
◇iPS細胞で世界標準を目指す
── どういう会社ですか。
鍵本 日本が誇る万能細胞「iPS細胞(人工多能性幹細胞)」で、さまざまな疾患に対する細胞医療の製品を作ろうとしている会社です。
最初は目の分野です。理化学研究所の高橋政代先生が2014年9月にiPS細胞から作った網膜色素上皮細胞を移植して、「加齢黄斑変性」と呼ばれる目の難病を治す手術を実施したことが話題になりました。ヘリオスはその技術を独占的に世界で使える契約を結んでいます。それを基に移植用の網膜色素上皮細胞の製品化に向けて開発をしています。
── 高橋政代先生からはどういうアプローチがあったのですか。
鍵本 私は、05年にアキュメンバイオファーマ(現・アキュメン)という大学発の技術を製品化するバイオベンチャーを立ち上げて、10年に、網膜の一部を青に染色する眼科手術補助剤「BBG250」の市販を欧州で実現しました。
高橋先生とは面識があったのですが、大学発の技術を市販させた実績もあり、iPS細胞由来の網膜色素上皮細胞の事業化に声をかけてもらいました。私は「いいですよ」と答えたのですが、高橋先生は私が「考えさせてください」と言うと思っていたようで、今でも即答したのが印象的だったと言われます。
── 設立はいつですか。
鍵本 11年2月24日です。福岡市の自宅で登記しました。米国でよくある「ガレージ起業」です。まず、特許状況を確認したり、どう実用化していくかを計画するなどの足元固めをしました。資金調達は、iPS細胞のバリューチェーンに直接関わる企業に声をかけ、大日本住友製薬、ニコン、新日本科学、渋谷工業など多くの企業に出資いただきました。
実は設立日にも思いを込めています。2月24日は、1582年にグレゴリオ暦(現行の太陽暦)が発布された日です。あらゆるデファクトスタンダード(世界標準)があるなかで、暦は最も強いものです。我々の勝負はiPS細胞でいかに標準を作れるかなので、この日を選びました。
── ヘリオスの強みは。
鍵本 iPS細胞にこれほど集中して、患者さんに一日も早く確実に届けようと本気で考えている組織はそんなに多くないと思います。大手企業であれば、iPS細胞は一つの事業として可能性を探るという形になってしまいます。我々は経営スピードも速く、我々自身がiPS細胞による治療法に期待しています。
◇17年に治験予定
── 現在の収益構造は。
鍵本 開発が先行しているので赤字です。一方で、大日本住友製薬から共同開発費とマイルストーン(開発の進捗〈しんちょく〉に応じた成功報酬)として、承認予定の20年まで68億円が支払われます。また、今回の上場を含め約77億円を調達しています。国内の承認まで十分耐えられる資金ですので、バタバタせずにしっかりと研究開発に集中していきます。
とはいえ、当社は研究開発だけでなく製造・販売までを手がけるつもりです。17年の治験開始まで2年しか残っていません。相当大変な作業になると覚悟しています。
── 今後の見通しは。
鍵本 高橋先生による手術は患者自身の細胞を使った細胞シートが使われましたが、事業化はドナーから提供される細胞を使って、細胞を含む液状の製品(懸濁液)を中心に考えています。その臨床試験を数十人規模で17年に実施する予定です。承認は20年を目指しています。
細胞シートは、眼球の奥の広い範囲をカバーできるメリットがあります。一方の懸濁液は、輸送や保管もしやすく、冷凍すれば医師が医薬品と同じように使えます。懸濁液は加齢黄斑変性の病状が早い段階の患者さんへの適用を見込んでいます。
── 製品価格のイメージは?
鍵本 最終的に既存の医薬品の薬価やコストなどを見ながらですが、20年に懸濁液で1000万円くらいになると見込んでいます。
── それで競争力は出ますか。
鍵本 今ある加齢黄斑変性の治療法は、「抗VEGF」と呼ばれる薬を眼球に注射する対症療法です。しかし、92%の人が1年以内に再発するデータもあります。つまり、何度も注射を続けることで、10年間で1000万円を超える可能性もあります。一方、iPS細胞を使った我々の治療法は根本的な治療法です。また、患者負担としては「高額療養費制度」が適用されれば安くなります。日本の国全体を見ても、プラスだと思います。抗VEGF薬はスイスやドイツの製薬大手企業が作っており、市場規模は年間約6800億円あります。高齢化という問題に直面している日本で、再生医療を実現できた場合は、輸出して外貨を稼げるようになる可能性もあります。
── 将来的には網膜以外の分野も考えていますか。
鍵本 まずは肝臓分野を考えています。横浜市立大学の谷口英樹教授が研究する立体的な臓器を形成する技術のライセンスを当社が受けています。横浜市立大学は、4年後に肝細胞のヒトへの投与も予定しています。これで肝臓の酵素がなくて起きる難病「酵素欠損症」が治るようになるかもしれません。
我々は、目だけでなくあらゆる臓器において、現在治療法がない分野に出るべきだと考えています。
(Interviewer:金山 隆一・本誌編集長、構成:谷口 健・編集部)
◇横顔
Q 20代後半から30代前半はどんなビジネスマ
ンでしたか
A 一番苦労しました。28歳で1社目のアキュメン社
を起業しました。米国やインドで新薬の試験をし、基
本的な製剤ミスからリストラせざるを得なくなり、会社の
方向性を変えました。
Q 最近買ったもの
A ダイソンの小さい掃除機です。ぜんそく気味なの
で、布団掃除用に買いました。
Q 休日の過ごし方
A 子ども3人(2、4、8歳)の相手です。子どもの
相手をしていたら日が暮れてしまいます。
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■人物略歴
◇かぎもと ただひさ
熊本県出身。久留米大学附設高等学校卒業。2002年、九州大学医学部卒業。米シリコンバレーのJETRO事務所でインターン経験後、03年、九州大学病院に勤務。05年、アキュメンバイオファーマを起業。11年2月、日本網膜研究所(現・ヘリオス)を設立。15年6月16日にヘリオスを東証マザーズに上場。眼科医。38歳。