
◇会計士と企業の「力関係」に変化
磯山友幸
(ジャーナリスト)
日本の公認会計士制度と公認会計士が独占してきた会計監査制度が存亡の危機に瀕(ひん)している。最も深刻なのは優秀な人材が会計士を目指さなくなったこと。一方で上場企業の数は大幅に増えており、このままでは資本市場のインフラとして機能しなくなる日がやって来かねない。
背景には、相次ぐ会計不祥事で社会の信頼を裏切ったことが大きい。会計士が尊敬される職業でなくなりつつあるのだ。
2015年11月13日、公認会計士試験の合格者が発表された。合格者たちの喜びの陰で、業界関係者の表情はさえない。合格者数が1051人と、02年以降で最も少ない人数となったからである。
会計士試験は最難関の試験の一つとして知られるが、合格率は11年の6・5%を底に毎年引き上げられ、15年は10・3%になった。それでも合格者が減り続けているのは、そもそも志願する人が激減しているためだ。
15年の受験願書の提出者は1万180人。5年前の2万5648人の4割になった。中でも25歳未満の学生の志望者数の減少が目立つ。人口減少で学生数が減る中で、会計士は人気商売の座から陥落したのである。
この20年間で受験者が最も少なかったのは、試験制度が変わる前の1998年の1万6人。97年も1万33人と少なかった。15年はこの水準に逆戻りした格好だ。
当時と今の共通点は何か。日本を代表する企業で会計不正が表面化、企業の決算書を監査する会計士の存在意義が問われたことだ。97年から98年にかけては、山一証券やヤオハン・ジャパンが経営破綻し、巨額の粉飾決算が表面化した。15年は言うまでもなく東芝である。日本を代表する製造業で明らかになった巨額の粉飾は、会計士監査に対する信頼を根底から揺さぶっている。
◇監査人は最後の防波堤?
「会社ぐるみの不正は十分あり得る。誰がその防波堤になれるかと言えば、会計監査人(公認会計士)しかいないのではないか。(中略)会計監査がラストリゾート(頼みの綱)だ」。
東芝の不正会計問題が佳境を迎えた15年10月、金融庁が設置した「会計監査の在り方に関する懇談会」では、そんな発言が出ていたという。
脇田良一・名古屋経済大学大学院教授を座長にメンバーは8人。大半が金融庁の企業会計審議会のメンバーなどを務めた人たちで、森公高・日本公認会計士協会会長も含まれる。要はこれまで日本の会計監査制度を作り上げてきた「戦犯」たちである。
この手の会議としては異例の非公開で、議事録も公開していない。唯一公表している議事要旨では、誰の発言かが分からないように加工している。しかも、これだけ問題になっているのに、東芝のトの字も出てこない。議事要旨をみても、東芝問題によって監査制度が存亡の危機に瀕しているという危機感はまったく感じられない。
東芝が粉飾した総額は、調査対象とした09年3月期から、確定していた14年3月期の決算まで2781億円に達する。10年3月期には連結決算の税引き前損益が143億円の赤字だったものを272億円の黒字として、社債発行などの資金調達を行っていた。
これに対して、証券取引等監視委員会は金融庁に対し、「重要な事項につき虚偽の記載がある」決算書類を提出し、それを基に投資家から資金を調達したとして、73億7350万円の課徴金を東芝に課すよう勧告。東芝も課徴金を受け入れると発表した。金融庁も東芝も、虚偽記載、つまり「粉飾」があったことを認めたわけである。
問題はその粉飾を、会計監査を担当していた新日本監査法人がなぜ防げなかったのか、つまり「ラストリゾート」としてなぜ機能しなかったのか、である。
新日本は12年にも監査していたオリンパスの粉飾決算を阻止できなかったとして、金融庁から業務改善命令を受けていた。イエローカードを受けていたのだ。にもかかわらず、東芝でも同じ過ちを繰り返した。
97年当時の粉飾決算では、会計士が経営者と「グル」になって粉飾に加担していたとされるケースが相次いだ。では、新日本の担当会計士は東芝の経営幹部と「グル」だったのかというと、さすがにそうではなさそうだ。担当した会計士が決算処理に問題があることに気づいていたのは間違いないが、監査法人として粉飾に加担する意図があったとは言い難い。
◇監査意見が「武器」
では、何が問題だったのか。
東芝と監査法人の「力関係」である。………
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