えられたのが大きかったです。

 

 フリーは未上場の企業だが、ベンチャーキャピタルの米DCM、リクルートホールディングス、未来創生ファンド(トヨタ自動車と三井住友銀行が出資)などが出資する。投資家が評価する時価総額は、すでに400億円を超えるとも言われる。一方、クラウド会計ソフト市場を見ると、フリーは40%近いシェアを持つ。それを「弥生会計」の弥生や、9月29日に上場予定のベンチャー企業・マネーフォワードが追い、競争は激しい。

 

 ◇銀行融資を簡単に

 

── 銀行や信用組合などと業務提携を進めています。狙いは。

 

佐々木 合計20の金融機関と提携しています。いずれは当社のサービスのなかで融資を完結できるような世界を目指しています。

 当社のユーザー(顧客)にとっては、より良い条件で融資を受けられ、提出する書類も減らすことができます。その一方で、金融機関にとっては審査にかける時間が減り、融資先の経営に関わる助言にもっと時間をかけることができます。

 

── 銀行の審査部が必要ない時代が来るのでしょうか。

 

佐々木 そういう時代が来るかもしれません。企業の資金繰りは、過去の経営データを基にするので、自動化されるのではないでしょうか。

 

── 今後、フリーが目指す世界は。

 

佐々木 日本の中小企業を世界的に見ても競争力のあるものにしていかなくてはいけません。従業員全員が英語を話すという意味ではなく、ビジネスの仕方や生産性の面で世界のレベルについていくということです。中小企業の方が、よりスマートで、強い会社になれる仕組みを提供し、そうした中小企業のプラットフォーム(土台)になっていきます。

 

── 上場の予定は。

 

佐々木 今年から手続きを始めましたが、いつかは言えません。ただ、当社は米国系のベンチャーキャピタルからも出資を受けているため、早期の上場は必要ありません。

 未上場の期間をうまく利用して、盤石なビジネス基盤を作っていかないといけないと思っています。良い例になって道を広げて、自分で流れを変えていきたいです。

(構成=谷口健・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 20代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 広告代理店、投資ファンド、ベンチャー企業と転職していました。28歳でグーグル日本法人に入りました。

 

Q 「私を変えた本」は

A 米国人作家のパトリック・レンシオーニ氏の『あなたのチームは、機能してますか?』(翔泳社)です。読みやすく書かれた本で、社内での課題図書にしています。

 

Q 休日の過ごし方

A 走ったり、子供と遊んだりしています。

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 ◇ささき・だいすけ

 1980年生まれ。開成高校、一橋大学商学部卒。博報堂や投資ファンドを経て、IT企業のALBERTで執行役員兼CFO(最高財務責任者)。その後、グーグル日本法人で中小企業向けマーケティングに従事。2012年7月、フリーを設立。37歳。

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事業内容:クラウド会計ソフト、クラウド給与管理ソフトなどの開発・運営

本社所在地:東京都品川区

設立:2012年7月

資本金:96億円(資本準備金含む)

従業員数:約350人

業績

 売上高:非公表

2017年

9月

19日

顧客とともに栄え、イノベーションを起こす 此本臣吾 野村総合研究所社長

Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── どんな会社ですか。

 

此本 名前の由来からシンクタンクのイメージが強いですが、実態としては連結売上高の9割をITサービスが占めています。2017年3月期の売上高営業利益率は14%で、同業他社に比べると非常に利益率が高いのが特徴です。コンサルタント業務を行っていた旧野村総合研究所とITシステム会社の野村コンピュータシステムが1988年に合併し誕生しました。ITサービスの上流に位置するコンサル業務に強みを持っているのが同業他社との大きな違いです。

 

── 強みは。

 

此本 かつて、ITは企業のバックオフィスを支える存在でした。当社でも、コンサル部門は経営層、ITサービス部門は情報システム部門とそれぞれ対象の顧客が違い、一緒に連携して仕事をすることはあまりありませんでした。しかし、今では、ITが企業のビジネスモデルそのものを変える時代になりました。CEO(最高経営責任者)自身がITに関心を持ち、事業部門でもITを使ってビジネスを変えたいという話が出ています。二つの機能を持ち、融合する当社の強みはこれから生きます。

 

── 直近の業績は。

 

此本 17年3月期の連結決算は売上高4245億円、営業利益585億円でした。従業員数は単体で約6000人、連結では約1万1000人です。規模やコストで競争せず、価値提供で当社にしかできないサービスを目指しています。仕事を通じて知的好奇心をかき立てる組織であり、人材が集まっている会社です。就活学生の人気が高いのは、当社のカルチャーに交われば、自分たちも成長できるという期待が学生の間であるからではと思います。

 

── 企業理念は。

 

此本 「未来創発」です。将来を俯瞰(ふかん)し、新しい社会のパラダイムを洞察し、実現を担う。顧客のためにイノベーションを起こし、顧客とともに栄える。この企業理念が当社の存在そのものを象徴しています。まず、「新しい社会のパラダイムを洞察」するのがコンサルの役割です。「その実現を担う」のがITサービスです。シェアリング・エコノミーやブロックチェーンも、それを実現するために、我々はITという武器を持っています。

 

 ◇「ストーリーを語る」

 

── 同業他社との違いは。

 

此本 イノベーションを強く意識する会社は、テクノロジーを中心に、顧客に「あれもできます、これも可能です」と提案しがちです。でも、顧客を分析する能力がなければ、顧客は「それによって我々の抱えている問題をどのように解決してくれるのか」と不満を持つことになります。我々はコンサル部門でそれを徹底的に分析することが可能です。その上で、顧客が解決したいことを実現するには何が必要か、そのためにはどんなサービスを提供しなければならないか、ストーリーを語ることができます。コンサル部門を持っていることがすごい力になります。

 

── サッポログループの働き方改革で、AI導入をサポートしました。

 

此本 同グループの社内業務の問い合わせに、当社のAIシステムを活用しました。その結果、問い合わせの45%がAIで回答できました。今は経済産業省とAIを使った国会答弁の作成業務の自動化で実証実験をしています。

 

── コンサルとIT部門の人事交流はあるのですか。

 

此本 最近、ビッグデータの「アナリティクス」という分野が注目を集めています。例えば、ある消費財メーカーで、これまで中心顧客だった高齢の富裕層の購買力が落ち始めたので、若い女性層のマーケティングをしたいとします。こういう層にどのように効率的にアプローチするかを、データを基に分析し、会社にマーケティングの提案までをするのが、アナリティクスです。

 

 このようにアナリティクスでは、データ分析だけでなく、ビジネスも理解している必要があります。当社はコンサルとITサービスの両方の部門を持っているので、コンサルで育った人がIT側に異動して、さまざまな分析ツールへの理解を深めたり、逆にIT側で採用された分析のプロが、コンサルに異動し、ビジネスの勉強をすることができます。

 

 アナリティクスは消費財だけでなく、金融などの他業界でもますます必要になります。そのため、両方の能力を持った人をどれだけ育てるかが、当社の競争力の鍵になります。

 

── 長期経営ビジョンで23年3月期に営業利益1000億円を目指しています。

 

此本 当社はコストや規模ではなく、提供する「価値」で競争します。利益は価値を定量化したものです。そこにこだわりを持ちながら経営していきたい。他社のように、海外の大きな会社を買収するようなやり方はしません。海外で買収をするにしても、その会社しか持っていない知的財産やノウハウが、我々の方向性に欠けているピースであれば、買っていきます。会社の大小は関係ありません。

 

 例えば、15年に米国のデジタルマーケティング会社「ブライリー・アンド・パートナーズ」を買収しました。小さな会社ですが、非常に強力な知的財産を保有しています。社会がどのように変わるのか俯瞰しながら、他社より一歩先に布石を打っていきたいと思います。

(構成=稲留正英・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 台湾に駐在し、一から支店を開設して大きくしていきました。帰国するときには40人の会社になっていました。非常にやりがいがありました。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 石川光男氏の『東洋的生命観と学問』(1983年)です。コンサルは社会科学であり、自然科学のように解析的に分析することの限界をこの本から学びました。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 子供が大きくなったので、妻と二人で小旅行に出かけています。最近は秋田県男鹿半島のジオパ

ークに出かけ、1000万年前の貝の化石を拾いました。

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 ■人物略歴

 ◇このもと・しんご

 1960年生まれ。東京都出身。都立西高校、東京大学工学部、同大学院工学研究科修了。85年野村総合研究所入社。94年台北事務所長、2004年執行役員、15年専務執行役員を経て、16年4月から現職。57歳。

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事業内容:コンサルティング、ITサービス

本社所在地:東京都千代田区

設立:1965年4月

資本金:186億円

従業員数:6003人(2017年3月現在)

業績(17年3月期・連結)

 売上高:4245億円

 営業利益:585億円

2017年

9月

12日

「新規路線で国際線を成長ドライバーに」 片野坂真哉 ANAホールディングス社長

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── ANAの社風は。

 

片野坂 新しいことに挑戦して成長してきた会社です。例えば、昔はタブーだった羽田空港の国際化を、20年以上前から言い続けてきました。歴代の社長も、国際線が赤字の頃も、やめろと言った人は一人もいませんでした。

 

── どういった事業に力を入れていきますか。

 

片野坂 柱の航空事業では、国際線で成長するという戦略を確固たるものにしたいですね。2020年の東京五輪・パラリンピックという一大イベントに向けて、羽田も成田も発着枠が増えるビジネスチャンスです。日本企業も海外にどんどん出ており、国際線を成長ドライバーとした成長戦略を描いています。ただ、今年と来年は発着枠は増えません。昨年はシステムダウンや、保安検査場でお客様を誤誘導するなどのトラブルも多かったので、「今年は安全と品質の総点検」と社員に宣言しており、しっかりと内部固めも大事な2年間と思っています。

 

── 路線拡大にリスクはありませんか。

 

片野坂 私は新規路線論者です。発着枠が増える時を逃さず、ネットワークを広げておく必要があります。この3年間、ヒューストン、クアラルンプール、ブリュッセル、プノンペン、武漢、メキシコなどに新規路線を就航させました。新規路線は需要が少ないのではないかと言われますが、やってみると最初から乗っていただける。ということはマーケットはまだまだあるということです。この2年間、増収増益で最高益を更新し、増配もできているので、決算もついてきています。

 

── 既存路線強化の目玉はありますか。

 

片野坂 19年にハワイ・ホノルル線に500席を超えるエアバスの大型機「A380」3機を投入します。ハワイ路線は利用率が9割程度で年間を通して安定しています。座席数が増える分、マーケットシェアが高まると見ています。今まではビジネス重視でネットワーク展開をしてきましたが、これからはレジャーやリゾートをグループの戦略として大事にしたい。それをまずはハワイでやろうと思っています。

 

── 国内線の経営方針は。

 

片野坂 15年3月の北陸新幹線の開業で100億円程度の減収になりましたが、その影響も一巡しました。人口が減少している国内では、地方が元気になって観光客が増えないと、航空会社のネットワークの維持はどこかで限界がきます。訪日外国人に利用してもらうのがこれからの鍵になるでしょう。

 

── 傘下の格安航空会社(LCC)についてはどう考えますか。

 

片野坂 4月にピーチ・アビエーションを連結子会社化しました。LCCのもう一つの子会社であるバニラ・エアと統合させないのかとよく聞かれますが、今は全くの白紙です。ピーチは関西空港ベース、バニラは成田空港ベースですみ分けができており、文化も全然違うので簡単に混ぜることは難しいです。今はできる限り自主性を尊重して、二つの会社が共に成長していけるようにしたいですね。

 

── LCCの戦略は。

 

片野坂 20年度までに中距離路線を強化します。バニラもピーチも、中距離と言えるバンコクやホーチミンには、沖縄や台湾を経由して飛んでいます。小型機を使って、乗り継ぐ形でアジアの中距離に既に入り始めており、現地でも知名度を上げています。いずれは、中型機を使った直行便を入れていきたいですね。

 

── 日本航空への対抗策は。

 

片野坂 8・10ペーパー(新規投資や路線開設が原則自由にできないと定めた国土交通省の指針の通称)がなくなり、成田─豪メルボルン線と成田─ハワイ・コナ線を新規就航するのはさすがだなと思っています。財務体質が良いので脅威ですね。こちらとしては新規路線で特徴を出していくことが重要だと思います。あとは、サービスと品質で負けないようにしていくことに尽きますね。

 

 ◇ノンエア事業も強化

 

── MRJ(三菱リージョナルジェット)の納入が遅れています。

 

片野坂 納入時期は20年半ばの予定ですが、親会社の三菱重工業などからは、少しでも前倒しできるようにしたいとも連絡を受けているので、信頼していくしかありません。我々のパイロットや整備士、客室乗務員が機器の設置位置や荷物棚の形状などについてアドバイスするなど、良い品質の飛行機にするために知恵を出しています。そういう意味では一心同体。ボーイング787の時もそうでしたが、開発のリスクをかぶるローンチカスタマー(世界で初めて導入する航空会社)の難しさは感じています。

 

── 航空事業以外の取り組みは。

 

片野坂 航空事業が苦しい時に支えるノンエア事業もしっかり育てたいです。「ANAビジネスソリューション」という会社では、企業の研修で客室乗務員が接客の基本を教えています。昨年設立した「ANA X」はマーケティングの会社で、搭乗データやマイレージクラブなどの顧客情報を分析した事業開発に取り組みます。例えば、保険や旅行の販売に生かすこともできます。まだまだこれからですが、飛行機に乗るだけのお客様に別の形でアプローチしたいですね。新しいイノベーティブな事業として、宇宙など将来の成長に向けた可能性もつくっておきたいです。

(構成=松本惇・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 30歳になった頃にANAが国際線に進出することになり、日米航空交渉などを担当しました。ANAがグローバルになるのを実感でき、面白い時代でした。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 山岡荘八の『徳川家康』です。すべての登場人物が生き生きと描かれていて、人生のヒントがあります。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 下手なゴルフが時々と、ガーデニングです。剪定(せんてい)すると芽が出て強くなるのは面白いですね。

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 ■人物略歴

 ◇かたのざか・しんや

 1955年生まれ。鹿児島県出身。ラ・サール高校、東京大学卒業後、79年4月に全日本空輸入社。人事部長などを歴任し、2013年4月のANAホールディングス発足時に副社長、15年から現職。62歳。

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事業内容:航空運送事業など

本社所在地:東京都港区

設立:1952年12月27日

資本金:3187億円

従業員数:3万9243人

(2017年3月31日現在、連結)

業績(17年3月期、連結)

 売上高:1兆7652億円

 営業利益:1455億円

2017年

9月

05日

「自分たちの生活から不満を発見し、商品開発」大山健太郎 アイリスオーヤマ社長

Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── どんな会社ですか。

 

大山 生活用品の製造販売をしています。メーカーでありながら問屋の機能を兼ね備え、量販店に自社商品を直接納入している「メーカーベンダー」は当社ぐらいでしょう。

 当社は需要創造型企業です。マーケットインではなく、ユーザーイン、つまり自分が欲しいと思うものは皆が欲しいと思い、開発します。市場調査はほとんどやりません。我々自身の生活をしっかりと見ます。

 生活の不便を快適に変える商品で奥様方から高評価をいただいてきましたが、ここ3年で家電が売り上げの半分を占めるようになりました。主力は炊飯器や布団乾燥機です。

 

── 会社の成り立ちは。

 

大山 父が東大阪で創業した従業員5人のプラスチック工場を19歳で継ぎ、零細下請けを脱皮したいと養殖用のブイ(浮き)や苗箱など1次産業の資材を手がけました。2000年代にペット用品、園芸用品を売り出しました。09年のLED(発光ダイオード)電球を皮切りに家電に参入しました。

 

── 最大の転機は。

 

大山 1970年代のオイルショックです。会社は破竹の勢いで拡大し、宮城県にも工場を構えていましたが、倒産寸前となりました。オイルショックで前倒しになった需要が止まり、供給過剰で値崩れが起きたのです。

 不況でも利益を出せる会社を作ろうと思いました。値崩れを引き起こす競争のないビジネスをするため、潜在需要を顕在化させることを考えました。園芸用品でガーデニングブームを作り、ペット用品で家畜をファミリーに変えてきました。

 

── LED電球のきっかけは。

 

大山 当初、夜も庭を楽しむために消耗しにくいLED電球を作りました。09年、鳩山由紀夫首相(当時)の二酸化炭素25%削減宣言で、照明がLED電球に切り替わるとみて生産を開始し、11年の東日本大震災後の節電を機に拡大しました。

 

── 家電に参入した理由は。

 

大山 大阪は家電の町、大阪人にとって家電メーカーは憧れの存在でした。それがグローバルの競争に負けてしまった。リストラで技術者があぶれているのはもったいないと思い、受け皿として、13年に大阪R&D(研究開発)センターを作り、採用を進めてきました。

 

── 日本の家電メーカーが崩壊するなかで成長できた理由は。

 

大山 日本の家電メーカーが負けた理由は二つあります。

 一つは、日本のものづくり産業が下請けの多層構造であることです。総合家電メーカーは設計し、部品を組み立てます。便利な構造ですが、各下請けが利益を乗せるので、海外と競争すると勝てないのです。

 もう一つは、創業者からサラリーマン社長に代替わりするとリスクを取らなくなります。商品開発の提案がとがっていても、何層も会議を経て他社の競合製品と比べる中で横並びになります。

 当社は、家電の内製比率が高いことがコスト競争力とイノベーションを生んでいます。そして、私が退いた後も機能するような仕組み作りに力を入れてきました。例えば、週初めに丸一日かけて商品開発のプレゼンテーション会議を行っています。私はじめ30人ほどが参加し、情報を共有しています。

 

 ◇常識の非常識

 

── ヒット家電を生んでいます。

 

大山 1~2人世帯が6割を占めるようになったのに、既存の家電メーカーは横並びで4人家族をベースにした製品を作り続けています。でも、1~2人世帯にとって便利な製品を考えれば、いろいろと出てきます。

 

── 生活の変化という簡単なことに皆が気づかないんですね。

 

大山 大きい製品の方が高く売れるからです。量販店も同じです。生活者を忘れています。でも、あっという間に携帯電話がスマートフォンに変わったように、今日と明日は違うんです。

 世の中には常識の非常識がけっこうあります。我々はお客様が気づいていない不足・不満を自分の生活の中から発見し、変えています。

 

── 今年4月にエアコンを発売し、大型白物家電に参入しました。

 

大山 家電のゴールです。まずエアコンを手がけたのは、省エネ効果が大きいからです。

 家電のシェアは今は単価が低いので数%です。マーケットは大きいですから、1割、3割へ伸ばしていきます。中国と国内で工場をどんどん増やしています。できるだけ内製します。

 

── 設備を抱えることにはリスクもあります。

 

大山 リスクを取ってシェアを取れば、設備の稼働率が上がります。

 ロングセラー商品にあぐらをかくなと言っています。年間1000アイテムを新たに発売しています。メーカーベンダーですから新商品を店頭に並べられます。過去3年間に発売した商品の売上比率が6割を超えています。

 

── 経営目標は。

 

大山 売り上げに対して1割の営業利益と過去3年の新商品比率5割以上です。売り上げ目標は立てません。

 

── 上場はしないのですか。

 

大山 必要がありません。無借金ですし。経常利益の5割程度を償却を含めた設備投資に充て、営業利益の5%を幹部社員に還元しています。

 会社にとって一番大事なのは、社員です。働く社員にとって良い会社を目指しています。

(構成=黒崎亜弓・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

A オイルショックを経て、会社の業態転換のため必死で試行錯誤していました。

 

Q 「私を変えた本」は

A 本はあまり読みません。過去のことですから。今、起こっていることをウオッチし、本質を見極めるようにしています。

 

Q 休日の過ごし方

A クラシック音楽を1日5、6時間聴いています。毎朝3キロウオーキングし、週に1度は水泳をやる健康オタクです。

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 ■人物略歴

 ◇おおやま・けんたろう

 大阪府出身。大阪府立布施高校(東大阪市)卒業。1964年、大山ブロー工業代表者に就任。91年、アイリスオーヤマに社名変更。アイリスグループ会長。72歳。

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事業内容:生活用品の企画、製造、販売

本社所在地:仙台市青葉区

設立:1971年4月

資本金:1億円

従業員数:3013人(2017年1月現在)

業績(16年12月期・単体)

 売上高:1220億円

 経常利益:110億円

2017年

8月

29日

客室数日本一 中核の支配人は97%が女性 黒田麻衣子 東横イン社長

Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 全国各地にある東横イン。私も出張で度々利用しています。

 

黒田 7月現在の店舗数は268で、客室数は5万4111室で、客室数は日本一です。2016年度の稼働率は83・6%でした。

 

 

── 名前の由来は。

 

黒田 1号店の蒲田が東京と横浜の間にあることから

 

です。蒲田近辺には建設会社や不動産会社で東横と名の付く会社が結構存在します。

 

── 特徴を一言で言うと。

 

黒田 創業当時からビジネスマンが対象です。創業者の父は、ホテルマンでも、接客業に従事していたわけでもなく、利用客の目線で常に明るく清潔でリーズナブル(お手ごろ価格)というホテルを作ってきました。ただ、2000年代半ばごろから家族連れの利用も増えてきました。かつては土日や夏休みシーズンの8月の稼働率は最も低かったのですが、今はむしろ高くなりました。

 

── こだわりは。

 

黒田 どこに行っても客室とサービス内容が同じです。固定客確保も図っています。入会金1500円で会員になれば宿泊料は5%割引し、10回泊まると1回無料となる特典があります。今では会員の宿泊率は7割弱です。

 

── 独特の経営スタイルとか。

 

黒田 物件を持たず、運営に専念しています。1986年に開業した蒲田の1軒目がたまたまそうだったのかもしれませんが、創業者の父が友人から相談を受けてホテル経営を勧めたところ、その友人が難色を示したため、建築を前提に父が運営を引き受けたところから始まりました。

 その後もホテル業には専念せず、不動産デベロップメントが本業でした。しかしバブルが崩壊して不動産は全て手放さざるを得なくなりました。創業10年後の96年、父がホテル業への専念を決め、そこから伸び始めました。お金がない状態で「建てていただいて運営させてもらう」スタイルが本格的に始まりました。

 

── なぜ物件を持たないのですか。

 

黒田 資産の負担が少なく、初期投資が少なくても続けられることが大きいです。副産物的には、土地と建物のオーナーは地元の名士なので顔が広く、地元経済界に紹介してもらえたり、お客様を呼んでくれたりするメリットもあると思います。

 

 ◇「就任30年で50万室」に

 

── 職場の特徴は。

 

黒田 圧倒的に女性が多いです。支配人は97%、フロントは80%が女性です。支配人は1号店の開業時から女性ですが、実は偶然です。父が行きつけの飲食店の接客に優れた女性に依頼したのが発端です。2号店の支配人は男性でしたが、1号店との稼働率の差がみるみるうちに出てきました。調べてみると女性支配人の1号店は常にきれいで明るいのに対し2号店はたばこ臭くて暗い。以来「目が行き届く女性向きの仕事」として支配人はずっと女性です。

 

── 支配人はどんな方々ですか。

 

黒田 40代が最も多く、職歴はキャビンアテンダントや教師、専業主婦などさまざまです。ただ、小学校以下のお子さんがいる方には厳しい仕事だと話しています。ホテルは24時間365日開いているので、何かあれば夜中でも駆けつけなければなりません。また月1回は全国10エリアごとの支配人会議があるので出張も多いです。

 一方で晩婚化が進み、30代後半から40代半ばは、お子さんが小さいケースが増えています。支配人も平均年齢は48歳と上がっています。何らかの子育てサポートの手立てを考えなければならないと思っています。

 

── その他の職種は。

 

黒田 フロント正社員の働き方は独特です。午前10時半から翌日午前11時半まで、計4時間の休憩を含んだ勤務です。勤務を終えた翌日と翌々日は休みです。出勤日の晩は、お子さんを家族に見てもらう必要がありますが、勤務を終えてからは一緒に過ごせる時間は長くなります。この勤務体系を支持する人も多いです。4日に一晩だけ何とかできれば、もっと子育て世代の味方になる職場になるのではないかな、と思うのですが。

 

── 初めから後を継ぐつもりでしたか。

 

黒田 教員を目指していました。ただ大学院生時代に母校の非常勤講師を務め「向いていない」と感じました。02年に入社して新規出店に関わった後、結婚と出産を経て05年に退社して専業主婦になりました。復帰するとは思っていませんでした。

 

── 戻るきっかけは。

 

黒田 08年に起こした廃棄物処理法違反事件です。グループの工事部門に対し、父が店舗の地下を建築資材置き場として容認したところ、雨水が入り込んで硫化水素を発生させてしまい、父は経営者から降りました。私は「戻らなきゃ」と思ったのです。当時2人の娘は幼稚園でしたが、子育てをどうしようと考える間もなく、突然湧いた思いでした。

 

── どんな会社にしたいですか。

 

黒田 戻ったときは会社の不祥事の後で、リーマン・ショックの影響でホテルの稼働率も前代未聞の低さで支配人に元気がありませんでした。「支配人の笑顔を取り戻し、日本一女性が働きたい職場を作りたい」と思いました。それには成長し続けることが必要で、「30年で50万室」という目標を立てました。業績が悪ければ客室数は増やせませんし、成長する会社に身を置いてこそ意気に感じて仕事ができると思います。二度と世間を騒がせてはならない。社会から尊敬される会社にしたいと思っています。

(構成=米江貴史・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 2008年末に戻ってきて、どちらかというと、仕事を覚えることで必死でした。今より何事も新鮮に受け止められていた気がします。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 変えたとまでは思いませんが、すごく良いなと思ったのは『海賊とよばれた男』(百田尚樹著)です。こんな社長になりたいと思いました。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 家事です。洗濯物や片付けに追われています。娘たちに必要なものを買いにも行きます。睡眠も取っています。

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 ■人物略歴

 ◇くろだ・まいこ

 1976年生まれ。東京都出身。成城学園高校、聖心女子大文学部を経て2002年、立教大大学院文学研究科博士課程前期修了後、東横イン入社。出産・育児のため05年退社後、08年に副社長として復帰。12年6月から現職。41歳。

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事業内容:ホテル運営

本社所在地:東京都大田区

設立:1986年

資本金:5000万円

従業員数:1万895人(パート従業員含む)

業績(2017年3月期単体)

 売上高:819億7000万円

 営業利益:172億1300万円

2017年

8月

22日

全自動衣類折り畳み機で世界を席巻 阪根信一 セブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズ社長

Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

 さまざまな衣類に対応した世界初の全自動折り畳み機「ランドロイド」を開発した。大きさは高さ220センチ、幅87センチ、奥行き63センチ。1回で約30枚の衣類が投入でき、所要時間は1枚約5~12分。想定価格は185万円程度で来春までの納品を目指す。

 

── ランドロイドが話題ですね。

 

阪根 一部で予約を受け付けており、数百人の購入希望者がいます。

 

── どのような仕組みですか。

 

阪根 目で見て、頭でどのような衣類かを判断しなくてはならないので、カメラによる画像認識機能と、人工知能(AI)を搭載しています。手で畳む機能を実現しているのはロボットアームです。

 

── 衣類の折り畳みに着目したのはなぜですか。

 

阪根 世の中にないもの、人々の生活を豊かにするもの、技術的ハードルが高いものという三つの条件を満たすテーマを探しましたが、思いつくものは特許が取られていたりして、誰かが既に取り組んでいました。ある時、技術系の会社は男性社会なので、男の自分が考えても見つからないと思い、妻に聞いてみたところ、「洗濯物の自動折り畳み機が欲しい」と言われました。関連する特許も出ていなかったので、開発に着手することにしました。

 

── 苦労はありましたか。

 

阪根 2005年から開発を始めて、3年くらいで畳む技術はある程度実現できました。ただ、衣類がぐちゃぐちゃの状態からはなかなかきれいに畳めません。当時、住友電工の技術者から脱サラして起業した父の会社で開発を進めていましたが、リーマン・ショック(08年)が起き、他の事業は縮小している中で、こんな訳のわからないことをなぜ続けているのかという社内の目もありました。それでも11年ごろに技術的なブレークスルーが起き、手応えを感じました。

 

── 注目を浴びるきっかけは。

 

阪根 15年10月に国内最大の家電見本市「CEATEC(シーテック)」で発表してから反響がありました。

 

── 今後の改善点は。

 

阪根 3年間は新しいモデルをつくりません。購入後もAIは機械学習で随時更新してより精度を高めていくので、最初に買っても、3年後に買っても性能は変わらないようになります。10年後にはより普及できるような価格に抑えたいですね。まずは折り畳み専用機を世界中に普及させてから、将来的には洗濯・乾燥機能も備えたものをつくりたいです。

 

 ◇医療機器やゴルフ用品も

 

── 経営者を志したきっかけは。

 

阪根 化学の研究者になるために大学卒業後に留学した米国の大学院ではある程度成果を出せたのですが、上に行けば行くほど、これは勝てないという研究者が大勢いました。でも、技術とコミュニケーションが必要なビジネスなら、勝負になるのではないかと思いました。父の会社はOA機器用の部材の製造など技術系の企業だったので、そこに就職し、社長になりました。

 

── なぜ起業したのですか。

 

阪根 父に外部資本を入れることに賛同してもらえなかったからです。父の会社はBtoB(企業間取引)ビジネスでしたが、将来的にはBtoC(消費者向け)ビジネスで勝負したいと思っていました。そのためには外部資本を入れて会社を大きくする必要があります。祖父が経営していた上場企業が、ホテルニュージャパンの社長だった横井英樹さんに敵対的買収で乗っ取られたため、自分の会社に外部資本は入れないとの思いを父は持っていたようです。

 

── ランドロイド以外にはどのような事業をしていますか。

 

阪根 いびきや睡眠時の無呼吸を治療する機器「ナステント」を14年に発売しました。これまで約6万人に100万本以上が売れました。重症無呼吸患者だった私はCPAP(シーパップ、睡眠中に鼻に掛けたマスクから、圧力を加えた空気を送り込み、気道が閉塞(へいそく)しないようにする装置)で快適に眠れましたが、出張などの際の持ち運びが大変だったので、使い捨てコンタクトレンズのようなものを開発したいと思いました。ナステントはシリコーン製の使い捨てチューブで、睡眠時に鼻の穴に差し込んで利用します。1箱は7本入り(1週間分)で3220円(税抜き)です。

 

── 事業が多彩ですね。

 

阪根 人工衛星にも使われる特殊なカーボン製のゴルフシャフトもつくっています。独自に開発した、スイング中のシャフトのしなりとねじれを測る機械を使い、1本1本オーダーメードでつくります。価格は1本12万~1200万円(税抜き)。尾崎3兄弟らプロゴルファーにも愛用されています。

 

── 関連性のない複数の事業をやっているのはなぜですか。

 

阪根 イノベーションを起こすためには、ニーズからテーマを探す必要があると思いました。持っている知見を生かして何かをやろうとしてもイノベーションを起こすためのテーマは見つからないと気付き、世の中のニーズを優先した結果、バラバラのテーマになりました。

 

── 社名の由来は。

 

阪根 世界中に七つの開発拠点をつくりたいとの思いを込めています。

 

── 今後の目標は。

 

阪根 四つ目、五つ目の商品開発も進めており、特許も申請しています。早ければ1年後くらいに発表できるかもしれません。日本で生まれた技術で世界を席巻したいですね。

(構成=松本惇・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 父が起業した会社の社長に就任しました。会社を成長させるため、組織のマネジメントと対外交渉力を学びました。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 松下幸之助さんの本は全て良かったのですが、特に印象に残っているのは『素直な心になるために』や『商売心得帖』です。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 半分は仕事ですが、残りの半分は子供と遊んでいることが多いですね。

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 ■人物略歴

 ◇さかね・しんいち

 1971年生まれ。高槻高校、甲南大学卒業後、米デラウェア大学化学・生物化学科博士課程修了。父が起業したI・S・Tに2000年に入社し、08年に社長就任。11年のセブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズ創業時から現職。46歳。

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事業内容:ゴルフ用品、医療機器、家電などの製造・販売

本社所在地:東京都港区

設立:2014年7月18日(11年2月創業)

資本金:77億円(資本準備金含む)

従業員数:117人(17年6月30日現在)

業績 非公開

 

2017年

8月

08日

再生から新たな攻めのステージへ 河野雅明 オリエントコーポレーション社長

Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── どんな会社ですか。

 

河野 広島県が発祥の信販会社で、消費者向けファイナンスの分野で大きく成長してきました。事業の柱は大きく四つ。オートローン(自動車購入の際の分割払い)やショッピングクレジットなどの「個品割賦」、クレジットカードやカード融資などの「カード・融資」、金融機関と提携して個人向け融資を保証する「銀行保証」、そして家賃保証や売掛金決済保証などの「決済・保証」です。こうしたサービスの加盟店は全国で79万店。当社は47都道府県に営業拠点があるのが強みです。

 

── オートローンは業界トップシェアですね。

 

河野 特に中古車市場では、日本中古自動車販売協会連合会と二人三脚で市場を作ってきました。ただ、その歴史的背景があるからとおごっていてはダメで、常にお客さまの視点に立って新しいサービスを作っていかなくてはなりません。月々の支払い金額や支払い回数をお客さまが自由に設定できる「ニューバジェットローン」を開発し、浸透してきたのがその例です。また、(モノを持たずに貸し借りする)シェアリング・エコノミーが広がっていく中で、(個人向けに車をリースする)オートリース事業も伸びています。

 

── クレジットカードはどうですか。

 

河野 家電量販店などとの提携カードを中心に発展してきましたが、現在力を入れているのは当社独自のカード「オリコカード ザ ポイント」です。高還元率(1%)で、ポストペイ(後払い)型の電子マネーも搭載するなど、商品性は高いと自負しています。今年1月からは、みずほ銀行の会員向け特典サービス「みずほマイレージクラブ」も受けられるカードを、みずほ銀行の窓口でも販売してもらえるようになりました。

 

── 銀行保証や決済・保証事業の特徴は。

 

河野 銀行保証の残高は1兆4000億円くらいあり、これも国内でトップ。全国の地方銀行や信用金庫、信用組合などとまんべんなく取引があります。地域金融機関との対話を重視しながら関係を築いてきた結果です。決済保証は比較的新しい業務で、特に伸びているのが家賃保証。高齢者を含め単身世帯が増え、(個人の連帯保証人が付けにくくなる)民法改正もあって、我々のような保証会社を付ける流れです。

 

 貸金業法(当時は貸金業規制法)改正の影響で、2007年3月期連結決算が4613億円の最終(当期)赤字となったオリエントコーポレーション(オリコ)。債務者が払いすぎた過払い金利息の返還請求に備え、引当金繰入額を特別損失として計上したことなどが理由だったが、17年3月期連結決算は営業収益が2136億円、最終利益が286億円と2期連続の増収増益に。11期ぶりに普通配当2円も実現した。

 

── 復配も実現しましたね。

 

河野 大幅な赤字決算からちょうど10年。緻密な収益管理やコスト構造改革を進め、安定的な収益体質になってきました。復配は株主に喜んでもらえたと思っています。これまでは再生のステージでしたが、これから新しい攻めのステージに移っていきます。

 

 ◇フィンテック情報収集

 

── 日本は現金志向が強い社会と言われ、クレジットカードが使えない店舗も少なくありませんでした。

 

河野 店舗側の意識はだいぶ変わりつつあります。通販などインターネット決済も急激に広がっており、いまやカードが使えないとビジネスができません。政府の「未来投資戦略2017」でもキャッシュレス化の推進が盛り込まれました。20年の東京五輪・パラリンピックもあり、外国人観光客のさらなる増加に向け、カードが使えるインフラを整えるのは国家戦略です。

 

── セキュリティーはどうですか。

 

河野 キャッシュレス化に向けては、データを読み取られるんじゃないかという利用者の不安を解消することが大事。我々はスマートフォンを使った非接触型の決済にはそれなりの技術を持っていると自負しています。さらには、フィンテック(ITと金融の融合)の時代ですから、新しい発想が必要です。昨年12月には米ベンチャーキャピタルと、新規事業開発を目的とするパートナーシップ契約を結ぶなど、情報収集や研究も進めています。

 

── 過払い金の返還の状況と、13年に発覚した暴力団融資問題の再発防止の取り組みは。

 

河野 過払い金の返還は予想よりも減り方が鈍いですが、利息制限法を超える利息の融資残高は10年6月にゼロになり、かなり時間が経過しています。今後は減っていくのは間違いありません。また、暴力団融資問題に対しては、コンプライアンス(法令順守)の強化を含め力を入れて再発防止の取り組みをしています。これには自信があります。

 

── 社長就任2年目です。これからどんな会社にしたいですか。

 

河野 これまで厳しい時代を過ごしてきましたが、これからは社会から評価されて株価もさらに上げていかなければなりません。「お客さまの豊かな人生の実現を通じて社会に貢献する」という企業理念を目指し、さらにお客さまの利便性を追求していきたいと思っています。

(構成=桐山友一・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 1990年代、銀行で人事と企画を担当していました。バブル崩壊から金融危機の足音が聞こえていた時代です。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A トム・ピーターズ、ロバート・ウォータマン『エクセレント・カンパニー』です。20代で最初に触れて以降、私の会社人としての原点です。時代は変われど、普遍的な真理が語られていると思います。

 

Q 休日の過ごし方

 

A ジョギングとジムで体をいじめています。52歳が初マラソンで、これまでフルマラソンを16回完走しました。

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 ■人物略歴

 ◇こうの・まさあき

 1957年生まれ。広島県出身。広島大学付属高校、東京大学経済学部卒業。79年第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。みずほ銀行副頭取、みずほコーポレート銀行副頭取、みずほフィナンシャルグループ副社長などを経て、2016年6月から現職。60歳。

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事業内容:個品割賦、カード・融資、銀行保証

本社所在地:東京都千代田区

創業:1954年

資本金:1500億円

従業員数:3658人(2017年3月現在、単体)

業績(17年3月期、連結)

 営業収益:2136億円

 営業利益:335億円

2017年

7月

25日

難題に挑戦し技術に磨き 金川千尋 信越化学工業会長

◇難題に挑戦し技術に磨き 塩ビで世界トップ

 

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 会社を代表する製品は何でしょうか。

 

金川 塩化ビニール(塩ビ)です。使われる量が最も多いのはインフラです。窓枠や建物外壁などの建材や上下水道のパイプに使われ、生活や社会を支えています。私たちの身の回りでも、電線の被覆、車シートやソファのカバーなどに使われます。

 

── 塩ビの世界シェア1位とうかがっています。

 

金川 当社は1992年から塩ビでシェア世界一です。

 

── 塩ビはどこで製造しているのですか。

 

金川 米国の子会社「シンテック」が塩ビ事業の中心で、同国内に三つの製造拠点があります。同社は年間295万トンを生産する世界最大の塩ビメーカーです。これは、日本全体の需要の約3倍に匹敵します。シンテックに加えて、日本、オランダ、ポルトガルでも製造しています。

 

── 米国に重点を置く理由は。

 

金川 塩ビの大きな需要があり、かつ需要が安定していることが理由です。また、塩ビの主要原料は塩素とエチレンですが、米国では両方とも自国内で調達できます。電気代もシンテックの工場があるルイジアナ州では日本の半分以下であり、コスト競争力のある製品を作ることができます。日本で製造しようとするとすべての原料を輸入しなければならず、運送コストもかかります。

 

 ◇米でエチレン製造へ

 

── 原料の調達で大きなプロジェクトを進めているそうですね。

 

金川 現在、米国のルイジアナ州でエチレンの製造工場を建設中です。塩ビの主原料の一つであるエチレンの安定調達のための投資で、2018年半ばの完成を見込んでいます。日本の企業が米国でエチレン工場を建設するのは初めてです。

 

── エチレンの安定調達とは。

 

金川 現在、当社はエチレンをすべて外部から調達しています。これでは、エチレンメーカーや物流網のトラブルで供給が滞ったり、価格の上昇の影響を大きく受けるリスクがあります。自社で必要なエチレンの約半分を製造することで、リスクを減らせます。

 

── 半導体メーカーにシリコンウエハーを供給しています。

 

金川 シリコンウエハーも世界シェア30%で1位です。半導体業界は活況なので需要は旺盛です。

 

── ウエハーは10年ほど前から供給過剰の状態が続いていましたが、現在は需給が逼迫(ひっぱく)しています。価格政策を聞かせてください。

 

金川 ようやく需要が供給を上回り、今年の初めより一部「値戻し」を実現できています。今後の需要増に対応するためにも、更なる価格是正は必要と思います。

 

── 世界シェア1位の商品が複数あるのですね。

 

金川 五輪で金メダルを獲得するのは大変ですが、2大会連続で金メダルを取るのはさらに難しいことです。事業も同じです。重要なのは技術力です。現在の塩ビの生産性を大幅に伸ばすことができたのは、当社の技術者の努力のたまものです。「モノは売っても技術は売らない」というのが、私の信念です。

 

── 技術力が売り物なのですね。

 

金川 シンテックは、工場を建設する際には技術者と、グループのエンジニアリング会社が設計から建設工事の監督まで行っています。化学工場を建設し、安全に立ち上げるのは容易ではありません。しかし、難題に挑戦することで、当社の技術者は経験を積み、自信を持つようになります。この積み重ねが今日の強みである技術力を磨き上げてきました。

 

── 化学工場の設備投資額は莫大(ばくだい)です。投資の判断はどのようにしてきたのですか。

 

金川 設備投資の基本は「販売先行」です。製造したモノを売れる自信がなければ設備投資に踏み込めません。塩ビの設備は大きな投資が必要になりますから、慎重な判断が必要です。シンテックの工場が稼働を始めたのは1974年です。シンテックは私が企画、立案して生まれた会社です。私は「塩ビはすぐれた素材であり、確実に需要が増える」という確信があり、その確信は今日まで変わりません。

 

── それでも社内で議論があったのでは。

 

金川 確かに社内で異論もありましたが、当時の小田切新太郎社長が私を信じてご承認いただき、シンテックの事業を任せてくださいました。小田切さんのご決断のおかげで今日のシンテックがあります。心から感謝しています。

 

── 社長就任から27年、経営者として人材育成をどのように進めてきましたか。

 

金川 社員に「常在戦場」の心構えが大切と言っています。当社の製品の多くが市況の影響を受けます。市況の良い時ほど、悪化した時のことを考えていなければなりません。また、私が尊敬する山本五十六連合艦隊司令長官は「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、褒めてやらねば、人は動かじ」と語ったそうです。人を動かし育てる要諦は、まず自分でやってみせることに尽きます。

 

── 社長就任後も苦労は絶えなかったのでは。

 

金川 市況の波に直面しても日々やるべきことを実行して、一つ一つ乗り越えてきました。毎日欠かさず、数々のデータを分析して、課題に対処すべく考え続けることが大切です。

(構成=種市房子・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

A 極東物産で合金鉄の営業などをしていました。モノ作りに魅力を感じて35歳で信越化学へ転職しました。市場開拓のために世界を飛び回りました。

 

Q 「私を変えた本」は

A 『山本五十六』(阿川弘之著)です。山本長官は米国の国力を冷静にみきわめて、右翼に命を狙われながらも最後まで開戦に反対されました。山本長官の先見性と人柄に尊敬の念を抱くようになりました。

 

Q 休日の過ごし方

A 自宅の庭を訪れる鳥や、庭の花をながめて、くつろいでいます。体を休めて英気を養っています。

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 ■人物略歴

 ◇かながわ・ちひろ

 朝鮮・大邱(テグ)出身。旧制第六高校を経て1950年、東京大学法学部卒、極東物産(現三井物産)入社。62年信越化学工業入社、78年米子会社「シンテック」社長。90年、シンテック社長と兼務で信越化学工業社長に就任。2010年から現職。91歳。

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事業内容:総合化学

本社所在地:東京都千代田区

設立:1926年

資本金:1194億円

従業員数:1万9206人(2017年4月現在、連結)

業績(17年3月期連結)

 売上高:1兆2374億円

 営業利益:2386億円

2017年

7月

18日

半歩先の新技術で企業を支援する 根元浩幸 クレスコ社長

Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── サービスの柱は何ですか。

 

根元 BtoB(企業向け)のビジネス系ソフトウエアと組み込みソフトです。比率はビジネス系が8に対し、組み込みが2です。ビジネス系ソフトの半分は銀行や保険会社など金融向けが占めます。残り半分は、物流、旅行、人材、サービス、公共事業など多様な業種が顧客です。一方、組み込みソフトはスマートフォン、デジタルカメラ向けが多いです。

 

 クレスコは顧客ごとに最適なIT(情報技術)システムを構築し提供する「システムインテグレーター」だ。創業は1988年、朝日ビジネスコンサルタント(現・富士ソフト)から独立したベンチャー2社が合併して誕生。当時は汎用(はんよう)コンピューター上で動くミドルソフトウエア(制御系ソフト)やカーオーディオなどへの組み込みソフトから出発したが、IT市場拡大の波に乗り事業規模を広げた。現在はIoT(モノのインターネット)や人工知能(AI)など新技術も得意としている。社名はラテン語で「成長する」の意。

 

── 足元の業績は。

 

根元 ここ数年は増収増益傾向です。日本企業のIT投資は増えています。製造業も「金型よりもソフト」と意識が変わりました。「RPA(ロボットによる業務自動化)」関係のソフトの需要も増えています。

 

── 会社の強みは。

 

根元 新しい技術分野に飛び込める文化があることです。チャレンジ精神とも言えます。AI、IoT、クラウドといった新しい技術に、同業他社より1、2年先に取り組んできました。ここ数年は先端技術研究・開発活動の支援と促進を目指した「技術研究所」を社内に設置し、その成果を実際のビジネスへ導入・運用するための「先端技術事業部」を発足させました。

 

── AIの導入事例は。

 

根元 人材派遣会社フォーラムエンジニアリング向けに、IBMのAI「Watson(ワトソン)」を活用した人材マッチングシステムを構築しました。

 人材業界では雇用のミスマッチ解消が課題です。そこで、企業の求人情報と求職者のさまざまなデータをAIに学習させ、最適な組み合わせを探す仕組みを作りました。このシステムは、ワトソンの活用事例のうち、世界で十指に入る成功例としてIBMから認定されました。

 

── 新技術で先行できる理由は。

 

根元 顧客のビジネスの知識を持つことと、新技術に強い企業や研究機関との連携が重要です。例えば、当社はフォーラムエンジニアリングと10年以上の取引実績があり、同社の業務を熟知しています。それがなければAIの使い道も見いだせません。さらにIBMの営業担当も連れて行って顧客が必要とするシステムをトータルで提供しました。ビジネスの仕掛けづくりは、システムインテグレーターが活躍できる領域です。

 

 最近はオープンソース(無償)のAIを使い、目の病気を早期発見するための画像診断システムを、名古屋市立大と共同開発しました。網膜には目の病気の兆候が表れます。熟練の医師でないと診断が難しいのですが、同システムは網膜の中心を撮影した大量の画像をAIに学習させることで病気の兆候を高い確率で見つけ、眼科医の診断を補助します。今後は制度的な課題をクリアし、早期の商用化を目指します。

 

 ◇トップの顔を見せる

 

── IT分野で信頼を得るには。

 

根元 新技術と既存の古い技術、両面で確実に仕事をやり遂げることです。例えば金融系や航空系のシステムは品質問題が起きると社会的な影響が大きいので、古くても安定したシステムで動かします。これらのビジネスは地味ですが重要です。

 また、私は特別な用事がなくても顧客を訪れ、当社の考え方を自分の口から直接伝えるようにしています。トップの顔を見せると大きな仕事も安心して任せてもらえます。

 もう一つは、年間約800プロジェクトの月次業務報告書に目を通し、現場の状況把握に努めています。報告書は、問題の原因や顧客の課題を知る有用な情報ソースです。

 

── M&A(合併・買収)は。

 

根元 IT企業に限定して行っています。2016年9月にJAグループ傘下の農協観光のシステム子会社「エヌシステム」を買収しました。旅行業界向けのIT市場はパイが大きいとは言えませんが、同社を買収したことで専門性が高まりました。

 M&Aを行った後は、シナジー(相乗効果)を高めグループ全体の価値を上げる必要があります。例えば、現在10社ある子会社から、「AIで何かやりたい」といった声が上がることもあります。そこでグループ事業推進本部の下で横断的に研究・開発する仕組みを整えました。

 

── 人材確保はどうですか。

 

根元 人手不足で人材の採用は苦戦しています。そこで海外にも目を向け、数年前からベトナムの企業に仕事を出しています。これが定着してきたので4月に駐在員事務所を設置しました。うまくいけば支店や現地法人をつくることも可能です。

 

── 今後の成長に向けた施策は。

 

根元 顧客が注目している分野で、多様なサービスを出し続けることです。これは新規顧客の開拓につながります。大手企業の多くは発注するIT企業が決まっています。そこに参戦するには、他社ができないものを提供しなければなりません。そのために地道な努力を重ね、常に半歩進んだITサービスを提供したいです。

(構成=大堀達也・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

A ソフト開発のプロジェクトマネジャーでした。いわゆる「モーレツ社員」で、家に帰らず仮眠室に寝泊まりしたことも度々でした。現場の苦労はよく分かります。

 

Q 「私を変えた本」は

A よく読むのは司馬遼太郎です。『翔ぶが如く』や『峠』で描かれた人間模様に引かれます。

 

Q 休日の過ごし方

A 顧客とのゴルフや、ウオーキングを楽しんでいます。

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 ■人物略歴

 ◇ねもと・ひろゆき

 1960年生まれ。北海道立苫小牧東高校、北海道大学大学院卒業後、84年朝日ビジネスコンサルタント(現・富士ソフト)入社。87年メディアリサーチ入社。88年クレスコ入社、2006年取締役。常務取締役などを経て14年4月社長就任。57歳。

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事業内容:ソフトウエア開発

本社所在地:東京都港区

設立:1988年

資本金:25億1487万円(連結)

従業員数:1904人(連結)

業績(2017年3月期・連結)

 売上高:308億9300万円

 営業利益:27億700万円

2017年

7月

11日

技術者を正社員雇用して派遣し急成長 若山陽一 UTグループ社長

Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── どんな事業をしているのですか。

 

若山 当社が正社員として雇用した技術社員を半導体を中心に、電機、自動車、建設などの工場や現場に派遣する事業です。常時1万6000人を派遣しており、7割が正社員です。残り3割は、勤務場所などの関係でその地位を選んだ非正規社員です。派遣先の中核は半導体産業です。

 

── 正社員派遣とは珍しいビジネスモデルですね。

 

若山 派遣に対する世間一般のイメージは「不安定」「有期雇用」などでしょう。当社は違いますが、大多数は、派遣期間は3カ月で、契約更新時に次の契約の給料を決めるというモデルです。一般には派遣社員の給料は、派遣先と派遣会社の間の契約に合わせて決まる。職歴の連続性など加味されていません。これでは、派遣社員は常に3カ月先のことなど考えられない状態です。派遣という働き方が増えていく中で、派遣される技術社員に安心・つながり・成長を提供する会社でありたいと考えました。安心の一つの形として正社員として雇用しています。

 

── 正社員派遣によって、派遣社員にはどのようなメリットがあるのですか。

 

若山 給料が、派遣先と派遣会社の契約に左右されるのではなく、当社の賃金体系によって社員が持っている技術を評価して給与を決めることです。当社の理念は「派遣社員がお客様」です。技術社員に当社を活用してキャリアを形成してもらい、可能性を広げるのに資することに存在意義があると思っています。

 

 ◇半導体への派遣が中核

 

── なぜ半導体への派遣を中核としているのですか。

 

若山 1995年に創業して以来売り上げが伸びていましたが、2001年にITバブル崩壊の影響もあり、初めて減収となりました。競合の大きな派遣会社と同じことをしていては、生き残れないと感じました。当時『ビジョナリーカンパニー2』(ジム・コリンズ)を読み、この会社の使命をきちんと決めようと決意しました。未来永劫(えいごう)社員が納得して働ける会社を作ろうと、当時の社員36人と1年間議論したのです。その議論の中で「チーム派遣の需要があり、高い技術力が求められる分野が、当社の事業戦略にかなう」という結論になりました。その分野にあてはまる事業が半導体だったのです。

 

── どのように半導体派遣事業を立ち上げたのですか。

 

若山 当時は米国系半導体メーカーのリストラがあり、30人を採用しました。彼らに半導体に必要な営業資料や教育資料を作成してもらい、会社の仕組みを変えました。それが今日の当社の中核となっています。

 

── その経験が現在に生かされているのですね。

 

若山 あの危機は、ビジネスや会社の根幹を考えるいい機会になりました。自分たちの価値観を発見したことで、一気に会社が動き出しました。その2年後にはJASDAQに上場し、現在は東証1部上場を目指しています。大きな変化は、絶対的なビジネスチャンスと言えます。

 

── いつごろから正社員派遣モデルを描いていたのですか。

 

若山 大学時代からインターンで派遣会社に勤め、24歳で起業し機械設計の技術者派遣を始めました。ただ、当時から正社員派遣を思い描いていたのではありません。さまざまな派遣社員とかかわる中、派遣社員の生活基盤を良くする会社でありたいという思いが積み上がった結果です。

 

── 正社員派遣は人件費がかかるのでは。

 

若山 当社は働きがいを通じて離職率の低さを実現しています。また、1人ではなく、平均で30人単位、多いと500人、1000人規模のチームで社員を派遣する「チーム派遣」の形を取っており、生産性は高いです。これらの付加価値を提供しているコストを、お客様が必要とされているので、経営の圧迫要因にはなりません。

 

── チーム派遣とは珍しいですね。

 

若山 プロフェッショナルが1人で派遣されて「絶対にこの仕事を遂行する」という欧米型モデルの派遣は日本人に合っていません。また、もの作りはチームで仕事をするものです。チームの力で学び教え合い、生産性を向上してきたのが日本なのです。また、1人で派遣されると、現場で誰が上司なのか同僚なのか分からない中、不安定な気持ちで働くことになるからです。体系だったチームで派遣することで、このような問題に対処できます。派遣先のお客様にも、労務管理が効率よくなるというメリットがあります。

 

── 国内で人手不足が深刻化しています。派遣社員確保に影響は。

 

若山 当社では月間300人の純増を達成しています。ポイントは、派遣先のお客様が良い条件を示してくれる仕事を確保することです。その条件とは、契約期間が長くて、派遣社員の受け入れ数が多く、派遣単価が高いという三つです。当社の希望条件を理解してくれて、職場環境も整備されている派遣先というと、自然に大企業になるのです。当社の顧客に日本を代表する企業が多いのもこのような理由からです。

 

── 具体的な派遣先は。

 

若山 日立製作所グループやトヨタ自動車、東京エレクトロンなどです。売り上げベースで、半分が半導体・電子部品、25%が電池・環境エネルギー、自動車関連が16%です。

(構成=種市房子・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 32歳で上場しました。24歳での起業以来、社員・顧客と直接顔を合わせる人と仕事をしてきましたが、直接顔を合わせない株主の方々に対して客観性と一貫性をもって会社の説明をできるように意識が変わりました。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 絵本の『スイミー』(レオ・レオニ)です。チーム派遣にも通ずるものがあり、2000~3000冊買っていろいろな人に配りました。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 昨年生まれた息子を風呂に入れたり、一緒に遊んでいます。

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 ■人物略歴

 ◇わかやま・よういち

 1971年生まれ、愛媛県出身。日本大学を中退後、人材派遣会社に勤務。1995年に前身のエイムシーアイシーを設立。2007年、ユナイテッド・テクノロジー・ホールディングスとしてグループ持ち株会社設立。15年に現在の社名に変更。46歳。

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事業内容:製造、設計開発、建設分野などの正社員派遣事業

本社所在地:東京都品川区

設立:2007年

資本金:5億円

従業員数:1万6118人(17年3月現在)

業績(17年3月期)

 売上高:575億8800万円

 営業利益:34億1300万円

2017年

7月

04日

自販機網を生活者のインフラに変える 高松富也 ダイドーグループホールディングス社長

Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── ダイドーと言えば缶コーヒーで有名です。

 

高松 当社は、祖父の高松富男が、戦後すぐに奈良県で置き薬の販売を始めたことが創業のきっかけです。1956年に大同薬品(現大同薬品工業)を設立後、医薬品の製造・販売を行ってきましたが、70年代に入って新規事業として飲料事業を開始、これが現在のダイドードリンコです。当時缶コーヒーが世の中に出始めた頃で、当社も初の缶コーヒー「ダイドーブレンド」を発売しました。現在まで続くロングセラー商品となっています。その後自販機で飲料の販売を開始して以降、自販機を中心に販路を広げてきました。

 

── ロングセラーの秘訣(ひけつ)は。

 

高松 ダイドーブレンドを開発した当時から、香料を使わず多種多様な豆を多く使用して、いかに本物の味わいを再現するかにこだわり続けてきました。常に焙煎(ばいせん)メーカーから情報を収集し、世界中から良い豆を買い付けています。

 

── 費用もかさむのでは。

 

高松 当社の強みとして、製造工場を持たないファブレス(外部の協力企業に委託)方式で長く運営していることがあります。設備投資に莫大(ばくだい)なコストをかけることがないため、製品開発と自販機の展開に経営資源を集中できるのです。

 

── 事業の柱を教えてください。

 

高松 当社の事業ポートフォリオは、売上高で国内飲料事業が75%、海外飲料事業が10%、医薬品の受託製造を行う大同薬品工業が5%、食品関連事業のたらみが10%となっており、国内飲料事業では約8割が自販機の売り上げです。

 足元では、当社の主力商品のボトル缶コーヒー「世界一のバリスタ」や、当社初の機能性表示食品「大人のカロリミット はとむぎブレンド茶」の売れ行きが好調で、2017年2~4月期の連結決算の売上高は、前年同期比1・9%増の389億円と堅調に推移しています。

 

── 海外展開は。

 

高松 海外飲料事業は、現在トルコ、マレーシア、ロシア、中国に展開しています。特に売り上げに貢献しているのは、昨年トルコの食品大手ユルドゥズ・ホールディングス(HD)から買収した飲料事業です。現状は、ユルドゥズHDの商品を基本に展開していますが、既に現地で販売する缶コーヒー開発も進めており、いずれは新商品を発売する予定です。

 

── 他の地域では。

 

高松 ロシアでも、日本から輸入した自販機を約600台展開していますが、現地での評判は良く、引き合いも強い。今後は、これらの海外事業を、いかにスピード感を持って拡大していけるかが勝負です。いずれは、海外飲料事業の比率を国内と同規模に引き上げていきたいです。

 

── 医薬品事業の状況は。

 

高松 大同薬品工業は、ドリンク剤の受託製造市場で6割のシェアを占める収益性の高い事業です。足元では、主に中国を中心としたアジア市場での美容ドリンクの受注が好調です。ドリンク剤市場は全体的に縮小傾向にありますが、今後もアジア市場での需要は底堅いことや、受注元の製薬メーカーは、基本的に製造部門を外部に委託する傾向が高いことから、現在稼働している奈良工場に加えて、新たに群馬県に新工場を建設することを決定しました。

 

 ◇IoT自販機を本格展開

 

── 昨年、キリンビバレッジと自販機事業で提携しました。狙いは。

 

高松 両社の主力商品をお互いの自販機網で相互販売し、販路を広げることでお客様との接点を増やし、自販機の収益向上や商品のブランド力を強化する狙いがあります。当社からは、「世界一のバリスタ」シリーズの2品を採用いただきました。

 また、自販機の設置に関しては、当社は地方に強いのですが、キリンさんは都市部が強い。その点を補う意味でも、キリンさんとは良い補完関係を構築できたと思います。

 

── 競争が激しい飲料業界で、今後どんな戦略がありますか。

 

高松 現在、国内に設置している約28万台の全国的な自販機網は、当社の最大の強みです。これを活用し、人々の生活インフラとなれるIoT(モノとモノのインターネット)自販機の展開を計画しています。

 

── 具体的には。

 

高松 例えば、自販機に通信機器を搭載し、個人のスマートフォン(スマホ)とつながることで、付近のお店の情報を受け取ったり、高齢者の見守りサービスなど自治体のお手伝いをすることもできます。既に、商品を購入した方のスマホにポイントを付与するサービスも開始しており、こうしたサービスが広がれば、自販機の価値向上につながり、当社独自の事業展開ができるはずです。現在は2万台程度ですが、将来的には15万台のIoT自販機を本格展開する予定です。

 

── 14年度に開始した5カ年の中期経営計画は今年で4年目です。進展は。

 

高松 中計では、四つのチャレンジを掲げました。(1)既存事業の成長(2)商品力強化(3)海外展開による市場拡大(4)新たな事業基盤の確立です。18年度までに売上高2000億円を目標としていますが、17年度の通期売上高の見通しは1755億円。目標達成には、M&Aによる新たな収益の柱の確立が不可欠です。

 イメージとしては、医薬品事業において、製品の製造に強みを持つ企業や、予防医薬の市場が拡大しているので、サプリメントなどの医薬品と食品の間の領域でも検討しています。

(構成=荒木宏香・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

A 30代前半は、自販機の開拓営業で現場を学び、30代後半で副社長に就任し、経営を見るようになりました。大阪と東京を週に2~3回往復する生活でしたが、仕事は楽しく、30代を通して良い経験ができました。

 

Q 「私を変えた本」は

A ビジネス書の『ビジョナリーカンパニー 2 飛躍の法則』(ジム・コリンズ著)です。折に触れて読み返す、指針のような本です。

 

Q 休日の過ごし方

A 2~3年前からランニングを始めました。週2回、1日10キロほど走ります。

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 ■人物略歴

 ◇たかまつ・とみや

 1976年奈良県生まれ。大阪星光学院高校、京都大学経済学部卒業。2001年、三洋電機入社。04年ダイドードリンコ入社。08年取締役、12年副社長を経て、14年から現職。

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事業内容:清涼飲料等の製造・販売

本社所在地:大阪市北区

設立:1975年1月

資本金:19億2400万円

従業員数:3602人(2017年1月時点、連結)

業績(16年度連結)

 売上高:1714億円

 営業利益:38億円

 

2017年

6月

20日

「生活を下支えする便利な存在に」 竹増貞信 ローソン社長 2017年6月20日号

◇生活を下支えする便利な存在に

 

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── コンビニエンスストアは年々進化しています。

 

竹増 かつてコンビニは「しょうゆが切れた」「マヨネーズがない」という場合の緊急購買の場でした。お客様も「少し高いけど、緊急だから仕方がないか」という気持ちがあったのでは。今は、毎日足を運んでくれるお客様も多く、夕方や夜間の来店も増えています。ローソンは日常で使っていただける店を目指し、卵や牛乳などの食品、調味料、日用品等の約90品目を、スーパーマーケットやドラッグストア等の市場動向に合わせて、価格を見直しています。

 

── 目指すべきコンビニの姿は。

 

竹増 コンビニでは、物販以外にも、公共料金支払いや、ATM(現金自動受払機)などを通じてとても大きな額のマネーが通過します。これは、金融を介してさまざまなサービスを提供できることを意味します。金融に限ったことではありません。ローソンでは、一部の地方自治体の住民票交付も手がけています。金融や行政も合わせることで「ローソンは便利だね、効率的だね」「ローソンにさえ寄れば何でもできる」と言われる店を目指します。そうすることで、生活を全て下支えするような存在になれるのではないでしょうか。

 

── 2017年度(18年2月期)の経営計画は。

 

竹増 連結営業利益は前年比52億円減の685億円と計画しています。前の期まで14年連続増益でしたが、減益計画となっています。これは、本業のコンビニエンス事業では60億円の増収を見込む一方で、(1)POS(販売時点情報管理)などのシステム更新(2)金融やヘルスケアなどの新規事業(3)業務提携先のセーブオン・スリーエフからの看板替え、などの成長分野への投資を積み増すからです。本業の商売力は弱めずに、将来の投資をしっかりする足場固めの期間と位置づけます。

 

── 新規事業のうち金融事業の進捗(しんちょく)は。

 

竹増 現在は銀行免許は持たずに、共同ATMを管理・運営しています。次のチャンレンジは、この基盤をベースに銀行免許を持った金融ビジネスに参入することです。現在、ローソンバンク設立準備株式会社を設置して、関係当局の許認可等を前提に、銀行の設立準備を進めています。

 

── 日販(1店当たりの1日当たり売上高)はセブン─イレブン65万円に対して、54万円にとどまります。

 

竹増 留意しなければいけないのは、都心のど真ん中にある店舗は、日販が高いが、家賃も高いことです。ただ、セブンさんの粗利益率は高い。見習わないといけません。

 

── 店舗数では「セブン─イレブン」「ユニー・ファミリーマート」に次いで3位です。17年度の出店計画は。

 

竹増 出店1400店、閉店500店を見込みます。出店1400店の内訳は、提携先の「スリーエフ」「セーブオン」店舗の看板替え400店▽通常出店1000店です。

 

── ずいぶん多いですね。

 

竹増 16年度の出店実績は1055店でしたから前年比増です。かつて、大量出店を試みてうまくいかなかったことがあります。しかし、今回は「前始末(まえしまつ)」をきちんとしており、過去の失敗とは違うという感触があります。加盟店やオーナーには本部から「スーパーバイザー」が派遣されて、在庫管理や接客などの経営指導に当たります。このスーパーバイザーを、数年前の採用段階からある程度の人数を採用して育ててきました。

 

 ◇商事と生産性を向上

 

── 今年2月に、三菱商事がローソンを完全子会社化しました。

 

竹増 完全子会社化のメリットを出すも出さないも僕らローソン次第です。消費の最前線に立つ僕らが「今の市場はこう動いています」と確信を持って、新たなビジネス提案をしなければなりません。その時点で初めて、いかに三菱商事グループの力を活用するかという段階になります。逆に三菱商事から「こんな原料、食品があるぞ」と言われても、ローソンの感性と合わないと、原料調達から製品出荷に至るまでの「サプライチェーン」は機能しないでしょう。僕が三菱商事に入社した頃の、出資先に対する果実の取り方とは違ってきています。

 

── それ以外でのメリットは?

 

竹増 黎明(れいめい)期のコンビニは、1店舗1オーナーが基本路線でした。しかし、今のローソンは1人で複数店を担う多店舗経営型を進めています。また、物流面の効率化も課題となっています。こうした経営面や物流面での問題に対して、三菱商事と共に無駄を排除して、店の生産性を高める対策を一緒になってやっていきたいです。

 

── 5月には玉塚元一・会長兼CEOが退任しました。

 

竹増 玉塚さんは退任を明らかにした会見で「(竹増社長に権限を集中する)1頭体制の方がスピード感があっていい」と言っていました。玉塚さんはある兆しを感じていたのではないでしょうか。それは「この案件は玉塚会長に報告しようか」「この案件は竹増社長に報告するか」「いや、この案件は二人共に報告しないと」という大企業的な2頭体制への兆しです。実際にはこのような状態には陥っていませんが、玉塚さんが感じていたのはその兆しではないでしょうか。玉塚さんは別の業界に行きましたが(IT会社「ハーツユナイテッド」社長に就任予定)、これからもローソンの兄貴分だと思い続けます。

(構成=種市房子・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

A 3年間、三菱商事から米国の豚肉処理・加工品製造会社へCEO(最高経営責任者)補佐として出向して日本や米国向けの豚肉の生産・販売を担当しました。また、「経営とは何か?」を学びました。食肉にも詳しいですよ。

 

Q 「私を変えた本」は

A 司馬遼太郎さんの『坂の上の雲』です。

 

Q 休日の過ごし方

A 趣味の釣りをして、釣った魚を刺し身やイタリアンで調理して、家族に振る舞うのが楽しみです。

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 ■人物略歴

 ◇たけます・さだのぶ

 大阪府出身。大阪教育大附属高池田校舎、大阪大経済学部卒業。1993年、三菱商事入社。グループの米国豚肉処理・加工品製造会社や三菱商事社長秘書を経て、2014年ローソン副社長。16年6月から現職。47歳。

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事業内容:コンビニエンスストア

本社所在地:東京都品川区

設立:1975年4月

資本金:585億円(2017年2月時点)

従業員数:9403人(17年2月時点、連結)

業績(16年度連結)

 経常利益:730億円

 当期利益:364億円

 

2017年

6月

13日

経営者:編集長インタビュー 小澤二郎 かどや製油社長 2017年6月13日号

◇全社でごまのスペシャリストを目指す

 

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── かどや製油はどんな会社ですか。

 

小澤 江戸時代の安政5(1858)年に小豆島で創業して以来、ごま一筋でやってきました。小豆島ではそうめん作りが盛んですが、そうめんをなめらかにし、栄養価を高め保存しやすくするためにごま油が用いられてきたのです。当社ではごま油をはじめとして多様なごま製品を手がけており、本社は東京にありますが、製造や開発は今も小豆島工場で一貫して行っています

 

── 独特の容器と豊かな風味で強いブランド力があります。

 

小澤 「純正ごま油」は今年、販売から50周年を迎えます。当時の社長だった私の義父が米国に出張した際、家庭用のクッキングオイルが小瓶に詰められスーパーで販売されているのを見て、「これだ!」と製品化のヒントを得ました。しかし、日本でごま油は天ぷら用など高級品のイメージが強く、当社も業務用の製造・販売が中心でしたので、まずは「家庭用ごま油」という分野をゼロから開拓しなくてはいけませんでした。

 

── ごま油は家庭でなじみが薄かったのですか。

 

小澤 販売当初は、全社員が全国の酒屋や乾物屋などを回り、当社の製品の紹介とともに、ごま油自体を家庭料理で使ってもらうことに努力しました。天ぷらの店頭実演や風味を生かしたレシピの紹介など、まずは食卓や家庭への浸透を図ったのです。発売から3年ほど経て、当時のダイエーに製品が認められて全国の店舗に置いてもらうようになると、一気に人気が広がっていきました。今年は発売50周年ということで、同じく50周年目を迎えたタカラトミー社の「リカちゃん」人形とのコラボレーション事業など記念事業を展開していく方針です。

 

── 他社の製品との違いは。

 

小澤 当社の純正ごま油は原料がごま100%です。「ごま油」と一くくりにされがちですが、大豆や菜種などの食用油とミックスした「調合ごま油」もあります。製法技術へのこだわりでは煎り方や貯蔵方法で色や風味が変わってくることを生かし、定番の「金印」、十分に煎った風味の強い黒ごまから搾った「黒ごま油」、風味を抑えた生搾りの「純白ごま油」の3種類をラインアップして、料理の用途や好みで使い分けていただき好評です。

 

── 他にどんな製品に注力されていますか。

 

小澤 ごまの健康機能に重点を置いたカプセル製品が好調です。ごまはたんぱく質やカルシウム、ビタミン、ミネラルなどを豊富に含んでいて昔から体によい食べ物とされていました。30年ほど前、当社でもごまの成分を生かしたカプセル製品を開発し売り出したことがあったのですが、当時は浸透しませんでした。近年、大手メーカーの参入でごまに含まれている成分「セサミン」が注目されるようになり、私たちも改めて独自製法で事業化しました。お客様の健康に密接に関わる分野ですから、きめ細かい製品説明や販売を心がけていまして、専用の通販部門を新たに立ち上げました。

 

── 世代を超えてごま全体に人気が出ています。

 

小澤 いろいろなごまの楽しみ方を提案するため、当社は、ごまの風味を生かした「ラー油」やペースト状にした「ねりごま」などを販売しています。営業面でも新たな市場開拓を進めており、昨年度は純白ごま油に焦点を絞り、クッキングオイル市場で浸透させるため初めて交通広告など各種メディアを用いたPR活動を行いました。当社ウェブサイト上での純白ごま油を使った料理のレシピ紹介の充実などを図った結果好評で、今期の伸びにもつながると期待しています。

 

 ◇ごまへのこだわりを大切に

 

── 足元の業績はいかがですか。

 

小澤 ごま油は家庭用、業務用ともに好調で、2017年3月期の決算では売上高、販売数量ともに前期を上回りました。外食産業向けの売り上げが伸びており、特に600グラム製品の容器を丸型ペットボトルにリニューアルして好評です。ごま食品事業も、特に業務用が好調です。

 

── 業務用ではどんな製品がありますか。

 

小澤 風味づけや薬味としてインスタントラーメンからドレッシングまで食品メーカーの活用が幅広く、主にねりごま製品が人気です。食品ごま自体にも、例えばハンバーガーの丸パン(バンズ)や菓子パン向けなどでニーズがあります。

 

── 今後の事業展開は。

 

小澤 海外での需要の高まりに注目しています。これまで米国市場が好調で、最近は中国などアジア圏からの需要が高まっています。世界的な「ごま人気」は期待できる半面、経営の視点では課題があります。ごまの需要拡大に合わせ、競合企業の増加や原料確保競争が懸念されます。ごまは日本国内でほとんど生産されておらず、輸入が頼りですが、高品質な素材をいかに確保していくか、また為替の影響などの回避もトップとしての責任です。

 

── かどや製油の将来像は。

 

小澤 実直に、お客様への感謝を忘れない姿勢が大切です。長年のファンが多く親子2代でご愛用の声も頂きます。

 全社でこれからも大切にしたいことは、ごまへの徹底したこだわりです。小豆島の製造工場を中心に社員一人一人が「ごまのスペシャリストとしてトップ企業になること」を認識してもらいたい。

(構成=河井貴之・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

A 大学卒業後は三菱電機の名古屋にある製作所で勤務していましたが、30代で当時のかどや製油の親会社に入って石油販売を担当。休日返上で働いていました。

 

Q 「私を変えた本」は

A 『きけ わだつみのこえ』。学生時代に初めて読んだとき、中身のすごさにショックを受けました。

 

Q 休日の過ごし方

A ゴルフです。同年代の仲間がどんどん減っていき、最近は若い世代の人とプレーすることが増えましたが楽しいです。

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 ■人物略歴

 ◇おざわ・じろう

 1937年生まれ。灘高等学校、慶応義塾大学経済学部卒業。三菱電機での勤務を経て、小澤商店(現小澤物産)に入社。80年6月かどや製油取締役に就任、2003年に代表取締役社長。79歳。

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事業内容:ごま油、食品用ごま製品の製造・販売

本社所在地:東京都品川区

創業:1858年

資本金:21億6000万円

従業員数:284人(2017年3月31日現在)

業績(17年3月期)

 売上高:285億円

 営業利益:35億8200万円