「オプジーボ」値下げと競合薬で追い上げられる小野薬品工業

村上和巳・ジャーナリスト

 

中堅製薬会社、小野薬品工業(大阪市)の業績が好調だ。2016年9月中間決算の売上高は1177億円で、前年同期で67・5%増加した。最終(当期)利益は231億円(94・7%増)で、売り上げ、利益ともに中間期では過去最高となった。

 

業績を押し上げているのは、がん治療の画期的新薬と評価される「オプジーボ」だ。オプジーボは、 手術、放射線、抗がん剤に続く、がんの「第4の治療法」として期待が集まる免疫療法薬。15年12月に非小細胞肺がんに適応が拡大されたことで、オプジーボの売上高は前年同期比1714%増(約17倍)の533億円に跳ね上がり、同社の売上高の45%を占めるまでになった。

 

小野薬品が公表する通期の売上高の予想は2590億円で、そのうちオプジーボは1260億円となる見通し。だが、小野薬品の業績見通しに不透明感が出てきた。稼ぎ頭のオプジーボが大幅値下げを余儀なくされているからだ。

 

厚生労働相の諮問機関、中央社会保険医療協議会(中医協)は11月16日、オプジーボに対して17年2月から異例の薬価50%引き下げ措置を適用すると決定した。

 

◇値下げに業界は猛反発

 

オプジーボは患者1人当たり年間で約3000万円かかる。肺がん患者5万人が使用すると年1兆7500億円かかるとの試算もある。公的医療保険が適用されるため、医療財政を圧迫するとして、議論を巻き起こしている。

 

価格引き下げの決定に対して、製薬業界は即座に反発した。日本製薬団体連合会と日本製薬工業協会は会長連名で「現行ルールを大きく逸脱したものであり、今後二度とあってはならない」との声明を発表、欧州製薬団体連合会と米国研究製薬工業協会も、日本の薬価に関する動向が「イノベーションを評価する方向から外れてきている」と非難した。

 

製薬業界の反応が大きいのは、この値下げ時期が極めて異例であるためだ。通常、医療保険が適用される薬は、公的に薬価が決定した後は、2年に1回の市場実勢価格調査に基づき、多くの薬剤がその度に価格を引き下げられる(薬価改定)。直近の引き下げは16年4月で、次回は18年4月の予定。オプジーボは本来の薬価改定のタイミングと関係なく値下げされることになる。

 

 

2年に1回の薬価改定では市場実勢価格に基づく引き下げに加え、「市場拡大再算定」という引き下げの仕組みがある。

 

市場拡大再算定とは、薬価決定時に想定された年間販売額を超えた薬剤に対して、通常の薬価改定の引き下げに加え、さらに薬価を引き下げる制度。厚労省の論理は、公的医療保険による薬剤費支出の負担が過大にならないように配慮すると同時に、想定を超える売り上げを上げているならば、薬価を引き下げても製薬企業は研究開発投資の回収も含めて十分に利益を捻出できるというものだ。

 

製薬企業からすれば、自社の研究開発投資が市場で評価された結果としての売り上げ増である。このため、懲罰的な薬価引き下げだとして、業界は市場拡大再算定に反対の姿勢を取り続けている。

 

だが、迫りくる少子高齢化社会に向けて公的医療費は拡大の一途をたどっているため、16年4月の薬価改定時には新たに「特例拡大再算定」という制度も追加された。

 

この制度は、(1)年間販売額が1000億~1500億円で予想の1・5倍以上売れた品目の薬価を最大25%、(2)年間販売額1500億円超でかつ予想の1・3倍以上の品目では薬価を最大50%引き下げる制度だ。

 

特例拡大再算定が設定された背景には、近年の医薬品の主流が従来の化学合成を用いた低分子化合物から、バイオテクノロジーを利用した抗体医薬品に移行してきたことも関係している。抗体医薬品は低分子化合物に比べて、製造や品質管理の難易度が高まるため、必然的に製造原価が上昇し薬価も高くなる。オプジーボも抗体医薬品の一つだ。

 

しかし、オプジーボがずば抜けて高い薬価になったのは、抗体医薬品であるためだけではない。公的薬価制度の薬価算定方式に理由がある。

オプジーボ薬価引き下げを審議した中医協
オプジーボ薬価引き下げを審議した中医協

◇薬価算定の抜け穴

 

 通常、医療保険下での薬価は、おおむね「原価計算方式」と「類似薬効比較方式」で決定される。類似品がない新しい薬の場合は前者、それ以外は後者で薬価が決定される。オプジーボの場合は前者である。

 

 原価計算方式は、製造原価、流通経費をベースに製薬企業側に一定の利益が出るように配慮した価格決定方法。患者数が少ない疾患では、ある程度高額な薬価を設定しないと製薬企業は赤字になる。このため対象患者が少ないほど高い薬価になるのが原価計算方式の特徴ともいえる。

 

14年7月にオプジーボが既存治療無効で切除不能な皮膚がんの一種の悪性黒色腫(メラノーマ)での適応で製造承認を取得した時がまさにこれに該当する。当時算出された推定対象患者数は年間500人未満だった。

 

加えてオプジーボは日本の製薬企業が開発した画期的な新薬だったことで、画期的新薬としての「ボーナス」が薬価に上積みされたという事情もある。

 

ちなみに医師団体の一つである全国保険医団体連合会が公表したオプジーボの国際価格比較では、日本の薬価はイギリスの約5倍、アメリカの2・5倍(図1)。アメリカでは価格決定権は製薬企業にあり、イギリスでも一定の規制下で製薬企業が価格を決定できる。日本では公的医療保険制度で償還されることを理由に薬価も妥当性を持って公的に決定するという考え方だが、オプジーボでは皮肉にも製薬企業に価格決定権がある国よりもはるかに高薬価となってしまっている。

 

このオプジーボの高薬価が社会的な問題として注目されるようになったのは、15年12月に既存治療無効で切除不能な非小細胞肺がんへと適応が拡大され、対象患者数が一気に数万人に膨れ上がったことがきっかけだった。

 

薬価改定は実勢価格や既知の売上高をベースに決定されるため、この段階で売り上げ実績が把握できていなかったオプジーボは、直後の16年4月には大幅引き下げを免れた。ただ、同じ4月開催の財務省財政制度等審議会で、日本赤十字社医療センター化学療法科部長の国頭英夫氏がオプジーボの薬価の高さを指摘して「1剤で国が滅ぶ」と発言したことなどを契機に一気に注目が集まり、そうした声をバックに厚労省は今回、製薬業界の反対を押し切り、緊急引き下げを決定した。

 

オプジーボは17年2月に現行より50%値下げされる。引き下げ幅の50%は特例拡大再算定の(2)「年間販売額1500億円超でかつ予想の1・3倍以上」が援用された。しかも特例拡大再算定では売上高実績を基に引き下げ幅を決定するにもかかわらず、オプジーボに関しては小野薬品発表の年間予想売上高1260億円に対して、厚労省は流通経費や今後の適応拡大による売り上げ増を加算して1500億円超とはじき出すという、ルール逸脱の屋上屋を架した。

 

オプジーボは16年9月に腎細胞がんの適応でも製造承認を取得し、その他に現在10種類を超えるがんで製造承認申請あるいは臨床試験を実施しており、対象患者は右肩上がりになると予想されている。それでも、今回の薬価半値という事態が同社の業績に及ぼす影響は甚大だ。

 

しかも、今回の緊急引き下げ決定時に、18年4月の通常の薬価改定においても「17年度薬価調査に基づき、今回の引き下げを行わなかったと仮定した販売額を算出の上、18年度薬価制度改革に基づく再算定を改めて実施する」と定めている。つまり、次回18年の薬価改定では今回の引き下げ分はなかった前提の売上高をはじき出し、そこで売上高1000億円以上となれば、特例拡大再算定を再び適用して薬価を大幅に引き下げると宣告しているということだ。売り上げが伸長すればするほど、薬価が引き下げられることになる。

 

将来にわたるオプジーボの大幅値下げを受けて、小野薬品の株価は大きく値下がりした。小野薬品株は16年4月に終値ベースで6000円に届きかけたが、11月に入り2400~2600円台の半値以下まで落ち込んでいる。

小野薬品は今回の値下げの業績への影響について「在庫や競合薬の承認状況などを考慮して精査し、必要な場合は業績予想の修正を発表する」(IR担当)としている。

 

◇競合薬が日本上陸

 

薬価引き下げに加えて、オプジーボの競合薬が日本に参入することも、小野薬品の業績見通しを曇らせている。国際的な製薬大手の米メルクが販売する後続薬「キイトルーダ」だ。

 

キイトルーダはオプジーボと同じく、免疫細胞の表面にある「PD-1」分子に働きかけるがん免疫療法薬。アメリカでは14年9月にメラノーマで、15年10月に非小細胞肺がんで適応を取得、ジミー・カーター元大統領がメラノーマの治療に使用して寛解(症状がない状態)したことでも広く知られる。

 

このキイトルーダが日本では16年9月に切除不能な悪性黒色腫で厚労省の製造承認を取得し、非小細胞肺がんでも間もなく製造承認を取得する見通しだ。

 

肺がんはオプジーボもキイトルーダも、最も期待をかける市場といえる。国内肺がん患者数は約10万人で、そのうち非小細胞肺がんは8割を占める。既存の治療薬は時間の経過とともに無効になるため、新たな治療選択肢の免疫療法薬に対する患者の期待は大きい。がん免疫療法薬の最大市場ともいえる肺がんで、小野薬品は競合薬との競争を本格的に始めることになる。

 

だが、小野薬品にとっては厳しい戦いになりそうだ。非小細胞肺がんでオプジーボはキイトルーダに後れを取っている。未治療の切除不能な非小細胞肺がん患者を対象に行った臨床試験で、オプジーボは既存治療を超える延命効果が認められなかったのに対し、キイトルーダでは既存治療を超える延命効果が認められるという明暗を分ける結果となったからだ。

 

この結果、米メルクは16年10月に米食品医薬品局(FDA)から未治療の切除不能な非小細胞肺がんを適応としたキイトルーダの製造承認を得て、日本でも未治療の切除不能な非小細胞肺がんと既存治療無効の切除不能な非小細胞肺がんの両方で製造承認を取得する見込み。オプジーボは既存治療無効での適応しか取得しておらず、前述のように未治療のケースで臨床試験結果は芳しくなかった。

 

キイトルーダは治療のより早期の段階から使用することが可能になる。これまで判明している医学的な知見では、免疫療法薬はより早期に使用することが有効な患者での延命につながるとわかっている。国内のある肺がん専門医は「両薬剤は効果のメカニズムでは本質的な違いがないはずだが、このような試験結果の違いが明らかになると、キイトルーダへの期待は高まる」と話す。

 

オプジーボは今、厚労省による薬価引き下げという頭からの押さえつけと、キイトルーダによる追走で尻に火が付くという板挟みの状況にある。

 

がん治療の画期的な新薬といわれるオプジーボ。開発元の小野薬品工業の先行きは不透明感が強まっている。

(村上和巳・ジャーナリスト)

掲載号:2016年12月13日号