◇労働問題と人口増加を扱った神話
中田一郎
(古代オリエント博物館館長)
旧約聖書の背後に垣間見える3600年前の古代バビロニアの神話。
旧約聖書にある「ノアの箱舟」の話は有名だ。アダムとイブの子孫であるノアは、地上に増えた人間たちが傲慢になったのを見てお怒りになった神から、「人間を洪水で滅ぼす」という啓示を受けた。神は正しい行いをしたノアにだけ救いの手を差し伸べ、箱舟の建設を命じた……という物語である。
実は、人間に対する罰として神々が洪水を引き起こす物語は、他にもいくつかある。今から3600年以上前にできた「アトラハシース物語」(古バビロニア版)もその一つ。それは、古代バビロニアの言葉であるアッカド語で書かれた文学性の高い物語だ。
古い物語が形を変えながら生き続けているのは、どの時代にも共通する普遍的な問題を扱っているからだ。それらは、実際の出来事を神話や民族の歴史として伝えることで、「教訓」としての役割を持つ。………