
◇世界で台頭するフィンテック
◇伝統的金融業を侵食する革命
谷口 健/金井 暁子(編集部)
「潜在市場は100兆円規模になる」──。インターネット証券国内大手、マネックス証券を傘下に持つマネックスグループの松本大(おおき)社長(51)は11月30日、新サービスの将来性をこう熱く語った。
同社は、クレジットカード国内大手のクレディセゾン、米投資信託運用大手バンガード・グループと組んで新会社を設立し、一般個人向けの投資一任サービス(ラップ口座)を2016年春にスタートさせる。松本氏は、「従来のラップ口座サービスは富裕層向けで最低投資額が500万円だったが、それを2ケタ下げる」と宣言し、「マネックス証券を超える可能性があるし、超えてもいい」と言い切った。
発言の背景には、「フィンテック」と呼ばれる金融とIT(情報技術)を組み合わせた新しい金融サービスの著しい進化がある。決済や融資、運用といった既存金融機関の牙城を突き崩し始めているのだ。
例えば、「ロボ・アドバイザー」という投資助言サービス。パソコンやスマートフォン上で、「年齢」「年収」「希望する利回り」などの簡単な質問に答えるだけで、適切な資産ポートフォリオ(投資の配分)を自動で提示してくれる。
ロボ・アドバイザーを使った運用サービスは、すでに米国で急拡大している。米シリコンバレー発のウェルスフロントや、ニューヨークに本社に置くベターメントは、それぞれ運用資産が30億㌦(約3700億円)を超えるまでに成長した。両社の運用手数料は、年間0・15~0・35%前後。従来の専門家に任せる運用サービスの手数料(年間1~3%)と比べ、大幅に引き下げられた。
◇シリコンバレー人脈
日本でも動きはある。みずほ銀行が10月、邦銀として初めてインターネット上でロボ・アドバイザーサービスを無料で提供し始めた。また、同様のサービスを提供する「お金のデザイン」(東京・港区)という専業ベンチャーも登場した。
米コンサル大手のATカーニーは6月、ロボ・アドバイザーが管理する資産規模について、16年に3000億㌦(約36兆円)、20年には2・2兆㌦になるという大胆な予測を披露した。
フィンテック企業の拡大は決済や送金、融資の伝統的な金融ビジネス分野でも侵食が進む。その震源地は、米シリコンバレーだ。
09年設立の米スクエアは、スマホやタブレットのイヤホンジャックに500円玉ほどの小型機器を装着することで、クレジットカード決済を可能にした。米ペイパルは、1998年創業の「元祖」フィンテック企業だ。インターネット上でクレジットカード決済サービスを提供する。現在、世界で1億7300万人が使うサービスに発展した。
提携や協業できるフィンテック企業を探そうと、日米欧の有力金融機関がシリコンバレーに殺到する。だが「シリコンバレーは極めて閉鎖的なインターサークル。優良なビジネスパートナーを得るには、人脈とアイデアがモノをいう世界」(メガバンク関係者)という。
例えば、「ペイパルマフィア」と呼ばれるカリスマ起業家が有名だ。ペイパルの創業や運営に関わった、電気自動車大手のテスラ・モーターズの社長であるイーロン・マスク氏(44)、SNS(交流サイト)世界最大手のフェイスブックを支援したピーター・ティール氏(48)、ビジネス向けSNSリンクトインの創業者で会長のリード・ホフマン氏(48)らがその一派だ。起業家魂とアイデア、行動力で成功を手にした者同士の結束は固く、彼らの信頼を得られなければ、パートナーとはなりえない。

また、決済サービスのスクエアを創業したジャック・ドーシー社長(39)を知らないフィンテック関係者は皆無だろう。ドーシー氏は、短文投稿サイトの米ツイッターの共同創業者であり、10月からツイッターの社長も兼務している。いわば、シリコンバレーの立志伝中の人物である。
マネックスの松本社長やソフトバンクの孫正義社長(58)、楽天の三木谷浩史社長(50)は、長い時間をかけてシリコンバレーでの人脈を築いてきたことで知られる。一方、日本の大手金融機関がシリコンバレーに拠点を設けたのはここ数年の話だ。邦銀関係者が「2~3年で駐在員が入れ替わる日本企業は信用されない」と漏らすように、短時間で密な関係を作れるはずがない。唯一目立つ提携関係は、13年からスクエアと組む三井住友カード程度だろう。
こうした日本の大手金融機関の苦戦をよそに、フィンテックの侵食は止まらない。融資の分野では、米レンディングクラブが頭角を現している。インターネットを通じておカネを借りたい人と、おカネを貸して利益を得たい投資家とを結びつけるサービスを提供し、この分野では世界最大手だ。同社は、シリコンバレーで06年からベンチャー支援を行う機関「プラグ&プレイテックセンター」で支援を受けてきた。このセンターには三井住友銀行が15年8月、邦銀としては初めて加盟している。
フィンテック分野への投資は世界で加速しているものの、日本は後れを取っている。米大手コンサル会社のアクセンチュアによると、14年のフィンテック投資額は、世界で122億㌦(約1兆5000億円)と、13年の約40億㌦から3倍増えた。国ごとの投資額では、米国の98億8700万㌦、英国の6億2300万㌦に対して、日本は5440万㌦にとどまる。
◇「銀行の遺産を壊せ」
苦戦する日本勢だが、大手のなかでは三菱東京UFJ銀行の動きが最近目立つ。平野信行頭取(64)自身が、「これまでの銀行のレガシー(遺産)を壊せ」と行内に檄(げき)を飛ばし、フィンテックの取り込みを急ぐ。
メガバンク3行は近年、相次いでフィンテックをサービスに生かす組織を格上げし、活路を見いだそうとしている。「長引く低金利や資金需要の低迷で、既存の金融ビジネスは頭打ち」(大手行員)だからだ。
すでに日本の銀行業界には、00年代に新規参入したイオン、セブン&アイ・ホールディングス、楽天、ソニーなど非金融機関が、年々市場を拡大している。
さらに、スマートフォンやタブレット端末で「PFM(パーソナル・フィナンシャル・マネジメント)」と呼ばれる資産運用アプリ(ソフト)の利用者が、日本でも増えている。これもフィンテックの一種で、当初はただの「家計簿アプリ」と見られていたが、使い勝手のいい操作性やデザインで、将来的にはアプリから送金したり、投資信託を買ったりできる可能性を持つ。
また、スマホをクレジットカードの決済端末にできるサービスは、米スクエアだけでなく、コイニー(東京都渋谷区)、楽天スマートペイが激しい競争をしている。この市場は取扱高ベースで年間1000億円市場に達したと見られている。「今後も大きく拡大していく」(矢野経済研究所の高野淳司研究員)。
日本総研の野村敦子主任研究員は「決済、融資、投資助言など金融業務がフィンテック・ベンチャーのより洗練されたサービスに代替されていけば、一つ一つは小さくとも既存の金融機関への影響は計りしれない」と語る。銀行がいずれおカネを出し入れするだけの“土管屋”になるリスクさえ出てきたのだ。日本だけでなく、世界の大手金融機関が危機感を持っているのはこのためだ。
銀行業務のすべてがフィンテックに置き換わるわけではないだろう。米国を中心に、フィンテックの盛り上がりには、バブルの懸念もある。14年12月に上場したばかりのレンディングクラブや、同業のオン・デック・キャピタル(本社ニューヨーク)の株価は調整局面を迎えている。
それでもフィンテックの進化と普及は止めようがないだろう。「ミレニアム(00年代以降に成人になった)世代が、10年、20年後も今の金融サービスが存続し続けるだろうか」。ある地銀行内では、フィンテックの活用を巡って、幹部と若手が激しい議論を戦わせている。
世界的にフィンテックが拡大する背景には、日米欧の既存大手金融に対する不満の鬱積がある。バカ高い手数料や使い勝手の悪さ、ウェブサイトの不親切さなどからしても、決して顧客目線とは言い難かった。その一方で、富裕層向けの投資サービスだけは手厚い。
特に欧米ではリーマン・ショック後、大手金融機関に巨額の公的資金が使われたことに対する市民の反発は根強い。こうした事情もフィンテックには、追い風になっている。
「銀行の破壊者」としてのフィンテックの勢いは、止められない。(了)
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